【不正検出プロトコル】
いきなり表示された文字列。息を呑む間もなく、次の表示が上書きされていく。
【不正コード検索中】
更なる文字列と共にずらりと並ぶリストが流れる。
普段よりも怒涛の勢いで流れる文字が視界を埋め──新たな表示。
【検索完了】
【不正除去プロトコル注入】
視界で勝手に起こるそれらを僕は黙って見守ることしかできなかった。
(不正……? リリアンナが……?)
何を検出して、何を検索して、何を除去しようというのか。僕の思考を読んでいる筈のシステムからは返答はなく、何かが進行していく。
リリアンナに巻き付いた触手が青白い光を発すると同時にゲージが出現する。
【魂分離処理:10%進行中】
意味が分からない。その合間もゲージの数値が上昇していく。
【魂分離処理:28%進行中】
酒を飲みすぎて気持ち悪いのか、もしくは別の何かが原因か。
ビクッ、ビクッと小刻みに震えているリリアンナ。
辛うじて立っているだけで触手の支えが無くなれば地面に転がりそうだ。
「──ぉ? ぅ、ぅ……ッ?」
痛みを与えている訳ではなさそうだが触手を外した方がいいのだろうか。
それとも、このままゲージが最大値に達するのを見守るべきか。
(アルビー……だからちゃんと教えてって言ったんだ)
少し考えた僕は、そのまま見守ることにした。
先ほどの会話でリリアンナが一部のゲーム情報を持っていることも判明した。何故知識を持っているかは知らないが、恐らくは聖女の可能性が高い。
それでも、この状況において触手が見せた何かの方を僕は優先することにした。
友人が創った触手は僕に何度も力を与えてくれた。応えてくれた。
ならば、触手が勝手に行っている行動もきっと意味がある。そうでなければアルビーだって組み込まないはずだ。
「──ッ!」
そんなことを考えていた僕は、触手的直感で一歩後退した。
剣が僕の目の前を通り過ぎ、斬撃が聖女に巻き付いていた触手に届く。その程度で傷一つできるようなことはないがわずかに拘束が緩む。
そこからリリアンナを引っ張ったのは女剣士だ。
鎧やエンブレムで分かる。王立騎士団所属の人間だろう。
だが、何故こんな真夜中にいるのか。
そんな疑問は嚇怒を露わにした女の表情に消えた。
「貴様……! 聖女様に何をした!!」
街灯があるとはいえ、暗い通り道に人は殆どいない。
リリアンナのような酔っ払いがいたが、今の攻撃を見て即座に逃げ去る判断力は持ち合わせていたらしい。
いや、そんなことよりも触手が聖女から離れてしまったからだろう。
【魂分離処理:40%進行完了】
【中断】
結局、何が起きたのか分からずにゲージが途中で停止してしまった。
こうなると100%にして、どんなことが起こるのか確認したいと思ってしまう。ぼんやりとした表情のリリアンナを庇うように女騎士が剣を構える。
まるで僕が悪役だと言わんばかりの態度に、少しだけ苛立つ。
「おい! 聞いているのか! 下賤な魔族! 聖女様に手を出した罪、万死に値するぞ!」
「……こんな夜更けに叫ばないで頂けますか? 近所迷惑を考えろ」
そもそも、誰なのだろうか。
銀髪の女騎士というよくいそうなキャラだが記憶にない顔立ちだ。そもそも僕のプレイしていたゲームでは騎士団は男の方が圧倒的に多かった。
もしかして護衛だろうか。女性なのは同性への配慮によるものとか。
(いや、そんなことを考えている場合じゃない)
リリアンナと話して、酒と空気に酔ったのかもしれない。
(武器を向けてきた。殺意も感じる。つまりは敵だ)
背後にリリアンナを地面に座らせて、女騎士が飛び掛かってくる。
細い剣による突き技だ。連続で振るわれる刺突を僕は避けつつも、触手を振るう。
「くっ……! 強い……!」
細剣だから簡単に破壊できた。
しかし、折れた剣をこちらに向けて退く様子を見せない。
僕としてはこれ以上続けるなら殺すしかないのだが、
「──待ちなさい、マカロニ」
決死の覚悟。死んでも差し違える。
そんな表情と強い感情をぶつけてくる女騎士を止めたのは、リリアンナだった。
「しかし、リリアンナ様」
「そもそも今日は非番の筈ですよ。何故いるのですか」
「御身を守ることが私の使命です。何かあったら……」
「……もういいです。せめて黙って下さい」
ぴしゃりと女騎士を黙らせる姿は先ほどまでの雰囲気とは随分と異なる。
内心で驚く僕と、分かりやすく落ち込む女騎士。
わずかに硬直した空間を破くように凛とした表情でリリアンナが歩み寄って来る。
「先ほどは護衛が不快な思いをさせてしまい、申し訳ありません」
深々と頭を下げられる。
ピンク髪の頭頂部を見つめると、僕の内心で燻っていた何かが収まるのを感じる。自然と触手が体内に戻した僕は「ん……」と小さく唸るに留めた。
「……えっと、大丈夫ですか?」
ゆっくりとリリアンナが頭を上げた。
浮かべた微笑は月光のように穏やかで、大きな瞳には落ち着きがある。何者にも揺るがず、酸いも甘いも嚙み分け、仲間の死を乗り越えた強い眼差し。
「……はい。おかげさまで。久しぶりに、息ができた気がします」
「それは……良かったですね」
ふわりと少女が笑った。
そこに先ほどまでの男っぽさは欠片もない。不敵な感じも、どこか調子に乗った感じもない。自然体で何もかもを呑み込むような穏やかな表情だ。
「今日はありがとうございました。エレノアさん」
呆けてしまったからか、目の前にまで近づかれてしまった。
頬に感じる柔らかい唇の感触に、僕は息を止めた。何故かキスをされたがお礼のつもりなのだろうか。
「本当に会えてよかった。……今日はやることがあるので失礼します」
「……ええ、では」
「はい」
出会いは唐突だったが、別れもまた唐突だった。
女騎士を連れて去ろうとしたリリアンナは最後に「エレノアさん」と振り返った。
「今日のことは私たちだけの秘密にして下さいね」
薄い口元に指を置いて蠱惑的に笑う。
なんだあの少女は。誰なんだ。先ほどまでのリリアンナではない。単純に顔や声色を状況に応じて使い分けているだけなのかもしれないが──
(主人公だ)
そうだ。記憶にある。
攻略対象たちから見た主人公リリアンナはあんな感じだった。
あざとくて、よく貴族に虐められていて、家庭的で、素朴で、でも男たちを多数惚れさせる魔性のおもしれー女扱いされていた。
(でも主人公がゲーム情報を……? 偶然か? うーん……まあいいか)
あれが素なのか。それとも……。
よく分からなくなった僕は考えるのを止めて、ヴィクトリアの実家に戻ることにした。
もう深夜を過ぎているけど、窓から入れば大丈夫だろう。
(今日のことは忘れよう。そうしよう)
どうせ関わることもない。
ゲーム知識を持っているなら、勝手に魔王を倒してハッピーエンドにしてくれるに違いない。ぜひとも僕とヴィクトリアに関係ないところで頑張ってほしいところだ。
◇
「逃がして良かったのですか?」
「私たちが見逃して貰った立場ですよ。……それで?」
ジロリとリリアンナが目を向ける。
確かに今日は非番だ。だが騎士団の中から護衛として選ばれた以上、非番であっても聖女の安全を守りたい。それがマカロニに課せられた仕事なのだから。
既にその身体は彼女だけの物ではない。何かあれば王国全体の損失なのだ。
「言い訳は無用です」
「……申し訳ありません」
「休める時にちゃんと休んで下さい」
「お気遣いありがとうございます」
それにしても、とマカロニは思う。
リリアンナが顔を使い分けているのは知っている。普段はもっと男っぽい口調や恰好をするが、それでも聖女として求められている時は女性らしく対応している。
「……なんですか?」
「いえ、その……」
だけど今は妙な違和感があった。いつもと違って聖女を作っている感じがしない。
普段リリアンナが見せる姿よりもずっと自然体で艶やかだ。
「マカロニ。宿に戻ったら紙とペンを用意して貰えますか? 今すぐに手紙を出したいので」
「わ、分かりました」
変化があった。でもそれが何かは分からない。
歯がゆいと思った。所詮はただの護衛でしかないのだから。
(先ほどの魔族……あいつと会ってから……)
黒い衣装に身を包んだ灰色の髪の女。
神秘的な美貌に人にはない魔手の使い手。その姿は既に大通りに消えた。目を凝らした所で見える訳でもない。
その姿がどこにいるのかは、夜空の星々と満月だけが知っているのだろう。
「それともう一つ」
マカロニの視界も思考も溶かすような声を掛けられる。
慌てて振り向くと、リリアンナに見つめられる。
「今日のことは秘密でお願いします」
「ひ、みつ……ですか」
「あの人のことも、今日見た全てのことを、誰にも、私自身にも話してはいけません。……それで先ほどのことは不問にします」
「私自身……? 聖女様にもですか?」
それに何の意味があるのだろうか。マカロニは首を傾げる。
ただ問いかけようとした瞬間に、リリアンナが真顔を見せた。
「聞かないで下さい。……できないなら護衛を辞めて貰います」
「わ、分かりました」
「今すぐにお願いします」
許される機会。それを前にしてマカロニは抱いた疑問を捨てた。
慌てて首を振って、リリアンナから逃げるように筆と紙を取りに走った。
「……エレノアさん、か」
何かリリアンナが呟いた気がするが、マカロニにはよく聞こえなかった。