この物語は、独自解釈や好き勝手なアレンジを加えつつ大体を原作のストーリー通り描いて行く予定です。つまり、完全にネタバレ上等です。
そういったネタバレを嫌う方は、今すぐ引き返すか覚悟を決めて下さい。
注意書きを了解された方々は――どうかゆっくりしていってね!
古代エリシア文明――
建物の一部が水中へと没したこの神殿もまた、そうした跡地の一つだ。
月日によって損壊している部分は多々あるものの、残された大門や彫像、壁画――それらを総合した建築物の名残がこの場所が数多の民の祈りを受け取って来た静謐な空間であった事を示している。
「入って早々だが、ここからはあたしの指示に従って貰うよ。「ゲート」と繋がってる九つの場所は、普通の遺跡や洞窟とはちょいと勝手が違う所があるからね」
各人が遺跡の入り口へと転移を完了すると同時に、シェラは戦斧で地面を二度ほど叩きメルティたちにそう告げた。
「うん、解かった」
「私も異論はない。強いて言わせて貰えるならば、そういった情報は「ゲート」を潜る前に欲しかったというぐらいだ」
メルティもエルドも、ハイドランドと繋がる遺跡へ幾度となく潜った熟練者であろうシェラに逆らうつもりなどは毛頭ない。無言のロニは言わずもがなだ。
「悪いけど、座ったまま事細かに説明するのは性に合わなくてね、現地でその都度教えさせて貰う事にしたのさ。ま、身体で覚えろってヤツだよ」
「知り合って短いが……そんな気はしていた」
情報は、時に命にも匹敵する非常に重要な要素だ。固執し過ぎれば足元を掬われるが、あるとないとでは生存率に雲泥の差が出る。
シェラもその辺りは培って来た経験で理解しているだろうに、「面倒臭い」というただそれだけの理由で説明を後回しにしたのだ。
豪快と言えばそれまでだが、今後も彼女と付き合いを続ならばはそれなりに覚悟が必要らしい。
「入り口辺りは出入りが激しいから、魔物もそんなに居ないはずだ。まずは一つ目の分かれ道まで進んじまおう」
「はーいっ」
「了解した」
警戒を怠らず、シェラを先頭にメルティ、エルド、ロニの順番で大人三人が手を伸ばしてもまだ足りないほど広い遺跡の通路を進んで行く。
「待って――こっち」
不意にメルティが全員に声を掛け、右の壁際にある柱へと隠れるよう手を使って指示を出す。
「何か来る――小さいけど、足音は多いよ。四つ――五つかな」
「あたしより先に気付くとは、良い耳してるねぇ。長い耳してるだけはあるじゃないか」
「へへっ」
「それは褒めているのか?」
小声でやり取りをしている内に、メルティの耳が拾った者たちが通路の奥から姿を現す。
「――ゴブリンか」
緑掛かった地肌をした、単身痩躯の亜人たち。
華奢な見た目通り非力ながら、知能は人間と同等だと言われ独自の文化を形成している種族だ。
数は五。メルティが感じ取った数と一致するので、増援が隠れている可能性は低いだろう。
全員が同一の意匠をした剣や鎧を装備しており、彼らがただの野良ではない事を物語っている。
「武装から見て、ビルバロンから出てる斥候だろうね。アイツらとにかく数だけは多いから、そこらじゅうで見掛けるよ」
ビルバロン地下要塞とは、ハイドランドが主体で近郊の渓谷に築かれた砦の名称だ。人間族、ドワーフ族、黒エルフ族という複数の種族たちの知識と技術を集い合わせた最高峰の建築物である。
現在その堅牢な拠点は、侵攻して来たオーク族とゴブリン族の混成軍により占拠され彼らの勢力下となってしまっている。
「物資を運ぶ中継路でも作られたら面倒だ。行き掛けの駄賃として、ここで潰すよ」
本来遺跡の探索とは関係のない事柄だが、彼らをのさばらせて人員を拡大されればこの遺跡もビルバロン要塞の二の舞となってしまう。
ゴブリンの脅威は数であり、個々の実力は人間よりも遥かに劣る。五匹程度ならば、シェラ一人でも楽に駆逐する事が可能だ。
初めて出会った者同士の実力を把握するには、申し分のない相手である。
「メルティ、この距離から狙えるかい?」
「うん、後ろの奴も全部いけるよ」
シェラの問いに、まだ見えて来たばかりで豆粒ほどの小ささしかないゴブリンたちから視線を外さず、引いた弓弦に矢をつがえメルティが即答を返した。
「一度に四つまでなら外さない」
つがえている矢は四本。敵を見据える狩人の瞳が、瞬きもせずに対象を観察し続けている。
「良い腕だ。だけど、狙うのは一番後ろの肌を赤く塗った杖を持ってる奴だけで良いよ。その代わり、あの魔法を使うゴブリンは確実に仕留めとくれ」
ゴブリンメイジ――ゴブリンの中でも魔法を得手とする階級であり、中には人間やその他の種族と伍するほどの使い手も居る。
多対多の戦闘が始まる際、もっとも優先して仕留めるべき対象は魔法使いだ。彼ら彼女らの扱う広範囲の攻撃は、敵味方を識別し乱戦になってさえ確実にこちらの喉元へと喰らい付いて来る。
「エルド、アンタは?」
「こちらも問題ない。合図があれば、何時でもいける」
問われるまでもなく、エルドも先程から杖の先端へと魔力を灯し更にそれを練り上げる事で発動する魔法の威力を高め続けている。
「残ったヤツは、あたしが仕留める。自分のタイミングで気楽にやんな」
「うん――すー、ふぅー」
ゴブリンたちも警戒はしているようだが、街中を見回していたメルティのようにキョロキョロと落ち着きなく視線を彷徨わせるそのさまは、まるで集中出来ているようには見えない。
浅い呼吸を繰り返し、遂には静かに息を止めたメルティの集中力が周囲の空気さえ巻き込んで最高潮にまで引き上げられる。
「シッ!」
「ゲギャギャッ!?」
側頭部、眉間、心臓、杖を持つ右肩――風の精霊を乗せ異なる四つの軌道で放たれたエルフの矢が、射線を捻じ曲げてゴブリンたちの一番後ろに居た赤肌の魔道士へと吸い込まれていく。
「少し光るぞ――はぁぁぁっ!」
奇襲に混乱するゴブリンたちへと、更にエルドからの容赦のない追撃が走る。杖の先端から発せられるのは、直線となった強烈な稲妻の閃光。
「エギャアァァァッ!」
「ギィエェェェッ!」
残った四体を諸共に貫く一条の雷撃により、身の内より焼かれたゴブリンたちの悲鳴が神殿の通路を木霊する。
「はっ!」
膝を付き、或いはそのまま絶命する小鬼たちへ、満を持して戦斧を振り上げながら
「ギッ!」
「じゃあねっ! うおぉらあぁぁっ!」
死を悟り、それでも必死に盾を構えたその一体と共に、遠心力を味方に真横から降り抜かれた爆斧が残りの四体すら余裕で巻き込み全てを一撃で両断した。
「ゲ……ッ」
「ギャ……ッ」
短い悲鳴を上げながら
「なんだ、余裕じゃないかい。これならあたしが居なくても、二人とロニだけで試験は合格出来たかもね」
もう一度反対方向へと振り抜く事で斧に付いた血を払い、持ち手の部分を肩に乗せたシェラが背後の三人を見た。
「ぶいぶーいっ」
「ゴブリン程度なら、誰でもこれぐらいは出来るだろう」
軽く飛び跳ねながら片手のVサインを見せ付けるメルティとは違い、エルドは特に気取った風もなくシェラの賛辞を受け流す。
「シケてやがんなぁ。ま、下っ端の斥候ならこんなもんか」
そんな中、ロニは一人千切れ飛んだゴブリンたちの身体から硬貨の入った小袋や壊れていない貴重品を回収する作業に勤しんでいる。
「死体漁りとは、感心せんな」
「へっ、どうせ放っておいてもコイツらと一緒に錆び腐っていくだけじゃねぇか。一枚の銅貨を笑ってると、一枚の銅貨に泣くぜ?」
眉をひそめ、やや咎める口調でロニを諌めたエルドへと、自称盗賊は悪びれもせず短い笑い声を返すだけだ。
「ロニって依頼の報酬とか絶対に受け取ろうとしないから、こういう所で頑張らないと生活苦しい時あるんだよね」
「うるへー、オレはオレのポリシーに従って生きてるんだよ」
メルティとロニは、二人で組んでいても互いの財布を別管理としているらしい。
呆れと嘲笑を込めるメルティにも、ロニは変わらず悪態を返す。まともな生活など絶対に送れそうにない、ろくでもないポリシーである。
「エルドはちょいと潔癖な所があるみたいだね。冒険者も傭兵も、汚れ仕事をしてる連中の価値観なんざこんなもんだよ」
「潔癖か――確かにそうだな。否定はしないが、肯定も出来そうにない」
「それで良いんだよ。こんな生臭い稼業をしてるのに、自分を殺して生きるなんざそれこそ下らないからね」
自由。それこそが、冒険者に許された唯一の証だ。
他人に迷惑を掛けて良いというのではない。ただ、自分の中で定めた基準に逆らわず
単純なようで酷く難しい生き方だが、だからこそ何ものにも縛られず気の向くままにその生を謳歌する事が可能なのだ。
「残党が居ないか調べたいね。すまないが、少し寄り道させて貰うよ」
「あの国に住む以上、他人事ではない。協力しよう」
「私も良いよー」
「手付かずの積荷でもありゃあ、儲けもんだな」
全員の了解を受け、通路の壁が崩れた奥などを確かめ始めた四人は、早々に先程のゴブリンたちが置いたのだろう資材置き場を発見する。
陣取っているのは先程と同じゴブリンたちと、そのゴブリンを数倍に巨大化させたような人間にとっては見上げるほどの体躯を持つ筋骨隆々の者たち――オークだ。
その場に二体居る彼らも見た目通りの生態であり、力は強いが知能は低い。五体のゴブリンに給仕させ、物資であるはずの食料と一緒に樽酒をガブ飲みしているさまを見るに、通説は正鵠を射ているのだろう。
自分たちの飲み食いに夢中になっており、先程の戦闘の音は聞こえていないらしい。
「好都合だ、こっちも潰すよ。この距離なら、範囲の広い魔法の方が初撃に向く――エルド」
「了解した」
壁越しに隠れて奥を覗いていたシェラの脇を抜け、足に魔力を流した長髪の魔道士が彼らへ向けて常人には到底到達出来ない天上すれすれの高度で高々と跳躍する。
「はあぁぁぁっ!」
「ゴアァァァッ!?」
「ギ、ギェアァァァッ!」
敵の頭上で放たれる今度の雷撃は、横ではなく縦。しかも、シェラの希望通り広範囲に振り落ちる十数本にも渡る雷の群れだ。
轟き、叫び、炸裂する。防御も回避も許さない熱と衝撃が、亜人たちの肉体を内部から蹂躙していく。
「ほいっ、ほいっと!」
「エギッ!」
「ギャウッ!」
続くメルティの矢が、辛うじて生を繋ぎ止めたゴブリンたちの脳天を正確無比に貫いた。
残ったのは、この部隊の長であろうオークが二体。体躯に見合った体力らしく、焼け焦げた皮膚から煙を噴出しながら特大の棍棒を取り立ち上がった動作はそれほど遅くはない。
ただ、致命的なまでの油断がすでに全てを手遅れにしていただけで。
「だあぁらぁぁっ!」
「ベギャブッ!?」
こちらも縦に一閃。シェラの振り下ろす超重量の斧が、断頭台の一撃となって大地の引き寄せる力に従い一体の剛体を見事なまでに両断する。
「ガアァァァッ!――ガ、グゥッ!」
最後の一体が威嚇の咆哮と共に棍を振り上げ――エルフの放つ矢によって手と腕を繋ぐ間接を射抜かれ一瞬だけ怯んでしまう。
「かぁぁぁっ!」
「グゴアァァッ!」
着地と同時に走ったエルドからの雷撃は、魔力の練りよりも発動速度を優先した為先の二つより勢いも威力も劣っていた。だが、再び斧へと力を込め終えた仲間にとっての足止めはそれだけで十分だ。
「ぜぇぇあぁぁぁっ!」
「ゴガッ!――ガァ……ッ」
今度は横だ。軸足を捻り、片手に持ち替えた斧がゴウッと風を吹き散らしながらオークの胴を切断する。
誰一人傷を負う事なく、亜人の混成部隊は三人によって瞬く間に壊滅を果たした。
シェラは当然としても、メルティやエルドにも十分な実力があったからこその結果だ。
戦闘が終わると、早速後ろに控えていたロニが動き出す。
「木箱の中に食いもんと水に酒、こっちの箱にゃあ――ショボい武器と防具がこれっぽっちかよ」
遺跡にあった物を流用したのだろう、鍵の掛かっていた鉄と木で出来た宝箱を針金一つで当たり前のように開け放ち、ロニは中身を見て露骨に顔をしかめた。
「ちっ、金目のもんがありゃしねぇ」
文句を言いながら、それでも人間が扱うには少々小さかったり大きかったりする剣や鎧を、抱えていた大袋へと詰め込んでいくロニ。溶かして再利用すれば、鉄屑程度の価値にはなると思ったのだろう。
「ロニー、これとこれお願い。後これもー」
「ほいよ」
メルティから投げ渡されるのは、幾つかの果物と干し肉やソーセージ、チーズなどの保存食。それと、武器置き場から漁ったやや短めの矢を受け取り、それらもまた大袋へと無造作に突っ込んでいく。
ロニの持っている大きく白い大袋は、内側をゲイザーと呼ばれる異次元生物の胃袋で覆った特別製であり見た目よりも遥かに多く荷物を積み込める。積載量は大きさに比例して倍化し、しかも幾ら積み込もうと重さは一切変わらないという優れものだ。
少々値は張るが冒険者や探検家の中では必須の装備となっており、ロニほどではないが両手に収まる程度の異次元袋を持つ者は多い。
だが、例え入る量が多くとも限度はある訳で、宝箱などの巨大な荷物を考えなしに詰め込めば早々に限界を迎えてしまう。
鍵の掛かった十箱以上の宝箱を持って帰ったは良いものの、街の鍵開け師を頼ってみれば中身が全部空だった――などという悲劇も割りと良く聞く話だ。
強引に鍵を破壊し中身までダメになったという話もざらであり、宝箱とは冒険者にとってある種の鬼門でもあるのだった。
冒険者の大半は自分の命を守る為に魔物と戦う技術を鍛える事へと重点を置く為、こういった細かい技術は習得したくとも優先度が下がってしまう。
戦闘が出来ないとはいえ、荷物持ちというだけの意味でもロニのような人材が探索に同行する事は、冒険者にとっては非常に大きな手助けとなっていた。
「ん? 何、この音」
「金属音だな。鳥籠か……」
そんな中、メルティとエルドがカシャカシャと資材庫の奥から聞こえて来た小さな音を聞き取り、そちらを向きながら眉をひそめる。
「妖精?」
「だねぇ」
「実物を見るのは初めてだ――資料の記述にあった通りの容姿だな」
エルドの予想通り、鳥籠の中に捕らわれていたのは七色に輝く蝶に似た羽を持つとても小さな光の隣人である、妖精の少女だった。
金髪の三つ網を揺らす不安げな表情で身体をカタカタと震わせながら、それでも出してくれと鳴き声にもならないか細い音を漏らし檻の格子を揺らしている。
「この娘、さっきのヤツらが捕まえたんだよね。なんで?」
「高値で売るのさ。人間の貴族にね」
メルティの疑問に答えるシェラの表情には、僅かに苦みが滲んでいた。
「開拓し続けて来た人間の土地とは違い、オークやゴブリンたちの先住している未開の大地には未だ多くの妖精たちが住むと聞く。魔法の触媒や実験にも使える上、貴族の間では愛玩用や観賞用としてより美しい妖精を持つ事がステータスの一つになっているらしい」
「え、え? オークとゴブリンって、今ハイドランドと戦争中なんでしょ? 敵から買い物してるって事?」
エルドから追加の説明を受け、メルティの頭の上へと更に大量の疑問符が舞い踊る。
長く部族同士の乱世の状態にあった未開の地がオークの一部族が持つ武力によって統一され、新たな土地と獲物を求めて人間の国家へと攻め込んで来た二種混同の亜人軍。戦争をしている相手に払った金貨が何に化けるかなどは、考えるまでもない。
シェラとエルドの話を総合すると、自分の首を自分で締めているとしか思えない愚かな所業が公然とまかり通っている事になる。
「売ってるのは、オークたちと取引きをしてる人間の商人さ。裏の、とか、闇の、とかの前置きは付くだろうけどね」
「彼等を捕らえたところで、別の者が同じ商売を始めるだろう。妖精の所持そのものを国の法律で禁止すれば、すでに大金を支払った貴族たちからの反発は必至となる。現状、国として打てる有効な手立てはないだろうな」
ビルバロンを奪ったオークやゴブリンたち以外にも、隣国ボルカや魔術教団モルネオンなど現在ハイドランドという国は中にも外にも多くの敵を抱えた状態にある。
戦争は金食い虫だ。貴族からの金銭的支援をなしに疲弊し続ける国を維持する事が出来ないとなれば、多少の我侭や不都合には目をつぶるしかない。
「……難しいね」
「ま、戦争ってのには色々あるんだよ」
目を伏せるメルティの肩を優しく叩き、シェラはもう片方の手で鳥籠の上部を掴んで持ち上げる。
「言葉が解かるか知らないが、ケガをしたくなけりゃあ下に伏せてな――ふんっ!」
言葉が通じたのか、妖精が籠の底へと張り付いたのを確認すると、アマゾネスの美女は万力の如くその手の平に力を込め金属製にしか見えない屋根の部分を、まるで紙細工であるかのようにあっさりと握り潰してみせる。
「すごー」
「どんな怪力だ……」
「メルティ、お前良く無事に握手出来たなぁ」
驚きと、呆れと、戦慄と――シェラの怪力に思い思いの感想を漏らし、メルティたちはそのまま飛び去って行く妖精の少女を見送った。
「取れるもん取ったなら、全部焼いちまおう。エルド、炎は出せるかい?」
「問題ない」
問われたエルドが懐の小さな異次元袋から取り出したのは、一冊の魔道書だった。赤い皮の表紙を飾るその魔本は、風もないまま大量のページを一気に捲り晒していく。
そして――
『ブレイズ』――
詠唱が終了し、魔道書に記された焔の魔法がエルドの魔力を糧に前方へと顕現する。
立ち昇る炎は高く大きく、まるで幻覚のように一定の変化を繰り返すだけで広がりもせずその場に留まり資材を焼き焦がしていく。
「発動してからしばらくはその場に残り続ける、魔力のみで形成された火炎だ。放っておいても、後は勝手に荷物を灰にしてくれるだろう」
魔道書を袋の中へと戻し、意識を外した後も鉄さえ溶かす業火のうねりは彼の宣言通り燃え盛り続けている。
「引きこもりの魔法薬師って聞いてたが、随分手馴れてるじゃないかい」
「故郷からハイドランドまでは、随分な距離を一人で旅していたからな。道中でこういった依頼は何度か受けた経験がある」
「いよいよもって、私は必要なかったかもねぇ」
「協力者もなしに、自分一人で全てがこなせるなどと自惚れてはいないさ。貴女のような優秀な冒険者を同行者に推薦してくれた、サミュエル氏とモルガンには頭が上がらん」
危険がゼロにならないのなら、限りなくゼロに近づける努力はすべきだ。この若い魔道士がしばらく街の外に出ていなかったのは事実であり、忘れているだろう実戦の勘を安全に取り戻す為にはそれを支えてくれる仲間が必須だった。
「勿論貴女たちもな、メルティエル、ロニ。実力を疑ってすまなかった」
メルティたちに向き直り、深く頭を下げるエルド。最初の挨拶でもそうだったが、どうにも彼には生真面目過ぎるきらいが見て取れる。
これで、大家に甘え長い間家賃を滞納し続けているというダメ男なのだから、不思議な話だ。
或いは、彼のこういった部分があの道具屋の魔女を惑わせているのかもしれない。
「にへへ~。改まって言われると、なんだか照れるね」
「オレァ何もしてねぇぜ?」
「先程の開錠で十分だ。それに、相方の実力を見れば彼女から信頼されているお前の腕は疑うまでもない」
「へっ、解かりゃあ良いんだよ。コイツの言う通り、改めて言う事でもねぇがな」
笑顔で照れながら頭を掻くメルティと、ニヤ付きながらエルドの言葉を受け入れるロニ。
幾千万の言葉よりも、行動で語られればひとは信じられる。四人の絆は、血生臭い戦闘という行為で確かに深まっていた。
寄り道をしてしまったものの、遺跡の探索へと戻った四人はほどなくして遺跡の最初の分かれ道であるT字路へと到着する。
「おぉ~」
「なんだ……これは……」
「おいおい……」
そこにあったのは、大量に転がったオークの死体だった。一体や二体ではなく、十を越す巨漢の群れが全て絶命した状態でやや水に漬かった広いホール跡の至る所に倒れている。
斥候の次に訪れるのが本隊だ。メルティたちの葬ったゴブリンとオークたちは、彼等を迎える為の先遣隊だったのかもしれない。
部隊の全てが壊滅したであろう現状では、その事実は確かめようもないが。
「なんだ。アンタも来てたのかい、ローラン」
「む……」
その中心に立つ、オークをそのまま人間にしたような大きく広い背中にシェラが気楽な声を掛けると、ローランと呼ばれた半裸の男がメルティたちへと振り向いた。
「シェラの家族? おんなじくらいムキムキだし」
肩まで伸ばされた栗色の毛に、精悍な顔立ち。銀の腕輪と腰布、そして腰に差された柄の中央を銀の髑髏が飾る長剣。
それ以外の装備らしい装備を着込んでいない立ち姿は、確かに探索に同行するアマゾネスを彷彿とさせる。
「違う……俺は……バーバリアン……」
「アマゾネスとは逆に、男所帯だけで生活してる部族の出身だよ。鍛えた肉体と勇気を至上とする考え方は、確かに似ているかもね」
たどたどしい片言で喋るローランと、呵々と笑うシェラがメルティの質問を否定する。
「「勇士」ローラン。街に居る以外は大体この遺跡での探索や依頼を一人で受けてる男だから、頼っといて損はないよ」
「一人で――それは危険ではないのか?」
「これを見りゃ、一目瞭然だと思うがね」
「……確かにな」
顔面を潰され、或いは背骨や首をあり得ない方向へと捻じ曲げた累々の死体を見やり、エルドは諦めたような溜息を吐く。
一定の水準以上でなければ命がないと語られる遺跡も、その水準を超す者たちにとっては他よりはちょっとだけ危険な場所でしかないのだ。
「依頼を……受けた。失踪者の……探索だ……」
ローランの説明を聞けば、とある極秘の依頼によりこの遺跡で行方不明になった騎士の探索を行っているらしい。
「極秘とか言いつつ、そんなに簡単に語っちまって良いのかよ」
「お前たちには……シェラが居る。信用した……」
ロニの皮肉に、ローランは鷹揚に頷いてシェラを見る。気風が良く、度を越す悪事や不義に対し歴然と怒りを訴える彼女が同伴を許している事実を見て、秘密を触れ回るような者たちではないと感じたらしい。
極秘にしたいのは、依頼主である騎士の父だ。多くの騎士を輩出する名門の家柄にありながら、恋人を不幸な事故でなくし消沈していたというその失踪者は度々休暇を利用し、この遺跡へと足を運ぶようになっていたそうだ。
「ハーピーだね、奴らは魅了の魔法を使う。弱った心に掛けられて、スルリと入っちまったんだろうさ」
ハーピーとは、上半身を人間の女性、胴体から下に鳥の身体を付けた半人半獣だ。雌しかおらず、その脅威は冒険者を目指す者にとって一種の壁だと呼ばれるほどの強さを持つ。
ローランの説明では、この遺跡にある出口の「ゲート」近くにある水場周辺が、丁度彼女たちの巣窟であるとの事だった。
「まだ……他の探索が……終わっていない……」
「丁度良い。もしかしたらもう死体になってるかもしれないが、「ゲート」を目指すついでにあたしもその騎士を探しといてあげるよ」
「すまない……助かる……」
「別に良いよ。もし見つかったら、何時か酒でも奢っとくれ」
相互扶助も、日々命を削る冒険者同士の常だ。見返りを求める場合が普通だが、シェラにしてみれば本当についでで請け負っただけの頼み事にせせこましく対価を確約させる方が無粋だと片手を振る。
「私も一緒に探してあげる! 良いよね? エルド、ロニ」
「あぁ、異論はない」
「金貨以外の話にゃあ興味がねぇ。好きにしろよ」
「ありがとう……」
メルティの問いに頷く魔道士や盗賊たちへ、ローランは軽く頭を下げて謝辞を示した。
ローランと別れた四人は、神殿のある中央から外れ遺跡の外周である水没部分へと足を進めて行く。
「さて、こっからがようやくの本番だよ。さっきのを見る限りアンタたちなら問題はないだろうが、万が一ってのはどこにでも転がってるもんだ。油断だけはしないようにね」
「うん! 大丈夫だよ、シェラ」
「こちらも、後の生活と目標があるのでな。ここで果てる予定はない」
「ひひひっ、お宝と金貨がオレ様を呼んでるぜ」
入り口から通路を抜け、いよいよ古代の遺跡は本来の姿を現し始める。
目指すは「ゲート」。待ち構えるは多くの罠と、数多くの魔物たちと、宝箱に詰まった金銀財宝たちと――その最後に、幻惑を
「ちょっとお腹空いたかも。ロニー、さっきの干し肉出してー」
「お前、ホントに燃費悪ぃよなぁ。ほらよ」
「ん、あんがと。もぎゅもぎゅ……ちょっと硬いね、これ。塩気強過ぎだし」
「敵から奪った食料に、文句を言っても始まらんだろう。喉を潤したいので、私にはリンゴを貰えるだろうか」
「見てたらあたしも食いたくなったね。ロニ、こっちはチーズをおくれよ」
「へいへい」
緊張感の欠片もないやり取りだが、これもまた彼女たちの持ち味と言えるものなのだろう。
序章は終わり、次の幕へと物語はそのページを捲っていく。
どれほどの激動の時代であろうと、日の傾きは変わらない。
彼女らが、どんな足跡を辿ろうと決して変わりはしないのと同じように――
解説が無駄に長ぇよ。
やっぱりあれですね。
こうして書いてみると、改めてこの原作が大好きなのだと再認識します。