さて、ラパンこと亜人解放連合のリーダー、レイヴンとの話し合いである。
「その前に何故私がレイヴンと判断した?」
「視て判断しました」
「……視た?」
「あの時に得られた情報を元に解析して判断したところ、あなただと判明した」
嘘ではない。エドモンドとの戦いから離脱する際にレイヴンが加担してきた。
その際の情報。体格や声、レインコートの認識阻害魔法を突破して得た情報から、僕の中にいる夢アルビーが解析して導き出したのが彼の正体だった。
ただ、そんなことを話しても証拠にはならない。あくまで視たと主張するしかない。
「でも、それをわたくしが言うところに言えば証拠が無くても動くわよ。最近、憲兵団には貸しがあるもの。一度くらいの我儘は聞いて貰えると思うわ」
なので、弱い部分は悪役令嬢パワー、すなわち権力で補強する。
仮にラパンが亜人解放連合のリーダーだと通報すれば捕まえることは可能だろう。
ヴィクトリアの言葉に、ラパンは動じなかった。
「それで? 俺を通報するのか?」
「しないわ。わたくしの元婚約者の親友を憲兵塔に送るなんて気が引けるもの」
「……」
「今のところはね」
実は事前にヴィクトリアと話をした際に教えて貰ったことがある。
彼女の元婚約者である第二王子だが、その前の婚約者は第一王子のアルトだ。そしてラパンと、驚くことに憲兵団のマーティンもエリュシオン魔法騎士学園の同期らしい。
「昔はアルト殿下の右腕なんて呼ばれたお前がテロリストなんてね」
「勘違いするな。昨今の亜人解放連合を名乗るテロは全て、名前だけ借りられた別物だ。必要もなく母校を襲撃するようなことはしない」
「今日のことは?」
「それこそ、自称テロリストだと確認している筈だ。君の使い魔が傷つけられた原因は王立騎士団であり、その怒りを俺にぶつけられても困る」
「は? 別に怒っていないけど? 適当なことを言ったら通報するわよ」
そんな彼女たちのやり取りはどこか昔を知る者同士の気安い感じがした。
少しモヤッとした気持ちになりながらも、そのやり取りを見守る。
「調べたけど、過去にも亜人解放連合という組織はあったのよね。それはお前とアルト殿下が作り、教会に壊滅させられた」
「……何の話だ?」
「アルト殿下の婚約者だったもの。当時の手記は今も持ってるわ」
ゲームでは起きていない話だ。
僕の知らない間に色々と調べていたヴィクトリアは言葉を紡ぐ。時折、僕を見るのは分かりやすく教えようという優しさなのだろう。
「セレスタリア王国は、元々は親亜王国……亜人との仲は良好だった。ところが教会が王国に入ってきてからは徐々に関係が悪化して今に至る。お前たち、というよりもアルト殿下を中心にこの国を変えようとしていた。それをお前は今もしているのでしょう?」
「……そうだ。他国より拉致され、虐げられ続ける亜人の救済と、この王国にも亜人の居場所を作ることが俺とアルトの目的だった。失敗して組織は壊滅したがな」
なんというか歴史の裏側を知ってしまった気がした。
ゲームでは聞けない、貴重な話に頷いているとラパンが「それで?」と眉を上げる。
「通報したい訳でないのなら何の用だ?」
「エスメラルダ探しに協力しなさい。壊滅したとはいえ、それ相応の規模の亜人を隠せるような場所は知っているのでしょう? 長年に渡って教会や騎士団を欺けるような場所がブラッドブルグにもある。そこにいる可能性があるから教えなさい」
「……断る」
珍しくヴィクトリアが黙り込み、ラパンが患者に告げるようにゆっくり語る。
「君のことだ。対価は用意しているのだろう。だが、今はそれ以前の問題だ」
そっと赤い瞳が僕を見た。
「こちらの正体が漏れた以上、君の使い魔が勝手に通報しないとは限らない。考えていることも分からない以上、信用はできない」
なるほど。多少は関係性のあるヴィクトリアよりも僕が問題なのか。
これは困った。どういうべきかと考えて──
「エレノアは巫女よ」
「なに!?」
ラパンは驚いているが、僕も初耳である。
「正確には一部だけど巫女の能力を有しているわ」
巫女とは神の声を聞け、別の世界や未来を観測できる者のことだ。
過去に何度も干ばつや天災だけではなく魔王の出現も言い当てている。
ゲームでもその存在は薄っすらと語られていたが、登場することはなかった。
(まあ、僕にそんな能力は搭載されていないけど)
ヴィクトリアはそんなことは欠片も顔に出さない。
「そんな能力があればなんでもできるのに、わざわざ自分からわたくしの使い魔になりたいなんて言ってきたのよ。その力でわたくしは自身の危機を何度も乗り越えられた」
「……それで?」
「エレノアの行動原理はわたくしにあるわ。わたくしの敵なら殺すし、味方なら生かす為に行動する。今回の騎士団との衝突もその結果よ。単純な男……いや、女よ」
……別に行動原理がヴィクトリアに依存している訳ではない。
アルビーとの約束や、男に戻る為の都合で彼女を優先しているだけだ。自信に満ち溢れた顔をしているが、変な勘違いをしないで欲しい。
ラパンも何故かある程度の納得をしたのか、「なるほど」と呟いて頷いた。
「それに、お前の最終目的は親亜派の第一王女に王位を譲り、親亜王国にすることでしょう? あの第二王子ではなくて」
「ああ」
「だったら、その理由だけでも資金提供をしてもいいくらいね」
そういえば第二王子カリウスにはヴィクトリアの復讐がまだされていなかったか。
彼女の頭の中では壮大な計画があるのかもしれない。
まあ、政治的な話に興味はないので、彼らの会話に口は挟まない。
「資金の援助だけではなく、そちらのエレノアを戦力として貸与して貰うことは可能か?」
「その場合は要相談になるわね。身バレは絶対に厳禁よ」
「そこは上手くやる」
勝手に人の貸し借りの話をしているがエスメラルダの為に我慢しよう。
その後、条件や金額などの話、途中で部屋の外にいた看護師を呼んで契約書など、諸々の物を用意して貰った。
……会話は主にヴィクトリアとラパンで進むので、口を挟めなかった。
ずっとベッドで横になってお見舞い品を口にしていた。
「エスメラルダは恐らくまだブラッドブルグにいる」
「既に下水道や地下にも捜査の手が入ったけど今のところ見つからないわね」
「なら、別の空間にいるのだろう」
「……申請のされていない特殊なダンジョンでも存在していると?」
「ああ。そもそもエスメラルダは孤児院から移動していない可能性がある。地下室があるんじゃないか? そこから別の空間への入り口があるかもしれない」
「地下室……確か、あった筈よ。前にエスメラルダから聞いたもの」
「なら犯人として怪しいのは孤児院の院長だな」
そういえば、まともなご飯を口にしたのはいつだろうか。
エスメラルダはご飯を食べられているのだろうか。……それより、お腹が減ったな。もうお見舞い品は全て食べてしまった。
「それと……エレノア。そろそろ到着する頃だから」
「……何が?」
コンコン。ドアをノックする音に顔を見合わせる。
ラパンとヴィクトリアが返事をすると、大きな台車を押すセシリアが入ってきた。
「セシリアさん!」
「はわわ……エリーさんがボロボロだ。でも大丈夫だよ。たくさん料理を作ってきたから、これを食べて元気を出して」
ヴィクトリアの専属侍女は危なっかしい足取りで、しかし転ぶことなくベッドに備え付けられた机に料理を置いていく。
医者が苦言を言うかと思ったが。ラパンは料理を一瞥して頷いた。
「美味しそうだ。血液の補充と体力の回復はそれでいけるだろう。エレノアはそれを完食したらしばらく寝ていてくれ。恐らく今日中にエスメラルダを救出することになる」
「ラパン。勝手にエレノアに命令を出さないで」
そういうことなら食事に意識を割くとしよう。
どのみち空腹で話がよく分からなくなってきていたのだ。よく食べ、よく眠り、そしてエスメラルダを救出するために。
「今日のメニューはレッドホーンのステーキ、灰狼の骨髄スープ、ダークマッシュのソテーにクリムゾンベリーのワインです。骨髄スープは滋養強壮の定番。そこに私がアレンジを加えたエリーさん用のスペシャルメニューです!」
「美味しそう。……いただきます」
「どうぞ」
赤角牛は鉄分が豊富だが、そこに香草バターで焼き上げられている。スープはニンニクが食欲を促しつつ、一口飲む度にじんわりと身体を熱くする。
キノコのソテーはワインと一緒に味わうとスッキリとした味わいだ。
「美味しいです」
「たくさん作ったので遠慮せずに食べてね」
今は食べよう。あまり触手頼みではない食事による自然回復をしよう。
頭の動かすのはヴィクトリアに任せるのだ。
(……いや、本当にそれでいいのだろうか)
食事のおかげで頭が回る。
戦闘が触手のシステム任せで適当に戦った結果、どうなった?
ふとフォークを手にする腕を見る。
触手ごと斬り裂かれてズタズタに血塗れになった腕は、今は縫合されている。
もしも、最初からキチンと考えて戦っていたら、こうはならなかったのではないか?
そしてそれは、戦闘だけではない。こういう策略も知恵を絞っていたら?
適材適所という言葉がある。任せられることは任せるべきだ。けれども、それは僕自身が考えなくていい理由にはならないのでは?
ふと顔を上げると、僕が食事をしている最中も、ヴィクトリアとラパンは言葉を交わし続けていた。頭の良さそうな二人が、難しい単語を重ねて会話している。
そのことがなんとなく、心をざわつかせる。
食事の味を舌と胃で楽しみながら、耳はヴィクトリアとラパンの会話に傾ける。
……いや、やっぱりステーキに集中した方がいいかもしれない。
中途半端は駄目だ。本気を出すのは食べ終えてからにしよう。
「あとは、騒ぎにならないように陽動が欲しいのだけど」
「なら、王立騎士団がいる宿舎を爆破する。それでいいか?」
「ええ。派手にやって騒ぎを集めなさい。その時間でケリをつけるわ」
「……本当に分かってるのか? 俺は今──」
「構わないわ。王立騎士団もわたくしの復讐の対象よ」
「復讐?」
「ええ。──使い魔の敵は、わたくしの敵よ」
なんだか物騒な話をしているな、そう思いながら僕は五枚目の皿を空にした。