王立騎士団はかつて王国を守る盾だったが、今や教会の手先だ。
ゲームでも魔王を倒す通常ルートなら力になってくれるが、それ以外の教会に都合の悪いことを知ったり、亜人に味方をする言動をすれば殺しに来る。
(めんどくさいな)
襲い来る騎士団の使い魔、鳥や犬を叩き落し、振られる剣を触手で破壊する。
それでも殴り掛かってくる相手には腹部にパンチや蹴りで吹き飛ばす。
「放火魔を追え!」
いつの間にか、犯罪者扱いされていた僕に騎士団は聞く耳を持たない。
これ以上、テロリストに好き勝手にされるのは面子に関わるのか。一人でも多くの敵を斬り捨て、脱走した魔族も処刑するつもりのようだ。
魔族の方は生け捕りにした方が教会も喜ぶだろうに。
「未確認のモンスターだ。討伐に集まれ!」
「主犯の魔族と思われる相手を確認した! 集え! 集え!」
散々な言いようである。ひとまず僕を侮辱した者には容赦なく触手で殴り飛ばす。
こんなことをしている場合ではない。
エスメラルダを探さなくてはいけないのに、勝手に冤罪をつけるな。
「『灰の蛇』がテロリストの一味と思われる! 繰り返す! 『灰の蛇』がテロリストの一味と思われる! 騎士団は至急、集まれ!!」
何の恨みがあるのか、気がつくと僕はテロリストの一味扱いされていた。
風属性魔法の応用だろうか。騎士の声が町中に響いた。
どうして余計なことしかしないのだろうか。騎士を触手で吹き飛ばし、壁にめり込ませた僕は抜刀して走り寄ってくる騎士にげんなりとさせられる。
(王立騎士団とはもう友好関係は築けないな)
腕に掛かった氷魔法を振り払い、石の礫を触手で振り払う。その隙を突くように地面を泥沼に変化させる。
咄嗟に後ろに下がると、背後を狙うように騎士が剣を振るってくる。
(やっぱり盗賊とは練度が違うな)
倒せない訳ではないが。
ぶんぶんと触手を振るって僕は逃亡する。空を飛ぶのは少し難しい。やけに魔法使いが多いのか風や氷属性魔法で移動を阻害してくる。
おかげで孤児院から少し離れた小さな広場に移動するくらいしかできなかった。
【触手機関 稼働率:79%】
【触手:戦闘展開中】【残り稼働時間:23分】
既に十五分ほど時間を取られていた。
だというのに、王立騎士団は狙いを定めたように次から次へと騎士が姿を見せる。
連携して魔法を撃ち、剣を振るい、僕という敵に一丸となっているようだった。
「うおおおッッ……!!」
「死ね──ッ!!」
親でも殺されたような裂帛の叫びと共に騎士たちが剣を振るい、突く。
それらを、ぶんぶんと触手を振って剣を破壊し、籠手を砕き、鎧ごと吹き飛ばす。使い魔のモンスターを突撃させて斬り裂かれても、彼らは決して止まらなかった。
(もう付き合ってられない)
肩甲骨から触手を展開する。その触手は振るわずに力を溜める。
【反重力触手機構:充填完了】
僕のイメージを読み取ったのか、僕を中心に展開された魔法は周囲の全てを地面に沈み込ませた。
悲鳴を上げる間もなく騎士たちは地面に倒れ込んだ。
重力魔法を触手で再現した物だ。もっと速くやればよかったか。
【触手機関 稼働率:78%】
いや、こういった行為は稼働率を下げるだけだ。
面倒だが触手をぶんぶん振るった方が消耗を抑えられるだろう。節約しなくては。
「……マントも、よし」
買ったばかりの物だ。可能な限り大切にしたい。
既に一撃を貰ったが多少は頑丈なのか、少し汚れた程度で冷却機能も働いている。
(残り稼働時間が20分。……少し、消耗しすぎた。さっさと殺すべきだったか?)
今まで触手の稼働時間が0になったことは一度もない。
それだけ長時間戦闘することは無かったし、大抵が十数分ほどで片づけられた。それに常に視界に表示されるから、不安な時は休憩をして稼働時間の減少を避けてきた。
(これからどうするか)
あまり無駄に動いても、どうにもならない。
複数の触手ドローンを街中に飛ばしているが、今のところエスメラルダは見つけられない。これ以上戦っても得られることもないだろう。
まずは一度、ヴィクトリアの下に戻ろう。そう思って飛翔しようとした時だった。
「──おうおう、大の男が揃いも揃って手加減されて負けるとは情けねえな」
広場に隣接している宿からだった。
ドアを開けた男の声に、僕はゲームをしていた時のことを思い出す。
◇
ルートによっては王立騎士団と教会を敵に回すことがある。
捕まるとそのまま憲兵団に引き渡されるが、主人公の育成度合い──レベルや技の習熟度、聖女としての能力──によっては、王立騎士団と徹底抗戦する展開になる。
『エリー、この小僧と戦う時は気を付けろ』
珍しくゲームに関してアルビーが助言をくれた。だから覚えている。
『そいつが今作の最強キャラ。生き延びた経験とシンプルな強さならダントツじゃい』
『このエドモンドってのが最強キャラ?』
『エドモンド・シルヴァン。運営が決めた設定だ。前の聖女の死後から発生し続ける強大なモンスターを退け、帝国軍一万を一人で殺した騎士団伝説の男。通称、ロリコン伯爵だ』
『……この人って三十代くらいに見えるけど? マジで? というか、名前は忘れたけどこの人の次男も攻略対象キャラじゃなかった?』
『愛に年齢は関係ない。というか貴族社会なんて年齢差のある結婚が多いぞ? あと……特殊なルートとして次男とくっついても伯爵に寝取られる展開もあるから気を付けろ』
『なんで開発者はそんなルートを?』
『そういう需要がプレイヤー側にあったのだろう』
エドモンドもまたゲーム主人公にとっての攻略対象キャラだった。
騎士団と敵対時には殺されてバッドエンドか、ランダムで連れ去られて監禁、鬼畜凌辱展開の末に彼の女となるエンドがある。そこからロリコン伯爵と呼ばれたのだろう。
逆に騎士団と共に帝国との戦争に挑む際は、主人公の師匠として鍛えてくれる。この時の主人公があらゆるルートの中で最もステータスの伸びが高く、聖女としてかなり強い。
『エレノア。この小僧には気を付けろ。お前にとっては聖女並に難しい相手だ』
◇
そんな王立騎士団騎士団長エドモンド・シルヴァンが、何人かの護衛と幹部らしき男たちを連れて広場に集う。
僕を見て、口笛を吹くとニヤリを笑う。雷のような髪が風に揺れた。
「こいつが『灰の蛇』? えらく別嬪さんじゃねえの?」
「……おじ、えっと、シルヴァン騎士団長、テロリストというのはそちらの誤解です。こちらは人を探していて──」
「あー……そういうのはいいから」
軽い口調と突き出した手に僕は言葉を止める。
エドモンドはシンプルに敵対する身勝手な理由を口にした。
「俺さ、魔族連中って嫌いなんだよな。殺す理由ってそれで十分だろ?」
前聖女である妻を亡くした原因は魔族による攻撃からエドモンドを庇ったからだ。
それ以来、エドモンドは魔族に対して容赦がなくなった。
残虐な殺し方も多く反発もあった。ゲームでも魔族を隠していた一家を皆殺しにしたエドモンドに聖女が反発した。
だが、簡単に跳ね除けられた。それは何故か。
「俺よりツエー奴だけが文句を言っていいんだ」
強いからだ。その強さで帝国軍を幾度も退け王国の防衛に尽力してきた男が言う。
「弱い奴ってのはよく語るものだ。そうじゃねえだろ? 腰に下げた剣は飾りか? 言いたいことがあったら拳で、剣で、魔法で語れよ。その強さがお前の言葉だろうが」
「……それは横暴です。言葉を封じて暴力で語る。やることが魔族以下では?」
「それも負け犬の遠吠えだ」
ゆっくりと男の手が腰の剣に触れる。
「んで、お嬢ちゃん。最近出てきた奴の中じゃあ強いんだろ? 俺らがいない間、王都で暴れてたって騎士たちの間で話題になってたぜ」
僕はエドモンドの悪癖を知っている。
敵に対し強者と思えば他のことを捨ておいて戦いを挑む。その間はある程度の会話もできる。そうでないと分かれば飽きて簡単に斬り捨てる。
そういったことを踏まえて、僕は騎士団長に強者疑惑を掛けられているようだった。
「……こうしている今もテロリストが暴れ、人が攫われている。魔族じゃない、人間がだ。拉致されてどこかの国に連れて行かれたら二度と会えない。死んでもそうだ」
「だからどうした? 攫われる? 壊される? そんな物は言い訳塗れの弱者の理屈だ。人探しなら憲兵に頼れ。いやなら自分で戦い、見つければいい」
会話はできる。だがそれだけだった。
まるで壁を相手にしているような気分だ。聖女なら、もっと上手く会話できただろうか。いや、リリアンナの場合も一度問答無用で戦って、なんとか生き残った所からルートが始まったのだ。会話に意味はない。
「天下の騎士団が腐ったな。……前聖女が聞いたら泣くだろう」
「あ?」
「あんたの姿を見たら、前の聖女の評判に傷がつく。ああ、いや、もうボロボロか。希代の聖女に妻の姿を重ねるあんたのどこが強者なんだ? ロリコンの情けない男が」
「……てめえ。女で、可愛い顔してるからって手加減してやると思うなよ? 粋がった魔族の娼婦が。土下座させて部下に犯させてから殺してやるよ」
会話パートに意味はない。背中を向けて逃げられる相手ではない。
時間がもったいない。戦闘狂と出会った以上、もはや戦うしかないのだ。
【反重力触手機構:充填完了】
会話の間、ずっとエネルギーを溜めていた。
相手は人間。最強なんて肩書を持っていても弱点はある。ゲームをしていた時は範囲技で攻撃を当てて削るのが有効だった。
(フルパワー重力を喰らえ)
ノーモーション。構えもなく、瞬きの合間に前方の全てを押し潰す。
建物は一瞬で紙のように潰れたが、他の護衛や幹部は蹴り飛ばされて範囲外から免れる。
「団長!」
「──傾聴! これは正式な決闘である。余計なことをしたら殺す!!」
膨大な重力エネルギーを浴びながら男はものともせずに一喝した。
ゲームとは違う。耐えているが動きは鈍くなった。今すぐ畳みかけるしかない。
【触手:戦闘展開中】【残り稼働時間:17分】
焦るな。範囲攻撃が通じなくてもこちらには触手がある。エドモンドが扱う武器、ザインアークの特徴は魔力の無効化だ。
魔法を斬り、数多の魔法使いを殺してきた剣は触手には効果が薄い。
(出し惜しみはなしだ)
手、肩、腰。一斉に出した十本の触手を普段よりも高速で振るって──
「単調だな」
斬り裂かれた。鮮血が散る。
十本が同時に斬られる。今まで傷らしい傷どころか斬り落とされたこともない触手が。
「へ」
「屁じゃねえよ。思考を止めるとか素人か?」
一歩でエドモンドは僕に肉薄する。
斬り上げた剣の軌跡は二つ。一つは紅色のザインアーク。もう一つは白銀色の剣だ。
「その程度で二つ名を貰うなんざ、最近の世代はしょっぱいな」
マントごと衣装に擬態した触手を斬り裂き、腹から胸を冷たい刃が通り抜けた。
もう一撃は僕の腹部に突き刺さり、斬り裂かれる。
【緊急破損箇所検索】
【損傷発生:深刻】
【損傷発生:胸部、左腹部】
【緊急再生プロトコル起動:15%完了】
激痛よりも衝撃が先だった。悲鳴のようなアラート音が頭に響く。
そもそも、こんなにあっさりと身体を斬られるなんて。
「づ……ぁ」
頭が真っ白になる。
【触手飛沫】
【触手分泌:毒素】
なりふり構っていられなかった。斬られた触手を自切して飛沫を散らす。
体液がエドモンドに掛かるが瞬きすらせずに剣尖で抉るように僕を突く。まるで機関銃に撃たれたかのような一撃が繰り返される。
「女々しいことしてんじゃねえぞ。毒なんぞが俺に効くかよ」
「ぐっ……」
必死に触手で捌きながらも、その隙間を掠めた剣が僕の肌を削る。
(毒が無効化? そういう鎧か? ……あの剣はスヴァルニルか!?)
エドモンドルートの最終盤で使われる武器だ。
前聖女の神聖魔法が付与された剣は、聖女でなくても使える属性武器であり、エドモンドが魔王を倒すのに寄与した。
つまり、あの剣なら僕の触手を斬ることは可能だろう。
【触手機関 稼働率:74%】
そうこうしている間も、白銀の軌跡が僕の黒い衣装に滑り込み、刻む。
内臓を抉り、何かの機関に破損やエラーを与えたなんて表示に息ができない。
「なるほど。こっちの剣の方が好みか」
システムが悲鳴を上げるように多数のアラート音を吐き出す。
駄目だ。思考を止めるな。新たに生み出した触手も簡単に斬り裂かれる。
【損傷発生:深刻】
【損傷部位:左前腕、右脚部】
【触手機関:一部破損】
【緊急再生プロトコル起動:4%完了】
触手に変えた腕が斬り飛ばされる。咄嗟に下がろうとした脚を斬られ、刺され、貫かれる。再生が追い付かない。
「ぐあ……ッ!」
身体中が熱い。稼働率が減少していく。下がる数字を見ている暇はない。
「その程度か?」
「……ッ!」
脚が動かない。転びそうだ。ダメだ。地面に倒れ──
【触手姿勢制御】
転倒だけは阻止するとばかりに触手が背後に僕を飛ばす。
エネルギーを噴射して、わずかに距離を生むと同時にドローンを飛ばす。迷彩化状態によるドローン三台による射撃だ。
これなら絶対に当たる。卑怯なんて言わないだろう。
「……そこか」
馬鹿か。斬撃を飛ばして不可視のドローンを消し飛ばすとはどういうことだ。
ドローン三台がロストした文字列ごしに、エドモンドが笑った。
「悪いな。舐めプなんてみっともないって聖女のバカに言われたもんでな。サービスタイムはなしだ。……というか、弱すぎる。獣の方がもっと賢く戦うだろ」
髪の一部が耳ごと斬られ、頬が削れ、咄嗟に庇った腕ごと胸元を斬られる。
頭から流れる血で視界が赤い。身体がどんどん熱くなる。
「もういいわ。飽きた」
蹴り飛ばされた僕は壁に背中からぶつかる。
(や……まず──ヴィクトリア、さ)
意識が──
【主制御人格:意識不明】