第34話 次の目標、領主の帰還
目覚めた瞬間、夢だと分かった。
死んだはずの博士が、培養槽に顔を押し付け叫んでいたからだ。
「ベリーグッド!!」
『顔が近い』
思わず舌打ちしてしまう。それを鼻で笑う白衣の男はアルビーだ。
『……久しぶりな気がする。夢アルビー』
「そうだな。だが、博士をつけろ、エリー」
ヴィクトリアによる報復騒動から約二ヶ月が経過した。
白衣を翻す老骨が出現したということは、僕は何かしらの行動をしたのだろう。最近行っていたのは大物賞金首を中心としたモンスター狩りだったのだが……。
「さて、エレノアよ。わしが以前に伝えた二つの課題をよく達成した」
『ヴィクトリアの信頼を得るのと、冒険者ランクを上げること……だったっけ?』
「イエス!!」
アルビーが向けたクラッカーの音が響き、色とりどりのテープが飛び出す。……培養槽のガラスに張り付いたから剥がして欲しい。
「最速で駆け上がったのは間違いなく功績だ。世間では大物狩りなんて言われて、さぞ気分がいいだろう」
『いや、別に……』
ゲームでの予習のおかげだ。初見だったら時間もかかっていたかもしれない。
王国の人間にとっては賞金首に指定するようなモンスターや盗賊も、延々とゲーム内で倒してきたアドバンテージがある。寧ろ、できて当然だろう。
『Dランクから上に上がる時、魔族嫌いの幹部に妨害されたのは腹立ったけどな』
「だが、ヴィクトリアの信頼を得たおかげで、対応して貰っただろう?」
『……ん』
少し前にCランクへの昇級試験があったのだが、対象のモンスターを討伐しても、魔族嫌いの審査官が色々と言い訳を口にして昇級を見送ったのだ。
解決策はシンプルだった。
一人で抱え込まずにヴィクトリアに泣きつく。それで彼女が対応してくれた。
『冒険組合の不正や幹部の弱みを握って脅すのはどうかと思ったけど』
「悪役令嬢らしくて良かったではないか」
『……確かに』
世の中は綺麗ごとでは回らないのだと僕は学習した。
ゲームはその辺りサクサクと進んでいたので新鮮な気持ちでもある。
そんな訳で冒険組合の幹部は別の不祥事を起こしたということで解雇され、僕はCランクの冒険者に晴れて昇級したのだ。
『それで、次の目標は?』
「お、やる気ではないか」
『当たり前だ。僕はヴィクトリアを学園から卒業させて男に戻る。その為にこうして行動しているんだから』
初志貫徹だ。そういうところはぶれてはいけないと僕は思う。
ウンウン、と頷くアルビーはピースサインを見せる。
「やることは二つだ。ブラッドベリー家の領主に力を貸せ。ゲームでも裏帳簿の存在や多数の不正──でっち上げられた証拠を元に、公爵家が取り潰された」
それはゲームでも知っている展開だ。
ストーリーを進めていく過程で、主人公と敵対した末路として見たが──
『この前のヴィクトリアの報復劇で結構な人が公爵家から出て行ったが? もうブラッドベリー家を潰そうなんて人もいないんじゃないか?』
「あまーい! 貴族界隈を舐めすぎー!」
ドンドンドン。培養槽のガラスを太鼓のように叩くテンションの高い爺は語る。
「公爵家はお前が今いる別邸だけではない。本家にも多数の使用人が仕えている。そこには当然、教会派の貴族から秘密裏に派遣された者もいるだろう。そういった者にまでヴィクトリアの目は届かない上に、そもそも権限がない」
教会。それは王国を陰から支配しようとする黒幕だ。
ゲームと同じなら現実も同様だ。これからゲームと同じような展開が生じるならブラッドベリー家の衰退も起こり得るだろう。
その芽を潰すことがヴィクトリアの破滅を避けることに繋がるのだ。
『……で、どうしたら?』
残念だが僕はバカだ。多少の暴力はあるが知力に優れた訳ではない。
適材適所。対処方法は頭の良い相手に投げることだ。
「問題ない。呪文を用意した」
ニヤリとアルビーは不敵に笑った。頼もしい。
しかし呪文ときたか。遂に僕も魔法を使う時がきたか……。
『ん? アルビー、僕って魔力あるんだっけ?』
「あるにはあるが、全て触手基幹システムの稼働で消費するから魔法は使えない。この場合の呪文とは、ブラッドベリー家の領主に通じる符丁のことを指す」
なんでそんなことを知っているのだ。
そう思ったが口を噤む。アルビーが真剣な表情をしていたからだ。
「近いうちに現領主に会う時がくる。その時に今から言う呪文を口にしろ」
そう言って、いくつかの呪文をアルビーは口にした。
『……覚えられるかな?』
「頭に刻んだから大丈夫だ」
続いて視界上に地図が表示される。青白い地図は島国であるセレスタリア王国の物だ。よく見ると王国内のいくつかの地点に赤い点が光っている。
「二つ目は、魔王の生産工場の破壊だ。ラスボスは登場しなければボスにはならない」
頭を過ぎるのはゲームで戦った数々のラスボスたちだ。
『え? あのラスボスたちってここで作られたの? 天然物じゃなかった!?』
「最初から洞窟奥や、廃城に生息していた訳がないだろう。ゲームをやり直せ。いいか、お前の飛行能力なら一日で行える。できれば破壊するなら一日で全てを行って欲しい」
『この数を?』
「二日以内だ。それ以上は教会が動く」
……まあ、ヴィクトリアと信頼関係を構築するとかよりは簡単で分かりやすい。
「では……」
青白い光の粒子が散って視界が溶けていく。
あ、夢が終わる。それを直感して僕は早口で告げる。
『稼働率問題!』
【触手機関 稼働率:80%】
稼働率はミカエルとの戦いから少し減った程度だ。
できるだけ怪我を負わないように、攻撃を受けないようにしながら立ち回った成果だ。
「ああ、ちゃんと見ていた。よくやったな、エリー。その調子で怪我には気を付けろ」
『いや、そうじゃなくて……』
「お前の弱点は神聖魔法だ。それでも直撃すれば消し飛ぶ他のモンスターに比べればかなり耐久性はある。あとは気合で耐えるんじゃい」
『違う! 稼働率の上げ方を聞いてるんだ! 誤魔化すな!』
アルビーの言葉を遮って、僕は触手念話を送りつける。
「……エリー」
『なんだよ』
「稼働率はなるべく減らすな」
『え?』
「そうでなければ……ヴィクトリアが卒業する前に死ぬぞ」
僕が考えていることは分かっているはずなのに。
アルビーは、どうしたら良いのか答えをくれなかった。
◇
王都の貴族区画にある屋敷の中でも一際大きなブラッドベリー家の別邸。
ヴィクトリアの私室で僕は目を覚ました。
シリアスなことを言われた夢にぼんやりとしながら、長椅子に寝転がる。何かの書類を書いているヴィクトリアはチラッと僕を見るも、視線を机に戻した。
カリカリと動くヴィクトリアのペンの音。
カチカチと小刻みに時間を示す時計。それ以外は言葉もなく静かな空間だ。
「ふわ」
欠伸をしながら毛布替わりにしていた新聞を手に取る。
一面を飾るのは暗殺という派手な文字だ。
第五王子ノアランが暗殺されたと王宮から正式に発表があった。
「……今回の事件を受け、王立騎士団の治安体制を強化する名目で、教会より監査官および司祭が複数名、王都に派遣されることが発表された。王政府は『連携強化と治安の安定を目的とした配置』と説明しているが──」
「そんな良い声で読み上げなくても良いわ。もう読んだもの」
なんだか小難しい文言を口にしていると、紫紺の瞳が僕を見下ろす。
「ヴィクトリアさん」
「なによ」
「つまりこれってどういうこと?」
ふむ、と顎に手を置いたヴィクトリアは要点を口にした。
「このままいけば次の王はカリウスに決定。この国も終わりね」
王位継承権を持つ男はカリウスだけになった。
継承権を持つ第一王女は存在しているが、侵略してくる帝国軍と戦う方が好きらしく継承権を巡る政的な動きは特にない。今も国境である海岸の領地にいるらしい。
ゲームではこういう政治的な話はなく、ゲーム主人公も関心は示さなかった。
そんな主人公と学園卒業後に結婚せずカリウスが王となったルートでもブラッドベリー家は潰され、王国中で内乱が勃発し、最終的に他国に侵略を許してしまう。
その世界でのヴィクトリアの消息は不明とされている。
──というのを彼女から教わったある方法を使って詳細に伝えた結果、最近はずっと深刻そうな顔をしていた。
「……もし駄目そうだったら、留学という名の亡命でもしますか?」
「亡命ね。……お前と?」
怒っているのか笑っているのか、よく分からない表情をヴィクトリアは浮かべた。
彼女の言葉に返事をする前に私室のドアを叩く音に目を向ける。ヴィクトリアが返事をして、専属侍女セシリアが入室してきた。
「リトリア様。ご当主様が呼んでます」
ご当主。つまりヴィクトリアの父だ。
学園襲撃の時や夜会での報復劇の時も王宮での業務が忙しいという理由で来なかった薄情な父親だったが、数日前に戻ると連絡していたらしい。
だが、こんな事態なのに帰ってきて大丈夫なのだろうか。
「王宮での業務は一時停止。監視付きで王都内の自宅待機を命じられたんですって」
「そうなんですか?」
「でないと、戻ってなんて来ないわよ」
少し機嫌斜めな彼女は吐き捨てるようにそう言った。
これまで何があっても帰って来なかった父親に失望しているのかもしれない。いずれにせよ、僕にできることは特にない。
「じゃあ、いってらっしゃい」
「……お前も来なさい」
むすっとした顔でヴィクトリアは長椅子を軽く蹴り、僕を見下ろす。
普段通りの姿だが、その表情は普段よりも精彩を欠いたように見える。
……まあ、仕方がない。僕は彼女の使い魔だから行くとしよう。最悪、姿を消せば見つからないだろう。
やれやれと身体を起こした僕に、セシリアが声を掛ける。
「あ、その、エリーさん」
「ん? なんですか、セシリアさん」
「ご当主様はエリーさんのこともお呼びです」
「初めまして、公爵閣下。エレノアと申します」
誰も使っていなかった執務室。僕はそこでヴィクトリア仕込みの礼をする。
相手はヴィンセント・ブラッドベリー。
王族の次に権力を持つと言われている公爵家の当主だ。
紫がかった漆黒の髪を短く整えた冷徹な顔立ちで、鋭い灰色の瞳が僕を捉える。
「ああ、堅苦しいのは結構だ。灰のお嬢さん」
執事のレナードが机に小さな天秤を置いた。
あれはゲームでも見たことがある。憲兵団がよく使う嘘を吐けば傾く魔道具だ。
「まずは娘が世話になった。ありがとう」
「いえ、使い魔ですので」
「王都での活躍は王宮にまで届いてる。王国の治安維持への貢献はそこらの貴族よりも凄まじい。魔族ではあるが、女男爵の爵位を授けるという話も出ているくらいだ」
小さくヴィクトリアが息を呑んだが、そんなに凄いことだろうか。
「それは……どうも?」
それに地位を貰ったところで特に必要性は感じない。
ゲームではちょっとした領地を貰えたので農業や領地の開発に勤しんだこともあったが、流石に現実でそんなことをしている暇はないだろう。
「それで君は……」
チラリとヴィンセントが魔道具に目を向けた。
「……転生者なのかな?」
低く落ち着いた声音が、静かに部屋の空気を震わせた。