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道具屋を後にした後、村を出て東の森の小道を北へ進んでいく。
三十分ほど歩いた先、木々の隙間から光を映す湖面が現れた。
木々を抜け、湖畔の浅瀬にある岩の近くで、衣類などを黒衣の
腰まで届く銀髪を解きながら、湖水の浅瀬へと身を沈める。
ひやりとした水の感触が全身を包み込み、思わず吐息が漏れる。
「……ん、ふぅ」
数日ぶりに肌を濡らす感覚は、錬成で清潔を保っていた日々では得られない心地よさだった。
妙な焦燥感からは完璧に解放され、気分が非常にいい。嫌な出来事があった村から一時的とはいえ脱出したことも大きいかもしれない。
白い泡がふわりと膨らみ、布を柔らかく変えていく。
「……よし」
満足のいく結果に頷いた。
自然と微笑みながら、身体を洗い始める。
首筋から肩へ、そして胸元から腰へと、布をすべらせるように洗っていく。
肌は驚くほど滑らかで、触れるたびに吸い付くような感触があり、心地よさを覚えるほどだった。
そしてふと思う。
――あの酔っ払いは、この身体を好き放題してくれたのか。
男だった頃の感情がふとよみがえり、怒りが再燃した。
――今度見かけたら、絶対に殴る。
もやもやを振り払うように、今度は髪を洗う。こういう場所では怒りは長引かない。夕方まではまだ時間がある。念入りに洗って、気持ちを整えておこう。
その内心の考えとは違い、その仕草は無防備で、しかし粗野さを感じさせない。女性的な魅力的で溢れていた。
――時は少し戻る
湖畔で微かな異変を察知した。
気づいたのはミスリルランク冒険者、ヴァルター・エルンスト。
彼は気配を可能な限り消し、慎重に異変の場所へ近づく。
木々の隙間から視線を送った瞬間、彼の目に映ったのは、息を呑むほど美しく、目を離せない女神の裸体だった。
銀の髪を広げ、泡をまといながら身体を洗う、この世の存在とは思えないほど美しい少女の姿。
胸元を布でなぞる仕草は水面にきらめきを散らし、腰や脚を洗うたび、無防備な姿勢が痛いほど目に焼き付く。
さらに足元を洗い流す動きで、背筋から腰へと描かれる曲線が水に映え、芸術品のような美しさを帯びていた。
やがて少女は少し深い場所へ姿を一旦消した。
そして水面を割って再び現れたとき、濡れた銀髪がその身体の所々を隠すように張り付く。
見えそうで見えない。その状況が彼を知らず興奮させ、その絶世の美少女の秘所を暴こうと惹きつけた。
一歩進むごとに髪は湖へ置き去られ、隠されていた部分が露わになっていく。
豊満でありながら形を崩さず重力に逆らう奇跡を魅せつけながら、ぷるんぷるんと動き、彼の視線を完全に奪った
「……ふはぁ」
やがて満ちたりたような吐息を漏らす美少女。
――それは旅の緊張から一瞬だけ解き放たれた少女の姿だった。
気づけば、ヴァルターは夢中で覗いていた。
理性を忘れ、ただ見惚れていたのだ。
意識が現実に引き戻された瞬間、やってしまった!?と、強烈な罪悪感と自責の念がヴァルターを苛んだ。
堅物であると皆に言われる自分が、少女の完全に無防備な姿を盗み見る。それは決して許されぬ行為だった。
だが、次の瞬間、別の思いが胸に芽生える。
(……違う。覗いた事実を隠すから、罪になるのだ)
彼女を恋人に、婚約者に、あるいは妻に迎えれば、それは罪ではない!
互いに認め合う者として、この美しい出会いを結び直せば、むしろ誠実な行為となる。
ヴァルターは深く息を吸い、決意を固めた。
(逃げれば卑怯者のまま。ならば、真っ直ぐに向き合い、堂々と求婚すべきだ)
覚悟を胸に、彼は葉をかき分け、湖畔へと静かに踏み出した。
裸身のまま水に佇む少女に向かい、誠実さと硬い決意を宿した瞳で歩み寄っていく。
――――――――――
「……ふはぁ」
身体を流し、湖畔の浅瀬に戻ると、胸の奥から安堵の吐息がこぼれた、湖水の滴る髪をかき上げる。
――そのとき。
すぐ側の湖畔に、黒銀の鎧に身を包んだ逞しい青年が立っていることに気づいた。
「……っ!?」
私の心臓がドクンと跳ねた。
いつからそこにいたのか?
どうしてこんな所にいるのか?
答えが出ないまま、突然の恐怖が全身を支配する。
男に襲われた記憶が脳裏をよぎり、思考が真っ白になる。
声も出せずに立ち尽くしていると――
「……すまない」
青年が静かに歩み寄り、両手で私の右手を取った。
その掌は驚くほど熱を帯び、逃げ場を奪うように力強い。
「どうか、私の妻になってほしい」
「……え?」
唐突な言葉に、脳が追いつかない。
恐怖と困惑で固まる私に、青年は真っ直ぐな瞳を向け、さらに続けた。
「君を見た瞬間、心を奪われた。これは一目惚れだと断言できる。君のすべてを私のものにしたい。何者からも必ず守り抜き、決して一人にはしない。必ず幸せにすると、ここに誓おう」
その声音は真剣で、嘘がなく、まるで戦場で誓いを立てるように揺るぎなかった。
あまりにも予想外の出来事に、胸が強く脈打ち続ける。
驚愕し、そして言葉の熱に押され、思考が混乱したままだ。
一体どうすれば良いのか、何もわからなかった。
自分から何も行動できないでいると、一人の金髪の女性が浅瀬の木立の間から現れた
「ちょっと!何してるのよヴァルっ!」
甲高い声で割って入ってくれた女性に、ヴァルターと呼ばれた青年は狼狽えた。
彼女も同じく水浴びを終えたばかりなのか、濡れた髪を揺らしながら、そのわがままな身体を一切隠さずに、瀬を踏みしめて近づいてきた。
「あなた!裸の少女に迫るなんて、正気なの!?」
彼女は私の肩を抱き、胸元に引き寄せる。
濡れた身体同士が触れ合い、熱に拍車がかかる。
「ほら!あっち行きなさい!女性二人が裸でいる所に、いつまでも突っ立ってるんじゃないわよ!」
彼女の
一方で、彼女の腕に抱かれた私は、どうすればいいのか分からず固まってしまう。
ヴァルターは動揺しながらも必死に言葉を返す。
「誤解するなエリン!俺は本気だ!責任を取って彼女を幸せに――」
「責任とか言って誤魔化すんじゃないの!」
彼女は声を被せ、私をさらに抱き寄せる。
「可愛い子を見たら好きになった、それでいいでしょ?少なくとも私はそう。……貴女に一目惚れしたの」
至近距離で女性のエリンにまで一目惚れだと告げられ、耳まで熱が広がる。
二人の視線に挟まれ、混乱していた頭だが、不意に思考がはっきりした。
ここまで強制イベントであったかのように全く抵抗できなかったが、やっと動けると感じた私は二人に告げる。
「その……先に服を着ませんか?裸でするような話ではないかと……」
私のその言葉に、二人は謝罪した。
「すまない」「ごめんなさい」
二人は顔を見合わせ、わずかに気まずそうに目を逸らした。
ヴァルターは背を向け、湖畔へと歩き出す。
エリンも小さく咳払いをして、腕をほどいた。
「……じゃあ、服を着てからまた話しましょう」
私の言葉に従い、それぞれ湖を後にする。
冷えた風が肌を撫で、緊張の余韻だけが残った。
着替えを終えたとき、三人の間には先ほどとは違う空気が流れていて、それぞれが真剣な雰囲気を醸し出している。
エリンは、軽装化された聖職者のような衣装で、所々肌が露出している衣服を着ていた。
「最初に自己紹介をいいですか?私は静流という者で、今は近くの村、コルンに滞在しています」
「……静流、か。良い名前だ」
ヴァルターは短く名を繰り返し、真剣な眼差しを向けた。
「俺はヴァルター・エルンスト。アルシア帝国冒険者ギルド所属のミスリルランク冒険者だ」
隣でエリンも一歩前に出る。
「私はエリン・ロンドニア。同じくミスリルランク冒険者で、ヴァルとは幼馴染。今は一緒に任務で動いてるわ」
二人とのミスリルランク冒険者なのか……。
敵対はできないな。好意的な相手なのが幸いだ。
自己紹介が終わり短い沈黙が落ちた。
「……それで、何故二人はこんな所に?私は数日お風呂に入れなくて、気分転換を兼ねてきたのですが」
二人の事情を尋ね、私の理由を先に説明する。
ここにいた理由は私と似たりよったりだとは思う、けど、何故二人から告白される羽目になったのか分からない。
「俺たちはメシュブランカへ向かっている途中だった」
ヴァルターが答える。
「道中にエリンが水浴びを望んでここへ立ち寄った。……俺は周囲を警戒していて異変を感じたので探れば君がいて……。我に返れば覗きに夢中で……全てを見てしまった後だった」
……また男に全裸を見られたのか。見られることに羞恥心は感じないけど、危機感はある。男から向けられる欲望に対して無防備過ぎるかもと……。
でも全く裸にならず過ごすのは無理があるので、諦めるしかないかな……。襲われさえしなければ許容範囲だから、別にいいかとも思う。
ヴァルターは覗きを堂々と宣言するあたり、ある意味男らしい。これでは敵意を抱きようもなく、仕方なかったのだと感じてしまう。甘い考えかもしれないけど……。
それで、何でプロポーズになるのかはさっぱり分からない。
それはまた話が別で、普通は謝罪と相手から許しを得ることから始まるのでは?段階が幾つか飛んでると私はつっこみたい気持ちだった……。
言葉を区切り、彼は真剣に続けた。
「その瞬間、覗いてしまった罪悪感に苦しんだ。だが同時に天啓が降りたんだ。責任を取って結婚すれば全て問題ないと。俺は君を必ず幸せにすると己に誓った」
隣のエリンが肩をすくめる。
「ヴァルと大体同じなんだけど……。私も
話が終わった二人は、私をじっと見つめている。
やはり冗談でも気まぐれでもなかった。
こ、これはまさか、告白の返事……待ち?
な、何でこんな事に?
何故か胸がどきどきとして嬉しい気持ちが溢れ出ているが流されるわけにはいかない!
この感情のままに振る舞えば何かおかしな事になる気がする……。
「そ、その、あなた達はメシュブランカに任務で行くんですよね?私は事情があって今はコルンを離れるわけにはいかないんです。だから一緒に行くわけには……」
これで大丈夫なはず……。
……何か悪いことをしているような気がしてしまうけど、二人が真剣だからかな?
「任務と言ってもメシュブランカ周辺で手助けをするといった緩い任務だ。暫くコルンにいても問題ない」
「何か最近おかしな行動をしてる奴らが多いとかアインス連合国内の情報を集めてくるように言われてもいたけどね。でも時間制限とかもないから心配いらないわ」
「……まあそんなわけで、俺達を君に同行させてくれないか」
「そう深く考えなくても大丈夫よ?私たち気が長いから全然待てるし?」
「…………ああ、待てるから。俺に君を守らせてほしい」
――二人の言葉に胸の奥が辛くなった。このまま誤魔化しては良心の
それにミスリル級の冒険者が自分に対して頭を下げ真剣に提案しているのだ。
力ある者が強制せず、ただ願いを口にしているという事に、人としての誠意を感じた。
少なくとも嫌悪はなかった。むしろ、正直に言えば好感を覚え始めていた。
「……返事はすぐには出来ません。ですが、私もコルンの次はメシュブランカに向かうつもりです。そのときなら、一緒に行っても構いません」
言葉を終えると、二人の表情が一気に明るくなった。
「感謝する」
「ふふ、決まりね!」
ヴァルターは短く、だが力強く頷き、エリンは小さく笑みを浮かべ、私に抱きついた。
少し驚いたが、好意的なエリンの行動は素直に嬉く思う。
最近は気の休まることが少なかったので、人肌の温もりを感じると、心が穏やかになるようだ。
驚きの出会いではあったが、ようやく落ち着いた空気が流れて、これから二人と上手くやって行けそうな気がしたのだった。
――――――――――――
湖畔を離れる前、私たちは落ち着いた空気の中で歩みを揃えた。
「静流、と呼んでいいか?」
ヴァルターが短く尋ねる。
「……はい。私はヴァルターさんと、エリンさんと呼びますね」
「私は堅苦しいのは嫌いだから、エリンでいいわ」
「わかりました、エリン」
「俺はヴァルでもいいぞ、静流」
「流石にそれはちょっと……。じゃあヴァルターと呼ばせて頂きます」
自然に呼び合えることで、少し距離が縮まった。
穏やかな流れのまま、私はふと思い出し、真面目な顔になる。
「実は……村に少し問題があるんです。この森の南にゴブリンの集落があって、数が異常に増えているようで」
言葉に二人はすぐ反応した。
「なら俺たちに任せればいい」
ヴァルターの声は揺るぎない。
ゴブリンを歯牙にかけない強さからくる自信を感じる。
「私たちも冒険者よ。村を守るのは当然でしょ?」
エリンも頷き答えた。
冒険者の仕事の基本は魔物の討伐。しかし村を守るかは個人の良心に基づく行いだ。二人の迷いのない返答は心強く、胸の緊張が和らいだ。
「ありがとうございます。私は知らないのですが、前から村に被害があったようで、コルンのギルド長も凄く悩まれていました。最近彼には助けられたので少し心苦しかったんです」
私の言葉に、二人は一瞬だけ目を見合わせ、それからすぐに私に視線を戻した。
「……そのギルド長との関係は?」
ヴァルターが低い声で問いかける。
「恋敵ってこと?」
エリンが半ば冗談めかして首を傾げたが、その瞳は真剣だった。
「ち、違います!」
私は慌てて両手を振って否定する。
「彼は……そういう人ではありません。……あの、同性を好む方なんです」
二人の眉が同時に跳ね上がる。
驚きの表情が一瞬で理解へと変わり、やがてどこか安堵したように息をついた。
「そうか……」
「なら話は別ね」
ヴァルターがぼそりと呟き、エリンは胸に手を当てて笑みを浮かべた。
空気が少し緩んだが、ヴァルターはすぐに表情を引き締める。
「……だが、助けられたというのはどういう意味だ?」
私は言葉を選び、視線を伏せる。
「……少し、油断してしまって。ギルドで酔っ払いに絡まれました……。軽く済めばよかったんですが……思ったよりもしつこくて。あのとき、ギルド長が助けてくれなかったら……その……」
言葉を濁して伝えたが、二人にしっかりと伝わったらしい。
ヴァルターの拳が無意識に固く握られ、甲冑越しでも軋む音が伝わる。
エリンの瞳は冷たく細まり、唇がわずかに震えていた。
憤りを隠すことのできない二人は、互いに視線を交わし、何も言わずとも意思を通じ合わせていた。
「……静流」
ヴァルターの声は静かだったが、内に燃える怒りを隠せていない。
「そのような連中は、俺が許さない」
「ええ。次にそんな奴らが出たら、私が叩きのめしてあげる」
エリンは凛とした声で言い切った。
私は小さく息を呑む。
二人の真剣さに胸が温かくなると同時に、その胸を罪悪感が襲う。
告白の返事をする予定のない自分が、こうして好意を受けても良いのか――と。
胸に積もる罪悪感に負け、私は二人へ正直な気持ちを打ち明けた。
「……すいません。実は……隠し事があります。それが理由で……告白の返事はできないかもしれません」
隠し事……、私が元男という事は、二人にとって残酷な真実だ。それを証明する手段がない現状、伝えても納得して貰えないかもしれない。
もし伝えるのであれば、私が二人なら大丈夫と心の底から思えた時だろう。
正直な言葉が落ちた瞬間、二人の瞳が真剣に細まる。
拒絶ではなく、真意を探るような視線だった。
短い沈黙の後、ヴァルターが低く言った。
「……そうか。なら、俺たちも隠し事をしていたことを謝らねばならない」
横に並ぶエリンも頷き、苦笑を浮かべる。
「そうね……黙ってた方が楽だったけど、静流には正直に言うべきだと思う」
罪悪感から漏らした言葉に、予想外の返事が返ってきた。秘密とは何だろうか?
「俺とエリンは……見た目は二十代だが、実際の年齢は四十二だ」
ヴァルターの声は重いが、揺らぎはなかった。
「……えっ?」思わず声が漏れる。
彼は淡々と続ける。
「俺は長年の戦いの中で『命源吸収』を繰り返してきた。その影響で老化の速度が遅れ、肉体の外見は二十代のままだ。だが、実年齢は四十を越えている」
驚き口を開けていると、隣のエリンが静かに微笑み、言葉を引き取った。
「私も似たようなものよ。……昔ね、不老薬を飲んだのよ。その効果で生まれたスキルが【不老の契約】。おかげで、この身体はずっと二十歳のままなの」
彼女は自嘲気味に肩を竦める。
「だから外見は若いけど。でも本当は、壮年のおじさんとおばさんなのよ……。でも心も若いつもりだけどね!」
言葉の意味を咀嚼し理解に努める。
『命源吸収』による老化の低下は広く知られている。有名な冒険者に多く存在し、それは強さの証明だ。それだけ命源吸収を行い限界に達した結果、老化の遅延にその力は注がれる。
しかし、不老薬は聞いたことがない。スキル名が【不老の契約】と言うからには、条件がありそうな気がした。
「俺たちの事を信頼して貰うまで、暫く年齢は隠しておくつもりだった……」
「その……一目惚れがどうこう言ってるのに、かなり歳上ってイメージ悪いかなって思うじゃない?」
まあ確かに、一般的にはそう捉えられるかもしれない。私は良い成長を遂げた大人であるなら、かなりプラス要素と捉えてしまう……。外見が若くて、経験を重ねながらも良心を忘れていないこの二人を嫌いにはなれない。
年齢を明かしてくれたのは嬉しいが、自分の抱える秘密を明かす勇気もない私は、こうして正面から全てをさらけ出した二人に、罪悪感を重ねながらもキープ発言のような事をしなければならない……。
正直自分にとって実際の年齢より性格と外見が良ければ不満などない。
しかし、元男としてヴァルターと付き合う事などまだ考えられないし、エリンと女性同士で付き合う事にも違和感を感じる。
どうしようもなく中途半端な自分はどうすればいいのか……。
「私はお二人に出会ったばかりですが、人柄に好感を覚えています。実際の
私の言葉に、二人はわずかに目を見開いた。
……悪女になったような気がした。二人を手玉に取っているようで胃がきりきりする。
その後、どちらからともなく肩の力を抜き、安堵の表情を浮かべる。
「……そう言ってもらえるだけで、救われる」
ヴァルターが低く息を吐いた。
「よかった……正直、嫌われる覚悟もしてたから」
エリンも胸に手を当てて、微笑を見せる。
その様子に胸が温まると同時に、ふとした疑問が口を突いた。
「あの……エリンは不老薬をそうだと知って飲まれたんですか?」
問いかけに、彼女はあっさりと頷いた。
「ええ、もちろん知っていて飲んだわ。私にとってはメリットの方が大きかったから」
「……【不老の契約】というからには、何か副作用はあるのでは?」
私が恐る恐る重ねると、エリンは一瞬だけ躊躇い……。
「……子供が出来なくなるの。それが代償ね」
……不妊になることを知ってもなお不老薬を求めたのか……。
「でも私は昔からレズビアンなの。だから不妊になっても後悔はないわ」
そう言い切りながらも、すぐに視線をこちらに戻し、少し強い口調を足す。
「ただ、誤解しないでね? 女性と関係を持ったことは今まで一度もなかった。本当よ」
蒼碧の瞳が真剣に揺れる。
「国では立場もあったし、軽々しく誰かとそういう関係になれるわけじゃない。……だから、私はずっと自分の想いを抑えてきたの」
その言葉には、軽さも冗談めいた響きもなく――長年の重みが滲んでいた。
レズビアンだからか……。
確かに不妊を理由に男性との関わりを減らせるメリットは大きい。それに国での立場もあったなら、レズビアンでは肩身が狭かっただろう。
「エリンも大変だったんですね」
私が理解を示すとエリンは安堵したように息をつく。
……周囲の人は妊娠できなくなる事をどう受け止めたんだろうか?
思わず、心に浮かんだ疑問をそのまま口にしてしまう。
「でも……エリンのように綺麗な人が子供を産めなくなるなんて……。反対されたり責められたりはなかったんですか?」
問いかけに、彼女は少し肩をすくめ、穏やかに微笑む。
「私は聖職者でしょ? 修道会や神殿に属する者に結婚を強く勧める習慣はないの。むしろ独身でいるのも珍しくないくらいよ」
蒼碧の瞳が柔らかく瞬く。
「それに――ヴァルと私は幼馴染で、昔から一緒に行動してたから、周りからは自然と“恋仲”だと思われてたみたい。ヴァルが大丈夫なら、って、誰も口に出して責めたりはしなかったし、私も否定しなかった。……まあ、お互いが納得していれば、それで十分だと皆も思ってくれたんでしょうね」
横で聞いていたヴァルターが、少しだけ視線を逸らして咳払いをする。
「……誤解を解こうとも思ったが、お互いにメリットもあったからな」
エリンはそんな彼を見て、楽しげに笑った。
「ね、そういう人なのよ。黙ってれば“堅物の恋人”ってことで、私はその陰に隠れて楽をさせてもらったわ」
なるほど――お互いのことを深く理解している幼馴染だからこその仲の良さ。
軽口の裏に流れる信頼の深さを感じた。
秘密を打ち明けて貰ったので、二人に対して少しは心を開いてもいいのではと思う。
……四十二歳まで一緒にいる男女が仲の良い幼馴染程度でいることは疑問だが、嘘はないのだろう。
気づくと私のことをエリンが見つめていて、ふと表情を和らげる。
「……やっぱりあなたの“秘密”はまだ話せないのよね?」
蒼碧の瞳に真正面から射抜かれて、息が詰まる。
胸の奥がじくじくと痛む。だが、私は俯いて小さく答えた。
「……すいません。今は……心の準備ができていなくて。いつか……きっと」
自分でも頼りない返答だと思った。けれど、嘘を重ねるよりは正直でいたかった。
短い沈黙が落ちる。
知らぬ間に私の横にいたヴァルターが前を向きながら言う。
「……無理をする必要はない。ゆっくり考えればいい」
その言葉に思わず顔を上げると、彼の眼差しは真剣で、どこか柔らかかった。
私は小さく息を呑み、胸の奥に温かさと罪悪感が同時に広がるのを感じた。
話をしながら村へ戻っていると、空の色はすでに茜に染まりつつあった。西の森に沈みかけた陽が、長い影を地面に落としている。
「……もう夕暮れか」
ヴァルターが小さく呟き、足を止めた。
「日が落ちれば、森からウルフが活動を始める時間ね」
エリンが辺りを見回し、真剣な眼差しに変わる。
確かに、昼間は人気の少ない道も、夜になると魔物の通り道になる。村に帰るまでの距離を考えると、油断はできなかった。
「静流、戦えるか?」
ヴァルターがこちらを振り返る。
「はい。もちろん」
私は軽く頷く。
今さらウルフで恐怖は感じない。
「危なかったらサポートするから安心してね」
エリンさんは聖職者なので、もし誰かが怪我をしても大丈夫だ。魔物に対してここまで優位な状況は初めてなので油断しないように気をつけよう。
その時、低く唸るような声が風を裂く。
木々の影から現れたのは、漆黒の毛並みを逆立てた三体のウルフだった。黄色い眼光が夕闇に光る。
「来たわね……」
エリンが杖を構える。
ヴァルターは剣を肩に担ぎ直し、わずかに口元を歪めた。
「ちょうどいい。……一人一匹ずつ、やってみるか」
「ええ、賛成」
エリンの声にも余裕があった。
ゴールドランク冒険者の目安がウルフの群れの単独討伐なので、ミスリルランクの二人なら当然楽勝だろう。
しかし、私の実力もゴールドランクはある筈なので二人に判断してもらおう。
ここまでの道中で、冒険者ランクはアイアンだと伝えている。きっと驚いてくれるだろうな。
私も剣を握って二人と肩を並べた。
ウルフたちは低く唸りながら散開し、それぞれ私たちに狙いを定める。
「……行きます!」
宣言し、地を蹴った。
一番最初に一匹のウルフに接敵する。
あの夜、群れに囲まれて四方八方から襲われた時は脅威であった。しかし、脅威の理由はその連携と速度が噛み合ったときの対処の難しさである。行動パターンさえ見切れば対処は容易い。
旋回しているウルフの進行方向を読み、横薙ぎに剣を振るうと、その首をあっさりと斬り飛ばすことに成功した。一定の身体能力があれば、ウルフは獲物に成り下がる。
ヴァルターとエリンをみると、やはりスキルを使うまでもなく、大剣の薙ぎ払いと杖による頭部への打撃でそれぞれ仕留めていた。
「動きが意外と速いな、静流」
「ちょっとびっくりしちゃったわね。でも速いというより、無駄がないのかしら?」
少しは驚いてくれたかな。
「どうでしたか?意外と戦闘力には自信があるんです。夜間にルブランからコルンへ移動しのですが、ウルフの群れを相手に生還しました」
あの夜は過酷だった……。時間が経つほど増えるウルフたちの連携と物量のごり押しだけでなく、上位種のシャドウウルフ二匹が奇襲を仕掛けてきた。
その時に大きな負傷をしたが、その二匹を殺した後に少しずつ群れが撤退していった結果、命拾いすることになった。
「静流は技術タイプだな。実力的にはシルバーといったところか」
「そうね……スキルは別として、さっきの戦闘だけならシルバーランクね」
「……思ってたより、私は弱いんですね」
何か恥ずかしい……。ゴールドランクには届いていないのか。
――いや、
「すいません。あの……ウルフの群れ討伐でゴールドランクではないんですか?」
二人は顔を見合わせてから、同時に手を打った。「ああ」と納得した様子をみせる。
「まだこっちの大陸は、旧基準のままみたいだな」
「あの目安が大雑把過ぎたから、あっちでは結構前にクレームが酷かったわよね」
ヴァルターは納得したように答え、エリンは少し遠い目をして何か思い出しているだ。
「えっと?もしかして目安が変わったんですか?」
「そうだな。あれは目安だからといって大雑把すぎた」
「目安は確か、単独での討伐数で決まってましたよね。ブロンズはゴブリン2体、アイアンはウルフを2体、シルバーはオークを2体で、ゴールドはウルフやオーク等の群れを討伐可能でした」
簡単な目安だったので覚えている。これによればゴールドランクくらいはありそうなんだけど。
「みんなが知ってる弱い魔物を基準にして、群れに含まれている上位種については全く書かれていないでしょ?」
「……言われてみればそうですね」
目安なので参考程度と思っていたけど、もしかして、群れというのは上位種を含めてということなのか……。
「ゴブリンならゴブリンキャプテンが率いる群れでシルバーランクといったところだ。ウルフの群れは最上位にブレインウルフがいる。そいつを含めて全滅させるとゴールドランクになる」
「結構群れに含まれる上位種の違いでランクも変わっちゃうから、あくまで目安は参考程度に考えておいたほうがいいわ」
「そうだったんですね……まったく知りませんでした……」
少し落ち込んでしまう……。
なるほど、私はブレインウルフから見逃されていたのか。群れの規模が実際はもっと大きくて、戦力の浪費を嫌った可能性が高いな……。
「……そう落ち込むな。静流は十分に強い」
「そうよね。スキル頼みのぼんくらが沢山いる中、静流の技量はかなり高いから心配いらないわよ?」
「……ありがとうございます。足手まといにならないように頑張りますね」
――まだルブランを出て数日しか経っていない。そこまで急ぐ必要もないか……。ヴァルターとエリンという仲間にも出会えた。これからもっと強くなればいい。
誤字脱字や設定の矛盾などあれば報告お願いします!
TS主人公はどんなのが好きですか?(参考程度)
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男らしい性格
-
女らしい性格
-
どっちつかずで悩んでいる性格
-
ボクっ娘
-
俺様
-
中二病
-
その他