TS触手は悪女の使い魔   作:毒蛇

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第44話 推定聖女

 『紅晶の湯』はブラッドブルグの中心付近にある高級銭湯だ。

 使い魔の首輪と冒険者カードで身元を証明し、金を支払えば問題なく通された。入浴してみると広さはそれなりだった。清潔で、湯も温かい。

 客は金のある平民や貴族らしき女性が多かった。

 やはりというべきか僕のように入浴する魔族は珍しいのか視線を感じる。

 

(……もっと、興奮するかと思ったけど)

 

 浴槽に浸かりながら僕は思った。

 周囲は肌色で塗れている。しかし慌てることはなかった。それは僕自身の身体の方が魅力的だという自負があったからか。単純に女体を見るのに慣れたからか。

 

(……なんだか、お風呂も微妙に感じるな)

 

 ブラッドベリー家の風呂とは、含まれている成分や効能が違う気がした。学者ではないので、湯水を手ですくったところで細かい所は分からない。

 ヴィクトリアに聞けば何か分かるかもしれない。

 そんな風にぼんやりとしていると、薄い湯気の霧をかき分けて近づいて来る女がいた。

 視界に入るので目を向ける。

 十代後半くらいの少女か。タオルを肩に乗せ、堂々とした様子で周囲に目を向ける。

 

「……お!」

 

 何かを探しているらしき視線が僕に向けられた。

 ピンク色の髪、慎ましくもスタイルの良い少女はパッと顔を明るくした。ザバザバと湯水に音を立てて近づいてくる。

 

「隣いいか?」

 

「……どうぞ、公共の場なので」

 

「お、ありがとよ。なんかすっごい強そうな美人に見えるな」

 

 軽薄そうで馴れ馴れしい。初対面だった僕が彼女に抱いた感想である。

 ジロジロ顔や胸を見てきた彼女は僕の隣に腰を下ろした。

 

「……お姉さん、観光? どこから来たの?」

 

「王都からです。……あなたは?」

 

「俺はジャックヘイヴンから」

 

 その街は確か帝国軍が上陸して攻められた場所だった気がする。

 

「……あそこって今は戦場となっているって聞いたんですが」

 

「そそっ、仕事でさ。も~ブラックというかブラッドな仕事でよ。頑張ったけど、今は残業するほど旨味もなくなったし一区切りついて仕事から解放されたんだ。んで、こうしてぶらりと観光しながら王都に行くところ」

 

「はー……お疲れ様です」

 

「ドーモ。まあ、こうしてレアそうなお姉さんと話せたからチャラよ。チャラ」

 

 一人称で「俺」を使う男みたいな女は初めて見た。戦争帰りの所為かもしれない。

 というよりも、そのテンションの高さと喧しさに僕は戸惑う。

 その声の大きさに聞こえたのだろう、他の女たちがこちらを睨んでくる。その視線を察知したのかは分からないが、少女は女たちをわずかに一瞥しただけで肩を竦めた。

 

「ん? ああ、NPC共なんて気にすんなよ、ああいう努力を怠っている奴は何の経験値にもならねえって俺の曇りなき眼が言ってる」

 

「──NPC?」

 

 おどけた口調で語る少女から聞き慣れない単語が聞こえた。

 

「え? ああ……気にすんなよ」

 

 そう誤魔化す少女を改めて見てみる。

 

(こいつ、ピンクの髪色か……)

 

 身に覚えがあった。だが、ありえないと脳内で即座に否定する。

 『彼女』はこんな男口調ではなかった。敬語だった。男みたいに僕の胸や顔を凝視することはしない。そもそも、こんなチャラい感じではなかった。

 

「こんなところで出会ったのも何かの運命だと思ってさ、お姉さんの名前くらい教えてよ」

 

「……くらい? ……そういうのは先に名乗るべきではないですか?」

 

 顔を見る。美貌というほどではないが整っている。顔面偏差値の高い世界で自らを『普通』と自称してもおかしくはない顔だ。

 だが彼女はこんな不良みたいな顔や、不敵な態度や、声色をしていなかった。

 

「俺はリリアンナ」

 

 湯に濡れた髪の毛を少女はかきあげる。その瞬間に指につけた金属の指輪が見えた。

 聖女の専用装備『聖剣ヴァルグリム』の指輪にそっくりだった。

 

「ただの平民。じゃあ、次はお姉さんの番」

 

「……エレノアです」

 

「エレノアさん。せっかく出会ったんだからさ。この後、一緒に飯とかどう?」

 

 『理想郷を求めて』のゲーム主人公と同じ名前の女がニヤリと笑った。

 

 

 ◇

 

 

 推定『聖女』と思わしき人間と高級銭湯で出会ってしまった僕は、彼女の誘いに乗って食事を共にすることにした。

 正直、風呂に入っているどころではなかった。

 

(いや、でも、そっくりさんの可能性だってまだあるし……)

 

 認めたくなかった。

 長年、共にゲームの世界を旅した主人公は地味だけど誰にでも優しい少女だった。

 時に闇落ちし、時に複数の男たちと濃厚な関係を築き、時に仲間を失い、裏切られ、それでも諦めず前に進み続けた。

 その姿や言動は僕がエレノアとして振る舞う参考になった。

 

「マスター、やってるー?」

 

「あら、初見さんね……ってその会員証、バニラのじゃない。いらっしゃい。後ろの子は初めてね。店を紹介された子は割引してあげるわ」

 

 彼女は僕を『ムキムキバー』という店に連れて来た。

 古い調度品が多いが清潔感があり、一つの空間として調和された店内。スーツやタンクトップなどを着た体格の良い男の客が多い。

 そんな中、会員証を提示したリリアンナにカウンターで仕切る男が頷く。

 

「あら、アナタ最近人気の蛇ちゃんじゃない?」

 

 体格の大きい男から発する女のような口調に僕は戸惑いながらも頷いた。

 

「『ムキムキバー』ブラッドブルグ店の店長ココアよ。よろしくね」

 

 バーカウンターで応対する男はウインクをしてメニュー表を渡してきた。

 

「色々料理があるんですね」

 

「エレノアが言ったんだろ? 美味しくて量が食べられる店を紹介して欲しいって」

 

 リリアンナにナンパされた時、僕は一つのオーダーを出した。

 飯の上手い店。その結果、大衆食堂や居酒屋などパンフレットにあった名店と呼ばれる場所ではなく、この『ムキムキバー』という店に連れて来られた。

 

「じゃあ、人生初ナンパに成功した記念に乾杯!」

 

「……初めて? 手慣れてたように思えたんですけど」

 

「いや、本当だって。死んだ戦友に誓うって」

 

 カン、と鳴ったジョッキに、天井の灯がきらりと反射した。

 出された寿司をリリアンナは食べる。

 僕もそれに習って海鮮丼を口にする。……美味しいから普通に箸が進む。その間も何故か僕を見る彼女に「なんですか?」と問いかける。

 

「ああ、いや、凄い綺麗に食べるなって。どこの家の令嬢?」

 

「……首輪が見えてないんですか?」

 

「冗談だ。でも、首輪が無かったらマジでお嬢様って感じがする」

 

 誤魔化すように彼はジョッキを口にする。グビグビとよく飲む。

 ぷはー、と満足げに笑う少女がどうしても聖女に見えない。

 

「どうして僕を誘ったんですか?」

 

「……や、ほらアンタみたいな美人とお近づきになりたいと思うのは当然だろ? あっ、誘った以上、俺の奢りだからいっぱい食って」

 

 嘘ではないと思う。ただ、それが全てではない。

 そう思いながら僕は食事に集中する。ベリーソースのオラリオ肉が絶品だ。

 その間も結構な速度でジョッキの中身を空にしていく彼女に声を掛ける。

 

「……そんなに飲んで大丈夫ですか?」

 

「ん~、だいじょうぶい」

 

「既に大丈夫じゃなさそうなんですけど」

 

 顔を上げるとほんのりと赤らんだ顔の少女。

 リリアンナはどこか影のある笑みと共にジョッキに頬擦りする。うっとりとした瞳は酩酊しているようで、僕に向ける眼差しはやけに透き通って見えた。

 

 

 ◇

 

 

 夜は深まっていく。これは朝帰りコースだろうか。

 見知らぬ少女、見た目は知っていても中身がまるで違う少女。彼女が金を出してくれるというので、僕はお礼として適当に相槌を打つ。

 「へえ」とか「そうなんですか」とか頷いて、微笑を見せる。

 それだけで彼女は飲酒速度を加速し、聞いてもいないことを勝手に話し続けた。

 

「戦場はマジできつかった。教官の扱きが地獄だし攻略対象は死んだし」

 

「攻略対象……シルヴァン将軍? ロリコンの?」

 

「いや、ロリコン将軍じゃなくて幼馴染のモブラット。俺を庇って死んだんだよね」

 

「マジか。モブラット死んだのか。……恋人だったんですか?」

 

「んな訳ねーだろ。ただのダチだった。けどアイツは……つーか、詳しくない?」

 

「いえ、気のせいです」

 

 幼馴染キャラはゲームでも存在する。

 基本的な攻略対象キャラは王子などの地位がある者だが、誰とも付き合わずにゲームを進めていくと同じ村出身の平民幼馴染キャラと再会する。

 

 戦場で兵士となっていたモブラットは貴族特有の鼻につく感じや、俺様系のキャラではない誠実さが、僕の中では高評価な男だった。

 いつか会うだろうか、と思っていたが戦場で死んだらしい。

 

「あのモブ野郎はさ、俺が強いの知ってる癖に庇いやがったの。マジでクソだわ。でも、あいつが作った隙のおかげで敵将軍の首を取れた」

 

「そうなんですか」

 

「……俺はさ、別に野郎に興味はねえけど、ああいうのはねえわ」

 

 ジョッキが追加される。そして更にリリアンナは飲む。そして勝手に喋る。

 もしかしたらリリアンナは、見知らぬ誰かに話したかったのかもしれない。

 

「まあ、想定よりもレベルは上がったから良いんだけど。多分、今なら魔王は殺せるわ」

 

「それは凄い」

 

「でももっと上げたい。海外でPVPしたい。帝国は根絶やしにしたいわ」

 

 ジョッキを握る手が震えていた。

 

「そうなんですか」

 

 顔を赤くしていた彼女はしばらくブツブツと独り言を呟いていた。途中の僕の相槌も、彼女自身の独り言に組み込まれている感じだった。

 段々目の焦点が合わなくなってきた中、僕は料理を注文して腹を満たしていく。

 

 

 ◇

 

 

「いや~、なんか色々喋った気がする。一応、機密だから喋らないでね」

 

「そもそも聞き流していただけなんで。何も覚えてません」

 

「冷てえ。けど助かる」

 

 ナンパというにはリリアンナが勝手に喋り、僕が勝手に食事していた。

 

(人の金で食べる飯はうまかった)

 

 冒険者として稼いではいるが、基本的に財布はヴィクトリアが握っている。

 首輪を壊した借金分はそろそろ完済できたと思うが、定期的に渡される小遣いで頭を悩ませなくていいから助かる。

 そんな感謝を込めて「ごちそうさま」と口にする。

 

「こんなに自分のこと喋ったのなんて初めてかもしれない。なんつーか、お姉さん、アレだよね。あれ。超の付く高級娼婦みたい。話しやすくて好きだわ。胸もデカいし」

 

 喧嘩を売っているのだろうか。

 拳を握ると、何かを察知したのかリリアンナは両手を振った。

 

「いや、良い意味で! 娼館行ったことないけどな。……それとも二人で行っちゃう?」

 

 いや、相手はかなり酔っている。許すとしよう。

 これは記憶に残らないタイプの酔い方かもしれない。足元がフラフラだ。

 

「……そういうのって男が行くものでは?」

 

「まあ、確かに先に一緒に戻ってきた連中の大半がさ、今日そういう所に行ったのよ。ヤバいよな」

 

「……そうですね」

 

 ケラケラと笑う聖女のような何かと僕は夜道を歩く。

 既に時刻は深夜。もう解散しようと思ったが、リリアンナの酩酊具合が酷いので宿まで送ろうと思った。

 途中、しゃっくりをしながらリリアンナが告げた。

 

「……さっき、どうしてアンタを誘ったかって聞いてきたよな」

 

「ええ」

 

「……魂の形が不自然過ぎて一目見た瞬間からヤベー奴だなって思ったんだ。絶対、何かのフラグ持ちじゃん」

 

 ふらつく少女と目が合う。

 酔った赤い顔。その中で唯一目だけが透き通っている。

 

(聖女の目か)

 

 聖女の目は特別だ。鍛えれば対象の肉体や内臓を見るどころか、対象の魂の色すら見ることが可能になる。

 これは上位のモンスターや変装した者を見抜き、嘘も看破するチート能力だ。

 僕もゲームの中で使ったことのある目、それが僕を見つめていた。

 

「ムキムキバーに連れて行けばイベントが起きるかと思ったけど外れたな」

 

「何を、言って……」

 

「アンタ人間じゃないじゃん。かと言って魔族でもない。それどころかモンスターの色だ。NPCにしては特殊過ぎる。絶対、俺の知らないイベントキャラだって」

 

「……」

 

「で? お姉さん。アンタはいったいなんなんだ?」

 

 なんて答えるべきか。答えが定まらない。

 推定『聖女』の目を持つ人物から人間でも魔族でもないと言われた。

 だったら僕は何なのだ──。

 

「うっ」

 

 僕が喋るより先に、リリアンナが口元を手で押さえて顔を背ける。

 

「おえ……」

 

 飲みすぎたのだろう。フラフラした脚をもつれさせて倒れそうになり──咄嗟に僕は手を触手に変えて彼女の腕を掴み転倒を防ぐ。

 

(確かにこれは人じゃないな)

 

 そんな今更な事実に少しだけ心にくるものがあって。

 

【不正検出プロトコル】

 

 そんな少しネガティブな感情を押し流すアラート音と文字列が脳内に響いた。

 

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