手加減なく殴り掛かってきた男の拳を避けて、反撃の拳で頬を叩く。
同時に掴みかかろうとする別の男の股間を蹴り飛ばす。最後の一人は逃げるかと思ったが、二人の男が作った時間で銃を構えていた。
(だけど、こっちの方が速い)
指先から出した触手で銃口を突き刺す。
そのまま銃身を貫いた触手は男の眉間に向かって──止まる。
「……何ですか?」
僕の背中にモップの柄を突き付ける女がいた。
冒険組合の制服を着ている。受付嬢か。冒険者同士の戦いに首を突っ込むとは。視線を向けると受付嬢はニッコリと営業スマイルらしき笑顔を見せた。
「続けても良いですけど、後処理はやって下さいっす」
「……後処理?」
「壊した備品の弁償、汚れた床の掃除代、割れた皿や料理も以下同文。あと、冒険者特権で罪に問われなくても死体の処理代も出して頂くっすよ~」
間延びした口調でこちらの戦意を削いでくる細目の受付嬢。
仕方なく壊した銃から触手を引き抜く。
「はい、ありがとうございます。カーラから聞いた通り、見た目に反して血の気が多いっすね。……正直好みっす」
制服を着崩した、茶髪のハーフアップの受付嬢は耳のピアスを照明に光らせる。
僕に向けた言葉は皮肉だろうか。
「……言っておきますが、ふっかけたのは彼らで僕はそれに応じただけだ」
「うんうん。そっすね~。冒険者は皆、同じことを言うんすよ。や、勘違いしないで欲しいですけど、実力差も理解できず騒いだ方が問題ですから」
なんだこの女は。
……いや、カーラの名前を出してきた時点で何者なのかは予想できる。その予想を口にするより先に僕と敵対した男が声を荒げた。
「り、リズさん助けてッ──! 殺される……ッ!」
「人に喧嘩売っておいて子供みたいなこと言わないで下さいよ」
ガッとモップの柄で男の額を受付嬢は突く。
その構えや身のこなし、一瞬見せた鋭い眼差し。元冒険者だろうか。何かの戦闘技能は持ち合わせていると僕は思った。
「あーすんません! どなたか、こいつらを外に出して貰っていいっすか? あ、ありがとうございます!」
倒れ伏した冒険者たちが、他の冒険者たちの手によって組合の外に投げ捨てられる。
そうして冒険組合は少しずつ騒々しさを取り戻し始めたように感じた。
(まあ、野良犬に吠えられたと思うことにしよう)
こういう時は依頼だ。モンスターや盗賊を仕留めて、屋台で飯を食う。
さて、受付に向かおうとする僕に「いやいや、待って下さいっす」と三下口調の受付嬢が回り込んでくる。
「一応聞きますが、あなたがカーラさんの同僚?」
「はいっす!」
正解だとばかりに受付嬢は笑みを見せると僕の手を握る。
……すごいフレンドリーだ。グイグイ近づいてくる。というより、顔が近い。
「初めましてっす。ブラッドブルグに滞在中、カーラから頼み込まれてエレノアさんの対応を行うことになったリズ・カーマインと言うっすよ。早速ですけど、元気が有り余っているなら、領主様の依頼だけじゃなくて、他のもお願いするっす」
◇
依頼をこなし、淑女としての訓練も受けて。
それから一週間が経過した。あっという間だった。
「はいっす。スカイオーク、ボムハービー、ポイズンウルフ、ギガドリルモグラの群れ、アンダートウモロコシと擬態騎士の討伐をそれぞれ確認しました。……いや~、討伐速度が早い。流石は王都から来た冒険者。これでSどころかAランクで無いのはランク詐欺っすよ。そのうち昇格試験の連絡がいくと思います」
「ありがとうございます」
滅茶苦茶な勢いで話しかけてくる、制服を着崩した受付嬢リズにも慣れてきた。
細目で三下口調の彼女がカーラの言っていた同僚だった。
仕事はできるようなので問題は無いが、マシンガンのように言葉が飛んでくる。普通に冒険者を相手にしても物怖じせず、冒険者からも信頼が厚いらしい。
「しかも真面目で勤勉。男たちの中で輝く一等星。言うことなしっす」
あと、こんな感じで持ち上げてくるので油断しないように注意だ。これで調子に乗った冒険者が対応する依頼量を増やされているのを僕は見たことがある。
「そうですか」
「クールっすね~」
最近はどこの領地でもモンスターや盗賊が増加傾向だ。冒険者は死亡か引退で不足気味で、それを補う各領地の騎士団の負担が増えている。
それでも数が足りないから、住民たちも自警団を作って外的への脅威に備えている。
「オムニティスさん、お疲れ!」
「お疲れ様です。……ニードルモグラやハグベアの討伐はどうでした?」
「強かったけど、アドバイスのおかげで倒せたわ。今度、また奢らせてくれ」
「はい」
受付で対応する僕に、通りかかった冒険者が挨拶をくれた。王都では見られなかった現象だ。畏怖の視線よりも尊敬を感じる気がする。
(アルビー。あなたがくれたゲーム知識が役に立ってるよ)
だが、そのきっかけは目の前で爪を弄るリズにある。彼女が間に立ち、僕から彼らにアドバイス──というよりゲーム情報──をさせるように仕向けたのだ。
リズを交えて一緒に食事を共にして、冒険者間の仲を深めるようなこともした。カーラとは別ベクトルで有能さを感じさせる女だった。
『ギルドの受付は男がいないのかって? いるにはいるが、奥の事務所か夜勤に回されるのがオチさ。まあ、男冒険者の引退後の就職先の一つだな』
『だが、あのムサ苦しい連中を笑顔で黙らせられるのは愛嬌のある美人しかいねぇよ』
『も~……照れるっすよ』
──食事は食べるだけではない。情報を得る場でもあることを僕は学んだ。
なにより、リズのおかげで少しだけ他の冒険者と馴染めるようになった。
遠巻きにされず、差別されず、普通に話ができるなんて思わなかった。
「モテモテじゃないっすか~」
「そうですね」
「エレノアの姉さんが冷たい」
「……でも、冷たい僕が彼らにモテるようになったのだとしたら、それはあなたのおかげだ。明るいあなたがいなかったら、あんな風に話すことは一生なかったと思う」
そう。それは本当に思う。
このリズという受付嬢は僕には無い能力がある。純粋な力とは違う何かが。
「だから、ありがとう。リズさん」
「……急にデレられると照れるっす」
補充の利かない冒険者業界は常に人手不足でリソースの取り合いだ。
それはブラッドベリー領だけの話ではない。
各領や王都も冒険者に特権を与えるとか、功績によっては叙爵するとか、飴を用意しているが、実際はそれらに釣られた若者が死ぬという現状が続いている。
──という王国の情勢はゲームでも主人公が授業で習っていたので知っている。そして、その現状を主人公の聖女としての力で変えていくのが、ゲーム本編となる。
「聖女って今、何しているか分かります?」
「おっ、聖女狙いっすか? 最前線で大活躍中と聞いてるっすよ。海上で敵将軍を殺したとか」
「えっ」
帝国の将軍はかなり強かった筈だ。ゲームでも苦戦させられた。
それでもレベルを上げれば対応可能にはなるのだが……。
こんな短期間で急激にレベルアップする訳が無いと思うが、冗談には聞こえない。
「今日、正式に停戦を発表したらしいです。それで国のお偉方が終戦に向けての交渉を開始したらしいっす」
少なくともリズの言葉は嘘には聞こえない。
(じゃあ、戦争イベントが終わるのか? もう?)
ゲーム終盤、主人公が三年生になった後半で発生するイベントがもう終了する。
その場合、何がどうなるのか。さっぱりだ。アルビーなら予想できるかもしれない。
「近々、聖女が王都に凱旋するらしいっすよ。なんでも最前線から戻って学園で勉学に励むとかなんとか……」
「そうなんですか」
「ところで今夜、一緒に宿に行かないっすか?」
「……いや、そういうのはまた今度で」
「また振られたっす~。姉さんはどんな男が好みなんですか?」
「いや、女の方が好みですが」
「じゃあ、あたしで良いじゃないっすか」
本当によく口の動く女である。
僕の何が気に入ったのか、冗談交じりで誘ってくるのを躱す。
冒険者としての仕事を終えて、城──ブラッドベリー家の実家に戻る。
顔を覚えられた門番たちに通して貰うと、トコトコと少女が寄って来る。
「おじさま―!」
「あっ、天使」
ここ最近のヴィクトリアは魔法の研鑽で忙しいらしい。結局、エスメラルダにはあまり構わずに、対応を僕に押し付け、部屋に引きこもってばかりだ。
何のために実家に戻って来たのだろうか。やれやれである。
「今日も依頼を達成したの?」
「ええ」
冒険者としての話をしたり、触手を触らせたり、彼女を抱えて屋敷を飛んで回ったり──後で怒られた──している内に最初の頃よりも随分と懐かれるようになった。
(子供ってちょろいな)
僕の衣装の端を掴んで引っ張るエスメラルダは瞳を煌めかせる。
「どんなモンスターを討伐したのか教えてくれる? それとも一緒に遊ぶ?」
会う度に色んな話をしているが、そろそろ話のネタが尽きそうだ。
今日の依頼の内容もそんなに面白い話でもない。ブラッドベリーの人間にしては素直な少女から目を逸らし、僕は頭を回す。
「じゃあ、今日はかくれんぼをしましょう。鬼はエスメラルダさん。20分以内に僕を見つけたら……ヴィクトリアさんと初めて一緒に寝た夜の話をしましょう」
「えっ……!? そ、そんな関係で……!?」
「さあ、どうでしょうか? 一緒に今日討伐したモンスターについても教えますよ」
「おじさま! 敬語! また使ってる!」
「そうだった!」
目を手で隠したのを確認した僕は空を飛んで、城の屋根に着地した。
これで見つかることは無いだろう。
……大人げない? 世間知らずの小娘に本気で遊ぶとはどういうことかを教えてあげているのだ。僕は屋根に座って、城下町を見下ろす。
「……さーて」
触手の中から屋台で買った焼き鳥を取り出して口にする。
焼かれたネギと肉の塩味がちょうど良い。さっぱりとした旨さに舌鼓を打つ。
普段よりも少し賑わいを見せる市場や人に目を向ける。視界を拡張すると大通りや広場ではしゃいでいる住民が目立つ。
「今日って何かの祭りか?」
「──周辺の脅威となるモンスターが駆除されたことで流通量が増加したのかも」
浮遊魔法で屋根に現れたのはエスメラルダだった。個人の魔力量に依存し短時間しか飛べないが自宅の屋根に上がるくらいは問題ないのだろう。
風で捲れたスカートを押さえつつ、隣に座る。
「……よく分かったね。十分もたってないよ」
「そろそろ、おじさまの考えが私にも分かるようになってきたんです」
彼女の視線は焼き鳥に注がれる。
「じゃあ、話しましょうか。あの日、ヴィクトリアさんに一緒に寝ないと誘われた日のことを」
「叔母様から誘ったんですか!?」
焼き鳥を渡すと、エスメラルダの目が輝く。
「わあ……! 使い魔と貴族の禁断の恋! その果てにはきっとおじさまが男性に戻るというハッピーエンドが……!」
「う、うん」
彼女は結構、妄想癖があるようだ。この年頃だとそういう物かもしれない。
ほんのりと赤らんだ頬は茜色の空によるものか判断がつかない。
「ですが、絶対にヴィクトリアさんには秘密ですよ。バレたら僕が八つ裂きにされるので。あの夜のことは、僕たちだけのものですからね」
「大丈夫です。あくまでおじさまの妄想話、という体で聞きますので」
こうして僕たちは、城の屋根の上で夕日と焼き鳥と、少しだけ大人びた秘密を共有した。