ドラゴンズクラウン、始めました   作:店頭価格

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4・古代神殿の遺跡(2)

「へーびへびへびー――よっと!」

「ギベャッ!」

 

 鎌首を持ち上げて飛び掛って来た人の腕ほどもある太い胴を持つ毒蛇の頭部を、メルティは慌てず騒がず右のかかと落としで地面と挟み叩き潰す。

 

「あの娘は、本当に楽しそうに戦うねぇ。ふっ!」

「ギャイッ!」

「貴女も似たようなものだろう、シェラ。ベクトルは違うようだが、私から言わせれば同類だな――フンッ!」

「ギギィッ!」

 

 会話の途中で一匹の胴を握り潰し、雷球を飛ばして別の一匹を丸焼きにする。

 一行は神殿は外周を通って内部へと戻り、幾つかの分岐を渡って毒蛇たちの巣へと辿り付いていた。

 三人にとってはこの程度の群れなど外敵にすらなりはせず、片手間感覚で地を這う者たちを蹂躙していく。

 

「さっきのゴブリンとかオークとか、また来るのかなぁ」

「だろうな。あの荷物の量から察するに、恐らく水路だろうがビルバロンからこの遺跡に物資を届ける道はもう出来てしまっていると考えた方が良い」

「めんどくさーい。なんで戦争とかしてるんだろ――皆がお腹空くだけじゃない」

「まぁ、欲しいもんは全部獲るってのがアイツらの流儀らしいからねぇ。人間の作る精巧な装飾品やら美味い料理なんかは、腰蓑巻いて肉を焼くだけだったバカ共にゃあ魅力的に映るんだろうさ」

 

 蛮族として名を馳せるオーク族は、その圧倒的な数と暴力によってなりたっている。物資の補充や人間たちとの裏取引などは、全て彼らの傘下として隷属させられたゴブリン族の手によるものだ。

 上に立っている者たちが、自分たちがなぜ戦えているのかを理解していないのである。ゴブリン族が滅ぶか自分たちが完全に敗北するまで、彼らの暴走は止まらないだろう。

 

「ちっ、銀貨かと思ったらただの鉄屑かよ」

「――待った」

 

 蛇の通路から広い空間へと移り、中央に大きな石像と壁の一方に精巧な壁画のある部屋に到着した一行。

 ロニが見つけたゴミに舌打ちしながら放り捨てていると、メルティが先に進もうとする全員を片手で制した。

 

「風の流れが乱れてる――多分、近くに別の通路があるよ」

「隠し部屋か。探す価値はあるね」

 

 仕掛けで開くものや壁そのものを破壊して出現させるものなど、遺跡や迷宮における隠し部屋は大抵の場合財宝の隠し場所と相場は決まっている。

 

「ふむ――だとすれば、ここだな」

「壁画?」

 

 一通り辺りを見渡していたエルドが、確信を込めて壁の一つに描かれた壁画へと近づき軽く叩く。

 

「ここだけ、他の装飾品などと比べて明らかに造りが甘い。色合いも薄く、素材も他よりは脆いものを使っているのだろうな」

「つまり、ぶっ壊せば良いんだね」

「待て、まだ検証は終わって――」

「どおぉぉぉらあぁぁぁっ!」

「……」

 

 振り下ろされた戦斧の衝撃により、壁画を含めた壁一体が轟音を立てて崩れ去る。ぽっかりと開いた大穴の先には、推理した通り別の部屋が広がっていた。

 

「良しっ、開いたよ!」

「古代の貴重な遺産が……」

 

 冒険者にとって重要なのは、昨日の知識より今日の金貨だ。頭を抱えて嘆くエルドの苦悩を無視し、シェラは呵々大笑しながら悠々と出現した隠し通路へと入って行く。

 

「宝箱はっけーんっ!」

「よしきたっ」

 

 四方を泥で塗り固めただけの簡素な部屋の一番奥には、金縁の装飾をした巨大な宝箱が鎮座していた。手付かずな上にどう見ても高級品が入っていそうな財宝の箱に飛び跳ねるエルフと飛び付く盗賊。

 

「どれどれー……楽勝っ」

 

 本人が語った通り、本当に指三本を数える程度の短時間で箱の鍵を開け放ったロニが、続いて中身を確かめようと開け口に両手を添える。

 その瞬間、天井から複数の影が隠し部屋の入り口を塞ぐ形で舞い降りて来た。

 

「また蛇?――じゃないっ」

「今度はスケルトンかいっ」

 

 着地したのは、錆びれた盾や剣を掲げる骨と化した三体の元人間たち。全ての肉を失い白骨のみとなった身で、それでも彼らはカチカチと歯をならしながらメルティたちへと襲い掛かった。

 

「よっ、よいさっ!」

「……っ!」

 

 至近距離で振り下ろされる刃をかわし、弓を手放しながら反撃として骸骨の顎を目掛けて跳躍と同時に右の膝蹴りを繰り出す。

 小柄で細身な少女は、今まで長い間旅を繰り返して来た一介の戦士だ。狭い室内で弓が使えないからといって、戦えなくなる訳もない。

 だが、骨の兵士たちはここまでで葬って来た者たちとは一線を隔していた。

 

「おぉ? うひゃぁっ!」

 

 左の盾でメルティの蹴りを受け止め、逆手に持ち替えた半折れの長剣を真横へと振り抜く。受け止められた反動を利用し、少女は空中で身を捻る事でその凶刃をなんとか腹に掠らせるだけに留めた。

 

「ちっ、やるね。財宝の守護者ってところか――ふんっ、おぉらぁっ!」

「……っ」

 

 別の一体に斜めから振り下ろす戦斧の刃を盾で防がせ、返す下からの石突きを肋骨しかない脇腹へと叩き込むシェラ。

 しかし、これも当たらない。骸骨はもう片方の手で刃を巧みに操り、当たれば粉微塵になるだろうその一撃をあさっての方向へと逸らしてのける。

 

「く……っ。ただのスケルトンではない――ワイトだっ!」

 

 黒いオーラを滾らせる白骨死体からの連撃を杖で受け止めながら、エルドが声を張り上げて呻く。

 勇猛果敢を謳われた勇士や騎士の遺体が、自らの意志でスケルトンと化した者たち――死後を闘争と武の練磨のみに捧げた彼らは、魔力によって動くだけの奴隷であるスケルトンたちとは桁違いの実力を秘めている。

 

「この部屋は、つい先程まで出入りする場所は存在しなかった――つまりこの者たちは、財宝を守る為に自ら生き埋めにされる事を選んだんだ!」

 

 常人には理解しかねる、狂気にすら届く忠誠心。死後に訪れるだろう不埒者たちを始末する事だけを、彼らは望み選択したのだ。

 

「はっ、それじゃあそのお宝を貰って行く為に――きっちり叩き潰してあげないとねぇ!」

 

 技巧によってシェラの攻撃を凌ぐ骸骨兵に向けて、一笑したアマゾネスが更に一歩を踏み出す。

 互いの身が密着するほどの近距離で、過去の英霊は限界まで引いた長剣を容赦なく相手の心臓へと向けて刺し込んだ。

 

「ぐ、ぐぅっ!」

 

 刃が食い込み――戦乙女の笑みが深まる。引き絞られた頑強な筋肉が、先端の一寸だけでその一撃を受け止めたのだ。

 

「ふんっ――があぁぁぁぁぁぁっ!」

「……っ!」

 

 抵抗は許さない。そのまま両サイドから腕を回しワイトの身を捕らえたシェラは、更に筋肉を引き締めて骨の剣士を抱き潰す。

 

「どうだい? アンタが見捨てた筋肉は、捨てたもんじゃなかったろう?」

 

 破片となって地面へと落ちる骨を見下ろし、勝者となったシェラは胸に刺さった剣を無造作に引き抜いて皮肉を語る。

 

「ふっ、ほいっ、さっ――そこっ!」

 

 しゃがみ、裏拳、逸らし、肘打ち――

 メルティの方も、回避と打撃によって確実に敵の身を削り取っていく。

 幾ら生前が優れた闘士であろうと、今のワイトにあるのは武器と骨のみ。細身の少女が繰り出す軽い打撃でさえ、その身体は簡単に折れて崩れてしまう。

 

「はいっ――バイバイッ!」

 

 別れの挨拶と共に、メルティの繰り出した真下からの蹴り上げが骸骨の頭部を吹き飛ばし、そのまま天井にぶつけて粉々に砕いてしまう。

 

「いえいっ!――え?」

「……っ」

 

 勝利を確信してVサインを出す彼女だったが、頭を潰した程度で死霊となった戦士は止まらない。顔を失った白骨の胴体が、その錆びた刃を下段から少女の首筋へ向けて閃かせる。

 

「――滅びよ!」

 

 『フレイムバースト』――

 

「うひゃあぁぁっ!」

 

 声のした方角から、室内の地面全てを通る爆炎が弾けた。それは不思議な事にメルティやシェラを焼かず、エルフの少女の前に居たワイトだけを巻き込み高々と吹き飛ばす。

 

「――む、驚かせてしまったようだな。魔法を得手とする者と組むのは、もしや初めてだったか?」

 

 爆発が収まり、燃え散る地面を舐め始めた火もメルティたちには一切の熱を与えない。エルドのような魔法使いの起こす現象は、対象を識別し敵対者のみに効果を発揮するのだ。

 

「ありがと、エルド。助かったよ」

「良くは解からんが、その礼は受け取っておこう。こちらはこちらで、必死だっただけだがな」

 

 発動に使用した魔道書を懐にしまい直しながら、エルドは頬に付いた幾つかの傷をローブの裾で拭っている。

 

「ロニー、中身なんだったぁ?」

「すげぇぜぇ! 普通の遺跡なら、全部回ってやっと手に入るかどうかってほどの金貨と宝石の山だ!」

「おぉー」

 

 戦闘中も我関せずと宝箱の中身を漁っていたロニが、興奮気味にその一部を手の平に乗せて全員へと見せ付けた。

 

「凄いなっ。まぁ、ワイトが三体も出現するほどの遺跡ならばそれも当然か」

「ありゃ、そいつぁちょいとハズレだったねぇ。まぁ、こっちのルートならそんなもんか」

「――へ?」

 

 こぼれ落ちそうなほどの黄金と宝石の輝きに目を見開く魔道士とは違い、ハイドランドきっての熟練冒険者の反応は真逆に近いものだった。

 

「最初に、普通の遺跡とは勝手が違うって言っておいたろう? 「ゲート」と繋がった迷宮で手に入る本当のお宝は、魔法の力で強化された武器や防具――いわゆるマジックアイテムなのさ」

 

 シェラはそう言うと、自分の戦斧を自慢気に軽く振り回した後刃の部分を地面へと落とす。

 

「あたしの相棒も、遺跡から手に入れた一品だよ。特性は「頑丈さ」――どれだけ堅い相手に振り下ろしても、刃こぼれ一つしやしない。しかも、もしも欠けても魔力を注げば元通りに戻っちまうっていう優れもんさ」

「へー、凄いね! 私も、そんなの手に入れてみたい!」

「バカなっ。 「ゲート」を越えた遺跡には、それほどの品が数多く眠っていると言うのか……っ」

 

 素直に賞賛するメルティと、驚愕をあらわにするエルド。

 魔道士としての知識を持つ彼には、シェラが語った言葉がどれほど出鱈目なのかが十全に理解出来ているからだ。

 大抵の場合、使い捨ての道具ならばともかく恒久的に使用出来る装備品に別の能力を付けたマジックアイテムは、気休め程度の効果しか付与されていないものが大半だ。

 そんな品であっても、市場に流通すれば確実に何も効果が付与されていない同一品の五倍以上の値が付く。それほどまでに、この世界での魔法装備品は希少なのだ。

 

「語った言葉に偽りがなければ、捨て値で売っても御殿が建つぞ……っ」

「マジかよ……っ」

「はは、らしいね」

 

 金銀財宝が霞む一振りの刃に、戦慄するエルドとロニ。所有者であるシェラは、そんな二人の顔を見て面白そうに笑っているだけだった。

 

「変な話でね、こういった品が手に入る遺跡の深部に潜れるヤツらは、大抵その辺の金勘定には疎かったりするのさ」

「無欲であり、そして貪欲である事が踏破の秘訣か……ままならないものだな」

 

 その内の一人であろう者が語る妙に説得力のある説明に、口元を押さえて唸る若き魔道士。

 

「あぁ、それと注意がもう一つ。遺跡の先で眠ってるマジックアイテムは大抵封印だの呪いだのが掛けられててそのままじゃ使えないから、街に戻って鑑定士なり寺院なりを頼って使えるようにして貰うんだね。お勧めは、鑑定も解呪もやってくれるモルガンの魔法道具屋だ」

「はーい!」

「よーし、良い返事だっ」

「みぎゃっ」

 

 元気に返事をするメルティに気を良くし、シェラは満面の笑顔で力一杯エルフの背中を叩く。

 隠し部屋から元の場所へと戻り、三人と一人はその先にある水没地帯へと足を進める。

 

「そろそろ、ハーピーたちが巣にしてる出口の「ゲート」の近くに着く。さっきのワイトなんかよりもずっと面倒な相手だからね、気合入れときなよ」

 

 足首ほどまでが水に浸かる崩れた遺跡を歩きながら、シェラは武器を片手から両手に持ち替え何時でも戦闘を開始出来る姿勢を取っていた。

 

「はいはーい、質問しつもーん」

「私が答えられる範囲であれば答えよう。なんだ?」

 

 今までの旅路でエルドの知識が信の置けるものだと理解したメルティが、両手を上げて博学の青年へと問い掛ける。

 

「ローランの探してる騎士さんって、ハーピーに魔法で魅了されてるんだよね?」

「その可能性は高いだろうな。なにせ、明確な理由もなく何度も一人で遺跡に通うなど尋常ではない」

「でもでも、それってハーピーには会ってるけど無事に帰って来てるって事だよね? 何度も」

 

 魔物と出会って無抵抗にさせられたのであれば、そのまま食われているのが普通だ。魔物に情などある訳もなく、エサが目の前にありながら見逃す理由などありはしない。

 にも関わらず、ハーピーはその騎士と逢瀬を重ねながら彼を無事に街まで帰しているというのだ。一体何がしたいのか、メルティにはさっぱり理解出来なかった。

 

「まぁ、最終的にお前の考えている通りの結末になる事は間違いないのだがな――それについては、ハーピーという魔物の特性を語る必要だあるだろう」

「ふんふん」

「ハーピーは、雌のみしか生まれない非常に珍しい単一種族だ。今なお学者たちが血眼になって探しているが、未だに雄の固体は正式な発表を通して突然変異体すらも確認されてはいない」

「それでそれで?」

「つまり――そういう事だ」

「どういう事なの!?」

 

 説明の途中で突然結論へと一足飛びされ、メルティがすっとんきょうな声を上げる。

 

「今の説明で理解出来ないのであれば、これ以上の解説は難しいな」

「えー、えー、意地悪しないで教えてよぉ」

「意地悪ではないのだ。なんと言うべきか……」

 

 背中から抱き付かれ、小柄な少女を背負う形となったエルドが困った表情で頭を掻く。

 エルドという青年は、言葉付きからも解かる通りの紳士である。語った通り、今の説明で理解出来ないのであればその詳細を教える事ははばかられた。

 

「むー、むーむーっ」

「づっ、こら、髪を引っ張るな。悪いとは……いたたっ。シェラ、ロニも、見ていないで助けてくれ」

「おや、女の子に抱きつかれるなんて役得じゃないかい。堪能しなよ」

「そうなったらしばらくうるせぇからなぁ。巻き込まれるのはゴメンだ」

 

 ローブや髪に悪戯されながら魔法使いの青年が助けを求めるが、アマゾネスと鍵開け師の反応はつれないものだ。

 

「むいーっ……ん? これ、血の臭い――っ」

「とっ……おいっ」

 

 しばらく不機嫌なままエルドの長い髪をいじり回していたメルティだったが、鼻腔をくすぐるその感覚に魔道士の背から飛び退き水路の先へと全員を置いて全力疾走を開始する。

 しばらく水飛沫を上げながら走り続けたエルフの少女は、臭いの元凶となっている異常な光景へと辿り着いた。

 

「あぁ……マリア……マリアァ……」

 

 恍惚とした表情で、半裸の女性へと抱き付く騎士甲冑姿の男。表情とは違い目は虚ろであり、半開きとなった口からは絶えず涎が垂れ落ち続けている。

 大量の木の枝で組まれた巨大な鳥の巣の上で男を抱く美貌の女性に、腕はない。本来人間の腕としてあるべきその場所は、鮮やかな群青色をした巨大な二翼の羽となって広げられていた。

 女性の下半身を埋め尽くす羽毛の下には、鋭く尖った怪鳥の爪。折り曲げられた獲物を狩る為の部位は、今正に騎士の命を刈りと獲ろうとその背に食い込み始めている。

 しかし、男に抵抗の意思は見られない。それどころか、更に女の胸へと顔を埋め幸せそうにその結末を受け入れようとしていた。

 

「放しな――さいっ!」

「っ!?――ケエェェェェェェッ!」

 

 番えた矢は四本。高速で走るその連撃を察知し、その美しい顔からは想像も付かないほどの醜い金切り声を上げながら大きく羽ばたく。

 魔力を乗せ、生み出された烈風はメルティの矢をことごとく弾き飛ばす。

 

「ぐぁっ」

 

 しかしそれは、エルフの弓士にとって想定の範囲内だ。ハーピーが激しく動いた事で爪が外れ、騎士が巣穴へと転げ落ちる。

 

「おぉ、こりゃまたどんぴしゃなタイミングだね。こんな偶然、早々ないよ」

「生憎、神に感謝する主義も時間もないがな――はぁっ!」

「ケエェェェェェェッ!」

 

 遅れて到着し感心するシェラの隣から、更なる牽制としてエルドの杖が雷の槍を吐き出す。食事の開始を邪魔されて怒ったのか、空へと飛び上がり雷槍を回避したハーピーの顔はこれ以上ないほど歪に歪んでいる。

 

「や、やめろ! マリアを傷付けるな!」

 

 上空からハーピーが己の羽を刃として地面へと振り撒く中、背中から血を流す短めの金髪をした名も知らぬ騎士の青年が錯乱したままメルティに掴み掛かった。

 

「ちょ、邪魔しないでよっ」

「うるさい、この悪魔共めっ! 無辜(むこ)の民に刃を向けるなど、恥を知れ!」

「はぁっ? この人何言ってんの?」

「それが魅了された状態ってやつだ。戦いの邪魔になるから、とりあえずぶっ飛ばしといて良いよ」

「オッケー!」

「ほぐぁっ!?」

 

 シェラからの許可も出たので、遠慮無用とメルティは騎士の股間を全力で蹴り上げる。男としての急所を抉られた青年は、口から泡を吹いて浅い水の中へと顔を没した。

 

「ロニッ! この邪魔なの、向こう持ってって!」

「はいよぉ」

 

 鍵も宝箱もない戦場では役に立たないロニは、雑用として気絶した青年を安全な場所まで引き摺って行く。

 

「おっと、こんな所に誰かの財布が落ちてらぁ。運のねぇこった、ひひひっ」

 

 途中でちゃっかり、甲冑の懐をまさぐり水面へと落とした硬貨の袋を再度拾い上げていたりしているが、命の恩人が受け取る謝礼費としては安いものだろう。

 

「ケエェェェェェェッ!」

「どわっちっ! このぉっ!」

 

 急降下からの鉤爪を回避した後、振り返って連続で矢を繰り出すメルティだったが、ハーピーのまとう風によって逸らされまるで届きく気配がない。

 

「もー、あんなの反則じゃない!」

「まずは、あの風をどうにかせねばな――」

 

 遺跡の上空を悠々と飛翔する鳥女へとメルティが拳を突き上げていると、エルドがそんな事を言いながら袖口の異次元袋より黄土色の表紙をした魔道書を取り出した。

 

「降りて来い!」

 

 『ストーム』――

 

 エルドの魔力を糧に出現した一本の巨大な竜巻は、再び爪を伸ばし急降下を始めていたハーピーの身体を渦の中へと巻き込み滅茶苦茶に掻き回す。

 

「ケ、ケエェェェッ」

「ナイス、エルドッ。もーらいっと!」

「ギ、ギィッ」

 

 二つの風がぶつかり合って相殺され、飛行の制御を失い真っ逆さまに地上へと墜落するハーピー。そこにメルティの放つ二本の矢が飛来し、今度こそその片翼へと突き刺さる。

 

「ケエェェェェェェッ!」

 

 ハーピーからの反撃は、エルドへの仕返しとばかりに地面から吹き上がる強烈な竜巻だ。

 

「うおわっちっ!」

「くぅっ」

「ケエェェェッ!」

 

 引き寄せられる烈風に晒され、足を止めてしまった二人へと雄叫びを上げて怪鳥が迫る。

 

「どおぉぉぉらあぁぁぁっ!」

「ゲギャアァァァァァァゥッ!?」

 

 誰もが怯む竜巻の中を、ものともせずに突き破ったシェラの渾身の一撃が振り下ろされ、ハーピーの背から大量の血飛沫が溢れ出す。

 

「ケェェェ――キイィエェェェェェェッ!」

「何か来るっ。避けろ!」

 

 エルドの発した忠告も虚しく、死期を悟ったのだろう女面鳥が最後の一撃として放ったのは、周辺一帯をおおい尽くす雷の豪雨だった。

 

「あびゃびゃびゃびゃびゃびゃびゃっ!」

「ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

「メルティエル! シェラ!」

 

 一人魔力による結界を張り雷の雨を防ぐエルドの口から、助けられなかった二人へと悲痛な叫びが木霊する。

 

「――ったいなぁ、もう! なにすんのさ!」

「――まったくだよ。こんな半端な雷なんかでお茶を濁そうたぁ、ちょいと甘過ぎだねぇ」

「……なんで無事なんだ」

 

 光の嵐が収まり、身体から黒煙を上げながらも割と平気そうなメルティとシェラへの感想は、エルドを含めた常識人の総意に違いなかった。シェラなどは、至近距離で魔法の直撃を受けたにも関わらず遠くで回避し損ねたメルティよりも更に元気そうだ。

 

「ケェェ……ケェェェ……」

 

 魔力と共に体力も消耗し、パーピーは最早虫の息となっている。

 

「飛ぶ――逃げるつもりかっ」

「残念でしたっ。ここまでやられて――逃がすわけないでしょ!」

「ギャゥッ! ギゥゥッ!」

 

 怪鳥の飛翔に合わせ、繰り出された三射九本の直線は鳥の両翼と女性の心臓や喉などの急所へと吸い込まれていく。

 

「おぉぉぉあぁぁぁぁぁぁっ!」

「ゲ、ゲエェェェェェェ……ッ」

 

 最後は、地面を振るわせる振脚の後で裂帛の気合と共に振り抜かれたアマゾネスの豪撃が、ハーピーを右の肩口から一直線に深く切り裂きその命へと容赦なく「死」という運命(さだめ)を叩き込む。

 

「ふぃー。さて、これで近くにある「ゲート」を通ればお前さんたちの試験合格とエルドの依頼は終了だ。ついでに、ローランの受けてた依頼もね」

 

 ハーピーが息絶えた事を確認すると、警戒しつつも張り詰めていた空気を解きシェラはにこやかに破顔してメルティたちを見た。

 長いようで短かった遺跡の旅も、これにて終了だ。

 

「正式な謝礼は報酬を渡す際にもさせて貰うが、今この時にも一度言っておきたい。三人共、私の依頼を受けてくれて本当にありがとう」

「えへへー。私も結構楽しかったし、しばらくはあの街に居るつもりだからさ。また機会があれば、一緒に探検しようねっ」

 

 騎士を引き摺りながら戻って来たロニ共々、三人へと頭を下げるエルドにエルフの少女は恥ずかしそうに頭を掻きながら満面の笑みを返す。

 

「どうかな。今回の探索だけで今後の生活はしばらく困窮しないだろうから、私は元の魔法薬師業へと戻るつもりだ。勿論街で会えば、その時は食事や茶飲み話ぐらいは付き合うがな」

「なーんだ。エルドって強いから、私たちみたいな冒険者になれば良いのに」

「ふふっ、すまないな」

 

 自然な身長差からメルティの頭にその手の平を乗せ、エルドも微笑を浮かべている。

 

「それじゃあ、他のハーピーが寄って来る前にさっさとずらかろうかい」

「了解した――どうした?」

「んー……」

 

 騎士を受け取り背負うシェラが歩き出せば、それにエルドとロニが続く。

 遺跡から退散しようと動き始めた仲間たちの中で、メルティだけがその場に残りハーピーの死体を見下ろしていた。

 

「――この鳥って、食べれるのかな?」

「出たよ、この悪食が」

 

 ここに来て、食いしん坊エルフの本性が発揮され始めたと露骨に顔を歪めるロニ。

 

「成長したハーピーは、上半身の見た目から人間の間では食用にする事を忌避されている。その代わりというか、この魔物の卵はそれなりの高級食材として市場では取引されていたはずだ」

「ほんとっ!? ゴメン、ちょっと待ってて!」

 

 瞳を輝かせ、メルティはハーピーの巣へと飛び込むように直行していく。

 

「あるかなー、あるかなー――あったぁっ!」

 

 しばらく鳥女が集めたのだろう骨や光物などを次々と投げ捨てた後、メルティは一抱えはある大きな卵を両手に一つずつ持ち上げて喜びの咆哮を上げていた。

 

「ほぉ、幾つも巣を漁ってやっと一つ見つかれば良い方だってのに――この騎士の坊ちゃんといい、メルティの近くは運に恵まれるねぇ」

「えへへー。これだけ大きかったら、皆で食べてもお腹一杯になれそうだねっ」

「皆で? ありがたい話だが、一人で存分に堪能して貰っても私は構わないぞ?」

 

 食材は金にはなるが、財宝ではない。よって、手に入れた者が独占しても文句は出ない場合が多い。

 しかも、食べてしまうのであれば一人で独占した方がよりその美味を楽しめるはずだ。

 

「ふふん。エルドは頭が良いくせに、こんな事も知らないんだね」

 

 しかし、エルフの少女はロニの大袋へと二つの卵を突っ込んでから不敵に人差し指を振りつつ笑って見せる。

 

「ご飯はね、皆で食べた方が美味しいんだよっ」

 

 それが正しく真理であると確信した、絶対の自信が込められた言葉だった。

 

「「……」」

「オレと同じ、コイツのいかれた流儀だ」

 

 言葉を失うシェラとエルドの後ろから、メルティの相棒であるロニが小声で語る。

 このエルフと盗賊は、正しく同類だったのだ。

 この小さな少女は、冒険者という沢山の危険や世にある汚れを身近に受け取らねばならない生き方をしている。これほどの腕を手に入れるまでに、騙された事も死に掛けた事も一度や二度ではないだろう。

 もしかすると、その身体を汚された事すらあるかもしれない。

 

「確か、街にあった「竜の天国亭」ってとこが食材持込みありだったよねー。オーソドックスにスープかなー、オムレツかなー。ちょっと捻って、炒め物の具に混ぜても良さそうだよねー――ムッフッフゥッ」

 

 それでも、彼女は笑顔でただ一度冒険を共にしただけの他人へとこう言うのだ。「皆で一緒にご飯を食べよう」、と。

 

「食いたくなきゃ良いが、アイツの奢りでタダ飯なんだから食っていった方が得だぜ?」

 

 それだけ言って、ロニは立ち止まったシェラたちを放置し出口の「ゲート」へと鼻歌混じりで向かっているメルティを追い始める。

 

「まいったねぇ」

「あぁ、まいったな」

 

 残された二人は小さく笑い合い、二人を追って「ゲート」へと向かい始めた。

 報酬の支払いと手に入れた財宝の分配をそこそこに、街一番の酒場である「竜の天国亭」に集った面々はメルティの宣言通りハーピーの卵をふんだんに使った料理の数々に舌鼓を打つ事になる。

 スープ、プレーンオムレツ、トマトスクランブル、フレンチトースト、スコッチエッグ、旬の野菜と和えたサラダ、etc――

 勿論、それらの料理を一番楽しんだのは間違いなく食い意地の張ったエルフの少女だ。

 飲み、食い、騒ぎ――酒の勢いもあって全員が盛大に笑い合った。

 ここで、彼女たちの物語は一端の閉幕となる。

 しかし、食は元気の源であり明日への活力だ。

 冒険者たちが巻き起こす伝説は確かにここから始まり、そして次の物語へと続いて行く。

 今は、再びこの物語の綴られた本が開かれる事を願い、金のしおりを挟んだページを閉じよう。

 

 

 

 

 

 

 後日、別の意味で目覚めてしまったこの時の騎士がエルフの少女へと沢山の花束を持って現れ、何がどうなってか彼女の相棒であるロニを相手に決闘騒ぎへと発展していくのだが――それはもしかすると、伝説の中で消えていった語られぬ一幕なのかもしれない。

 




これにてステージ1はしゅーりょーです。おつかれい。

ロニはオチ担当ってタグにも書いたしね、しょうがないね。
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