TS触手は悪女の使い魔   作:毒蛇

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第54話 奉納

「ああ……やはり、お前たちブラッドベリーの血筋はろくでもないな。能力主義で使えない他者は──!?」

 

「悪いが話が長すぎる。こういう時は結論だけ言え」

 

 ヴィクトリアの言葉に激昂するグラウロス。

 直後、エスメラルダを抱く腕がスッパリと斬り裂かれる。背後の死角を突いて繰り出した斬撃は、目に焼き付くような一閃だった。

 

「……私を守れ!」

 

 続くラパンの攻撃は、魔族の子供たちが身を挺して防いだ。

 裏切っていたのか、操られているのか。いずれにしても邪魔だ。

 

「エスメラルダさん、このままお持ち帰りしますね」

 

「おじさま!」

 

 同時にスルリとグラウロスの腕ごと解放されたエスメラルダに向けて僕は飛ぶ。

 華奢な身体を抱きしめた途端、彼女はスカートの中に隠し持っていたらしきナイフで僕の胸元を刺した。

 

「ちがっ、私じゃ……ッ!」

 

 ……いや、神聖魔法が付与されていないナイフでは僕のセクシーボディには傷などつかない。だがエスメラルダの顔は悲痛に染まり、そのまま自らの首にナイフを──

 咄嗟に触手でナイフを弾く。

 同時に、彼女が小さな舌を出して噛もうとした瞬間に首を叩いて昏倒させる。倒れ込む彼女を抱くと、柔らかな頬に一筋の涙が伝うのが見えた。

 

「……」

 

 後悔と苦痛に満ちた顔は、エスメラルダには似合わない。

 ──泣いている顔なんて見たくはなかった。

 身体の奥から何か熱い物が沸き上がるが、僕はゆっくりと深呼吸して抑える。

 

「運の良い奴だ。だが主人から離れていいのか? いけ、奴隷ども!」

 

 ラパンに、ヴィクトリアに魔族の子供たちが襲い掛かる。

 仮にエスメラルダが相手なら攻撃を躊躇したかもしれないが、相手はテロリストに悪役令嬢だ。

 前者はあっけなく斬り捨て、そして後者は周囲に電撃を放つ。

 魔法を浴びた魔族の子供たちはバタバタと倒れていき、小刻みに痙攣する。

 

「電撃魔法だと!? そんな高等魔法を……!」

 

「お前が能力不足を他人の所為にしている間、他の人間は前に進むのよ。まあ、わたくしは少し勉強したに過ぎないのだけど?」

 

 焦った様子でラパンの一撃に身体を抉られながらもグラウロスは叫ぶ。

 

「だが、所詮は魔法だ。お前の母親のように剣を使えなければ近づいて終わりだ! なにより、まだ終わってなどいない! 今から本気でいかせて貰う!」

 

 眼帯を剥ぎ取り、彼は赤い瞳を光らせた。

 途端、壁や柱が崩壊し、無数のモンスター……サソリや騎士に変貌する。

 

「ブラッド・スコルピオ! ミラージュ・ナイト! 時間を稼げ」

 

 召喚……いや、このダンジョンにモンスターを生成したのだ。

 既にダンジョンの核を掌握しているのだろう。

 ただ、複数のモンスターを前にしてもラパンは澄ました表情を変えなかった。全てのモンスターを斬り裂き、片手で構えた自動小銃でグラウロスに着弾させた。

 

「数だけ揃えても無駄だ」

 

「……医者風情がッ! だが準備の為の時間稼ぎにはなった。──変形だ!」

 

 地面が揺れる。空間に罅が入るのが見えた。

 床や階段が崩れ、ガラスが割れ、天井が落ちる。ブラッドベリー家の実家を模した建造物が壊れていく。

 建物ごと僕たちを潰すつもりだろうか。僕はヴィクトリアとエスメラルダを抱きかかえて屋外に脱出した。目端にはラパンも外に出たのが見えた。

 

「いや、ここは外なのか……?」

 

 一面が黒い空間だった。屋敷の窓から見たのと同じく景色も空もない。

 陽光は差さず、残っていた街灯や建物の明かりは崩れていく。

 

「エレノア! 飛びなさい!」

 

 崩壊は建物だけに及ばない。

 庭を始めとした地面が崩れ去り、全ての足場が無くなる。ヴィクトリアの指示で空を飛ばなかったら、あるか分からない空間の奥底にまで落ちていただろう。

 崩れ落ちる瓦礫や建物が集い、龍の形へとなっていく。

 目は赤い水晶。翼は鉄骨や瓦屋根が混ざり合うのを見ていると、ラパンの声がした。

 

「──エレノア! 撤退だ! エスメラルダとヴィクトリアを連れて撤退せよ!」

 

 瓦礫の龍の脚にラパンが飛びついていた。同時にグラウロスの声が聞こえる。

 

「馬鹿め、入口は既に閉じた! お前たちは二度と元の世界には戻さん!」

 

 瓦礫の龍が口と思わしき場所から大量の瓦礫が吐き出される。

 鉄骨やガラス、水、建造物を構成するそれらが熱を帯びて吐き出されるのを、僕はヴィクトリアを背負って飛翔し、ラパンは器用に龍の脚から背中に飛び乗って回避する。

 

「あんな龍、見たことないんだが」

 

「……あれはたぶん、ルイン・ドラゴンね」

 

「知ってるんですか?」

 

「当たり前よ」

 

 僕の背中に抱きつくヴィクトリアが囁く。背中に柔らかい感触がする。

 だが、今はそれどころではない。

 エスメラルダを正面に抱き、もう片方の手で背負ったヴィクトリアの尻を掴む。柔らかい。同時に頭を叩かれる。

 不安定な状態だが、触手で彼女たちを捕まえ、姿勢を制御しつつ空中を飛翔する。

 

「正確には伝説上の怪物ね。お前の名前と同じよ。伝承上には存在するけど、本当にいたかは疑問が残る。……それをあの男はこのダンジョン内で再現したようね」

 

 振り下ろされる巨大な前足を指の間をすり抜けるように回避する。

 こちらに飛んでくる瓦礫をヴィクトリアが爆破して活路を切り開いてくれる。

 

「伝承ではあらゆる瓦礫を呑み込んで、モンスターを生み出し続けるとされるけど……ちょうどラパンが対応しているわね」

 

「本当だ」

 

 眼前では、ルイン・ドラゴンの背中に大量に生じたモンスターに襲われていた。

 それでも平然とした顔で斬り抜ける姿は、流石はテロリストなだけはある。

 

「……つかまって!」

 

 翼を広げてこちらに飛翔する瓦礫龍に、何か嫌な予感がした。

 案の定、四足歩行のような見た目なのに擦れ違う瞬間に殴ってくる。

 同時に大量のモンスターを弾丸のように打ち出してくる。戦う前に、あの勢いに衝突されるとヴィクトリアたちが粉砕されかねない。

 

「あまり時間はないわ。ラパンに隙を作らせるから、エレノアが決めなさい」

 

「了解」

 

 とはいえ、どこを狙うべきか。

 ヴィクトリアとエスメラルダをおんぶにだっこの状態で、攻撃は触手任せになるだろう。接敵する度にブレスと翼の一撃を避ける。

 そんなことを何度か繰り返していた時だった。

 

『──聞こえてるか?』

 

『……ドクター?』

 

 突然、僕の脳内にラパンの低い声が聞こえてきた。

 情報伝達魔法だ。ヴィクトリア以外にも王国で使える人間がいたのか。

 

『邪法扱いされて取得を禁じられているが、この魔法はこういう時には便利だからな。それよりもそろそろ限界が近い。次に接敵する時に強制的に隙を作るから、お前は奴を仕留めろ』

 

『伝承ではどこが弱点なんですか?』

 

『目だな』

 

 空を旋回する瓦礫龍の赤い目。

 よく視ると、瓦礫を透過してグラウロスの姿を確認できた。

 

『見つけた。ドクターは隙をお願いします』

 

『よし、頼むぞ』

 

 瓦礫龍が翼を広げて突撃してくる。大量の瓦礫が浴びせられる中、僕はヴィクトリアとエスメラルダを触手で守りながら接近する。

 

「ちなみにヴィクトリアさん」

 

「なによ」

 

「僕は僕の名前の元ネタを知らないんですが、あのドラゴンより強いですか?」

 

「さあ。神すら恐れる混沌なんて言われていたらしいけど……そんな曖昧な物よりも、わたくしの使い魔である時点で、お前が負ける訳ないでしょ? 自信を持っていいわよ」

 

 挑発というか確信に満ちた声音に、僕は笑うしかなかった。

 それで十分だった。

 

「その通りです」

 

 何度目かの接敵。擦れ違う寸前で爆発音と共に首元に大きな穴が開いた。

 ラパンの銃だ。自壊したようだが凄まじい威力だ。わずかに瓦礫龍の勢いが衰えるのを確認して、僕は全力で瓦礫龍の目に突撃する。

 触手を束ね、瓦礫を破壊して中に侵入する。場所は見えているので一直線だ。

 

「……ッ、これが灰の蛇……だが……ッ!」

 

 いくつかの障壁を壊し、再び出会ったグラウロスは驚きながらも、笑みを見せる。

 従えていたモンスターを僕に解き放つも、全てを触手で斬り裂く。

 これで護衛はいない。応援は間に合わない。

 触手を振るう。これでグラウロスの首と胴体を──

 

「『止まれ』!」

 

 グラウロスと目が合う。その言葉に僕は──脚を止めた。

 

【システム強制停止コマンド確認】

 

 触手が硬直する。身体の全てが止まる。

 

「終わりだ」

 

 ヴィクトリアが僕を呼ぶ声が聞こえる。起きたのかエスメラルダの声も。

 だが、その声が遠くに感じる。

 グラウロスが振るうナイフや、遅れて入り込んできた瓦礫のモンスターが接近してくる。

 だが、それ以上に目に見える世界がゆっくりと、遅くなっていく。

 

(あの目だ。あれは……)

 

 たぶん、転生者が所持している特遺物だ。要するにチートな武器の類だ。

 

(身体が動かない。これで魔族やエスメラルダさんに言うことを聞かせたのか)

 

 このままでは二人を守れない。

 あと一歩足を踏み出すだけだ。それで全てを終わらせられる。だけど、その一歩が無限にも感じられる。

 手に、触手に、脚に力が入らない。

 

【眼球・聴覚経由でウイルス検知】

【緊急解析完了】

【不正検出プロトコル】【不正コード検索中】【検索完了】

 

(アルビー……見てるか? あんたが作ったシステムなんだ。いけるだろ?)

 

【システム補正を不要と判断】

【システム解凍】

 

 世界を置き去りにする勢いで文字列が表示され、ゲージが加速する。

 その瞬間、僕はグラウロスが持つ目──義眼の正体を理解した。

 そして同時にあの義眼は絶対に手に入れなくてはならない衝動に駆られた。

 

「『服を脱いで武器を放棄』……いや、『今すぐ死ね』!」

 

 グラウロスが叫ぶと赤い瞳が怪しく光る

 あの目を見たまま、その命令を受領したら常人なら聞いていただろう。

 

【逆位相干渉回路:展開】

 

 だが、もう僕に効果はない。

 全身の肌を伝う青白い回路が光を放ち、周囲を明るく照らし出す。

 

「バカな!? 何故動ける!?」

 

「……催眠系の義眼。人はもちろん、モンスターにまで効果を及ぼす」

 

「なぜそれを……!?」

 

「この街の住人だけじゃない。魔族の子供や、僕の天使にも使ったな?」

 

 きっとエッチなことに使ったに違いない。僕だったらそうする。

 つまりこの男は死に値する。

 一歩踏み出す。

 それで僕はグラウロスとの距離を詰めると、彼の目に指を突っ込む。

 

「ぎゃああああああッ──?!!!」

 

 義眼を引き抜いた瞬間、世界が震えた。

 触手が勝手に動き、それを呑み込む。理屈じゃない──これは、本能だ。

 僕の体内で義眼が消失するのを感じた。これで世界から一つ、不正利用されていた特遺物を返還させた。

 送り先は本体だ。イシュナーガ・オムニティス。

 虚数次元を越えた先、深淵次元にいる僕の──本体。

 

「エリー!」

 

 耳元でヴィクトリアに叫ばれた。ハッとする。

 今、どこかと繋がっていた気がする。なんだったのだろうか。

 

【奉納確認】

【本端末が代行者認定されました】

【一部フィードバック対応】

 

 気がつくと視界に色々と文字列が表示されているが、今は先にすることがある。

 義眼を失ったグラウロスは芋虫のように地面を這っている。

 触手で捕まえて、目の前に持ち上げてから確認する。

 

「グラウロス。教えろ。特殊ダンジョンの核を動かせるのは、義眼のおかげか?」

 

 首を掴み、揺さぶるとグラウロスは答えてくれた。

 

「私の先祖が……ダンジョン創設の転生者だったらしい。その血筋だろう。義眼は……教会が私に授けてくれたものだ。仕方なかったんだ! 私は悪くない!」

 

「だが選んだのはあんた自身だ。人の所為にしてんじゃねえぞ」

 

 そう言うとまるで被害者だとばかりに僕を睨みつけてくる。

 片目を失ったのに元気だと思っていると、ヴィクトリアが口を開いた。

 

「グラウロス。お前のダンジョンを操る権限は他の人に移譲できる?」

 

「お、おお……ヴィクトリア様、どうか私に寛大な──」

 

「答えなさい。できないならわたくしが殺すわ」

 

 僕の首元から猛烈な怒気を込めた言葉が発せられる。

 どんな顔をしていたかは想像したくはないが、グラウロスが悲鳴を上げた。

 

「……そ、そんな前例はない! むり、無理だ!」

 

「ふうん。ねえ、エレノア」

 

 甘い声色がぞくりと耳元をくすぐる。おねだりでもするような口調で、

 

「お前の触手なら、もしかしたら奪えるんじゃないの?」

 

 悪魔のような質問だった。

 しかし、できるのだろうか。

 

「まあ、やってみますか」

 

「やめ──」

 

 触手を頭に突き刺す。この際だから僕はグラウロスから全てを巻き上げることにした。

 使える物は多く持っておいた方が良いだろう。

 特殊ダンジョンは制御ができるなら恩恵は大きい。定期的にモンスターを生じさせる。つまり魔石や資源を作り出すことができる。

 それらはブラッドブルグで被害を受けた住人に還元するべきだろう。

 

「おっ!? おっ、おー……」

 

 グラウロスは白目を剥いて、ぐったりと力を失った。

 

「……無理っぽいですね。でも核を直接弄ればできるかも」

 

「持ってきたぞ」

 

 ラパンが合流してきた。軽傷らしき身体で抱えるのは握り拳サイズの赤い魔石だ。

 

「どのみち、これをどうにかしないとこの特殊ダンジョンからは脱出できない」

 

 放り投げてきたそれを受け取って、触手を突き刺す。

 

【システム掌握完了】

 

 思ったよりも簡単にいけた。

 この空間に入り込む際に色々とやっていたからなのかもしれない。

 

「なら、とりあえず脱出しましょう」

 

 ヴィクトリアの言葉に逆らう者は誰もいなかった。

 

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