聖フォルディナ孤児院は首都ブラッドブルグの外れ、旧市街の裏通りにある礼拝堂を改装した建物だ。
酔っ払いを退けた僕の同行を許可してくれたエスメラルダの用事はここだった。
少し離れた場所からは、護衛の騎士が気配を隠してついてくる。鎧は着ていない私服姿だがなんとなく分かるのだ。
こちらを睨んでいるが基本的に干渉するつもりはないのかもしれない。
「ここには戦災孤児、棄民、そして……魔族の孤児やブラッドベリー家が所有する使い魔がいるんです」
古い建物の中を進む彼女の真面目な顔と言葉に、僕は頭を回す。
「じゃあ、ここはブラッドベリー家が管理してる孤児院?」
「はい」
彼女について来たが、特にやることはない。
ヴィクトリアに対してどうしたら良いのか思いつけない中での現実逃避みたいな物だ。
手持ち無沙汰な僕を他所に、彼女は大きなバスケットを受付で応対してくれた悪人顔の男に渡していた。
「いつもありがとうね、お嬢ちゃん」
「いいえ、グラウロスさんもちゃんと食べて下さい」
「クフフ、言うねぇ」
大柄で鋭い目つき。声は低く、牙も目立つ。魔族だ。
だが敵ではない。首元で輝く銀色の首輪にはベリーの紋章が刻まれていた。鋭い目つきがエスメラルダから僕に向けられる。片方の目は眼帯をしていて、強面に磨きがかかる。
「……そちらの方は」
「こちらは……エレノアおばさまです。ヴィクトリア叔母様の使い魔」
おばさま、か。その呼び方が少し気になるが今は置いておこう。
「……」
男は悪い笑みで頷くだけだった。僕も会釈するだけに留める。
「クフフ……コルやレオンならいるが、少し遊んでいくかい?」
「え、いや……」
チラリ。何故か僕を見るエスメラルダに肩を竦める。
「遠慮しないで遊んできて下さい。それが目的なんですよね?」
◇
「以前に、路上で虐げられている魔族の使い魔がいたんです」
孤児院の庭で少年少女たちがワイワイと騒いでいる。
首輪をつけた魔族たちとボールを蹴って遊ぶエスメラルダ。それを見ながら少し離れたベンチに腰を下ろした僕は、孤児院の院長であるグラウロスの話を聞いていた。
「気に入らなかったと、彼女は言ってました。そして彼らを購入し、主になった」
首輪を弄る男。
グラウロスもまたブラッドベリー家の所有する使い魔だった。聖フォルディナ孤児院は、ブラッドブルグにいる魔族の使い魔を集めた場所だ。
その管理者である彼は、その悪人顔をエスメラルダに向ける。
「彼女が購入した魔族たちに要求したのは一つ、友達になって欲しいだったそうです」
「……友達?」
代行とはいえ、領主として活躍する男の娘だ。
公爵令嬢ともあれば、友達なんて簡単に作れないだろう。近づいてくるのはエスメラルダ当人ではなく、彼女が持つ地位とか財産とかを目当てにした者だろうから。
「子供ってそういうのに敏感なんですよね。親に言われたから近づいて来た子の本性を見抜き、喧嘩して……社交界デビュー以降、彼女はここに通うようになりました。元々、病弱であったこともあり、社交界よりも孤児院に来るようになって」
裏切る可能性のある人間よりも、裏切れない魔族の使い魔を友達にする。
それを聞いた瞬間、哀れとか同情とか、そんな感情が一瞬だけ湧く。
「身体も強くはないご息女に旦那様は心を痛めております。影ながら護衛をつけてはいるのですが……」
僕を監視するように近くにいた三人の護衛騎士がそっと目元をハンカチで拭った。
その内の一人の首元には銀の首輪。彼女らはエスメラルダの護衛だった。
「……あの子、身体弱いんですか? ……え? あの、あの子たちサッカーみたいなことしてますけど?」
「アレは使い魔たちが上手く負担を掛けさせないように全身全霊を注いでるので。最悪、近くにはブラッドベリー家が所有する病院があるので大丈夫ですよ」
「……まあ、教会に任せるよりはマシですね」
「クフフ……まったくだ」
顔を上げると宙に浮いたボールが弧を描く。空には青白い空と太陽が広がっていた。
それらを見ていると、「ところで」とグラウロスが言葉を続ける。
「領主代行を務める旦那様の方針で、魔族雇用や、差別の厳罰化が進んでいるのです。まだ、反発はありますが……それでも昔よりは住みやすくなった」
チラリと僕を見る。向けられる感情は情欲ではない。
「貴方のおかげだ」
これは知っている。冒険組合で直接依頼者から礼を言われた時に似ている物だ。
「祝福の灯火が使役する灰の蛇。その活躍はここにまで轟いてますよ」
尊敬と感謝。感情を言葉に乗せて僕にぶつけてきた。
「貴方の活躍で我々も……肩の荷が少し軽くなった気がします」
「……そう、なんですか」
そんなつもりは欠片も無かった。
とりあえずゲーム感覚でモンスターを倒して、冒険者ランクを上げていただけだ。その過程で邪魔者がいれば倒し、犯罪をする盗賊を倒して、ただ、それだけで。
「感謝を。貴方に、ずっと言いたかった。ありがとうございます」
「いや……」
「本当にいい時代になった。貴方のおかげで魔族の価値が上がった」
だけど、頭を下げる男の震える声に、とてもそんなことは言えなかった。
要するに僕が活躍して魔族のイメージアップに貢献した。僕は金と知名度を、魔族たちは前よりも良い扱いを受ける所が増えた。それだけだ。
大袈裟なのだ、と僕は男の涙を見ない振りして誤魔化すことにした。
◇
エスメラルダと魔族の子供たちのボール遊びは十数分で終わった。彼女が購入した魔族はこれから仕事があるからだという。
「付き合ってくださり、ありがとうございました」
「いや、こちらこそです」
背後に護衛の気配と視線を感じながら、エスメラルダに応じる。
既に太陽は昇り、周囲の店や屋台には人が群がり始めている。大通りには車が通り、人の活気が目に見えて増えている。
──つまり、間違いなくヴィクトリアは起きている時間になったということで。
現実逃避の時間はそろそろ終わりだ。これから、どうするべきだろうか。
(アルビー……学園卒業以前に、もう、ダメかもしれない)
あの城のような屋敷から逃げた僕はどの面で帰ればよいのだろうか。
絶対に怒っていると思う。
それを考えると急激に憂鬱な気分になって──
「ヴィクトリア叔母様には、あそこで扱っているブーケをプレゼントすると良いですよ」
「……え?」
くすりとエスメラルダが笑った。
「紫の薔薇、それに白百合、シルバーリーフも良いですね」
「……エスメラルダさん。もしかして、そういうの詳しい?」
花屋に寄った少女は綺麗な花を見下ろす。
「私も昔は礼儀作法とか、マナーの訓練とか、すごく嫌でした。身体が弱いことを理由に社交界に出なくて良くなった時、実は嬉しかったんです」
秘密ですよ、と付け加える少女は微笑む。
大人びた、悪戯っぽく人を惹きつけるような微笑に僕は言葉を失った。
「ヴィクトリア叔母様も決して意地悪でエレノアおばさまに訓練をさせている訳では無いと思います」
「……それは……まあ……」
「おばさまもこの短期間で急激に技量を身に着けてますから、それでヴィクトリア叔母様も熱を入れているんです」
「……ありがと」
「いいえ」
こんな年下の子に諭されると、少しメンタルに響きそうだ。というか泣きそう。
ただ、言いたいことは分かる。
「エスメラルダさん」
「はい?」
「僕と友達になって下さい」
口にした途端、目の前の少女の雰囲気が変わった。
警戒するように唇を結び、目を細める。
「……それは同情ですか?」
聡明な彼女だから、僕とあの院長が話していた内容も察していそうだ。
ジロリと見上げるエスメラルダに僕は屈み込み、目を合わせる。
「あなたは凄い人だ。僕では思いつけなかったことを提示できる。なにより、かわいい」
「かっ!?」
言われ慣れていないのか、目を泳がせるエスメラルダに僕は微笑む。
本当にヴィクトリアと同じ遺伝子を持った生き物とは思えない。素直に照れている表情は天使……そう、天使のような少女だった。
「エスメラルダさん、かわいいですよ」
「や、やめてください」
「他の魔族と友達になれるなら、僕ともなれる筈ですよ」
決して同情なんてものではない。
決め手はヴィクトリアへの対応で見せたフォロー力だ。口にはしなかったのに、察する力も強い。ああいう花を購入するという視点は僕には無かった。
間違いなく僕一人だったら、ごめんアルビー展開は避けられなかっただろう。
彼女がいれば、今後ヴィクトリアを怒らせた時の対処の幅が広がる。
「お願いします。友達になってください」
「そ、そんなに……!?」
「不思議なことではないですよ? だって……」
僕からは武力とか飛行能力とか、あとは冒険話とかを提供できる。子供はそういうのが好きな筈だ。お互いにメリットがある以上、友達になれるだろう。
「こんなお姫様みたいな子とお近づきになりたいと思うのは自然なことですから」
手を握って上目遣いをする。
もじもじと目を逸らしていたエスメラルダは、その小さな手できゅっと僕の手を握り返してくれた。
「その、でしたら……よろしくお願いします」
「よろしく。エスメラルダさん」
「はい、エレノアおばさま」
こうして僕に同性の……いや、異性の友達ができた。
僕が笑うと、彼女も少し恥ずかしそうに笑ってくれたので、そのまま手を引っ張る。
「さて、じゃあ、ヴィクトリアへの謝罪の方法について……あそこのたこ焼きを奢るから教えて下さい」
「買い食いなんて……」
「買い食いをしたことがない? まさか家と孤児院だけを往復していたんですか? 人生の損失ですね。まあ……クレープでも良いですけど、僕が食べたいんで、たこ焼きにします」
彼女を連れて行く。早速、屋台のたこ焼きを購入して広場で口にする。
隣でもじもじとする彼女に、あーん、と差し出すと渋々と受け取った。熱いのか、若干涙目になる少女は僕の口元を指差す。
「口元に海苔がついてますよ。エレノアおばさま」
エスメラルダと接して思うことがあった。
「エスメラルダさん。……お願いがあるんですが」
途端、僅かに見せる警戒の色を少女は浮かべた。
金とか無心する訳ではないがまだ信用が低いようだ。その瞳を見ながら僕は告げた。
「どうか僕のことは、おばさまではなくて、おじさまと呼んで下さい」
「……はい?」
──それは、出会った時からずっと気になっていたことだった。
なんとなく見過ごせない、些細なことで。
だから、友達になったから言うことにした。
「おじさまって呼んで貰えますか?」
ポカンとして見せた年相応な少女の顔に、僕は笑った。
「……でしたら、友達同士で敬語は止めましょう? ね? おじさま」
だが、その笑いは彼女の言葉で止めざるを得なかった。
流石は悪役令嬢の遺伝子。この僕を黙らせるとは。やるではないか。