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解体場を後にし、アリシアに連れられて再びギルドのフロントへ戻る。
さっきまでの彼女の表情が頭に残っていたが、今はもういつもの明るい笑顔に戻っていた。頭の切り替えが早い……。
次はギルド長に会いに行くことになった。
報告を済ませておいて明日に備えてゆっくりするためだ。
皆でギルド長室へ歩いていると、静流を探していたのか、一人の村人がやってきた。
年配の男性で、顔をほころばせながらこちらに歩み寄ってくる。
「おう、お前さんが……昨日の冒険者の嬢ちゃんだな」
「……はい、そうですけど」
声を掛けられ少し身構えたが、彼は嬉しそうに両手を合わせて頭を下げた。
「昨日はほんとうに助かったよ。おかげで息子が助かって畑が荒らされずに済んだんだ」
「あ……それは、良かったです」
どうやら昨日のゴブリン討伐の件だろう。
疲労困憊の中で嫌々助けることになったが、被害が広がる前に防げたと聞くと気分は良い。
男は私の返事を聞くと、さらに顔を綻ばせる。
「それでな、村の衆と話して……ささやかだが礼をさせてもらいたいと思ってな」
「礼、ですか?」
「今夜の晩飯だ。ちょうど宴会を兼ねて料理を用意してる。いつもより豪華にしたから、嬢ちゃんも仲間たちも、しっかり食べてくれや」
にこやかに告げる声に、周囲のギルド職員や村人たちも小さく頷いているのが見える。
どうやら村ぐるみで用意してくれたらしい。
ヴァルターが腕を組んで「ふむ」と頷き、エリンも優しく微笑む。
アリシアはというと、少し訝しげな顔をしている。何か気になることでもあっただろうか?
「……ありがたくいただきますね」
私がそう告げると、男は「よし!」と力強く頷いた。
「そうと決まれば、しっかり腹を空かせておけよ。この村特有のご馳走を是非ともたくさん食べてもらいたいからな!」
そう言い残して、男は足早にギルドを後にした。
ご馳走とは、少し楽しみだがあんまり期待してもダメかな。ルブランと比べると昼の食事はかなり田舎料理といった感じだった。でも、村特有のご馳走には興味があった。
私は小さく微笑んだ。
「……少し楽しみですね」
「各地特有の飯は冒険者の特権だ」
「明日の一仕事の為にしっかり食べましょうね!」
「村特有のご馳走……何かありましたっけ?」
アリシアが村特有のご馳走に疑問があるようだ。村に住んでいるアリシアが知らないご馳走……。一体何が出てくるのだろう?
考えていると一人の男が静流に近づいてきた。
――その男はオンジ。
静流に極大の恐怖を与えた酔っぱらいの
静流は引き攣りそうに顔を笑顔に固定し、先に発言した。
「近づかないでもらえますか?次は殺します」
静流の発言にヴァルターとエリンが驚いた。
オンジは
「すまなかった。酔っぱらってセクハラしちまった。許して欲しい。オレを殴ってくれてもいい」
オンジが真剣な顔でそういうが、静流の心は冷めていた。
酔っぱらってという言い訳の言葉と許して欲しいという言葉がある時点で、彼の心の大部分は罪悪感を減らすことか、許されたという事実が欲しいだけなのだろうと感じてしまったのだ。
殴ってやろうと考えていたが、その価値もないことに気づき、静流は言った。
「私があなたを許すことはありません。本当に悪いと思っているなら、反省を続けて下さい」
静流は態度で呆れている事を表しながらその場を離るため歩きだす。
――するとオンジが手を伸ばし、静流の手を強く握り締めた。
静流は動揺した。
近づけば殺すと言ったのに、こんな暴挙に出るのかと。
また同じように抵抗できないのではないかと。
オンジが静流を捕まえたまま怒鳴り始める。
「女が調子に乗ってんじゃねー!!謝ってんだから黙って許しときゃーいいんだよ!?……部屋に行くぞっ!今度こそやってやるっ!」
憤懣遣る方無いといった様子で静流を引っ張っていこうとするオンジ。
静流はやはり恐怖などの感情で身体が抵抗できないことに驚愕する。腕を掴まれているだけで何も反抗できない現実がそこにはあった。
しかし、静流の理性はこの状況はピンチではないと判断する。今の自分には仲間がいるのだから――。
――そこでヴァルターとエリンが動いた。
黙ってサブ武器の短剣を抜き、当たり前のようにオンジの
大量の出血が床を濡らす。
「――あ?……うわぁっ!?オレの腕がぁぁ!?」
両腕を失ったオンジが泣き叫んでいるが、止血をしないままではこのまま死ぬだろう。
助かった静流はヴァルターとエリンに頭を下げた。
「ありがとうございます……助かりました……」
「様子がおかしかった。何があった?」
「どうしちゃったの?可愛い女性が無抵抗じゃダメよ?男は自分勝手な人ばっかりなんだからね?」
「……後で説明しますね」
「結局はこうなりましたか。オンジさんの件もギルド長と話さないといけませんね」
アリシアは周りに掃除を指示し、オンジへの対応は任せて静流たちとラゴウの元へ急いだ。
ギルド長室前に皆でやってきた。
とりあえず私とアリシアだけがノック後に入室する。すると、厚い木の机の向こうで彼が腕を組み、眉を寄せていた。
扉が閉まると、彼は一度深く息を吐く。
「……ちょうど良かったぜ。実は話しておくことがある」
「こちらも相談があって来ました。……ギルド長の話から先に伺います」
促すと、彼は少しだけ目を細め、机に手を置いた。
「明日、ゴブリン集落の威力偵察を行う。……実際の敵戦力をある程度調べておかねえと援軍は頼めん。静流も参加してくれ」
ラゴウの瞳には真剣な色が宿っていた。
しかし、援軍は必要ないだろう。
「威力偵察ですが――その必要はないかもしれません」
「……何?」
彼の眉がさらに寄る。
その表情を見つめながら、私は言葉を続けた。
「実は頼もしい冒険者を部屋の外で待たせています。……入室していただいても?」
ラゴウが頷いた為アリシアに入ってもらうように促した。
「……わかりました。呼んできますね」
そう言って扉の向こうに行った。
戻ってきたとき、その背後にはヴァルターとエリンの姿があった。
ミスリルランク冒険者二人の入室に、ラゴウの表情が一変する。
「……お前たちは……!?」
ラゴウは二人に見覚えがあったのか驚きを隠せなかったようだ。
私は静かに口を開いた。
「ギルド長。ご安心ください。……この二人が、明日の戦いに参加してくれます」
ラゴウは目を見開き、驚愕と懐かしさの混じった声を漏らした。
「……久しぶりじゃねえか。ヴァルターにエリン」
「随分と久しいな、ラゴウ殿。……もう十年は経つか」
「ふふっ、やっぱりギルド長になってたのね。静流との会話でそうだと思ったのよ」
ラゴウは顔をほころばせ腕を組み直す。
「ああ……忘れねえよ。あの時、南の森から押し寄せてきたオークども……村が持ちこたえられたのはお前たちのおかげだった」
「……あの戦いはきつかったな。オークジェネラルに率いられた群れの勢いは異常だった」
「だが、お前とオレで前衛を張って、後方からエリンの魔術で叩き潰した。今でもよく覚えている」
ヴァルターが口元に薄い笑みを浮かべ、エリンも懐かしむように目を細める。
「ふふ……。ラゴウさんが敵の群れを一歩も退かず受け止めてくれたから、私の魔法も生きたのよ」
「お前たちに背を預けられたからこそ、俺も踏ん張れたんだ」
戦場を共にした者たちにしか分からない懐かしさが流れる。
そして、ラゴウは歓びに表情を緩ませた。
「……またいいタイミングで来てくれんじゃねえか!」
十年前は前ギルド長が依頼を出した結果この二人がやってきた。
かなり若い二人の姿に、当初は不安を感じていたことを思い出す。しかし、彼らは強く、自身と肩を並べられる者たちだった。
それから数年後のギルド長になって実力が停滞したラゴウとは違い、更に強くなっていると気配で察せられる。
「明日の討伐に参加してもらえんだよな?」
「報酬は貰うが、その分働きには期待してくれ」
「私も前より広範囲の魔法が使えるから、最初に一発決めてあげるわ!」
ラゴウがヴァルターとエリンの登場でテンションを上げているが、先程のトラブルを一応伝えておかなければとアリシアはラゴウに話しかけた
「あの……ギルド長、一つ報告しておきたいことがあります。……少し言いにくいのですが実は先程オンジさんが静流さんに絡んでしまい、両腕を失いました」
「あん?オンジの奴はどうしようもねえな……。街を守る戦力として当てにしてたが、もう戦力は十分だ。オレが村に残り防衛を担う。……お前たちに任せていいな?他の冒険者はゴブリンを逃さねえよう包囲させることにする」
オンジの事はあっさり済んでしまった。静流が被害に遭った時と同じで、冒険者同士で起きた出来事にギルドは介入しない。ゴブリンの問題が解決できそうな今となっては、オンジの必要性も薄かった。
「ああ、任せてくれ」
「ゴブリンくらい私たちだけで対処できるわ」
「私も微力を尽くします」
三人の冒険者の心強い返事で、ラゴウとアリシアの心の内で安心感が広がる。
これで村の安全はきっと守られるだろう、と。
明日の討伐戦の話し合いが終わった後、ラゴウは「宴会を楽しんでこい!そろそろ準備が終わる頃だぜ」と静流たちに言った。
宴会は村中で行うらしく、ギルドの中から村のあちこちで準備が終わり、もう食べ始めている人もいる。
食欲を誘う香りが漂っていて、余計にお腹が空いてしかたない。皆のお腹も食事を求めており、音を鳴らし始めていた。
「お腹が空きましたね。何から頂きましょうか」
「前は村の名物として大きなソーセージがあったな。パブリックソーセージというもので、切り分けて食べたんだが、香辛料がよく効いてて美味かった」
「美味しかったけど、口周りがテカテカになって恥ずかしいわよ」
村を三人で歩き回り、分けながら食べると色々と摘めて満喫できている。他の人の視線は浮ついた気持ちになっているからかあまり気にならない。
「そういえばこの村特有の料理をまだ食べてないですよね?」
「……確かキノコ料理が多かった印象があるな」
「私はキノコは嫌いだから断ったのよね」
「結構美味かったぞ。薬効があるとかで体にもいいらしい」
「ちょっと食べてみたいですね」
会話が聞こえたのか、近くにいた村人が笑顔で近寄ってきた。
「キノコ料理は広場の中央で配ってますよ。丸太を積んだ大鍋の近くだ。女衆がせっせと煮込んでるから、行ってみなされ」
「ありがとうございます。……それじゃあそこに行ってみましょうか」
私たちは村人に頭を下げて、案内された方向へ向かった。広場の中央には香ばしい匂いが漂い、鉄鍋の中で煮込まれたキノコ料理が湯気を立てている。
「どうぞどうぞ、熱いうちに食べてってくださいな!」
差し出された椀を、ヴァルターと一緒に受け取る。
エリンは苦笑しながら手を振った。
「私は遠慮するわ。キノコはどうも匂いがね……」
「美味しそうですけどね」
「うむ。記憶そのままだな」
私とヴァルターは木の椀を手に、キノコがふんだんに入った汁を口に運んだ。出汁の効いた深い味わいに、ほんのりとした苦みと土の香り。舌に残る独特の風味が、意外にも後を引く。
「……美味しいですね」
「悪くない。滋養強壮とやらも期待できるな」
少しずつ食べ進めるうちに、体が妙に熱を帯びていくのを感じた。頬が赤くなり、胸の奥がざわついて落ち着かない。
「……あれ、なんだか……体が……熱い……」
手を止めた私の様子に、ヴァルターとエリンがすぐ反応する。
「静流、大丈夫か?」
「顔が赤いわよ……!」
支えられながらも、どうにも火照りが収まらず、喉が渇いて仕方がない。
「……なにか、飲み物を……」
そのとき、こちらの様子を見ていたのか逞しい腕の木樵が現れた。大きな桶を抱えていて、気さくな笑みを浮かべている。
「おう嬢ちゃん、大丈夫か? これでも飲んでみな。村の名物ジュースだ」
差し出された木のカップを受け取り、一口飲むと、甘酸っぱさと涼やかな清涼感が喉を潤した。火照った身体に冷たさが心地よく広がり、ふっと息が漏れる。
「……ありがとう、ございます……」
だが、冷えたはずなのに、身体はまだ熱く、今度は瞼が重くなっていく。
「静流、座れ。無理をするな」
「ええ、そこに椅子があるわ。座りましょ」
促されるままに木の椅子へ腰を下ろすと、宴会の喧噪が遠くに霞んでいくように感じた。視界が揺らぎ、眠気が波のように押し寄せる。
「……なんだか……すごく……眠い……」
ゆっくりと目を閉じる。
ヴァルターとエリンの声が遠くに聞こえながら、その意識は静かに沈んでいった。
――――――――――――
コルンの宴会は続いていたが、ヴァルターとエリンは現在の状況に困っていた。
――静流が眠り込んでしまったのである。
惚れた女性の無防備な姿に、二人は同時に喉を鳴らし、どうするべきか判断しかねていた。
「これは、チャンスよね……」
「いや、寝込みを襲うのは……」
「違うわよ!私は女性同士だから、介抱する目的で同じ部屋で寝てもいいでしょ?」
「……そうだな、エリンに任せていいか?」
「ええ!……それにしても、眠る前の様子がおかしかったわよね?」
「ああ、キノコ料理を食べた薬効は俺にも効いているが、静流はもっと辛そうにしていた」
「ジュースを飲んだ後に眠ったのも怪しいわよね?何か薬が入ってたんじゃないかしら?」
「……あり得るな。男が既にこの場にいないのは逃げたか?」
状況的に何かが怪しいということはわかるが結論は出ない。静流を部屋へ連れて行きベッドで寝かしたほうが良いとは思うのだが……。
「静流はどうやって連れて行く?」
「私が背負うわ!男には任せられないわよ!」
静流はとても女性らしい体型をしていて、男が背負うのは色んな意味で危険である。男として反応すれば社会的に死ぬかもしれないし、理性が死ねば静流を襲ってしまうだろう。
女性のエリンが背負うのが一番安全といえる。
「おっと、静流さんはどうしたんで?」
不意に低い声がかかった。振り返ると腕っぷしの太そうな木樵たち三人がこちらへ歩いてきていた。酒で顔を赤くしながらも、その目には妙な光が宿っている。
「……眠っちまったようだな。俺たちで運んでやろう。力仕事は任せろよ」
「そうだそうだ。嬢ちゃんら細腕じゃ大変だろ? ほら、俺たちが部屋まで運んでやるから」
にやついた笑みと共に、当然のように手を伸ばそうとする。
ヴァルターの表情がすっと険しくなり、エリンも静流の肩を抱き寄せて後ろへ下がった。
「必要ない」
ヴァルターの声は低く冷ややかだった。
「……あ? 何だよ。俺たちが善意で言ってるんだぜ?」
「そうそう、あんたら旅人だろう? この村じゃ俺たちの方が土地勘もあるしよ」
木樵たちは酔いに任せて強気に出る。どうやらヴァルターとエリンがただの旅人にしか見えていないらしい。
エリンは溜息をつき、呆れを隠さずに笑みを浮かべる。
「……善意、ね。寝てる女の子を運ぼうなんて、下心見え見えじゃない」
「なっ……!?」
「馬鹿言ってんじゃねぇ! 本当に運んでやろうって――」
言葉の途中で、ヴァルターの視線が鋭く走った。まるで鬼のような眼光に、木樵たちの動きが一瞬で止まる。
「次にその手を伸ばしたら、指ごと落とす」
低く放たれた脅しに、宴会のざわめきすら一拍遅れて静まり返った。木樵たちは思わず喉を鳴らし、顔を見合わせる。
エリンは肩をすくめ、柔らかな笑みで追い打ちをかけた。
「静流は私たちの仲間よ。あなた達には触らせないわ。……わかったら、とっとと戻って飲んでなさい」
しばしの沈黙ののち、木樵の一人が苦い顔をして舌打ちした。
「……チッ、勝手にしろよ。俺たちは心配してやっただけだ」
強がりを吐きながら、三人は足早に人混みへ消えていった。
エリンは静流の額を撫でてやりながら、ふっと息を吐く。
「まったく……どこの村にもいるのね、ああいう手合いは」
「油断は禁物だ。……早く部屋へ運ぶぞ」
ヴァルターは短く言い、静流を背負おうと一歩踏み出す。だがエリンがすぐに割り込んで、腕を広げて止めた。
「ダーメ。私が背負うって決まったでしょ!……任せなさい!」
そう言って、エリンは静流をそっと背負い上げた。その仕草は意外なほど手慣れていて、仲間を大切に想う優しさがにじみ出ていた。
宴会の喧噪が背後で再び賑わいを取り戻す中、三人は静かに宿の部屋へと向かっていった。
――――――――――――
ヴァルターとエリンが静流をを連れて行く姿を見送って、周囲で様子を窺っていた男たちが小さく舌打ちを漏らした。
「……ちっ、やっぱりあの二人が一緒じゃ無理だな」
「そうだな。女があの状態なら、ワンチャンあるかと思ったんだが……」
木樵たちも肩を落とし、酒臭い息を吐きながら腰を下ろす。
「あれはムリだなぁ……睨まれただけで動けなくなっちまったぜ……」
「仕方ねぇ。あいつら、只者じゃねえな。下手に逆らったら命がいくつあっても足りねぇ」
項垂れる彼らの顔には悔しさと諦めが入り混じり、酒の勢いで膨らんだ下心も次第にしぼんでいく。
「……今はやめとけ、次がある」
「だな。生きてりゃ、また機会もあるさ……」
未練がましい言葉を吐きつつも、彼らは結局盃を取り直し、再び酒に溺れるしかなかった。
その後ろ姿を、宴会に紛れていた数人の男たちも同じように眺め、肩を落として項垂れる。
――結局、今宵の“獲物”は彼らの手には届かなかったのだった。
――――――――――――
宿へ向かう途中、広場の外れでラゴウとアリシアに出くわした。二人とも酒杯を手にしていたが、視線は真っ直ぐこちらに注がれる。
「おう……どうした? 静流の嬢ちゃんは」
ラゴウの太い声に、ヴァルターが静かに答える。
「眠った。少し様子がおかしかったから部屋で休ませる」
「……そうか。今日は色々あったからな」
ラゴウは目を細め、酒気を帯びた表情に複雑な陰影を落とした。
静流は今日オンジに襲われ、ゴブリンの集落を発見し、さらにミスリルランク冒険者二人を伴って帰ってきた――。
働かせすぎたとラゴウは少し懺悔したい心持ちであった。
「悪かったな……嬢ちゃんにはきつい日になっちまった。今はゆっくり休ませてやれ」
ラゴウはそう言って大きく肩を回すと、杯を空けて息を吐いた。
隣のアリシアは少し口を尖らせ、どこか寂しげに笑った。
「……せっかくの宴会なんですから、静流さんと一緒に飲んで楽しみたかったですね。もっと笑ってくれたらって思ってたんで、残念です……」
エリンは静流を背負ったまま微笑み返す。
「……今は眠らせてあげて、ちょっと熱っぽいのよね」
アリシアは頷き、そっと視線を落とした。
「……ですね。はい……。それでは……また明日」
短いやり取りを終え、ヴァルターとエリンは静流を宿へと運んでいく。
宴の喧噪はまだ遠くで響いていたが、その背中に向けられるラゴウとアリシアの視線には、信頼と申し訳なさの入り混じった色が浮かんでいた。
――――――――――――
静流が泊まっている室内でのこと。ヴァルターは椅子を持ち込み、扉の前に腰を下ろした。剣を傍らに置き、外の気配に集中する。
一方で、エリンは静流をベッドに横たえ、毛布を掛けようとした。だが――。
「……ん……」
静流の手が、不意にエリンの腕を掴んだ。熱を帯びた指先は、妙に離そうとしない。
「ちょっと……静流?」
呼びかけても、彼女は眠ったまま。頬は紅潮し、汗が額に滲み、荒い息が艶めかしく響いている。
次の瞬間、静流がふいに腕を回し、エリンの身体を抱き寄せてきた。
「わっ……!」
思わず声が漏れる。柔らかな温もりを持つ胸元へ顔を押し当てられ、エリンの心臓は跳ねた。
離れようにも、静流の腕は意外なほど強い。まるで「行かないで」と訴えるように。
「……っ、これは……反則でしょ!」
耳まで赤くしながら、エリンは抗わず受け止めてしまう。
声が気になりその光景を見てしまっていたヴァルターの喉が、ごくりと鳴った。視線が無意識に吸い寄せられ、足が一歩、ベッドの方へ動く。
「……エリン、俺も――」
その瞬間、エリンが振り返り、鋭い声を放った。
「眠ってる静流を抱く気なの!?」
ヴァルターは言葉を詰まらせる。エリンの瞳は真剣で、怒りよりも必死さが滲んでいた。
「今はダメ……静流が可哀想よ。そういうのは関係が深まってから。しばらくは私を抱くだけで我慢して」
囁くような声に、ヴァルターの目が揺れる。
だが次の瞬間、深く息を吐き、剣の柄に手を添え直した。
「……わかった」
彼は再び椅子に腰を下ろし、扉の向こうに意識を集中させた。
エリンは、眠ったままの静流を改めて抱きしめ直す。とてもいい香りがして深呼吸をしてしまう。
――ここが天国だったのね……
エリンは天にも昇る気持ちであった。
熱に浮かされた静流の吐息が艶めかしい。擦り付けられる裸身の柔らかさと滑らかさが理性にヒビを入れてくるが、自身から性行為を行なった事のない受け身な彼女では行動に移せなかった。
――こうして部屋の中には、抑えきれぬ熱と、張り詰めた理性だけが満ちていった。
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