夢見る受付嬢は寂れた町で、あなた《英雄》が訪れるのを待っている   作:ギル・B・ヤマト

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2 変化は大雨の中で

 

 時刻:四時半

 

 時は早朝。天気はずっと晴れ。

 地平線から漏れる赤い光が夜空の暗黒を淡く染め上げてくれる。それは一日の始まりをより良いものにしてくれると思える光景で……

 

 つまり。

 

 今日のジェント村も変わらない。

 唯一の生き残りであるディーアもそう。

 

 

──ピピピッ

 

 

 明かりが一切無い寝室での出来事だ。

 ディーアの脳内で音が小刻みに鳴った。

 現在進行形で自然に飲み込まれているジェント村には似合わない電子音が、眠っている人を覚醒へ促す。

 

《おはようございます。起床時間でございます、ディーア様》

 

 やがて彼女の内に秘めたシステムが喋り出した。

 女性寄りでありながらも生気を全く感じさせない、トーンが全く同じ声が彼女の頭に響く。

 

「……おはよう、いつもありがとう」

 

 目をゆっくりと開けたディーアは独り言を溢した。

 少しカビ臭いベットの上で仰向けになりながら。

 

《──────》

 

 感謝に対する言葉は返ってこない。

 自分の役割を果たしたシステムは、それ以外の会話は不要だと言わんばかりに沈黙したまま。

 けれどディーアはその事に対して、気分が落ち込む事もなければ寂しいと感じることもなかった。

 五十年前からずっとそうだ。五千回やっても結局変わらなかった習慣に、どうして感情を持てようか。

 

(今の時間は……)

 

 姿勢正しく寝息も立てず……死んだかの様に眠っていた彼女は顔を動かす。その動作でさえ丁寧過ぎて人形に見えてしまうが"ある物"が彼女の視界に映った瞬間、固まっていた表情が僅かに動いた。

 

(──朝の四時半?)

 

 視界に映ったのは壁にかけられた時計。

 静まり返った寝室で唯一音を放つ物体が示した時刻はいつもより早かった。

 本来なら五時半に起こされるのに、今日は一時間も早く起こされている。

 ただこれはシステムが誤作動した訳でもなければ、時計が故障したわけでもない。

 

 カチ、カチ、カチと時を刻む音が響く中、ディーアはなぜ早く起こされたのかを理解する。

 

(今日はお掃除の日でしたね……)

 

 一週間に一度は行うお掃除。

 無人になってから長い年月が経っても、村の全てが自然に飲み込まれない理由はコレだったのだ。

 約五十年前、ベットで初めて目覚めた時からやり通している作業はディーアにとって大切な事だと記録(記憶)されている。

 

(まだ掃除までの時間はありますね)

 

 とはいえ彼女だって"休み"の概念はある。

 ベットから降りた彼女が次に移した行動は──

 

「朝のティータイムとしましょうか」

 

 ──いわゆるモーニングだった。

 

 

 

 場所:台所

 

「"発火"」

 

 魔力さえこもってないただの()()を発言すれば、人差し指の先に可愛げのある火が生まれた。

 

「"点火"」

 

 生まれた時と同様に二言。

 短く的確な指示を受けた火は主人が望む場所……石で組まれた焜炉(コンロ)の上へユラユラと移った。

 

 火がついた。

 

 真っ暗な小さい部屋(台所)で光が生まれ、パチパチと軽く爆ぜる音も生まれ、香ばしい匂いが焜炉(コンロ)の周りで仄かに廻っていく。

 

「ではコレを」

 

 という訳で金属製ティーポットを火の上に置いた。

 金属同士の軽い接触が音を鳴らし、ティーポットの下からボォボォと火がちょっとだけ暴れ始めた。

 

「ふーん、ふーん、ふーん、ふーん♫」

 

 水が沸くまでの間は食事の用意を。

 

 食器棚から必要な食器を取り出して、テーブルの上へ綺麗に並べましょう。次に小さな葉っぱを用意すれば、甲高い音が水が沸いたよと教えてくれる。

 

 すぐさまティーカップに葉っぱを軽く入れてお湯を注ぎましょう。するとディーアの周りが柔らかい匂いで包まれていきます。

 

 これでいつもの朝食は完成です。

 

 椅子に座ったディーアは目の前の料理に対して満足気に表情を浮かべて、父から教わった食事前のマナーを守る為に手を合わせた。

 

「いただきます」

 

 食事に感謝を。

 自分が生きているのは目の前にある食料のおかげなんだと、大切な事を心に刻んで手をとった。

 

 テーブルの上に置かれた。

 ()()()()()()()()()()()()()

 

「……やはり朝は優雅に始めてでこそですね」

 

 軽く一口でお茶を飲み干せば()()の食事はもう終わり。たったこれだけでディーアのエネルギー摂取は終了した。

 

「ごちそうさまでした」

 

 食事の終わりも手を合わせて済まし、食器洗い(一個しかないが)も終わらせておく。そのまま彼女は何の明かりも持たずに、朝日がまだ登っていない暗闇の外へと出かけた。

 

 向かう先はこの村の外れ。

 自然と廃墟まみれのジェント村でも、より哀愁が漂う場所へ。

 

 とりあえず早歩き。余分な感情を持たず、真摯に仕事を終わらせなければと使命感を持って彼女は動く。

 ついでに磨く為の掃除道具と水入れも持って、村のハズレへ一分足らずで着けば──五十を軽く超える石が均等に並ぶ場所へと辿り着く。

 

「それではお掃除開始です!」

 

 そうして掃除場所に着いたディーアは、腕まくりをしてやる気満々に叫んだのだった。

 

「──ふーん、ふーん。ふーんふーん♫」

 

 時間にして一時間弱。

 均等に素晴らしいバランスを保っている雑草一帯の上に彼女はいた。

 

 石の高さに合わせてしゃがむ彼女の隣には木製の桶が置いたまま。

 濁りが全くない桶の水にタワシを突っ込んでは、石をゴシゴシと磨く。

 

 鼻声で歌を奏でながら腕を忙しなく動かす彼女はまるで、どこにでもいる村娘のよう。

 数分経てば石は金属のようにピカピカになり、その光沢がディーアの美しい金の長髪を、より神秘的に輝かせてくれる。

 

「素晴らしい仕事とは、周りが整理整頓された環境でこそ成り立つもの! ですよねっ、お父さん」

 

 壊れかけの建物で宿屋が成立しないのと同じように、彼女もまた冒険者ギルドへ訪れる冒険者を想って村の掃除をしている。

 ディーアにとって村の掃除とは、受付嬢以外で唯一と言えるお仕事だろう。

 

「これで六十八個目……全部終わりましたね。名前もよく見えます!」

 

 均等に並べられた六十八個の石達が綺麗になって、ディーアは満足して立つ。すると。

 

(っと、眩しい)

 

 咄嗟に彼女は手で目を覆った。

 村の周りにある木で遮られていた日光が彼女へと当たったのだ。けれど覆うのも一瞬。

 完全に上り切った太陽は、見た人の心を清々しくさせる程にとても美しいものだったから。

 

「…………"風よ、舞え"」

 

 今にでも消えそうな風がディーアへ優しく纏わりつけば、服に付いていた軽い汚れが剥がされていく。

 こうすれば綺麗な受付嬢の服へと元通り。

 

「よしっ。それでは今日も、張り切っていきましょう!」

 

 笑顔になったディーアは片手にタワシ、もう片手には入った水がブシャブシャと音を鳴らす桶を持って、次の仕事へと取り掛かった。

 

 

 

 

────────────────

 

 

 

 

「──電気状態良好、回路接続及び破損箇所無し」

 

「──受注票の不備無し。保護魔法の機能確認済み」

 

「フロアの掃除も良し。床や壁にできた新しい破損も見当たりません」

 

「そして何より時間。昨日とは違い完璧ですねっ」

 

 

 時刻:六時半

 

 

 暗闇に塗られた空は完全に消え、今は清々しいほどの青空が広がっている。

 昨日みたいなアクシデントが起きる事もなく、冒険者ギルドの準備は滞りなく進んだ。

 

「今日は寝坊なし。問題なく十五分前には準備完了……いいですね、前進した気分になれます」

 

 二階の窓から差し込まれる暖かな日差しが受付カウンターに立つ彼女へ当たる。太陽から応援されているようだった。

 

 掲示板もギルドホールに張り巡らされた魔力回路にも異常は見られない。毎日水をかけているアネモネも立派に花を咲かせて機嫌が良さそう。

 

「アネモネさんも元気で何より、やはり活き活きしているモノを見ているのは気分がいいものです」

 

 ディーアが見渡すのはいつもの光景。

 いつか訪れる冒険者を出迎えられるよう掃除されたホール。変わらない景色ではある、だが逆にディーアの献身な努力で保たれている景色とも言える。

 

「────」

 

 それでいい。

 いつか人は来るはずなのだから、私はこの景色を守ればいいとディーアは自分に言い聞かせた。

 

「……今日もいつも通り頑張りましょ」

 

 無人のギルドホールで小さく呟く。

 すると彼女の言葉に感化されたように、開館時間を知らせる鐘が鳴った。

 ここまではいつも通り。彼女が変化に気づけたのは日光が入り込んだ窓を見た時だった。

 

「天気、悪くなってきましたね」

 

 目を細めたディーアが窓越しに見ているのは遥か遠い空。ジェント村を囲む森の上で歪に蠢く暗雲が見えた。

 村を囲んでいる深淵の森自体、地平線の彼方まで緑の終わりが見えないが……ディーアが睨む暗雲も、終わりが見えない深い闇が潜んでいた。

 

 

 

 

────────────────

 

 

 

 

 ざぁざぁと雨が降る。

 ふかい霧に包まれた森は神秘的で、一寸先は闇ならぬ一寸先は白で何も見えない。

 

 ただ分かるのは血を流した男が逃げ惑っている事。

 

「はぁ……! はぁ……! 僕には、やるべき事があるんだ、逃げなきゃ……!!」

 

 怯えるように死ぬ事に反逆するように逃げる男は、そのまま霧の中へと消えていった。

 

 

 

 

────────────────

 

 

 

 

 時刻:十二時半

 

 

「……メチャクチャ雨が降っていますね」

 

 夜とは違う鬱げな暗さが村を支配していた。

 普通の雨なら適度な涼しさと霧の神秘性を楽しめるのだが、激しく重い水の音が絶え間なく続く雨では閉塞感が深まるだけである。

 

「建物、大丈夫でしょうか……? ここまで強い雨は一度も体験したことありません」

 

 雨が妙に優しくないと彼女はそう感じた。

 雨粒が大きい、少し先が見えない異常な降水量など感じた原因は複数あるが……それとは別に何とも言えない空気が漂っている。

 今までとは違う雰囲気が彼女をより心配させていた。

 

「念の為に再点検を──ッ!」

 

 耳を塞ぎたくなる轟音と閃光が迸り、その衝撃を上回る揺れが冒険者ギルドとディーアを襲った。こういう時は机の下に隠れろと父から教わっている彼女だが、行動に移せない。

 カウンターから落ちるアネモネが見えたからだ。

 

(おちてしま──)

 

 パリンと無情に鳴る音。

 遅れてカウンター越しから床を見れば、無惨に割れた瓶と花びらを散らしてしまったアネモネが見えた。

 

「ぁ──」

 

 体が止まってしまう。本当ならすぐに回収作業へ移行し安全を確保しなければならないのに、一瞬思考が動かなかった。

 

「…………」

 

 命を終えたモノを見てから約数秒、彼女はようやく動き出した。沈黙は保ったまま静かに回収行動へ移る。

 物として役割が終わってしまった瓶の破片を一つずつ持ち、モノとして生を終えてしまった花の弁を一枚ずつ回収していく。

 

「……………………」

 

 魔法で指を強化すれば傷つく事もない簡単な作業。けれど手の動きは錆びたみたいにぎこちなくて、開館準備に生かされていた俊敏さは失われていた。

 

「……………………………………」

 

 こんな状態では他の人から何やっているのと怒られてしまうだろう。しかし叱ってくれる人はこの村に存在しない。

 この場を賑やかにしてくれる人も、父のように教えてくれる人もいない。重々しい雨の音が広がる。

 

(──父さん、どこにいるのですか?)

 

 自分は生まれてからずっと、人間を見た事がない。

 自分は生まれてからずっと、人間が鳴らす生きた証明()感じた(聴いた)事がない。

 

 己に目標となる言葉を授けてくれた父は、ディーアが目を醒めた時には姿を消していた。

 家の外に出ても町の歴史と共に葬られる廃村が見えるだけ。より一層孤独が増すだけだった。

 

 頑張って育ててきた花は、命は散ってしまった。

 

 お前はずっとこの町に取り残されたままだ。

 そんな言葉が彼女の思考回路に入り込んでくるようだった。

 

 そうだ。きっと私は、ずっとこのまま一人で──

 

 

 

「私、こんな事して意味があるのかな……?」

 

 

 

 無意識に言葉を溢してしまった瞬間だった。

 

 

 

──ギィ。

 

 

 

 生きている音だ。重苦しい雨とは違う、始まりに満ちた音がギルドホールへ響いた。

 毎朝聞いていた古い木が軋む音。

 間違いなくソレは、入り口が開いた音だ。

 

「……!」

 

 たまらず俯いていた顔をディーアは上げた。

 入り口は外の大雨で薄暗く見えずらい。今入ってきた()()も影のシルエットのようで、カウンターにいるディーアからも分かりづらかった。

 けれど来訪者様の背中に見える、あの斜めに出っ張った剣らしき黒のシルエット。

 

 間違いない。

 今回の来訪者は──

 

(正真正銘の冒険者様!)

 

 ディーアの胸が高鳴る。鼓動が加速する。

 夢見ていた光景が後一歩で実現するんだと体の中で止まっていた時間が動き出し、体の中に潜んでいた熱が込み上げてきた。

 

(いけません。冒険者様なら私も受付嬢として礼儀正しくしなければ……!)

 

 受付嬢たるもの冒険者をお迎えする時は常に受付カウンターから。花も丁寧に片付けて定位置につく。

 あと私がやるべき事は残り一つと、ディーアはシュミレーション通りに行動を移した。

 

「冒険者ギルドへようこそ!」

 

 様々な激情で心がグチャグチャになりながらも、彼女は口を開き伝える。

 最古の記録(記憶)に残る、父から頂いた大切な夢の一部を。

 

「クエストを受けますか?

  ランク昇格の試験を受けますか? 

  冒険者適性を受けますか? それとも──」

 

 この町に生まれて一度は言いたかった言葉を。

 

 

「冒険を始めますか?」

 

 

 ディーアは伝える事ができた。

 

(言えた、言えました!)

 

 生まれてからずっと言いたかった言葉をようやく口にできた彼女は内心メチャクチャ喜んでいた。しかし感情を表に出すのは受付嬢として二流。

 

 ここは冒険を始める場所。

 後は主役である冒険者からの返事を待つのみ。

 そうしてソワソワと待ち続ける受付嬢だったが、彼女は違和感に気付いた。

 冒険者が静かだと。

 

「……………………冒険者様?」

 

 それどころか冒険者はホールに入ってから一歩も動いていない。銅像みたいに固まったまま。

 何かがおかしいと気付いたディーアが言葉を掛けようとして、冒険者様が突然……倒れ始めた。

 

「冒険者様っ!?」

 

 つかさずディーアはカウンターを飛び越えて、床に倒れる冒険者の体を支えた。

 ならばディーアと冒険者……少年の顔が目と鼻の先になるのも仕方がない事で、彼女の頬に()が付くのも仕方がない。

 

(血? これ……酷い傷です)

 

 十を軽く超える傷口から溢れた血が、床とディーアの服を真っ赤に染めていた。明らかに襲われた傷だった。

 

(……体全体に切り傷を複数確認。重症なのは左腕の関節部分、骨折していますね。上半身も鎧ごとモンスターの爪で斬られています……情報訂正、()()からの流血も確認)

 

 脈もあれば息も出来ているが、若々しい顔は頭から流れる血のせいで赤まみれ……放置すれば一日も経たないうちに壊れて(死んで)しまうだろう。

 

「………………おとうさん、ひとりに……しない、で」

 

 今にでも消えそうな、儚くて小さい声で。

 意識を失った彼は悲しそうな表情を浮かべて言った。

 

「……大丈夫です。私が一人にはさせません」

 

 気付けばディーアは言葉を返した。

 さっきの独り言とは違う、力強い言葉で。

 

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