もしもシャーレにヒモを養う適性の有る娘が応募してきたら 作:一ノ瀬 崇
お楽しみください。
拝啓 先生様
私はいつものシャーレではなく、アビドス方面へ向かう電車に乗っています。
理由はもちろんお解りですね?
貴方がラーメンの画像を使い飯テロをしたからです。
昨日は居ても立っても居られず、近所のラーメン屋さんで家系ラーメンを頂きました。
白濁色で風味の強いスープにほうれん草をほぐし入れ、麺と絡ませ合いながら啜った一口目は、まさしく家系の名にふさわしいパンチ力がありました。
ラー油にくぐらせて辛味を付けた白髪ネギのシャクリとした歯応えにネギと油の香りがスッと喉を通り抜け、今度は吐き出される息と共に鼻腔をくすぐっていきました。
いぶし銀であるキクラゲの存在も忘れてはいけません。
細切りにされたキクラゲはコリコリとした食感を残しながらもその表面の波打つヒダがスープをしっかりと受け止め、まるで第二の麺であるかのように振る舞います。
キクラゲを経て、再び麺とほうれん草を口へ。
先程よりもスープを吸ってしんなりやわやわとなったほうれん草は麺を咀嚼する度に小さなスープ爆弾となって、口内の至る所を美味しさで埋め尽くしてきます。
丼を彩る紅一点、紅生姜も大活躍です。
ただ酸っぱいだけで赤けりゃ紅生姜だろと人工的に着色された二級品とは違い、しっかりと生姜自体の旨味を残した紅生姜はスープの塩気に慣れきった口内をしっかりと引き締めてくれます。
でも、それだけではない。
単なる口直しだけが紅生姜の役割ではありません。
レンゲに掬い、麺やスープと共に口へ運び、纏めて味わうと今までとは違った美味しさが広がっていきます。
さっぱりとした酸味がスープとまろやかに溶け合い、麺自体の力強い味と見事に調和していきます。
そして何より、このラーメンを高みへと誘うチャーシューについて言及しない訳にはいきません。
こちらのラーメンで使用されているのは薄く脂身が少ないタイプのチャーシューが五枚。
重ねれば他のお店で出てくるチャーシューと同じか少し多いくらいの量です。
普通に出せば良いのでは、と思うかもしれませんがこの薄さが非常に強い武器となっています。
まず思い付くのは、チャーシューで麺を巻くようにして食べる事でしょう。
もちろん、それも素晴らしく美味しい食べ方の一つです。
脂身の少なさから巻いてもボロボロと崩れず、思うがままの姿で口へと運ぶ事が出来ます。
豚肉の旨味、下味として使われた香味野菜の甘み、仕上げとばかりに漬けられた合わせダレのスパイシーな香り。
それらは口内で麺と混ざり合い、甘美なハーモニーを奏でていきます。
そしてこのチャーシューに染みた漬けダレがポイントです。
時間と共にスープへと溶け出し、その味わいをさらに奥深いものへと変化させていくのです。
シンプルを突き詰めていったThe家系のスープが、チャーシューから染み出すタレと混ざり合う事でこの店でしか味わえない特製スープへと姿を変えてみせます。
⋯⋯ここで先生には謝罪しなくてはなりません。
この先の耽美なる味わいを楽しむ為には追加の課金コンテンツ──すなわち、ライスと海苔のトッピングを頼まねばなりません。
家系ラーメンに一家言ある方の中には、ラーメンは単品で完結してこそだ、そこに外から何かを加えるのは邪道である、との厳しい意見を述べる方も居られる事でしょう。
しかし私は、敢えて言いたいのです。
美味しければ良いじゃないか。
先生もご存知の通り、ラーメンのスープと白米の相性はとても良いものです。
スープに投入して雑炊にするのもラーメンライスセットの醍醐味ではありますが、私はその前に試して頂きたい食べ方を二つ提案します。
一つ目はライスの上にチャーシューと白髪ネギを載せ、レンゲ一杯分のスープを回し掛けてミニチャーシュー丼にして楽しむ事。
麺を啜るのとはまた違った、白米を掻き込むように食べる快楽が脳内を駆け巡ります。
二つ目は海苔でチャーシューとライスを包み、肉巻きおにぎりのようにして楽しむ事。
この時の海苔は注文したてのパリパリのものでも良いですし、敢えてスープに浸してとろとろにほぐれた状態にしてもおっけーです。
そこはお好みでどうぞ。
パリパリの海苔でチャーシューとライスを包み、さながら手巻き寿司のようにスープをちょんと付けて食べるのも乙なものです。
たっぷりとスープを吸った海苔で包み、チャーシューとライスと海苔が口の中でほろほろととろけていくのを味わうのも堪りません。
そうして一通りの食べ方を楽しんだ後は心ゆくまでラーメンを味わってください。
麺、ライス、麺、ライスと交互に頬張るも良し。
麺を味わった後でライスを投入し雑炊にするも良し。
細かい事は考えずにひたすら口へ運び、スープを飲み干して小さくけぷっと息を吐き出すのも良しです。
⋯⋯こうして家系ラーメンを楽しんだ私ですが、どういう訳か心の奥底でくすぶるラーメン欲はまだ満たされていませんでした。
満腹になるまで味わったばかりだと言うのに頭に浮かんでくるのは先生が見せてくれたあのラーメンの姿。
山盛りのもやし、厚切りのチャーシュー、艶やかにその身を染めた煮卵、そしてスープを纏い黄金色に輝く極太麺。
画像を見るだけで溢れ出そうになる唾を飲み下し、何とか眠りについたのも束の間、夢の中にまであのラーメンが現れました。
残念ながら箸を手に取った瞬間、眼前のラーメンの姿は泡沫と消え、柔らかな陽光が私の瞼を擦っておりました。
もう、我慢は出来ません。
あのラーメンを求めて、私はアビドスへと向かう列車に飛び乗りました。
はしたない娘と思われる事でしょう。
ですがこの衝動を抑える事は、私には叶いませんでした。
どうかお赦し頂けるのであれば、この柴関ラーメンを堪能する私を温かく見守っていてください。
かしこ 貴方のフミより
「送信ぽちー♡」
という訳で朝っぱらから怪文書を先生のモモトークに叩き付けた。
ふるえるがよい。
今私を突き動かしているのは柴関ラーメン食べたいという食欲が七割、もしかしたら先生に会えるかなーという乙女心が二割、先生にフミちゃんパンチをお見舞いせねばならぬという義侠心が一割だ。
一晩経って、柴関ラーメンへの思いは膨れ上がっていた。
そろそろラーメンを食べないと死ぬぜ!
そんなテンションだ。
わくわくしながら電車に揺られ、目的の駅で降りるとロータリーにキヴォトス交通のタクシーが一台止まっていた。
近付くと運転手さんが手を挙げて挨拶してくれる。
「おはようございます。予約していた脇野フミです」
「お待ちしておりました。どうぞお乗りください」
「はーい♡ 柴関ってラーメン屋さんの前までお願いします♡」
早速乗り込んでいざ出発。
今回遠出するにあたり、シャーレ所属だと表す為に連邦生徒会から外套代わりの特注制服をもらってきた。
元々は普通の制服を支給する予定だった所を、有事の際に先生の身を守る防弾コートとしての役割を持たせた方が良いと熱弁して、ついでに先生のコートとお揃いのデザインにしてもらった。
おかげで支給されたのは今朝とギリギリだったけど、着心地も良いしなにより先生とお揃いというのが素晴らしい。
けれど色々こだわったせいで通常の制服よりも重く通気性も良くはない為、今日みたいな快晴の下で出歩くにはちょっと辛いものがある。
ワイルドハントの制服の上にコートとして羽織っているものだから、こっそり背中に仕込んでいたタオルが早くも汗を吸って湿り気を帯びてきたのが分かる。
タクシーを呼ぶという選択に間違いは無かった。
先生の出張の時もタクシー予約しておけば良かったかなぁと反省しつつ、意識の大半はラーメンに向いていた。
画像を見る限りはニンニクが効いてそうなガッツリ系。
結構な量に見えたけど、アビドスの生徒さん達も普通に笑顔で食べていたし案外ぺろっと完食出来ちゃうかも。
期待に薄い胸と小鼻をぴすぴす膨らませて移動する事数十分。
ついに目的地、柴関へと辿り着いた。
代金を支払ってお店の前に降り立つと、僅かに香ばしい匂いが空気に混じっているのに気付く。
ちょっとドキドキしてきた。
武者震いしそうな心を宥めながら、戸をからからと開く。
テーブル席とカウンター席がある広めの店内。
明るい木目で統一されたインテリアとしっかり磨かれた綺麗な床。
そして時間的には開店して間もないだろうにテーブル席に座る四人組の生徒⋯⋯んっ?
「⋯⋯はーちゃん?」
無意識に漏れ出た声に反応して、紫色の髪の娘が動きを止めて私へと向き直る。
可愛い顔立ちなのに俯き加減で窺うように小さく背を丸める立ち姿が、記憶に残る少女の姿を思い起こさせる。
対する彼女も、私を見て目を見開き呆けたように口を開いた。
「フミ、ちゃん⋯⋯?」
弾かれたように、私は彼女──本名伊草ハルカ、愛称はーちゃんの元へと駆け寄った。
「わ、わ、本当にはーちゃんだ! すごい久しぶりー♡ 美人さんになっちゃってて驚いたよー♡ あ、再会の握手しよっ、握手っ♡」
「え、あ、はいっ! お久しぶりです、フミちゃん⋯⋯!」
両手を差し出してにぱっと笑顔を向けると、はーちゃんはわたわたと手にしていたものを上着の内ポケットにしまって私の両手を優しく握ってくれた。
控えめで心優しく、でもどこか思い切りが凄まじく良い私の親友。
十年ぶりの再会に嬉しくなってついついはーちゃんの手を握ったままぶんぶんと振ってしまう。
はわわわ、となすがままに振られているはーちゃんだけど、しっかりと手を握り返して口の端に笑みを乗せてくれた。
可愛い。
いっぱい好き。
ふと気付いたけど、はーちゃんの背、私より高いんだね。
昔は同じくらいだったのに、ちょっと羨ましい。
「あ、ちょっとごめんね。大将さん、ここのカウンター席座りますね。柴関ラーメンにチャーシュートッピングでお願いします!」
「あいよ! お嬢ちゃん、そっちのテーブルくっつけちまっても良いぜ、友達と久しぶりに会って積もる話もあるだろ?」
「良いんですか大将さん! ではお言葉に甘えてー♡」
ささっと隣のテーブルをくっつけて横並びにセッティング。
はーちゃんと私を興味深そうに眺めている三人に、深々と頭を下げてご挨拶。
「ご挨拶が遅れました。連邦捜査部シャーレ所属、ワイルドハント一年、脇野フミです。伊草ハルカさんとは昔馴染みで十年ぶりに再会しました。お食事中のところ失礼致しました、よろしければご一緒させて頂けませんか?」
「わ、私からも、お、お願いしてよろしいでしょうか⋯⋯私なんかが、お願いだなんて烏滸がましいとは思いますが、出来れば、是非に⋯⋯」
「ええ、もちろん良いわよ! ハルカのお友達なら大歓迎よ!」
濃いピンクの髪色をした人の一声で、残りの二人も納得したように歓迎の意を示した。
この人がリーダーさんかな?
席についてラーメンを待つ間に自己紹介。
リーダーのアルさん、小悪魔な雰囲気のムツキさん、クール美人さんなカヨコさん。
そして我が大親友のはーちゃん。
四人はゲヘナの生徒で、なんと起業しており会社員でもあるらしい。
アルさんを社長とした何でもこなす《便利屋68》として日夜営業中、目指すは押しも押されぬ真のアウトロー。
「えーっ、そんなカッコイイ企業の一員なんですかはーちゃん! やだもうステキー♡」
「いっ、いえっ! そんな、私なんてみなさんの足を引っ張るばかりで⋯⋯!」
「そんな事ないわ! ハルカは頼れる優秀な社員よ! もちろんムツキもカヨコもね!」
「ア、アル様⋯⋯!」
「頼れる優秀な社員だって♡ はーちゃんやっぱりすごいじゃない♡」
「あ、あわわわ⋯⋯!」
えいえい、とほっぺたを人差し指でつつくと口をぱくぱくさせながら照れるはーちゃん。
んー、可愛さが昔よりパワーアップしてる。
私が男の子だったらイチコロだね。
太ももの上でもじもじさせてる手を掴んで恋人繋ぎにしてにぎにぎもみもみ。
「ふふー、嫉妬しちゃうくらい仲良しなんだね♪」
「一緒にひみつ基地で名前も知らないお花のお世話をした仲ですから♡」
「ふぅん。ハルカの趣味、小さい頃からのなんだ?」
「小さな頃に苦楽を共にした友人と運命の再会⋯⋯良いわね良いわねー!」
「はぅ⋯⋯美味しいご飯も食べられて、フミちゃんとも再会出来て、こんなに幸せで良いんでしょうか⋯⋯?」
「もちもちろんろん♡ はーちゃんみたいな良い子はいっぱい幸せにならないと♡ 私もはーちゃんが幸せになれるようにお手伝いしちゃうから♡」
「あ、ありがとうございます、フミちゃん」
にちゃっと粘っこそうに笑うはーちゃん。
相変わらずなその笑い方になんだか胸がぽかぽかしちゃうね。
「そう言えばフミ、シャーレ所属って言ってたけど」
「え、あ、シャーレ?」
「アルちゃん、ハルカちゃんのお友達って所しか聞いてなかったでしょー? ほら、羽織ってるコートも先生と同じやつだよ。ちょっと細部は違うけど」
「な、なな、なんですってー!?」
がびーん、と擬音が付きそうな良いリアクションをするアルさん。
やだ可愛い。
「便利屋のみなさんは先生と会ったんですか?」
「え、ええ、まぁ、その⋯⋯」
「アビドス高校に襲撃した時にね♪」
「ちょっ、ちょっとムツキ!?」
「アル、下手に誤魔化すよりも正直に伝えた方が良いよ。早かれ遅かれ分かる事だし」
「え、えっと、フミちゃん⋯⋯」
「うんうん、大丈夫。ゆっくりで良いからねはーちゃん」
まさかのイベント。
既に先生と便利屋の間には縁が結ばれていましたとさ。
慌てて顔を青くするはーちゃんを宥めながらみなさんの話を聞いていく。
ふむふむ⋯⋯なるへそ。
おやぁ⋯⋯ほうほう。
「どんな依頼でも引き受ける便利屋68。傭兵として雇われた事で、運命は敵味方に分かれる形で先生と便利屋を引き合わせてしまったんですね⋯⋯傭兵業の常とはいえ、なんてハードボイルド⋯⋯!」
「そう、そうなのよ! 直前にラーメンをオマケしてもらったのに、その恩を振り切って戦わなくてはいけなくて⋯⋯でも仕事で手を抜く訳にもいかないし、どんな依頼でも全力で遂行してこその便利屋だから!」
「これもアウトローの定め、なんですね⋯⋯。でもこうして私とみなさんが食卓を囲んでいるように、時には強大な敵、時には背中を預けるにふさわしい味方として、ただの仲良しこよしではないアウトローな付き合い方も出来るんじゃないかと、私思うんです!」
「ええ、ええ! もちろんよ! 真のアウトローとして、時には敵に回る事もある⋯⋯でもそれは裏切りなんかじゃなく、互いの立場がそうさせてしまうの!」
「ハードボイルドな生き方ってやつですね!」
「そうなのよ! アナタ分かってるじゃない!」
話を纏めつつ、別に気にしてないし便利屋のスタンスも理解してますよー、って事を伝える。
アルさんに見えないようにムツキさんはおっけーサインを出して、カヨコさんは仕方ないなぁと呆れたように微笑んでいる。
はーちゃんは穏当な感じに話が着地したのを見てほっと一息吐いている。
でもほんのちょっぴり、繋いだ手に力が篭っている。
おややぁん、嫉妬ですかにゃー?
可愛いなぁもう♡
恋人繋ぎのまま、人差し指を伸ばしてはーちゃんの手の甲をそっと撫でる。
はーちゃんの手が面白いくらいにびくっと跳ね上がりそうになるのを抑えて、ゆっくり、ゆぅーっくりと円を描くように手の甲をなぞっていく。
人差し指の付け根の骨付近をくすぐるようにくりくり。
心なしかはーちゃんの頬が上気してきた。
にしし、とイタズラな笑みを向けてみる。
おずおずとはーちゃんが人差し指を伸ばして、同じように手の甲を撫でてきた。
⋯⋯これはもう合意とみてよろしいのでは?
ちょっと興奮してきた所で、背後から声が届いた。
「お嬢ちゃん達、話が盛り上がってる所悪いがラーメンを持ってきたぞ」
「あっ、大将さんありがとうございます♡」
「柴関ラーメンチャーシュートッピング、お待ちどう!」
「おぉーっ、これが夢にまで見た柴関ラーメン⋯⋯!」
丼にこんもりと盛られたもやし、色濃く艷やかな煮卵、ぷるんぷるんな肉厚チャーシュー。
それらを支える極太麺に、パンチの効いた香ばしいスープ。
名残惜しいけどはーちゃんの手を解いて「あっ⋯⋯」⋯⋯なにもぉはーちゃんそんな可愛い声出してぇ♡
食べ終わったらいっぱい好き好きしてあげるから覚悟しなさいよもぉ♡
ともあれ今はこの一杯と向き合う時。
お腹の虫も元気にキャンプファイヤーを始めている。
なればこそ、いざ!
割り箸をぱちん、と割って構える。
「それでは少々失礼しまして⋯⋯いっただっきまーす♡」
その時だった。
空気を巻き込んで落ちる、何かの音を耳の端で捉えたのは。