もしもシャーレにヒモを養う適性の有る娘が応募してきたら   作:一ノ瀬 崇

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三十二話目

 意識が戻る。

 暗い。

 目を見開いても周囲は暗く染まり、唯一の光源は先生の持つシッテムの箱。

 小さく明滅している事から、アロナちゃんが先生に呼び掛けているのが分かる。

 次に脳が認識したのは臭い。

 どこか粉っぽい空気に何かが焼ける臭いが混じっている。

 

 

(……爆弾? それにしては被害が大き過ぎる。多分古聖堂だけじゃなく、他の建物も崩れている……それほどの威力のものが、正義実現委員会と風紀委員会の目を逃れて設置されていたとは思えない)

 

 

 次いで、聴覚が戻ってきた。

 先生の息遣い。

 良かった、気絶しているだけみたい。

 薄ぼんやりと照らされている先生の顔は穏やかで、軽く見た限りでは大きな外傷も無さそう。

 篭っているからかハッキリとは聴こえないけど、遠くで叫ぶように飛ぶ指示や悲鳴に似た現状確認の声が届いてくる。

 外も大惨事のようだ。

 ともあれみんなと連絡を取って、早く先生を安全な場所まで移動させないと。

 身動ぎしようとして、ここでようやく脳が痛みを認識した。

 

 

「いっ……ぎ……!?」

 

 

 両脚、膝付近から激痛が走る。

 痛みが落ち着くまで震える身体を抱き締めながら、自分の体勢を確認する。

 うつ伏せになり、先生に覆い被さるように倒れている。

 上半身は動かせるけど、膝付近が痛い。

 膝裏が何かに圧し潰されているようだ。

 脚の指は動かせる。

 血が流れている感覚は無い。

 生命の危機と言う訳ではないらしい。

 

 

 “う……”

「せんせ、大丈夫?」

 “ぅっ……フミ……アロナ……?”

 

 

 先生の意識が戻ったのを見届けるように、シッテムの箱の明かりが消える。

 電源が落ちたのだろう。

 ありがとアロナちゃん、先生を守ってくれて。

 先生は蹲るように身体を折り畳んでいて、それがちょうど良い感じで瓦礫の空間に収まっていたらしい。

 怪我も擦り傷程度で済んでいた。

 

 

 “フミ、いったい何が……!”

「わかんない。けど、大規模な攻撃を受けたのは確かだと思うよ」

「先生っ、フミさんっ!!」

 

 

 外から声が届く。

 同時に先生の背中側の瓦礫が取り除かれ、眩しさに眩んだ視界の先で煤けたシスター服が揺れる。

 ヒナタさんだ。

 

 

「せ、先生……けほっ、こほっ……ご無事でしたか!」

 “私は、大丈夫……!”

「良かったです、辛うじて瓦礫の隙間に……、あ……」

 

 

 安堵に綻んだヒナタさんの顔が私を見て固まる。

 そう言えば私の状態はどんな感じなんだろうか。

 

 

「待っててください! すぐに私が……!」

 

 

 ヒナタさんはそう言うと軽々と瓦礫を退かしていく。

 いや凄い力持ちだねヒナタさん。

 まるでオモチャのブロックを片付けるようにぽいぽいと瓦礫を脇に退けていく。

 一際大きい瓦礫をヒナタさんが持ち上げた瞬間、潰れていた脚に一気に血液が流れ込んで神経が刺激された。

 

 

「あぎ……っ!?」

「フミさん!?」

 “フミ……っ!”

「だ、だいじょぶ……! そのまま一気に退かしちゃってください……!」

 

 

 堪らず声が漏れる。

 いけない、二人を心配させちゃった。

 瓦礫が取り除かれ、周囲の様子が視界に入ってきた。

 灰と火。

 きらびやかだったトリニティの景色は、一瞬にして地獄絵図と化していた。

 思ったよりも被害範囲が広い。

 単純な爆薬なんかじゃない、もっと大きな……榴弾、いや、それよりももっと……。

 

 

「……巡航ミサイル?」

「これだけの力があることに、感謝します……先生、フミさん、立てますか?」

 “私は……大丈夫”

「お怪我は……無さそうですね。あの爆発に巻き込まれてほとんど傷一つ無いだなんて、本当に奇跡のようです……フミさん、は……」

 “そうだ、フミっ!”

 

 

 二人の視線が私の顔から、下半身──膝付近へと向けられる。

 身体を捻ると激痛が走るから自分じゃ見えないんだよね。

 感覚があるから千切れてはないと思うんだけど。

 

 

「どうなってます? 自分だと動けなくて見えないんですよ」

 “……外から見て分かる裂傷は無いかな。擦り傷で少し赤くなってる。でも、膝が……関節がなんか、おかしい”

 

 

 青くなった顔で淡々と伝えてくれる。

 ごめんね先生。

 

 

「そっか、なら一安心♡ ともあれ先生を安全な場所に移して、ついでに私も医療処置を受けたいところさん」

 “っ、そうだね、すぐ救護騎士団に……!”

「先生! ご無事でしたか!」

「せ、先生……!」

 

 

 鋭く飛ぶ声。

 ハスミさんが無事を確認しにきてくれたようだ。

 すぐ後ろにはツルギさんや他の正義実現委員会の子の姿も見える。

 ふふ、先生モテモテじゃーん♡

 

 

「正義実現委員会のみなさん……!」

 “みんな、すごい怪我……”

「これくらい大したことはありません。ですが先ほどの爆発で、正義実現委員のほとんどは戦闘不能になってしまいました」

 

 

 爆発の影響か、みんな制服はボロボロで手足に傷を作っている。

 って、ツルギさんに付いてきた正義実現委員会の子、チハヤちゃんじゃん。

 

 

「フミちゃんっ」

「チハヤちゃんが無事でなにより♡」

「そんな事言ってる場合じゃないよフミちゃん、あ、足が……!」

「折れたか関節外れたか……大怪我だけど、今のところはだいじょぶ」

 

 

 グッ、とサムズアップをしてみせるとチハヤちゃんは少し落ち着いた様子で私に駆け寄ってきた。

 女の子とお菓子の混ざった甘い匂い。

 あぁー、SAN値が回復する音ー♡

 アドレナリン切れた後が怖いねこれ。

 

 

「私はチハヤちゃんと移動するから、先生はみなさんと安全な場所へ。この爆発が攻撃だとするなら、相手の次の目標は先生の身柄もしくは生命そのものです。一刻も早く安全な場所への退避を」

 “フミを置いていく訳には……!”

「私はあの瓦礫に潰されてもまだ骨折か脱臼で済んでますが、先生はもうダメです。アロナちゃん……シッテムの箱、電源切れてますよ」

 

 

 私の言葉にハッとしてシッテムの箱を拾い上げる先生。

 画面に傷は入ってないけど、ボタンを押しても起動しない。

 それはつまり、アロナちゃんバリアーが消えているという事。

 流れ弾一つで先生の生命が危険に晒される。

 先生の顔が辛そうに歪み。

 何かを言いかけたその瞬間、ツルギさんが両手のショットガンを構えて物陰から出てきた人物に弾丸を浴びせかけた。

 

 

「っ!!」

「うわっ!?」

 

 

 撃退された姿は、アリウス生徒。

 以前遭遇した子達とは違う、また別のアリウス生徒だ。

 黒いマスクを付けてミサイルランチャーを携えた子が、周りの子にハンドサインを送りながらこちらを見据える。

 

 

「作戦地域に到着、正義実現委員会の残党を発見。……いや、訂正。残党じゃなく、正義実現委員会の真髄だ。ツルギにハスミか……兵力をこっちに回して。これより交戦に入る」

「アリウス分校……!? ど、どこからこれほどの兵力が……!? どうやって、周辺地域は全て警戒態勢だったのに……」

「ま、まさか……まさか、地下から? 古聖堂の地下にある、あのカタコンベから……!?」

 

 

 ……なるほど。

 地上を巡航ミサイルで焼き払い、その後地下から部隊を展開させて強襲。

 現地の様子はクロノススクールを始めとしたマスコミがライブ映像として配信してくれている。

 周辺地域の警備状況や要人が現地入りしたタイミングも、危険を冒さず入手出来る。

 いよいよ動き出したんだね、私達が相対すべき大人──アリウスのマダム、が。

 

 

「一先ずはここから離脱しないとか……チハヤちゃん、悪いんだけど背負ってくれる?」

「うん……乗り心地は良くないけど、ごめんね!」

 

 

 屈んでくれたチハヤちゃんに手を回して背中に乗り、一気に持ち上げてもらう。

 浮いた事で揺れる両脚が激痛を訴えてくるのを根性で噛み殺し、ギュッとチハヤちゃんに抱き着く。

 

 

「元気になったらデートでもちゅーでもベッドインでも、いっぱい付き合ってあげるね♡」

「それなら、ますますここを切り抜けないとね……!」

 

 

 私がチハヤちゃんに抱えられたのと同時に、ツルギさんが両手のショットガンを構え直してアリウス生に突っ込んでいく。

 

 

「相手してやるぜ、虫けらども! かかってきなぁっ!!! ひゃっははははああぁぁ──ーっ!」

「先生、行きましょう!」

 

 

 ツルギさんが道を開き、ハスミが先導して先生を離脱させる。

 すぐ後ろにヒナタさんが付き添い、その後ろを私を背負ったチハヤちゃんが続く。

 流石は正義実現委員会のツートップだけあって、大半のアリウス生徒は歯牙にも掛けない暴れっぷり。

 次々に次面へ沈めて瓦礫の山をかき分けて進んでいく。

 けれど、途中で現れた青白いガスマスクハイレグシスターに行く手を阻まれる。

 数度の銃撃を交わしてどうにか撃破したハスミさんが、苛立ちと戸惑いを乗せて口を開く。

 

 

「くっ! 一体何ですか、あれは……!? あの威力……そしていくら戦っても手ごたえの無い、この不思議な感覚……。あれは本当に《人》……? それとも……」

 

 

 疑念を口にするハスミさんの横に、ヒナタさんが進み出る。

 

 

「シスターヒナタ……?」

「あの姿、本で見たことがあります……あれは《聖徒会》の服装」

「……《聖徒会》?」

「《ユスティナ聖徒会》……数百年前に消えたはずの《戒律の守護者たち》が、どうして今ここに……!?」

 

 

 ユスティナ聖徒会。

 それは、さっき古聖堂でヒナタさんが教えてくれた、第一回公会議で戒律を守らせる為の武力集団。

 シスターフッドの前身となった、その一団。

 経緯はどうあれ、実力は折り紙付きという事だ。

 

 

「……尋常ではない数です。周りに数十……いえ、数百人規模の……」

「っ!」

 

 

 その声に呼応するかのように、ユスティナ聖徒会の姿が徐々に増えてくる。

 それだけではなく、背後からアリウス生徒達もやってくる。

 

 

「……追いついた。聖徒会の複製も確認。条約に調印がなされた……それに、人形との取引も上手く行ったみたいだね、アツコ」

 

 

 複製、条約に調印、人形との取引、アツコ。

 気になるワードが目白押しだ。

 じっくりと考えたいけど状況がそれを許してくれない。

 人形との取引、って聞いた時の先生の反応もなかなか気になるけれど、全部ここを突破してからだね。

 

 

「きええぇぇぇぇぇっ!」

 

 

 絶叫と共にツルギさんが銃弾を見舞う。

 聖徒会を吹き飛ばすも、他の聖徒会がすぐにその穴を埋める。

 銃撃を行なっていたハスミさんも、この不気味な一団へ苦々しい表情を浮かべる。

 

 

「……きりがありませんね。この者たちは、一体……?」

「ま、マズイですね……せめて、先生だけでも脱出を……!?」

 

 

 徐々に包囲されつつある。

 両脚が動かないだけでお荷物と化している自分に苛立ちを覚える。

 にわかに硬直しかけた戦場。

 そこへ、一筋の銃弾が飛来した。

 

 

「……っ!!」

「こっち!」

 “ヒナ……!”

「ゲヘナの風紀委員長……!?」

 

 

 声を飛ばしたのは、ヒナさん。

 頭から血を流していて、全身に戦闘の痕が痛々しく残っているけど、まだその小さな体躯には気力が満ち溢れている。

 すぐさま先生とヒナタさんがそちらへ駆け寄り、ツルギさんとハスミさんが庇うように射線を切る。

 私とチハヤちゃんもそれに続いた。

 マスクを付けたアリウス生は、ヒナさんを見て眉をしかめている。

 

 

「ヒヨリ、もしかしてヒナを止められなかった?」

『けほっ、けほっ……す、すみません、ダメでした……聖徒会が顕現するよりも前に、全員なぎ倒されて……』

 

 

 わお、ヒナさん大暴れじゃん♡

 流石は風紀委員長、別働隊を全滅させて颯爽と先生のピンチに駆け付けたらしい。

 

 

「先生、今はヒナさんと離脱を! ハスミさん、ツルギさん、殿軍をお願い出来ますか!?」

「……わかりました。フミさん、あなたも離脱を。チハヤ、フミさんを頼みましたよ」

「がってんしょうち!」

 

 

 ふんす、と気合を入れるチハヤちゃん。

 頼りにしてるよー♡

 

 

「ヒナタさんは二人の援護を! 切り抜けたら他の人達の救助をお願いします!」

「は、はい……! フミさんもご無事で……!」

「風紀委員長、先生を、よろしくお願いします!」

「……任せて」

 

 

 背後で始まる銃撃。

 聖徒会とアリウス生の追撃を振り切りながら、瓦礫の間を進む。

 身体が揺れる度に両脚が焼けるように痛む。

 荒くなる息遣いに、チハヤちゃんが心配そうに私の目を覗き込んでくる。

 まだ大丈夫、とその柔らかい頬にそっと口付けて答える。

 極論、単に痛いだけだ。

 泣き言は病床で可愛いナースさんや女医さんに漏らせば良いだけの事。

 立ち塞がる聖徒会やアリウス生を、ヒナさんは事もなげに蹴散らしていく。

 圧倒的な強さだ。

 ヒビ割れたアスファルトを踏み越えて、建物の倒壊がそれほどでもないエリアまでやってくる。

 走りっぱなしだったから、全員息が荒い。

 ヒナさんも連戦に次ぐ連戦で流石に疲れが見え始めた。

 

 

「先生、もう少し耐えて。ここを抜ければ……」

 

 

 崩壊した十字路、その先で聖徒会とアリウス生が姿を見せた。

 伏兵だろうか。

 水色のサイドポニーを風に揺らす、どこか気弱そうな少女が立ち塞がる。

 

 

「ひ、ヒナさん、また会いましたね……!」

「っ、性懲りもなく……!」

 

 

 どうやら一度は蹴散らした相手らしい。

 次から次へと湧いてくる相手を丁寧に打ち倒しながら、ヒナさんは足を進める。

 だけど限界が来たらしく、ヒナさんが膝を付いた。

 

 

 “ヒナっ!!”

 

 

 駆け寄ろうとした先生を片手で制するヒナさん。

 曲がり角の先から、ミサイルランチャーを手にした黒マスクの子が現れる。

 いつの間にか追い付かれていたらしい。

 

 

「ゲヘナの風紀委員長、ようやく倒れた」

「や、やっとですか……痛かったですよねぇ、よくあの傷でここまで……」

 

 

 二人の側へ、さらに二人のアリウス生が近寄る。

 どうやら、この四人は指揮官級の生徒らしい。

 一人は顔全体を覆うマスクを付けた、桜色の髪の子。

 もう一人は紺色のロングヘアーを靡かせた眼光鋭い長身の子。

 

 

「トリニティとゲヘナの主要人物は全部片付いた。残りはもう貴様だけだ、シャーレの先生」

 “……君たちが、アリウススクワッド?”

「……ああ、そうだ。私たちが《アリウススクワッド》。ようやく会えたな、先生。アズサが世話になったと聞いた。あいつには今から会いに行く予定だ」

 

 

 アリウススクワッド。

 アズサちゃんが言っていた、アリウスの最高戦力の四人。

 リーダーのサオリはアズサちゃんに戦闘の全てを教え込んだ人……あの紺色の髪の子が、そうなんだろう。

 

 

「……我々はトリニティに代わり、この《通功の古聖堂》で条約に調印した」

 “……どういう意味?”

「私たち《アリウススクワッド》が、楽園の名の下に条約を守護する新たな武力集団……《エデン条約機構》になったということだ」

 

 

 その言葉に、先生は目を見開く。

 第一回公会議で鎮圧対象とされたアリウスがエデン条約機構となり、新たに鎮圧対象を選定し直す。

 トリニティとゲヘナ。

 両者の存在が紛争を誘発する原因とし、キヴォトスからその存在を消し去る。

 随分と強引な筋書きだ。

 そして、それを当然の事と彼女たちは考えている。

 当の時代に生きていなかった、私と同年代の少女たちに『かくあるべし』と憎悪を植え付けたのは、間違いなくマダムと呼ばれる大人だろう。

 

 

「……づっ」

「フミちゃん……!」

 

 

 後頭部が焼ける。

 両脚の痛みを凌駕するほどの焦熱感。

 一呼吸ごとに全身が燃え尽きるほどの痛みが走る。

 

 

「シャーレの先生……貴様が計画の一番の支障になりそうだと、彼女は言っていたからな」

「ああぁあぁぁぁっ!!!」

 

 

 先生に向けられた銃口。

 その前に身を投げ出し、文字通り身を盾にして先生を庇うヒナさん。

 それらが白黒の視界の中で、ゆっくりと動く。

 

 

「……っ! まだ動けるのか、空崎ヒナ!」

「セナっ! こっち!!」

 

 

 ヒナさんの声に呼応して一台の装甲車が駆け抜ける。

 側面には救急医学部のエムブレムが輝いている。

 突然の乱入にアリウス生は呆気に取られているようだ。

 後部座席のドアが開き、セナさんが身を乗り出して手を伸ばす。

 

 

「先生! 手を!」

「逃すかっ!!」

 

 

 流石、判断が早い。

 唯一サオリだけはすぐさま銃を構えて先生に狙いを定める。

 だけど、遅い。

 全てがゆっくりと動く世界で、私は右手を腰元のホルスターに伸ばし、リボルバーを抜くと同時に引き金を引く。

 地面に当たった弾丸は軌道を変え、先生を狙う銃口を跳ね上げる。

 

 

「なっ!?」

「捕まって!」

「え、わぁっ!?」

 

 

 チハヤちゃんの首を抱えるように左腕を回し、手首の仕掛けを弾く。

 ワイヤーが射出されて、救急医学部の車の背面ドアの手すりに巻き付いた。

 一拍遅れて身体が浮き上がり、私とチハヤちゃんを引き摺るようにして連れ去っていく。

 すぐにドアが開き誰かが回収してくれたところで、私の視界が暗くなる。

 神経が焼き切れるほどに私を苛んでいたあの焦熱感は、もうない。

 

 

 

 

 目が、覚める。

 ぼやける視界。

 一度強く目を瞑り、もう一度目を見開いた。

 薄く照らされた室内。

 天井の電灯が、優しく照らす室内。

 どうやら、私は今仰向けに寝かされているらしい。

 病室、だろうか。

 白を基調とした室内に僅かに漂う消毒液の匂い。

 首を横に倒すと少し離れたところにもう一つベッドがあるのが見えた。

 そこには先生が寝かされている。

 安らかな寝顔だ。

 少なくとも苦痛に喘いでいる様子はない。

 ほっと一息吐いてから、自分の身体を探っていく。

 右手、指。

 左手、指。

 右足、膝──痛みが、消えている。

 僅かな違和感さえあれどあの時のような激痛はやってこない。

 恐る恐る左足も動かし、ゆっくりと膝を曲げ伸ばしして様子を窺う。

 どうやら、動かす分には支障無いらしい。

 そうやって全身の様子を確かめていると、同じように身体をもぞもぞ動かしていた先生と目が合う。

 

 

「…………」

 “…………”

「……にしし」

 “……ははっ”

 

 

 お互いの姿を見て、小さく笑い合う。

 と、そんな私たちの声を聞き付けたのか病室のドアが開きぱたぱたと駆け寄ってくる人が。

 

 

「せ、先生!? フミさんも! 目が覚めたんですね……!!」

 

 

 やってきたのはトリニティ救護騎士団、癒しの天使。

 二年生、鷲見セリナさんだった。

 すぐ後ろには一年生、朝顔ハナエちゃんの姿もある。

 一先ず二人から説明を受ける。

 私は両膝の関節が外れていたらしく、処置は行ったが暫くは激しい運動を控えるように、と。

 先生は胸を撃たれたけど奇跡的に銃弾は主要な血管、骨、内臓の全てを傷受ける事無く貫通した事で、見た目よりもずっと軽傷で済んでいた。

 数ミリズレていれば命の危険も有ったという。

 無事で良かった。

 あの焦熱感はこれを伝えていたのだろう。

 後遺症も無く先生が生きていてくれた事が何より嬉しい。

 ともあれ無事に目覚めたならやる事は多い。

 よっこらせ、と起き上がる私たちを見て、ハナエちゃんが血相を変えて押し留める。

 

 

「まだ動いちゃダメです! お二人とも、どこに行くつもりなんですか……!?」

 “約束を果たしに、かな”

「成すべき事を成す為に、ですね♡」

 

 

 ベッドから降りて両脚で立つ。

 痛みも震えも無い。

 病衣の上にシャーレのコートを羽織り、ホルスターを付けて準備万端。

 各所にモモトークを飛ばしながら先生へと微笑む。

 

 

「しばらくは別行動ですね♡」

 “うん、フミも気を付けて”

「せんせーも、無理しちゃダメですよ?」

 “あはは、善処するね”

「いやいや、お二人ともダメですってば!? しばらくは安静にしてないと……!」

「ごめんねハナエちゃん、全部片付いたらせんせーと一日全身検査入院するから」

 “え、初耳なんだけど”

「良い機会ですし検診しときましょ♡ それならセリナさんも納得してくれそうですし」

「……そうですね。ただし、絶対に無理しちゃダメですからね?」

「はぁーい♡」

 “わかったよ”

「本当なら縛り付けてでもベッドに寝かし付ける所ですけど……トリニティだけでなく、ゲヘナや他の学区でも混乱が広がっています。事態の収拾を付けるには、先生のお力が必要ですから……」

 

 

 仕方ないなぁ、と温かく見送ってくれるセリナさんの視線を受けて歩き出す。

 私が先ず向かわないと行けないのは……シャーレだね。

 あー、みんなにめっちゃ怒られそう。

 はーちゃんに泣かれちゃうかなー……。

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