TS錬成術師の受難   作:シ者

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 小説家になろうの10.11.12話を統合しています。
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冒険者の始まりと昇格

 

 ラゴウは静かにドアを閉めると、腕を組んでこちらを見下ろした。

 

 その隣でアリシアが控えめに立っている。

 

「落ち着いたか?……悪かったな。朝の件もそうだが、恩人に失礼を働いちまった。オンジには俺が立場ってもんを理解させてやったから、許してやってくれ。あんな奴でもこの村では腕利きでな」

 

アリシアが口を挟む。

 

「ギルドとしては罰を下せません。先ほど説明したギルドの規則がありますから……」

「わかっています……。私が、“弱かった”のが一番悪いのだと」

 

 頷きながらも、怒りと恐怖を忘れたわけではない。

 

 次にオンジが怪しい行動をすれば許しはしない。

 

 ……それにしても、何故全く抵抗できなかったのかが未だに理解できない。まるで、敗北イベントのように強制力を感じた。

 

「……全く抵抗できませんでした」

 

 ラゴウは鼻で笑った。

 

「当たりめえだ。お前は“女”なんだ。恐怖や戸惑いで縛られるのは自然なことだ。だがな、冒険者でいる以上、“次も助かる”と思うなよ。今回はたまたま俺がいたから助かっただけだ」

 

 アリシアが静かに続ける。

 

「……私も女ですから、あなたの気持ちはよく分かります。あの場で助けたいと思ったのに、結局は何もできませんでした。でも……正直に言えば、それが“普通”なんです。弱い私たちは、恐怖に縛られてしまう。だから、ただやり過ごすしかないことも多いんです。

悔しいけれど……それが冒険者の世界で女が生きるということなんです」

 

 ある程度は知っていた。一般の女性が無事でいるには、理不尽を諦めてやり過ごすしかないことを……。

 

 ――女の立場を知っていたつもりだった。

 

 女性という立場がもたらす社会的な危険性。力ある男に狙われやすく、冒険者としても軽んじられるという難易度の高さ。

 

 ――この身体のリスクも理解しているつもりだった。

 

 魔物をいくら狩って強くなっても、体格や体力の差は埋められないほど大きいという現実。

 

 そこまでは覚悟していた。

 

 だが、実際に“女の身体”を持って初めて知った。

 

 肉体そのものが心に影響を及ぼすことを。

 

 恐怖や戸惑いは理性でねじ伏せられるはずだった。

 

 それなのに――背後からの重みと、無遠慮に触れられた瞬間、身体が勝手に硬直し、思考までも絡め取られてしまった。

 

 「私は、弱いですね……」

 

 思わず口に出た言葉は、自嘲に近かった。

 

 魔物を殺して経験を積み、強くなったとしても、この“身体が抱える弱さ”は消えない。

 

 体形の差、体力の差に加えて、不可解な程に男に逆らえない。

 

 深く息を吐いた。

 

 ……これが、女として生きるということか。

 

 強さを求めるだけでは届かない壁がある。

 

 それを突きつけられた現実が、何よりも重く心にのしかかっていた。

 

 克服できるのだろうか……。

 

 自分の両手を見つめ、答えのない問いに沈んでいた。

 

 その時、低い声が静寂を破った。

 

「――ひとつ、頼みがある」

 

 顔を上げると、ラゴウと目があった。

 

 その眼差しには、先ほどまでの厳しさと違う、重い責任の色が混じっている。

 

「……頼み事、ですか?」

「そうだ」

 

 私の問いに、ラゴウはわずかに頷き、言葉を続けた。

 

「東の森でゴブリンが異常繁殖している可能性が高い。先日、村を襲ってきた群れは……実のところ“極一部”に過ぎねえだろう」

 

 黙って頷いて、続きを促す。

 

「放っておけば、そのうち村では手に負えねえ事態になる。だから、異常繁殖の原因が何かを突き止めねえとダメなんだ」

 

 ラゴウの声は淡々としていたが、その裏に隠された焦りを静流は感じ取った。

 

「……それを私に?」

「そうだ。男に襲われ心が揺らぐのは分かる。女のお前には、なおさら重え現実だろう。だがな――」

 

 ラゴウは静流の目を真っ直ぐに射抜いた。

 

「心が弱えなら、その分、身体を極限まで鍛えろ。力を得ろ。それだけで嫌なことを回避できる可能性は広がる。村に残って怯えているよりも、外で戦い、強くなれ」

 

 そして、少し声を落として続けた。

 

「……それに村から一度は距離を取った方がいいだろう。あの場の記憶を引きずっちまえば心が折れる。外に出て戦い答えを見つけてこい。それが静流、お前自身のためにもなる」

 

 私は息を呑んだ。

 

 ラゴウの言葉は厳しいが、何より正しく、今までの自身の方針とも一致していた。

 

 ――自分が女として生きる限り、逃げ場はない。

 

 ならば、せめて力で抗うしかないのだ。

 

 小さく頷き了承の意を示す。

 

「……分かりました。原因を調べてきます」

 

 その声はまだ揺らぎを含んでいたが、確かに前へ踏み出す決意が宿っていた。

 

 

ラゴウとの話を終えると、アリシアに案内されてギルドの受付へ向かった。

 

 まずは発行された冒険者証を受け取った。

 

 【冒険者証】

職業:錬成術師

名前:白神静流(しらがみしずる)

ランク:ブロンズ

特記:ゴブリンの群れ討伐実績あり

 

 それと村を襲ったゴブリン討伐の報酬が袋に詰められて渡される。

 

「こちらが昨日の報酬になります。……シズルさん、お気をつけて」

 

 アリシアの声音には、先ほどの諦観とは違う、わずかな祈りのような響きがあった。

 

 礼を述べ、袋を受け取る。

 

 各所から多種多様な視線が突き刺さるが、極力気にせずにギルドを出るのだった。

 

 その足で道具屋に向かい、旅支度を整える。干し肉や乾パン、薬草等の錬成で使えそうな素材、火打石や小型の鍋、予備の水袋も忘れない。

 

 錬成で素材から作成も可能だが、わずかでも体力や気力といったものを消費することを避ける為購入しておいた。

 

 万物保管庫(インベントリ)があるのだから、持ち物の種類を充実させて置くにこしたことはない、それに時間は有限だから省ける手間は省くに限る。

 

 最終的には財布が許す限りの物品を買い漁ってインベントリへ仕舞い込み、両手を自由にして店を出て、村へやってきたときと同じ道を歩き始めた。

 

 ここを出れば、もう誰も助けてはくれない。

 

 頼れるのは己の力と、積み重ねる経験だけだ。

 

 息を整え心の準備をする。

 

「……行きますか」

 

 小さな独り言と共に、村を背にして歩き出した。

 

 行き先は、ゴブリンが異常繁殖しているという東の森。

 

 コルンにやってきた時は夜で、ウルフの時間だった。

 

 明るい時間はゴブリンの時間なのかもしれない。

 

『心が弱えなら、その分、身体を極限まで鍛えろ。力を得ろ。それだけで生き残れる可能性は広がる。村に残って怯えているよりも、外で戦い、強くなれ』

 

 ふと、ラゴウギルド長が言った言葉が脳裏に浮かんだ。

 

 女性の身体が男に対して感じるトラウマのような恐怖心等を払拭する事は難しいだろう。

 

 ――それでも、恐怖に縛られて立ち止まるくらいなら、前へ進み、力で打ち破るしかないのだ。

 

 

――――――――――――

 

 

 村を出てしばらく街道を歩き、叫び声が届くはずもない距離まで離れたところで、ようやく足を止める。

 

 ここなら村に迷惑はかからない。

 

 「……そろそろやりましょうか」

 

 自らを囮にするやり方は、どうにも気分が悪いけれど、効率を考えれば、背に腹は代えられない。

 

 私は一度息を整え、声を張り上げた。

 

「――きゃ~!誰か〜!助けて〜!」

 

 澄んだ声が森に広がり、鈴の音のように木々の間へ響き渡る。

 

 少し恥ずかしい気持ちもあるけど、聴覚の鋭いゴブリンたちなら、聞こえればすぐに飛び出してくるだろう。

 

 ……問題は、人間に聞かれてしまった場合だ。

 

 もし通りがかりの冒険者が来たのなら、素直に謝って事情を話し、ついでにゴブリンの情報を聞けばいい。

 

 しかし、うかつに近づかれたり、触れられないように注意しよう。

 

 もし怪しい素振りをすれば、斬ればいい。

 

 ゴブリンを探るため、森の気配に耳を澄ませる。

 

 ――森の奥から、不快なざわめきと足音が近づいてきている。

 

 枝を折り、地面を蹴り、獣じみた笑い声を漏らしながらゴブリンの群れがやってきた。

 

 ざっと数えて十数体、後続もあるだろう。

 

 静かに息を吐き、戦闘思考に切り替える。

 

 「よし、やりましょう」

 

 万物保管庫(インベントリ)から、錬成しておいた片手剣を呼び出す。

 

 掌に現れた冷たい質量を握り込み、腰を落とした。

 

 始めの方針と違い、錬成術を戦闘で極力使わない事に決めた。

 

 切り札は隠してこそ意味がある。

 

 だからこそ、一定の強さを手に入れた今、この程度の戦いはスキルや黒衣に頼らず、己の肉体と技で挑むべきだ。

 

 昨日の強行軍で魔物を斬り続け、確実に身体強化は進んでいる。

 

 体力も微増を繰り返した結果、効率の良い動きを意識して消耗を減らし、戦闘中の僅かな空き時間に呼吸を整えれば、継続戦闘を行える。

 

 あらゆるスキルはスキルの仕組みを理解して運用すると、補正が強まる。体術の場合は身の熟しや呼吸法に補正が掛けられるので、体力を無駄に消費しないようになっているのだった。

 

 森の影から、牙を剥き出しにしたゴブリンが飛び出してくる。

 

 その軌道を冷静に観察し、最短の動きで踏み込み、剣を振り抜いた。

 

 刃が肉を裂き、赤い飛沫が舞う。

 

 血糊がこびりついても問題ない。

 

 錬成し直せば、いくらでも新しい刃に換えられる。

 

 振り返りざま、もう一体の喉を一閃で断ち切った。

 

 数の強みは相手に掛ける圧力である。

 

 押し寄せてくる前に新たな道を作り、その圧力を散らすことで、一対一の状況を繰り返し、安全を確保しながら効率よく敵を減らす。

 

 ゴブリンの動きは粗い。

 

 武器を持つ個体もいるが、振りは大きく、隙だらけだ。

 

 観察しながら最適な角度を選び、一撃必殺を積み重ねていく。

 

 焦りも恐怖もない。ただ必要なのは、冷静な判断と合理的な処理だけ。

 

 黒衣を翻し、剣を握る腕にさらに力を込めた。

 

 ――ここで試す。己の実力だけでどこまで戦えるかを。

 

――――――――――――

 

 

 ゴブリンの群れが執拗に私を攻めたてる。

 

 引き付け、躱し、すれ違いざまにその剣を首に滑らせる。

 

 己の力だけでスキルを得られるなら、もう剣術のスキルを覚えていただろう。

 

 剣術スキルがあれば派手な技も使えるらしいけど、殺すだけならその刃を急所に当てるだけでいい。

 

 振り下ろし、切り裂き、返す刃で喉を裂く。

 

 血飛沫と断末魔が重なり合い、足元には屍の山が築かれていく。

 

 やがて、百体ほどの命を刈り取った頃――。

 

 ゴブリンたちの喚声に焦燥が混じりはじめた。

 

 牙を剥いて飛びかかってきたはずの眼に、明らかな怯えが宿っている。

 

 「……気づくのが遅いですね」

 

 村を襲っていたゴブリンも最後まで逃げなかった。

 

 知能が低いのか、判断力が鈍いのか……。

 

 低く息を吐いたと同時に、群れの後方から我先にと背を向ける影が現れた。

 

 最初の一匹が逃げ出せば、それは連鎖する。

 

 次々と仲間を置き去りにして駆け出し、統率など存在しない烏合の衆と化したのだ――。

 

 

――――――――――――

 

 

 ――本来なら、この群れの指揮を執る“ゴブリンリーダー”が退却を命じるべきだった。

 

 だが彼にとって目の前の人間は極上の獲物。

 

 暴力的な性欲に支配されていた思考が、退く判断を許さず、彼の足を縛りつけていた。

 

 結果、退却の号令は出されず、群れは勝手に潰走(かいそう)を始める。

 

 リーダーは、ついに舌打ちして諦め、やっと逃げ帰る選択を選んだ。

 

――――――――――

 

 (……やっと撤退しましたか)

 

 静流はあのゴブリンが逃げるのを待っていた。

 

 当初から、異常繁殖の原因を調べるなら拠点を見つける必要があった。

 

 だから最初から、ゴブリンを絶滅させるつもりもなく、戦いながら特別なゴブリンを探していた。

 

 そして発見したのだ。

 

 何やらハゲ頭にカツラをのせたゴブリンを――。

 

――――――――――――

 

 カツラを被ったゴブリンリーダーは逃亡中、南の森近くの隠れ里を脳裏に思い浮かべた。

 

 そこはかつて逃げ延びたゴブリンたちが築いた巣穴で、いまだ健在だ。

 

 もっとも安全とは言いがたい。

 

 南の森からは時折、オークがゴブリンたちを追って侵入してくる。

 

 だがオークたちは、ゴブリンを見下しているのか、一度に一体ずつしか現れない。

 

 ここに拠点を構えたときから、その周囲にオークの重みだけを感知する落とし穴を張り巡らしてきた。

 

 愚かにも単独で現れるオークたちは、その罠に捕らえられ、ゴブリンの糧となってきたのである。

 

 カツラを被ったゴブリンリーダーは、舌なめずりしながら森の奥へと姿を消した。

 

 戦場に残されたのは、屍を晒す無数のゴブリンだけだった。

 

――――――――――

 

 森の中を駆け、カツラを被ったゴブリンリーダーを追い続ける。

 

 ……やがて、視界が開けた瞬間、異様な光景が飛び込んできた。

 

 そこには広大な巣穴――いや、拠点と言うべき場所があった。

 

 岩肌をくり抜いて作られた住処の周囲には、夥しい数の骨が散乱している。

 

 腕、足、肋骨……白く乾いた残骸の中には、子供のものと思しき小さな骨までもが混じっていた。

 

 ……村から攫われて、喰われた者たちがいたのか。

 

 しかし、その惨状の中でも異様に目を引くものがあった。

 

 拠点を囲むように並べられているのは、巨大な頭蓋骨。

 

 形は明らかに人間ではない。

 

 太い顎、歪んだ牙、隆起した頬骨……それはオークの顔の形そのものだった。

 

 いくつもの頭蓋骨がずらりと並べられ、まるで「戦利品」のように晒されている。

 

 (――ゴブリンごときが、オークを……?)

 

 驚愕に目を見張ったその時。

 

 ぶごーーーー!!と怒声が響く。

 

 視線を向ければ、巨大なオークが落とし穴に嵌っていた。

 

 その上から、群がるゴブリンたちが槍を突き下ろしている。

 

 ぐしゃり、ずぶり。

 

 血が飛び散り、重苦しい呻き声が森に響く。

 

 もがくオークの身体は既に傷だらけで、地上にあがる術もなく、ただ一方的に嬲られていた。

 

 オークが綺麗に嵌るサイズの落とし穴で身動きを封じ、完封を実現させていた。

 

 静流は剣を握り直し、眉をひそめた。

 

(……これが、異常繁殖の原因……)

 

 冷静に思考を働かせる。これは、ただのゴブリンの群れではない。こいつらは狡猾な頭脳と弱者を甚振る習性を持っている。

 

 集落と呼んで差し支えない規模の拠点。

 

 数百の気配がうごめき、巣穴の奥にはさらに無数の影が潜んでいるのだろう。

 

 単純に突っ込めば、確実に罠に掛かる。

 

 目の前のオークを仕留めている落とし穴のように、あらゆる罠が拠点を守っているかもしれない。

 

 ここを一人で潰そうと思えば、情報と準備が要る。

 

 勢いだけで挑めば、命を落とすのは目に見えていた。

 

 小さく息を吐き、剣を万物保管庫(インベントリ)に収めた。

 

「――これは、一度報告に戻らないと……」

 

 ギルドに報告すれば、何らかの手立てを考えるだろう。

 

 独りで無茶をする必要はない。

 

 黒衣の(すそ)(ひるがえ)し、(きびす)を返した。

 

 森のざわめきの中になお耳に残るのは、オークの絶叫と嗤うゴブリンたちの声。

 

 その異様な光景が瞼の裏に焼き付いて離れない。

 

(あれを放置すれば、村は確実に飲み込まれる……)

 

 焦りを抑え、足を速めて道を戻っていった。

 

 

――――――――――――

 

 

 太陽が西に傾きかけ、影が少し伸び始める頃、村へ帰り着いた。

 

 村中を歩くと、村人たちの視線が妙に熱を帯びているのが分かる。それが好意によるものか欲望によるものか、判断はつかない。

 

 周囲の様子は気になったが、足を止めることなく冒険者ギルドへ向かう。

 

 そして、その扉を静かに押し開けた。

 

 ギルド一階はこれまでで一番賑わっており、コルンに冒険者がこれだけ大勢いたことに驚く。

 

「――あっ、シズルさん!」

 

 カウンターの奥で帳簿をまとめていたアリシアが、ぱっと顔を上げてこちらへ駆け寄る。

 

 あの出来事もあって心配してくれていたのか、その瞳にはほっとした色が浮かんでいた。

 

 ……今も思い出すと身が竦むので、トラウマになっているのかもしれない。

 

 けれど男に気をつけて過ごす事と強くなること以外に、今は対策のしようがない……。

 

 ――信頼できる仲間が欲しい。

 

 いつまでこんな日々を過ごせばいいのか。

 

 オンジに襲われた時、私はかなり油断していた。

 

 ウルフを殺したことで命源を吸収し、かなり強くなった。体も全快して、冒険者登録が完了する間際だったので、意識がそっちに向き、酔っ払いなど無視するのが当たり前だと、オンジに背を向けた。

 

 オンジが武器を持っていなかった。もし襲われても撃退する自信があった。言い訳は幾らでも思い浮かぶが、それでもあのような目に遭ってしまうのであれば、それらの考えは全て間違いだったのだろう……。

 

 アリシアが近くまで来た為、簡単に報告する。

 

「調査を終わらせてきました」

「……流石ですね。それで……どうでした?」

「危険な状況になりつつあります。ギルド長へ報告したいのですが……」

「……なるほど、わかりました」

 

 アリシアはすぐに表情を引き締め、うなずく。

 

 その反応に、心の中で仕事ができる女性だと感心した。

 

「じゃあ、一緒にギルド長室へ行きましょう。ギルド長はゴブリンの問題に最近頭を悩ませていたので、きっと喜んでくれますよ」

「はい、……そうだと嬉しいです」

 

 一緒に二階へ続く階段を上がっていく。

 

 廊下を歩きながら、アリシアが私の顔をのぞき込んだ。

 

「……顔色は悪くないですね。無理してませんか?」

「大丈夫ですよ。男に触られない限りは」

「やっぱり女性は大変ですよね。無理やりはやっぱり怖いです……」

 

 その意味がよくわかるので頷き返した。

 

 「あんなに怖いとは思わなかったです……」

 

 そんなやり取りの間に、ギルド長室の重厚な扉が近づいてきた。

 

 アリシアは軽く息を整え、静流に笑みを向けた。

 

「ここがギルド長室です。調査完了の報告をしましょう!」

 

 ギルド長室の扉をノックし、アリシアと共に中へ入る。

 

 執務机の椅子に腰掛けていたラゴウギルド長は、相変わらずの豪放磊落(ごうほうらいらく)な笑みを浮かべてこちらを迎えた。

 

「おお、戻ってきたか!速かったじゃねえか!」

 

 彼は勢いよく立ち上がり、声を弾ませる。

 

「で、どうだった! 異常繁殖の原因は掴めたか?」

 

 私は一歩進み出て、口を開いた。

 

「村から2時間ほどの距離に、ゴブリンたちの拠点がありました。まるで集落のようで、数百規模の群れが生息していると考えています」

 

 その瞬間、ラゴウの顔から笑みが消える。

 

 しばし沈黙した後、深く息を吐き、腕を組んだ。

 

「……そうか。ちと厄介だな」

 

 先ほどまでの快活さとは裏腹に、低い声で答えた。

 

「下手に手を出すと犠牲が出る。冒険者を無闇に突っ込ませるわけにはいかん」

 

 本題がまだなので補足しよう。

 

「異常繁殖の原因ですが、ゴブリンたちはオークを主食としているようです。落とし穴に誘導し、一方的に殺害している光景を目撃しました」

 

 ラゴウは眉間にしわを寄せ、重いため息を吐いた。

 

 状況の悪さに溜め息を吐く気持ちはわからないでもない。

 

 村の戦力が弱すぎるので、援軍を呼ぶまで持ち堪えるのが現実的な手段だ。

 

 「拠点の位置は把握しています。ですが攻めるのなら現有戦力では厳しいでしょう。対応には外部の戦力が必要です」

 

 アリシアも頷き、ギルド長へと視線を向けた。

 

「ギルド長……この街を守るために、早めの判断が必要かと」

 

 ラゴウは重々しく椅子へ腰を下ろし、机に肘をついて天井を仰いだ。

 

「……ひと晩、考えさせてくれ」

 

 その声音には、街を背負う者の責任と苦悩がにじんでいた。

 

 重苦しい空気に包まれたギルド長室を後にし、静流とアリシアは並んで廊下を歩いた。

 

 階段を降りる間、二人とも言葉を交わさず、先ほどの報告の重さをそれぞれ胸に抱えたままだった。

 

 受付に戻ると、見知らぬギルド嬢が笑顔で迎える。

 

「アリシアちゃんおかえり」

 

「ケニーちゃん、この人はシズルさんだよ。依頼の達成報告があるから、照合をお願い」

 

 アリシアは私がゴブリンの調査依頼を達成したことをケニーに伝えてくれた。

 

「じゃあ、冒険者証をください」

 

 静流は無言で冒険者証を差し出した。

 

 ケニーが冒険者証を水晶板に(かざ)すと、淡い鈍色の光が発生する。

 

 それを見て彼女は笑顔になった。

 

「おめでとうございます!依頼達成にアイアンランクへ昇格です!」

 

 アリシアも喜んで静流の腕をつつく。

 

「順調に昇格しましたね!今日はお祝いしませんか?」

 

 しかし静流は冒険者証と報酬を受け取り、ランクを確かめながら答えた。

 

「お祝いですか……。ちょっと難しいですね……」

 

 ギルドでまた変に絡まれたくはない。

 

 お祝いを夜にするのであればオンジのような酔っ払いも増えるかもしれない……。

 

 ――想像するだけでゾゾッと背筋が凍るような予感を覚える。

 

 何か気分転換がしたい気分だ。

 

 そういえば、分解である程度は綺麗にしていたので気にならないが、数日ぶりの風呂に入りたい気分である。

 

 しかし、この村の風呂に入るのは何か嫌な予感がする。

 

 ――偶に襲われるこの既視感(デジャヴ)に伴う恐怖は何なのか……。

 

 「……アリシアさん、お祝いはいいから、何処か水浴び出来るところを知らないですか?」

 

 気分を切り替えるのが目的だから、水浴びでもいい。

 

 「え?水浴びですか?お風呂がありますよ?」

 

 うーん、でも何故か、村で風呂に入ってはいけない予感がする……。

 

 ……というか、このまま村に居てはいけない?

 

 自分の内側で警報が鳴り続けているかのような焦燥感が、村に留まるという選択を強く拒絶していた。

 

「――そういえば、東の森の北の方に湖がありましたね。三十分ほどかかりますけど、そこなら水浴びできますよ?魔物に気をつけてくださいね」

 

 私がお風呂を渋っているからかアリシアが記憶から引っ張り出してくれたみたいだ。

 

 「じゃあ、そこに行ってきますね」

 

 少し心が軽くなった。なにか山場を抜けたようなほっとした感じが身体を巡る。

 

 アリシアに礼を告げてギルドを出ると、私はその足で道具屋へ向かった。

 

 湖で水浴びをするにしても、さすがに手ぶらでは落ち着かない。

 

 石畳を抜け、木造の扉を押し開けると、カランと澄んだ鐘の音が鳴った。

 

 棚には旅道具が所狭しと並び、乾いたハーブの香りが鼻をくすぐる。

 

「いらっしゃいませ。今日は何をお探しで?」

 

 店主の中年女性が、柔らかい笑みを浮かべて声をかけてきた。

 

「……水浴びをしに行こうと思うんです。何か揃えておいた方がいいものはありますか?」

 

 そう尋ねると、店主はぱちりと瞬きして、すぐに棚からいくつか取り出してくれた。

 

「でしたら、この布タオルと石鹸草ですね。泡立ちはあまりよくありませんが、肌に優しいです。それと髪が長いようですから、櫛も持っていくと便利ですよ」

 

 差し出されたのは、麻布のタオルに、小さな木箱に詰められた乾燥草、そして木製の櫛だった。

 

「……なるほど。全部いただきます」

 

 私は財布から銅貨を取り出し、代金を支払った。

 

「はい、確かに」

 

 店主はにこやかに受け取り、丁寧に品を包んで手渡してくる。

 

「ありがとうございます。それでは」

「……あのね、シズルさん」

 

 礼を言い去ろうとしたところ、店主が神妙に私を呼び、こちらをじっと見つめた。

 

「……はい?」

 

 その妙に真剣な態度を不思議に思う。

 

「うちの息子アッシュは……今はメシュブランカで兵士をしてるんですよ。出世はあまりしてなくて、うだつは上がらないんですけどねぇ……でも、あの子は本当に優しくて、いい子なんです」

 

「……兵士ですか。真面目に務めているのですね」

 

 兵士というのは、華やかではなくとも街を守る大事な仕事。

 

 私はそう思いながら、頷いた。

 

 ――でも何故そんな話を?

 

「ええ、力自慢ってわけでもないんですけど、真面目で。人に頼まれたら断れない性分で……私から見れば、あれ以上の子はいないと思うんですよ」

 

 店主は少し誇らしげに胸を張った後、声を潜める。

 

「だから……もし良かったら、うちの息子の嫁に来てください」

「…………っ」

 

 唐突な言葉に、喉が詰まる。

 

 耳に届いた瞬間、頭の中が真っ白になる。

 

 ――予想外すぎて、変な動悸が止まらない。

 

 まさか買い物のついでに、嫁入りを勧められるとは思わなかった。

 

「い、いえ……私はまだ旅を続けなければないけませんので……」

 

 なんとか取り繕い、言葉を返す。

 

 店主は「そうですか……残念ですねぇ」と首を振り、再び柔らかい笑みを浮かべた。

 

「お気をつけて。湖はきれいですが、日が暮れると魔物も出やすいですからね」

「……ありがとうございます」

 

 礼を言い、包みを受け取る。

 

 万物保管庫(インベントリ)に仕舞い込み、急いで店を後にした。




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