TS触手は悪女の使い魔   作:毒蛇

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第49話 最強キャラがなんぼのもんじゃい!

 ──あの日のことは今でも覚えている。

 

【主制御人格:意識不明】

 

 初めて身体を動かしてヴィクトリアと母ジュリアナを助けた。それまではずっと、この身体が動くのを見守ることしかできなかった。

 

【周囲環境:敵性存在複数接近】

 

 あの頃は、自分が寝ているのか起きているのかも曖昧だった。

 実は僕という存在はこの身体に憑依している幽霊なのではと疑ったこともあるくらいだ。そんな中で唯一代わり映えする景色は、モンスターとの戦いだった。

 

【敵性ユニット接触猶予3秒以下】

 

 あの頃は触手を生やした身体、という物に嫌悪感があった気がする。

 そんな感情はもう覚えていないけど、変幻自在な戦い方をしていた。

 

【破損率:42%】【戦闘行動に問題なしと判断】

【優先順位変更】

【緊急再生プロトコル停止】

 

 僕の身体は普通じゃなかった。

 関節の動きも無視して、地面なんて存在しないとばかりに自由に動いて。人間ではない動きを普通にしていた。

 速かった。止まらなかった。どんな数が相手でも触手で斬り裂き、貫き、駆け抜けていた。

 

【副制御人格:緊急稼働】【自動運動:緊急稼働】

【触手学習予測:17%】

 

 ……そうだ。あの動きを再現できたらきっと負けない。

 アルビーが創った身体が、システムが、負ける訳がないのだ。

 

「いいだろう。そこまで言うなら見せてやろう。悪いが安易な攻略本に頼るのは嫌いだから見取り稽古といこうか。タイトルは『最強キャラがなんぼのもんじゃい』!」

 

 ふと声がした。見知った男の声と身体が動き始めた。

 久しぶりの感覚だった。

 

【迎撃開始】

 

 

 ◇

 

 

 王立騎士団団長エドモンド・シルヴァンの歩みは止まらない。

 

「悪いが魔族は見逃さない主義なんだ」

 

 振るわれる先は建造物の壁に衝突してから動かない魔族エレノア。血塗れの肢体、片腕は吹き飛び、耳は髪と共に切れ、腹部や脚からの出血が止まらない。

 生えていた触手、幻影魔法ではなく実体を持ったソレは全て斬り払われている。

 

「……終わったな」

 

 死んだ。あるいは死に体。生きていてもこれから死ぬ。

 既に決着は着いた。そう誰もが思う中、エドモンドに近づく青年がいた。

 

「団長、もういいのでは?」

 

「……お前、新人か」

 

「は、はい。あの使い魔の首輪はブラッドベリー公爵家の物です。まだ生きていてもここで殺した場合、後で公爵家に睨まれる恐れが──」

 

「あの家は何もせんよ。たかが魔族の使い魔を殺したところで賠償を請求する程度だろう。我々と敵対するよりもテロリスト集団に参入した恐れのある魔族を秘密裏に駆除したことにお礼をよこすかもしれないな。……まあ、騎士団に入った以上はこういうこともある。魔族は敵だ。分かったら下がりな」

 

「……はい」

 

 歩みは決して止まらない。

 青臭い新人の言葉は分からない訳ではない。かつてのエドモンドもそうだった。誰もがそういう時代があるのだ。泥臭く戦い、大切な者に絆されて、失ってから気づくのだ。

 

「魔族なんぞこの世にいない方がいい。慈悲を与えたからと言って返して貰えるのが恩とは限らねえ。背中を刺される可能性の方がずっと高いのだから」

 

 だから殺す。人間とは違い邪神によって生まれた種族だ。

 聖女を平気な顔で殺せる連中だ。分かり合うことは絶対にできない。

 頭を垂れた灰色の髪の女の前に立ち止まり、エドモンドが剣を振り下ろした瞬間だった。

 

「──ほらな、見ただろう? 魔族ってのはしぶといんだ。首を落とさない限りは油断できない」

 

 斬撃を回避して女が立ち上がった。

 ハラリ、と血に染まったマントがバラバラになって地面に落ちる。青色だったマントから覗くのは黒い衣装と赤黒く染まった肢体。

 

「────」

 

 死に体だが、女は美しかった。

 この世の者とは思わえない美貌は血に染まりながらも目が離せない。愛玩用に購入される魔族の中でも最上級──いや金では買えない価値がある。

 反撃はない。

 静かにエドモンドを見るエレノアには殺気が感じられない。先ほどまでの焦りも、感情を捨てたかのような美貌には、無機質な深緑の相貌が瞬く。

 

「……なんだ? 惚れたか──」

 

 軽口を叩く余裕は無かった。

 呼び動作なし。死角を狙うように地面から触手が撃ち出される。咄嗟にエドモンドは剣で斬り裂こうと──

 

「ん?」

 

 触手を弾くに留まる。その間、ゆっくりとエレノアは腰を下ろして構える。

 脚の出血は止まらず、しかし一切の表情を変えることもない。

 泰然とした姿にエドモンドは斬撃を繰り出す。先ほどよりも本気の刺突が女の掲げた腕に弾かれて火花を生む。ガリガリと音を立て一撃を流した女と目が合う。

 

 女は受けた勢いのまま空中で蹴りを繰り出す。

 エドモンドはそれを躱し、もう一方の脚先から飛び出す触手に吹き飛ばされた。

 

「ちっ……!?」

 

 エドモンドが吹き飛ぶと同時に背後から女の裏拳。

 咄嗟に掲げた剣ザインアークに刺さり──拳から撃ち出される触手が剣に罅を入れ、地面に叩き落される。

 

「団長!」

「消えた!?」

「転移魔法か? だがザインアークは……魔族の邪法か!? 卑劣め!」

 

 いや、違うとエドモンドは舌打ちと共に判断する。

 女が放ったのは魔法ではない。全身から出た触手から放出した特殊なエネルギーが女の高速低空飛行を実現させたのだ。

 練度の低い団員には見えなかったがエドモンドには知覚できた。

 

「だが調子に乗るなよ小娘が」

 

 そこから女の蹴りと触手が交互に襲う。

 防戦一方の状況を打破するべくエドモンドは無理やり剣を振るう。スヴァルニルに付与された神聖魔法がこの女にはよく効くのは分かっていた。

 

 今度は触手が斬れた。吹き飛んだ触手はバラリと崩れて飛散する。エレノアとエドモンドを見守る団員の使い魔に黒い雫となって付着する。

 エドモンドにも付着したが毒の類は鎧にも神聖魔法が付与されているので放置した。だが使い魔たちは違う。身体が黒く染まり、目が血走る。

 

「……!? なんだ契約が消失する?」

「待てっ、止まれッ!」

「団長!」

 

 鳥、犬、狼。いずれも狂ったように身体を震わせるとエドモンドに突撃を始める。騎士団で育てられた使い魔だ。それなりに使えるがエドモンドの敵ではない。

 無視する。

 この場で最も脅威足りえる存在は目の前の女だ。どのみち使い魔程度ではエドモンドの鎧は貫けない。だから──

 

「……ぬっ!?」

 

 使い魔が一斉にエドモンドに突撃して自爆する。

 連続する爆炎を手で振り払うと同時に、自身の勘で剣を振るう。剣は女を捉えた。正中線を斬り裂いた。そう思うと同時に幻のように消え、小さな触手が斬られていた。

 

「……上か」

 

 地面から突き出す触手に脚を貫かれるがエドモンドは構わず上に剣を振る。

 頭上に女がいた。振るった剣尖にエレノアも腕を振るう。斬り飛ばされた腕からズルリと触手が生えると剣のような形状となり衝突する。

 轟音と火花が散る。

 一瞬の接触だったがエレノアは空中で止まると蹴りを繰り出し、スヴァルニルの剣の腹に衝撃を与え──へし折る。

 

「──ッッ!!」

 

 そのまま空中で姿勢を変え、吠えるエドモンドの顔を踏み、足裏からエネルギーを吐き出す。膨大な熱エネルギーで女は距離を取り、エドモンドは地面に吹き飛んだ。

 

「この……む!?」

 

 負傷した脚に目を向ける。脚の傷口から小さな触手が中に入り込むのが見えた。同時に脚の感覚が消失するのを感じたエドモンドは膝から下を斬り裂く。

 邪法の類だろう。放置してはならないと勘が告げていた。脚の一本など問題ない。それよりも問題は──

 

「……俺の剣を壊したな」

 

 返事はない。

 構えすら取っていない女からの追撃はない。静かに見る眼差しは、どこまでもエドモンドを見透かすようで、異様に腹立たしく感じる。

 白銀の刀身は短くなり、その軽い剣を持っていると怒りに震える。

 だが、怒りに呑まれるのは騎士として失格だ。冷静にあの女を殺してからだ。

 

「……どうした、来ないのか?」

 

 濡れた髪から瞳が覗く。女が微笑を浮かべていた。まるで勝ったように誇る笑みを。

 

 

 ◇

 

 

 その戦いを僕はずっと見ていた。

 徐々にハッキリしていく意識の中で、僕の身体を操作するアルビーの言葉を聞く。

 

「エリー、お前はいつも触手をぶんぶん振るってたな。あれは何故だ?」

 

『……何故って』

 

 それで大抵のことは解決できるからだ。

 ゲームで見たモンスターも盗賊も、それで対処できた。

 

「そうだな。作業ゲーならそれでも良い。だが、相手は強者だ。対人戦のプロだ。正攻法で戦えばお前は負ける。まして神聖属性が付与された武器やチート装備を使われるとボコボコだ」

 

『じゃあ、どうすれば?』

 

「普通に戦うな。弱点武器を持った騎士に正攻法で挑むのは死ぬぞ」

 

 会話の合間も、視界は動く。

 触手や蹴り、拳を使う。人間では思いもよらない場所から触手を撃ち出して虚を作る。

 他にもどさくさに紛れて触手侵食で乗っ取ったモンスターの使い魔を自爆特攻させて隙を作る。触手ドローンから投影した幻で更に隙を作る。

 そうして触手で作った剣もどきでスヴァルニルと衝突するのを見守る。そうして空中での蹴りでへし折るところまで見た僕は安堵のため息を吐いた。

 

 戦いはどうやらなんとかなりそうだ。

 少し落ち着いて周囲を見渡すと研究室の培養槽、つまり、いつもの場所だった。ガラスを挟んでコンソールで何かを弄るアルビーの姿をぼんやりと眺める。

 

『触手が斬られなくなったのはどうして?』

 

「気合じゃい」

 

『……なんて?』

 

「気合じゃい! 人を殴る時は拳を握って力を込めるだろうがい! そこに殺意とか……こう感情を込めると強くなる! それと同じだ」

 

『そんな不安定なシステムだったのか? なら最初から触手を硬くするとか──』

 

「お前が思いつく大抵のことは既に実践している。そしてできないということはそういうことじゃい。素人は黙っとれい」

 

『……大体、その秘密主義はなんなんだ! もったいぶらずに最初から言ってくれよ! そうしたらもっと速くなんとかなった筈だ』

 

「甘ったれるな。攻略本を見て進める奴が真の意味でスキルを極めることなどできない。オート戦闘に甘んじた結果、ボス戦で手動戦闘を強いられて勝てなくなるのが今のお前だ。言って改善するなら自力でやってる。痛みを伴って初めて人は成長できるんだ」

 

 ……確かにそうかもしれない。

 今までの僕はとりあえず触手を振るっていた。思いのままに振るって、細かいところは触手任せで思考を放棄していた。

 触手ならどんな相手でもなんとかなる。無双できる。

 そんな思い上がりが今回のことに繋がったのだろう。今後はもう少し考えて触手を振るおう。あとは気合を込めればいいらしい。

 

「今回の出来事は今後もヴィクトリアの為に触手を振るうなら必要なことだった」

 

 ふと視界上に表示される僕の身体が止まる。

 あともう少しでこの身体を傷つけたエドモンドを抹殺できるのに。

 

『……アルビー、どうした? 殺さないのか?』

 

「限界だ。あと一歩でも動けば緊急停止する」

 

『え』

 

【緊急再生プロトコル再開】

【触手機関 稼働率:68%】

【触手:戦闘展開中】【残り稼働時間:48秒】

 

 視界上に表示される文字列や数字を注視する。

 

『なんだこの稼働時間は!?』

 

「怪我を治さずに派手に動き過ぎた結果だな。まあ、スヴァルニルを破壊できたから良しとしよう。見ろ、あの男の面を。遺品を破壊されて相当キレてるな」

 

 世界が徐々に白黒に染まっていく。

 意識が浮上していく。

 

「今はこれで充分だろう。稼働率まで削って動くと本来の計画が終わる。元々、こんなところで戦う相手では無かったのだ。イレギュラーとはいえ減らし過ぎた」

 

『いや、この後で殺されそうなんだけど』

 

「むしろ、あの騎士団長は殺さないでおいたのだ。今はまだ他国からの防衛に必要な人材だからな。後は任せるぞ」

 

『待ってくれアルビー、状況は何も改善しちゃ……』

 

 トン、と培養槽のガラス越しに口元に指を置かれる。

 黙り込んだ僕に頷くアルビーは手でピースサインを見せる。

 

「見ていたから分かってる。時間がない。今からお前の頭にエスメラルダ救出の為の方法を流し込む。失敗したら諦めて、ヴィクトリアのことだけに注力しろ。いいな?」

 

『……アルビー!』

 

「お前のことなどお見通しだ。後は任せたぞ、グットラック!」

 

 

 ◇

 

 

 熱。尋常ではない熱で息が苦しい。頭が、身体が熱い。

 

「……どうした、来ないのか?」

 

 瞬きと共に僕は目覚めた。よりにもよってな状況で起きた。

 夢ではなかった。敵であるエドモンドの脚は自身の剣で斬られ、彼の妻の遺品スヴァルニルは見事にへし折られている。

 対してこちらはピンチだ。残り稼働時間が20秒を切った。時間になれば触手が使えず、熱が限界になれば、もう僕は動けなくなる。

 

(けど……)

 

 アルビーはバカではない。キチンと策を残してくれた。

 視界に表示される稼働時間の他に、生き残っていた触手ドローンがタイミングを教えてくれる。

 

「一つ、いいですか」

 

「……なんだ」

 

 大事なのはタイミングだ。

 本当に起きるのかと疑うことではない。信じて行動するだけだ。

 顔を上げると雨が強くなってくる。冷たくて気持ちいい。このまま地面に倒れて目を閉じたら気分が良いかもしれない。

 どのみち、あと十数秒後にはそうなっているかもしれないが言っておこう。

 

「僕の勝ちだ」

 

 そうして僕は全力で背後に飛んだ。

 同時に眼前の建造物の全てが一斉に爆発し、エドモンドや騎士団員に向けて崩れ堕ちた。

 




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