TS触手は悪女の使い魔   作:毒蛇

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第1話 覚醒の前後

 気がついた時には、僕の世界は培養槽の中だけだった。

 動けない。喋れない。視界の自由すらない。変な管や針を全身に取り付けられて、変な液体が入った培養槽の中にいた。

 怒った。叫びたかった。でも、どうにもなかなかったから諦めることにした。

 

 そんな日々の中で唯一の救いはアルビーのゲームの話だ。

 アルビーは研究者だ。僅かに金髪を残した白髪に白衣を着た男だ。

 

「だからヴィクトリアが一番の推しなのだ。わしの話を聞いてるか?」

 

 不思議なことにアルビーの言葉は僕に届いた。

 他のスタッフたちの言葉は分からないのに、彼の言葉は理解できた。そして、その内容はアルビーがプレイしたというゲーム『理想郷を求めて』が殆どだった。

 

「全年齢のリメイク版は殆ど別ゲーだが、わしは歴史に名を遺した神ゲーだと思う。お前が完成したらプレイさせたかった。まあ、この世界には無いがな」

 

 前世。転生。18禁版乙女ゲー。悪役令嬢。

 アルビーが語る難解な単語は不思議と理解できた。

 相当面白かったと、子供のように語り掛けてくるアルビーの話は好きだった。

 

「あれはわしの青春だ。——あのゲームがわしの人生を変えたんじゃい」

 

 手を培養槽のガラスに押し当てて、アルビーは僕に語り掛ける。

 その時間以外は、寝ているのか起きているのかよく分からない時間を過ごした。

 ある時、僕の身体の開発が進んだのか、アルビー以外の研究者たちの言葉が急に理解できるようになった。

 

「順調に成長してる。魂と触手との融合率も異様に高い……高すぎるくらいだ」

 

「特別個体って奴か……あるいは……」

 

「流石はアルビー博士! 殆ど一体化してますよ。この個体自体が触手だ!」

 

 ちなみに培養槽の中の僕は全裸だったが、スタッフたちは特に邪な目は向けて来ない。どちらかというと管塗れのモルモットを見るような眼差しだろうか。

 むしろモニタやコンソールを指差して、目を輝かせてる。

 そうして、嬉々とした様子で管を通じて僕の身体に謎の薬を施していく。

 

 そんな毎日だったが、アルビーと研究員たちが僕にくれたものがある。

 エレノアという名前だ。製造番号を元に名付けたらしい。愛称はエリーだ。

 

「いずれにせよ、エレノアが今日の個体に勝たなくてはな」

 

「第8研究所の奴らですか……」

 

「エリー、頑張ってね」

 

 起きて眠って話を聞いて。それを繰り返していると、たまにイベントがある。

 研究施設内で知らないモンスターと戦わされるのだ。

 

 僕の身体は定期的に色んな相手と戦い、そして勝ってきた。

 獣や、小鬼、空を飛ぶ鳥、小型の竜。色んなモンスターと戦っていたが、その中でも多かったのが、触手が生えた人型モンスターだ。

 手足を触手にしていたり、顔が触手になっていたり、色んなタイプがいた。

 だが関係ない。僕の身体は一度も負けなかった。

 

「やった! 連勝記録最多ですよ! これでこの個体を中心に計画を進められる!」

 

「我々の昇進は確実です。予算も増えますよ」

 

「ふっ……当然だ。わしが……いや、わし達が作ったエリーが負ける筈がないのだ」

 

 僕(正確にはこの身体)が勝つと研究者たちは喜ぶ。

 研究成果が他の個体に比べて優秀で結果も出しているらしい。話を聞くと何やらモンスターのベースを僕にするとかなんとか。

 よく分からないけど、コンペみたいな物だろう。

 僕としても長く時間を共にしたからか、予算が増えたと話しかけてくれる彼らを微笑ましく感じた。でも培養槽のガラスに指紋とかの痕を付けないで欲しい。

 

 

 ◇

 

 

 ──その日は、いつもと様子が違った。

 研究所内ではなかった。天井が無かった。雲が多いが空が広がっていた。

 風が頬を撫でる感触が外にいることを実感させてくれた。

 

(…………おっ、皆もいるのか)

 

 僕と並ぶように人型のモンスターたちが、改造されたモンスターを抱えて飛翔していた。

 器用なことに背中から出した触手からエネルギーを放出させて飛んでいるようだ。

 恐らく、僕も同じような感じなのだろう。

 彼らと空を飛び続け、やがて知らない森が見えてきたところで減速を始めた。

 

(あれは……)

 

 森には一人の女性と子供、それと護衛がいた。

 その上空から人型モンスターが投下した小鬼やスライム、狼、オーガが襲い掛かった。いずれも改造されたことで触手を生やし見た目も変わり歴戦の風格を感じさせる。

 

 まず護衛が不意打ちで死んだ。

 女性が護衛の短剣で応じて子供を庇ったが傷を負った。このままいけば彼女たちが死ぬのは時間の問題であるのは直感で分かった。

 僕はその光景をただ見守ることしかできなくて。

 

「逃げなさい、ヴィクトリア!!」

 

 それで僕は──。

 彼女たちを守る為に動いた。

 

 

 ◇

 

 

 ふと我に返ると、頭の中で声が響く。

 

『エレノア。すぐに戻れ。すぐにだ!』

 

 そうだ。僕は……あの母子を助けたのだ。自分の意思で身体を動かせたのだ。

 倒れた倒木や捲れ上がった地面が目に付く。雨は弱まっていた。

 

『上層部め、騙したな。わしのエリーにジュリアナを殺させ、ヴィクトリアにトラウマを刻み込ませようとは。だが何故失敗した? ……自動運動プロトコルが解除されてる? 遠隔での解除はわし以外には…………エレノアか? まさか……』

 

 なんだか嫌な予感がした。

 何かを喋った方が良いような気がしたが、口は動かなかった。

 

【自動運動:起動】

 

 僕は再び自由を失い、命令を受けたサイボーグのように身体が行動を開始した。

 背中から触手を出す。

 一瞬で先端が噴射口に変化し、推進剤か魔力か、とにかくエネルギー的な何かが噴射し僕は空を飛んだ。

 

 行きとは違い僕は雨の中を一人で飛翔する。

 少し違うのは、意識が以前より明瞭であることか。今までは意識が膜で包まれていたが、今はゲームコントローラーを持つ誰かの隣で観戦しているような感じだ。

 

 研究所は山の中の分かりにくい場所に隠されていた。

 着地と同時にゲートが自動で開き、移動する。

 やがて身体が無造作に衣服を捨てると全裸で培養槽の中に戻る。一息吐く暇もなく、険しい顔をしたアルビー博士が研究室に入ってきて、僕を見上げた。

 

「……お前。まさか、成功していたのか? いつからだ」

 

 なんの話だろうか。

 首を傾げたかったが身体は動かせない。ブツブツと呟くアルビー博士を見守ると、彼は僕を見ながら何かのコンソールを弄った。

 

【自動運動:停止】

 

「これでどうだ? 話せるか?」

 

「……ッ!?」

 

 急に身体が自由に動くようになった。

 凄い! 動くぞ! 口を開き、ガボボ……と泡が零れ出る。この身体はスペシャルで溺れる心配はないらしい。だが、これでどうやって喋れと言うのか。

 そんなことを考えながら手足をバタバタさせただけでもアルビーには十分だった。

 

「成功していた……!? 奇跡……いや、これならまだ……」

 

 落雷にでも打たれたような衝撃的な顔に思わず笑みを見せる。

 アルビーは幽霊でも見たような表情だったが、ハッとした顔で扉を見る。

 

「エレノア、そのままジッとしていろ。何があってもいつも通り反応するな」

 

「……?」

 

「いいな」

 

 数秒後、研究室の扉が自動で開く。

 修道服を着た複数の老人や老婆が室内に入ってきては自分を見上げた。威厳があるのは司祭か大司教か何かだろうか。

 

(アルビーが語っていた教会の人たちか?)

 

 今更なので特に気にならないがあまりジロジロ見られるのは気分が良くない。

 モルモットを見るような冷たい眼差しを向ける老人の一人がアルビーに告げる。

 

「……で? どう説明するつもりかね?」

 

「どんな計画にもイレギュラーは生じるものだ。そしてわしなら修正も容易だ。一人に潰される程度の戦力を用意するそちらに問題がある」

 

「随分と偉そうではないか。潰したのはその個体だが?」

 

「開発者冥利に尽きるな」

 

 次の瞬間、アルビーが老人に殴られた。

 収納机に倒れ込み、試験管やら本が倒れ、割れる音が響く。事前に言われなければ何かしらのリアクションはしていたが、なんとか無表情で対応する。

 

「……この個体は新たな魔王のベースだ。全研究所の中でトップの存在だ」

 

 ゆっくりと僕に背中を向けたアルビーが立ち上がった。

 

「お前たちもそれを認めた故に多額の予算も投じ、わしのサポートも受けてなお成長を続けている。開発を進めればわし史上最高の作品になる」

 

「間違えるな。それは、教会の作品だ。たかが開発者が調子に乗るな」

 

「金だけ出せば完成すると思ったか? 開発者を舐めるなよ。……この個体は間違いなく世界を変える。手を出すな」

 

 睨む司祭にアルビーは退かなかった。沈黙。やがて司祭が舌打ちする。

 

「……その個体の開発以外の全権限の剥奪と監視をつける。妙な素振りをしたら──」

 

「十分だ」

 

 その後も小難しい会話を続けた司祭の老人たちは研究室を去って行った。

 アルビーは僕を見た。殴られた頬が腫れているが、それを気にせずに僕を見る眼差しは輝いていた。

 

「もういいぞ。……言葉は分かるか? 頷くだけでいい」

 

 渋い声に首肯で返す。

 

「そうか。……そうか! 分かるか。では、最初に魂に刻んでおけ」

 

 こちらを見上げる博士の頬が吊り上がった。

 

「わしはアルビー。そしてお前の名は、エレノア・オムニティスだ。覚えておけ!」

 

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