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ヴァルターの意見で討伐したウルフ三匹を村まで運ぶことになった。
村への手土産はあったほうがいいだろうということらしい。私にとってミスリルランク冒険者二人が一番の手土産だと思うので、そこまで気を使う必要も感じなかったが、円滑な関係を築くための行動ということだった。
流石ベテラン冒険者である。
ウルフを運ぶのであれば、私の
「あの、実は便利なスキルがあるんですが……」
二人に実際に見せた方が早い為、ウルフの死骸に近づいた。
「運搬系スキルか?」
「静流のスキル……気になるわね」
手を翳し、
「……馬鹿な!死骸はどこへ消えた!?」
「え……?静流は何をしたの……?」
「この黒衣の、
私が説明すると二人が唖然とした顔で驚いている。物語でもよくチートと言われている為、二人から見ても凄いのだろう。
突然真剣な顔になった二人が私に詰め寄る。
「……静流。このスキルはあまり大っぴらに使わない方がいい」
「インベントリって、昔の勇者が使っていた無制限に物資を収納できるスキルよね?安易に見せちゃダメよ?」
思っていた通りの反応で、少し微笑ましい。
「はい、他人に知られる危険性はわかっています。でも二人は黙っててくれますよね?」
「……信頼は裏切らない。だが、警戒は怠るな」
「静流、わかってる?インベントリってスキルは、ただ便利な能力じゃないのよ?」
エリンの声は穏やかだが、心配の色を隠せていない。
「……はい。忠告ありがとうございます」
私は素直に頭を下げる。
だが二人はまだ納得していないようで、ヴァルターが低く重い声を続けた。
「もしもそのスキルがその黒衣の力だと知られると、間違いなく狙われる。王侯貴族はもちろん、有名クランや国家ですら欲しがるだろう」
エリンも頷き、言葉を重ねる。
「“大容量の保管ができる”ってだけで、運搬に関わる仕事で革命が起こるわ。だからこそ知られると、手に入れようとする者たちが後を絶たない……」
改めて突きつけられた危険性に、胸の奥が少し重くなる。けれど、私は静かに答えた。
「確かに……奪おうとする人もいるかもしれません。でも、この黒衣は、私自身に帰属してるので、誰にも奪えません」
その言葉に、二人は同時に息を呑んだ。
「……静流、それは……」
「奪えないなら、なおさら……あなた自身を狙う理由になるじゃない!」
絶句したように目を見開く二人。
ヴァルターが低く言葉を継いだ。
「黒衣のスキルが個人に帰属しているなら、問題はまず持ち主の命や身柄を狙う連中が現れることだ。拉致、監禁、暗殺、手段は問わない」
エリンが付け加える。
「それだけじゃないわ。法的に身内に引き入れようとしたり、裏取引や契約で縛ろうとする者もあらわれるはずよ」
言葉を突きつけられ、私は一瞬言葉を失った。自分が守らねばならないのはスキルではなく、この身そのものだという現実が、背筋を冷たく走らせる。
私は素直に頷き、しっかりと告げる。
「人前での使用は、できるだけ避けるようにします」
二人は顔を見合わせ、小さく息を吐いた。
「……理解したならいいわ。無自覚だったら危ないじゃない?」
「ならば俺たちがとやかく言うこともない」
小言のように再三の注意をしていたが、二人の瞳には嬉しさが宿っていた。知られると危険なスキルを教えたことで、それだけ二人を信頼していると伝わっただろう。
――私は内心、罪悪感が渦を巻いていた。
本当は、もっと計算ずくなのだ。
もしこの秘密が漏れれば、確かに狙われる。けれど命や貞操を最優先に考えれば、自由を失うことは二の次にできる。
「この黒衣は帰属していて奪えない」と広めれば、性的に襲うことも難しくなる。なぜなら私は――“襲われたら自殺する”と宣言すればいいからだ。
狙う側からすれば、貴重な力を手に入れるどころか失わせることになる。大半は躊躇するだろう。
それに、それだけ貴重なスキルなのであれば、勝手に互いを牽制しあってくれる。結果的に時間を稼げるので、私自身が立場を固めるまでの余裕ができる。
インベントリを利用したい者との契約次第では、立場と安全が手に入る可能性すらある。
私の目的を考えると、秘密が漏れる事すら現実的な選択肢と考えられた。
そんな思惑を隠しながら、にこやかに二人へ信頼を示した。笑顔を作りながらも、胸が軋む。
――それでも、、これは生き抜くために仕方のないことだ。
ふと顔を上げると、ヴァルターとエリンが私を見ていた。
二人の表情にはまだ不安も残っている。けれど、それ以上に「守ろう」とする意志が強く宿っているのを感じて、胸がじんわりと温かくなった。
「……ありがとう。二人がいてくれると、心強いです」
素直に口にすると、エリンが小さく微笑み、ヴァルターが頷く。
「当然だ。仲間だろう」
「ええ。もう“秘密を分け合った仲”なんだから」
その言葉に、胸の奥で何かが確かに繋がった気がした。
信頼という鎖が、三人の間に静かに結ばれていく。
空を見上げると、茜色はすでに群青に沈みかけている。夜の帳が下りる前に、村に戻らねばならない。
「……行きましょう」
「おう」
「ええ、もう暗いから急がないとね」
三人並んでコルンへ歩き出す。
その足取りは先ほどよりも軽く、確かな団結心に支えられていた。
――――――――――――
コルンの村の灯りが見えはじめた頃、私は周囲を気にしながら足を止めた。
先にウルフを出しておかないと
流石に大勢に知られると噂が広まるだろう。
「……ヴァルターさん。先にウルフを出しますね」
そう告げて
ドサッと生々しい重みが連続して地面に落ちる。
ヴァルターは無言で頷くと、両肩に軽々と担ぎ上げる。
「……力持ちですね」
「ふふ……頼もしいわよね」
流石ミスリルランク冒険者、三匹も担げば結構な重量なのだが、余裕を持って担いでいる。
エリンは半ば呆れたように微笑んでいた。
そのまま三人で村の入口を抜ける。
夜の帰還に、すでに家々には灯りがともり、村人たちが遠巻きにこちらを見ていた。
旅人である静流の側では勇ましい男がウルフを担ぎ、その隣を見知らぬ聖職者の女性が歩いている。
人々の視線に小さなざわめきが混じった。
私は表情を崩さずに、冒険者ギルドの建物へと歩を進めた。木製の扉を開けると、夕食時で、賑やかな光景が広がっていた。
宴会の準備でもしているのか、中にいたアリシアが忙しそうに駆け回っていたが、こちらを見つけて声を上げた。
「静流さん、おかえりなさい!」
その声音には安堵がにじんでいた。
出かけてから思っていたより時間がかかったので、不安に思っていたようだ。
「水浴びはできました?遅かったので心配しました」
「ただいま。水浴びはできましたよ。ちょっとしたトラブルがありましたけど、結果的に問題はなかったです」
水浴びはいい気分転換になった。
村で感じていた既視感による不安も払拭され、今は独りではないと気持ちも楽になっている。
湖で仲間になったヴァルターとエリンを紹介するために話を続けた。
「湖畔辺りで頼もしい冒険者のお二人に出会い、話し込んでいました」
視線をヴァルターとエリンに送ると、アリシアの目が大きく見開かれる。
「ミスリルランク冒険者、ヴァルターだ」
「同じくミスリルランク冒険者のエリンよ。今晩は世話になるわね!」
「……ミスリルランクのお二人……! そんな方々と……」
言葉を探すように一瞬沈黙し、ハッと何かに気づいたように顔を上げた。
「あの……まさかゴブリン集落の討伐をお願いできるんですか?」
「はい、お願いする事になっています。大丈夫ですよね?」
「大丈夫です!ラゴウギルド長もきっと大喜びですよ!何やら思い詰めた顔をしてたので、これで安心ですっ」
アリシアはゴブリン集落の件を結構重く受け止めていたようだ。まあ、村に住む人々にとったら生活どころか生死がかかってくるから、私が少し軽く考えていたのかもしれない。
「ところで、ウルフを三人で仕留めてきたので皆に振る舞えますか?一応手土産です」
話を変え、背後のヴァルターが担いだウルフを指差す。
するとアリシアは一瞬だけ表情を変え、瞳の奥に微かな影が落ちた。
「……手土産ということなので、解体場に直接お願いできますか?案内します」
どうしたのか疑問に思ったがとりあえず後をついていく。
解体場は買取窓口の裏のスペースにあるようで、扉を一枚挟んだ向こうに広がっていた。食肉工場といった雰囲気だ。
観察していると、解体作業中のおじさんに指示されたヴァルターさんがウルフ三匹を空いていたスペースに置いた。
その様子をアリシアが悲しそうな顔で見ていた。
「……アリシアさん。どうかしましたか?」
声を掛けると、彼女はハッとして顔を上げた。けれどすぐに小さく笑みを作り、首を振る。
「いえ……すみません。ちょっと、昔のことを思い出してしまって」
放ってもおけず、少し気になったので話を聞いてみることにする。
「よければ、聞かせてもらえますか?」
私が静かに促すと、アリシアは少し迷った末に、息を吐いて頷いた。
「……小さい頃、ウルフを飼っていたことがあったんです」
「えっ……ウルフを?」
「はい。森で怪我をしていた仔狼を見つけて……内緒で育てていました。子供たちからは人気者で、とても人懐っこかったんです」
アリシアの瞳が遠くを見つめるように揺れる。
魔物と言っても小さい頃から飼っていれば意外と懐くのか。
「たくさん撫でられたり構われたりすると、情けない声で“クゥン”って鳴くんですよ。その声が可愛くて……私、クーリンって名前をつけました。“くーちゃん”って皆で呼んでいて、本当に村の子供たちのアイドルみたいな存在でした」
少し笑いながら話すその横顔に、懐かしさと同時に深い寂しさが滲んでいた。
「でも……大人に見つかってしまって。くーちゃんは危険だって、村から追い出されたんです」
言葉が途切れ、彼女は視線を落とす。
「あの後はとても悲しくて、暫く自暴自棄になっていました……」
飼い犬は家族のような存在だと聞くので、それも仕方ないだろう。子供の想いを大人になれば理解できない場合が多いから。
「……アリシアさん。もし、よければ……今の気持ちも、教えてもらえますか?」
おそるおそる問いかけると、アリシアは驚いたように私を見つめ、それからふっと目を伏せて小さく笑った。
「……そうですね。今も悲しいです」
彼女は解体場の隅に視線を落としながら、言葉を紡ぐ。
「だから、ウルフの死骸を見ると、心のどこかで思ってしまうんです。――“くーちゃんかもしれない”って」
その声音には、長い時間をかけて積もった痛みが滲んでいた。
私は胸の奥が締め付けられるのを感じながら、彼女の横顔を見つめる。
どう言葉をかければいいのか、正解はわからない。
「……辛かったんですね」
そう呟くと、アリシアは少し目を潤ませながらも微笑み、首を横に振った。
「ええ。でも……村を守るためにウルフを狩るのは仕方のないことです。わかってはいるんです。ただ……くーちゃんだけは、どこかで生きていてほしいって……どうしても願ってしまうんです」
最後に小さな声で、彼女は呟いた。
「……元気にしてるかな、くーちゃん」
――会いたいな……。
その一言が、解体場の静かな空気に溶けて消えていった。
彼女の気持ちが伝わり、胸の奥が締め付けられるようだ。
……聞かない方がよかったかもしれない。
自分が殺したウルフの中に、そのくーちゃんがいた可能性もゼロではない。これからウルフと戦うたびに思い出しそうなので、躊躇わないようにしなければ……。
「……ごめんなさい。やっぱり冒険者の静流さんに聞かせるような話じゃなかったですね」
アリシアが気分を切り替えるように声を弾ませて話を続ける。
「実は私の職業は【ペットマイスター】なんです。新しいペットを飼おうかと考えているんですが、村ではもう無理かなって思っていて……。だから最近街に移住する計画を練ってるんですよ。もしよかったら一緒について行ってもいいですか?」
――これは断れないな……。
彼女が一枚上手だった……。
同情を引くのが上手い。このタイミングで言われると拒否することが心情的に難しい。
……アリシアは好ましい人なので、メシュブランカに行っても知り合いがいると考えるとまあいいだろう。
「……ヴァルターとエリンに相談しますね。多分大丈夫だと思いますよ」
「ありがとうございます!よろしくお願いしますね!」
――アリシアは満面の笑みを浮かべた。
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