ドラゴンズクラウン、始めました   作:店頭価格

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「笏」の字が常用外だったからしばらく探したよ、ちくしょう。

後、偉そうな人たちの喋り方がさっぱりなのでかなり適当です。
私ってば平民だからね。仕方ないね。



5・消えた王笏

「こんにちはーっ!」

「よぉ、メルティ! 今日も探索か?」

「うーん、今日は依頼の気分かなー。おっちゃんたちも、安酒ばっか飲んでないで働きなよ」

「がっはっはっ。明日も知れねぇ日銭仕事でも、コイツさえありゃあご機嫌よぉっ」

「こっち来いよ、一緒に飲もうぜぇ」

「イヤだよ。真っ昼間っから酔い潰れるなんて、勿体無いじゃない」

 

 ギルドに顔を出したエルフの少女に、むさくるしい男たちから次々と声が掛けられる。

 サミュエルから申し渡された試験の合格から、早十日ほど。その気安い性格もあって、手の平を返すようにギルドのメンバーから気に入られた彼女は冒険者たちからの人気者となっていた。

 勿論、未だに彼女の実力を疑う者や陰口を叩く者は居るが、そんな事を一々気にするほどこのエルフの少女は繊細ではない。

 

「こんにちは。何か面白そうな依頼ある?」

 

 ギルドのホールを奥へと進み、街人や貴族、果ては騎士団などからの依頼の受け取りやギルドの所属員たちへと斡旋する受付場で、メルティが片手を上げて職員に問い掛ける。

 

「そうねぇ……」

 

 書類の整理をしていた若い女性の受付員が、その中の羊皮紙を幾つか抜き取って机に並べてみせた。

 

「お勧め出来るのは、ジャイアントスパイダーから採取出来る蜘蛛糸の入手、森林地帯で増加傾向にあるオウルベアーの駆除、ハーピーの雛の捕獲――ぐらいかしらねぇ」

「えー。もっとこう、どっかーんとしたのないの?」

「確かに今は沢山の依頼が滞ってるけど、新人さんだと依頼主が信頼出来ないって納得しない場合が多いのよ。ごめんなさいね」

「むー」

「小さな依頼をコツコツこなしていくのも、ギルドが示す道の一つよ」

 

 膨れっ面をするメルティの頬をプニプニと突きながら、受付嬢は諭すように語って微笑みを浮かべた。

 

「ほっほっ、派手な仕事の依頼が欲しいのかね?」

「サミュエル?」

 

 話を聞いていたのか、姿を現したギルド長が朗らかに笑いながらメルティの背後に声を掛ける。

 

「そんなお主に、ぴったりの依頼が来ておるぞ」

「なになに? どんなの?」

「詳しい事情は、依頼主から直接説明をしたいらしい。指定された会合場所は――王城じゃ」

 

 サミュエルの片手に掲げられている依頼書の羊皮紙は、一般で普及しているものよりも遥かに良質であり高級品だと一目で解かるほどだ。

 

「おぉー。王城って、あの街の真ん中にある一番でっかい建物でしょ? これ、受けて良いの?」

 

 一介の冒険者が王城に足を踏み入れる機会など、一生に一度すらありはしないだろう。

 自分たちで雇う私兵では解決出来ない仕事だからこそ、この依頼はギルドへと託されたのだ。依頼人の身分が高いほど、相応の実力が求められる難儀で複雑な内容である場合が多くなっていく。

 そしてそれは、正に退屈を持て余していたエルフの少女が心から望んでいるものでもあった。

 

「あぁ。報酬も、王国の中央だけあってかなりの高額になっておる。その分面倒や危険は大きいじゃろうが、お主ならば大丈夫じゃろう」

「ありがとうっ。それじゃあ、早速ロニと一緒に行ってみるねっ」

「あぁ、気を付けてな」

「いってらっしゃーい」

 

 尻尾があればブンブンと振り回していそうなほど瞳を輝かせ、依頼書を受け取ったエルフの少女はサミュエルとギルド嬢の見送りを受けながら駆け足で建物を後にしていく。

 

「おっと。これから仕事かい? メルティ」

「うん。行って来るね、シェラ」

 

 丁度入れ違いになる形でギルドへ訪れたアマゾネスの女と挨拶を交わし、メルティは街の雑踏へと紛れていった。

 

「――おい、爺さん。まさかとは思うけど、あの依頼を渡したんじゃないだろうね」

「そうじゃよ」

 

 メルティの喜びようから事情を察し、半眼で詰め寄って来るシェラの眼力を柳に風と受け流しながらサミュエルは悪びれもせずあっさりと頷く。

 

「先方の希望通り、腕の立つ新人でこの国での滞在期間が短い者、という条件は当てはまっておるからの」

「破格の報酬で依頼の内容は口外厳禁だなんて、どう考えても胡散臭い政治絡みだろうに。使い潰す気かい?」

「出来ればワシも、あちらだけで勝手にやって欲しいとは思っておるよ。だが、このギルドが王国に根ざした機関である以上はそうもいかん」

 

 現在この国は、国王不在という大変に危うい状況の中を揺らいでいる。そこで起こるのは、目をおおわんばかりの醜い政権争いだ。

 王位継承権を持つ者とその取り巻きたちがあれこれと暗躍している王室の内情は、酒場の噂話として昇ってしまうほど公然の秘密と化していた。

 

「あの件は、王宮と縁の深い者に協力と牽制を頼んでおる。ギルドの長として、依頼をこなした後無実の罪を着せられて斬首――などとはしたくないからの」

「やれやれ……」

 

 静かに瞠目するサミュエルに対し、シェラは体良くギルドの厄介事を任されたメルティへ同情したのか、彼女の出て行った外を見やり大きく溜息を吐いて首を振る。

 

「――帰って来るに、金貨一枚」

「オレもだ。帰って来るに一枚」

「オレもオレも」

「それじゃあ賭けになんねぇって」

 

 無鉄砲で危なっかしい妹のような存在になりつつあるエルフの少女へと、ギルドに集まっていた冒険者たちは賭け事の振りなどをしつつせめてもの無事を祈るばかりだった。

 

 

 

 

 

 

 酒場のテーブルに就き、戻って来たメルティから一通りの話を聞いたロニの反応は当然の如く顔を真っ赤にした大激怒だった。

 

「バカかおめぇはっ!」

「むー。なんか面白そうだし、別に良いじゃんかぁ」

「あからさまに面倒事押し付けられてんだろうが! このスカタンッ!」

「それじゃあ、折角受けた依頼を突っ返せって言うの? そんな無責任な真似、絶対イヤだよっ!」

「知るかぁっ! てめぇのクソつまんねぇプライドに付き合わされる、こっちの身にもなりやがれっ!」

 

 ここで、メルティを見捨てるという選択肢がロニの中から消えている時点で二人の絆はお察しだ。ケンカするほどの仲である二人は、そのまま周りの迷惑も無視してギャイギャイと売り言葉に買い言葉を繰り返していく。

 

「あいも変わらず、元気な事だな」

 

 触らぬバカに祟りなしと、酒場の客や従業員も我関せずを貫いていたそのテーブルへと、勇敢なる一人の青年が声を掛ける。

 

「あれ? エルド、久しぶり」

 

 それは、魔法薬師という生業でありながらメルティたちと共に遺跡を探索した白い長髪の魔道士だった。

 

「あぁ、同席させて貰っても構わないだろうか」

「あ、ゴメン。今依頼を受けようとしてて、このテーブルは同じ依頼を受けた人たちとの待ち合わせ場所なの」

「ならば問題ない……私もその一人だ」

 

 袖口から軽く依頼書である羊皮紙を見せてそう言いながら、打ちひしがれた表情でロニの隣へと腰掛けるエルド。

 

「おめぇ、稼いだから薬師に戻るっつってたじゃねぇか」

「家賃は問題なく払い終えたのだが――その件で、他にツケを溜めていた者たちから一斉に催促されてな……至急、まとまった額の金を手に入れなければならなくなった」

「……清々しいほどのアホだな、お前」

 

 物腰や口調から生真面目で誠実な印象を受ける魔法使いではあるが、そう見えるだけでかなりのダメ人間街道を邁進しているらしい。

 

「後何人だっけ?」

「依頼されていた希望人数は、四人だったはずだ。お前たちを私が依頼を出した時と同じく二人で一人と考えるなら、定員は後二人――」

「おいこら、爺さんっ。しっかり歩けっての!」

「うぃー、ひっくっ。なんじゃお前さん、ワシの酒が飲めんと言うのかぁ?」

「誰も言ってねぇだろ、そんな事っ」

 

 エルドに続いて現れたのは、見上げるほどの体躯をした全身甲冑の男と、メルティよりも更に低い背丈をしていながら彼女の三倍はあろうかという筋肉を持つ岩石のような髭面の男。

 鎧を着込んだ方は人間だろうが、それに引き摺られている髭男はドーワーフと呼ばれる採掘と工芸技術に優れた亜人種だろう。

 

「よう。ギルドでクソ高い報酬の依頼を受けた連中の席ってのは、ここで良いのか?」

「酒じゃ! 酒を持って来い!」

 

 問いながらも、男二人は空いている席にどっかりと座り勝手に注文まで始めていた。

 大男の方が兜を外し、意外と端整な金髪の美顔を外気へと晒す。その気安いシニカルな笑みを見せれば、酒場に居る女性の一人や二人くらいは楽に釣れそうだ。

 

「オレはアラン、アラン=マクドガルだ。アランで良いぜ」

「んぐっ、んぐっ――ぶっはぁっ!」

「んで、こっちの爺さんは見ての通りのドワーフで――おい爺さんっ、飲んでないで自己紹介くらい自分でしろよっ」

「あぁ? 名前なんぞお前さんが呼ぶように、「爺さん」だの「おっさん」だので十分じゃろう――んぐっ、んぐっ」

「あ~、悪いな。酒さえ飲ませてりゃあ腕は良いんだが――爺さんの名前は、ジグロ――えー、ジグロド……なんだっけか」

「ジグロドゴローガじゃ。言えもせんのに、語ろうとするでないわい。ひっくっ」

「悪い悪い、いっつも爺さんかジグロで済ませてるもんだから。まぁ、長ったらしい上い言い辛いだろうからこっちも好きに呼んでくれ」

 

 他の者が間を挟めないほど、テンポの良い会話を披露するアランとジグロ。

 最近知り合ったばかりと語るには、いささか息が合い過ぎているほどだ。縁は奇なもの味なもの、とは良く言ったもので二人にとってはエルフと盗賊の出会いに負けず劣らずの邂逅だったらしい。

 

「いやー、助かったぜ。爺さんと意気投合したら、二人分の酒代で持って来てた路銀が底を突いちまってよ。サミュエル爺さんの推薦がなけりゃあ、裏路地で浮浪者生活まっしぐらだ。こりゃあ、オレにも遂に運が向いて来たかもなぁ」

 

 彼もまた、メルティと同じくサミュエルから半ば騙される形で依頼書を受け取ったらしい。

 運が向いて来ているどころか、最悪処刑台まで一直線であろう最低の依頼だ。ここまで来たなら一蓮托生なので、それは本人が気付くまで教えない方が華だろう。

 

「こりゃまた、随分と酷ぇ面子が集まったもんだな……」

 

 食欲しかないエルフ、因果応報の借金にあえぐ魔法使い、気楽な性格がそのまま不幸に繋がっていそうな剣士、酒に溺れ続けるドワーフ――そして、金貨を一枚拾う為にそんなバカたちと肩を並べるケチなこそ泥。

 自分を含め、どうにも抜けた所の多そうなメンバーを見回してロニが疲れたように溜息を吐き出す。

 依頼からして怪しければ、集う者たちもまた負けず劣らすの怪しげな集団だ。ろくでもない集団と言い替えても良い。

 王城という煌びやかで格式張った特権階級の住処へと挑むには、実に不相応過ぎる面々だと言えるだろう。

 そして、こんな者たちを使おうという王宮で待つ誰かさんも、どうしようもないろくでなしなのは確実だった。

 

 

 

 

 

 

 一通りの挨拶と顔合わせを済ませた後、メルティたちは依頼の内容を確認するべく依頼人の居る場所へと訪れる。

 

「おい――聞いてねぇぞ……っ」

「だと思ったよ。今後は、依頼の内容を自分の目でしかと確認してから受け取るのだな」

 

 緊張で声を枯らす右上からの抗議に、魔道士は素知らぬ顔をしながらそちらを見向きもしない。

 物々しい兵士たちに連れられ、堅牢な城内へと通される一行。と言っても、ロニとジグロは適当な言い訳をしながら逃げてしまったのでここに居るのはメルティ、エルド、アランの三名だけだ。

 依頼を受けた全員で謁見に来いとは書かれていなかったので、そのまま押し通す事にしたのだ。

 

「んー、なんだかこの服凄く動き辛いんだけど。ねぇエルド、苦しいし首元のボタンとか開けちゃダメなの?」

「駄目だ。そんな事をしたら、依頼を受ける前に叩き出されるぞ」

 

 流石に普段着で王城に入るのは拙いだろうと、現在三人はモルガンを頼って白基調とした高そうな長袖の上着に同色の長ズボンという礼服姿となっている。

 実際に高いわけではなく、周囲からそう見えるよう一時的な魔法が付与されただけの安物だ。仕組みを知っているか仕掛けた魔女と同格の魔道士でない限り、見破るのは至難の業だという無駄に洗練された偽装魔法である。

 

「ここで待機し、命があれば入れ。くれぐれも、粗相のないようにな」

 

 謁見の間の前にある大きな扉に辿り着くと、案内役の兵士がそう釘を刺して持ち場へと戻っていく。

 

「ふあ~ぁ。偉い人ってさ、無駄に待たせるのが好きだよねぇ」

「こちらを軽く扱う事で、自分たちが上だという権威を示したいのだ。まぁ、様式美のようなものだな」

「なんでお前ら、そんなに気楽にしていられるんだよ」

 

 謁見の間で誰かと会う。それは、この国の王族に近しい誰かと顔合わせをしなければならないという事だ。

 アランは、先で起こる身分不相応な謁見を前に欠伸さえ出せるほど緊張していないメルティたちに心底呆れ返っていた。

 

「え? 偉そうな依頼人から、説明受けて帰るだけでしょ? 面倒臭い事になったら、暴れて逃げれば良いだけじゃない」

「何事も、度が過ぎれば一周して冷静になれるものだ。一応、家主から身の安全を守る為の手札を一枚渡されてもいる」

 

 小声でとんでもない暴論を吐くメルティはさて置き、エルドもここで死ぬ予定などはなく最低でも生きて帰れる算段を付けているからこその余裕らしい。

 

「謁見の許可が出た! これよりは口を慎み、決して無礼のないよう振舞われよ!」

 

 やって来た別の兵士に耳打ちされ、扉を守っていた衛兵が声を張り上げる。二度も釘を刺されるとは、よほどメルティたちの素状を信用していないようだ。

 もっとも、振る舞いからしてエルド以外は平民丸出しでありまるで礼儀がなっていないのだ。兵士たちから下された評価は、おおむね正しいものでもあった。

 重厚な二枚の板が音を立てて左右へ開き、豪奢でありながら威厳に満ちた空間があらわとなる。国印の縫われた垂れ幕、脇を彩る装飾品の数々――微細な意匠が掘り込まれた花瓶一つでさえ、恐らく換金すれば目玉の飛び出すような値になるのだろうと容易に想像が付く。

 国王が不在である今、部屋の最奥に位置する玉座は空白であり座している者は居ない。一行を待っているのは、その少し前へと立つ男女の二人組みだった。

 一人は、ゆとりの多い赤のドレスを着込む長い銀髪を三つ網にした女性。どこか生気のない視線を虚空へと投げ、表情の抜け落ちたその相貌からは彼女が今何を思っているのかを察する事は出来ない。

 一目見ただけで彼女が高貴な生まれである事は明白であり、玉座の前に立つというその位置からも王族ないしその血統に連なる者だという雰囲気を醸している。

 男の方は茶と黒の毛皮をまとった猫背気味の中年であり、黒くもじゃもじゃとした顎鬚を乗せるその顔は隣の女性と比べて明らかに血筋の劣っているだろう人並みの風貌だ。

 或いは、隣り合う女性の整い過ぎた容姿に押されそう見えてしまうのかもしれない。それほどまでに、玉座の前に立つ令嬢は美しさはこの場で際立っていた。

 

「メルティエル、私のやる通りにひざまずけ」

「はーい」

 

 エルドから指示され、メルティは逆らう事なく彼と一緒にその場で片膝を付いて(こうべ)を垂れる。アランは彼女の隣で、言われるまでもなく同じ動作をしていた。

 

「おもてを上げよ」

 

 三人へと許可を出したのは、何故か女性よりも身分が低いだろう男の方だった。

 

「良く来たな、肉体労働者諸君。私はグスタフ、この国の宰相をしておる。こちらにおわすは王位継承権第一位であらせられる国王陛下のご息女、ビビアン=ハイドランド様だ」

「いきなり王女様に拝謁とか、ありえねぇだろ……っ」

 

 ビビアン王女と、宰相のグスタフ卿。未知にすら感じる権力者との会合に、アランは冷や汗を流しながら小さく掠れ声を上げている。

 

「この通り、王女様は余り口数の多いお方ではない。よって、代理人として私が今回の依頼を説明する。王女様にお目通りが叶った事を三女神に感謝し、粉骨砕身その身を賭して任務に当たるが良い」

 

 無表情で無口な女王の代わりに、宰相は良く喋る。口を開くどころかメルティたちを見ようともしないビビアン王女の態度は、まるでグスタフの操り人形にすら見えて来るほどだ。

 

「王女様、並びに宰相閣下と謁見賜りました事は真に光栄の至り」

 

 宰相への返しは、エルドが請け負う。メルティたちの中で、貴族や皇族とまともに会話が出来るのは彼だけだからだ。

 

「私は魔法道具師モルガン、及びギルド長サミュエル=ジョセフ氏からの推挙にて参上仕りましたエルドール=エンデと申します。脇に控えるは今回の任に同行いたします列強、エルフ族のメルティエルと傭兵として名を馳せますアラン=マクドガルにございます」

 

 別に競っている訳でもないが、こちらの口数も負けてはいない。しかも、彼の語りは言葉の中に重要な情報を差し込む事で宰相への牽制も同時に果たしていた。

 

「ほう、あのモルガン氏からの推挙とは……彼女の生み出す魔法道具の数々は、王侯貴族たちの中でもとりわけ人気を博しておる。その魔女殿が推すほどの魔道師とは、実に頼もしい限りであるな」

 

 その笑顔とは裏腹に、グスタフの機嫌は明らかに落ち込んでいた。

 貴族たちのお気に入りが寄越した推挙人。下手な扱い方をして、後ろに立つ魔女の機嫌を損ねでもすればどんな有形無形の被害が出る事か。

 一介の職人風情と侮るには、かの魔女の根はこの国の貴族社会の中枢にまで入り込み過ぎている。

 横の繋がりが薄いとされるギルドの長であるサミュエルだけならまだしも、そんな貴族たちを味方に付けるモルガンまで敵に回すとあっては強引な手段は自粛せざるを得ない。

 簡単に口封じが出来ると思っていた相手から予想外のワイルドカードを切られ、あての外れた宰相は内心で大いに呻いている事だろう。

 

「ごほんっ。では、お前たちに極秘の任を申し渡す。この任は他言無用であり、もしも他者にこの情報が渡った場合は一族郎党全てが重い罪に問われ不幸な結末を辿ると心得るが良い」

 

 気を取り直す為に咳払いを一つして、王国宰相は威圧的な口調で警告を発する。

 

「じゃあ、私が喋ったらエルフの森に住む皆とも戦争を始めるのかな?」

「ただのハッタリだ。こっちが約束守ってりゃあ済むんだから、聞き流してやれよ」

 

 相手に聞こえないようボソリと呟くメルティの突っ込みに、場の雰囲気に慣れてきたアランが器用に真面目な表情をしたまま小声で呆れ声を出す。

 

「――実は……国王陛下自らの遠征に伴い宝物庫へと保管された、この国の至宝が一つである王笏(おうしゃく)が盗まれてしまったのだ」

 

 眼前で片膝を付く三人が、等しく「面倒だからもう帰りたい」という思いを一つにしている事など露も知らず、グスタフはようやく重々しい口調で依頼の内容を説明し始めた。

 数日前、城の宝物庫に賊が侵入し盗まれた物を確認した所、保管されていた王笏(おうしゃく)がその姿を忽然と消していたらしい。

 

「城に忍び込んだ賊の姿を発見した者によれば、人相と手口から貴族を相手に窃盗を繰り返すトムティットという名の盗賊である事が判明している。諸君らの仕事はこの盗賊を見つけ出し、王笏(おうしゃく)をあるべき場所へと取り返す事である。無用な混乱を避け、ひいては国家の安寧を妨げぬ為にもこの件は秘密裏に解決されねばならない。よろしいな?」

「はっ。此度の任、迅速かつ磐石を持って事に当たらせて頂きます」

 

 割と肺活量が必要そうなグスタフの長台詞が終わり、エルドの堅苦しい承諾の挨拶を持ってその場は退室となった。

 

「うむ、なるべく早い朗報を期待しておるぞ」

 

 皆で王女と宰相へ深く一礼をして、謁見の間を後にする。

 結局、ビビアン王女はそこに立っていただけで一言すら会話に入って来なかった。あれでは、何故あの場に居たのかすら解からない。

 高貴なる身分である王族の思考や行動を、学のない平民が理解する事はそれなりに難しいのだろう。

 

 

 

 

 

 

 再び城の兵士に導かれ、城門を出ると同時にメルティとアランは首を絞めていた礼服のボタンを外す。

 

「ぷあー。きっつぅー」

「クソッ。こんな面倒くせぇ依頼だったとはな、ついてねぇ」

「二人とも、その服は借り物なのだから余り乱暴に扱ってくれるな。汚れや損傷があれば、即弁償なのだぞ」

 

 暗に、弁償するなら自腹で払えと言いながらエルドは借りた衣装をそうなる前に返すべく、二人を連れてモルガンの店へと早足で向かう。

 到着した建物の中でメルティたちを出迎えたのは、店主であり家主でもあるモルガン本人だ。

 

「お帰りなさい、無事でなりよりだわ」

「良く言う。私の周囲の者たちに取り立てを行うよう焚き付けたのは、貴女だろうに」

「返せるあてもないのに、好き放題あちこちから借金してる方が悪いのよ」

 

 半眼を向けるエルドの抗議など、養い手が正論を被せれば一瞬で叩き伏せられてしまう。自業自得の極まった自己の行いを、彼は理解しているのか、いないのか。

 

「これに懲りたら、少しは反省する事ね――メルティちゃんは、布で区切ってるこっちの奥を使ってちょうだい」

「はーい」

 

 役目は済んだとばかりに全員が礼服もどきを脱ぎ捨て、普段着や鎧姿へと戻る。エルドでさえも辟易としながら着替えている辺り、平気そうにしていてもやはり随分と気力と体力を消耗してしまったのだろう。

 

「何か、私に手伝える事はある?」

「恐らく、後で頼る事になるだろうな。極秘扱いにしたい依頼らしいので、詳細は教えられないが」

「良いのよ。必要だったとはいえ、巻き込んでしまった謝罪みたいなものだと思ってちょうだい」

「すまない……助かる」

 

 グスタフ卿への牽制は、ギルド長というサミュエルの立場だけではまだ弱かった。そこに、貴族たちから絶大な人気を誇るモルガンの後ろ盾を足すには、彼女と関わりの深い者が依頼を受ける必要があったのだ。

 お礼と共に服を返却し、一行は次の目的地であるロニとジグロが待っているだろう酒場へと足を向ける。

 

「しっかし、トムティットねぇ――名前が割れてんなら、アジトも割れてそうなもんだがな」

「余程の凄腕か、もしくは解かっていても手の出せない場所を根城にしているか――或いは、王族や貴族側に弱みがあり手を出せないか、だな」

「自前の兵士じゃなくオレたちみたいなゴロツキを雇った辺り、かなりきな臭いよなぁ」

「確実に、今起こっているお家騒動の一環だろうな」

 

 国家に仕える兵士や騎士たちは、冒険者などとは違い職業として日々の訓練や任務に勤しんでいる。どちらの実力を信用するかなどは、考えるまでもない。

 ギルドの人手不足と同じく、ドラゴンズクラウン探索の為に多くの兵たちが遠征に出てしまっているらしいが、それでも素性も判らぬ無頼者よりはよほど腕は立ち機密という意味でも確実だ。

 そんな優秀な者たちを頼らないのは、宰相にとって城に居る者たち全てが信用ならないという証左に他ならない。

 誰が敵で、誰が味方か。疑心暗鬼の中で政敵の間者かもしれない兵士に任を与えるよりは、金さえ払えばどうとでもなる城の内情とは関係の薄いだろう冒険者を採用したと考えれば、それなりに理屈は通る。

 

「宰相派と公爵派の確執に巻き込まれないよう、目と耳を塞いで任務の遂行だけを考えるとしよう」

「うーん……良く解かんないけど、おんなじ盗賊のよしみでロニが居場所を知ってたりしないかなぁ」

「期待するのは構わんが、早々都合良くはいくまいよ」

 

 そんな適当な会話を続けながら「竜の天国亭」へと戻ったメルティたちは、良い意味で予想を裏切られる事となる。

 

「トムティット? あぁ、ソイツのアジトなら知ってるぜ」

「本当かよっ」

「盗賊の仲間内では、それなりに有名な男だしな」

 

 驚くアランに肩をすくめ、事も無げに言ってのけるロニ。鍵開けという行為がどうしても犯罪に利用され易い以上、それを専門とする者たちは自分の身を守るべく情報を交換し合い憲兵や役人などからの追求をかわしているらしい。

 

「確か最近は、旧王都の廃墟を根城にしてるって話だったが……」

「旧王都か、また随分な危険地帯を選んだものだな」

 

 軍事国家である北のボルカ帝国との激戦により廃棄されたその場所は、その後ドラゴンの中でも最高位に属されるレッドドラゴンが住み着いてしまったが為に両軍が撤退を余儀なくされてしまう。

 時の流れと共に人外の住人は増え続け、現在はレッドドラゴンの同種族であるワイバーンや近親種であるリザードマンなどが集まる竜と爬虫類たちの人外魔境(らくえん)と化しているらしい。

 

「他に情報もなし、行くしかねぇか」

「聞き込み程度が関の山だが、一応街での情報収集もしておいた方が良いだろう。それで何も出なければ、ロニの手に入れた情報を信じて旧王都へ赴くのが妥当だろうな」

「ドラゴンかぁ……サンショウウオは食べた事あるけど、どんな味がするんだろうね」

「さぁのぉ、酒に合うなら願ったりじゃが――んぐっ、んぐっ」

「ボルカとの痛み分けで捨てられた王都ってこたぁ、持ち逃げし損ねた金持ち共の財産がざっくざく……ふへへっ、腕が鳴るぜ」

 

 真面目に話し合っているのはアランとエルドだけで、他のメンバーはすでに今回の目的を忘れつつあった。

 不安しかない四人と一人の冒険者たちが次に目指す地は、戦によって崩壊し鱗を持つ者たちによって新しく建国された野生の王国。

 噂名高い大怪盗を相手に、大捕り物と大活劇が幕を開ける。

 

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