もしもシャーレにヒモを養う適性の有る娘が応募してきたら   作:一ノ瀬 崇

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三十九話目

「……よし、終わりー♡」

 

 

 最後の書類に認可印を捺してカラーボックスに入れて本日の書類作業も終了。

 ぐぐっと伸びをして固まった身体をほぐす。

 すっかり冷めてしまったお茶を飲み干し、時計を見やる。

 時間は午前十一時。

 買い出しに出て行った先生がそろそろ戻ってくる時間だ。

 

 

「書類作業もあっという間に終わるようになりましたね」

 

 

 ハンコやボールペンを戻しながら微笑むのはアヤネちゃん。

 朝一番の電車でやってきてくれた。

 アビドスからは結構遠いよねぇ。

 今度当番生徒用にタクシーチケットや専用のシャトルバスの手配でも稟議出してみようかな?

 予算の問題で難しそうだけど。

 

 

「先生やフミと遊べる時間が増えるから私は大歓迎だけどね!」

 

 

 そう言ってぺかーっと笑うのはコハルちゃん。

 生来の人見知りもシャーレの当番を通してだいぶ改善されたようだ。

 時折過激なスキンシップを取ろうとすると市中引き回しの上アイス奢りの刑に処される。

 最近はそれを狙ってかさり気なく鎖骨をアピールしたり優しく淫靡に微笑んでみせるなど、なんかレベルアップしてるけども。

 

 

「午後は特にやる事無いんだっけ?」

 

 

 ジュンコちゃんは椅子の背もたれに身体を預けて天井を眺めている。

 当番になると私の手料理が味わえるからとほぼ毎週申請を出してくれている。

 そこまで期待されると照れちゃうなぁ。

 という訳で今日のお昼はジュンコちゃんのリクエストでハマグリのお吸い物と牛の炭火焼肉丼だ。

 お代わりもあるのでどんどん食べてほしい。

 

 

「そう言えば今日は全員一年生だねぇ♡」

「ですね。ゆくゆくは私たちが学校のトップになるかもしれませんし、その前段階としてこうした交流を持っておくのは良いと思います!」

「いや、アヤネやコハルはともかく私は生徒会なんて柄じゃないわよ?」

「私もティーパーティーの人たちみたいな政治力は無いし……」

「いやいや、トップってだけで生徒会では無いんじゃない? むしろゲヘナはイブキちゃんファンクラブがそのまま次の万魔殿になりそうだし♡」

「それは……いや、ありそう」

「アビドスはそもそもアヤネとセリカの二人なんでしょ? この中で一番可能性無いの私だと思うんだけど」

「コハルちゃん、私をお忘れでは無いかな?」

「アンタが一般生徒で収まる訳ないでしょうが」

「ですよねぇ……」

「異議なーし」

「待って♡」

「異議申し立ては却下よ」

「そんなー♡ 食後のフルーツパフェ増量するから♡」

「裁判長を収賄とは良い度胸ね。私の懐に懲役刑よ♪」

「うわぁー捕まったー♡」

 

 

 買収を仕掛けようと近付いたところをむぎゅりと捕らえられコハルちゃんの抱き枕にされてしまう。

 ほっぺたをすりすりされていると、机の上のスマホが鳴動を始めた。

 はてなんじゃらほい、とコハルちゃんにほっぺちゅーして離してもらいスマホを手に取る。

 届いたのはモモトークではなくショートメールだった。

 差出人の番号は先生の持つタブレット、シッテムの箱に登録されたもの。

 その事に首を傾げたけど、続く文面に目を見開く。

 

 

『アロナです。先生が誘拐されました。場所は────』

「は?」

 

 

 自分でも驚くくらい低い声が出た。

 その声に三人がびくりと震えたのが分かる。

 すぐさまワカモさんにモモトークを飛ばし自警団にも連絡を流す。

 三人に目を向け口を開く。

 

 

「せんせーが何者かに攫われたみたい。今から奪還に行くよ」

「は、はいっ! ……え、先生が誘拐!?」

「ちょ、ちょっとフミ、本当なの!?」

「……場所は?」

 

 

 返事はするけど混乱するアヤネちゃんと信じられない様子で困惑するジュンコちゃん。

 対して、コハルちゃんはロッカーの鍵を取り出しながら立ち上がった。

 流石、正義実現委員会の将来のエリート。

 その頼もしさが今はとてもありがたい。

 

 

「場所はここからほど近い廃屋! 詳細な位置はスマホに送るね」

 

 

 私もロッカーの鍵を取り出して執務室を出る。

 リボルバーとホルスターを装着してエレベーターのボタンを押すと、ちょうどこの階に止まっていたらしくすぐに扉が開いた。

 乗り込んで一階のボタンを押すのと同時、三人が駆け込んでくる。

 扉が閉まりゆっくりとエレベーターが動き出した所で、一つ大きく深呼吸をした。

 焦ってばかりではいけない。

 しっかりしないと。

 

 

「ごめんね、思わず焦っちゃった」

「補習授業部で色々やってた時でも微笑みを崩さなかったアンタの珍しい顔が見られたし、私は気にしてないわよ」

「うーん、すっかり逞しく育ってしまって♡」

「で、何があったのよ」

「みんな、せんせーの持ってるシッテムの箱、あの中にAIが住んでるのは知ってる?」

「先生に以前教えてもらった事があります」

「なんだっけ、アロエ? アロマ?」

「惜しい♡ アロナちゃんだね♡ で、そのアロナちゃんから私のスマホにショートメールが来たの。これがその文面」

 

 

 スマホをみんなに見せる。

 確認してもらって、メールに書かれた住所をマップで共有する。

 これでみんな自分のスマホでも場所を確認出来る。

 

 

「買い出しの帰りに、知らない人に麻酔薬を嗅がされたみたい。外傷は無いはずだって」

「無傷での誘拐……となると、交渉の人質でしょうか?」

「少なくとも今すぐ先生の身に危害が加えられるって事じゃないのね」

「どうするの? 敵の数が分からないなら突入するのはリスキーだけど……ああもう、こんな事ならハルナたちにも声を掛けておけば良かった!」

「声を……そっか、ジュンコちゃんナイス! 終わったらお土産に好きなお菓子作ってあげる♡」

 

 

 スマホを弄って救援要請を飛ばす。

 まだ付き合いは浅いけど、近隣で一番頼りになるのは彼女たちRABBIT小隊だ。

 要点を抑えて簡潔な報告と依頼を出す。

 後は彼女たちが応えてくれるのを信じて突撃するだけだ。

 エレベーターの扉が開いたのと同時に飛び出して行く。

 シャーレの外に出て道を曲がり、最短距離で目的地の廃屋を目指す。

 これで距離があったら足の確保もしないといけなかったからそこはまだ良かった。

 幾つかの交差点を越えて目的の場所へ。

 窓には板が打ち付けられていて、外壁の一部は剥がれ落ちている。

 正面入り口付近には浮浪者と思しきロボット市民が座り込んでいるけど、妙に不釣り合いな真新しい武器を手にしている。

 

 

「フミ、あれは?」

「全部敵だね、蹴散らそう」

「タイミングは任せるわ! 正義実現委員会幹部候補生の実力、見せてあげるんだから!」

「ドローンの準備も出来ました! いつでもいけます!」

「よし、せんせー奪還作戦開始!!」

 

 

 私とジュンコちゃんが切り込み、浮浪者の銃を弾いて無力化する。

 そこへコハルちゃんが脳天に銃弾を撃ち込み意識を刈り取る。

 アヤネちゃんのドローンが周囲を索敵し、熱源反応を探して建物をマッピングしていく。

 指示をもらいながら次々に浮浪者を薙ぎ倒して建物の奥へ奥へと進んでいく。

 使われなくなった公民館くらいの広さはあるけどよくわからないものが積み上がって通路を塞いでいたので、コハルちゃんのグレネードで吹き飛ばしてもらう。

 

 

「動きは悪いのに武装は良い……!」

「後で締め上げる?」

「それはヴァルキューレに任せましょ。先生を狙ったとなれば動いてくれるわよ」

『みなさん、次の通路を曲がったら恐らく先生の居る区画に出ます!』

「了解! 行くよジュンコちゃん、コハルちゃん!」

 

 

 跳弾を送ってから通路を曲がり、そこで銃を弾かれた浮浪者にドロップキック。

 無様に転がる姿を無視して奥へ目を向けた瞬間、通路の一部が吹き飛んだ。

 

 

「なに!? 増援!?」

「いや、味方だよ♡」

「さっきフミがなんか送ってたやつ?」

『ええと……確認取れました! SRTのRABBIT小隊のみなさんです!』

「SRTだ! 部外者はどけ!」

「サキ、私たちは今SRTの任務中ではないので、名乗らない方が……」

「そ、それよりここに、本当に先生が……?」

『逆探知の結果から推測するに、すぐその辺にいるはず! 急いで!』

 “いやー、優秀だ……”

 

 

 先生の声が聞こえた。

 それだけで私の心が弾む。

 良かった、無事で。

 

 

「和牛ステーキは本当だろうな!?」

「待って♡」

 

 

 あの様子から先生からもRABBIT小隊のみんなに通信を入れたんだろう。

 でも和牛ステーキってなに♡

 どんな事言ったの♡

 

 

「はははっ! まんまと私たちの計画に騙されましたね!」

 

 

 突如響き渡る声。

 見れば頭に赤いハチマキを巻いた浮浪者ロボットが先生の側に立っている。

 あっ、ふーん……そっかそっか。

 あなたが先生を誘拐した犯罪者なんだ。

 

 

「ちょ、ちょっと、フミ?」

「フミが見た事無い顔してる……」

 

 

 私を見て後退るジュンコちゃんとコハルちゃん。

 やだなぁ、私はいつもの笑顔だよ。

 ほら、にぱー♡

 

 

『ええと、フミさん? 原型は残しておいてくださいね?』

「えー、やだなぁアヤネちゃん♤ まるで私が跡形も残さないみたいじゃん♤」

『なんだかいつもと違いますっ!?』

「欲望の果て、それはあたかも存在しない虚像のようなもの……欲に負け、その虚像に魅せられた者たちは、いつしか破滅へと足を踏み入れる他ありません」

「あ゙?」

「「ヒッ」」

「どうかこれをきっかけとして、《無所有》の素晴らしさに気づかれてはいかがでしょうか。さあ、同志たちよ。彼女たちにそれを教えてあげましょう!」

「遺言はそれで良いのかゴミクズ」

「えっ」

 “あっ、フミ……フミ? フミさん?”

 

 

 

 

 

 その後、浮浪者集団は壊滅した。

 他の仲間を蹴り出し押し退け、這々の体で逃げ出す浮浪者たち。

《所確幸》を名乗るそいつらは、どうやらエンジェル24の廃棄弁当をこっそりと盗み出して生活していた浮浪者の集まりだったらしい。

 しかし先日先生がRABBIT小隊を紹介した事で状況が一変。

 あてにしていた廃棄弁当を持っていかれた事で不満が溜まっていた所で先生がRABBIT小隊のみんなと話している所を見掛け、先生の身柄と引き換えに廃棄弁当を渡すよう要求する事にしたらしい。

 なおここまで全て伝聞である。

 尋問はRABBIT小隊のみんなに任せる事となり、全ギレした私は当番の三人と先生に構い倒されたっぷりもちもちされて普段通りになるまで拘束された。

 先生の救出と下手人の仕置に完了した、とモモトークを飛ばしたワカモさんと自警団のみんなにもシャーレに戻ってからもちもちされた。

 もうほっぺた取れちゃう!

 

 

「ま、あそこまで我を無くしたフミは初めて見たけどね」

「なんだって良いわ、早くお肉焼いて!!」

「あ、あはは……お疲れ様です」

「ひぃん♡」

 

 

 無事事件も解決したので当番三人RABBIT小隊四人に私と先生を加えた総勢九人で焼肉大会をしている。

 焼き担当にされてしまったので次から次へと焼いていくけどみんなの食べるスピードが早くてなかなか追い付かないのだ。

 先生も手伝おうとしてくれたけど、今日は助け出されたお姫様役としてアヤネちゃんとコハルちゃんにお世話されている。

 ジュンコちゃん?

 今焼き上がったカルビをもぐもぐしてるよ。

 

 

「いやー、言ってみるもんだね! 本当に和牛ステーキが食べられるなんてさ♪」

「ステーキというか焼肉だけどな。おっ、わさび醤油で食べるのもなかなかいけるな!」

「オニオンソース、美味しい……♪」

「良いものですね、焼肉というのは。心が豊かになります」

 

 

 RABBIT小隊のみんなにも好評だ。

 普段大人しいミユちゃんも結構な勢いでお肉とご飯を反復横跳び。

 ミヤコちゃんに至っては焼肉で何かしらの悟りを開きそうになっている。

 サキちゃんモエちゃんは言わずもがな。

 

 

「あ、そうだ。みんな食べ終わったらお風呂入って制服洗濯して行ってね♡」

「お気持ちはありがたいですが、そこまで頼る訳にも……」

「炭火の臭いめっちゃ移るよ? とくにミユちゃん、隠密スナイパーが炭火の臭いぷんぷんさせてたら位置モロバレじゃない?」

「あ、あぅ……それは確かに」

「……そうですね、作戦行動に支障が出てしまうのは望ましくありません」

「こないだ災害備蓄用の缶詰とかパウチ食品大量に仕入れたから、古いの処分がてら持っていって欲しいんだけど頼めるかな♡」

「む、そこまで至れり尽くせりなのは……」

「捨てるよりはちゃんと食べられた方が材料の供養にもなるから♡」

「じゃあ帰りの車両の手配しとくねー」

「あと使ってない撥水シートや寝袋も有ったから埃被らせておくのも勿体ないし持ってって♡」

 “フミが着々とRABBIT小隊を強化している”

「にゃんのことかにゃー? わからないですぷー♡」

「良いから次焼いてよ! ロースが良いわ!」

「食べるのが早い♡」

 

 

 お櫃と鍋を給湯室から持ってきて、ご飯とハマグリのお吸い物のおかわりはセルフ式にしているのにこの忙しさ。

 目が回りそうとはこの事か、と黄昏る暇すら無い。

 そうして提供し続ける事一時間。

 みんな満足そうにお腹をさすっている。

 制服も髪の毛も、すっかり全身炭火臭くなってしまった。

 これは部屋のお風呂で先生と洗っこせねばなるまい。

 そう決意したらコハルちゃんに耳たぶを引っ張られた。

 

 

「サイバンチョー! まだ思想だけです!」

「アンタは私の背中でも流してなさい」

「ひぃん♡」

 

 

 うぅ、裁判長が厳しいよー。

 ともあれみんなで仲良くお風呂に入り、洗濯を終えてパリっとした制服に袖を通してリフレッシュ完了。

 デザートのフルーツパフェをみんなで食べ、ジュンコちゃんリクエストのマドレーヌをお土産に作って無事解散。

 嵐のような午前を終えてようやく一息吐いた頃には三時のおやつタイムに差し掛かっていた。

 

 

「ちかれた……♡」

 “お疲れ様、フミ。今日はありがとね”

「うぅ、せんせーいたわってー♡」

 “よしよし、ほらおいで”

「わーい♡」

 

 

 両手を広げて迎える先生にぽふっと抱き着く。

 先生用の大きな椅子に二人で沈むようにもたれかかり、しばらくはくっついて離れない。

 背中を撫でる温かい手のひらに幸せを感じつつふにゃふにゃしていると、ふと先生が頬に触れた。

 

 

 “でも、あんなに怒ったフミは久し振りに見たね。補習授業部でテストの答案爆発させられた時以来かな”

「レアフミちゃんですよー♡ 大事なものに手を出されたらああもなります♡」

 “ははは……フミの大事なものになれて良かった”

「今後も助けが必要になったら、いつでも呼んでくださいね? そうだ、連絡をくれたアロナちゃんにもお礼しないと」

 “……イチゴのケーキが食べたいって。晩ごはんの後にデザートで出してもらおうかな?”

「おっけー♡」

 “そう言えばフミ、あの時見た事無い撃ち方してたね? 早撃ちだと思うんだけど、一回しか銃声聞こえなかったのにあの人の四肢に銃弾めり込んでたけど”

「あー……まぁ、私のとっておきですね。抜き撃ちの瞬間に両手で二発、ほぼ同時に撃っただけですけど。一発目でそれぞれ両足、跳ね上がった銃口で二発目を両手に。やろうと思えば50口径のバカみたいなリボルバーで四発同時に同じ場所へ叩き込む事も出来ますよ」

 “……うん、原型残ってて良かったよ”

「アヤネちゃんにも同じような事言われたんですけど……そんな言うほどでした?」

 “言うほどだったね。まぁ、その、カッコよかったけど”

 

 

 言い淀む先生に嫌われちゃったんじゃないかと不安になって顔を上げる。

 すると、そこにはちょっと照れたような顔の先生が。

 え、思い出して本当にカッコよかったと思って照れちゃったの?

 ……ふーん♡

 両手を背中に回したままもぞもぞと先生に密着する。

 肺いっぱいに大好きな先生の匂いを吸い込むと、頭が幸せでくらくらした。

 

 

 “フミ?”

「にしし……甘えん坊フミちゃんだぞー♡」

 “いつものフミでは”

「それもそう♡ せんせー好き好き♡」

 “知ってる。私も好きだよ”

「うにゃー♡ にゃーんにゃーん♡♡」

 “ねこちゃんになっちゃった!”

「好きがいっぱいになったのでフミにゃんは発情期になっちゃいました♡」

 “大変だ、去勢しないと”

「ふぎゃー!?」

 “ふふ、冗談だよ”

「ひどい事言う口はこれかー♡ てぃてぃ♡」

 “うわー、ねこフミぱんちが飛んでくる!”

 

 

 しばらく二人っきりでたっぷり戯れた。

 いつの間にか様子を見に来ていたワカモさんに呆れた顔を向けられたのはぜひ忘れたい。

 でもワカモさんも先生とお狐ごっこしてたから同類だと思うんですけど。

 なんですか手で作ったきつねでちゅっちゅするって。

 これはドスケベフォックスと言わざるを得ない。

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