「──あら、随分と早い家出だったわね」
新たな友人の知恵を借りた僕は、正門から帰宅して──主人と鉢合わせた。
待ち構えるように仁王立ちしており、周囲を兵士たちで固めている。気のせいか青筋を浮かべて修羅のような顔に見えた。
(うっ……あ、アルビー……もし駄目だったら、すまない……)
浴びせられる重圧、プレッシャーにのけ反りそうになる。
そんな時だった。僕の左手を握る手の感触があった。
「頑張って、おじさま」
「……エスメラルダさん」
僕よりも背格好の小さい少女の声が鼓膜を震わせる。
素直に「おじさま」と呼んでくれた彼女に背中を押され、僕はブーケを取り出す。
「あの、これ……」
「なによ」
「その……ごめん。それと、いつも……感謝してます」
「…………」
エスメラルダの淑女的センスと知識で選ばれたブーケを差し出す。
一応、彼女が提示した内容から選んだのだから、僕が選んだブーケと言い張れるだろう。
「……」
「……」
嫌な沈黙だった。でも、受け取ってはくれた。
それはエスメラルダの目の前で癇癪を起こすつもりは無かったからか。……いや、ヴィクトリアは誰の目だろうと気にするような女ではない。
誰を相手にしても怯まない。それがヴィクトリアだ。
ブーケを地面に叩きつけ、踏みつけて唾を吐く。それくらいはやる女だ。
「…………ふん。罰は免じてあげる」
そう言った彼女の指先がそっと白百合の花びらを撫でた。
顔を背け、去って行く主人。
(なんとかなった……のか?)
思ったよりもあっさりとしていた。燃やすことも、捨てることもしなかった。
主人公の修羅場イベントよりも大したことなかった。
罰、という言葉が気になるが、気まずいので今日は別の部屋で寝たいところだ。
「……正直、ヴィクトリア叔母様のことだから使い魔契約を解消されるかもって思っちゃいました」
背後からエスメラルダの声が聞こえた。
曰く、気に入らなければ権力と武力を用いて侍女や従僕を家から追い出していた時期があったらしい。実に悪役令嬢らしいエピソードだ。
ブーケがなかったら、その先輩たちに続いていたかもしれない。
「……ありがとうございます、エスメラルダさん。きっとブーケのセンスが良かったからでしょう」
「いえ、花よりも簡単に切り捨てられない関係を構築していた結果だよ。それより、また敬語を使ってるよ、おじさま」
「これは癖というか……。ん、できるだけ敬語抜きで話すね」
おじさまの努力の賜物です、とそんな大人びたことを口にする。
この少女といると心のどこかが痒くなる。ムズムズする。
もしかしたら、ブラッドベリー家の良心……いや、天使だ。
「あなたと友達になれて良かったよ。……そうだ、一緒に飛ばないか?」
「え? ……では、せっかくなので」
せっかくだからと言った少女を抱きかかえて城周りを飛ぶ。
流石に護衛もついては来れないが、兵士たちが騒いでいるのが見て取れた。
こうして外から見てみると細かいところにまで装飾がされている。全体的に少し四角の集合体なのは、その形状が最も空間拡張に適しているからだという。
「ところでおじさま」
「ん?」
「おじさまの身体は凄く……その、私から見ても、とても女性らしいけど……心は男性なんですよね? だからおじさまと呼んで欲しいと」
おじさま呼びの理由付けとして僕は自身が男だと口にした。
嘘ではない。そして、それをどう判断するかは告げた本人に委ねる。妄言扱いしてもいいし、真実として受け入れてもいい。
「駄目だった?」
「い、いえ……」
なんとなく妖艶に微笑むとエスメラルダはほんのりと頬を赤らめ、目を逸らす。
もの凄く言葉を選んでいるような口ぶりに僕は苦笑する。
この、中身は男なんです、と語ったのは今のところ、アルビーとヴィクトリアと、そしてエスメラルダだけだ。
前者二人は死人と嘘吐き呼ばわりだった。
……そういえばセシリアも知っているだろうが、微妙な反応だった気がする。
「昔、ヴィクトリアさんにも言ったけど、信じて貰えなかった。今日、あなたに言ったのは僕なりの誠意と感謝とこれから始まる友情を込めて。……妄言とか嘘吐きと思ってくれて構いませんよ」
「いえ、おじさまがどちらの性別でも私の友達であることに変わらないから」
思わずエスメラルダの瞳を覗き込む。嘘を言っているようには見えなかった。
それに、と髪を風でなびかせる彼女は両手を叩いてはしゃぐ。
「おとぎ話みたい! 本でよく見ますよ! 呪いによって姿を変えられたって! きっと、おじさまも恋をした相手とのキスで元の姿に戻るんだよ!」
キャー! と黄色い悲鳴を上げるエスメラルダ。
この天使は、どうやら恋とか、キスとか、そういう話が好物だったらしい。
「城下のムキムキバーにいる店主のココアさん。彼も心は女性だって有名な話だから、きっと似たような症状だよ」
「ん? ……そうだね」
初めて聞いた店だが、今度行ってみようかなと思った。
もしかしたらゲームでは得られなかった知見が手に入るかもしれない。
城の一番高い塔の屋根に座る。
僕にしがみつく少女と共に城下町を見下ろした。
「……おじさま。お願いがあって」
「ん?」
「王都に戻るまでの間、少しでいいので一緒に遊んで?」
「いいですよ。だって、僕たちは……友達じゃないか」
その瞬間、エスメラルダが見せた笑顔のなんと可愛いことか。
間違いなく天使だ。友達になって良かった。
◇
それから二日後の昼頃にセシリアたちがブラッドブルグにやってきた。
随分と遅かった。
話を聞くとモンスターが国道を滅茶苦茶にしたらしく、復旧に時間を取られたらしい。怪我とかはないようなので良かった。
「ドリルモグラの群れは困りますね。セシリアさんたちの仇は取りますよ」
「死んではいませんが、お願いします。エリーさん。……良い花ですね」
「天使が選んでくれたんです」
「え?」
合流した彼女に昼食のお礼を告げて城の外に出る。ヴィクトリアに上げた花の入った花瓶から水を取り替えるセシリアのように、僕にも仕事はある。
ヴィクトリアの父ヴィンセントから任された依頼の対応だ。
(レナードさんから追加で依頼されてるんだよな……日数的にいけるか?)
執事のレナードから内容は聞いている。公爵家騎士団の対応が遅れがちな空に生息するモンスターの駆除や、周辺の村に物資の配達をするらしい。
他にも先ほど言った突発的に発生したモンスターの対処も含まれる。
ブラッドブルグは発展が進んでいるのか車が多い。人々の顔にも活気が溢れている。
城下町を進んでいると視線を感じる。
車よりも速く走っているからだろうか。……いや、この美貌の所為だろう。
「号外だよ! 聖女様が戦場の最前線で活躍されたそうだ! 我が国の未来は明るいぞ!」
「一部下さい」
「あいよ。姉ちゃん美人だね……って、あ、あんた!?」
「……?」
「いや、……まいど」
「号外」と鳴き続ける新聞売りに金を渡し受け取る。
新聞売りの視線は、顔、胸、そして首輪に向かった。僅かに見せる差別のような感情が僕を知っているのか驚愕へと塗り潰されていった。
(それとも、この首輪だろうか)
ブラッドベリー家の紋章が入っているのだ。
もしかしたら領主の関係者とか思われているのかもしれない。
(まあいいや。それにしても都会だな)
大通りには多くの店が並んでいる。服屋や武器屋、憲兵団の駐屯所や、遠くには病院と思わしき建造物も見える。
(……あ、良い匂い)
僕の鼻に届く、焼き鳥の匂い。広場の屋台からだ。触手的な直感が告げている。
(あの屋台は絶対に美味しい奴だ。ヴィクトリアさんとエスメラルダさんにもお土産に買っていこう)
ゲームでも自身の使い魔や攻略対象キャラに贈り物を送ると、より親密になれたり、新しいスキルを手に入れることができる。
それと同じだ。
日々、コツコツと好感度を稼ぎ、気まずくなりにくい関係を構築するのだ。
そんなことを思いつつ、僕はブラッドブルグに存在する冒険組合に脚を踏み入れた。
ワイワイ、ガヤガヤ。そんな風に騒ぐ冒険者が多数いる。
受付には人が並び、掲示板にも人が集う。王都でもよく見る光景だった。
だから普通に冒険組合の施設内に入る。
多少の注目を──いや、結構な数の注目を集めるがいつものことだ。怯んだら負けだ。魔法で生成される券売機から番号札を受け取って、
「……ん?」
男数人に囲まれた。
「お姉ちゃん、見ない顔だけど、どこから出稼ぎに来たの?」
若そうな男たちだ。学生というか恐れを知らぬ若者という感じだ。
もしかして人生初のナンパという奴かもしれない。アルビーに自慢できそうだ。
「王都からです」
「はあん。どうりで……、で、いくら?」
いくら? 魚の話だろうか?
突然絡んできた彼らの言動に僕は一瞬戸惑うも、肢体に向けられた視線で理解する。つまり、値段の話だ。僕をいくらで買えるのか。そういう話だ。
男はどうしてこんな話しかしてこないのだろうか。性欲でしか動かないのか。
「娼婦だろ? ……あの、なんだっけ? 蛇だったか、鰻だったかのコスプレ」
「ヒュー! そっくりじゃん。どこのお店の子か、教えてよ~」
気安く僕の衣装に触ろうとする男の手を避ける。
アレを斬った方がいいかもしれない。
『──向こうの組合でちょっと挑発されたからって怒らないようにして下さいね』
カーラの言葉が頭を過ぎる。そうだ、僕は温厚だ。子供のからかいの言葉にキレるような者ではない。冒険者なんて基本は粗暴で適当な奴しかいないのだ。
……落ち着こう。ここは戦略的撤退だ。
幸い、男たちはあまりしつこくなかった。
背を向けて冒険組合の出入り口に向かう僕に下卑た視線を──いや、違う。
「ハッ、娼婦が冒険者になろうなんて生意気なんだよ」
あれは単純に見下しているのだ。
「そもそもあの女って魔族だろ? 俺の家、魔族ダメなんだよね~。消毒液、持ってこよ」
脚が止まる。
息を吸って、吸って、吐く。それでも身体の奥から熱が湧く。
(──これは、自衛。必要な処理だ)
そうだよな、アルビー、カーラ。
脳内で二人がサムズアップする幻想を見た気がした。
「なるほど、魔族に消毒液ですか。……だったら、その口も消毒した方がいいですね」
僕が振り返ると、男たちが驚きつつも嘲笑うように近づいてくる。
バカにするように口笛を吹き、見せつけるようにナイフを抜く。
「へー、言うね~」
「強気な女は好きだぜ。で、俺たちに売る気があるのか?」
「ええ。……高いが、一生忘れられなくしてあげますよ」
「へえ、いくらだ? 安心しろよ、俺ってこれでも金持ちなんだ。買ってやるよ」
拳を握る。身体がじんわりと熱を帯びる。
周囲にいた、できる冒険者は距離を取る。練度の低い連中はポカンと口を開けていた。そして近づいてくる男たち。ベテラン風の老冒険者がやれやれと首を振った。
「売るのは痛みだ」
その中で娼婦と口にした男に、指を触手に変えて伸ばす。
顎を的確に撃ち抜く。一瞬遅れて男は無言でゴトンと崩れ落ちた。
「……は?」
呆ける男たちを前に、
【触手:戦闘展開中】【残り稼働時間:45分】
視界に青白い光が奔り、カシャ、と音を立てて文字列が表示される。
だけど、触手には悪いが長く戦闘するつもりはない。
そんなに時間は掛けない。戸惑うように止まった男たちに蠱惑的に微笑む。
「──どうした? 娼婦が売ると言ったんだ。僕を買わないのか? 口だけか?」
僕の言葉に彼らの顔が歪む。
情欲と、憤怒と、屈辱。彼らの表情には買う以外の選択肢など無かった。