TS触手は悪女の使い魔   作:毒蛇

51 / 56
第50話 手術

 アルビーの指示は簡潔な物だった。

 

『触手ドローンの情報から、亜人解放連合が爆薬を周囲の建物に仕込んでるのが分かった。お前諸共、騎士団を潰すつもりだ。触手稼働時間残り10秒で爆発する。それを上手く利用して離脱しろ』

 

 雨に濡れた瓦礫が降り注ぎ、騎士団員を呑み込んでいく。

 その中でも、僕を逃がすつもりはないのかエドモンドが片脚で突撃してくる。

 

「てめえ、俺の剣を壊しておいて逃がす訳ねえだろ!」

 

「──ッ」

 

 戦うか? いや、あと一度の行動を──後退する選択をした。

 迎撃するには頭が熱で動かなくなってきている。あとは運に身を任せるしか。

 

(いや、アルビーは運に身を任せたりしない)

 

 アルビーから与えられた情報は多くはない。

 だが、それらの情報はこの状況を乗り越えて初めて本領を発揮する物だ。つまり、この状況は何かしら乗り越えることができると想定されている──

 

「──つまり、その女を逃がせばお前は苦痛を感じるか」

 

 瓦礫に混じるように何かがエドモンドを襲った。

 人だ。紫のレインコートにスーツを着用している。声は男だろうか。面白いことに傘を剣のように振るってエドモンドの脚を止めさせた。

 あんな傘のような剣が国内に存在しただろうか。記憶を探る僕に声が刺さる。

 

「退けレイヴン!」

 

「淑女をつけ回す様はとてもではないが王国最強の騎士とは程遠いな。礼節を知れ」

 

 レイヴン。知っている。アルビーがくれた情報に入っている。

 亜人解放連合のリーダー。

 アルビーがどうして知っているのだろうかと思った疑問には蓋をする。

 

「行きたまえ」

 

 指を空に向けてレイヴンを名乗るレインコートの男が告げた。

 

【触手噴射】

 

 僕は全力でその場を離脱した。

 飛翔。まるでロケットになったように全力で飛んで離れて行く。

 

 

 ◇

 

 

 ガギン、と金属音が周囲に響く。

 

「なんだ、やっぱりお前らの仲間じゃねえか」

 

「残念だが彼女は不運にも頭のおかしい騎士に巻き込まれた被害者だ。だが、不当に襲われ命の危機だった。そして亜人解放連合は全ての亜人の味方だ。助けもしよう」

 

「テロリスト風情が紳士面するんじゃねえ!」

 

 剣戟が雨音に響く。

 片脚で剣を失いながらも勢いの衰えないエドモンドの斬撃。苛烈とも言える攻撃の数々をレインコートの男レイヴンが防ぐ。

 

「テロリストか。それも結構。力しか誇る物の無い蛮族よりはマシだろう。しかし、逃げた彼女よりも瓦礫に潰れた仲間を助けてはどうかな? 騎士なのだろう?」

 

「どの口が言う!」

 

「そう怒るな。それ以上の無様を晒せば壊れたガラクタの持ち主が泣くぞ」

 

 スヴァルニルのことだ。カッとエドモンドの頭に血が上る。

 雨音は強くなり、霧が立ち込める。

 何かを感じて頭上を見上げると、崩れた建造物の瓦礫の上にはレイヴンと同じようにレインコートと傘を着用した十数人のテロリストが霧を生み出していた。

 

「では、失礼」

 

「失礼だと思うなら来るんじゃねえ!」

 

 斬撃が崩れた瓦礫を横一閃に斬り裂く。

 目を吊り上げ睨むエドモンドの相手はいない。瓦礫の上にいた亜人解放連合の構成員は一人残らず霧のように消えた。

 

「クソッ。寝てる場合じゃねえぞ! 起きろてめーら! 瓦礫なんぞで死んだら訓練のやり直しだからな」

 

 エドモンドは周囲の崩れた建造物を細切れにしていく。

 吐いた悪態は雨音に呑み込まれていった。

 

 

 ◇

 

 

 飛ぶのは良いが3秒しか持たなかった。

 

【触手:緊急停止】

【冷却プロトコル開始まで15秒】

 

 その文字列を見た瞬間、血の気が引くのを感じた。

 落下が始まる。目の前には建物があった。

 

(いや、待って、まだ空飛んでる……)

 

 壁に衝突して中に入る。悲鳴や破壊音を聞きながら、壁を壊して再び外に出る。

 落下の勢いが止まらない。

 う、わああああ! と情けない悲鳴を上げた僕は地面に落ちていく。

 

【触手姿勢制御】

 

 外壁に触手を突き刺して少しでも勢いを殺す。

 そして僕は地面に両脚で着地し、何度か地面を前転し、横から車に衝突される。ピンポン玉のように対向車線の車に何度か衝突して、

 

「……かっ、は」

 

 どこかの街灯だろう。そこに胴体がぶつかって、街灯を傾けてようやく止まった。

 後ろで車が何台か衝突する事故が起きていたが許して欲しい。

 

(……が、頑丈で良かった。けど、今日は最悪の一日だな)

 

 僕の身体よりも建築素材や車の方が脆いらしい。地面に落下して、そこから車に轢かれた程度では僕に傷はつけられない。

 ……ただ、しばらく起き上がれる気がしなかった。

 水溜まりがちょうど下にあったのと身体に当たる雨水が心地よかった。

 

「きゃああ!!」

「人が轢かれたぞ!!」

「いや、空から落ちて来なかったか!? 自殺か!」

 

(しかし、まずいぞ)

 

 人の悲鳴や困惑する声が遠くで聞こえる。

 もう身体が動かない。尋常な熱で視界が揺れる。心なしか呼吸も苦しい。そんな中でも、僕に近づいてくるのが最悪なことに王立騎士団の団員だということが分かった。

 

「おい、こいつ灰の蛇なんじゃ……」

「うわ、まじか。救急車を呼ぶか?」

「血塗れのぐにょぐにょじゃないか。いや、これは死んで……」

「痙攣しているがどうする? 応援を……」

「さっきの話だとこいつもテロリストの一人らしいが」

 

 今の僕では戦うどころか意識すら危うい状態だ。

 怯えながらも抜刀して近づいてくる騎士団員を退けるのは難しい。そんな時だった。

 

「そこまでだ! 我々の領都で勝手な真似は止めて貰おうか! 王立騎士団!」

 

 熱に溶けそうな思考に鋭い声が刺さった。

 視線をずらすと別の騎士たち。彼らが掲げるベリーの紋章に息を呑む。ブラッドベリー公爵家の騎士団だ。

 

「そちらの使い魔は引き渡して貰う」

 

「……断る。この女は亜人解放連合と通じている疑いが出ている」

 

「エレノア・オムニティスは灯火様の使い魔だ。そちらの疑いに関しては然るべき治療の後にこちらで取り調べを行う。……最も、彼女は我々と協力して作戦行動中であった。彼女の協力のおかげでテロリストや脱走した魔族を捕らえることができたのだ! その邪魔をしたのはキサマらだ! 戦場帰りであろうと恥を知るがいい!」

 

 庇ってくれたのだろうか。だとしたら、少し嬉しい。

 ブラッドブルグに来てから真面目に働いてきた甲斐があったというものだ。意外と好感度も稼げたのか、抜刀して王立騎士団と対立してくれている。

 

【触手:冷却中】【再稼働必要時間:58分】

【再生プロトコル実施中】

 

 僕の方はしばらく駄目そうだった。

 いつもよりも傷の治りが遅い。身体は熱い。意識が飛びそうだ。

 

 膠着状態を壊したのは肌に伝わる振動音だった。車のエンジン音だと気づく。

 怒鳴り合う騎士団たちが道を退かし、僕の視界の端に車が止まった。白を基調とした車だ。ところどころに赤色を入れており、荷台には背の高い幌が掛けられている。

 

「退け、患者を運ぶ! ……あっつ!? おい、気を付けろ! 尋常じゃない熱だ!」

 

 女の声だ。同時に身体を持ち上げられ担架に乗せられる。

 つまりは救急車らしい。このまま病院に運んでくれるのだろう。ゲームでは見たことなかったけども、こういうシステムも転生者が残してくれたのだろうか。

 そんなことを考えている内に、車は走りだし、身体中に氷嚢を置かれ、そして衣袋を脱がそうと彼女たちは悪戦苦闘していた。

 

「これは……やけどで肌に張り付いているのか? くっ、こんな亜人になんて仕打ちだ! 王立騎士団めっ! 許せん!」

 

 そんな深刻な状態ではないがナイフで僕の血塗れ衣装を切ろうとして、逆に破損させるのは申し訳ない。

 点滴だろうか、僕の肌に針を突き刺そうとしているが折らせてしまっている。

 

「亜人の中でも一際硬い奴だ。だから生きているのだろうが……魔素抑制剤はまだか! 体温が高過ぎる。これじゃあ手術は無理だぞ!」

 

 身体を弄られ、衣装の中に手を突っ込まれ、管のような物を張り付けられる。

 その管の先にある機械を見ていた救護してくれた人が悲鳴を上げていた。

 

「この熱じゃ……!」

 

「諦めない! 私たちが諦めたら助かる命が助からない!」

 

「は、はい!」

 

 熱い、熱い、そう言いながら真剣な顔で僕の身体を弄られると文句を言いづらい。

 

「こ、おり……もごっ!?」

 

「喋らないで! 大丈夫! お医者さんに診せればすぐ治るから!」

 

「んん──!!」

 

「そうだねー、痛いねー、ゆっくり飲んでね。麻酔薬を飲んで貰うからー、次に目覚めたら治っているから大丈夫だよー」

 

 子供扱いしないで欲しい。

 氷属性魔法を浴びせるとか、氷嚢の量を増やすだけでいいのだ。

 そう言いたかったが口は上手く回らず、その上で麻酔薬と回復薬と思わしき小瓶を口腔に突っ込まれる。キンキンに冷やされた果汁水のような味で、少しだけ頭が回る。

 

(手術は嫌だ)

 

 身体にメスを入れるなんて正気ではない。

 どうにかして逃げなくては、そう思っていると病院についたらしい。更に結構な数のスタッフに囲まれた僕はピンチに震えた。

 そうして手術室らしき場所に送られた僕に、手術衣をつけた男が待ち構えていた。邪悪な笑みだ。その手には鋸の魔道具だろうか、刃部分が震動していた。

 

「お待たせしました。麻酔は?」

 

「針を受け付けないので経口摂取で」

 

 中々僕が気絶しないからか口には交互に麻酔薬の瓶が突っ込まれていた。

 

「よろしい。では手術を開始します。亜人はやはりコレで斬るに限る」

 

 ふざけているのか。いくら王国では人権が無いとはいえ、これはありえない。

 まずい死んでしまう。どうしようアルビー。バッドエンドなんて聞いていない。生きたまま解剖されてしまう。

 そうだ。最期にヴィクトリアに挨拶をしよう。

 

『ヴィクトリア……さん』

 

『エリー! お前どこにいるのよ!』

 

『ごめん、僕……病院で手術を……ぁ……』

 

『ちょっと、ねえ──』

 

 麻酔を飲まされているからか、少しずつ意識が遠のいている。

 触手念話が維持できない。というか眼前に見せつけられる刃に思考が止まった。マスクをしていても医者が恍惚な表情を浮かべているのが分かった。

 

「美しい亜人だ。この肢体に我がメスを振るう時が来るとは。磨いていた甲斐があったものだ!」

 

 何がメスだ。鋸ではないか。

 完全に何もできなくなる前に戦うしかない。ゆっくりと拳を握った。その時だった。

 

「──お待たせしました。担当を変わります」

 

 手術室の扉が開き、男が入ってきた。

 

「なっ、ドクターラパン!? 何故ここに!?」

 

「何故? 医者が病院にいて何か問題でも?」

 

 僕の手術台を挟んで手術衣の男たちが向き合った。

 微笑みを絶やさない鋸使いの医者と、どこかクール然とした医者。手術衣を身に着けて互いの体格と目元しか見えないが、今のところは見守ることしかできそうにない。

 

「この患者は私が対応することになりました。ドクタースマイル」

 

「……聞いていませんが?」

 

「どこかで情報の伝達ミスがあったのでしょう。ドクターの腕が必要としているのはこの亜人だけではありませんよ。回復薬が効果を発揮しにくい体質のようだが傷は治りつつある。後は私の方でなんとかしましょう」

 

「む……、しかしこの患者の皮膚は頑丈だ。刃物を通さず他の亜人に比べて魔素抑制剤も効果が薄い。それに体内に滞った熱も尋常ではない。これはもうバシリスク鉱とミスリルの混合メスと点滴用の針でも無ければ……」

 

「問題ありません。こういう時に備えて既に用意してあります」

 

「……なるほど。連合指定医はやはり言うことは違いますな」

 

「冗談を」

 

 傷部分を消毒し状態を確認しながら、彼らは会話する。

 ……いや、寝ている僕を挟んで会話するなよ。腹立つ。

 

「ドクターの腕で笑顔にできる患者がこれから来る。そちらを対応して欲しい」

 

「相手は?」

 

「罪なき領民」

 

「……分かりました。こちらは任せますドクターラパン」

 

 スマイルと呼ばれた男が手術室を去る。そして残ったのはラパンと呼ばれた医者だ。

 僕の肢体をじっくりと見ていた彼は小さく呟く。

 

「さて……聞こえますか? 傷は酷いが大丈夫ですよ。必ず治しますから。……だからせめて点滴用の針を受け入れて貰えませんか?」

 

 目の前の医者ラパンを見上げる。こちらに向けられた照明が眩しい。

 

【触手解析】

 

 目が合う。

 アルビー。あなたの言った通りだった。僕が戦闘している間も収集していた情報、それと本人を前にして改めて解析した結果にわずかに力を抜く。

 

「ありがとうございます。少しチクッとしますね」

 

 針が刺さる。触手から何の文字列も表示されなかったので問題ないのだろう。

 麻酔で気を張っていた意識が薄れてくる。

 だから、ついポロリと言葉をこぼしてしまった。

 

「あなたがレイヴンだったんですか」

 

「……面白い冗談ですね。では、始めます」

 

 麻酔に沈む意識の中、ラパンの冷たい瞳だけが残った。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。