TS触手は悪女の使い魔   作:毒蛇

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第8話 仮契約

 柔らかく、温かい口づけ。

 

 あまりに唐突な出来事に僕は固まった。少し遅れて状況を理解する。

 初めてのキスをヴィクトリアに奪われた。……いや、これはそういう行為じゃない。契約の儀式だと知っている。だが、心臓が跳ねるのは止められなかった。

 

「全員動くな! 武器を捨てろ! 王立憲兵団である!」

 

「待て! そこで何をしてる!?」

 

 怒号を上げて大広間に入り込んできた憲兵団。

 こちらを見て目を丸くし、ざわめきが大広間を揺らした。

 

 ──ここまでおよそ触手時間一秒にも満たなかったと思う。

 実際はすぐに唇を離したヴィクトリアはふいっと顔を背けた。その横顔に反応や声を掛ける前に視界の一部に変化が生じた。

 

【外部接続確認 保留/承認】

 

 彼女のキスが原因で発生したのだろう。

 悩む時間は無かった。

 すぐに【承認】の方に視線を向けると急に身体が熱くなる。同時に視界の隅に無機質な文字が浮かんだ。

 

【使い魔プロトコル:全制限適用中】

 

 使い魔プロトコルという文字列が表示されると同時に、熱を太腿付近に感じた。合わせて視界上に出現したゲージが右端に伸びていく。

 

「……身体のどこかに紋章は出た?」

 

「これですか?」

 

 漆黒のドレス、その深いスリットから覗く白く艶めかしい脚に目を向ける。

 太腿部分に青白い光が奔り、何かの模様がゲージの増加に合わせて構築される。やがて完成したのは螺旋状の曲線や直線を絡めた謎の幾何学模様だ。

 

「……ふうん。そうなるのね」

 

 どこか興味深そうに紋章を見た彼女は、既に抜刀し僕に近づいてくる憲兵を睥睨する。

 

「お前、名前は?」

 

 小声だったがよく聞こえた。

 

「エレノア。エレノア・オムニティス」

 

 そう名乗るとピクリと柳眉を揺らすヴィクトリアが、やや早口で告げる。

 

「いいこと、エレノア・オムニティス。仮とはいえ、今からお前はわたくしの使い魔よ。わたくしの命令は絶対に聞きなさい。そうすれば助けてあげる」

 

「……分かりました」

 

 とりあえず、背中の触手をなんとかしろとの言葉に僕は素直に従う。

 とはいえ、普通の人間は収納される触手を見ても警戒は弱めない。それどころか、鋭い眼光と共に抜いた剣の鋭く光る尖端を見せられる。

 

「う、動くな化け物! 両手を上げて這いつくばれ!」

 

 それを無視するようにヴィクトリアは僕と憲兵の前に立ちはだかる。

 

「這いつくばれですって……?」

 

 圧倒的な存在感と共に爛々と紫紺の瞳が輝いている。その横顔に見えるのは怒りだ。

 

「こちらの台詞よ、この下郎が……!」

 

「なんだと……!」

 

 血気盛んな憲兵がヴィクトリアに剣の先端を向ける。

 丸腰の令嬢を相手に武器を向けたのだ。こちらも反撃しなくてはと思ったが、直前の彼女の言葉を思い出して堪える。

 ヴィクトリアは剣を向けられても表情を変えない。その姿は悪役令嬢然としている。

 感心する僕を他所に、彼女はただ大きく声を張り上げる。

 

「マーティン・グレイヘイブン! わたくしと、わたくしの使い魔エレノア・オムニティスの一時保護を求めるわ!」

 

 その声はよく響いた。

 

「……君が私に保護を求めるとは珍しいな」

 

 抜刀していた憲兵のすぐ背後に、部下を数名引き連れた男が寄って来た。

 端正な顔立ちに茶色の短髪。赤色の鋭い眼差しの男は憲兵団の制服を整然と着こなし、威厳を漂わせていた。

 

「大隊長!?」

 

 抜刀していた憲兵たちが敬礼を取る。

 それを冷たい眼差しで見やるマーティンという男はボソリと呟く。

 

「我が隊には丸腰の令嬢と武装解除した使い魔に対し、武器を向ける者がいたのか? 新兵として礼節から教え直す必要があるか?」

 

「い、いえ……」

 

「ここは私が対応する。君たちは他の生徒たちの対応をしろ」

 

「は、はい!」

 

 彼の言葉に憲兵たちは僕を見て──何も言うことなくその場を立ち去った。

 

(マーティン……知らないキャラだな)

 

 ゲームの方では登場しなかったがモブとか脇役なのか。

 これでただのNPCなら驚きである。

 

「彼女たちは私の方で取り調べを行う」

 

 マーティンが連れていた部下にそう命じた直後に近づいてくる。

 

「エレノア・オムニティス、だったか。単刀直入に聞こう。彼らは……」

 

 歳は二十を過ぎているのだろう、赤い双眸を細めて僕を見降ろす。

 

「君が殺したのか? 先ほど背中から生やしてみせた……魔手で?」

 

「彼ら? 生徒のことなら違いますが」

 

「では、テロリストを?」

 

「ええ」

 

「全員か?」

 

「一応、生きているのもいます」

 

「ヴィクトリアの使い魔には先ほどなったのか?」

 

「はい。……あっ、や、えっと」

 

 咄嗟にヴィクトリアを見ると何故か顔を片手で覆うと天井を見上げた。

 ……今のは、ひっかけだから仕方がない。巧妙な罠だ。

 それとも今の場面は堂々と嘘を吐いた方が良かったのか。

 

「なるほど。そうか」

 

 マーティンは僕の返答に対してずいぶんとあっさりしていた。

 殺人罪とかで逮捕だ! とか手錠を掛けられることもない。相手はテロリストで、ヴィクトリアは公爵家。なんとかなるかもしれない。

 

「ヴィクトリアの使い魔にしては素直だな。だが、話は聞かせて貰う。いいな?」

 

 チラッとヴィクトリアを見ると金髪の美貌の持ち主は小さく鼻を鳴らした。

 なんて態度だ。それでこそ悪役令嬢だ。

 なので「ええ」と返事をすると同時に、ヴィクトリアはそのまま他の憲兵に捕らえられて気絶した黒ずくめの男を指す。

 

「土産よ」

 

「ああ、協力に感謝する」

 

「王国民として協力するのは当然のことよ」

 

 およそ悪役令嬢らしくない言葉を放つ彼女に目を向けるが、その表情はあくどい物だった。ニコリと笑みを浮かべているが、目は何も笑っていない。

 

「あれを捕まえるのにこちらは苦労したのよ。その辺りも考えて下さる?」

 

「善処しよう。それと……」

 

 ゆっくりとマーティンが外套を脱ぐ。

 黒くカッコいいコートを手に取り、そっと僕の背中に羽織らせる。

 

「申し訳ないが少し肌を隠して欲しい。同僚たちの目の毒になる」

 

 実に紳士的でスマートな対応だった。

 洗濯されている物なのか汗とか血の匂いもしない。清潔で素晴らしい。

 男に優しくされても別に嬉しくは無いのだが、理由も相まって少し戸惑う。

 

「……この服、変ですか?」

 

「いや、そんなことはない。やや露出が多いが君によく似合う」

 

 なら、良いのだ。分かっているではないか。

 これでもお気に入りのデザインなのだ。当時アルビーと働いていた研究員たちが休憩中のコンペで採用したのを再現した物なのだから。

 もしも変だと言われたら、僕はカッとなって何をしていたか分からない。

 

「では場所を移そう。取り調べに、ここは使えそうにない」

 

「それなら応接室が空いているでしょうから使用を許可するわ」

 

「君が許可するのか」

 

 ヴィクトリアたちのやり取りを見ながら、僕は外套を羽織り直す。

 とりあえず戦闘は終了した。

 幸運なことに、ヴィクトリアの使い魔にもなれた。結果良ければ問題はない。

 

(……本当に?)

 

 応接室に移動している最中、身体の奥が少し熱っぽい感じがした。

 戦闘で疲れたのかもしれないが、今はそんなことを気にしている場合ではない。

 

(……アルビー)

 

 ──これからどうすればいいんだろう。

 まったくの無計画。この後の流れも聞いていない。

 ここまで全てがアドリブで動いた結果だ。これからもアドリブなのか。どうしたら良いのかとジワジワと不安が胸中に押し寄せて来た時だった。

 

【触手:停止】【熱過負荷状態】

 

 戦いが終わったと思ったからか急に身体が熱く、重くなってきた。

 

「うッ……!?」

 

 ぐらり、と身体が揺れる。

 平衡感覚を失う。耳鳴りがする。急激に体温が上がった。熱い。まるで風邪をひいたかのように頭がぼうっとしてくる。

 誰かが僕の身体を掴むのを感じながら、世界が暗転した。

 

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