もしもシャーレにヒモを養う適性の有る娘が応募してきたら   作:一ノ瀬 崇

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三話目

「おはようございます、せーんせ♡」

 “おはよう、フミ”

 

 

 朝九時のチャイムを背に執務室のドアをくぐる。

 この景色もすっかりお馴染みになってきた。

 デスクの上には結構な量の書類、給湯室からはコーヒーを手にした先生、そして窓からはぽかぽかと降り注ぐ柔らかな朝の日差し。

 事務作業にも慣れて書類を捌くスピードも上がり、ここ二日くらいは先生と晩御飯を楽しんでから帰宅している。

 変わった事と言えば、連邦捜査部シャーレの名前も少しずつ知れ渡ってきたのか、ちょっとした依頼がシャーレ名指しで舞い込んでくる事もあった。

 内容は喧嘩の仲裁だったり困りごとの相談だったり、本当に些細なもの。

 けれど、そういった事から『困ったらシャーレの先生に相談してみる』という流れが生まれてきている。

 これまでは連邦生徒会の知らない大人でしかなかった先生が、みんなの頼れる大人になっていくのはなんだか嬉しく感じる。

 

 

「今日は書類整理で終わりそうですか?」

 “それなんだけどね、フミ”

 

 

 デスクにマグカップを置いた先生が折り畳まれた紙を片手にちょいちょいと手招きしてくる。

 はて、なんざましょ?

 取り敢えずそのまま近付いて先生の手をにぎにぎ。

 もちろん恋人繋ぎにして。

 

 

「せんせーの手、おっきー♡」

 “⋯⋯いや、うん。そうじゃなくてね?”

「にしし、シャーレ部員の福利厚生って事で♡」

 

 

 繋いだ手をするりと離して先生の持つ紙を覗き込む。

 そこには救援要請と銘打たれたお手紙が。

 送り主はアビドス高等学校。

 なにやら込み入った事情があるみたいだけど、目下の問題は暴力組織に校舎が狙われている事。

 残された物資も底を突きそうで、どうにか助けて欲しいといった事が書かれていた。

 

 

 “という訳で、フミ”

「おっけー♡ 支援物資の手配と各種手続きは私がやっておくので、せんせーはせんせーの思うように動いてください。全力でサポートします♡」

 “ありがとう、フミ”

「お礼はほっぺちゅーかアビドス土産でお願いします。オススメはほっぺちゅーですよ?」

 “いやぁ、どんなお土産があるか楽しみだなぁ!”

 

 

 軽くイチャイチャしてから、自分に割り当てられたデスクのパソコンを立ち上げる。

 連邦生徒会が管理している弾薬庫のデータベースから必要になりそうな弾薬にグレネード、車両に使う燃料を申請。

 続いて水や食料に日用品の数々を品目別に梱包するよう手配して確認ボタンをぽちり。

 

 

「発送先はアビドス高等学校にします?」

 “住所がここに⋯⋯高等学校別館、って書いてあるね。わざわざ本校舎にしなかった辺り、この別館に送った方が良さそうだね”

「はぁい♡ 到着は一週間後予定ですって。結構な距離感ですね?」

 “一応緊急で使うかもしれないし、例の方法での物資補給も出来るようにしておくね”

 

 

 例の方法。

 ここを管理している連邦生徒会のリンちゃん先輩ですら全容を把握出来ていない、最高機密に属する装置《クラフトチェンバー》を使用する方法だ。

 簡単に言えば、なんでも作れるガチャマシン。

 それで作った物を生成直前で止め、先生の持つタブレット──シッテムの箱でデータとして持ち運び、任意の場所で実体化させる。

 

 

「返す返すもとんでもないチカラですよね。これを巡って戦争が起こっても驚きませんよ」

 “向こうの子達にも詳細は伝えないでおくよ”

「それが良いですね。いらない諍いを呼びそうです。それでせんせー、ご自身の用意は大丈夫ですか?」

 

 

 必要になるものを発注し終えた私はそのままウェブサイトを開きアビドス高等学校並びにアビドス自治区の情報を開いた。

 昔は三大校以上の勢力を誇ったがいつからか大規模な砂嵐が発生するようになりオアシスも枯れ果て、今では砂に埋もれるゴーストタウンのようになってしまった地区も存在するらしい。

 最も近い駅からでも結構な距離を移動する必要があるけども、そんな場所ではタクシーが走っているかも不明だ。

 所属する生徒も全校生徒でたったの五人。

 これはもう、生徒の誰かに迎えに来てもらった方が良いのでは。

 そんな懸念を伝えると、先生は朗らかに笑った。

 

 

 “大丈夫だよ! 念の為数日分の水や食料も手持ちにあるし、なにより最近はフミのマッサージのお陰で身体の調子も良いからね!”

「関節の不調や血液の流れを良くしただけで基礎体力は向上してませんからねせんせ♡」

 

 

 やる気満々に両腕をぐいっと曲げて力こぶを作るポーズを決めて見せる先生。

 やだもう可愛い。

 試しに二の腕を人差し指で押してみる。

 

 

「わ、意外とカチカチ。せんせーって細マッチョ?」

 “マッチョではないかな。筋肉量は多分平均か少し下くらいだと思うけど”

「そうなんですねぇ⋯⋯男の人って、本当に色々違うんだぁ♡」

 “ええっと、フミ? フミさん?”

 

 

 人差し指をずらしてつつーっと肩を撫で上げ、そのまま頬をつんつんぷにぷに。

 

 

「最近はずっとせんせーと一緒でしたから、フミちゃん寂しいなーって」

 “あはは⋯⋯業務連絡以外でも、気軽にモモトーク送ってくれて良いからね? 返事は遅れるかもしれないけど”

「私が居ないからって徹夜とかしたらダメですからね? せんせーの頑張り屋さんで生徒の為に真摯に向き合う所は格好良くてステキだと思ってますけど、無理はしちゃダメですよ?」

 “心配してくれてありがとう。フミも出張の間、無理せずのんびりしてて良いからね”

 

 

 そう言って頭を撫でてくれる先生。

 きっと何かしらの厄介事には巻き込まれるんだろうなぁと思いつつも、無事を信じて待ってみよう。

 ぱたぱたと出張の準備を終えて先生をシャーレの入口まで付き添って見送り、エンジェル24で店員のソラちゃんと軽くお喋りしてお昼ご飯を買って執務室へ。

 先生の居ないデスクはいつもより少し広く感じた。

 

 

「⋯⋯流石にここでモモトーク送るのは寂しんぼう過ぎるよねぇ」

 

 

 思いの外心細くなってた自分にくすりと笑いを溢し、いつものように書類を片付けていく。

 とはいえ気が散った時にふと先生が今どうしているか気になってしまうのは我ながら如何ともしがたいアレを感じる。

 ついついスマホに伸びそうになる手を叱咤して、なんとか今日の分の書類を終わらせた。

 時間は午後七時前。

 夕飯を何処かで済ませてから帰ろうかな。

 取り敢えずお仕事終わりましたーと先生へモモトークを送信して、執務室の鍵を閉める。

 廊下に響く足音が一つ足りないだけで、なんだかとっても疎外感。

 センチメンタルな気分に苦笑いしつつ一日を終える。

 そんな風に一日、また一日と、時間は過ぎ去っていく。

 先生の姿が執務室から消えてはや数日。

 モモトークに既読は付くけど返事は来ない。

 便りが無いのは元気の証拠、とは言うけれど寂しいものはやっぱり寂しい。

 先生分が不足してきたなー、と今日の当番のハスミさんに言うと、私はシュークリーム分が不足してきましたと真顔で返された。

 私の軽いジャブみたいなボケにロードローラーみたいな重いパンチしないで♡

 

 

「別にボケてはいませんよ?」

「わぉ♡ マジの顔♡ それならお昼のついでにシュークリーム買いに行きます? こないだ美味しいケーキ屋さん見付けたんですよ」

「フミさん、私は貴女のような友人を持てた事が嬉しいです」

「しかもカロリー控えめだからちょーっとだけ食べすぎちゃっても⋯⋯なんとかなるなる♡」

「さぁ、行きますよフミさん!」

「時代劇のご隠居みたい♡ 勢いがもうカチコミ♡」

 

 

 目をキラキラ輝かせて書類を猛スピードで片付けていくハスミさん。

 超スタイルなクール系おねぇさんかと思ったらスイーツ大好きな可愛い系だったなんてギャップが強すぎる。

 午前中で殆どの書類を始末して意気揚々と出発するハスミさんと共にお昼休憩。

 蕎麦屋さんで私が天ぷら蕎麦と稲荷寿司のセットを頼む傍ら、ハスミさんは食物繊維たっぷりと宣伝されていた山菜わかめ蕎麦の小盛りを注文していた。

 ガチじゃん。

 シュークリームを補給する為に全身全霊を賭けている。

 スイーツは乙女をここまで変えるのか⋯⋯と謎の視点からしみじみ感じ入る。

 そして浮足立つハスミさんを連れて件のケーキ屋さんへ。

 迷う事なくシュークリーム十個入りのセットを注文したハスミさんの横顔はとても凛々しくて格好良かった。

 

 

「それとこちらのレアチーズケーキ限定ベリーソースセットと季節のフルーツタルトセットもお願いします」

「待って♡」

 

 

 カロリー控えめというのは減った分だけ追加で食べられる魔法の呪文じゃないのよ。

 というかシュークリームどうこう以前に一日の推奨摂取カロリーを棒高跳びみたいに越えて行ったけども。

 

 

「こちら保冷剤もお付け出来ますがお幾つ付けましょうか?」

「いえ、戻ってすぐ食べるので十分も掛かりません。なので保冷剤は無くて大丈夫です」

「待って♡」

 

 

 今シャーレに戻ってすぐ食べるって言った?

 この量を全部?

 正義実現委員会のみんなへのお土産という訳でも無くて?

 どうしよう、ハスミさんが予想を遥かに超えてわんぱくすぎる。

 店員さんも若干困惑しつつ大きな箱にケーキを詰めてくれたけど、縦に三箱もケーキボックスを持つ人は流石に初めて見たんじゃないかな。

 私の徳用プリンパフェと比べたらもう天と地の差だ。

 カロリー差は考えたくもない。

 全裸で大気圏突入くらいしないと痩せないんじゃない?

 

 

「よし、目当てのものも買えましたし、午後のお仕事も張り切って取り組みましょう!」

 

 

 ほくほく顔でシャーレへと戻るハスミさんと並んで歩いていると、ちょうど私の頭の上辺りで二つのたわわな果実が揺れ動く。

 なるほど、カロリーの殆どはこのおちちに。

 細いと形容するにふさわしい引き締まったウエスト、魅惑のスリットが視線を釘付けにするヒップ回り、そしてこの圧倒的な破壊力のボインボイン。

 先生と並んでもそう変わらなさそうな背の高さと、大きく艷やかな両翼。

 そして美術品の様な素敵な顔立ち。

 一緒に街を練り歩いたら私じゃなくても気後れして腰が引けちゃうんじゃないかと思うくらいハスミさんは美人さんだ。

 きっと神様はバランス調整の一環でスイーツへの執着耐性をナーフしたに違いない。

 そんな事を考えていたらいつの間にかシャーレに着いていた。

 書類をあっという間に片付けたハスミさんは見てるこっちが蕩けそうなくらい可愛い笑顔で買ってきたケーキを食べている。

 量は可愛くないです。

 見てて胃もたれしそう。

 ハスミさんに遅れる事数分、最後の書類を片付けた私も冷蔵庫から徳用プリンパフェを持ってきて、ついでに二人分の紅茶も淹れて一緒にスイーツタイム突入。

 

 

「パックの紅茶ですけど飲みます?」

「ありがとうございますフミさん。頂きますね」

「いいえー♡」

 

 

 プラスチックのスプーンで生クリームとプリンを掬い、口の中へ。

 これぞ甘味、これぞデザート。

 そう主張する王道の甘さの中にふっとカラメルの香ばしさが漂い、僅かな苦味が全体を引き締めて美味しさを纏めている。

 私も三つくらいは買い足しても良かったかな、と思わずにはいられない満足感。

 うまうま、と口元をニンマリ歪めていると、スマホからピコーンと通知音が鳴る。

 見ればモモトークに先生から返信が来ていた。

 

 

『お仕事お疲れ様、フミ』

『遭難したけど何とかなったよ』

「待って♡」

『アビドス高等学校のみんなはとても頑張り屋さんでいい子達だったよ』

『一人誘拐されたけど、すぐに救出も出来たんだ』

「待って♡」

『今はちょうどブラックマーケットから帰ってきてね。いやぁ色んな意味で大冒険だったよ』

『そう言えばヒフミって子と知り合えたよ。フミの事を知ってたみたいだけど、お友達?』

「⋯⋯ハスミさぁーん♡ せんせーがいじめるぅー♡」

 

 

 泣き真似をしながらハスミさんの足元に縋り付く。

 情報が多すぎてもうポロロッカだよ。

 最初の三文字で正解しちゃうよ。

 

 

「ど、どうしましたフミさん?」

「うわーん、ハスミさんコレ見てー♡」

「これは⋯⋯先生とのモモトーク?」

 

 

 ハスミさんにモモトークの画面を見せる。

 私の定時連絡が続いた後に突然先生からの勢いがマッハな報告ラッシュ。

 せめて一つ一つツッコミを入れさせて欲しい。

 読んでるハスミさんも一文ごとに眉根がどんどん沈んでいくレベルだ。

 その時またピコーンと追加の通知音が鳴る。

 

 

『そう言えばとても美味しいラーメン屋さんも見付けたんだ。見てよこの輝くラーメン!』

 

 

 そんな文章と共に二枚の画像が送られてくる。

 一枚目は紹介サイトに載せられそうなくらいビシッと決まった構図で撮られた美味しそうなラーメンが写っていて、二枚目にはテーブルを囲んでラーメンを食べている四人の生徒と照れた様子の店員さん(多分この人も生徒)と鼻から上しか写ってない先生の姿が。

 仲良しさんで何よりだけど、もう色々とそうじゃない。

 

 

「⋯⋯もうやだー♡ でもそんなマイペースなせんせーも好き♡」

 

 

 ハスミさんの太ももに頭を寄せてごろごろ。

 暫くは何も考えたくないでござるぅ。

 現実逃避を始めた私の頭をぽんぽんと優しく撫でながら、ハスミさんは深く溜息を一つ。

 

 

「⋯⋯確かに色々と言いたくなる気持ちも十分分かります。ですが今現在は落ち着いた様子ですし、まずは一安心、と言って良いのではありませんか?」

「確かにそうですね⋯⋯うーん、取り敢えずせんせーに会ったらフミちゃんパンチしておきます」

「ええ、良ければ私の分も追加でお願いします」

「はーい♡ っていうかアレだけ準備したのにそれでも遭難したんですね、大丈夫とはいったい」

「アビドス自治区は広大だと聞きますから、致し方ない部分も有るかもしれませんね。それにしても美味しそうなラーメンですね⋯⋯ケーキがなければ危うい所でした」

「私はもう晩御飯はラーメンに決めました。うぅ、せんせーに飯テロされちゃった⋯⋯♡」

 

 

 プリンパフェを食べてたお口がラーメンを求めてデモ行進を始めちゃうくらい、写真のラーメンは美味しそうだった。

 これはもうラーメンの為にアビドスへ向かうのもやぶさかでない。

 ひとまず慰めてくれたハスミさんにお礼のハグをして、残りのプリンパフェをもぐもぐ。

 美味しい、美味しいけど脳髄がラーメンを欲している。

 これはもうコンビネーションでパンチしなきゃ。

 脳内で先生をぽこぽこのぽこにしつつ、紅茶を飲んでクールダウン。

 取り敢えずアビドス自治区の地図を見て、件のラーメン屋さんまでのルートを確認しておこっと。

 マウスをカチカチ鳴らしてマップを開いてみると、アビドス自治区に向かう路線は途中で途切れていた。

 砂嵐の影響は余程大きいらしい。

 ここからアビドス高等学校別館まで歩いていったんだとしたら、キヴォトス人じゃない先生が遭難してしまったのも頷けなくはない。

 決めた、次の出張からは私も付いていこう。

 それはそれとして、明日の朝に駅前に来てもらえるようにタクシーの手配もしておく。

 帰りはどうしようかな、先生の様子を見にアビドスへ挨拶に行ってみるのも有りかもしれない。

 行きの分だけをタクシー会社のサイトから予約しておく。

 

 

「よし、早速明日このラーメン屋さんに行ってきます。ついでにせんせーにもパンチします」

「それは良いのですが、書類仕事は?」

「溜めておきます。喫緊で処理しないといけないようなのはまだこちらに回って来ませんから。せんせーが帰ってきたら溜まった書類の束でぺしぺしします」

「予想以上に鬱憤が溜まってますね⋯⋯」

「フミちゃんぷんすかぽんモードです!」

 

 

 決め手はラーメンの画像だ。

 食の恨みは恐ろしいのですよ先生。

 あと何故トリニティに居るはずのヒフミンが先生と知り合ったのかも詳しく聞きたい。

 いや本当になんでだろう。

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