TS触手は悪女の使い魔   作:毒蛇

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第24話 追走と舞踏の狭間で

 順調に逃げられたと思ったが、装甲車に乗った盗賊たちが追ってきた。僕は奪った機関銃で彼らに応戦する。

 同時に、触手を空に散らし、上空から盗賊を串刺しにする。

 ヴィクトリアも調子が戻ったのか爆発の魔法を放ち、撃退に貢献した。

 

「これで……最後!」

 

 途中、何度か擦れ違う車や馬車を回避して、最後の追手をヴィクトリアが爆破させたところで、静かに吐息する。

 

「……これで夜会には間に合いそうですね」

 

「ええ」

 

 そういえば、と僕は触手から回復薬を取り出し、ヴィクトリアに渡す。

 以前彼女から渡されたものだ。僕より脆弱な彼女が飲むべきだろう。

 

「念のため、飲んどいた方がいいですよ」

 

 意外にも素直に僕の言葉を聞いた悪役令嬢。

 だが、小瓶を半分ほど飲んだ彼女は、「ん」と唸りながら僕に渡す。飲め、ということだろうか。それならば遠慮なく小瓶を口に含む。

 フルーティーで甘酸っぱい味だ。飲み干すのは一瞬だった。

 

【触手学習予測:8%】

【触手機関 稼働率:96%】

 

 すぐに視界上に表示される文字列や数値に目を向けるが分かりやすい変動がない。【回復中】とか、そういった表示も出ない。

 もしかしたら回復薬は僕に効果が無いのかもしれない。

 むしろ、触手侵食か、先ほどの触手で遠距離攻撃をしたからか、稼働率が減っていた。

 ……それよりも、危機を脱した以上やることがある。

 

「はい、これ。着替えて下さい」

 

 触手の中から予備のドレスと化粧道具を出す。

 助手席に座るヴィクトリアはそれを胡乱気な目で見つめる。

 

「随分と用意が良いわね。……セシリアね?」

 

「昔から駆け回って泥まみれになる方ですからって」

 

「あの子、わたくしをなんだと思ってるの? まったくもう」

 

 汚れたドレスを脱ぎ捨てて、車内で着替えるヴィクトリアを尻目に車を走らせる。

 先ほどの盗賊団はもう追ってはこなかった。だがあれだけ騒いだのだから憲兵団がいつ来てもおかしくはない。

 急いで現場を離れた僕はヴィクトリアの指示に従って会場に向かう。

 

「事前に試していて良かったわね」

 

 衣装を変えて、汚れを落とす少女の声は弾んでいる。

 今にも笑いだしそうな声音は、触手に対する理解が進んだからだろう。

 

「【触手侵食】は魔力が宿るような物や、人工的な魔道具に効果が及ぶ。侵食すれば使い魔の首輪のように、その物に関する知見を得られる。そんなところね」

 

 昨日まで運転などできなかった僕が車を動かせるカラクリは恐らく彼女の言葉通りなのだろう。触手に何故そんな機能を付けたのかと思うがアルビーの考えはよく分からない。

 もしかしたら、今回のような事態を想定していたのかもしれない。

 

「……お前、着替えは?」

 

 着替えて助手席に座るヴィクトリアに首を振る。

 道案内されながら車を走らせつつ、自分のドレスに目を向ける。ボロボロだった。車の中を転がって、多少被弾した程度で生地に穴が開き、破けている。

 なんて脆弱な装備だ。

 流石にこれで夜会に行くのはよろしくない。

 触手にもドレスを修復する力はないのか、視界には何も表示されない。

 

「ごめん。破けちゃった」

 

 仕方がない。謝ろう。

 そんな思いで彼女の衣服をについて謝罪すると、彼女は鼻を鳴らして腕を組んだ。

 

「……次からもう一着、替えを持ってきなさい。いいこと?」

 

 流し目で僕を見るヴィクトリアに頷く。

 怒っていないようで良かった。

 とりあえず主人命令でドレスを脱ぐ間、ヴィクトリアが車を運転して目的地を目指した。

 

「……あれ? ヴィクトリアはなんで運転できるんだ?」

 

「淑女の嗜みとしてお母様から教わったのよ」

 

「嗜み……?」

 

「他にも淑女として大事なことを学んだわ」

 

 ──といった会話をしているが、いつの間にか敬称が抜け、敬語もボロボロだ。

 敬語口調と礼節を大事にしていたゲーム主人公の真似をしてきたが、ノリと勢いで呼び捨てとタメ口をきいても、本人が何も言ってこない。

 もしかすると、そこまでキッチリとした敬語でなくても問題なさそうだ。

 

(今だけかもしれないけど……まあ、いいや)

 

 普段の衣装に変更する。そこから少し考えて、夜会に合うように露出度を増やしてパーティー仕様に変更した。これで良いだろう。

 

「お前……露出しないと死ぬの? そこまでしてわたくしより目立ちたいの?」

 

「僕の身体って戦うと熱が籠りやすいんです。ほら、手を触ってみて。もし、露出を減らすなら冷却用のカッコいいコートかマントが必要ですよ」

 

「……不便な身体ね。氷でも掛けて冷やしてあげましょうか?」

 

「それは……お願いします」

 

 そんな雑談をする頃には彼女は普段通りだった。

 

 

 ◇

 

 

 車はどうしようかと思ったが、憲兵に事情聴取されると言い逃れが難しい。

 適当な川に放棄した後、タクシーを再度捕まえて向かうことにした。

 

「触手を引っこ抜けば、元の廃車に戻るのね」

 

「それは良かったけど、不法投棄って知ってますか?」

 

「川に生息するアリゲータービードルがああいう金属素材を好んで食べるから、むしろわたくし達は生態系に貢献したのよ。何も問題ないわ」

 

「川にいて良い存在じゃない……」

 

 念のためタクシーの運転手には気を付けていたが、別の盗賊団の一味という訳でもなく、仮面舞踏会には少し遅刻する形で到着した。

 

「遅刻か……」

 

「主役は遅れて登場するものよ」

 

 仮面を顔に嵌めて、ヴィクトリアの隣を進む。

 招待状を提示する女王に案内役の男が一礼して、通された。

 

「そのままお進みください」

 

 道化師のマスクを着けた男の案内で広間に案内される。

 なんだかんだで楽しみだ。

 

 

 ◇

 

 

 広間には、多くの燭台が灯され、仮面をつけた紳士淑女たちが杯を交わしていた。高い天井から垂れるシャンデリアは星のごとく煌めいている。楽団が奏でる旋律はどこか興奮を掻き立てられるようだ。

 

 だが、この舞踏会の中心にあるのは音楽でも舞踏でもない。

 広間の中央には、数段低くなった円形の闘技場が鎮座していた。磨かれた黒大理石で囲まれたその空間は、まるで奈落への口のように異様な存在感を放っている。観客はその縁に集うだけではなく二階の回廊からも目を向ける。

 仮面の下からは、いずれも欲望に濁った瞳が光っていた。

 

「……学園のとは違う夜会ですね」

 

 隣から聞こえるエレノアの声にヴィクトリアは頷く。

 

「学園のなんて所詮はお遊戯だもの。ここは普通に貴族もいる本物の夜会よ」

 

 今夜の主役は、舞う者ではなく、戦う者。

 貴族の使い魔や自ら剣を手に取った狂信者が、誇りと命を賭す場だ。

 

「赤の仮面の令嬢は今夜も強いぞ。流石は戦場帰り!」

「次はあの蛇を操る男だ、賭けるなら今のうちだ」

「さあ! さあ! 急いで!」

 

 貴族たちの間を、大量の紙幣を持つ帳簿係がせわしなく回り、誰が勝つか、誰が死ぬかを笑いながら賭ける声が飛び交う。

 血が飛べば、歓声が上がる。肉が裂ければ、拍手が鳴った。

 

「相変わらず、悪趣味ね」

 

 ふとエレノアに目を向けると、闘技場に目を向けていた。血飛沫が散り、周囲が歓喜に染まる中、彼女は思い出すようにヴィクトリアに呟いた。

 

「……血染めの舞踏会か」

 

「ええ、そうよ」

 

「奴隷や使い魔を戦わせて貴族の権力を示したり賭けを楽しむ場……でしたっけ?」

 

「その通りよ」

 

「……僕も出るんですか?」

 

 じっとりとした目を向けるエレノアに、ヴィクトリアは肩を竦める。

 

「場合によってはね。積極的に出るつもりはないわ」

 

 そして、ひとつの戦いが終わるたび、再び音楽が鳴り始める。

 そこには上級貴族も下級貴族も関係ない。

 先の学園襲撃で自粛を迫られた貴族たちが血肉沸き立つ戦いを見に集っていた。

 

「勝者はフリーダ!! やはりこの女は強い!!」

 

 歓声が上がる。用があるのはフリーダと呼ばれた女性だ。

 仮面をつけ、赤茶の髪を後ろで纏めた女が公爵令嬢だとは思わないだろう。知っていても暗黙の了解で口外はしない。

 着崩した赤いドレスの女性はヴィクトリアの視線に気づくと、軽く顎を上げ笑った。

 

「あれがフリーデリカ・ヴォルフガングよ。フリーダはここでの偽名ね」

 

「……?」

 

 本名をエレノアに告げるも、無言で小首を傾げる。

 その反応にやはり知識に偏りがあるとヴィクトリアは判断する。

 

 妄言であっても本来なら知り得ない情報を所持している癖に、五大公爵の一つヴォルフガング家にいる、戦場帰りのお転婆令嬢を知らないとは。

 その後、すぐに控室から出て来たフリーデリカがヴィクトリアに近づいて来る。

 

「ヴィトさん! 久しぶりやん!」

 

「ええ。今は休戦中だったからいると思ったわ」

 

「姫様からも休暇を言い渡されてな! それよりもヴィトさんよ。遂に使い魔を所持したのは戦場でも聞いてたで。遂にうちと戦いに来たんだと思ってたわ!」

 

「……アルメリアは元気?」

 

「もう元気に敵をしばいてたわ! まあ、でも、やっぱりあっちで休暇を過ごすらしいわ」

 

 帝国の王国侵略は現在停戦中だ。

 王国の海岸防衛に参加していたフリーデリカは一時的に王都に戻って来ていた。いずれ停戦は終了して戦地に戻るだろうに、こんな場所でまで闘争を求めるとは。

 

「本当にお前は戦うのが好きなのね」

 

「そういう気質なんや。で……ヤるんか?」

 

「……それよりも、フラリスとカルロッタはいる?」

 

「おお……隅っこでこじんまりやっとるで!」

 

 いつも通りにうるさい女だ。ヴィクトリアは思った。

 

「最近はどう? 名声を得て、取り入る連中が増えたでしょう?」

 

「せやな。うちの親戚とか、妹を名乗る頭のおかしい連中が増えたわ。その癖、戦う度胸も力も無い者ばかりで困るわ。……で?」

 

 フリーデリカの視線がヴィクトリアの隣に向けられる。

 エレノアが淑女の礼を取る。スカートの裾を摘まみ、背筋を伸ばし、脚を引く。顔を上げて見せる微笑には気品が宿る。

 ヴィクトリアとしては少ない日数で仕込んだ故にギリギリ及第点だが、目端でフリーデリカと周囲にいた男たちが目を見張るのを捉えた。

 

「ごきげんよう。我が主ヴィクトリア・ブラッドベリーの使い魔エレノア・オムニティスと申します」

 

 及第点だが、それを補う不思議な色気がエレノアには宿っていた。

 

「ふーん。服エグイな~。露出が多いのは魔族的っていうか、ここまで来ると未来的というか……パンツ穿いてるん? 見せてーな」

 

「お断りします」

 

「そうか。それより、トライデントシャークを倒したって聞いたけどマジ?」

 

「ええ。一人で仕留めました。お望みでしたらご希望の賞金首を仰って下さい。場所が分かれば狩ってきますので」

 

「言うやん。なら我が国とドンパチやってる帝国軍将軍の首でも獲ってきて欲しいわ~」

 

 フリーデリカの言葉に、エレノアは神秘的な笑みを見せる。

 人間の物とは思えない魅惑的な表情は、フリーデリカのニヤケた顔を真顔に変えた。

 

「お望みとあらば」

 

「……その言葉、忘れるやないで」

 

 言葉よりも拳や力に興味を示すのがフリーデリカだ。

 あいさつ代わりの握手を求め、エレノアが応じる。

 その瞬間に彼女の顔色が変わり、ヴィクトリアは思わず笑いそうになった。

 

「あんた強いな。……『灰の蛇』なんてブラッドベリーお得意の宣伝工作やと思ってたが、気が変わったわ。なあ、エレノア、うちとヤろうや」

 

「ヤる?」

 

「戦いや」

 

 グッと顔をエレノアに近づけるフリーデリカ。

 そのお眼鏡に適う実力はやはり備わっていたようだ。まあ、ヴィクトリアの使い魔なら当然だが。対するエレノアは勝手な対応をせずにヴィクトリアに視線を向ける。

 従順になってきた我が使い魔に、頭を振って見せる。

 

「ダメよ。その前に二人の所に案内して頂戴。それと──」

 

「分かった、分かった。細かい所はいくらでも飲んだるから」

 

「決まりね。それと戦いの場はまた今度にして頂戴。──あの女も来てるんでしょう?」

 

 ヴィクトリアが尋ねるとフリーデリカは肩を竦め、小さく首肯した。

 

「あんたらの喧嘩には興味ないけどな」

 

「それで良いわ」

 

 フリーデリカがヴィクトリアとエレノアを従えて二階回廊を進む。

 闘技場が見える壁際のテーブル席に、仮面をつけたドレス姿の少女が二人座っていた。

 

「ごきげんよう、二人とも」

 

「久しぶりですね、ヴィクトリア」

 

「ごきげ……よ……ヴィクトリアの初めて……使い魔……見せて」

 

 藍色のストレートな髪をした少女と、陰気な黒髪の少女にヴィクトリアは声を掛ける。いずれも旧知の関係、仮面をつけているが公爵家の二人だ。

 

「いや~戦ったら腹減ったわ。あっ、うちのことは気にせんといてな」

 

 フリーデリカは立ち去らずにマイペースに椅子を引いて座る。そのまま給仕を呼んでテーブルに食事や飲み物などいくつか置かせる。

 邪魔ではない。フリーデリカにもこの二人と同じ用がある。彼女もそれを理解しているのだろう。エレノアに見せつけるようにフリーデリカが無言で食べ始める。

 

「正直、カルロッタはいると思ったけどフラリスがいるとは思わなかったわ」

 

 ヴィクトリアも椅子に座り、その背後にエレノアが凛とした表情で佇む。

 

「今日はカルロッタさんとの付き合いで。本当はこんな賭け場になんて来ません」

 

 主に司法を牛耳るヴェルダント公爵。その娘フラリスは青銀の仮面を指で弄る。

 隠しているつもりなのか、以前から人の元婚約者への恋慕を抱く卑しい少女だ。エレノア曰く、彼女があの日の首謀者だったと言うが……その証拠は見つからない。

 エレノアの妄言を信じた訳ではないが、多少は参考にしても良いと思いつつあった。

 

「フラリスは……第二王子の看病しようとして……断られた……」

 

 ボソボソと喋る様は、人の耳を自然と傾かせる。魔法の権威であるアッシュボーン公爵家の令嬢カルロッタだ。

 背中を丸め、常に自信なさげに振る舞う彼女が腰掛けるのは椅子ではない。

 魔族だ。獣人の魔族の背中に座っている。それだけではない。彼女の近くには着飾られた魔族の偉丈夫たちがカルロッタを甲斐甲斐しく世話する。

 チラリとヴィクトリアはエレノアを見るが、無機質な瞳に含むものは見えない。

 

「……ヴィク、トリア。紹介を……あなたの、初めて……教えて?」

 

「ええ。エレノア」

 

「はい」

 

 エレノアの淑女の礼は二人のお眼鏡にも適ったらしい。

 見た目は良いのだ。普段の男的な言動さえ抑えれば問題はなかった。

 

「ああ、ああ! 素晴らしいっ! これが魔族!? こんな美しい存在がいたの!?」

 

 ガタンと椅子を倒して立ち上がるカルロッタ。

 鼻息を荒くして、エレノアに近づくとその手を握る。

 

「良い匂い! 柔らかい! あっ! そ、空っ! 本当に飛ぶんですか!? 触手で!!? あの下等生物共を殺して回ったんですか!! しゅごいいい……!」

 

「……下等生物、ですか」

 

「ああ、魔族には難しい言葉だった? 平民とも言うんだけど。あの触手って闇魔法を使って生成してるんでしょう? 見せて! 触手をもっと見せて!!」

 

 唯一カルロッタが言い淀むことが無いのが魔族に関係することだ。

 その執念と情熱が彼女を支え、魔族狂いにさせている。ドレスを着飾るよりも、美麗な魔族を侍らせて、快楽にのめり込んだ末路がこれだ。

 この様ではいずれ廃嫡されるだろうという噂にも頷ける。

 

「あなた私の物になりませんか? 待遇ならなんでも用意するので! あなたに相応しい番をぜひ私に用意させて貰えませんか!? それでっ! あなたが作った子供を私が育てる! きっと、あなたの子供なら世界で一番美しい魔族になるに違いありません!」

 

 怒涛の言葉の勢いにエレノアは怒ることも嫌悪することもない。ただ微笑むばかりだ。

 いや、目の奥が笑っていない。そろそろ我慢の限界だろうか。

 灰色の髪の毛、その先端が内心を表現し、蛇のように蠢き始めている。

 

「申し出ありがとうございます。でも、僕はヴィクトリア様の使い魔ですから」

 

 途端、カルロッタは表情を変えた。

 

「は? 魔族のくせに──」

 

 エレノアの目の色が変わった。

 それを察知したカルロッタの使い魔たちも警戒したように身構える。

 

「そこまでよ、カルロッタ。そもそも誰の許可を得て、人の使い魔に触ってるの?」

 

「ひっ、す、す、すみません……」

 

 間に割り込んでカルロッタが握った手を叩き落とす。

 魔族や平民に対して強気で高圧的なのに、ヴィクトリアやフリーデリカのような貴族には処刑寸前の小動物のような対応をするのだ。みっともないとヴィクトリアは思う。

 

『今、ちょっと怒りかけたでしょう?』

 

『ゴチャゴチャうるさいなってビンタしたくなっただけです。……なんちゃって』

 

 情報伝達魔法でエレノアに尋ねると、そんな冗談めいた回答が戻ってくるが、触手念話の面白いところはそこに感情が乗るということだ。

 ほぼ無意識で送ってくる感情には、苛立ちや嫌悪といった物が読み取れた。

 

『我慢しなさい。あとでデザート、好きなだけ食べていいから』

 

『……普通にご飯がいいな。あの変な口調の人が食べてる奴』

 

『帰ったらセシリアに作らせるわ。だから我慢よ。待ちなさい。腹も鳴らさないように』

 

『……そんなことしませんよ』

 

 食事のことしか頭に無さそうだが、エレノアが冒険組合で行ったことの詳細は把握している。温和そうに見えて、挑発された途端にBランクの冒険者パーティーを面子ごと叩きのめし、周囲に対して恐喝した女だ。

 相手とか立場とか関係ない。彼女の中にある一線を超えたら暴れかねない。

 下手に強い分、面倒臭い使い魔だ。ヴィクトリアはつくづく思った。

 

「それで、ヴィクトリア? 今日はどうしましたか? お茶会なら呼んでくれたら行ったのに」

 

 フラリスの言葉にヴィクトリアは周囲を見渡す。

 仮面をつけているとはいえ、ここには公爵家のうら若き乙女たちが四人も集っている。血染めの舞踏会に遊びに来た高貴な連中の火遊びだ。

 多少の察しがつく者は寄り付かない。それでも、近づいて来る者もいる。

 

「最低限で良いわ。カルロッタ、結界を張りなさい」

 

「……は、はい」

 

 ヴィクトリアがカルロッタに目を向ける。怯えた顔をしながらもしっかりと小規模な結界を生み出す。それを確認したフラリスの視線は理解を示す。

 

「悪だくみですね? なら、私は降ります」

 

「それがあのバカ王子に関係することでも?」

 

「……殿下に?」

 

 目つきが変わった。

 本当に分かりやすい子だ。昔から変わらない。ヴィクトリアがあの第二王子の婚約者に決まった時から向けてくる黒い感情も色褪せないままだ。

 だから、その思いを抱えたフラリスも利用させて貰おう。

 

「何をするつもりですか?」

 

「それは……」

 

 グゥゥゥゥ……。地鳴りがした。

 振り向く。フラリスたちは警戒心を示したが、テロとかそういうのではない。あんなことがそうそう何度もあってたまるか。

 

「……お前」

 

 エレノアだ。よく見るとフラフラしている。

 先ほどの戦闘で空腹になったのか。もしくは触手侵食も影響しているのか。

 

「エレノア。……ちょっと、誰を無視してんのよ」

 

 仮面から覗く瞳は虚空を見つめ、呼びかけても返事がない。

 長い髪の毛が萎れ、グゥゥゥゥ……と腹だけが返事を返す。

 こんな場で、こんな失礼な対応をされたのは初めてだ。彼女の肉付きの良い太腿を引っ叩こうと腕に力を入れた時だった。

 

「……魔族は……そういう、物だから……」

 

「んぐ……むぐ……なんや空腹か?」

 

「あの、食べますか?」

 

 幸いにもカルロッタやフリーデリカは気にした様子を見せなかった。

 フラリスは表情を変えるとエレノアに菓子を差し出した。途端、エレノアが再稼働した。

 

「……あ、ありがとうございます、フラリスさん!」

 

「いえ、貴族であろうと平民や魔族であろうと、等しく腹は空くものです。飢えを笑うことは、いずれ飢えに泣くことになる──これは祖父の教えでした。……ですので、私は常に三種類ほど菓子を携帯しております。嗜みの一つとして」

 

「……それは素晴らしい教えだ。叡智に優れた立派なお爺さんですね」

 

「え、ええ」

 

 その瞬間のエレノアの微笑はヴィクトリアに向けるものよりも優しいものだった。

 菓子を差し出した手を握られ、フラリスが動揺したように目を瞬かせる。

 

「……ちょっと、何か取ってきなさい」

 

「エレっち、ここ、座れや。この夜会はな、実は肉が上手いんだ。食ってみ?」

 

 それに何かを感じたのか、奴隷に命じて食べ物を取ってこさせたカルロッタやフリーデリカが餌付けを始めた。

 

「……あ、じゃあ、いただきます」

 

 いや、何をしているのだ、この腹ペコ使い魔は。いただきます、ではない。

 ──守るとか言った癖に。食べ物を渡せば誰にでも尻尾を振るつもりか。

 主人が誰なのか分かっていないらしい。

 

(でも意外と悪くない空気ね)

 

 遠慮なく食べる使い魔の躾で、嫌みの一つでも言われるかと思ったが、ヴィクトリアの考えに反して、公爵令嬢間の空気に緩みが生じたのは予想外だった。

 

(アニマルセラピーってこと……?)

 

 これが使い魔を置くことへの効果なのかもしれない。

 ヴィクトリアでは成し得ない誘導方法だった。

 

「……まあいいわ。食べながら話をしましょうか」

 

 ヴィクトリアの意見に反対する者はいなかった。

 

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