昼食を終えて、空を飛んでいると複数のドラゴンを見つけた。視界の一部を拡張して見てみると、背中付近に人が乗っていた。
ドラゴンライダーという空の騎士がいるのは知っている。
『ヴィクトリア。この近辺ってブラッドベリー領だから……』
『そうね。撃ち落とすのは止めなさい。実家の部隊よ』
ドラゴンが僕の近くに寄ってくると、騎乗者がピカピカと光魔法を使って合図してくる。……僕では理解できなかったが、ヴィクトリアは内容を理解したらしい。
『案内してくれるらしいわ。ついていきなさい』
『了解です』
ドラゴンを追いかけて十分ほど経過しただろうか。
それなりの速度で山岳地帯を抜けると、領都ブラッドブルグが見えてくる。
城壁に囲まれた物々しい要塞都市だ。
ドラゴンライダー達の見送りはここまでらしい。巡回に戻る紳士的な彼らに手を振って、ヴィクトリアの指示で城壁に到着すると兵士たちに囲まれた。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
幸い、敵対ではなく歓迎ムードだった。
階級の高そうな兵士が頭を下げて応対し、僕から降りたヴィクトリアは声高に告げる。
「その顔はドンドコね。相変わらずの仏頂面」
「恐縮です、お嬢様。もう少しで車が来ますので、少々お待ち下さい」
丁寧な対応で兵士たちは僕たちをもてなしてくれた。
携行食品とか貰えたので、食べながらヴィクトリアに尋ねる。
『さっきの人は誰だったの? 親戚?』
『実家の従僕よ。使えるからここに出向しているのよ』
『そんなのあるんだ……。それに覚えてるヴィクトリアさんはすごいですね』
『……お前がすぐに忘れるだけよ。昨日の夕飯が何だったか言ってみなさい』
『…………あ、車きましたよ』
彼女の実家に連絡が行ったらしく、数分もせずにブラッドベリー家の紋章が刻まれた車が僕たちの前で止まったので、乗り込む。
整備された街道には馬車や車が走り、更には川を貨物船らしき船が運航している。王都と変わらないくらいに栄えた都市だ。
実家に帰るだけのヴィクトリアには慣れたものだろうが、僕にとっては驚きの連続だ。
「確か、薬とかの輸出が多い……でしたっけ?」
向かいに座るヴィクトリアが小さく首肯する。
「ちなみに医薬品だけでなく、薬草や希少鉱石も多いわ」
「ふうん……ヴィクトリアさん」
「なによ」
「あなたの実家って、あれ?」
都市内でも存在感のある城が車窓から見えた。尖塔の多い城だ。
学園の施設よりも大きい気がする。
まっすぐにそこに向かっているのを感じていたが、改めて確認して思う。
「実家、デカ……え? 本当に実家なの? 役所とかじゃないの?」
「我が家を役所扱いなんて良い度胸じゃない。まあ、昔はもっと小さかったらしいけど、増改築を繰り返していたらあんな風になったらしいわ」
改めて、この少女は公爵家の令嬢なのだと実感させられる。
これだけの大都市で城のような屋敷に住んでいて、魔法も使えて、能力もある。こんな彼女が破滅の運命を辿るなど、誰が信じられるだろうか。
やがて、車は城内に入り、正門前で止まった。
扉が開かれ、堂々とした様子で進むヴィクトリアに僕は静かに続く。
「ただいま」
「「「「おかえりなさいませ」」」」
多くの使用人や侍女、女中や執事が僕たちを待ち構えていた。
その数に怯むことのないヴィクトリアに、小さな少女が走り寄ってきた。
「お久しぶりです、ヴィクトリア叔母様!」
「エスメラルダ。大きくなったわね」
「もう。子ども扱いしないで下さい!」
紫がかった黒髪に、青の瞳。
ヴィクトリアの言葉に小さく頬を膨らませた少女は、僕を見上げると、ぱっと花が咲いたように微笑んだ。
「叔母様。この方は……!」
「わたくしの使い魔よ。エレノア、こっちは姪のエスメラルダよ」
ヴィクトリア仕込みの挨拶をしながら僕は思った。
(アルビー、姪がいるなんて初耳なんだけど。秘密主義も……いや、知らなかったのか?)
ヴィクトリアに兄がいるのは知っていたが、その娘まではアルビーも把握していなかったのだろう。もしくはゲーム的に影響は無いので放置していたのかもしれない。
「初めまして。私はエスメラルダ・ブラッドベリーと言います」
エスメラルダという少女が背筋を伸ばしてドレスの裾を摘まみ上げる。それからゆったりと流れるように頭を下げた。
まだ小さいというのに、しっかりと礼儀作法が身についていて可愛らしい。
「初めまして、使い魔さん。叔母様の使い魔に相応しい活躍を新聞などで見ておりますわ」
仕草が少しヴィクトリアに似ている少女に、僕はヴィクトリア仕込みの挨拶を返した。
(……それにしても叔母様か)
ヴィクトリアに目を向けると何故か小さく睨まれた。
「ヴィクトリア叔母様。確か到着はもう少し先と聞いてましたよ」
「それは使用人たちの方ね。わたくしはコレに乗って飛んできたのよ。王都から3時間も掛からなかったわ」
数時間も人に乗っておいてコレ呼ばわりである。
しかし、少女のええ!? という驚いた表情に口元が緩みそうになる。
「そんなにですか!? 飛竜より速いんじゃないですか?」
「まあ……、昼食の時間を抜けば2時間も掛からなかったわね」
「ええ!?」
感性豊かな子なのだろう、ヴィクトリアの発言に一々驚く彼女は僕を見上げる。
……なんというかムズムズする。
純粋な眼差しに言葉にできない妙な感情が湧き起こる。
「ちょっと……飛んで見せてきます」
近くの窓に近づこうとする僕の衣装をヴィクトリアが掴んだ。
「必要無いわ。それよりお兄様はいる?」
「はい! ただ、今はお仕事をしていて……」
ヴィクトリアも懐いてくる姪には優しいのか、「そう」と静かに口にするに留める。
「ならいいわ。今日からしばらく世話になるつもりだから、よろしく」
◇
その日の夜、ある人物からヴィクトリアと共に応接室に呼び出された。
クリストファー・ブラッドベリー。
紫の髪に父親であるヴィンセント譲りの鋭い眼差しと冷たい美貌が僕に向けられた。威圧的な眼差しは、まるでその空間を面接会場のように変貌させる。
「お前が亜人の使い魔か」
「……はい」
領主代行であり、ヴィクトリアの兄に見つめられた僕は淑女の礼をする。
問題は無かったようで、クリストファーは質問を投げてくる。
「その衣装はなんだ。何故、そんなに露出が多い」
最初に聞くことがそれなのか。
この男は品行方正だとヴィクトリアから聞いている。
少しでも着崩していたら厳しい対応をするタイプなのだろう。
「……僕の身体の都合で、どうしても必要なことです」
──必要なことのみ主張して、あとは無言を貫く。
そうするようにヴィクトリアから事前に言われていた。大人しくするようにと。女性の言動や品性のある恰好でないとうるさいらしい。
品行方正、厳格、堅物。そういう人物だとヴィクトリアは言っていた。
これが先ほどのエスメラルダの父親だとは到底思えなかった。あるいは、彼女が成長すれば、こんな堅苦しい感じになってしまうのだろうか。
「どういう都合なんだ?」
グイグイ来るな。なんて答えようか。
「お兄様。女性の身体について詳しく知ろうなどとはどういうおつもりですか? たとえ亜人といえども、そういったことを根掘り葉掘り聞こうとするのは如何なものかと」
「……いや、そういうつもりではないぞ」
意外にも身内の追及には弱いのか、僕に対する鋭い眼差しがテーブルに向ける。そこにはヴィクトリアが預かっていた父ヴィンセントからの手紙が置かれていた。
「父からも聞いていたが、予想よりも随分と大人しい使い魔だと思ってな」
「人見知りなのよ」
「そうか。……リトリア、しばらく泊まっていくのだろう? ならエスメラルダにも構ってあげて欲しい。お前がいなくて寂しがっていたからな」
「疲れるから、うちのエレノアと遊ばせるわ」
それっきり僕には目もくれずにクリストファーはヴィクトリアといくつか話をすると、応接室から出て行った。
もっと兄妹同士、積もる話もあるだろうにと思ったが、こんなものなのか。
「……わたくしとお兄様は歳もけっこう離れてるから、いつもあんな感じよ。話も合わないし、あの後も業務に戻るくらいには忙しいから」
ヴィクトリアの私室に戻り、開口一番に僕はそんな言葉を聞かされた。
「頭も良いし、真面目で、領内での評判も良いのよ。わたくしとは……」
そこで彼女は言葉を止めた。
でも、なんとなく言いたいことは理解できたし、驚いた。あの悪役令嬢ヴィクトリアがそんなことを言うなんて、と。
「……でも、ヴィクトリアは話しやすいし、一緒にいると落ち着くよ。僕は、こっちのほうがありがたいです」
咄嗟に出した言葉に、ヴィクトリアは戸惑い気味に笑った。
「話しやすい? 初めて言われたわね。お世辞のつもり?」
「いや、確かに一族特有の威圧感とか命令口調とかそっくりですけど。……でもあんな面接官みたいな所は似てなくて助かりました」
珍しくヴィクトリアが噴き出した。
「それ、お兄様には絶対に言わない方が良いわよ。普通に不敬だから」
「じゃあ、秘密にしておいて」
「仕方ないわね」
貴族は怒らせるとすぐに権力とかで殴ってくる。
それはゲームで遊んでいた時からだった。主人公の力に嫉妬して刺客を放ち、ろくでもない噂を流し、金で雇った盗賊をけしかけてくるのだ。
……盗賊に関しては悪役令嬢ヴィクトリアもやっていた気がするが置いておこう。