TS触手は悪女の使い魔   作:毒蛇

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第36話 二人だけのピクニック

 数日後、ヴィンセントは王宮へ戻った。

 結局、執務室で交わした言葉が最後だった。

 領地の仕事はヴィクトリア曰く、長男クリストファーが代理で動いているらしい。

 

 僕は僕で、ブラッドベリー領に行く前に王都でやり残した依頼の対応をしていた。

 Cランク冒険者にもなると、大物賞金首をわざわざ狙わずとも、ゲーム中盤以降で出現するモンスター討伐依頼を指名されるようになる。

 このくらいになると魔族だからと見下す人も減った。仕事ができるなら関係ない、という貴族からの指名を受けるようになった。

 

「スモッグレイヴンの群れ討伐、お疲れさまでした。依頼人から野菜と報酬を預かってます」

 

 仕事は片っ端から受けた。

 貴族でも平民でも商人でも。この触手が飛べる場所に飛んで対応した。ただ、できるだけ依頼は同じ場所ごとで受けたいので、そういった仕分けはカーラに対応して貰った。

 

「えっと、野菜はブラッドベリーの屋敷に、お金はいつも通りに振り込んで下さい」

 

 盗賊団の件以来、カーラは僕の担当組合員になった。

 事務的な手続きだけではなく、僕と依頼者間での対応もしてくれる。彼女には感謝しても足りないくらいに働いて貰っていた。

 今日も愛嬌のある笑顔を見せる彼女はいくつかの書類を出す。

 

「それと、こっちがブラッドブルグにある冒険組合からエリーさん宛に出された依頼ね。確認お願いします。……それにしてもブラッドブルグかー」

 

 一通りの事務手続きや作業を終えたからか、タメ口になる彼女は遠い目をする。

 僕が想像するよりも冒険組合の職員は激務なのだろう。

 

「お土産、買ってきますね。なんか高い感じの……高級なのを」

 

「ああ、いや、催促って訳じゃなくて……昔、研修で行ったなーって」

 

「観光とかはしなかったんですか?」

 

「自由時間で、同僚と温泉に行ったくらいかな……」

 

「……混浴? 男漁りとかしてたんですか?」

 

 緩い雰囲気なので軽口を叩くと、じっとりとした目でカーラに見つめられる。

 

「そんな訳ないでしょう。でも眼精疲労とか腰痛には凄い効果があったから、定期的にあそこの入浴剤を取り寄せてるんだよね。……あっ、その時の同僚がブラッドブルグで働いてるので、何か分からないことがあればその子に聞いて下さい」

 

「あ、はい」

 

 カーラには、ちょっと高級な土産を買おう。香水とか化粧品とかだろうか。ヴィクトリアに聞けば、良い感じの物をチョイスしてくれるかもしれない。

 

「エリーさん、他に何か聞きたいこととかってありますか?」

 

「あー……えっと、そういえば、気づいたら依頼の受発注とか何か話をするときって受付じゃなくて個室での対応になりましたね」

 

「以前にも説明しましたが、この対応はエリーさんだけじゃなくて稼いだ額が億単位に到達した方向けのサービスなんです。たまに他の冒険者の方と同じく受付に行って、人前で大物モンスターの素材や魔石を提示して実力を誇示したい方もいますけど」

 

「いや、そこまでは」

 

 ──冒険組合での換金や依頼に関しては受付よりも上階にある個室で行われるようになった。億越えの報奨金を稼いだ冒険者への配慮らしい。

 冒険組合が特別扱いしている、というアピールをすることで格下や経験不足の冒険者にも理解させて、無用な衝突を減らそうという試みなのだとか。

 

「まあ、僕はどっちでもいいですけど。でも、こうしてカーラさんと二人っきりで落ち着いて話ができるのは良いですね」

 

「エリーさん……」

 

 今の発言、彼女が男だったら堕ちていたに違いない。

 それに決して嘘ではない。よく喋るが差別はしない良い人だ。

 別に口説いた訳ではないが、咳払いするカーラも満更でもなさそうだった。

 

「……向こうの組合でちょっと挑発されたからって怒らないようにして下さいね。その辺りだけは私、すごく心配なんです」

 

「僕は温厚だから、そんなことはしませんよ」

 

 手を握られて、何故か不服そうに半眼を向けられた。

 彼女の前で殴り合いとか怒声を出した覚えは無いのだが……。鏡の前で練習した蠱惑的な微笑を返すと目を逸らされた。

 

「ところで他に変わった話とか、ありますか?」

 

「……そういえば、聖女が大活躍してるんですって」

 

「ああ、流石は主人公ですよね」

 

「え?」

 

「あ、いや……」

 

「……確かに物語の主人公のような活躍はしているらしいですね」

 

「そう、それ、そんな感じです」

 

 カーラと仲を深めて良かったことは、こういう情報をくれる所だ。

 新聞とは違う、冒険組合の職員から手に入る情報は新鮮で面白い。

 

「教会が聖女と認定したのと同時に、帝国軍との最前線に送るって無茶過ぎないですかね?」

 

「でも教会の発表では順調に帝国軍を倒して回っているとか」

 

 ヴィクトリアによる夜会での報復の後、教会から聖女に関しての公表があった。

 とある村の平民の娘を今代の聖女とする。

 その発表は王国中を駆け巡り、貴族や平民が騒ぐことになった。ただ、少し前に第五王子の暗殺で話題が塗り潰されてしまったが……。

 

「聖女って凄いよね。何の訓練もしていない筈の村人が急に強いモンスターを滅ぼせるほど強くなれるんだから」

 

「……そうですね」

 

 主人公の戦場送りで、ゲームとの差異はかなり大きくなった。

 本来のゲーム通りなら学園に入学しても、他に同じ聖女候補がいて最弱扱いを受けるのだ。その原因として他の候補者の妨害で正確な能力測定ができなかったからだが。

 

(ヴィクトリアの推薦を受けた状態で、不正のない能力測定をしたら能力値が歴代最上位の主人公が選ばれない訳がないんだよな)

 

 戦場送りは反対意見もあったらしいが、主人公自らが志願したらしい。

 それにより、現在王国に海から侵攻している帝国との戦争に参加することが決定した。

 

(しかし、三年生のイベントが本編より先に始まっちゃたよ)

 

 戦争イベントは物語の終盤で主人公が力を磨き魔王に備える場だ。

 その過程で司令部から与えられるミッション──有能な兵士の強制勧誘、資材の破壊と奪取、将軍と呼ばれる階級持ちの殺害などを達成すると、功績次第で叙爵される。

 しかし、レベルや技量によっては自身やネームドキャラの死亡や捕縛によるバッドエンドも発生するので注意が必要になる。

 少し前まで村人だった主人公が行って良いイベントではない。

 

(せめて聖剣はゲットしてないと……まあ、気にしても仕方ないか)

 

 僕が気にしなくてはいけないのはヴィクトリアのことだ。

 彼女が無事に学園を卒業すること、それによる報酬と男に戻ることだ。教会に聖女認定された主人公が生きて帰還できるかどうかは気にしても仕方がない。

 カーラと別れた僕は、寄り道せずにブラッドベリー家の別邸に帰宅した。

 

 

 ◇

 

 

 さて、王都からブラッドベリー領への移動について、

 

「お前に乗るから連れて行きなさい」

 

「え?」

 

「車でも長時間の移動よ。しかも大量の護衛がつくから時間は掛かる上に、退屈。お前なら飛べるでしょう?」

 

 当日の朝になってからヴィクトリア令嬢がこんなことを言ってきた。

 車か馬車か、とにかく陸路でゆったりと旅をするのかと思っていた。だが、本人曰く、長時間の移動は退屈で面倒臭いと我儘を言いだしたのだ。実に悪役令嬢らしい。

 

「言っておくけど、我儘ではないわ。自分の使い魔の性能を確認するだけよ」

 

「……ちゃんと許可取ってるんですか?」

 

「許可ならわたくしが出すもの。問題ないでしょう?」

 

 胸を張る彼女の傍に無言で控える専属侍女セシリアが荷物を差し出す。

 落ち着いた様子は、どうやら僕を除いて連絡済みのようだ。

 

「では、エリーさん。私たちは車で行きます。あと、これはお昼弁当です」

 

「……セシリアさんはそれでいいんですか?」

 

「お嬢様の我儘ですよ? 叶えない方がどうかしてます」

 

 荷物は結構な量だった。

 旅行とか、そういう時の女性の荷物は多い。何故かそんな知識が頭を過ぎった。

 

【触手収納:収納率30%】

 

 結論だけ言えば不可能ではなかった。

 展開した触手の中に荷物を入れて再格納する。僕の胸元や腹部をヴィクトリアは突く。

 

「……お前、今、ちょっと太った?」

 

「……荷物の分だけ増えたかも」

 

「意味の分からない身体よね」

 

「おんぶと触手に巻き付かれて飛ぶの、どっちがいいですか?」

 

「エレノア、わたくしは荷物ではなくってよ?」

 

 背中から展開した触手を腰に巻き付けて、ヴィクトリアは僕の背中に飛び乗る。

 柔らかい感触と首に回る腕の強さを身体で感じ取る。

 別邸の中庭で使用人たちに見られながら、意識を切り替える。ヴィクトリアは何かの呪文を唱えていた。飛行中の風や陽光を避ける為の物だろう。

 

「良いわよ」

 

「じゃあ、行きますよ」

 

【触手噴射】

 

 空を飛ぶ。眼下には豪奢な貴族区画と遠くの街並み。そして外壁が見えてくる。

 タイミングよく大聖堂の鐘が鳴り、僕たちを見送ってくれた。

 

『もっと飛ばしていいわよ』

 

 ヴィクトリアの声が脳内に届く。風で声が届かないのだろう。頷いて速度を上げる。

 ギリギリ景色が見える程度の速度で空を飛び続ける。

 

 青い空、白い雲。

 飛行モンスターからは距離を取って進む。

 王都を離れると、のどかな田園や草原、森が広がる。時折、道を走る馬車や車の上空を通り過ぎるとヴィクトリアの声が直接、脳内に聞こえた。

 

『トライデントシャークはいないわね』

 

『いや……流石に大物賞金首は簡単には見つからないですよ』

 

『狩りたかったのだけど』

 

 それが目的か。

 あの騒動から彼女は更に勉学に励み、自己研鑽を積み重ねているのは知っている。その成果を飛行型モンスターにぶつけたいというのは如何とは思うが。

 

『エレノア。ブラッドベリー領に行く前にマルポーノ山脈の方に向かいなさい』

 

『……どこだって?』

 

 ゲームで多少の地理は知っている方だが、各領地の山脈までは分からない。

 視界には王国の地図を表示させて飛行している最中で、慌てて探す僕の行動を予想していたように、頭の中に追加の地図と山のイメージが表示される。

 

『右手の方に見える奥の山よ。今、お前が飛んでいる国道から外れるけど、問題ないわ』

 

『ああ、はい』

 

『この魔法って思念だけじゃなくて、映像も送れるのが便利よね』

 

 いつの間にか情報伝達魔法が互いの思念をやりとりするだけではなく、脳内でイメージした図や映像を伝えられることを発見した令嬢に渋々従う。

 ……これで逆らうとヴィクトリアがうるさいのだ。仕方がない。

 

『いないわね』

 

『……こういうのは運もありますから』

 

『お前、わたくしに運が無いと言いたい訳?』

 

 結論だけ言えば、マルボーノ山脈には盗賊や大物賞金首のモンスターはいなかった。

 ブラッドベリー領への移動よりも、討伐をしたい欲望を隠さなくなった主人だが、使い魔である僕は従わざるを得ない。

 

『別に良いじゃない。車や馬車でも数日以上は掛かるのよ? 護衛を連れたらもっとだもの。それなら、その時間でモンスターを狩っても文句は無い筈よね』

 

『あまり長くなると僕のお腹が心配ですね』

 

 飛行しているとお腹が減るので山頂付近で昼食にすることにした。

 

『あれは、ブラッドベアじゃない?』

 

『本当だ』

 

『わたくしが……』

 

『触手ドローン展開。攻撃開始』

 

 すぐに触手を伸ばして先手必勝。山肌を薙ぎ払う。

 他にも触手ドローンを展開。ボーンラビットや、バブルベアなどのゲーム中盤で出現するようなモンスターを駆除──着陸前に全ての対応を終えた。

 

「よし、掃除完了」

 

「……お前、わたくしが倒そうと思ったモンスターを全部倒したわね?」

 

「まさか。如何に最速で昼ご飯を食べるか。それしか頭にありませんよ」

 

 普段、人が近づかない場所なのだろう。

 モンスターを殲滅した僕は、一体も倒せずに不機嫌そうな顔をするヴィクトリアを無視して、昼食の準備を行う。

 シートを敷いて、バスケットを置いたら完成だ。

 

「ほら、食べましょう。景色も良いですよ。お弁当はセシリアさんが作ったんだろうし、きっと美味しいですよ。毒見は任せて下さい」

 

「……パラソルも設置しなさい。ちょっと! 手くらい拭きなさい!」

 

 持たされた荷物の中にあった日傘を触手の一本で掴んで支える。

 ふと周囲を見てみると、開花を待つ木々が多い。地面には蕾が転がっていた。

 

「花が咲くとこの辺り一帯は凄く綺麗なのよ」

 

「へえ、来たことがあるんですか?」

 

「……昔、お母様に連れて来られたのよ」

 

 そういえば、僕が彼女たちに出会ったのはこの辺りでは無かっただろうか。

 いや、細かい地形情報までは覚えていない。気のせいだろう。

 それよりも、セシリアが作った昼食に舌鼓を打つ。

 チーズたっぷり、分厚いベーコンが挟まれた大きなサンドイッチは僕用らしい。隣でチマチマと小さな口で咀嚼するヴィクトリアの横で、食事する。

 

「美味しいですね」

 

「……そうね」

 

 しばらく無言が続いた。

 やや冷たい風が頬を撫でる。ふと視界の端で黄金の髪が映る。

 

「前にもこんな風に花見をしたのよ」

 

 語り始めるヴィクトリアに目を向ける。

 ……何か自分語りでも始めるのかと思ったが、続く言葉は無かった。ただ、その横顔は哀愁というか、少し寂し気に見えた。

 

「じゃあ、また今度来よう。来年とか、ちゃんと開花した時に」

 

 再来年には契約を解除するだろうから、彼女と見るのは来年までだろう。

 その内心を読み取った訳ではないだろうがヴィクトリアがじっとりとした視線を向けてくる。やがて顔を背けて、ふん、と鼻を鳴らした。

 

「覚えてたらね」

 

 その横顔に、出発の少し前にセシリアから言われた言葉が脳裏を過ぎる。

 

「エリーさん。その……リトリア様の元気が最近無くて……なんとかして貰えませんか?」

 

 言外にお前がやっただろ、的な視線を感じた。

 実際、多少なりとはいえ心当たりはあった。

 

 情報伝達魔法で脳内のイメージや映像を伝える方法を取得したヴィクトリアから、僕が持つ別の世界の未来情報(ゲーム情報)を見せろと言われた。

 変に抱えるよりは頭の良い人に情報を与えた方がいいだろうと思って、彼女の待ち受ける破滅展開までの色んなルートを映像付きで見せた。

 それからしばらく、彼女はずっと不機嫌そうで、暗く、不安を隠すような顔だった。ここ最近はどこか思いつめたように勉強や魔法に専念するようになっていたのだ。

 

「──ほら、ヴィクトリアさん。口開けて下さい。あーんですよ」

 

「お前が人に食べ物を分け与えるとは思わなかったわね」

 

「僕を卑しい腹ペコ使い魔扱いしないで頂きたい」

 

 この昼食で少しでも、彼女の気分が軽くなれば。

 その思いで行った二人だけのピクニックは、どうやら彼女に微笑を浮かべさせることに成功したようだ。

 

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