TS錬成術師の受難   作:シ者

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 小説家になろうの7.8.9話を統合しています。




美少女×酔っぱらい=

 

 ギルド長と言われていた男とギルド職員の女性が姿を消してから少し経った頃、白神静流(しらがみしずる)は衣類をきちんと着用し、壁際にあった姿見でコーデの確認をしていた。

 

 その衣服は万物保管庫(インベントリ)内の繊維素材を錬成して作成した伸縮性のある白のブラウスと黒のハイウエストパンツ。

 

「露出の少ないビジュアルコーデが動きやすいですね」

 

 ポーズをとったりして身体を動かしながら、衣服の調子を確認する。

 

 衣服を強化しようとも考えたが、何か特別な素材を入手するまでは普通の服装で我慢し、黒衣や体術スキルで臨機応変に対応する予定だ。

 

 防御力を底上げすることを考えたが、人や魔物を相手にするときは機動力が重要だと判断し、重装備はやめておいた。

 

 多くの命を奪い命源を吸収してきたことで身体能力や肉体強度も上がっているけれど、体力の少なさが一応の弱点である今、重たい装備は避けたい。

 

 素材はいつでも錬成で活用可能なので、切り札の手数が減るのも微妙と考えた。

 

 それに、防御に関しては万物保管庫(インベントリ)に錬成した盾を入れておけば、緊急時に取り出すだけで良いので、いざという時は対応できる。

 

 錬成や万物保管庫(インベントリ)を発動すると体力や気力といったものを消費するので、身に纏う装備も重要ではあるのだが、そう激しい消費でもないので優先度は高くない。

 

 実は黒衣を変化させていると体力の消耗が地味に多かったので、何事もなければ普段は黒衣を羽織る形になる。なので黒衣に併せるシンプルな色合いのコーデで落ち着いたのだった。

 

 「いつものこととはいえ、裸で眠ったのはまずかった……」

 

 女性として初めての眠り、ベッドに潜る時は裸が多かったので、何も疑問に思わず眠ってしまった。

 

 それに極度の疲労と徹夜による眠気にはもう耐えられなかったという事情もあるが……。

 

 そのせいでギルド長という男に無防備な裸身を真正面から晒してしまったので、対策せず放置すると危機感が欠如していると言われても仕方がないだろう。

 

 襲われなかったのは運が良かっただけ……。

 

 ――しかし、ギルド職員の女性が言っていたゲイさんというのが同性愛者ということであれば、先ほどの事故はそう気にしなくていいかもしれない。

 

 ギルド長と呼ばれていたのは獣人の男だった。

 

 獣人は身体能力に特化しているので、あの巨体で襲われると脅威である。

 

 襲われる可能性は排除しない。

 

 ……そういえば、ルブランで読んだ本の情報が正しいなら、私の強さは冒険者ランクでいう、ゴールドランクと同等かそれ以上のはず。

 

 確かウルフの群れを1人で討伐がゴールドランクの目安の一つと書いてあった。

 

 その上のミスリルやオリハルコンランクの冒険者が、このコルンにいたのなら、ゴブリンの群れ程度に困るわけがない。

 

 それならギルド長が私より強いという可能性は極端に低くなるという理屈が通じるはず。

 

 よし、考えがまとまって頭がスッキリした。

 

 性別が変わった直後と比べてかなり戦闘力が上昇した。

 

 切り札も豊富なので、狙われたとしても今なら撃退することは難しくない。

 

 強行軍で思っていたより早く一般的な水準を遥かに超える強さを手に入れたので、何かあれば正当防衛で反撃が十分可能だ。

 

 ――その程度の力は十分ついた。

 

「……まあ勝手に女性の部屋へ侵入したら十分正当防衛の範囲ですし、何かしてくるようなら殺しましょう」

 

 自身で自己完結し納得したところで黒衣を羽織りもう一度コーデを確認する。

 

「よし……これで大丈夫」

 

 改めて鏡を見れば、やはり絶世の美少女がこちらを見返してくる。

 

 だが今は、それよりも……。

 

 きゅるるる〜

 

「……もう我慢できない……お腹が……」

 

 胃袋が優先だ。

 

 部屋から出てギルドの一階へと早足で向かう。

 

 ギルドは昨日の騒動の余韻なのか、職員たちが右往左往と忙しそうに仕事してしていた。

 

 忙しそうな最中だというのに、私を見ると一旦行動を中止し、皆ギョッと目を剥いて絶句している様子をみせる。

 

 何故か反応に目新しさがあったので考えてみると、女体化してから堂々と人前に出たのが初めてだったと気づいた。

 

 成人式では、性転換による動揺や危機感が原因で余裕がなかったので、縮こまるように黒衣で身体を隠すように帰宅した。

 

 街を出て襲ってきた3人は、すぐに敵対してそれどころではなかった。

 

 ゴブリン掃討時にはコルンの村人や木樵に姿を晒したが、それも満身創痍と疲労もあって、とても万全といえる調子ではない。

 

 一人で理由に納得していると、知らないギルド職員が近づいてきた。

 

 早く食事したいが、大事な話だと言うので先を促すと、ギルド長から私に用事があるらしいのだが、今は何かあって気絶しているということ、そして、食事をするなら昨日のお礼に無料で提供してくれるということだった。

 

 今はまだ手持ちに余裕がないから、無料なのは助かるな。

 

 ギルド長は先ほど私の部屋に来た時は元気そうだったのに、この短い時間で何があったのやら……。

 

 了承したあと、冒険者ギルドに併設された酒場の、空いていた席に腰を下ろす。

 

 朝だと思っていたけど、少し遅かったのか人は疎らであった。

 

「すみません、何か食べられるものをお願いします」

 

 話が通っていたのか、スタッフに声をかけると食事を用意してくれた。

 

 食事はパンと豆のスープ、サラダとウルフの焼き肉で、おかわりを頼んでも良いと教えてくれる。

 

 なんでも、キヨワン村長から恩人に失礼のないよう、しっかりともてなすように頼まれたらしい。

 

 一応、歓待されているのは分かった……。

 

 しかし、田舎の食事はこういう感じか。

 

 ルブランの食事は美味しい食べ物が溢れていたけど、村などのダンジョンがない環境ではバリエーションが少なくなるのも無理ないか。

 

 軽く礼を言い、朝食を頂く。

 

 まずはスープから飲む、温かい食事が心に染み渡るようで、胃が満たされていく感覚に思わず目を細める。

 

「……おいしい……」

 

 空腹は最高の調味料とはよく言ったものだ。

 

――――

 

 

 おかわりもしっかりと頂き、礼を言った後、ギルド内の休憩所で人心地をつきながら周りを観察する。

 

 冒険者が魔物の討伐から複数チーム帰ってきたようで、酒を飲みながら成果を誇っていた。

 

 しかし、聞こえてくる話は大したことなく、「ウルフをチームで一匹狩ってきた」「俺らは怪我もしなかったぜ」など、低級冒険者の哀愁を感じさせる内容だった。

 

 基本的に村は、社会階級的に底辺の人々が集まるようになっている。

 

 ダンジョン街と田舎の村では文明のレベルからして段違いだった。

 

 落ち着いたので元々の目的である冒険者登録の為カウンターに向かう。

 

 そこには、ギルド長と共に私が泊まっている部屋へやってきたギルド職員が緊張した様子で待っていた。

 

「そ、その……私はアリシアと申します!先ほどの件は本当に申し訳ありませんでした!後ほどギルド長と共にお詫びを差し上げますので、もう少しお待ち下さい!」

 

 アリシアさんというのか。

 

 よく見ると可愛らしい容姿をしている。

村での立場が良いのか、一定の強さを持っているのか、影がある様子もなく、優しそうで元気な人だ。

 

 ギルド長はともかく、別に彼女は悪くないので詫びなどいらないけど、貰える物は貰っておこう。

 

「なにか大変だったみたいですね。ギルド長が気絶してるとか。それより、実は冒険者登録をしたいと思いまして」

 

 そろそろ早速本題に入った。

 

「冒険者登録ですか?ゴブリンの群れを退治したということだったので、冒険者の方だと思っていました。まずはこの用紙に、お名前と職業を記入願います。その後、冒険者証を発行している間に、この冒険者ギルドの設立と制度という小冊子を読んで待っていただきたいです」

 

 待っている時間は暇になりやすいから、時間を有効に使って小冊子で制度を学ぶのか。

 

 用紙を受け取り迷うことなく記入する。

 

 氏名:白神静流(しらがみしずる)

 職業:錬成術師、と。

 

「書きました、アリシアさん。これ読んでおきますね」

 

「わかりました。発行が済みましたらお呼びしますね」

 

 空いている椅子に適当に座って小冊子を読み始める。

 

 厚さが薄いから、すぐに読み終わりそうだ。

 

――――――――――

 

 冒険者ギルドは古来より存在する組織であり、希望する者にモンスターとの戦いを斡旋する役割を担ってきた。

 

 その起源は神による設立にさかのぼり、現在はその血を引く子孫たちが冒険者ギルド本部の管理を行っている。

 

 本部はコルンも所属しているアインス連合国の東方に位置する大国・アルシア帝国に置かれており、世界各地に支部を広げ、今なお強い影響力を保持して世界に貢献している組織である。

 

 冒険者ランク制度(概要)

 

 冒険者は実力に応じてランク分けされており、下位から順にブロンズ 、アイアン、シルバー、ゴールド、ミスリル、オリハルコンと昇格していく。

 

 

目安

ブロンズ:ゴブリンを単独で2体以上討伐可能。

 

アイアン:ウルフを単独で2体以上討伐可能。

 

シルバー:オークを単独で2体以上討伐可能。

 

ゴールド:ウルフ、オーク等の群れを討伐可能。

 

 ミスリルやオリハルコンに至る冒険者は極めて少数であり、その存在は数えるほどしかいない。

 

 彼らは特権を与えられ、ギルド内外において特別な地位を有している。

 

 大多数の冒険者はブロンズまたはアイアンに留まっている。

 

 

 ――冒険者に関する注意事項――

・冒険者同士の争いにギルドは関与しない。

・強者は特に尊ばれる傾向がある。

・冒険者の死亡率は50%以上と非常に高い。

・貴族からの命令によって「強制依頼」が下されることもある。

 

――――――――――

 

「最後の注意事項……強制依頼は都合が悪いですね……」

 

 疑問は尋ねるにかぎると考えた私は、発行待ちの間にアリシアへ声をかけてみることにした。

 

「アリシアさん、作業中に悪いのですが、少し聞きたいことが……」

 

「大丈夫です、後は自動で魔道具が発行してくれますので。……それで、ご質問は何でしょうか?」

 

 私はすぐに本題を切り出した。

 

 ――冒険者に関する注意事項――

 

・冒険者同士の争いにギルドは関与しない。

 

・強者は特に尊ばれる傾向がある。

 

・冒険者の死亡率は50%以上と非常に高い。

 

・貴族からの命令によって「強制依頼」が下されることもある。

 

「……この小冊子に書いてある注意事項で、少し気になることがあって」

「はい、どの点でしょうか?」

 

「まず、“冒険者同士の争いにギルドは関与しない”これは問題が起きた時は、どう対応すればいいですか?」

「……その場合は、強者が正しいことになります」

 

 アリシアはきっぱりと言い切った。

 

「力こそが冒険者社会の秩序です。もちろん、あからさまな犯罪や都市の治安を乱すような行為は別ですが、冒険者同士の小競り合いや報酬の取り合い程度では、ギルドは介入しません」

 

「なるほど……、“強者は特に尊ばれる傾向がある”という項目も、そういう意味ですね?」

「どこの国でも、力を持つ者こそが尊敬され、言葉に重みを持ちます。冒険者の世界では、弱者が正論を叫ぶよりも、強者の一言の方が通るのです」

 

 弱肉強食の理屈が冒険者ギルドには反映されているのか。

 

 まあ、暴虐を働く者であっても、押し通せるだけの強さがあれば優先されるのはある意味では当然かな。

 

 この世界で強い個人というのは兵器のようなものだし、反抗は命に関わる可能性が高い。

 

「……もしかして死亡率50%以上にも関係がありますか?」

「はい。最大の理由は魔物討伐やダンジョン攻略での死亡です。しかしそれだけでなく、冒険者同士の争いも大きな割合を占めていますね。ギルドが関与しないからこそ、力のぶつかり合いが起こりやすいのです」

 

 正解か……。

 

 あとは、一番気になったこの注意事項。

 

「最後に……“貴族からの命令によって強制依頼が下されることもある”、とは、それは断れないと?」

「断れません。言葉通り“強制”ですから。ただし、拒否したいのであれば逃げるか、あるいは戦うしかありません。もし戦って勝てるなら、その時はギルドもあなたを支持します。……これが“強者が尊ばれる”理由のもう一つです」

 

 ……………………

 

「なるほど……。それでは、貴族と戦う場合、手段を選ぶ必要は?例えば暗殺したり、決闘だったりですけど」

 

 アリシアは少し口を引き結び、声を潜めるように答えた。

 

「……原則としては“勝てば正義”です。どんな手を使っても、結果的に相手を打ち倒せれば問題にはなりません。ですが、気を付けてください。貴族を殺すとなれば、ただの依頼拒否では済みません。国の秩序そのものに刃向かう行為になります」

 

 彼女は真剣な眼差しでこちらを見据える。

 

「だからと言って、手段を選び過ぎれば確実に潰される。強者として尊ばれるのは事実ですが、“生き残ること”が大前提です。命を賭ける覚悟がなければ、貴族との衝突は避けるべきでしょう」

 

 私は小さく息を吐いた。

 

「……つまり、戦うなら殺す覚悟を持ち、逃げるなら徹底的に。中途半端は許されない。と」

 

 アリシアは小さく頷き、少し声を落として付け加える。

 

「その通りです。貴族と争うということは、それだけのリスクをはらみます。……覚悟を欠いた者は、まず生き残れません」

 

 重苦しい空気が流れたその時、場違いなほど陽気な笑い声が響いた。

 

「おおっと! なんだなんだ〜、おんなの冒険者はめずらし〜な〜」

 

 振り返ると、昨日見た酔っ払ったおじさんが酒臭さと共に近づいてくる。

 

 昨日の舐めるような視線が、ローブを纏っていない今では更に酷い。

 

 ……私の顔と胸を往復するように彼の視線がキョロキョロと行き来していた。

 

「オンジさん、すっかり酔いが回ってますね。普段は頼れる人なんですけど……」

 

 オンジというのか。

 

 酔っぱらいの相手はしないに限る。

 

 オンジを無視し、アリシアに冒険者証の発行状況を確認する為に受付に向き直す。

 

「よう〜、マブい姉ちゃん!冒険者なのか?ならオレの後輩だよな〜!」

 

「ええ、まあ……」と軽く受け流す。

 

 ――するとオンジは勝手に盛り上がり……。

 

「ならオレが〜手取り〜足取り〜教えてやろ〜、……腰取りもな!」

 

 瞬間、下卑た声と共に、後ろから腕を回され、酒の匂いと共に背中にずしりとした重みがのしかかる。

 

「っ……!?」  「あっ……!」

 

 あまりの暴挙にアリシアが息を呑んだ。

 

 周囲の人たちは只々驚き見ていることしかできなかった。

 

 ――その瞬間、ギルド内の空気が一変した。

 

――――――――――

 

 「お…!…らか…て…る…ぷ……だ…!ってか…ブ…し…ない…ぁ!…レに…ま…たか…たんだ…!よ…じ…あ…接……」

 

 酔っぱらい、好き放題な行為を続けるオンジの姿に、ギルド内の全員が戦慄していた。

 

 

――――――――――――

 

 

「っ……!?」 

 

 突然の出来事に、静流の思考は止まっていた。

 

「お…!…らか…て…る…ぷ……だ…!ってか…ブ…し…ない…ぁ!…レに…ま…たか…たんだ…!よ…じ…あ…接……」

 

 耳から聞こえる言葉がそのまま素通りする。

 

 驚愕・恐怖・屈辱・怒り等の感情と、女性の身体が静流に与える未知なる感覚がその心を(みだ)していた。

 

 かつての自分なら一瞬で振り払えたはずなのに――今は違う。

 

 静流は初めての出来事に動揺し、混乱のあまり何もできず、その暴挙に抗えなかった。

 

 頭では必死に拒もうとしているのに、身体は思うように動かない。

 

 理性の叫びとは裏腹に、肉体は勝手に硬直し、抗うどころか相手の行為を受け止めてしまう。

 

 その“裏切り”に、静流は震えた。

 

 心は拒絶しているのに、身体は従う。

 その現実こそが、何よりも恐ろしかった。

 

 「あ……!?やめて……!?……んぁ!?」

 

「……お……す…ー!…いこ…れる…!?……部…に行こ……!!………ってや……ら」

 

 この世界では日常的に起こっている出来事。

 

 今日は静流の番であっただけなのだろう。

 

 男は囃し立て始め、女性は憐憫の表情で見ていた。

 

 ――そこに髭面の大男がやってきた。

 

 筋肉質で逞しい巨体、獣人の男であり、この村の人間で一番強い者……。

 

 彼はラゴウ。

 

 人知れず死の淵から蘇った冒険者ギルド長だった。

 

「何してるテメエら!恩人に仇で返そうってぇのか!!」

 

 酔っぱらい状況を理解できていないオンジが、ギルド長が何を言っているのか理解できず、聞こえた単語に反応して答えた。

 

「オレが何だって〜?ギルド長も混ざってくか〜?あ〜ムリか?ギルド長はおんなよりおとこだ……ぐふっ!」

 

「うっせえんだよ!!テメエも掘ってやろうか!!」

 

 ラゴウの一撃でオンジは床に沈んだ。

 

 オンジから解放された静流は息を荒げながらもなんとか礼を言う。

 

「あ……、ありがとう……ございます。お陰で……助かりました。こんなことは……初めてで、動揺してしまった……ようです」

「いや、こっちが悪かった。朝にも迷惑をかけて、次は村の仲間がこんなことをしちまった。後で話があっから部屋で待ってて貰えるか?先にオンジをシメて行くからよ」

 

 ラゴウはオンジを抱えて外にいった。

 

 静流は逃げるように部屋へと戻る。

 

 ギルド一階では気まずい空気が漂っていた。

 

 恩人に礼を尽くすことは当たり前。

 

 しかし、冒険者は弱ければ何をされても泣き寝入りすることもまた“当たり前”だった。

 

 冒険者になった以上、静流も本来なら自分の力で問題を解決しなければならない。

 

 だから彼らも、黙って静観するか、助けるか、それとも混ざるか――選択は全て自由であるべきなのだ。

 

 美人が乱れていたからと囃し立てる程度で済ませた連中は、むしろ温情をかけた方だといえる。

 

 ――この世界では、それが現実だった。

 

 そんな中で、ラゴウが“助ける”という選択肢を取れたのは特別な理由がある。

 

 一つは、彼がこの村で最も強い男であったこと。

 

 もう一つは、女を欲望の対象にしない、“ゲイ”だったからだ。

 

 そう、もしラゴウが“ゲイ”でなければ、彼もまた、静流を助けることをしなかった。 

 

 ラゴウは先ほどまで、同性愛者か、両刀使いのどちらになるかの狭間で揺れていた。

 

 もし彼が起きた時、両刀使いに進化していたとしたら、オンジだけでなく、静流も何処かに連れて行かれ、同じ目に遭っていたかもしれない

 

 

 静流は部屋に戻った後に考えていた。

 

 背後から伸びた腕に捕らわれたあの瞬間、確かに力を込めれば振り払えるはずだった。

 

 けれど身体は思うように動かなかった。

 

 酒臭さと共に押しつけられた重みが、今も背中に残っている気がする。

 

 恐怖、羞恥、そして理解不能な戸惑い。

 女性の身体が本能的に抱く“弱さ”が一気に押し寄せ、筋肉の力を奪っていった。

 

 自分が弱者の立場になり、男に逆らえなかった。

 

 ――屈辱だった。

 

 男であった頃なら即座に反撃できたのに。

 

 今は抵抗できる力があっても、心の奥を支配する感情に縛られて動けなかった。

 

 その現実こそが、何よりも静流を追い詰めた。

 

 ……自分が女として生きている以上、男に触れられる危険は常につきまとう。

 

 どれほど理性を信じても、またあのようになれば抗えない。

 

 その無力感が、静流の中に“男に対する警戒心”を深く刻みつけていた。

 

 ラゴウギルド長が来てくれなければ、最悪の結末を迎えていたかもしれない。

 

 「彼に感謝しましょう……。彼がもし同性愛者でなければ……」

 

 静流はわかっていた。

 

 もしラゴウが“普通の男”であったなら。

 

 あの場で暴走するオンジを止めるどころか、同じ衝動に呑まれていたかもしれない。

 

 その可能性を考えるだけで、背筋に冷たいものが走る。

 

 自分が助かったの運が良かっただけ。

 

 ラゴウがゲイであったからこそ、静流は最悪の結果を回避できた……。

 

 「…………」

 

 小さく息を吐き、胸元を押さえる。

 

 荒ぶる鼓動を落ち着けようと、目を閉じて深呼吸した。

 

 今はただ、心を整えるしかない。

 

 ラゴウが来ると約束した以上、この後どう向き合うべきかを考えておく必要があった。

 

 ――やがて、静かなノックの音が響いた。

 

 「……ラゴウだ、入っていいか?」

 

 扉の向こうから聞こえる低く落ち着いた声。

 

 そのすぐ隣に、気遣うようなアリシアの声も重なる。

 

 「わ、私も一緒に伺っています。……ご迷惑でなければ」

 

 静流は一拍置き、深く息を整えた。

 

「……どうぞ」

 

 返事をすると、扉が静かに開き、ラゴウとアリシアが姿を現した。

 




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