「やはりスーツにはマントがあると良いですな」
そう口にするのはハット商会の主バジルだが同意だった。
スーツにマントはカッコいい。……というか、マントがカッコいい。
首を縦に振り続ける僕の肩には、バジル指示の下でいくつかのマントが取り付けられた。外套や片方の肩に掛けるタイプ、色も白銀や紫色など様々だった。
「ヴィクトリアさん、どうですか?」
「……」
「見惚れた?」
紫色のマントを身に着けた僕がその場でくるりと回って見せる。
僕を見るヴィクトリアの反応は薄いが、その相貌はジッとこちらを見ていた。彼女はどこか懐かしむような顔をして、穏やかに微笑んだ。
「いいじゃない。似合うわよ」
「え? あ……そうですか」
なんだろう。かわいいが不気味な反応だ。
その理由はバジルの言葉で判明した。
「ああ……この色ですと、どことなくジュリアナ様に似てますな」
「おかしいわね。豚の鳴き声が聞こえるのだけど。ここは養豚場だったの?」
「ブヒッ、失礼しました。気のせいでしたな」
「……エレノア。お前も何見てるのよ」
「いえ……」
マントを着用している騎士もいた筈だ。その中にジュリアナもいたのだろう。
母親が好きなお嬢様に睥睨されて、僕は目を逸らす。
それはさておき、僕にはマントを断念せざるを得ない問題があった。
「バジルさん。実は僕の体質で……」
あまり着込むと排熱の都合で戦闘時に困ることになる。というよりも今の模倣したスーツの時点でも熱いと感じていた。
だから会話中にも徐々に生地を減らし露出度を上げている最中なのだ。
胸元や脚付近の触手を外しているのを見たバジルはそっと目を逸らした。
「……なるほど。でしたら、冷却外套を取り入れるのは如何でしょうか」
「レーキャク?」
バジル曰く、魔道具を搭載した特殊な外套らしい。
装着した着用者は常に涼しい風や冷気を受けることができる。
元々は高温環境での作業員向けの装備だったが貴族でも好む者がいたらしい。要望を受けてマントなどにも取り付けられたのが始まりなのだとか。
説明通り、青色の外套を身に着けてみると冷風が僕の肢体を這い回る。
「涼しい……! けど、もう少し強めだと良い感じですね」
「それ以上強めると風邪をひきますよ」
「大丈夫です。氷を生み出すレベルで出しても大丈夫なので」
「そのレベルですとオーダーメイドになりますが……」
「構わないわ。買うから可能な限り強くして。色は紫と青の二つで。オーダーメイドの件も進めておきなさい」
僕たちのやり取りに口を挟んだヴィクトリアは買う旨を口にした。
「あの、ヴィクトリアさん。僕が買うんで……」
「いいわよ、それくらい。お前は普段から露出狂なんだから、それくらい着なさい」
薄い生地だが頑丈でデザインと見た目が良い。やや露出の上がったスーツから普段の衣装に変更して上から青色のマントコートを身に着ける。
なんとなく貴族とかヒーローになった気分だった。
(それにしても……こういう便利な物はゲームには無かったな)
この冷却機能がどれだけ有効かは不明だ。
ゲームとは違い、現実の道具だからステータスなんて物もない。そんな物は僕の視界にしか表示されない。
「これは年中着けてもいいんですか?」
「はい。雨でも晴れでも、いつでも」
そんな会話をしていた時だった。
「……ん?」
触手的直感が何かを感じた。
視界に文字列は表示されない。だが、何かが起きたのを肌で感じた。
「エリー……?」
ヴィクトリアの呼びかけに答えるよりも先に一階で待機していたブラッドベリー家の護衛騎士たちが室内に入り込んできた。
彼らは主にヴィクトリアを囲むと、彼女は眉を顰める。
「なによ?」
「爆発魔法を街中で行使した者が複数。亜人解放連合と思わしき連中が暴れているとのことです。すぐに店を出ましょう」
「ヴィクトリア様。こちらの店舗でしたらテロの備えもあります。今から車で移動しても渋滞に捕まるだけでしょう。車内よりは防衛しやすいここをお勧めします」
彼女たちの応対を聞きながら、僕は近くの窓に走り寄る。
ハット商会の店舗は空間拡張された効果か、見た目よりも高い。現在僕たちは最上階にいることもあり、スラム街の方を見ることができた。
黒い煙が天に昇っている。
パッと見た時に分かるのはその程度だったが、
(あっちは確か、孤児院が無かったか?)
気のせいだろうか。そんなことを思っていると爆炎が視界に入った。
爆風と共に、少し離れた教会の天井が吹き飛ぶのを僕は目撃した。
「……下がれッ!」
直後に爆風が窓を割った。ヴィクトリアを守る護衛騎士たちの前に立ちガラス破片と暴風を防ぐ。
視界を拡張する。
緑の枠に表示される景色を最大化すると、ブラッドベリー公爵家騎士団の制服を身に着けた仮面の者たちが銃や手をかざして爆炎を轟かせ、銃弾を撃っているのが見えた。
(あれって、ヴィクトリアの実家の騎士? 反乱か? なんで教会を?)
その疑問はすぐに解決した。
首輪をつけた魔族が逃げ出しているのだ。手錠を引き千切り、テロリストと思わしき連中に武器を渡されて、憂さ晴らしするように周囲に乱射している。
他にも自慢の魔法なのか、火属性の魔法を街中に放っている魔族。逆にそんな物に目も向けずにスラム街の方向に逃げていく魔族。
「ヴィクトリア。あなたの家の騎士団が暴れてない?」
「何をバカなことを!」
声を上げる護衛騎士を無視して、ヴィクトリアが窓から外を覗く。
「わたくしの目には仮面を着けた王立騎士団の連中もいるように見えるのだけど」
「……本当だ」
念のためにヴィクトリアの腰を掴み、横から覗く──確かにいた。王立騎士団の制服を着用して暴れている者もいる。
彼らあるいは彼女たちは脱走した魔族と共に街に被害をもたらしていた。
「本物?」
「立ち振る舞いが騎士とは異なるわね。どこかで騎士服を手に入れたのね」
「どこで?」
再び、爆発音。
すぐに彼女を窓から引き剥がし、先ほど報告に来た護衛騎士に尋ねる。
「爆発したのは教会以外にどこですか?」
「それは……」
「早く答えなさい」
ヴィクトリアに睨まれた護衛はすぐに答えた。
「アギネブ商会、ジヌス商会。他にも魔族の奴隷を商品としていた商会と……聖フォルディナ孤児院です」
「……エスメラルダ」
険しい顔を浮かべるヴィクトリアに、僕は頭を回す。
彼女の傍にも護衛騎士がいた。
仮に亜人解放連合のテロに巻き込まれたとしても、逃がすことはできた筈だ。聡明な少女だ。きっと逃げ切ることができただろう。
──そう考えるには少し楽観的過ぎると僕の直感が語っていた。
『おじさま』
耳の残った呼び声。黒髪の少女の顔が過ぎる。
それで、心が決まった。
「バジルさん。ヴィクトリアをお願いします」
「命に懸けて」
「は? お前、ちょっと──」
バジルの声に頷き、ヴィクトリアの声を背中に受けて窓から外に出る。
そのまま最上階から落下するが、途中で触手を出して孤児院を目指して飛翔する。腿にある紋章からは電撃のような痛みが伝わってくるが無視した。
街中は酷い物だった。
まるで災害でも起きたかのように人々は逃げ惑い、混乱した様子を見せていた。
本物のブラッドベリー公爵家騎士団や冒険者が動いているのか、脱走した魔族や騎士服で仮装したテロリストと戦闘しているのが見えた。
仮面を身に着けていたが、途中から捨てたのだろうか。一見するだけなら騎士と違いがあまりなく、混乱に一層の拍車をかけていた。
「騎士の誇りを捨てて何をしている!? その服をなんだと思っているのか?」
「……ああ? 服は服だろ? アンタたちの矜持と同じ、いつでも捨てれる安っぽい奴だ」
「キサマ!」
あまり状況はよろしくはないようだ。
同じ騎士服を身に着けている者に混乱しているのか、攻め切れていない。
「畜生共が……! 死ねーーッ!!」
脱走した魔族もその乱戦に参加する。
よほど奴隷にされていたのが憎いのか、竜巻の魔法を生み出して彼らを斬り刻んでいる。店の壁や窓が割れ、僕が買い食いしたことのある屋台が破壊された。
「──いや、街を壊すなよ」
背後から不意打ちの触手で昏倒させる。
「テロリストが騎士服を盗んで着てる! 気を付けて下さい!」
話をしている暇はないので、騎士団に手を振ると孤児院に飛ぶ。
進路上にいる魔族は叩きつつ、可能な限り急いで向かった。
◇
孤児院は燃えていた。
外壁は爆発によって吹き飛ばされ、殆ど半壊気味だ。赤々と燃える火を睨み、周囲を探すが孤児院の人間は見当たらない。
首輪をつけた魔族も脱走したのか。……あれだけ楽しそうにしていても、やはり内心では自由になりたかったのだろう。
火の中を進むと、見知った護衛騎士が見えた。
エスメラルダの護衛をしていた者たちだ。
彼らの大半は何かに斬られたように上半身と下半身を分けられて死んでいた。
「──ぁ」
「……ん!」
その中でも僕の脚を掴む者がいた。
女性の護衛。バッサリと身体を斬り裂かれた者が薄っすらと目を開いた。
「……エス……さま……」
「エスメラルダさんはどこに?」
回復薬は持ってきていなかった。
だから、少しでも情報を聞き出すしかできなかった。
「つれ……さらわれ……あいつに……」
「あいつって?」
「……おゆるし、を」
返事はなかった。目を見開いて、涙を流し、悔恨の表情で死んでいた。
(どうしよう)
こんなクエストは今までやったことがない。新しいタイプだ。
護衛騎士の言葉通りなら、恐らくヴィクトリアは『あいつ』という存在に攫われた。殺される訳でもなく連れ去られた。
どこに? 何の目的で? 身代金目的だろうか。──分からない。
「……ヴィクトリアに伝えよう」
それくらいしか思いつけなかった。
流石にまだブラッドブルグから脱出したとは思えなかった。ならば、偉い人──公爵令嬢経由で領都を封鎖した方がいいだろう。
ゲームで主人公が戦場に出る機会があったのだが、そこで学んだのだ。報告、連絡、相談はさっさと行うように、と。
【触手念話】
孤児院の外に出た僕は、ヴィクトリアが所持する触手ドローンを経由して触手念話を実施する。
すぐに彼女は応対してきた。
『あー……もしもし』
『──お前、どういうつもりよ!』
思わず耳を手で塞ぐが頭を貫くような大声、というか情報伝達魔法だ。
このまま続ければ雷が落ち続けるだろう。今はそれどころではない。
『ヴィク、ヴィクトリア! エスメラルダが攫われた!』
一瞬の沈黙。返ってきた彼女の思念は怒りが抑えられていた。
『もう少し詳しく話しなさい』
『孤児院に行ったけど火事で燃えてた。テロリストの襲撃を受けた跡もある。近くで護衛騎士が殺されてた。辛うじて生きてた人が誰かに攫われたって言ってた』
ヴィクトリアに説明しながら自分で頭の中を纏める。
自分で見た物──壊れた外壁、燃える孤児院、斬り裂かれた護衛騎士、最期の言葉──を彼女に送り付ける。
こういうことができる触手念話は便利だ。
多少の練度はいるが、自身が見聞きした情報をそのまま相手に送れるのだから。
『豚の店にあった魔導通信機から実家に連絡したわ』
『……対応が速いですね』
確か魔導通信機は非常に高価だった筈だ。魔がつく商品は大抵がモンスターから採取できる魔石からのエネルギーで動く。
魔石は家庭でもコンロや自動車になど幅広く使われている。中身が空になると人間の魔法使いが何人も集い充填しないといけないのが難点だが再利用できるので便利だ。
(ゲームでも最高級品扱いだったっけ。消耗が激しくて使えなかったけど)
驚いたのが伝わったのだろう。ふふん、と得意げな彼女の感情がふんわりと伝わってくる。
『当然でしょう? わたくしを誰だと──』
【触手索敵:敵性反応あり】
突然、背後から衝撃を感じた。
ヴィクトリアとの情報のやり取りに夢中になってしまったらしい。
痛みはない。だが衝撃に息を止める。
数秒、呼吸を止めた僕は何かに吹き飛ばされて宙を舞っていた。
【触手姿勢制御】
普通の人間だったら背骨がへし折れていたかもしれない。
そんな一撃を背中に受けつつも、僕は地面に上手く着地、同時に背後を振り返る。姿勢を制御する触手が僕のマントに傷をつけた大型の犬を叩き落した。
キャン、と鳴く犬を蹴り飛ばそうとして──更なる敵を感じて数歩下がる。
先ほど僕がいた場所には水や火、風の塊がぶつけられ、地面を穿った。
「異形の魔族だ!」
「いたぞ! あいつが首領だ!」
「穢れた魔族が!」
魔法だ。回避して触手を──ちょっと待て。
触手的直感が、咄嗟に振るおうとした触手を地面に向けさせる。王立騎士団の制服を着用しているが仮面は身に着けていない。
(本物っぽい気がする。……どっちだ?)
テロリストの方か。それとも本物の王立騎士団か。顔も隠さず堂々とした振る舞いで剣を振るう様は騎士のようだが、判断が難しい。
彼らは盾を構え、犬型のモンスターを吠えさせる。恐らく使役したのだろう。人と同じくらいの大きさのモンスターが三匹、唸り声を上げていた。
「最初で最後の警告だ! 這いつくばれ。さもなければ撃つ」
「──僕はエレノア! 灰の蛇だ! 敵じゃない! 少女を探してる!」
「警告を無視したな。では、死ね!」
欠片も話を聞いてくれない。それどころか聞く耳を持たない。
『灰の蛇』という二つ名は大した知名度ではないのか。あるいは魔族だから聞くつもりがないのか。
「化け物め! その四肢を斬り裂き、正義の下に滅してやる!!」
「……なんだと?」
こちらが悪者扱いだ。
そもそも先に犬をぶつけて攻撃してきたのはそちらだろうに。
謝罪もなく、一方的に決めつけて、まるでテロリストの首魁のような扱いで魔法を僕に撃ってくる。
(ゲームでは教会とズブズブの腐った組織の分際が……!)
まあ、先に攻撃してきたのは騎士団なので触手を振るう。
正当防衛だ。ただし、テロリストと違って加減が必要だろう。うっかり殺して後で面倒なことになるのは避けたい。
『ヴィクトリア。ごめん、後で』
返事を待たず触手念話を終了する。
その一瞬の間に、仲間を呼ぶつもりなのか騎士団の一人が空に向けて魔法を放つ。花火のような火花が上空で広がった。