一連の騒動はエスメラルダが無事に戻ったことをブラッドベリー家が公表して終わった。同時に主犯であるグラウロスは処刑された。
義眼の件は伏せられ、すべては扇動家グラウロスの洗脳ということにされた。教会や商会を襲った者たちは罪を免れ、事件は幕を閉じた。
「……では検査は終了だ。一晩で完治とは凄まじい身体だな」
ラパンは医者だがテロリストだ。
今回は関わったが今後は近づきたくはない。勝手に革命でも起こしていて欲しい。
「じゃあ、お世話になりました。またどこかで」
「ああ、次に会うなら王都だな」
「え? でもドクターはここの医者では?」
「俺は連合医と言って、特別にアルト医連に属している院の全てに籍を持つ。特定の患者はエスメラルダくらいだから、いつでも王都に行ける」
「……ああ、そうですか」
「嫌そうな顔だな」
「テロリストが王都に来ると聞いて良い顔をするのは同類くらいでは?」
「そうは言うが、あれだけ堂々と王立騎士団に歯向かった奴に言われたくはないな。あの一件で君は間違いなく団員に反感を買い、覚えられただろう。王都では気を付けるといい」
「宿舎ごと爆破させた人が何を言ってるんですかね」
「王国の癌だ。問題ない。それに君の主人も賛同したが?」
「それは……」
教会には既に騎士団の大半が送られており、聖女と共に治療に追われている。おかげで、今回の件に教会が何かをしている余裕はなかった。
寧ろ、病院の方に一部の団員の治療を依頼してきたくらいだ。
今回の件で僕の邪魔をした王立騎士団とエドモンドにはブラッドベリー家が厳重に抗議したらしい。王家への製薬関係の取引を打ち切り、新聞社も救出依頼を受けた灰の蛇が魔族だからという理由で攻撃されたと王国中に広めたらしい。
これで帝国からの侵略を防いだことでの凱旋パレードは中止も検討されている。
「まあ、検討するという声明を出すだけでパレードは決行するだろう」
「……今度はそのパレードを襲撃するとか?」
「勘違いして貰っては困るが、俺たちはテロリストではない。亜人が明日を夢見ることができる国家を創る。少なくとも奴隷制は破棄させる。その為の邪魔をするなら容赦はしない」
それはつまり……いや、いいや。
僕の知らないところで勝手にやっていて欲しい。
そんな訳で僕は退院した。傷は完治した。それどころか──
【触手機関:稼働率70%】
少しだが稼働率が上昇していたのだ。これには驚きである。
心当たりがあるとすれば、あの義眼を触手に収めたことで生じた現象だろうか。あの瞬間、僕は別の何かと繋がったと思う。
モンスターとは格が違う存在。そこで義眼を回収され、そのお礼に少し回復して貰った──ということなのだろうか。
(まあ、考えてもしょうがないけど)
アルビーは肝心な時に夢に出てこない。
聞けば何か分かったのかもしれないが、そもそも教えてくれるかは微妙だ。
まあ、あとは数日過ごしてブラッドブルグを去る予定だ。
◇
事件は退院のお祝いに大量の料理を食べて、一人で浴槽に浸かっている時に起きた。
タタタ、という足音と共に少女が駆け込んできた。
「おじさま! 改めまして退院、おめでとうございます」
「エスメラルダさん!?」
「私も入るから背中を洗わせて」
「えっ!? 僕が洗われるんですか!? 洗うんじゃなくて?」
「だめ、かな……?」
「いいですよ!」
彼女は今回の件で、しばらく外出が難しくなった。領主代行であるクリストファーの命令だ。しばらくは家で大人しくして欲しい親心なのかもしれない。
だからこうして体力と気力が有り余った結果、病み上がりの患者に突撃してきたのだろう。……誰も止めなかったのだろうか。
「少し話がしたくて。侍女でしたら入口に待機させました。邪魔は入りません」
「……そうですか」
何を遠慮する必要があるのだろうか。
天使であるエスメラルダに洗って貰えるのだ。断るなんてありえない。
いや、もちろん彼女に対して邪な気持ちになることはありえないが。男のアレも無い以上、勃つ物は心の中の男だけだろう。
何より彼女が話をしたいと言っているのだ。拒否はありえない。
「わあ。おじさまの肌、綺麗だね」
「ん……くすぐったいですよ」
「あ、ごめんなさい。人の身体を洗うなんてヴィクトリア叔母様しかしたことがなくて」
「謝らないで。強めにやっても問題ないから」
ペタペタと僕の肌を触ってくる少女。
わー、と無邪気な声音が僕の耳をくすぐる度に口元が緩む。
(アルビー見てるか? ……いや、見なくていいや)
背中や腕を指でなぞられながらも僕は気合で耐える。おじさま、と呼ばせた以上はエッチな気持ちになんて、絶対にならないのだ。
余裕の表情は崩さずに、平然とした顔でエスメラルダの奉仕を受ける。
「それで、どうして僕の身体を洗うことに? 罰ゲーム?」
「そんなことをする方はいません。いたら許さないもの。これはヴィクトリア叔母様が教えてくれたんだ。私がこうするとおじさまが喜んでくれると」
「…………」
こういう時、ヴィクトリアに文句を言うべきだろうか。
彼女は僕のことを何か勘違いしていると思う。
いや、仮にも使い魔だから余計なことは言わずに感謝した方が良いのだろう。
「加減はどう?」
「よきかな」
悪役令嬢の囁きに惑わされた哀れな天使の手が僕の肌を撫でる。
僕のセクシーボディに興味を示しつつも賢明に洗おうとする姿はたまらない。
(もう女でいいんじゃないかな?)
そんな思考がふっと頭を過ぎって、思わず僕は頬を叩いた。
初志貫徹。
確かにエスメラルダとの混浴は素晴らしいが、しかし目的を見失ったら終わりだ。
(あれ? でも、エスメラルダさんは僕が男って信じてくれたんじゃ……)
嘘だったのだろうか。
『男を気取っててキモいんですけどー』とか侍女に陰口を告げているのだろうか。
「お、おえ……」
そんな胸糞な光景に思わず胸元を抑える。
「だ、大丈夫ですか? 傷口が開いたとか……」
「だ、大丈夫です。交代。交代しましょう! ヴィクトリアさんにも背中洗いだけは褒められたので安心して下さい」
暗い考えは僕には似合わない。ポジティブなのが僕の良い所だ。
そう言ってくれたアルビーの言葉を思い出す。そうだ、別のことを考えよう。
エスメラルダは良い天使だ。ヴィクトリアのような悪役令嬢ではない。
「と、ところで、退院前にクリストファーさんが頭を下げに来たんですよ」
今回の事件の後始末で忙しいだろうに、時間を縫って病院にまで来てくれた。
正直に言って、頭を下げられたことよりもヴィクトリアの驚いた顔の方が印象深いものだった。
「お父様が……いえ、それよりも改めて、おじさま。今回はご迷惑を──」
頭を下げようとするエスメラルダの肩を掴んで押さえる。
「掛けられてませんが? 変な遠慮とかいらないので。友達じゃないですか。なにより僕がエスメラルダさんを探したくて頑張っただけなので」
「おじさま……」
「本当に見つけられて良かった」
たとえゲーム本筋には関係なくても。
ヴィクトリアの学園生活卒業や、僕の目的に関係なくても。
こんな天使のような少女が、あんな魔族の手に汚されることは決して許せない。……殆ど僕自身の個人的な感情で動いた結果なのだ。
その後、エドモンドとの戦いに関しては僕自身の落ち度であり、課題でもある。
「おじさま。その、騎士団の方々と衝突して斬られたって」
「え? まあ、ちょっと。いや、もちろん、僕の方が強かったけど? それに入院って言っても一晩で退院できるくらいなんで大したことはありませんが?」
傷は一つも残っていない。
エスメラルダも問題ない。少しテロリストと関わったくらいでハッピーエンドだ。
「……おじさまがヴィクトリア叔母様の為に頑張っているの、知ってるよ。でも、あまり無茶はしないでね。おじさまが血を流すことに、ヴィクトリア叔母様は良い顔をしないし、怒らせると怖いから」
鏡越しに僕とエスメラルダは見つめ合った。
可憐だが、意思のある凛とした眼差しが僕を見つめる。
「……じゃあ、まあ、傷つかないように華麗に戦って勝ちますね」
「そうだね。私もおじさまの恰好良いところ、もっと見たいな」
◇
さて、そんなご褒美もあったが、気がつけばブラッドブルグにも長く留まったと思う。
ヴィクトリアの荷物も僕の触手に収納したので後は飛ぶだけだ。
ちなみに僕も普段の衣装に加えて、ハット商会で購入した予備のマントを身に着けてる。
「じゃあ、行くわ」
行きは車でここから来たのに、帰りはヴィクトリアの実家から直接飛んで良いらしい。特別扱いという奴だろうか。
エスメラルダだけではなく、なんとクリストファーも見送りに来てくれた。
「また来てくれ」
「……ありがとうございます」
言葉は少ないが、交わした握手は力強かった。
それからヴィクトリアともいくつか言葉を交わしている最中に、エスメラルダが『おじさま』とかわいい声で手招きしてくる。
なんだろうかと口元に耳を寄せると、
「もし、ヴィクトリア叔母様との契約が切れたら、私と契約しない?」
堕天したような甘い声音で囁かれた。
甘美な言霊がじんわりと脳髄に届くのを感じながら、僕は微笑を見せた。
「……いつでも呼んで下さい。どこにいても、必ずあなたに会いに行きますから」
結構、かなり懐かれた気がする。
目を閉じて何かを待つ彼女の額に口づけして、僕はヴィクトリアをおんぶする。
何か言われる前に、僕は飛翔する。
あっという間に二人や周囲にいた使用人たちの姿が遠ざかって行く。
「おじさま!」
「──元気でね」
徐々に速度を上げていく。
ふと、ブラッドブルグの領都を見ると歓声が上がった。なんだろうかと視線を向けると冒険者たちや村人が頭上を見上げ、僕たちに手を振っていた。
見送りだろうか。だとしたら随分と盛大だ。
外壁ではブラッドベリー公爵家の騎士団たちが大砲を上空に向け、空砲を放った。ドラゴンライダーが操るドラゴンが上空に炎を上げ、僕たちはその間を通り抜ける。
「ヴィクトリアさん」
「なによ」
「……ブラッドブルグって、いいとこだね」
きゅっと首に回った腕が絞まる。
ふ、と小さく笑う声が機嫌良さそうに耳元で言葉を紡いだ。
「当たり前じゃない。だって、わたくしが生まれ育った場所だもの」
風を切る。
彼女の言葉を胸に、僕たちは王都へと向かうのだった。