もしもシャーレにヒモを養う適性の有る娘が応募してきたら 作:一ノ瀬 崇
あの後気絶させたナギサさんを確保して、それぞれ別れて動き出す。
私は一度合宿所に戻って先生にナギサさんを預け、再び本校舎のある方へと戻る。
ここからはヴェリタス謹製の通信機をONにして先生達とも会話出来るようにしておく。
仕掛けるタイミングとかもしっかり計っておかないとね。
道中は何もなく自分の足音がこだまするくらい静かだ。
普通だったら遠巻きに潜む誰かの事なんて誰も気にしないだろう。
「────」
ほっぺを掻く動作で誤魔化しながら頬の内で空気を動かす。
読唇術を使える子が居たら厄介だからね。
事前に決めておいたパターンで見付けた子の人数を伝え、鼻歌で通信の終了を送る。
スパイごっこみたいで楽しい。
実際にスパイとして動き回ったからか、アズサちゃんがノリノリでアイデアを出してくれたのが印象的だ。
今度潜入任務みたいな仕事シャーレで募集して便利屋に流してみようかな?
ともあれ襲撃が無いなら予定通り進むだけ。
時折報告を挟みながら目指すのは正義実現委員会本部。
分館の警備にいくらか割いているとはいえ、大半はいつも通りの業務に就いている。
上級生や役職持ちはティーパーティーからの命令には粛々と従っているので、本部に詰めているか突発的な事件の解決に駆り出されている。
下級生は政治に関わりが無ければ通常業務と何も変わらないので、のんびり夜勤かお休み中だ。
「こんこんー、お邪魔しまーす♡」
「あ、フミちゃんだ! ようこそー♪」
「こんな夜中にどしたの?」
「くんくん⋯⋯これはクッキーの匂い!」
「ちょっとハスミさんかツルギさんに用事が有ってねー♡ それとはい、お土産クッキー♡」
「「「わーい♪」」」
本部の扉を開けると正義実現委員会の黒セーラー服に身を包んだ子達がわちゃわちゃと集まってくる。
お控えなすって、クッキーにござい♡
持ってきた袋を渡すときゃっきゃしながら休憩室へと走っていった。
喜んでもらえるとこっちも嬉しくなっちゃうね。
みんな私より身長高いと思うんだけど、なんかもっと小さいイメージが有るのは何でだろう。
動きが可愛いからかな?
と、誰かが繋いでくれたのかハスミさんが階段を降りて来てくれた。
「こんばんは、フミさん」
「ハスミさん、こんばんは♡ 今日もお疲れ様です♡」
「はい、フミさんもお疲れ様です。なにやらまたお土産を頂いたようで⋯⋯」
「カロリーカットしたクッキー持ってきたので、みんなで食べてください♡」
「あら、それはありがとうございます♪ それで、本日はどうされました?」
「んー、ちょっと政治的なお話を」
「そうでしたか。場所を変えますか?」
「いえ、ここで大丈夫です。では──連邦捜査部シャーレより。生徒同士の抗争の調停の為、正義実現委員会を一時的にシャーレ所属として、問題解決の為現時刻を以て連邦捜査部指揮下に置きます。指揮系統は先生をトップとして以下正義実現委員会の通常指揮系統を流用。問題解決時に所属をトリニティに戻し、以後通常業務へと戻します。何か質問は?」
私の言葉にハスミさんは動きを止めて目を瞑る。
流石副委員長だけあって頭の回転が早い。
結構激情家というか良くも悪くも真っ直ぐなので、土壇場の冷静さはツルギ委員長に譲るらしいけどこの場ではしっかり正義実現委員会としての立場を考えられている。
こういう所が格好良くて後輩に慕われてるんだよね。
「⋯⋯⋯⋯いえ、有りません。どれほどの戦力がご入用ですか?」
「道中見掛けた潜入部隊が五十人ほど、増援を見越して総勢二百人を想定しています。個々の戦力は⋯⋯一人あたりコハルちゃん四人分と見積もれば一対一でも不足は無いでしょうね」
「随分と戦闘訓練を積んだ相手のようですね」
「まぁ、今のコハルちゃんは学力だけじゃなく戦闘能力も伸びてると思うので、試験が終わって戻って来たらいっぱい褒めてあげてください♡」
「それは⋯⋯楽しみですね♪」
という訳で正義実現委員会の戦力げっとだぜ♡
そこからは慌ただしく出撃準備を終え、正義実現委員会のメンバー精鋭七十人が本部前に集まった。
整列してるチハヤちゃんがウインクしてくれる。
てか精鋭なのねチハヤちゃん。
私が目をぱちくりさせたのが分かったのか、ほっぺをぷくーっと膨らませていた。
やだもう可愛い♡
合宿所へみんなを引き連れて行進しつつ、ハスミさんに現状を説明する。
思いの外厄ネタと化したエデン条約の騒動、その内容に流石のハスミさんも頭痛を堪えるような仕草を見せる。
「まさかそんな事が⋯⋯いえ、その陰謀に関係なくコハルが赤点を取っていたというのも衝撃ですが」
「背伸びして上級生のテストを受けたのが原因ですけど。どうしても追い付きたい先輩が居たみたいですねぇ♡ うりうり〜♡」
「うっ、気持ちは嬉しいのですが、そこは焦らず一年生のテストで着実に成長していって欲しいと言いますか」
「今回の合宿で色々と成長したからもう大丈夫だと思いますけどね♡」
「結果的には⋯⋯良かったのでしょうね」
「あれだけ真っ直ぐに自分の正義を持ってる子は居ないと思いますよ。正義実現委員会、その名前を背負うに値する人間性の持ち主です」
「フミさんがそこまで手放しに褒めるとは⋯⋯ふふ、良い経験を積んだみたいですね」
「ハスミ副委員長!? のんびり談笑してないで手伝ってくださいよぉ!?」
「右です、右からも来てますっ! ほらぁ!?」
私とハスミさんが会話する傍ら、名目上所属不明となっているガスマスク姿のアリウス生徒と戦闘している子達から悲鳴が上がる。
カタコンベとやらから出てくるアリウス生は正しく神出鬼没で、合宿所へ向かう途中で何度も遭遇戦が始まった。
最初はハスミさんも迎撃に参加していたけど、力量を測った後はみんなに経験を積ませる為に私とのんびり会話を始めた。
これも愛の鞭だねぇ。
ちなみにチハヤちゃんは私の隣で偶にグレネードをぽんぽん撃っては私からせしめたクッキーをぽりぽり食べてる。
この状況でも動じない。
さては大物だな?
「弾薬管理係ってね、好き放題弾を撃っても良いんだよ」
「いえそんな事は有りませんよ?」
「私の前任の方はそう残してましたけど」
「⋯⋯あの人は参考にしないでください」
めっちゃ苦々しそうな顔をするハスミさん。
なんか濃い思い出が有りそう。
そんな人の薫陶受けてたんならそりゃチハヤちゃんもこうなっちゃうよねぇ。
「一年生なのに大物だね♡」
「フミちゃんだって一年生のくせにぃ〜♪」
「それは言わないお約束♡」
「それにしても、二人は仲良しですね」
「ちくわのとも!」
「惜しい♡」
「ちくわのはさみあげ!」
「遠くなった♡」
「ちくわのいそべあげ!」
「そっちじゃない♡」
「ちょっとぉ!? 緊張感無いのやめてくださいよぉ!」
ふにゃふにゃしてたら後続の子に怒られてしまった。
緩くてごめんね♡
「代わりにこっちはまだ未使用だから多分キツキツ」
「待って♡」
突然のえっちなネタはコハルちゃんの主文後回しの対象になっちゃうゾ♡
そんなこんなでどうにか合宿所まで辿り着いた。
ここからは部隊を三つに分けての殲滅戦。
正面入口はハスミさん率いる主力部隊、もう一つの入口側はチハヤちゃんを始めとした高火力部隊、そして私と一緒に個人技が際立つ子達で体育館周辺を警戒する突撃機動部隊だ。
「フミさん達の人員が不足気味ではありませんか?」
「ふっふっふー、実はこんな事もあろうかと増援を要請していまして♡」
「増援ですか?」
『歓談中失礼します。自警団各員、援護に付きます』
「この声は⋯⋯スズミさん?」
そう、当番に来てくれて仲良くなった走る閃光弾、守月スズミさんである。
モモトークを飛ばしてお願いしたら二つ返事で引き受けてもらえた。
今度お礼にケーキ作ってご馳走しないと♡
『宇沢レイサ、配置につきました!!!!! これより良く分からない敵部隊と交戦します!!!!!』
「うっ」
「耳キーンてなった♡」
自警団の元気印宇沢レイサちゃんも駆け付け、早速ドンパチ賑やかになった。
軽く耳を押さえているハスミさんに頷いてそれぞれの持ち場へと分かれる。
流石特殊な訓練を積んだ相手とあって、突発的な不良ちゃん達との戦闘とは一味違う。
遮蔽物の使い方、射線の管理、リロードのタイミングに合わせた援護射撃、豊富な攻撃手段、意思疎通の速さと動じない忍耐力。
これは正しく軍隊を相手にしていると言える。
暗視装置対策の閃光弾で視界を奪ってはいるものの、お互いに決定打となる攻撃は殆ど無い。
「とは言えここで交戦して足止め出来ている以上、私達の方が有利なのは間違いない。みんな怪我しないように気を付けてね♡」
「閃光弾、行きます」
「突貫しますよー!!!!!」
スズミさんの閃光弾で怯んだ相手にレイサちゃんが突撃して蹴散らしていく。
この二人のコンビはなかなかお強い。
他の子達も即興でマンセルを組んで仕掛けては離脱、強襲を繰り返しまた別の子とマンセルを組み直すという的を絞らせない戦い方で翻弄している。
人数は少ないけど個の戦闘力はとんでもない。
自警団って実は経験値がヤバあじな子しか居ない?
正義実現委員会や他の学校の風紀委員とはまた違った戦い方に、アリウス生も攻めあぐねているみたいだ。
「おっと、体育館右手の草むらに増援二小隊。左手のランチャー持ちは無力化したよ♡」
私もリボルバーを抜き打ち、牽制と索敵を行う。
いやぁ、自然が豊かで跳弾の始点に事欠かないのはとても良いねぇ。
中途半端に繁っているからどの角度からでも銃撃を叩き込める。
それでも相手の装甲が厚いから私の攻撃ではダウンを取れないんだけどね。
まぁメインウェポンが使えなくなるだけでも割と充分な気はしてる。
サブウェポンで拳銃やグレネードを装備してる子はカモだし。
偶にショットガンとシールド持ってじりじり詰めてくる子も居るけど、そうした子にはスズミさんの閃光弾がそらもう刺さる刺さる。
跳弾でガスマスクの吸気口壊したり靴の留めヒモちぎったり、嫌がらせはいっぱい出来るし。
そう言えば顔カバーするのは良いけど何でフルフェイスヘルメットじゃなくガスマスクなんだろうね?
「にしても随分と数が多い⋯⋯みなさん、突出しないように気を付けてくださいね」
「弾薬の補給が必要な方は後方へ、まだまだ戦闘は長引きそうです」
「無茶はせず危なくなったらスタコラ逃げましょう!!!!!」
『うわっ、また増援!?』
『正面入口側、敵部隊なおも増加中』
「幾らかは逃しても大丈夫です。補習授業部のみんなも戦えますから♡」
『うひー、一人見付けたら三十人は出てくるよー!』
徐々に前線が押され始めて来た。
うーん、数の暴力♡
チハヤちゃんはしぶといアレに例えていたけど、どちらかと言えば蝗の大群を思わせる統率力だ。
トリニティを追われた一派閥だと思って見くびっていたのかもしれないけど、ここまでの戦力を投入してくるとは思ってなかった。
と、こちらとは反対側の体育館へ続く通路付近で爆発が起こる。
間を置かず先生から通信が入る。
『工作部隊が来てるってアズサが、うわ、一気になだれ込んできた!』
「すぐ向かいます。みんなー、ここ任せちゃって良い?」
「わかりました!!!!! ここは私達にお任せください!!!!!」
「フミさんもお気を付けて」
スズミさんとレイサちゃんに手を振って体育館通路側へ。
粉塵の向こうにポッカリと空いた穴が見える。
好き勝手やってくれちゃってさぁ、反対側の壁にもヒビ入ってるしC4爆弾でも有ったら全部崩れちゃうよ。
通路に入ってシールドを出して即席の遮蔽物を構築、取り敢えず先には進ませないようにここで迎え撃とうかな。
ついでに両手のリボルバーを十二発一気に撃ち切って、侵入していた体育館入口に居た生徒の銃やガスマスクの吸気口を壊しておく。
スモークグレネードと激辛催涙弾もプレゼントしちゃおう。
これでしばらくは無力化出来るはず。
リロードの最中に聴こえてきた悲鳴や同士討ちの音でちょっとニンマリ。
堪らず飛び出してきた生徒の眉間に弾丸を浴びせて意識を刈り取り、追加でシールドを置いて体育館入口を封鎖しておく。
体育館自体は結構厚い壁で作られているので大層な量の爆薬を持ってこないと破壊は出来ないはず。
通路は簡素な渡り廊下だからね。
入口を押さえられるしここを突入地点に選んだのは正しい戦略と言える。
「まぁ、通さないんだけど♡」
「クソッ、たった一人になんてザマだ!」
まだ立ち上る白煙に向けて三発。
気炎を上げる生徒がアサルトライフルを構えるのに合わせて放った弾丸が銃口を跳ね上げ、上を向いた銃口に跳弾が入り込む。
薬莢ごと炸裂してカバーが割れた。
あれはもう撃てないね。
「なっ!? コイツ⋯⋯っ!?」
「はい、ざーんねん♡」
銃を捨てて格闘に移行しようとした所で跳弾が背中側の腰元のグレネードを弾き、爆風が髪の毛を揺らす。
飛んできた子の右腕を掴みその場でぐるっと一回転。
勢いを付けて外へと投げ飛ばす。
地面に叩き付けられた子の胸元にグレネードを追加でぽいっとな。
爆発がお腹に直撃してぴくぴく痙攣してる。
後でなでなでしてあげようかな?
一先ず侵入した部隊でこちら側に居たのは全滅。
残りは体育館内に詰めているはず。
それも補習授業部のみんなが片付けたはずだ。
いやぁ、ここで終わってくれたら楽なんだけどねぇ。
シールドを格納して体育館内部へ逃げ込む。
一拍遅れて通路全体が吹き飛ばされた。
えっ、なにごと♡
「避けたんだ。不意打ちだったと思うんだけどな」
「うわぁ」
「うわぁ、って酷くない?」
「不意打ちで通路全部破壊する方が酷いと思うんですけど♡」
姿を見せたのは聖園ミカさん。
その背後には多数のアリウス生を連れている。
“フミ!?”
「お客さんだってさ、せんせ」
即座に踵を返して体育館の奥、補習授業部のみんなと先生が居る所まで駆ける。
通りすがりに一つシールドをアズサちゃんに渡して、先生の遮蔽として二つ展開させて設置する。
ふぅ、と一息吐いた所で周囲の状況を確認。
体育館に侵入していた部隊は予想通り殲滅済み。
全員怪我は無いようで一安心。
だけどアリウス生を引き連れたミカさんが体育館に入ってくる。
「やっほー、先生★」
“やぁ、ミカ。随分と物々しいお散歩だね?”
先生が軽口ついでに会話で場を繋いでくれている間にリロードしつつ外の状況を共有する。
アズサちゃんはアリウス生徒の半数以上が投入された事に驚いていた。
それを聞いて私達も驚く。
確かに多いと思ったけど半数以上いたのか。
一呼吸遅れてハスミさんから通信が入る。
『ティーパーティー聖園ミカ様に戦線を突破されました。シャーレとして不審な生徒と交戦中だとお伝えしたのですが、全て政治的な判断により呼び寄せた客人である、と回答されたのでそれ以上手出しは出来なくなりました。ですのでこの場に居る不審な生徒は全てそちらに向かってしまいます。増援として新たに現れた生徒は引き続き不審な生徒として応戦出来るので、フミさんは何とか耐えてください』
「ありがとうございます♡ 外は、よろしくお願いしますね♡」
なるほど、集まっているのをミカさん預かりの客人としたのね。
政治的・客人と言われたらティーパーティー下部組織である正義実現委員会としては手出し出来ない。
元よりシャーレは《生徒同士の抗争の調停》という名目で正義実現委員会を動員している。
ミカさんが彼女達を客人だとした上で『行き違いがあったみたいでごめんね☆ みんな攻撃中止してごめんなさいしよっか』とでも言えば、シャーレとしてそれ以上の介入は出来なくなる。
シャーレの権限が外れてしまえば、正義実現委員会は普段通りティーパーティーの下部組織としてミカさんが出す適当な命令──例えば本部で正午まで待機、なんて命令を出されたら唯々諾々と従わなければいけない。
あまり奸計には通じていないタイプかと思っていたら⋯⋯存外、深く潜れるらしい。
「⋯⋯私がアリウスと和解したかったっていうのは、本当のこと」
つらつらと内情を喋るミカさん。
ポーカーフェイスとは無縁な程に表情豊かな彼女だけど、時折言葉には似つかわしくない色を浮かべる瞬間がある。
アリウスと和解したい。
その言葉は恐らく本心なのだろう。
けど、そこに至る言葉には偽りと悔恨が滲む。
単なる嘘じゃない、これは自分への誤魔化しと正当化⋯⋯つまり当初の予定とは違う事が起きてしまったから、何とか修正する為に⋯⋯?
自分を偽らなければいけない。
それに値するだけの予想外の展開とは何だろうか。
アリウスとの密会がもたらした影響、その結果。
何かがプラスになったんじゃない、現状と比べて何がマイナスされているのか。
「⋯⋯そうか、セイアさんの襲撃」
「⋯⋯! フミちゃん、それって」
私が零した呟きを拾って小声を飛ばすハナコちゃん。
あぁ忘れてた。
普段はおませさんで可愛いけど、多分この場の誰よりも頭の回転が早いんだった。
たった一言漏らしただけで瞬時に色々組み立てるのはもうズルい♡
そんな所もカッコよくて好き♡
「ミカさん、一つ聞かせてください! セイアちゃんを襲撃したのも、あなたの指示だったんですか!?」
「⋯⋯?」
僅かな驚きと小さな悔恨、次に嘲りと優越を滲ませた目。
随分と饒舌な目をお持ちだこと。
「あはっ、ハナコもそんな目をするんだね。うん、私の指示だよ。セイアちゃんってば、いつも変なことばっかり言って。楽園だのなんだの、難しいことばっかり」
そこで一呼吸置く。
僅かに髪の毛を弄る指先が震えていたけど、それを精神力でねじ伏せたらしい。
「でもヘイローを破壊しろとは言ってないよ。私は人殺しじゃない」
その言葉を口にしたほんの一瞬、ティーパーティーとしての仮面が剥がれた。
垣間見えたのは寂しさと悔しさと悲しみを湛えた年相応の少女としての、ちっぽけな姿。
なるほど、歯車が狂い始めたのはそこか。
そしてミカさんの動きを利用してティーパーティーのホスト暗殺というレールを敷いたやつが居る証左でもある。
私も含めて、このキヴォトスで人殺しという罪に耐えられる心を持つ生徒は少ない。
先生が以前教えてくれた事だ。
キヴォトスの外ではもっと簡単に人は死ぬ。
当然他人を害する事への忌避感や自身の持つ道義心が、その選択を許さないけど、キヴォトスでは先生が見てきたどの世界や社会よりも人殺しへの畏れ──禁忌とする考えは強いらしい。
なら、そんな普通の価値観を持った子に出来る対処法は限られる。
心を凍らせて全ての責任を転嫁して逃げるか、耐えられずに心を壊して自傷に走るか、仕方がなかったと諦めて開き直るか。
或いは、ミカさんのように自分を偽り大悪党を名乗るか。
横目に盗み見れば先生の表情は険しい。
一見ミカさんへと怒りの目を向けているかのようだけど、あれは自身の不甲斐なさに憤慨している顔だ。
そして、無垢な子供の願いを踏みにじり、操り、搾取し続ける大人への強烈な嫌悪感。
⋯⋯そんな先生だから。
私が護る、護らなきゃいけない。
他のみんなもどんどん手を貸してほしい、このキヴォトスで、あんなにも真っ直ぐに私達を想ってくれる人を曇らせてはいけない。
すると、遠くから爆発音が響いてきた。
合宿所の外、それも敷地内ではない。
「んー?」
「トリニティの生徒が一部、こちらに向かってきています!」
「⋯⋯? なんで? 外の正義実現委員会は介入出来ないようにしたし、ティーパーティーの戒厳令に背くような人たちは、もう⋯⋯」
「⋯⋯いますよ。ティーパーティーにも命令できない、独立的な集団が」
困惑するミカさんに、どこか楽しそうに見える顔を向けるハナコちゃん。
どうやらハナコちゃんの仕込みが上手くいったらしい。
「確認できました、大聖堂からです! ということは⋯⋯」
アリウス生が気付くのに合わせたように、複数の足音と人の気配が近付いてくる。
手には銃を、心には信仰を。
トリニティに於いて何者にも侵されず独自の戒律に基いて動く集団。
「⋯⋯シスターフッド!?」
「⋯⋯っ、浦和ハナコ!」
「まあ、ちょっとした約束をしましたので♡」
驚愕するアリウス生と睨み付けてくるミカさんに、ハナコちゃんは戯けた仕草で肩を竦めてみせる。
ここに来て第三軍の出現はアリウス側にとっても予想外の一手だったに違いない。
近付く爆音が空気を揺らし、遂に体育館入口を固めていた部隊を吹き飛ばした。
熱波と黒煙をたなびかせながら現れたのは猫耳ベールを被った清楚えっちでお淑やかな雰囲気の子と、それ同人ゲームでもなかなか見ないよと言いたくなるほど大胆に改造されて露出もスリットも激しいシスター服を身にまとったボインボインな上級生。
「けほっ、今日も平和と安寧が、みなさんと共にありますように⋯⋯けほっ」
うわ声えっろ♡
シスターなのにそんな淫靡なの大丈夫?
「す、すみません、お邪魔します⋯⋯」
「シスターフッド、これまでの慣習に反することではありますが⋯⋯ティーパーティーの内紛に、介入させていただきます」
ボインボインシスターさんの横から、すっと現れた人影。
シスター、という言葉を聞いておおよそ想像するだろう人物像をそのまま現実に落とし込んだような。
静謐な雰囲気を湛えたシスターがそこに居た。
歌住サクラコさん。
シスターフッドの長だ。
その両隣に先のシスター二人が控え、後方ではシスター達が大勢待機している。
「ティーパーティーの聖園ミカさん。他のティーパーティーへの傷害教唆及び傷害未遂で、あなたの身柄を確保します」
「⋯⋯あはっ。流石にシスターフッドと戦うのは初めてだなー。なるほどね、これが切り札ってこと? ⋯⋯浦和ハナコ、どうやってシスターフッドを動かしたの?」
あくまで飄々と。
平静を装うミカさんだけど、今度は注視せずとも解るくらいには顔色が変わった。
とはいえそれを指摘しても動揺は見せない辺りはティーパーティーとしての矜持だろうか。
「⋯⋯さて、じゃあやってみよっか?」
「⋯⋯あくまでも戦うつもりですか、ミカさん。この状況での勝算がどれくらいか、分からないあなたではないですよね?」
「⋯⋯うん、そうかもね。でもここまで来て『おとなしく降参します』なんてわけにはいかないでしょ? ⋯⋯もう私は、行くところまで行くしかないの」
補習授業部とシスターフッド、アリウス生とミカさん。
改めて、みんなが銃を構える。
果たして、最初に火を噴いたのは誰の銃口だったか。