「近寄らないで下さい!それ以上は敵対行動とみなします!」
この世界は弱肉強食と言っても、犯罪行為が許されているわけではない。
一定の強さに達した権利を有する者達が、法による命令権を弱者に発揮する。
権利を持たず、数の暴力に頼る輩は、ある意味害虫のようなもので、殺されても仕方がない。
「……おいおい、仲良くしようぜ?そんなにつれない態度されたら、オレも流石に傷つくぜ」
「俺たちは心配で声をかけたんだ。夜に狩場に行こうなんざ危険にきまってる」
「キレイな嬢ちゃん、悪いことは言わないから、おれたちについてきたほうがいいよ。怪我、したくないだろ?」
やれやれとジェスチャーしながらため息をつく鎖男。剣を肩に担いだ男もゆっくりと近づいてきて、弓を持った男は距離を保ったまま様子をうかがっている。
「――忠告はしました」
外套に隠していた短剣を抜き、威嚇する。
それを見て、剣を担いだ男が口の端を吊り上げた。
「はっ、脅しか? 女ひとりにビビって退くようなら、冒険者なんてやってられねぇんだよ」
「そうだな。ちょっと痛い目に遭わせりゃ、大人しくなるだろ」
鎖男がくるりと鎖を回転させはじめ、不気味な風切り音と金属音を響かせながらゆっくりと歩きはじめた。
剣を構えた男も鎖男の斜め後ろあたりを位置取り同じように近づいてきている。
弓の男は距離を詰めることなく、矢を番えながらも視線を逸らさずにこちらを油断なく観察し続けていた。
武力行使を続けるつもりならば、こちらも余裕はないので、手加減できない。
敵の役割分担は明確。
鎖で拘束し、剣で仕留め、弓で逃げ道を塞ぐ。
弱者狩りに優れた連携だろう。しかし、私に通用すると思うな!
私は一歩踏み出し、声を低く放つ。
「私に害意を示すなら、その命……失う覚悟をしてもらいます」
一瞬の静寂。夜気が張り詰め、互いの呼吸音すら重く響いた。
ジリっと少し後ろに下がった次の瞬間、鎖男が口角を吊り上げ、鎖を振りかざして飛びかかってくる。
鎖が唸りを上げて迫る。
私は深く息を吸い――行動を開始した。
羽織っていた外套が一瞬で変質し、鉄壁の盾が腕に展開する。
鎖が叩きつけられるが金属音を立てて弾かれ、火花が散った。
隙を逃さずに飛びつき、短剣で奇襲する。
狙いは鎖男の足首。
「ぐああっ!!」
悲鳴とともに鎖が地に落ち、男は膝を脚を抱えて転がった。
「なっ……!」
鎖男の無力化に、剣男が一瞬動揺した。
その刹那、私は盾を変形させ、鋭い鉄の輝きと共に腕から伸びた長槍を迷いなく突き出し、男の胸部を貫いた。
剣男の目が見開かれ、呻きとともに崩れ落ちる。
残るは一人。
後方でその光景を目にした瞬間、弓男は血の気を失い、必死に後退を始めた。
「ひっ……! く、くそっ!」
男は矢を放つことすら忘れ、必死に背を向けて駆け出した。
「逃がしません!」
千変万化を解き黒衣を羽織りながら急いで追いかける。
このまま逃げられると、街の危険度も許容できないほど上がる為、計画を変更しなければならない。
だが、森の闇に紛れる弓男の足は思った以上に速い。
影は遠ざかり、街中へ見事に逃げられてしまった。
「くっ!逃げ足の速いっ……」
仕方なく諦めて現場に戻ると、残されたのは呻き声をあげる鎖男と、動かなくなった剣男。
私が戻ってきたことに気づいた鎖男は、顔面蒼白になって怯え始めた。
「ま、待て……! や、やめてくれ……命だけは……!」
声は震え、必死に地面を這うように後退する。
私は無言で歩み寄った。
地面に転がっていた短剣を拾い、男に冷たい眼差しを向ける。
「無理です。……さようなら―――」
「や、やめろ……!! たす――」
最後まで言わせることなく、喉元を一閃。
喉から空気の抜ける、ひゅぅー、と細い音が漏れ、男の身体は弛緩してその場に倒れた。
――静寂が訪れる。
自身の息遣いだけが聞こえた。少し息が荒かった為、ゆっくりと呼吸を整え、すぐに痕跡を隠す作業に取りかかった。
死体の装備を分解して錬成素材を確保。
持っていた保存食なども有り難く頂戴する。
これで少し余裕ができた。
逆恨みの復讐を警戒し、暫くこの街に帰れないので、夜逃げするために少しでも多くの物資が必要だった。
地面に手を付き、分解のスキルを発動すると、足元の土が沈むように崩れ落ちる。
ぽっかりと開いたその穴に剣男と鎖男の死体を投げ入れ、死体を隠蔽したあと、血の匂いが濃く漂っていることに気づく。
私は周囲を見回し、見える限りの目立つ血溜まりを分解し、争った形跡を隠した。
完全には誤魔化せないが、少しでも時間稼ぎになることを祈ろう。
「……………………」
無言で静かにその場を後にする。
残されたのは、わずかな鉄錆の匂いと、闇に溶けた大地だけだった。
――――――――――――
道を急ぎつつ計画を修正する。
まずは森を抜け、西の村コルンへ向かう。
そこで休み冒険者登録ができれば、行商に同行してさらに馬車で二日ほど、西の街メシュブランカに行こう。
安定したダンジョン攻略を望むなら、この近辺ではそこが一番だ。
(……そういえば人を殺しても罪悪感がなかった)
――まあ、自分に害をなす者たちを殺して罪悪感を持つぐらいなら、最初から諦めて犠牲になればいい……。
十分に引き返す猶予も与えた。
……欲望に負けて私を襲ったんだから、自業自得と言っていいだろう。
結論が出て少しすると、オオカミの遠吠えが近くから聞こえた。
夜行性の魔物であるウルフが私を見つけたのかもしれない。
少しでも距離を稼ごうと駆け足で移動を開始する。
「「「グルルル……」」」
私の進行方向を塞ぐように、木立の奥から3匹のウルフが低く唸りながらあらわれた。
ウルフは漆黒の毛皮が特徴の魔物だ。
狼型の魔物は追跡力に優れている為、逃げることが難しい……。
今日はついてない日か?
男に襲われ、オオカミに襲われ、そういえばどちらも三人三匹で同じ数だな。
一匹ずつ戦って慣れる時間が欲しかった……。
――現実逃避はこれくらいにしよう。
ウルフが私を囲い込むようにグルグルと周囲を歩いている。
獣の包囲網は既に完成し、最初のウルフが飛びかかってくるのも時間の問題。
私は取り出した干し肉を、二匹のウルフの間に放り投げる。
オオカミ系統の魔物は、安全な食料を嗅覚で判断できると図鑑に載っていた。
干し肉で気を引けるなら、少し勿体ないがやむを得ないだろう。
肉が土を打つと同時に、二匹の鼻先がピクリと震えた。
「グルル……」と低く唸りながらも、一匹が前へ踏み出す。
牙を覗かせ、肉を咥えた瞬間、もう一匹も堪えきれずに飛びついた。
奪い合うように喉を鳴らし、食事に夢中になっている。
隙だらけだな――。
二匹から目を離し残りの一匹を見る。
すると「クゥン……」と情けない声を漏らしていた。
見事な包囲網だったが、こうなっては意味がない。
情けなく鳴いていたウルフに短剣を投擲する。
「キャンッ」
静かな悲鳴を上げ倒れるウルフ。
訓練の甲斐あって、投げた短剣はウルフの首を貫いた。
師に学んだわけではないが、命中精度には自信がある。
所詮は低級の魔物なのか、干し肉を奪いあっている二匹は隙だらけだった。
強く踏み込み距離を縮め、黒衣を変化させた片手剣で、まとめて薙ぎ払う。
「「キャイン!」」
血痕を撒き散らしながら、先ほど殺したウルフと同じく悲鳴を上げ息絶えた。
――男二人を殺してから、不思議と強くなった気がする。
もしかしたら、命源は魔物だけではなく、人間からも吸収できるのかもしれない……。
取り敢えず順調に魔物との初戦は終わった。
しかし、コルン村まで数時間はかかる。
元の世界でも夜の森は危険だけど、異世界の森は更に危険だろう。
最後まで気を引き締めて注意しよう。
「街道があってよかった……」
追手がくる可能性、夜の森に長時間いることの危険性を考えると、可能な限り急いで突破しないと……。
――――――――――――
最初のウルフとの戦闘から数時間後、私は暗い森の街道の中を、いまだに片脚を引きずるようにして歩き続けていた。
錬成で作成した包帯で出血は抑えているけど、控えめに言っても満身創痍といった状態。
あれからウルフの襲撃は一度で終わらず、二度三度とチームを組んで襲いかかってきた。
後半は血の臭いで群れが集まり、命の危機と言ってもいい場面が幾つもあった。
上位種のシャドウウルフに左腕と右脚を噛まれて武器を落とした時は本当に死ぬかと思ったけど、錬成スキルと黒衣の《
夜が明ける頃には、幾重もの死闘を潜り抜けることになった。
(全く計画通りにいかない……)
思わず内心でボヤいてしまう。
元の身体との体力の違いが、進行速度に大きな影響を与えていた。
生き物を殺して強くなっても、体力には然程影響を与えないらしい。
魔物を殺すことで吸収する
神のイタズラで女性になってから、不運が続いていた。
(――いや、これは不運ではなく、運命かもしれない。美人薄命っていいますしね……)
疲労が溜まり考えが後ろ向きになり始める。
脳内で慣れないブラックジョークをする程度にはおかしくなっていた。
計画通りの行動など、夢のまた夢でしかなかった。
男たちとの戦闘、ウルフとの初戦で上手くいった結果、自身の実力を過信してしまっていたかもしれない。
この満身創痍具合がそれを証明している。
――それでも、生き残る為には足を止めず、歩き続けるほかない。
――――――――――
やっとコルンの村近くに着いた。
長閑な風景で、田畑があって、鳥小屋があって、養蜂まで行っている様子がある。
近くには川も流れていて、田舎のスローライフをイメージしたらこういう環境が思い浮かぶ。
しかし、疲れている今はそんな事もどうでもいい。
早く村に入りたい……。
――進むと村の入り口手前に、倒れた村人らしき人影が複数あった。
その近くで、必死に木樵達が斧を振るっている。
それを囲むのは緑色の肌に獰猛な笑みを浮かべるゴブリンの群れ。
助けを呼ぶ声、折れかけた防戦の気配――
予想外の光景に足が止まる。
無関係を装い通り過ぎるか、あるいは助けに入るか。
――どちらにしても良い結果になりそうもない。
冷静な思考がせめぎ合う。
村で用件を済まそうとすれば、木樵を見捨てる事で問題が起こる。
そして木樵を助ける場合は、疲労が色濃く残る身体で男たちの前に姿を現すことなる。
……色香に狂った木樵に襲われる可能性を無視できない。
誰だって助けることに躊躇してしまうだろう。
迷いを断ち切れずに立ち尽くしていると、木樵の一人が私に気づいた。
木樵は血と汗にまみれた顔で、必死に声を張り上げる。
「おい! そこの嬢ちゃん! 頼む、助けてくれ!」
その声に、他の木樵たちも一斉にこちらを振り向いた。
恐怖と焦燥が混じった視線が私に突き刺さる。
ゴブリンの群れに集られ、斧を振るう手は限界に近いのが見て取れた。
「少しでいい!……少し助けてくれるだけでいいんだ! 時間を稼げば村の冒険者が助けてくれる!」
「このままじゃ、皆殺されちまう!」
切羽詰まった声が森の中に響く。
ゴブリンたちはその隙を狙い、木樵の防衛線もじわりと押し崩されている。
脚は疲労で震え、意識も霞んでいる。
普通はもうドクターストップがかかる状況。
しかし村人に存在を認識された以上、背を向けて歩き去れば、暫く村に入れず、軋轢を生む。
「……はぁ、やっぱり今日は厄日ですかね」
吐き捨てるように呟き千変万化を発動すると、黒衣が片手剣を形作る。
逃げるか、戦うか。
選択肢はとうに狭められていた。
今はとにかく休みたい。
恩を着せれば安全なところへ案内してくれるだろうか……。
(──仕方ない。もう少しだけ頑張ろう)
内心で呟き、村へ歩いていく。
すると、ゴブリンたちの黄色い眼光が一斉にこちらへと向けられた。
感想などもあると嬉しいです。
TS主人公はどんなのが好きですか?(参考程度)
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