TS触手は悪女の使い魔   作:毒蛇

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第38話 ボイコット

 普段の寝台でないとあまり眠れなかった。

 そのせいか、目覚めた瞬間に身体がベッドの国境を越えていることに気づいた。珍しくまだ寝ているヴィクトリアが僕の腕を身体に敷いていた。

 

「……珍しく早起きね」

 

 長い睫毛が震え、紫紺の瞳が僕を捉えた。

 腕から伝わる柔らかい感触や甘い匂いは、男だったら大変なことになっていただろう。

 

「いや、起きてたんですか」

 

「起きてるわよ。ただ横になってるだけ」

 

 横向きで、目だけ閉じた状態の少女。長い髪の毛が僕の腕をくすぐる。

 

「んっ……ちょっと、くすぐったいから腕を動かさないで」

 

 邪魔なら腕を退かせばいいのでは、という反論は許されないらしい。

 どうも湯たんぽ扱いされている気がする。そんな朝の時間だった。

 

 

 ◇

 

 

 ヴィクトリアの実家に来て、初日くらいはゆっくりしよう。

 そんな僕の目論見は、起床後に入ってきた侍女たちによって打ち砕かれた。彼女たちは僕に下着姿になるようにお願いしてくる。

 仕方なく従うと、彼女たちは黙々と服を着させ始めた。

 

「いや、着替えなら一人でいいので……」

 

「お任せ下さい!」

 

 侍女たちの手によってドレスを着させられた。

 露出のない、清楚で美麗なドレスだ。

 確かに姿見で見る僕は可愛い。セクシーさの無いお嬢様と言われると頷ける。

 

「……けど苦しいし、熱いし、動きづらいっ……!」

 

 胸元のボタンに手が伸びた瞬間だった。

 

「あら、似合うじゃない」

 

 彼女は当然のような顔で侍女たちの手でドレスを着させられていた。

 ニヤニヤ。嘲笑うヴィクトリアに久しぶりに苛立ちが募る。

 この女は分かっていたのだ。実家の公爵家に帰った途端、僕のような使い魔にまで公爵令嬢のような振る舞いを要求してくるのだろうと。

 

「こんな拘束具でどうやって戦うんだ?」

 

「拘束具じゃないわよ! それに家の兵士がいるもの。脱ぐ時間くらいはあるわ」

 

 胸元のボタンを外し、肌を出すと少し落ち着いた。

 ──と思った途端に侍女たちが顔を赤くしてボタンをつけ直す。

 

「お前は露出しないと死ぬの? 生まれながらの痴女なの?」

 

「熱いよ……排熱できなくてしんじゃう……おねがい、ヴィクトリア……ぬがせて……」

 

 涙目で哀れみを乞うように彼女の足元に縋りつく。

 くぅーん、と子犬のように鳴くのがコツだ。

 こうすると意外と効果がある。うっ、と息を詰まらせるヴィクトリアの脚に抱きつく。程よく脂の乗った良い脚である。

 

「……仕方ないわね。お前たち、もっと薄着で上品なのを着せてやりなさい」

 

「「かしこまりました」」

 

 違う。そうじゃない。ドレスを着せないという選択肢はないのか。

 普通にラフな格好にさせて欲しい。

 着替えさせられる僕にヴィクトリアは告げた。

 

「せっかく実家に戻ったのだから、お前にも訓練を施そうと思うわ」

 

 そんな話は聞いていないのだが。気まぐれで訓練とか止めて欲しい。

 

「今、言ったわ。……なによ、その渋い顔は。金を積まないと学べないことがここなら無料で習得できるのよ。前にも言ったでしょう? わたくしの使い魔になるなら、相応の振る舞いができるようになりなさいって」

 

「それは……」

 

 ──朝食を食べた後、僕は予期せぬ訓練を始めることになった。

 最初の内容は挨拶だ。

 どうにも、ヴィクトリアが仕込んだ挨拶ではまだ不十分らしい。

 

「確かに基本的な動作は身に着けたけど……所々がおざなりに感じるわね」

 

「大丈夫ですよ」

 

「それを決めるのはわたくしよ、エレノア。今回はわたくしが子供の頃に教えて貰った先生を呼んだわ」

 

 国内だけではなく海外にも通じる挨拶を。

 それは国外に赴く機会のある公爵家ならではの細かい訓練だった。知識だけではなく実際に行うことで、何度も身体に教え込まされた。

 

 

 ◇

 

 

「わー! ごーせーな食事だ!」

 

「ここでは普通の料理よ」

 

「え? じゃあ、毎日ステーキを食べられるってこと? 唐揚げとかも?」

 

「いくらでも食べられるわよ」

 

 養殖された高級モンスターの肉を使ったステーキや、新鮮な魚介類。瑞々しい植物や果物。ふわふわで白く甘いパン。よく分からない容器に入ったゆで卵。それとワイン。

 さて、食べようかと思う僕の目の前から侍女たちが皿を取り上げていく。

 何事かと硬直する僕に、ヴィクトリアは悪女の如き笑みを見せた。

 

「ここで、テーブルマナーも覚えましょうか」

 

「え」

 

「わたくしといる限り、王族と食事する機会もあるわよ」

 

 王族を相手にするなら、より厳格な作法を習得する必要もあるという。

 必須ではないが、身に着ければ出先の食事会で上品さをアピールすることができるだろう。何より上級ランクの冒険者なら、そういった機会は確かに存在する。

 覚えて損はない。むしろ覚えるべき内容なのだ。

 

「いいこと? まずグラスの順番なのだけど、これは大して難しくないわ。……腹の音で返事しようなんて良い度胸じゃない」

 

 それはそれとして、僕は空腹に震えた。

 

 

 ◇

 

 

「あの……戦闘技術の訓練とかは無いんですか?」

 

「……? ダンスでしたら戦闘に組み込むことも可能ではないかと。ああ、そこ、ステップが違いますね。品を以てダンスに挑みなさい」

 

 雇われの先生にダンスを教わりながら、僕は静かに笑った。

 

 

 ◇

 

 

 学んで即実践。実家で開催された夜会に参加する。

 礼節、挨拶、テーブルマナー。会釈、微笑、侮蔑や皮肉への返答。そしてダンス。

 脳に刻まれた淑女の所作を僕は披露した。反応は悪くなかったと思う。

 

 

 ◇

 

 

 そして訓練が始まって五日が過ぎた。

 朝から夜までずっと訓練が続いて僕は限界だった。

 

「アアアアアッッッ──!!!!」

 

 衝動のまま叫ぶ。

 防音機能があるのか精神的に吐き出した声は床の絨毯に吸音される。

 細部にまで職人のこだわりが届いているらしい。

 朝から夜まで、淑女らしさを心身に叩き込まれた僕はドレスを脱ぎ捨て──畳む。

 

「何が淑女だ……僕は、ぼく、ぼくは……!」

 

 下着姿だろうが関係ない。どうせ、ヴィクトリアの私室だし。というか、男なのだからそれくらい見えたって別に問題ない筈だ。

 

「くっ……!」

 

「うるさいわよ。ほら、明日も公爵令嬢になる為に頑張りなさい」

 

「……明日もあるんですか?」

 

「あと二週間は必要ね」

 

 もうおしまいだ。

 

「その後はお父様からの依頼をやりなさい。お前なら一日もあれば終わるわ」

 

 今日も明日も闇しか見えない。公爵家はブラックだった。

 無言で震える僕を無視して、ヴィクトリアは部屋の明かりを消す。

 

「さっさと寝るわよ」

 

 

 ◇

 

 

 まったく眠れなかった。

 深夜に目を開く。

 少女の可愛い寝顔を見る。ずれた掛け布団を直しながら、僕は思った。

 

(僕さ……二週間もこんなことしていたら、男が消えて淑女になっちゃうよ)

 

 自分が自分でなくなっていく。心に宿った男が消失する。

 言葉にできない本能的な恐怖を僕は感じて、早朝にヴィクトリアの実家を出た。

 

(ボイコット……いや、逃亡しちゃった。ごめん、アルビー)

 

 久方ぶりに感じる黒の衣装が心地よく感じる。

 ──あれ? ちょっと露出多いかな? なんて思った淑女的な思考を捨て、朝のひんやりとした風を肌に感じる。

 そもそも、城の外に出るのは到着した時以来だった。

 見知らぬ場所を歩くと、まるで箱入り娘が初めて家出した気分になる。

 

「……ヴィクトリア、もう起きたかな。怒ってるんだろうな」

 

 そっと太腿を撫でる。紋章に痛みはない。

 ゲームと同じなら、逃亡防止の機能がある筈だが、今の所は変化がない。

 

(ブラッドブルグを出たら発動するのか、それとも、こっちの紋章も実は機能していないとか。……いや、見限られたのかな)

 

 その時だった。

 念のためにと周辺に展開していた触手ドローンが反応した。ドローンの視界に表示されるのはフードを被り領都の大通りを歩く少女だ。

 正体を隠す為かもしれないが、触手の看破能力は高い。相手の正体など──

 

(エスメラルダ? なんでこんな時間に──っと?)

 

 少女の後を三人の男女が気配を隠して追うのをドローンが捉えた。

 逃げるように少女は大通りからやや外れた道を進む。

 

(あっちは……)

 

 その先にあるのは、どんな街にでもありそうなスラム街だ。

 薄汚れた人間、盗賊にまで堕ちなかった訳ありの人間。更には魔族を販売しているような奴隷商がいるのもこういった場所だ。

 うら若き令嬢が向かう場所ではない。仕方なく迷彩状態で空を飛び、追いかける。

 

(……あー、ほら、案の定だ)

 

 数秒で追いついた。

 そしてその短時間で少女に酔っ払いの男が絡んでいた。恰好から恐らく冒険者か。

 その背後からは、気配を消していた男二人と女一人が迫ろうとしていた。

 

「──お待たせ」

 

「え?」

 

 介入に丁度良いタイミングだったので、少女の隣に着地して迷彩状態を解除する。

 エスメラルダの腕を掴んでいた男の手を叩き落とす。

 

「ああ? なんだ、おめえ──へぶっ!?」

 

「お触りは駄目ですよ」

 

 そういうのは同意を得てからだ。

 迷彩状態の触手で顎を殴ると、白目を剥いた冒険者が崩れ落ちた。

 

「きゃ……!?」

 

「落ち着いて。酔いが回って寝たのでしょう」

 

 悲鳴を上げようとする少女の口元を手で押さえる。

 その途端、背後からの殺気を感じたが無視する。……所詮は護衛の殺気だ。来るならいつでも来い。溜まりに溜まったストレスを発散してやろう。

 

「は、放しなさい……! 私を誰だと思ってるんですか!」

 

 暴れる少女は興奮のあまり僕に気づいていないのだろうか。

 

「エスメラルダさん。こんなところで何してるんですか?」

 

「……え? 使い魔さん?」

 

「はい」

 

 風が吹く。フードが捲れ、驚いたような少女の顔が露わになった。

 

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