TS触手は悪女の使い魔   作:毒蛇

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第46話 主と使い魔の買い物

「おかえり。随分と遅かったじゃない」

 

 ヴィクトリアの寝室に姿を見せると、既に深夜だというのにランプに明かりをつけて何かの本を読んでいた少女が顔を上げた。

 シルクのパジャマを着た彼女に促されるように僕は口を開いた。

 

「た、ただいま。まだ寝てないんだ?」

 

「わたくしがいつ寝ようとわたくしの自由でしょ?」

 

 なにやら機嫌が悪そうだ。

 土産の一つでも用意すれば良かったのかもしれないが、推定聖女であるリリアンナと別れた頃には店が閉まっていた。

 

「あれ、ヴィクトリアさんの眼鏡姿、かわいいですね」

 

「……は?」

 

 僕が褒めた眼鏡を彼女は即座に取って机に放り投げた。

 おまけで冷たい眼差しで一瞥してくるが……怒られる理由が思いつかない。

 

「随分と遅いお帰りじゃない」

 

 同じような言葉を重ねるようにヴィクトリアは口にする。

 

「偉くなったものね。エレノアの癖に」

 

「お、おう」

 

 ……どうやら夜遅くに帰って来たのが面白くないらしい。顔を覗き込むと、ふんっ、とわざとらしく顔を背ける彼女にどうしたものかと考える。

 

「……ヴィクトリア。この家っていうか、使い魔に門限とか無かったよね?」

 

「ええ」

 

「今日は、一人で観光に行くから遅くなるって話もしたよね?」

 

 パタン、と彼女は本を閉じる。ランプの光が揺れた。

 

「一人で観光に行ったの?」

 

「え……?」

 

 どういう意味だろうか。

 思わず首を傾げながら今日の出来事を思い返す。風呂に入った。飯を食べた。終わり。

 ……いや、もっと細かく思い出そう。

 一人で。ヴィクトリアはそう言った。大体一人で行動していたが途中から知らない女と風呂で出会って、男だらけの店で一緒に飯を食べた。正確に言えばこうなる。

 

(もしかして見てたのか……? ムキムキバーはともかく、この感じはもしや僕がリリアンナといたのを知ってる?)

 

 まさか、という思いはあった。

 だが相手は公爵令嬢。本人が動かずとも、人を使い情報を集めることなど容易だ。

 領都なら大半がブラッドベリー家の手下みたいなもので、情報は筒抜けかもしれない。

 

(そうだよ。なんで忘れてたんだ)

 

 ゲームでの悪役令嬢ヴィクトリアは金と権力を使い、常に取り巻きや弱みを握った生徒を使って主人公を監視していた。

 それで第二王子や攻略対象たちと接近した時や、主人公の失敗の時にタイミングよく表れて、嫌みを口にし、侮蔑して、冤罪をふっかけ、悪役として輝いていた。

 攻略対象の好感度を教えてくれる主人公の親友も実はヴィクトリアに弱みを握られ監視の為に近づいていただけ、という展開は僕をドキドキさせたものだ。

 

「……ヴィクトリアさんは今日も引きこもって勉強?」

 

「うるさいわね。どうでもいいでしょう?」

 

 周囲の空気が凍り付いてしまいそうだ。

 悪役令嬢を中心に広がる冷気はランタンの明かりを弱らせた気がした。

 ご機嫌斜めな彼女をなだめるように僕は微笑を浮かべて応じる。

 

「見知らぬ現地の人とご飯を食べてたんですよ。観光の醍醐味ですね。……それよりもヴィクトリアさんこそずっと家にいたら気が滅入りますよ。明日、一緒に出かけましょう」

 

「どこによ」

 

「それは……秘密です」

 

「は?」

 

 ちゅっと唇に指を置く。先ほど別れた聖女の真似だ。男が相手なら堕ちるだろう。

 しかし相手はヴィクトリアで、彼女は胡散臭い者を見るような目つきになった。

 

「お前、前に自分が男だとか言ってなかった? 恥ずかしいと思わないの?」

 

「…………いや、別にいいじゃん」

 

 この少女は平気で心の柔らかい所をナイフで刺してくる。

 思わず豊満な胸元を押さえた僕にじっとりとした視線を向け、肩を竦める彼女は、

 

「適当な所だったら容赦しないわよ」

 

 ふん、と鼻を鳴らすと、見惚れるような微笑を浮かべた。

 

 

 ◇

 

 

「ヴィクトリア叔母様たちはお出かけですか?」

 

「ええ、エレノアの散歩にね」

 

 夜が明けて、実家に戻ったにも関わらず部屋に引きこもり気味だったヴィクトリアと散歩することになった。

 これまでも誘っていたが心境の変化でもあったのか久しぶりに出かける。

 

「……犬の散歩みたいな言い方止めてくれますか?」

 

 そう言うと意地悪な笑みを浮かべたヴィクトリアが僕の首輪を撫でる。

 

「駄犬のリードが無かったわね。買いに行きましょうか」

 

 クスリ、と笑うエスメラルダに声を掛ける。

 

「エスメラルダさんは孤児院に?」

 

「はい、ワンちゃ……おじさま」

 

「エスメラルダさん?」

 

「ふふ……冗談だよ。また後でね」

 

 友人から犬扱いされる寸前だった気がする。

 冗談の好きな少女が徒歩で城を去り、気配を消すように何人かの護衛が後を追う。それらを一瞥したヴィクトリアがエリーエリーと僕を呼ぶ。

 

「そういえば聞きたいことがあったのだけど」

 

「なんですか?」

 

「お前、わたくしの姪に『おじさま』呼ばわりさせているのはどういうこと?」

 

 直後に部屋の温度は下がり、僕の言い訳もむなしく雷が落とされた。

 

 

 ◇

 

 

 こんな始まりの散歩だったが、車移動で到着した店に彼女の関心は移ったようだ。

 車で十五分くらいの大通りで堂々と構えた店の一つ『ハット商会』に僕は彼女を連れて来ていた。

 

「……ふうん? わざわざここを選んだのね」

 

「お嬢様。ウインドウショッピングってご存知ですか?」

 

「買いもしないのに商品を見に来ても仕方ないわよ。お母様も言っていたけど、そのつもりもなかった物を購入すれば、無駄に金を減らして物だけ増やすだけなのよ」

 

 庶民みたいなことをヴィクトリアは語る。

 その気になれば、あらゆる贅沢三昧をできるだろう身分の持ち主に僕は尋ねる。

 

「じゃあ、普段はどういう買い物を?」

 

「わたくしから行くことはないわ。家に呼べば人も物も来るもの」

 

 庶民だと思ったが、やっぱりお嬢様だった。

 そのお嬢様を守る為に店はすぐに貸し切られ、物々しい恰好の護衛たちが店の前に構えている。これなら自宅に呼んだ方が効率や安全面から良いのかもしれない。

 

「でも、昔は……お母様がいた頃は、こうして店舗に直接行ったこともあるのよ」

 

「──懐かしい話をされてますな」

 

 ヴィクトリアの言葉にスッと入り込む低い男の声。

 目を向けるとスーツとハットに身を包んだ太った男。悪そうな顔をした豚、いやバジルは遠くに向けた視線を僕に向けた。

 

「お久しぶりですね。まさかご来店頂けるとは恐悦至極に存じます」

 

「豚。お前、なんでここにいるのよ」

 

「ハット商会はここが本店。何より私の店ですので」

 

 そうだったのか。てっきり王都の店が本店なのかと思っていた。

 今日、この店に立ち寄ったのは偶然だ。

 ヴィクトリアの実家から冒険組合に立ち寄る大通りで目立つ立派な建物の一つだったから、いずれ行こうと思っていた。

 ただ、一人で行っても仕方ないので引きこもりの主も連れて行くつもりで。

 

「バジルさん」

 

「はい?」

 

「今日、この店に来たのはあの仮面が役に立ったからです。ありがとうございました」

 

 その程度の考えだったが、バジルはブヒッと小さく鳴いた。

 

「……そうですか。あの日の贈り物は役に立ちましたね。当店に来店していただいた以上、後悔はさせません。きっと気に入る商品を手にすることが叶いますよ」

 

 清潔感と高級感がある店内にはズラリとスーツや礼服、ドレスが並ぶ。

 他にも靴や杖、マントや仮面も並んでおり、アクセサリーが照明の光に輝いていた。

 

「……まあ、商品は悪くないわ」

 

「ありがとうございます」

 

 このまま接客もするつもりなのか、バジルが僕たちに応対する。

 店員たちは壁の染みとなったように笑顔を浮かべたまま静かに佇んでいた。

 

「このフロアは主に衣服や装飾品を取り扱っております。上階には魔道具や、武器関係もありますね。本日はどのような商品をお探しで?」

 

「ええっと……」

 

「とりあえず、好きに見て回るわ。必要なら呼ぶから」

 

「かしこまりました」

 

 引き下がったバジルもまた壁際で気配を消して僕たちを注視する。

 その視線を欠片も気にしないヴィクトリアは胸を張って、店内を歩き回る。

 

「……それで? お前、何か買いたい物でもある訳?」

 

「いや……まあ、今日はヴィクトリアさんと来て満足したから。特にはないかな」

 

 そう口にすると、彼女は何故か言葉を詰まらせた。

 当初の目的であるヴィクトリアの機嫌は回復し、こうして外にも連れ出せた。これ以上、何を望むのだろうか。

 

「ところで、バジルさんが懐かしい話って言ってたけど、ここには来たことがあるの?」

 

「……昔ね。ここがまだ小さい店舗だった頃にお母様に連れられて来たのよ」

 

 魔道具エリアには実に多様な物があった。

 自動湯沸かし器などの生活用品から魔導式の通信機など、目を惹く物もある。

 その中で、以前貰ったような仮面も展示されており、ヴィクトリアが一つ手に取る。

 

「その時は何を買ったんだ?」

 

「冒険用の道具ね。お母様って冒険者だったから」

 

「へえ……。僕も冒険者だから、あそこに行こうか」

 

「ちょっと! 引っ張らないで!」

 

 室内の一角、紫がかった布で覆われた場所に入る。

 大人向けなのか、触手型のマッサージ器やスライムが入った小瓶や、人間用の首輪や手錠、他にも露骨に媚薬と書かれた高級そうな瓶が浮遊する棚に並べられていた。

 

「こういうのって効果あると思う?」

 

「……あると思うわよ。だって、うちの領地で生産されている物だもの。これなんて不能だった貴族に効果があるということで、夜会で評判の奴じゃない」

 

「へえ。使ったことはある?」

 

「あるわけないでしょう」

 

 媚薬を手に取る僕に、ヴィクトリアが冷たい視線を向けてくる。

 これ以上の話題はまたいらぬ怒りを買いそうなので、話題を変える。

 

「ヴィクトリアのお母さんは剣士なんだっけ?」

 

「……正確には魔法剣士ね。剣も魔法も、どちらも優れていて『平民の英雄』なんて呼ばれていたわ」

 

 リードを手に取る主の言葉は貴重な情報だった。

 ヴィクトリアの母親はゲームでは本編開始前に死んでいるのであまり知らない。現実でも僕が出会ったのは一度きりだった。

 

「お前も、頑張ればお母様みたいに叙爵できるんじゃない?」

 

「平民から女伯爵だっけ? でも、僕は魔族ですよ」

 

「あら? この前、初めて魔族の冒険者が生まれたじゃない。やることなんて変わらないわ。実力で捻じ伏せて結果を示す。お母様もそうやって成り上がってお父様を捕まえたわ」

 

 それからも他の場所を見て回る。冒険者用の道具も扱っているのか剣や杖などがあった。

 魔法使い用の杖をヴィクトリアは手に取っていたが使う形跡はない。

 そういえば、ゲームでも主人公は杖を使わなかった。何故だろうか。

 

「杖っていうのはあくまで魔法の補助器具でしかないわ。詠唱も同様よ。余計な物を持たず、無詠唱で強大な魔法を発揮できてこそ、一流の魔法使いと呼ばれるのよ」

 

 そんな雑談をしていると時間が経過していく。

 なんだかんだヴィクトリアも僕に付き合ってくれて、あれやこれやと目を動かす。ハット商会の店舗を下層から上層にゆっくりと移動して最上階を目指す。

 

「……というか、お前は着たい服とか無い訳?」

 

 そうドレス姿の主に言われて店内に目を向ける。

 個人的に目を惹くのはドレスもだが、男物のスーツだ。触手を変形させて模倣する。

 

「どうです? お嬢様」

 

「見事に黒ね」

 

 大きな姿見の前でポーズを決める。

 男装スタイルなので髪の毛も纏めると、壁際にいた従業員やバジルのどよめく声が聞こえた。

 

「これも着てみなさい」

 

 それから僕はヴィクトリアの言葉通りに着せ替え人形として注目を浴びた。

 単純に触手を操作して見た目を変えるだけだが、ヴィクトリアの眼差しは感心と興味を宿していた。

 ドレス、ドレス、スーツ。全て黒色だが、意外と好感触の反応だった。

 

「でも、全部黒というのもね」

 

「うっ」

 

 しかし、相手は公爵令嬢だ。

 美麗も華麗も神秘的な物ですら、きっと見慣れているのだろう。心に刺さるような言葉をチクッと吐き出してきた少女に胸元を押さえる。

 

「──確かに、黒はお客様の髪色にも合いますが、もう一つ加えるとよろしいかと」

 

 そこに壁の染みとなっていたバジルが声を掛けて来る。

 営業スマイルを浮かべた店員が持ってきたのは深紅のマントだ。失礼します、と一声掛けた女店員の手によって肩にマントを羽織る。

 

「……カッコいいいい!!」

 

 テンション爆上げだった。

 

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