ドラゴンズクラウン、始めました   作:店頭価格

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2・集う星たち

 メルティとロニ。二人の出会いは、魔物たちの襲撃によって放棄され廃墟と化した街の中だった。

 

「くぬっ、くぬっ、くぬぅっ――ふんぬーっ!」

「……何やってんだ、アイツ?」

 

 未だ巣食う多くの魔物たちと、街の住人や貴族たちが残していった財産。自称盗賊のロニは、魔物たちの目を掻い潜りながら火事場泥棒よろしくあちこちの廃屋に残る小銭を拝借していく途中で、貴族の屋敷らしい大きな建物の扉を相手に悪戦苦闘をするエルフの少女を発見する。

 動き易さを重視した、皮鎧と布の軽装。大きな三日月形の弓をたすき掛けにし、腰へと横向きに取り付けられた矢筒には見る限りで二十本近い矢が込められている。

 すぐには接触せず、物陰に隠れてしばしその少女を観察するロニ。憲兵や国の抱える騎士などには見えないが、同業者でもなさそうなので警戒は怠らない。

 

「ぜひぃー……依頼の人が言ってた、街の東にある黄色の屋根の大きな家ってここだよねぇ。蹴っても壊れないし……うーん、どうしよ」

 

 大きく息を吐いた後、腕を組みながらその場で悩みだす少女。頑丈な作りをした金属製の扉なので、少女の細腕で破壊する事はまず不可能だろう。

 どうやらこの屋敷で篭城でもしていたようで、二階も含めた窓の部分には侵入防止として魔法を使ったのか大きな岩が隆起しそこからも入れそうにない。

 

 貴族の屋敷を漁るついでに恩を着せれば、囮程度には使えるか――

 

「――その扉の鍵、開けてやろうか?」

 

 言葉の端から推測するに、なんらかの依頼を受けてその屋敷の中に用があるらしい素人丸出しの動きをするエルフを、ロニは組みし易いと読んで背後から声を掛ける。

 

「ふんっ」

「がぼぁっ!?」

 

 しかし、少女からの返答はあろう事か鞭のように真横からしなる右足の蹴りだった。

 脇腹を強烈に殴打され、堪らずロニは肺の空気を残らず吐き出しながら地面を転がっていく。元々、彼は敵と出会った場合の選択肢を退却する以外に持っておらず、戦闘能力という点ではまるで鍛えていないのだ。

 

「な、何しやがる……っ」

「私の勝ちね!」

 

 実は追い剥ぎだったのかと内心で舌打ちするロニの悪態に、エルフの少女はニカッと元気な笑みを作って青年を見下ろす。

 

「は、はぁっ?」

「今の勝負、私の勝ちでしょ? だから、貴方を子分にしてあげる!」

「……あ?」

「さぁ子分、初仕事よ。この扉の鍵開けなさい!」

 

 一方的な理屈で捲くし立てた後、倒れたロニに真っ直ぐ手を突き出して握手を求める色白な少女。

 お互いの第一印象は、「頭のネジが吹っ飛んだ暴力女」と、「絶対に信用しちゃいけない悪いヤツ」だったという。

 「もっと美味しいものが食べたい」。ただそれだけの理由で故郷を捨てた、一族の爪弾き者。

 「他人から施される金貨に価値は無い」。自分の中に決めた無駄なルールに従い、一匹狼を続けて来た不届き者。

 まるで違う二人だが、どこか似ている二人でもあった。

 偶然の一致か、はたまた運命の合致か。そのままなし崩し的に始まった二人の関係は、未だその縁が切れない程度には続いている。

 二人で一人の冒険者。お互い欠け、だからこそ補い合うエルフと盗賊はなんだかんだと冒険やケンカを繰り返し、遂にかの地へと足を踏み入れる。

 ハイドランド。深淵なる幾つもの迷宮が愚者たちを待つ、巨大な陰謀と果てしない冒険譚が綴られるだろう物語の地へと。

 六人と一人と――そして、王国の全てを巻き込んだ運命の車輪が今、一陣の風を受けてくるくると回り始めていた――

 

 

 

 

 

 

 広いホールの中央で、壮年で髭を生やした全身甲冑の男が彫像の如く直立している。

 彼の名はサミュエル・ジョセフ。冒険者たちの集うこのギルドの長であり、彼ら彼女らの成功と死を数多く見届けて来た生き証人だ。

 

「こーんにーちわー!」

 

 物思いにふけるサミュエルだったが、突然大声と共にギルドの入り口兼出口である両開きのスイングドアを盛大に開き、一人の小柄な誰かが駆け込んで来た。

 力仕事も多くこなす冒険者たちにとっては、細過ぎると言っても過言ではない華奢な四肢。フードを被っていて顔は良く見えないが、声と容姿からして年端も行かない少女だと推測出来る。

 およそ、荒くれ者たちの集まる場所には似つかわない可愛さを振り撒きながら、少女はサミュエルの前に到着すると右の平手を振って彼へと元気な声で挨拶をする。

 

「こんにちわ!」

「あぁ、こんにちわ。何か依頼かね?」

「ううん。このギルドに、私の名前を登録しに来たの!」

 

 天真爛漫という言葉が実に似合う少女は、今にも飛び跳ねそうな勢いでサミュエルにそう言って笑い掛けた。

 

「おいおい、お嬢ちゃん。ごっこ遊びなら他所でやんなよ」

「くくっ。言ってやるなよ、本気かもしれねぇだろ」

「がっはっはっ! 冒険者に憧れるとは、見込みのあるお嬢ちゃんだ!」

 

 昼間から酒を飲み、娯楽台で札遊びをしていた男たちが口々に少女へと声を掛ける。皆一様に少女の言葉を本気とは思っておらず、子供をあやすような対応だ。

 

「――ふーん」

 

 そんな男たちを横目で一瞥した後、少女は特に何かを言うでもなく再びサミュエルへと視線を戻す。

 怒るでも、文句を言うでもなく、それだけ。そこに、少々の落胆が混じっている事に気付いたのは目の前に立つギルド長だけだった。

 

「ねぇ、お爺さんがここの偉い人?」

「そうじゃ」

「登録をお願い。街の人に聞いたけど、遺跡の探索はこのギルドに登録しないと正式に許可されないんでしょ?」

「――本気かね?」

「もっちろん!」

 

 推し量るサミュエルの双眸に怯みもせず、少女は右手をVの字にして前に突き出す。冗談や酔狂ではなく、その態度には当然の事をしているという迷いのない自信が込められている。

 

「よかろう。ならばお主には、登録の試験を受けて貰う」

「はーい!」

「お、おい、ギルド長」

「何かね?」

 

 極普通に登録の準備を進めようとするギルド長を止め、少女を小バカにしていた髭面の男が椅子から立ち上がっていた。

 

「そんな小娘を、本気で遺跡に放り込むつもりかよ」

「本人が希望しとる」

「あり得ないだろ!? 幾ら人手不足だからって、死体を増やしてなんになるってんだ!」

「うるさいなー。私が良いって言ってるんだから、それで良いじゃんさー」

 

 時間の掛かりそうな余計な横槍を受け、遂に少女が男へとまともな反応を示した。実に面倒臭そうに上半身ごと頭をゆらゆらと振って、そのまま会話を打ち切ろうとする。

 

「お嬢ちゃん。言ったろう、これはごっこ遊びじゃないんだよ」

「私は、一度だってこれを遊びだなんて言った覚えはないよ」

「本気だったら尚更だ。命を粗末にするもんじゃねぇ」

「あはは、おっちゃん優しいんだね。ありがと」

 

 少女のそれは、感謝でありながら明確な拒否を示す言葉だった。

 

「この……っ」

「待て」

 

 話の通じない少女の態度に苛立ち、詰め寄ろうとした男をサミュエルの突き出した右手が押し留める。

 

「この娘は試験を受けると言った、だからワシは試験を与える。お主の言葉が入る余地はない」

「だがっ」

「心配ならば、お主が護衛を申し出れば良いじゃろう」

「……っ」

 

 それが出来ないと知っていながら、サミュエルはなおも言葉を続けようとする男を黙らせた。

 

「ん? 今のどういう事?」

「試験とは、遺跡の一つに入り生きて戻ってくる事じゃ。その際、入り口と出口の「ゲート」は別にある為ある程度の道のりを踏破しなければ帰還は出来ん」

「ほうほう」

「今は、とある事情でこのギルドに所属する主要な者たちが出払っておってな。遺跡から生きて帰還が出来ると太鼓判を押せるだけの実力者は、極少数しか残っておらんのだ」

 

 サミュエルは詳しい説明を避けたが、街ではすでに噂としてその情報が蔓延していた。

 噂とは、現在ドラゴンズクラウンと呼ばれる秘宝の探索へ国王と騎士団が出兵した後行方不明となっているというものだ。

 ドラゴンズクラウン――実在するかどうかも定かではない、装着した者がドラゴンを支配出来ると言われる冠をその手に掴もうと、王は秘宝探しに夢中になっていたらしい。

 国が傾く一大事ともなれば、ギルドに所属するメンバーの多くが王の捜索と真相究明に駆り出されているというのも頷ける話だった。

 

「なるほどねー、おっちゃんたちだと厳しい遺跡かー」

「な、これで解かったろ? 悪い事は言わねぇから――」

「それじゃあ――賭けよっか」

「は?」

 

 少女は笑ってそう言うと、立ち上がった男の傍にあるテーブルへと指で弾いた一枚の金貨を落とす。

 

「生きて帰れるに、一枚。勝った方が三倍ね」

「え、いや……」

「はい、きーまりっ」

「――これが、今回の依頼書の代わりじゃ。モルガンという魔法使いの女が経営している道具屋へこれを持って行き、そこで待っている者たち二人と組んで遺跡を踏破してみせい」

「はーいっ」

 

 余りに唐突で、しかも一方的な宣言に混乱するばかりの男を放置し、簡潔な一文が書かれた羊皮紙の切れ端をサミュエルから受け取る少女。

 

「じゃあね!」

 

 ひらひらと手を振りながら、少女は入って来た時と同じようにギルドのホールから駆け去って行く。

 最初から最後までまるで落ち着きのない、突風のような少女だった。

 

「ギルド長、遂にもうろくしちまったのか? あんなガキを遺跡にやるなんて……」

「まともに育ってりゃあ上玉になっただろうに――惜しい娘を亡くすな……」

 

 テーブルで管を巻く男たちは、口々にギルド長への批判と少女の冥福を祈って酒を煽る。

 

「……」

 

 一人、賭けを押し付けられた男だけがテーブルの金貨を拾い上げ、なんとも言えない表情で押し黙るしかなかった。

 

 

 

 

 

 

「ほへー。改めて見ると、でっかい街だねー」

「おい、やめろよメルティ。落ち着きがねぇおのぼりさんは、足元見られちまう」

 

 大声を張り上げる数々の露天、大河の如く止まらぬ流れを続ける雑踏、誰とも知れぬ笑い声や泣き声――活気に溢れた街並みの中で、きょろきょろと好奇心の向くままに視線を移すメルティを合流したロニが諌める。

 

「ぶー。ロニってさ、そういう細かい所にうるさいよねー」

「へっ、お前が図太過ぎるだけなんだよ。せめて、用心深いと言ってくれ」

「ビビりなだけじゃない」

「ビビりで結構。死ぬよりゃマシだ――ほれ、ここだろ」

 

 ギルドへの登録や依頼を貰って来るのがメルティの役目なら、辿り着いた街の探索はロニの役目だ。会話を続けながら到着したのは、大通りから裏路地へと続く果てが見えないほどに細く長い通路だった。

 通路には大通りとは違い一切の人影がなく、まるで別世界へと誘っているかのような錯覚さえ生まれてしまうほどである。

 

「――魔法だね。通路の長さは、見た目ほどないよ」

 

 通路に掛けられた幻惑の魔法を見破り、メルティが声を細めてロニへと告げる。

 

「へぇ。侵入者対策か、はたまた店主の趣味か――国の作った通路を歪めるなんざ、こっちも中々図太い奴がお出迎えしてくれそうじゃねぇか」

 

 くつくつと性根の悪い笑みを浮かべ、ロニはメルティの後ろで背負った大きな袋を担ぎ直す。

 二人とも、それなりの修羅場を潜って来た一介の冒険者だ。どれだけふざけた態度を取っていても、その底には常に周囲への警戒と即座に行動へ移れるだけの集中を保ち続けている。

 

「それじゃあ、行きますか」

「おう」

 

 裏路地の通路を幾らか進む内、二人は何時の間にか今まで居なかったはずの通行人たちが出現した事に遅れて気付く。

 大通りとは違い、こちらの通行人は皆が皆鎧や武器に身を固める者たちばかりだ。恐らくは、メルティたちと同じ稼業の者が大半だろう。

 道具屋と一口に言っても、魔女の営む道具屋がただ日用雑貨を売るだけの平凡な店である訳もない。

 

「これが、さっきの魔法の効果か……」

「だね。人気のない妖しい場所に、普通の街の人は近づかない」

 

 出入り口に居ながら出て行った彼らにも気付けなかったのもまた、あそこに仕掛けられた魔法の効果によるものだろう。

 

「ここに居る連中は、揃って普通じゃないって事だ――お前も含めてな、メルティ」

「貴方も含めてね、ロニ」

 

 からかい合い、小さく笑い合う二人。

 発見した道具屋は、通りからカウンターへと直接訪ねられる構造をしており、全身甲冑の騎士や肌の傷を晒す女の戦士、神経質そうな魔道士、しなを作る魔女などを相手に複数の店員たちが次々と商品を渡しては代金を受け取っている。

 もしかすると、大通りで賑わっていた店などよりも余程繁盛しているかもしれない。

 

「いらっしゃいませ、何をお求めでしょうか」

「お客さんじゃなくて、ギルドからの依頼を受けて来たの。この紙を、モルガンさんって女の人に渡してくれって」

 

 そんな賑わいの列へとしばし並んだメルティは、頭を下げる若い女性の店員にサミュエルから貰った羊皮紙の切れ端を手渡す。

 

「差出人は、サミュエル・ジョセフ様――はい、確かに承っております。奥様をお呼び出し致しますので、しばらく室内でお待ち下さい」

「はーい――ロニ、行くよー」

「へいへい」

 

 人ごみを嫌い、集団から離れた場所で待っていたロニを連れて、メルティたちは客たちを尻目にカウンターの近くの扉から中へと入る。

 

「おっじゃまっしまーす!」

 

 扉の向こうは店ではなく、狭い室内に幾つかの丸テーブルと椅子が置かれただけの場所だった。

 

「おっと、サミュエルの爺さんは随分活きが良いのを寄越したね」

 

 扉から見て右側の壁で、武器であろう巨大な戦斧を横に身体を壁へと預けて腕組をしていた女性が、メルティの威勢の良さに破顔する。

 ウェーブの掛かったハニーブロンドの髪をした、長身で筋肉質な肉体を晒す見るからに屈強な女だ。

 

「貴女がモルガンさん? 魔女って聞いてたけど、思ってたよりムキムキだね」

「あっはははっ! 面白い娘だ、気に入ったっ」

「みぎゅっ、ふぎゃっ、ぎゃにゃっ」

 

 近づいて小首を傾げた質問への返答として、その大きな手の平で笑いながら背中を何度も叩かれ、メルティは拍子に合わせて猫のような悲鳴を上げる。

 

「違う違う、あたしはギルドに所属する冒険者のシェラだ。見ての通りのアマゾネス育ちで、仲間内からは「雌魔羊(バフォメット)のシェラ」なんて仰々しい名で呼ばれてるよ」

「私、エルフのメルティエル。ちょっと長いから、メルティで良いよ――ってイタイイタイッ、力込め過ぎぃっ」

「ははっ、森の外に出たエルフとはまた珍しいじゃないか。それじゃあ、挨拶は何時も以上にしっかりとしておかないとねぇ」

「はな、離してシェラッ。お手てがぁ、お手てがぁぁ――みぎゃ~っ!」

 

 互いに握手を交わすメルティとシェラだったが、アマゾネスの握力はエルフの細腕には些か強過ぎたのか、途中からメルティの方が腕を離そうとしながら半泣きになっていた。小柄ながらに元気満天の少女は、大柄で快活な女性に相当気に入られたらしい。

 

「……騒がしいな」

「ふふっ、暗いよりは良いじゃない」

 

 そんな二人の寸劇の中、建物の奥から更に二人の人物が現れる。

 身の丈に近い樫の杖を片手に持つ、深緑色のローブをまとった白い長髪の青年と、面積の少ない布地を肌に巻く幾つもの束ねた栗色髪を垂らす美貌の淑女。

 

「依頼人のエルドールだ。よろしく頼む」

「私はモルガン。この魔法道具店の店長と、上の居住区の大家をやっているわ」

 

 姿勢を正し深々と頭を下げるエルドールの隣で、モルガンが身体に巻いた布の一部を摘んでうやうやしく礼をする。

 

「私、エルフのメルティエルだよっ。よろしくね!」

「シェラだ。外の店にも顔を出すし、時々モルガンの家で一緒に飲んでるから顔ぐらいは知ってるだろ?」

 

 二人の挨拶に、メルティとシェラも片手を上げて自己紹介を返す。

 

「礼儀正しいのは良いが、過ぎるのが印象としてはちとマイナスだね――で、使えるのかい? モルガン」

 

 どうやら、メルティの時とは違いエルドールの挨拶はお気に召さなかったらしい。

 腕を組んで渋い顔をするシェラの問いに、聞かれたモルガンは顎に手を置いて薄く妖しい笑みを作った。

 

「そうねぇ――それなりに、かしら」

「それなり、か。死んでも文句は聞かないからね」

「その時は、天命が尽きたと諦めるさ」

 

 達観しているのか、諦念しているの――不健康そうな魔道士は、やや溜息混じりにそう言って肩を竦めて見せる。

 

「こちらからも、一つ質問を良いだろうか」

「ふー、ふー……ん? 私?」

「いや、君の後ろに居るその男についてだ」

 

 続いて、エルドールの視線は解放された自分の右手に息を吹き掛けているエルフの――その後ろへと注がれていた。

 魔道士の指差す先には、先程から距離を開けて会話に入って来ないフードを被った青年が、手持ち無沙汰を装うでもなく大きな袋を担いでじっと全員を観察している。

 

「赤貧の身でな、私が依頼した同行者は二名のはずだ。女性二人が依頼書を持って来たのなら、申し訳ないがもう一人分の報酬は支払えんぞ」

「あぁ、大丈夫大丈夫。ロニはね、付いて来るけど人数に入れなくても良いの」

 

 同行者を増やして報酬の増額を申し出る算段なのではないかと邪推する魔道士に対し、しかし、エルフの少女はいぶかしむ視線を受けながらあり得ない事を言い出す。

 

「訳が解からん。どういう意味だ」

「ロニって弱っちいしね、ニヒヒッ」

「うるせぇ。お前ら冒険者って奴らの一部が、どう考えても異常なんだよ」

「ちょいとお待ちよ。弱いってんなら、遺跡の探索には連れて行けないよ。ただでさえ新人を二人も抱えて潜るんだ、足手まといが増えるだけ危険が増しちまう」

 

 会話に割って入ったシェラの言い分は、実にもっともな意見だった。物見遊山で入れるほど、「ゲート」の先の遺跡は甘くも優しくもない。

 熟練の冒険者すら、死体となって帰らぬ者となる事が珍しくはないのだ。そんな危険地帯に、実力不足の者を連れて行ける余裕などない。

 

「そんな心配は要らねぇよ。オレは、お前たちに守って貰おうとも思っちゃいねぇさ」

「そーそー、ロニの事は放っといて良いから。危なくなってても無視して良いよ」

「いや、そこは助けろよ」

 

 だが、二人からの返答はまたもやそれ以外の者が抱く予想を外すものだった。

 まるで、エルフの少女も当の青年も見た目からして怪しいこの男が同行する事が当たり前であるかのように振舞っている。

 つまり今までも、そしてこれからもそうして行く事が彼女たちの中では「当たり前」なのだ。

 

「……納得のいく説明を貰えるだろうか」

「ロニはね、鍵開け師なの。自称盗賊のね」

「財宝の詰まった宝箱から、王家の宝物庫を封じる扉まで――指を三本数える時間さえ貰えりゃあ、なんだって開けてやれるぜ?」

 

 商売道具である、幾つもの形状の異なる金属の板や針金を取り出し、得意顔でもてあそんで見せるロニ。

 

「大した自信だな」

「お前らと違って、オレは他人の持ってる金貨を分けて貰う趣味はねぇ。オレが欲しいのは、地面に落ちてる所有権のない宙ぶらりんの金貨だけさ」

 

 良く解からない美学である。はたから聞いても人生を踏み外しそうなこだわりだが、彼の中では筋の通ったルールなのだろう。

 

「ロニは戦えないけど、足手まといにもなったりしないよ。逃げ足だけなら、私よりもずっと速いしね」

「普通の遺跡や洞窟程度なら、コイツと組む前も一人で散々入って来た。それでも信用出来ねぇってんなら、コイツの言った通りオレの事ぁ終始見捨てて貰っても構わねぇ」

 

 二人が本気である事は、その言葉と態度から十分に理解出来る。見栄を張った嘘を重ねている様子もない。

 変り種の最も多い職業だと言われる冒険者の中でも、メルティとロニは一際異彩を放つ二人組みだった。

 

「依頼の報酬は私一人分で良いし、手に入れた財宝の分け前も三等分で文句は言わない。未踏部分の多い遺跡を潜るのに、ロニを連れて行かないとかそっちの方が勿体無いし」

「……解かった、良いだろう」

 

 胡散臭い鍵開け師への絶対の信頼を滲ませるメルティの言葉を聞き、しばし黙考を続けていたエルドールはいかにも仕方ないと言わんばかりの鎮痛な面持ちで頷いた。

 彼には彼の事情があり、具体的には家賃の支払い期限という厳しい現実が差し迫っているのだ。贅沢を言って、自分が納得出来るだけの安全なパーティーが組めるまで時間を空けられるほどの余裕はない。

 

「メルティ、もう一度だけ確認するよ。そのロニって男は、本当に守らなくても良いんだね?」

「うん」

「そうかい。なら、あたしから言う事はもうないね」

「ありがとう、シェラ!」

 

 今度は痛くしない程度の優しさで背を叩いたシェラへと、向日葵が咲くような元気な笑顔でお礼を言うメルティ。

 

「エルドも、納得してくれてありがとう!」

「愛称を許した覚えはないのだが……そう無邪気に振舞われると、どうにも調子を崩されてしまうな」

 

 エルドール――改めエルドも、エルフの少女から打算のない本心からだと解かる礼を言われ、僅かに照れくさそうにしながら前髪を掻く。

 

「まさか貴方、そっちの趣味が……っ」

「「そっち」というのが何を指すのかは理解出来ないが、恐らく違うと否定させて貰おう」

 

 立会人として同席し、口に手を当てた状態で戦慄するモルガンに、エルドは不名誉な烙印を押されそうになっている事だけを理解して否定を被せる。

 駆け出しの二人と、熟練の一人と、役に立つ役立たずが一人。

 物語の序章としては、上等な部類だろう。これから始まる飛躍と邁進を思えば、始まりは小さく低い場所からの方がらしい(・・・)と言える。

 かくして、即席の団結を取った勇気ある若者たちは遺跡の入り口である「ゲート」へと向かって行く。

 駆け出したちに与えられた最初の関門は、古代エリシア文明の神殿だった水没遺跡。

 神話に残る古のドラゴンによって一夜にして滅ぼされたという過去の残骸は、未だに多くの謎と財宝が眠っている場所だ。

 

 

 

 

 

 

 街外れの遺跡に、転移魔法の「ゲート」が開いている事が見つかったのは、最近の事だ。

 この「ゲート」を使えば、目的の場所へ容易に旅立つことが出来る。

 

「でっかー」

 

 古代エリシア文明の遺産である街外れの遺跡に到着したメルティは、そびえ立つ巨大な壁とその中央に作られた門を見上げ阿呆のように口を半開きにしていた。

 巨大な彫像や一部の剥がれた壁画など、滅びた文明の残滓は時代を超えて今もなお歴然と存在を示し続けている。

 元々、この門の先は瓦礫に埋もれており通り抜ける事が出来なかった。

 偶然「ゲート」を通り抜けてしまった街人がそのまま行方不明となり、調査に乗り出したギルドや王国の騎士たちがそれなりの犠牲を払う事である程度の仕組みが解明されたという訳だ。

 「ゲート」に繋がった九つの遺跡同士の関連性や、「ゲート」が発生したそもそもの原因究明など、調べなければならない事は未だにその多くが謎として残されている。

 

「でもさ、これって危なくない?」

 

 道すがら、何度も「ゲート」を潜った事のあるシェラと事前に情報を収集したエルドからの説明を聞き、メルティが眉を潜めて当然の疑問を口にした。

 「ゲート」の繋がる先は例外なく危険な魔物や獣が跋扈し、繋げられる転移先の中には現在戦争の真っ只中にあるとある地下要塞も含まれていたりする。

 九つの遺跡にある「ゲート」は入り口と出口に分かれているが、繋がっているのはどちらも街の近くにあるこの「ゲート」一つだ。

 出口のゲートから魔物や敵対組織が湧き出て来るのでは、と考えるのは自然な思考だった。

 

「心配は要らないよ。これは、そういう風に出来てるみたいだからね」

「そういう風?」

「ギルドの調査員が確認したそうだが、どうも先の遺跡にある出口の「ゲート」は一度でもこの門から出入りしたものでないと反応しないらしいのだ」

 

 入り口の「ゲート」からはそもそもこちらには来る事が出来ないので、実質この国に入れる者でなければ各所の「ゲート」は扱えない事になる。

 

「ふーん――良く解かんないけど、便利だね」

「そうだな、少々都合の良過ぎる感を受ける。まるで、何者かの意図によってそうなっているかのような――」

「御託は良いんだよ。使えて役に立つんなら、後の事は別の奴に任せておけば良い」

「うがっ!?」

 

 研究者肌の魔道士が「ゲート」の謎に対し思考の渦へと沈もうとするが、豪快な大女に面倒臭いと背を叩かれる事によって一蹴されてしまう。

 

「今大事なのは、これから生きて帰れるかとどれだけの財宝が手に入れられるかだ」

「うん、解かってる」

「あぁ、私も理解している」

「ひひ、そんじゃあ行こうぜ」

 

 戦斧を、大弓を、長杖を、大袋を――それぞれの得物を手に、夢の跡地へ誘われ栄光を求める者たちが開かれた門を潜る。

 四人の旅人が、近づく事で発され始めた門からの淡い光と同化し一瞬で姿を消失させた。

 

 危険と、謎と、財宝と――全てが混ざり合う希望と絶望の楽園。

 長い前置きはもう終わりだ――さぁ、冒険を始めよう。

 




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