食事を終えて、ひと眠りする。
それで自然回復を体内に促しつつ、僕はヴィクトリアたちが話していた言葉を思い出す。
特殊ダンジョンは世界の理から外れた特殊な空間だ。かつての転生者が各地に遺した遺産だと言われている。
入口は分かりやすく洞窟や塔に存在しており、大抵は冒険組合が管理している。
そして最大の特徴としてダンジョンの奥にある核を制御できれば好きに内部構造や、モンスターの生成量や強さも調整できる。
つまり、やりようによってはテロの温床にもなる。
好きなタイミングで大量のモンスターを解き放てるのだから。
(孤児院の地下に隠された特殊ダンジョンがあって、エスメラルダはそこにいる……かもしれない)
それなら孤児院が焼失しても死体が出現せず、目撃情報が無いのも納得だ。
(でも、そもそも核ってそんな簡単に制御できないんだよな)
ゲームでも特殊ダンジョンを攻略した際に主人公のアジトにできたのは、主人公が『聖女』という特別な存在だったからだ。
他にも魔王とか転生者の血筋のみとか、核を制御できる条件は限られていた。
(もしかしたらグラウロスもそういう血筋かも)
ようやくラパンやヴィクトリアの考えに追いつけた気がした。
◇
寝ている間に準備が進んだらしく、起こされた時には既に孤児院跡地の前にいた。
「起きたか」
「……おはようございます。ドクター」
既に深夜。テロの影響で見回りは多いが、救急車の中だとあまり目立たない。
今日だけでもかなりの数の救急車が朝も夜も問わずに病院に運んでいる所為だろう。移動していても捕まることはなかったようだ。
僕の身体に触り、状態を確認するラパンは小さく頷く。
「問題なさそうだな」
「ええ」
「作戦は分かってるな?」
僕の目元にライトを当てながら、医者は確認してくる。
スーツ姿のラパンの言葉に思い出す。
一応、途中でヴィクトリアに起こされて作戦を聞かされた。
「……先手必勝。敵に次の行動を取らせる前に、僕が地下に突入して敵を皆殺しにする」
「正確に言えば、僕たちね」
救急車の中で凛とした表情で佇むのはヴィクトリアだ。
動きやすい恰好だが気品があり、一目見ただけで高貴な令嬢だと分かる。
「……ヴィクトリアさんが来る必要ありますか?」
「お前、わたくしが邪魔だと言いたげね?」
「いえいえ、百人力で頼もしいです」
じっとりとした視線に、慌てて頭を振る。
ゲーム知識のあやふやな情報に現地の魔法使いの知識が加われば、本当に特殊ダンジョンが存在しているかは分かるだろう。
「見つけ次第、合図を送る。王立騎士団のいる宿舎に仕掛けた爆薬を仕掛けてある」
「爆薬?」
「注意を引くには手っ取り早いでしょ?」
このメンバー……マッチポンプ医者と悪役令嬢とその使い魔が潜入すれば静かに解決できるのではと思ったが、ヴィクトリアは強情にも首を横に振った。
「何事にもケジメは必要よ」
そういうことらしい。
……まあ、王立騎士団には思うところがあるので問題はない。
寧ろ、その瞬間にわずかながら楽しみだと思ってすらいた。
◇
地下室は思ったよりも簡単に見つかった。
ヴィクトリアの指示で瓦礫を退かすと、地下に通じる扉と、その下に階段があった。
【触手暗視】
暗い室内だが、僕の視界は昼間のように明るい。
背後からヴィクトリアとラパンが脚を踏み入れて、ランプを周囲にかざす。
「これは……本当にあるのか?」
古びた大量の机やガラクタが脇に置かれ、壁際には本棚が置かれている。本棚には分厚い帳簿や古文書がみっちりと詰まっている。
他にも蝋燭立てや壊れた時計や家具などが床に転がっている。
「物置部屋にしてはそれなりに綺麗。埃も少ないから定期的に掃除されてたようね」
「その中でも足場にわずかに痕がある。……こっちだな」
ヴィクトリアとラパンが調査を進めると、部屋の奥に小さな机があった。
それも複数、同じタイプの机が置かれていた。
一つ一つの机の引き出し部分を開けてみるが、特に何も見当たらない。
……読みが外れたのだろうか。ヴィクトリアを見ると頭を振った。
「いや、この辺りよ。わずかに魔力の流れを感じるもの」
「だが幻覚魔法ではないな。恐らく正規の手順、たとえば合言葉や血のような物が無くては空間に接続できないのだろう」
「……エレノアならいけるわ」
急に無茶なことをヴィクトリアが言ってくる。
ラパンの訝し気な眼差しは理解できる。
だが、顎を逸らし、紫紺の瞳を輝かせる彼女は自信に満ちた笑みを見せた。
「なぜ分かる?」
「わたくしの使い魔だもの」
言外になんとかしろと言われた僕は吐息と共に触手を展開する。
どれか分からないなら、全ての机に対応する数の触手を刺していく。すると、僕の意識を読んだのか、夢アルビーが何かしたのか文字列が表示された。
【解析完了】
【TD-3953734:虚数次元に確認】【システムプロテクトを確認】
【システムへの強制干渉を実施しますか?】
できそうだと告げるとラパンは驚愕の表情を見せた。
「……君、使えるな。干渉するのは少し待て。合図を送る」
そうしてラパンは魔導通信機を取り出してどこかに連絡する。
──ドォオオオン!!
一瞬、身体の芯まで震えた。
深夜の空気を一新するような震動と爆発音が遠くに聞こえた。ふっ、と悪い笑みを浮かべたヴィクトリアが僕の肩を叩く。
きっとどこかの宿舎が吹き飛んだのだろう。悪役令嬢らしいと思う。なにより、あの王立騎士団がやられたと思うと気分は良かった。
「よし、今ね」
「──システムへの強制干渉を開始する」
触手が全ての机を貫き、その下の空間に穴を開けて入り込んだ。
視界には同時に緑の枠が表示され、触手がいくつもの壁に穴を開けて、その先の空間に到達した。
空間を支配する感覚。
その瞬間、目の前の空間が歪み長方形状の穴が生まれた。
「先制攻撃よ」
ヴィクトリアの言葉と同時に突き出した手からは光が放たれた。
それが何発も穴の奥に呑み込まれる。
雷魔法だ。重力魔法のようにかなり高等魔法の筈だが、いつの間に覚えたのだろう。
「覚える時間くらいあったわ。それよりいきなさいエレノア。皆殺しよ」
ぺしぺし、と僕の尻を叩いて先を促す主人に従う。
そんな訳で穴に入る。するとモンスターの群れが僕たちに襲い掛かってきた。すでに雷によって黒焦げとなったモンスターを踏み越えて突撃してくる。
「予想通りだが、数が少なくて助かる」
銃と剣を構えるラパンは一撃でモンスターを仕留める。
銃弾の一つも無駄はなく、振るう剣技は最適されたように無駄がない。
「……どうした? 見てるだけか? 傷が疼くか?」
「いや……」
慌てて僕も触手を……考えて振るった。
無駄に数を出さず、最小限の動きでモンスターを葬る。稼働率を落とさない。それだけを意識した。
その間に周囲を確認する。
建物内に脚を踏み入れて思ったのは、既視感だった。
「ここって……ブラッドベリー公爵家の実家?」
まさか転移でもしたのだろうかと焦る僕に、ヴィクトリアは頭を振る。
「装飾が全然違うわ。家具類も少し古いから……恐らく昔の実家を模したのね」
「なんでそんなことを?」
「──ここが私にとっての原点だからですよ」
僕の疑問に答える声は二階の回廊から聞こえて見上げる。
首輪を着けた複数人の魔族の子供たち。その中心にいるのは──
「ヴィクトリア叔母様! おじさま!」
「クフフ……おっと、近づかないで貰おうか」
天使エスメラルダを抱き寄せた男グラウロスだった。
「よく入って来られたな。有能な魔族ともなればこうも違うとは。羨ましいものだ」
「……グラウロスさん。せっかくだからいくつか教えて下さい。何故こんなことを?」
そう尋ねるとグラウロスは顔を歪めた。
「仕方なかった。エスメラルダ様を連れ去るつもりはなかった。ですが、彼女は私の副業を知ってしまったから……」
まるで同情や哀れみを誘うような声音だった。
いや、実際に泣いていた。
「魔族なんて誰も欲しがらない。子供故に肉体労働くらいしか使えず、教養もない。……でも、あなたのおかげで大きく変わってしまった」
「話を簡潔にお願いします」
「いいでしょう。あなたのおかげで魔族が他の貴族にも高値で売れるようになった。自分たちも灰の蛇のような魔族が欲しいと言う人が増えた。おかげで彼らの出荷先まで決まった。素晴らしいことだ。だと言うのに、エスメラルダに商談を聞かれてしまった。あの領主代行に告げ口し、やがてあの領主に話が届くだろう」
「それで拉致を。……じゃあ、何故、孤児院を放火したんですか?」
「彼女を連れ戻す際に憲兵や住民に気づかれたからだ。あとは……カッとなってしまってね。元々、いつかはブラッドベリーに反旗を翻すつもりだったから。準備はしていてもずっとズルズルと来てしまった。直感したよ。今日がその日なんだって」
「……それで? わたくしのお父様を裏切って、はした金を得て、どんな気分?」
僕の返答に引き継ぐ形でヴィクトリアが言葉を発した。
途端、グラウロスの表情は憤怒に変わり、エスメラルダを掴む手が強まる。
「黙れ……! 元はといえば、お前たち一族が先に私を裏切ったんだ! あれだけ尽くし、あれだけ業務に忠実に対応したのに、スラム近くの孤児院なんぞに私を出向させた! お前の祖父の代から仕えてきたのに、レナードと違って、臣下どころか執事にもなれなかった! 私のおかげでこの家は発展してきたというのに!!」
その慟哭は室内に響いた。
同時に、ヴィクトリアの嘲笑するような笑い声がそれを上書きする。「あらあら」と上品な微笑を浮かべると、
「自惚れるのはそこまでにしたら? お前が望んだ地位につけなかったのは能力ではないわ。この短時間だけどお前と話していたら分かったもの」
紫紺の瞳には確かな侮蔑を宿して、彼女は言った。
「お爺様がお前を臣下にしなかった理由って、その責任転嫁と腐った性根よ」