夢見る受付嬢は寂れた町で、あなた《英雄》が訪れるのを待っている   作:ギル・B・ヤマト

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3 あなたの忘れ物はなーにー?

 

 時刻:二十二時過ぎ

 

 既に日は落ち彼女の(世界)は闇に染まりきっていた。

 生命の営みが全く感じない世界。それはジェント村にとって当たり前の日常だったが、

 

──きらきらひかる よぞらのほしよ

 

 静まり返った夜の村で美しく優しい歌声が透き通る。もし吟遊詩人が村に滞在していれば、人魚の歌声だと謳われたに違いない。

 それほどに的確で丁寧で綺麗な声だった。

 

──まばたきしてて みんなをのぞく

 

 儚き歌い手がいるのは寝室。

 ディーアが使うその部屋は本来、暗闇しかない場所だが、今は蝋燭に灯された火で照らされている。

 

──きらきらひかる よぞらのほしよ

 

 歌い手はベッドの近くにいた。

 手入れが行き届いている古びた椅子に座って、子供に子守唄を聞かせるように歌う。

 

──きらきらひかる よぞらのほしよ

 

 ベッドで眠っているのは大怪我で倒れた少年。

 揺らめく火で露わになる彼の表情はとても穏やかで……顔を汚していた血は消え、頭の大傷も包帯で巻かれている。

 

「ぅ…………ぁ……?」

 

 突然、少年が眠たげな声を上げてゆるりと視界を広げていく。瞼から覗くのは琥珀の輝きを内包した瞳。そんな彼の目に映ったのは、受付嬢の服を着た可憐な歌姫だった。

 

「お目覚めになったようですね冒険者様」

 

 心の奥まで癒す歌声の持ち主はどうやら心も優しいモノで、冒険者を見つめる表情は純粋無垢で慈悲に溢れたものだ。

 

「き、君は……? 僕は一体」

「あなたは気を失ったのです。私が受付嬢をしている冒険者ギルドで……ものすごい大怪我でしたよ?」

 

 蝋燭の火に照らされていながらも仄かに暗い寝室で、優しい声が広がっていく。

 

「け……が?」

「ええそうです。身体中真っ赤っかでした。あれ程の怪我を見たのは人生で初めてですね」

「…………怪我を、していた?」

 

 ハッキリと話すディーアとは真反対に、少年はどこか上の空。体に刻まれた傷によって多大な疲労を蓄積していたからだろう。

 ただ意識もあやふやな状態でも、一つハッキリと伝わったものはあった。

 

「……さっきの綺麗な声は、受付嬢さんが歌ってたの?」

「子守唄の事ですか? でしたらそうですね。寝ているあなたがすごく辛そうにしていたので、勝手ながら歌っていましたが……もしかして睡眠の邪魔でしたか?」

 

 柔らかい表情に僅かな影がさしてしまうディーアだったが、少年はそんな事ないと、意識が朧げながらもしっかりと顔を横に振った。

 

「ううん、すごく綺麗で優しい歌だなって」

 

 仄かな優しさを心の奥まで浸透させる声を持って、少年は微笑む。誰から見ても喜んでいると感じ取れた真っ直ぐな笑顔だった。

 

「………………そうですか。ありがとうございます」

 

 ディーアもつられるように笑みで返す。

 けれどそんな時間も一瞬。彼女は待っていましたと言わんばかりに、真面目な顔へ切り替えた。それとも仕事の顔と言うべきか。

 

「お体の調子はどうでしょうか冒険者様? 治療は施しましたがまだ傷が残っている所があるかもしれません」

 

 言葉をしっかりと伝える為の硬さがディーアに声質へ入り込むが、相手を労る優しさが少し上回っている声だった。

 

「不調な所がありましたらすぐ私へ言ってください。できる限り治しますので」

 

 職業義務として受付嬢は患者へと伝えるが、少年に苦しそうな様子は見られない。強いて言うなら瞼が中途半端に開いているくらいか。

 

「……大丈夫、だと思う。体は変な感じだけど、痛みはないかな……?」

「それは良かった」

 

 納得して目を閉じるディーアは思う。

 確かに少年の言葉は本心からきているだろう。

 何かを隠す素振りなんて当然ながら全くないし、そもそも寝起きの彼にそんな事ができるわけがない。

 

「──ですが」

 

 つまり意識がユラユラしたままの少年が発した今の言葉は、信憑性が薄いという意味でもある。

 

「油断大敵です!」

 

 なのでディーアはより言葉をしっかり伝える為に、グイッと少年の顔に近づいた。真顔のまま人差し指をピンと上げて、これから大事な事を伝えますよと。

 椅子から少し離れたディーアの姿勢は前屈み。

 それだけ前に出れば距離もグイッと縮まっている。

 

 少年の黒い前髪とディーアの手入れされた金の長髪が触れ合ってしまうほどに。

 

「…………ぇ……え!?」

 

 少年は見た目通り年頃の男性だ。

 そんな体験をすれば健気な少年の情緒が無事であるはずも無く。

 

「………………え、ええとぉ、そのぉ……」

 

 目は一杯開いているわ心配になるくらい泳ぎまくっているわ頬が赤くなっているわだが、当のディーアは全く気にしていない。むしろ眠気が覚めて良かったと思っている始末。

 

「今はまだ傷を治している途中です。無理に動かしたり傷に触れたりすれば、治る傷も治らなくなってしまいますので、しっかりと安静にしてくださいね……ね!!」

「う、うん! そうだね、その言葉は肝に銘じるよっ!」

「──それは良かったです」

 

 妙にやる気満々のディーアだったが満足したようだ。

 前屈みな姿勢から規則正しい椅子の座り方へと戻ったのがその証拠。肝心の表情は満足感に満たされまくっているけれども。

 

「……ふ、ふぅ」

 

 反対に少年は疲労困憊の息を漏らすしかない。人生で三番目か四番目か多分五番目か……大体それくらいのピンチだった。

 クエストをこなした時より疲れたのではないか?

 そう思ってしまうほどに疲れが溜まってしまった。

 

(というか僕はなんで怪我を──これって)

 

 しかし溜息で視線が下がった時、少年の顔は驚愕に染まった。

 彼が見たのは何重もの包帯で巻かれた自分の腕。ちょっとした本並みの厚さがあるというのに、滲んだ血のせいで薄汚れた赤で染まりきっている。

 

(どんな目に遭えば、こんな事になるんだ?)

 

 尋常じゃない出血量を目にした少年がもしかしてと思えた頃には、自分がどんな傷を負っていたか分かるようになる。

 

 血だらけの包帯で巻かれた両腕。

 割れてたり剥がれた指先の爪達。

 胴体に至っては一部欠けている。

 巨大な爪で抉り取られたように欠けたソレは、ギリギリ死に至らない程度で済んでいた。

 

(通りで体のバランスが少し傾いていたんだ。でもこの大怪我、一生治るかどうか……)

「ご安心ください」

 

 心でも読んでいるのかと思えるタイミングで言葉をこぼしたディーアへ、少年は視線を向ける。

 手のひらの上に緑の魔法陣(回復魔法)を掲げるディーアへと。

 

「胴体の傷は元に戻ります。一週間安静にしていれば冒険できるようになりますよ」

 

 魔法陣の紋章は合理性を内包しながら、宝石に似た輝きを放っている。

 魔法職ではない少年でも分かってしまう。Bランク冒険者でも難しい魔法を容易く再現できている事に。

 むしろこの完成度ならAランクかそれ以上の才能があるのではないか……

 

 ともかく魔法陣を顕現させている本人は冷静沈着そのもの。

 さも何でもないような態度が、少年の治療なんて問題の範疇に入らないと物語っていた。

 

「ですのでご安心ください。受付嬢の私が、貴方の傷を完治するとお約束します」

 

 おかげで心の内に発生した少年の不安は一瞬にして霧散した。

 

「……受付嬢さんありがとう。受付嬢さんがいなかったら僕は死んでたと思う」

「私は当然の事をしたまでですよ」

 

 少年の丁寧なお辞儀に対して、ディーアは何一つ表情を変えずに返した。その姿からはさながら仕事に懸ける強い信念とプライドが見えていて、まさしくプロフェッショナルと言えるだろう。

 

(やったやったやりましたぁ! 冒険者様に褒められましたよ、褒められました! わぁー生きててよかった!! 本当によがっだっっ!!!)

 

 まぁ内心はメチャクチャ喜んでたが。

 

 多分表情に出てたら涙ザーザーにして、丁寧に洗った受付の服をグチャグチャにして何もかも台無しにしていたに違いない。

 プロフェッショナルのプの字もなかった。

 

「今は頭を下げる事しかできないけど、いつかはお礼をさせて欲しい。だから何かできる事があったら教えてほしいな」

 

 そんな本心を知らない少年は手伝いたいと伝えるが、頼られた本人が軽く顔を振って否定する。

 

「冒険者様。私は安静にしてくださいと言ったばかりですよ。私としては冒険者様が回復する事が一番の願いなんですから、ベッドで安静にしてください」

「……そうだね、ちょっと焦ったな。ごめん」

 

 まさしく正論。ただ少年は生真面目なのかどこか申し訳なさそうな雰囲気があった。何かに焦っているような不安に駆られているような……

 

(アレほどの傷を負った出来事に遭っているのです。心が不安定になるのも仕方がないでしょう)

 

 ディーアとしては仕方がないと思う反面、なら受付嬢としてこのまま放置していいかと問われれば、それは違うと答えられる。

 

 パンッと、ディーアは両手で叩いた。

 

「……まぁですが、この村で手伝って欲しい事はありますね。人手が足りないのは事実ですし」

「それなら──」

「今はまだダメです。怪我が酷いのですから……そうですね明後日くらいからにしましょう。冒険は無理ですが、二日も待てば軽いお手伝いくらいならできるようになります」

「そっか。じゃあ受付嬢さんの言う通り安静にするよ。あんまり仕事を増やしたくないし。これから……まぁ明後日からだけどよろしく」

 

 ディーアがそう答えれば、少年の顔に少し安堵が見え始めた。不安は取り除けれたらしい。

 

「こちらもよろしくお願いします。ではその次にやる事としては……」

 

 言葉を紡ぎながらディーアは椅子から立ち上がった。そのまま椅子の後ろへ行ったかと思えば、彼女は自分のスカートの端を両手で摘む。

 

「私はこの村で唯一の受付嬢をしている──」

 

 口を動かすと同時に片足を後ろに下げる。

 

 さながら絵本に出てくるお姫様のように。

 さながら絵本に憧れ始めた女の子のように。

 

「──ディーアと申します。改めてよろしくお願いしますね、冒険者様?」

 

 ──彼女はお嬢様らしいお辞儀を披露した。

 その瞬間だけディーアは受付嬢ではなく、どこにでもいるような夢見る少女に見えた。

 

「うん。よろしくね、ディーア」

 

 少年も綺麗なお辞儀に優しく返すだけ。

 しかしディーアはそこで終わらせない。

 

「これからお手伝いをしてもらうんです。冒険者様、アナタのお名前をお聞かせください」

 

 当然の事だった。

 明後日から共同作業をするなら予め名前を聞いておいた方がいい。その事は少年もしっかり()()()()()

 

「そうだね。じゃあ僕の名前は──」

 

 口を開いて名前を伝えようとした少年。

 しかし少年は言葉を発さず、口を呆けたまま止まってしまった。

 

「────」

「……冒険者様?」

 

 自己紹介するだけなら長すぎる沈黙にディーアも言葉をかけてしまう。しかし少年が困惑して言葉が出なかったのも仕方がない。

 

 彼は教えようにも()()()()()()()()()()()()()

 

「僕の名前って……何だっけ?」

「────────」

 

 少年はさも日常会話をするように重大な事実をさらけ出した。

 

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