TS触手は悪女の使い魔   作:毒蛇

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第42話 こういう日

 その日も僕は冒険組合の仕事を朝一で終わらせてから、エスメラルダと遊ぼうと思って彼女の部屋を訪ねた。

 エスメラルダはベッドで上体を起こして笑みを見せてくれた。

 どこか弱々しい庇護欲をそそる姿に心の中の雄が反応するが、同時に触手的直感が何かがおかしいことを予感した。

 

「エスメラルダさん。もしかして体調悪い?」

 

「ごめんね。今日はちょっと……。季節の変わり目にはよくあることなんだ」

 

 ケホ、と小さく咳をする彼女はあまり身体が強くないらしい。

 身体の弱い美少女と聞くとグッとくるが、場合によっては本当の意味で天使になってしまうのでふざけている場合ではない。

 壁際に控えている侍女が、早く出ていけとばかりに冷たい視線を送ってくる。

 

「今日はお医者さんに来て貰って、お薬を貰うの」

 

「……回復魔法は病気には効果が薄いんでしたね」

 

「せっかく来てくれたのにごめんね」

 

「謝らないで下さい!」

 

 下げようとする頭を掴んで、ベッドに横たわらせる。

 身体は随分と華奢で、握った手は冷たい。

 

「何かして欲しいことはありますか? 添い寝とか? ヴィクトリアさん、呼んできますか?」

 

「いえ、ヴィクトリア叔母様は朝に来て下さったので……。あ、でも」

 

「なんですか?」

 

「孤児院の皆に届けて欲しい物があって……」

 

「分かりました。届けてきます」

 

 孤児院に行って来る程度なら何も問題はない。

 すぐに飛んで帰って来よう。

 

 

 ◇

 

 

「……今年もそういう時期ですか」

 

 孤児院に行って、エスメラルダから任されたバスケット(中身は食材など)を院長であるグラウロスに渡した。

 彼女自身が来なかった理由を口にすると、納得したように呟いてた。

 

「毎年のことなんですか?」

 

「ええ、奥様の遺伝でしょう。なんでもエスメラルダ様の体質が原因で離婚されたとか」

 

 ここまで一度も出会ったことは無いが、事実なら最低だと思う。

 いや、夫婦関係なんて円満な方が難しいのだろう。まして貴族なら政略結婚なんて当然で、愛なんて欠片もないのだろう。

 きっと、体質とか適当な理由をつけて離婚したのかもしれない。

 

「うっ!」

 

 ──ヴィクトリアもいつか、そんな政略結婚とかするのか。

 そう考えた途端、胸が痛くなって押さえる。

 

「ど、どうしましたか!?」

 

「い、いえ」

 

 うっかり揉んでしまいそうになるのを堪えて立ち上がる。眼帯の男は顔つきに似合わず心配そうな顔を見せてくるので、微笑を浮かべる。

 すると、孤児院の奥から魔族の子供たちが駆け寄って来た。

 

「エスメラルダ、また風邪になっちゃった?」

「虚弱って奴でしょう?」

「だから、今年も皆で手紙を書いたんです!」

「というかお姉ちゃん、遊んでー!」

 

 よく喋る子供たちである。

 そもそもエスメラルダ以外の子供など天使ではない騒がしいだけの存在なのだが、一応エスメラルダの代わりとして来ている以上、遊んだ方がいいだろう。

 

「分かりました。……お兄ちゃんが、遊びましょう。ルールは簡単。この孤児院の敷地内を逃げ隠れして下さい。見つけ次第、僕があなた方を空に投げ飛ばします」

 

 僕の衣装を引っ張る少年少女たちが逃げ出す。走って捕まえて、力に物を言わせて上空に魔族たちを放り投げてはキャッチする。

 そうすると、お姉ちゃんと呼んだ子はお兄ちゃん呼びになり、衣装のスカートを捲って遊ぶ子供は大人しくなった。

 グラウロスが顔を強張らせていた気がするが、最終的にはこの遊びに慣れた子供たちに喜んで貰えたと思う。きっと忘れられない一日になっただろう。

 

「こちらは、子供たちからエスメラルダ様にお手紙です。よろしければお願いします」

 

 一通り遊んで帰る時に、グラウロスから手紙と花束を受け取った。

 あとはこれをエスメラルダに渡せば、仕事はしたことになるだろう。

 

 

 ◇

 

 

 無駄に体力を消耗したので、何か食べて回復しよう。

 大通りや広場には結構な数の屋台がある。モンスターの新鮮な肉や乳、その他の食材を冒険組合から受け取って、作っているとリズが言っていたのを思い出す。

 ただ巡るつもりはないのでまとめて売っているキッチンカーに寄って注文する。

 

「羽ウサギのクッキーと、スライム蜜の揚げパン。あとはドラゴンリザードの肉まんを」

 

「あいよ。ちょうど今日卸したばかりなんだ。最高の物を出せるよ」

 

 それは楽しみだ。

 屋台の人が準備をしているのを見ていると、腹が鳴りそうになる。流石に恥を感じるので気合で堪えていると、背後でドン、と何かがぶつかる音と金属音がした。

 

「ありゃりゃ、事故だ」

 

「……ふうん」

 

 車の事故だ。

 そんなことよりもまずはクッキーから頂こう。羽ウサギの濃厚な乳とバターを使ったクッキーはサクサク加減と香ばしい風味が最高だ。エスメラルダに土産として送ろう。

 

「この辺りって事故は多いんですか?」

 

「少なくはないかな。ただ、車を手に入れて調子に乗った奴がぶつけることは結構あるな」

 

 ほれ、見てみろと揚げパンを渡されながら背後を指差される。

 振り返ると、色々と装飾のされた車に乗っていた男が喚いていた。どこかの貴族かもしれない。轢かれた側は野次馬が邪魔で見えなかった。

 

「お待たせ」

 

 そんなことよりも揚げパンだ。

 アマアマスライムから採れる透明な糖液を、揚げパンにとろりとかけたものだが、これが中毒的な甘さがある。これもエスメラルダにお見舞いとして渡そう。

 彼女は少し華奢な体型をしていた。もっと食べてヴィクトリアのように育って欲しい。

 

「クッキーと揚げパンは三つずつ持ち帰りでお願いします」

 

「じゃあ、クッキーはサービスだ。ほい、肉まんも温まったよ」

 

 肉まんと言うが、トカゲ竜のしっとりした白身を香草と混ぜて包んだ物だ。あっさりとしており、女性人気がある。

 見た目は普通だが、噛むと淡白な旨味が広がる。

 

「これは……まあまあですね。肉まんっていうのはどっしりとした肉があるから肉まんであり、中途半端にヘルシーな食感や材料にされると食べた気になりません」

 

 よってこれはゼロカロリーだ。胃袋も空に戻った。

 

「なら……」

 

「フレイムファングボアが一番おいしいですよ。脂にほのかな辛みがあり、食べると身体が温まる。この時期には、やはりこれだ」

 

 僕のクレームに、苦笑した屋台の男。

 彼が何かを言うのを遮るように、近くで同じように立ち食いしていた男が呟く。その呟きに目を向けた僕は──

 

「アルビー?」

 

「ん?」

 

 気のせいだった。変な幻視をしたのは男が白衣を身に纏っていたからだ。

 研究者くらいしか着ていない珍しい恰好だが、周囲は気にした様子はない。スーツに白衣、黒がかった灰色の髪の男は、どこか優し気に微笑んだ。

 

「人違いでは? 私はただの医者ですよ」

 

 端正な顔と作られたような甘い微笑。

 女ならきっと惚れる者もいそうだが、僕は男だ。そんな物は通じない。

 

「……医者なら仕事があるのでは?」

 

 少し歩いていけば怪我人がいるだろう。

 言外に語った意味は通じたらしく、医者を名乗る男は胡散臭い笑みを見せた。

 

「ええ。ただ、どんな方でも食べなければ動けない。それに休憩と適切なタイミングというのも必要です」

 

 医者は屋台の男に言う。

 

「フレイムファングボアの肉まんを三つ蛇のお嬢さんに。請求はブラッドブルグ医院に」

 

「あいよ、ラパン先生」

 

「ちょっと待って下さい。勝手に奢らないでいただきたい」

 

「肉まんの布教と手間賃ということで」

 

 屋台の男にラパンと呼ばれた男はそうして白衣を翻す。

 向かう先は人が集う事故現場だ。

 ラパンに気づいた者たちは道を譲り、そして地面に転がる被害者の対応を始めた。

 ……僕は別に医者でもなんでもないので、こうして奢られた肉まんが温まるのを待つ。

 

「あの男はなんですか? 新手のナンパ?」

 

「領主が認めた凄腕と評判のお医者様だ。クリストファー様直々にご息女の訪問医療を依頼されるんだとか」

 

「訪問医療?」

 

「なんでも病弱な子供の治療を昔から任せてるとか。灰の姐さんの方が詳しいんじゃないのか?」

 

「いや……」

 

 クリストファーの娘は一人しかいない筈だ。

 間違いなくエスメラルダだ。なら、あの男ラパンはブラッドベリー家に向かう前だろうか、後かもしれない。いずれにせよ、ここでスルーしたことがエスメラルダの耳に入れば、彼女はどう思うだろうか。

 『おじさま、人が苦しんでいるのに笑って肉まんを食べていたんですか? 人の不幸はどんな味でした?』と思うのではないのだろうか。

 

「うわぁあ!」

 

「どうした!?」

 

 そんなことを冷たい目で言われたら心が痛む。

 膝をつく僕に、店主が袋に入った肉まんを渡してくれた。

 

「まあ、おっちゃん、バカだからよく分かんねーけど。偽善でも裏があっても、人の為に何かをしてくれる奴ってのは多くの人から好かれるぜ?」

 

 ……まあ、いいだろう。

 僕が何の役に立つかは分からないが、一仕事分の腹は溜まった。

 人混みに触手を刺し込んで道を作る。そこを通り抜けた先、懸命に治療をしているラパンに吠える貴族を殴って黙らせた僕は被害者を見下ろす。

 一般男性だった。

 

「今から救急車を呼んでも死ぬかもしれない。どこかにこの男を運べる者がいたら……」

 

 ラパンはそう言って僕を見た。

 

「…………ここにいます」

 

「頼めますか? なるほど! 流石は灰の蛇ですね! ぜひ、お願いします」

 

 ラパンの指示で僕は触手で被害者男性の担架を持ち上げる。

 

(なんだこの茶番は)

 

 ジロジロと触手を見る医者の腰にも巻き付けて、僕は飛翔する。

 すぐに病院が見えてきた。

 ブラッドブルグ医院だ。入口付近で待ち構えていた看護師や医療スタッフと思わしき人たちに患者を渡す。

 ラパンもいくつか専門用語混じりの報告を医者にすると、僕に向き合う。

 

「ありがとうございました。流石はエスメラルダ様が尊敬する方だ」

 

 やはりエスメラルダ関係だったか。

 内心でホッとしながら、僕は微笑を浮かべた。

 

「気にしないで下さい。助け合いって大事ですから」

 

 エスメラルダならそう言うだろう。僕とヴィクトリアなら絶対に言わないが。

 肉まん3つ分程度の行動なら悪くはない。

 他の看護師にお礼を言われつつ、僕はその場を颯爽と飛び去った。

 

 まあ、こういう日もあるのだろう。

 

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