もしもシャーレにヒモを養う適性の有る娘が応募してきたら   作:一ノ瀬 崇

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四十六話目

 ミカさんの襲撃をなんとか退けた後。

 サオリちゃんの先導で旧校舎まで辿り着いた。

 随分と古々しい出で立ちで、校舎と言うよりも遺跡と評したほうが納得を得られそうな場所だった。

 高い柱は所々にヒビが走ってはいるものの崩れるとは思えないほどにしっかりと天蓋を支えていて、幾つかの窓からは薄い光が差し込んできて埃にまみれた白い床を照らしている。

 光源は一体何だろう。

 そんな疑問に答える声も無く、旧校舎はひっそりと佇んでいた。

 不思議な事に伏兵も置いていない。

 地下回廊の中に伏せているのか、はたまたバシリカに集中させているのか。

 

 

「み、見つけました! こっちです!」

「そうか」

「でかした♡」

「……待って」

 

 

 ウキウキ気分で乗り込もうとした私をミサキちゃんが止める。

 はて、何か有ったかな?

 

 

「リーダーの言葉通り、ここがバシリカまで一直線に繋がっている通路なら……この地形は危ない」

「待ち伏せの可能性なら私も考えている。だが、むしろ一直線なら……」

「いや、聖園ミカの話」

「ミカさん?」

「私が彼女ならどうするのか……考えたの。彼女にとって一番の障害は多分、先生の存在。怪我をさせたくもないし、先生の指揮も厄介だろうから。ならきっと……」

 

 

 直後、地鳴りのような音が響く。

 同時に私の勘がけたたましく口を開いた。

 うそでしょ、最速でここまで駆け抜けてきたはずなのに潜伏して狙ってたの?

 

 

「柱が崩れる! みんな下がって!!」

 “わわっ!?”

 

 

 先生を抱きかかえて跳ぶようにその場から離れる。

 数拍遅れて、入り口側の柱がゆっくりと傾き始めた。

 倒れるまでは一瞬。

 轟音と埃を盛大に上げながら柱が横たわる。

 響く音に耳が痛みを訴えるのを感じながら先生を降ろす。

 どこにも怪我は無いみたいで一安心。

 

 

「くっ……先生、大丈夫?」

 “大丈夫、フミが守ってくれたから! ミサキ、ヒヨリ、サオリは大丈夫!?”

「わ、私も大丈夫です……! でもよかったです……急に柱が壊れるなんて……いったい……あ、ああっ!? り、リーダーは?」

「リーダー、どこ?」

「サオリちゃん! ……しまった、分断されちゃったか」

「……ここだ、反対側にいる」

 

 

 声の様子から怪我は無さそうだ。

 それは良かったけど……一難去ってまた一難、だね。

 いやほんとこの執念はラスボス級だよ。

 舞い上がっていた埃が落ち着きようやく視界が晴れた私たちの前に横たわる太い柱。

 天井は崩れていないけど、瓦礫が邪魔をしていて回り込む事が出来ない。

 よじ登るにしても破壊するにしても時間の消費は避けられない。

 そこへ追い打ちをかけるように続けて幾つかの柱が倒れてくる。

 今度は勘が囁かなかったので、これらは私たちとサオリちゃんを確実に分断する為のものだろう。

 

 

「あ、ああっ! まだ終わってないんですか!? もっと崩れてくるっ!?」

「ヒヨリちゃん、もうちょい下がって!」

「ひぃぃ!?」

 

 

 再び響く轟音。

 舞い上がる埃の量も凄まじく、咄嗟に口元を袖で覆う。

 ミサキちゃんはマスクを上げるも少し遅れたのか咳込んでいた。

 追加で倒れてきた分も合わせて、いよいよ向こう側に回る事が困難になった。

 天井も数カ所が崩落していてどこまで崩れるのかが分からない。

 

 

「ダメだ……完全に塞がれてる」

「そんなぁ!? リーダーは大丈夫なんですか!?」

「リーダー、聞こえる? そっちに戻る道が塞がってないなら、合流地点を探すよ」

「……いや、それは厳しそうだ」

「サオリちゃん! ドローンも使って、全力で抗って!」

 

 

 私の焦る声に答えるように、陽気な声が届く。

 

 

「良かった! 先生が巻き込まれるかもと思って、威力を下げたんだけどさ。それでも不安だったから」

「この声は……」

「ミカさんだね。待ち伏せされちゃったかぁ……」

「え、ええっ!?」

 “ミカ、やめて!!”

 

 

 先生の声が虚しく響く。

 今のミカさんに、きっと外からの声は届かないだろう。

 どうにかしてサオリちゃんを助け出さないと。

 先生に顔を向ければ力強く頷いてくれた。

 ミサキちゃんとヒヨリちゃんも異論は無いと視線を返してくれる。

 ここから一番早く向こう側へ渡れるルートを探してもらおうと口を開いた瞬間、サオリちゃんの声が届いた。

 

 

「来るな!! 先生!! 時間がない……そのままアツコの所へ行ってくれ! ……姫を、頼む」

「り、リーダー……!」

「……リーダーの言う通りだよ。あるのかも分からない道を探す時間はない。それに、もし道を見つけたとしても──手遅れだよ」

 

 

 ミサキちゃんが視線を落とす。

 でもその声には諦めなんか一欠片も無くて、代わりに自分へ言い聞かせるような哀しみが含まれていた。

 小さな手が、震えている。

 

 

「いくらリーダーでも、今の状態でミカの相手は一人じゃできない。私たちが到着するまで立っていられるかも分からない」

「で、でも……」

「だから……このまま姫を助けに行くのが正しいよ。私たちが何のためにここにいるのか、思い出して。……最終判断は先生に任せる。それに、ミカは自分がやっている事を自覚してるみたいだけど……そんなあの女を先生は説得できるの?」

 “…………私は”

 

 

 最初から決まっている。

 一度も揺らぐ事の無い瞳で先生は私たちを順番に見る。

 僅かな時間、視線が交差して。

 私たちは目的を果たす為に走り出した。

 

 

 

 

「ええい、鬱陶しい……!」

 

 

 最後に残った複製をミサキちゃんが吹き飛ばして、ようやく周囲から敵の姿が消えた。

 運動量は大した事無いはずなのに、焦りがあるからか私を含めてみんな息が切れかかっていた。

 すっかり煤けたコートの裾で汗を乱暴に拭う。

 あー早く帰ってお風呂に浸かりたい。

 今回の働き分、絶対に先生から徴収してやる♡

 

 

 “みんなありがとう! 後は回廊を抜ければ二人の所へ出るよ!”

「いよっし♡ もうひと踏ん張り♡」

「はぁ、はぁ……だ、大丈夫でしょうか……?」

「……待って。銃声が、聞こえない……?」

 

 

 先頭を走るミサキちゃんの呟きが耳を通り抜ける。

 イヤな考えが浮かぶ前に足を前に出して進み続ける。

 確かに戦闘が行われているにしては静かすぎる。

 いったいどうなっているのか。

 その答えを求めて長い廊下を抜けると、遠目に二人が佇んでいるのが見えた。

 薄ぼんやりと二人の頭の上にヘイローがあるのが分かる。

 良かった、まだ最悪な事にはなってないみたい。

 どうやら何か言葉を交わしているらしい。

 呼びかけようとする私の前に、一歩踏み出して先生が微笑む。

 

 

 “大丈夫。ゆっくり行こう”

 

 

 場にそぐわない優しい笑み。

 焦りも不安も吹き飛ばして、先生はゆっくりと二人へと歩み寄る。

 その背中を、三人で追う。

 近付くにつれて二人の会話もハッキリと聴こえてきた。

 

 

「ねえ、どうして《ヘイローを壊す爆弾》を使わなかったの?」

「……知っていたのか」

「あなたが持っているって聞いたよ……使うチャンスは十分あったじゃない? どうして使わなかったの? それを使ってくれていたら……私は……」

「それは……そもそも私は持っていない。先生に、没収されたから……」

「……え? 没収? 先生に? え、どうして……?」

 

 

 呆気に取られるミカさんの表情が見える。

 その声にサオリちゃんは困ったように目を伏せる。

 そりゃ答えられないよね。

 サオリちゃんもよく分かってなさそうだったし。

 

 

 “危険なものは先生が没収するよ”

 

 

 届いた声に、二人がびくっと肩を震わせた。

 あらー、反応お揃いだなんて仲良くなっちゃって♡

 

 

「……!?」

「せ、先生……!?」

「せ、先生……ど、どうしてここに……!?」

「先生……姫を助けに行ったんじゃ……?」

 

 

 ぽかんと口を開けたままの二人。

 本当に先生なのかと目をぱちぱちしていてちょっと可愛い。

 まぁ返事もなく駆け出したのを聞いてたら普通にアツコちゃんの所へ行ったと思うかもね。

 でも、サオリちゃんの家族であるミサキちゃんとヒヨリちゃんが。

 なにより、先生がそんな事を選ぶはずがない。

 少し得意げにふふんと笑って先生は告げる。

 

 

 “もちろん行くよ。サオリと一緒に”

 

 

 その言葉に、サオリちゃんの呼吸が詰まった。

 何か言いかけては、何も言葉にならずに口を閉じるのを数度繰り返す。

 そんなサオリちゃんを見て、ミサキちゃんとヒヨリちゃんが前に出た。

 二人ともちょっと不服そうな顔をしている。

 表面上は全然そんなのを感じさせないお澄まし顔だけどね、濃密な時間を過ごしたからなんとなく分かっちゃう。

 

 

「ごめんリーダー、説得したけど止められなかった」

 

 

 そう言うミサキちゃんはこれっぽっちも『ごめん』なんて思ってない顔をしている。

 隣のヒヨリちゃんはちょっぴりムッてするように口をへの字にしていたけど……サオリちゃんの姿を見ているうちに、いつものにへらぁ、とした笑みを浮かべていた。

 

 

「リーダー……無事で良かったです……いえ、無事じゃないですね? と、とにかく、良かったです……」

 

 

 サオリちゃんは流石に無傷とは行かず、体中に擦り傷が出来ていた。

 その周囲には三台の壊れたドローンが転がっている。

 ちゃんと設計通り、自らを(なげう)ってサオリちゃんをしっかり守ったらしい。

 よく出来ました、と心の中で称賛を贈る。

 無もなきドローンだけどその生涯はどんな勇者にも劣らない立派なものだったよ。

 

 

「ミサキ……ヒヨリ……」

「私も居るよ♡」

「フミ……」

 

 

 小さく手を振ると、かすかにサオリちゃんの口元が動く。

 ……ちょっと待ってサオリちゃん笑うとすっごい可愛いじゃん♡

 惚れそう♡

 

 

 “サオリと戦ったんだね、ミカ”

「せ、先生……えっと……」

 

 

 先生に声をかけられたミカさんは慌てた様子で視線を彷徨わせている。

 そんな姿を見て、先生は頭を下げた。

 

 

 “ごめんね、ミカ”

「せ、先生……!?」

 “私がきちんと説明をしなければならなかったのに、出来ていなくて。ミカと向かい合って、きちんと話をしなければならなかったのに……”

「ど、どうして先生が謝るの……? 先生は悪くないよ……悪いのは私でしょう!? それなのに、どうして……」

 

 

 わたわたと先生に頭を上げさせるミカさん。

 もう戦意とか隔意とかは薄れたようだ。

 まだ自罰的な雰囲気はあるけど、先生と会話が出来る程度には落ち着いている。

 

 

 “生徒の命が懸かっていたから、サオリの手伝いをしているんだ。だから────アツコを助けたら、一緒にトリニティに戻ろう”

「!! ど、どうして……そんな事したって、何も変わらないのに……。私は……退学が決まってて……セイアちゃんも、私のせいで……」

 “私が手伝うよ”

 

 

 先生の言葉に、再度ミカさんは肩を震わせた。

 俯きがちなその顔を、先生は顔を近付けて覗き込む。

 

 

 “ミカが直面していること、状況、望んでいた事……。私はミカがどんな子なのか、知っているから”

「あはは……先生は何を言ってるの? 私がどんな子か知ってる……? ──私の何を、知ってるの? 私は……《魔女》だよ。何か勘違いしてない? 先生、ちゃんと私を見てる? この姿を──私が犯した罪を」

 “そうだね──ミカは悪い子だ”

 

 

 予想しなかった言葉に、ミカさんだけじゃなく私たちも目を見開いて先生へ視線を向ける。

 でも先生は静かに、諭すようにゆっくりと言葉を紡いでいく。

 

 

 “人を騙し、己を偽り。人を傷つけ、己を痛めつけ。そんな事をしておきながら、結果を受け入れる事が出来ずに泣いてしまう──そんな子だ”

 

 

 先生の口から出たとは思えない、鋭い言葉。

 咄嗟に声を上げようとしたミサキちゃんに右手を翳して押し留める。

 大丈夫、先生は──先生だから、ね♡

 

 

 “でも、和解の手を差し伸べようとする優しさも持ち合わせているし、嫌われる事を恐れて自傷してしまう、不安定な子供でもある”

 

 

 驚きを顔に浮かべるミカさん。

 今一度、その両目をしっかりと見据えて先生は告げる。

 

 

 “ミカは魔女じゃないよ。ミカは、人の言う事を聞かないだけの不良生徒だ。私の、大切な生徒だよ。だから──ちゃんと、話を聞かせてほしいな”

「…………なんで。そのまま、振り向かないで行ってくれたら良かったのに……どうして私を苦しめるの……? こんな……最後まで……まだ私にチャンスがあると信じさせるの……?」

 “大丈夫、ちゃんとあるよ。チャンスは、なければ作り出せばいいからね”

「……そ、そんなの無茶苦茶だよ」

 “もしそれがダメでも、次のチャンスを作ればいい。失敗したとしても、何度でも。道が続いている限り、チャンスは何回だって生み出せる”

 

 

 すっと顔を離した先生が、優しい瞳をサオリちゃんに向ける。

 突然顔を向けられたサオリちゃんはちょっと肩を跳ねさせていた。

 油断してちゃダメだゾ♡

 先生はミカさんだけじゃなく、サオリちゃん、ミサキちゃんヒヨリちゃんにも言ってるんだから。

 

 

 “ミカ、サオリ……。一度や二度の失敗で道が閉ざされるなんて事はないんだよ。──この先に続く未来には、無限の可能性があるんだから”

 

 

 その言葉がゆっくりと胸に染み込んでいく。

 子供の未来を信じる大人からのエール。

 

 

 “チャンスがないと言うのなら、私が何度だって作るよ。──生徒が未来を諦めるなんてあってはいけない。そういう事は、大人に任せて”

 

 

 静かだけど力強い言葉。

 その声が周囲のもの全てに響き渡っていった所で、耳障りな金切り声が雰囲気をぶち壊した。

 

 

『戯言もそこまでになさい!!』

 

 

 どこからか投影されたホログラムが浮かび上がる。

 不機嫌そうに扇子を構えた赤い肌の大人。

 ベアトリーチェだ。

 

 

『よくも私のバシリカでそんな戯言を言えますね』

 “ベアトリーチェ……!”

「んん〜? 誰かと思えば顔真っ赤更年期オバサンじゃ〜ん♡ どちたの♡ もう自分には無い若さに溢れた子供たちの姿を見て我慢出来なくなっちゃったカナ〜?」

「うわ……」

「ふ、フミさん……っ!?」

「まぁ未来と可能性に溢れた私たちと違って老い先短そうだし嫉妬しちゃうのも分かるよウンウン♡ だってあなたってば、もう大人だから誰も助けてくれないもんね? あ、違った♡ 大人だからじゃなく性格悪いから誰もまともに取り合ってくれないんだよね? かわいそーぷーくすくす♡」

「えぇ……あの子めっちゃ煽るじゃん……」

「ふ、フミ……?」

『黙りなさい小娘が。私は今先生に話し掛けているのです。下らない茶々を入れて私の動揺を誘おうなど、いかにも思慮の足りない子供が考えそうな事です』

「……ちぇー、引っかからなかったか」

 

 

 ここで怒ってくれれば対処しやすかったんだけど。

 どうも私たち子供の言葉は取るに足らない雑音としか認識していないらしい。

 となれば彼女の激情を引き出すには先生の言葉が必要になる。

 目配せして一歩下がる。

 私の出番では無いみたいだからね。

 下がった私を驚愕のままに見開いた目でミサキちゃんとヒヨリちゃんが出迎える。

 待って♡

 相手の集中を乱す為の策略の一環だから♡

 引かないで♡

 

 

『部下の躾も出来ないとは、先生も底が知れますね』

 “……フミは部下ではないよ。そんな風にしか生徒を、子供を見られないあなたには何も理解出来ないさ”

『フン……興が冷めました。見世物はここまでといたしましょう。──あなた達の位置を、私が知らないとでも? いいえ、私はただ見守っていただけ。こんなつまらない余興はもう終わりにしましょう。さあ、今から私の全力を尽くしてあなた達を相手して差し上げます』

 

 

 ホログラムに映し出された虚像が、ニヤリと嘲笑う。

 

 

『──儀式を、始めましょうか』

 

 

 映し出されるものがベアトリーチェの姿から、ステンドグラスを背景にした歪な柱に変わる。

 茨に似た枯れ木のような蔦が這うその柱の先端、マスクを被せられたレオタード姿の少女が張り付けられている。

 その姿にサオリちゃんが真っ先に反応した。

 

 

「あ、アツコ……!!」

「そ、そんな……まだ時間は……」

「た、太陽はまだ昇ってないのに……」

『何を勘違いしているのですか?』

 

 

 再び映像がベアトリーチェの姿に切り替わる。

 イヤらしいニタニタ笑いを浮かべている。

 

 

『私が日が昇るまで待つとでも? いいえ、遊びは終わりです。ロイヤルブラッドのヘイローは、もう間もなく破壊されるでしょう。そして──その神秘の欠片を通じ、私は高位の存在となるのです』

「や、やめろ!! ……姫!! アツコ!!」

 

 

 必死にサオリちゃんが呼び掛けるも、アツコちゃんには届かない。

 その姿に溜飲を下げたのか、ベアトリーチェは上機嫌で締め括った。

 

 

『それでは幕引きといたしましょう』

 

 

 合図と共に周囲へユスティナ聖徒会が展開した。

 これまでと違うのは、一人、圧倒的な威圧感を放つ子が居る事。

 全身を覆う真っ黒なボディスーツ、外ハネが目立つ腰元より長い白髪、両手に提げた携行型ミニガン。

 

 

『さあ、ユスティナの聖女バルバラ。戯言ばかりの先生の口を封じなさい!!』

「っ、ミカさん! 使ってください!」

「え、わっ!?」

 

 

 シールドを展開させたまま投擲してミカさんの前に出し咄嗟の遮蔽とする。

 もう一枚シールドを取り出してサオリちゃんの前へ。

 先生はヒヨリちゃんの後ろに下がってくれたから、攻撃を全部受け持てばなんとかなる。

 私の声に意識を切り替えたサオリちゃんがシールドの横からバースト射撃を複製に当てていく。

 

 

 “フミ、左側二人からの注意をみんなから逸らして!”

「ほいさ♡」

 

 

 上手くヘイトを集中させられるようにリボルバーを回して周囲の柱に跳弾させる。

 軌道を変えた弾丸が左側二人の複製のガスマスクに当たり、右目側のゴーグル部分を破損させた。

 いくらなんでも超感覚で狙いを付けている訳じゃない、私たちと同じように、視覚から得られる情報が判断材料の大半を占めているはずだ。

 クモの巣状にヒビが走った側の視界は潰れた。

 なら無事な方の視界の中央に近い私を見るのは当然。

 その奥で武器を構えるヒヨリちゃんへの注意は散逸する。

 

 

「いきますっ!」

 

 

 アンチマテリアルライフルの弾が空気を切り裂き、先頭にいた複製の脳天を撃ち抜く。

 流石の一撃に堪らず姿を空気に溶かす複製。

 その後ろから別の複製がマシンガンを構えてこちらを狙うけど、それよりも早くミサイルが着弾する。

 爆炎が上がり周囲へ熱波を撒き散らす。

 ミサキちゃんとヒヨリちゃん、流石のコンビネーションだね。

 負けてられない♡

 

 

「サオリちゃん、右側は無力化しておくから先に左側をお願い♡」

「任せろ!」

 

 

 シールドの陰から飛び出してサオリちゃんがライフル弾を放つ。

 いっそ美しいと評せるくらいにビシバシ同じ箇所へと叩き込まれる弾丸。

 おっと、見惚れてないでお仕事お仕事♡

 シールドを置いて両手でリボルバーを構え、曲芸撃ちのように前後左右あらゆる方向へ弾を連射していく。

 幸い、起点には事欠かない。

 倒れた柱、積み上がる瓦礫、崩落した天井。

 それらが弾の軌道を変えて通常ならありえない角度から複製達へと殺到する。

 銃口、排莢口、ゴーグル接合部、弾倉挿入口、トリガーの根元。

 衝撃や異物の混入に弱い部分へと突き刺さる。

 そうして動きを止めたが最後、サオリちゃんの正確無比な射撃が襲い掛かってくる。

 リロードを二回終える頃には周囲の複製の姿は消え去っていた。

 

 

「ようやくお出ましか……」

「やっぱ一人だけオーラが違うよね?」

 

 

 ゆらり、と身体を揺らして前に出るバルバラ。

 両手に提げたミニガンがスピンアップを始める。

 瞬間、囁いてきた勘に従い左手のリボルバーをシールドに持ち替えてサオリちゃんを庇う。

 

 

「射線上から退避!!」

 

 

 私の声に慌てて身を隠す後衛組。

 直後、青白い光を纏った弾丸が視界を埋め尽くした。

 腰を入れてシールドを支える私へ届いたのは冗談みたいな衝撃の嵐。

 

 

「なんでミニガンの一発一発がヘビーマシンガンみたいな威力してるの♡」

 

 

 ミカさんの射撃には僅かに及ばずとも、その数倍の密度で放たれる弾幕はこれ以上ない脅威だ。

 逸れた数発の弾が倒れた柱の表面を削り取っていくのが視界の端に写る。

 とんでもない破壊力だ。

 たっぷり七秒かけて全弾撃ち尽くしたらしく、バルバラはリロード動作を始めた。

 その隙を逃すサオリちゃんではない。

 すかさずバースト射撃を叩き込むけど、バルバラは持ち前のフィジカルで強引にリロードを終えて再びミニガンを掲げる。

 

 

「隠れて!」

「チッ、思った以上に固い……!」

 

 

 右手のリボルバーもしまってシールドに持ち替える。

 即席フォートレススタイルだ。

 アンカーも出して押し退けられないようにしっかりと防護面を斜めに重ねて斉射を受け流していく。

 正直腕がめっちゃ痛い。

 変な筋肉痛になりそう。

 

 

「打ち切りまであと三……二……一……!」

「ミサキ、ヒヨリ、援護を!」

「了解!」

「いきます!」

 

 

 息の合った三人の射撃がバルバラへ殺到する。

 もうもうと舞い上がる埃と黒煙の向こうで、また回り出すバレルの駆動音。

 

 

「防御姿勢!」

 

 

 粉塵を切り裂いて青白い弾幕が飛び込んでくる。

 なんとか防いでいるけどだいぶキツイ。

 どうにかして相手をノックアウトさせないと。

 でも私は動けない。

 突破口を開く為の一手が欲しい。

 だから、ねだる。

 

 

「せんせー!」

 “……よし! サオリ、最初の射撃したポイントから4時半の方向、ミニガンに掠るくらいの位置に射撃を!”

「先生……? 了解した!」

 

 

 指揮能力で右に出る者の居ない先生と、演算能力ではキヴォトス最高のスーパーAIアロナちゃんの二人。

 その二人の導き出す戦術ならこの局面を突破出来る。

 射撃が収まった瞬間、サオリちゃんがシールドから銃口を覗かせてバースト射撃。

 

 

「!」

 

 

 リロードの動作に入ったバルバラの手を弾き左手のミニガンがガシャンと床に落ちる。

 

 

 “次いで反対側へ!”

「ここだな!?」

 

 

 鏡合わせのようにぴったり同じ幅で反対側へと飛来する銃弾。

 寸分違わずバルバラの手を穿った一撃で、右手のミニガンも取り落とす。

 狙うなら今。

 

 

 “一斉射撃!”

 

 

 先生の号令に合わせて私もリボルバーを叩き込んでいく。

 狙うはみぞおち。

 両手六連、計十二発を全て同じ箇所へと撃ちつけた。

 呼吸が必要なのかは分からないけど、人体であるならこの攻撃で生理反応は起こせる。

 痛覚に依らずとも、身体をくの字に折り畳む動作を。

 狙い通りに下がった上体、その一番脆い頭頂部へヒヨリちゃんの一撃が決まる。

 

 

「やったか……!」

「サオリちゃんそれフラグぅ!?」

 

 

 案の定、痛打は与えられたようだけどバルバラは軽く頭を振ってミニガンを担ぎ直した。

 落とした時に給弾機構が壊れたのか、振ったり叩いたりチョップをぺしぺししている。

 直し方がオバチャン……!

 とは言えあれだけの火力を集中させてもまだ倒れないのは脅威であり驚異だ。

 と、そこへ一筋の風が飛び込む。

 それまでとは違い大きく仰け反ったバルバラを見て思わず振り返った。

 

 

 “ミカ……!”

「ミカさん?」

 

 

 SMGを構えたミカさんはどこか薄く微笑むようにして私たちを見やる。

 

 

「……アレは私が引き付けるよ。サオリ……あなたがあの子を助けたい理由が、少しだけ分かるよ。私もそうだったから……だから……私が引き付けている間に──アツコを助けに行って」

 

 

 どこか覚悟を決めた顔を向けるミカさん。

 この場での助勢は何よりもありがたい。

 みんなは困惑してるけど、私は意識を切り替える。

 全部終わったら大浴場で裸の付き合いでもしつつ腹を割って話す。

 ついでに友達になれたら最高。

 展開していた両手のシールドを格納して両手首に冷却シート付きの包帯を巻いていく。

 めっちゃ酷使したから腱鞘炎になりそう。

 いや、これ腱鞘炎で合ってるのか知らないけど♡

 私が処置をしている間に話も纏ったようだ。

 

 

 “ミカ、気をつけて……!”

「……心配しないで、先生。知ってるでしょ? ──私って結構強いんだよ?」

「ミカさん、シールド一個置いていくんで使ってください♡」

「あは、ありがとね。使わせてもらうよ」

「あと帰ったら挑発の為とは言え吐いた暴言の謝罪もさせてください♡ 一緒にナギサさんのロールケーキ食べましょう♡」

「ロールケーキは飽きたから別のが良いなぁ……」

「じゃあ好きなお菓子作ります♡ だから、しっかり無事に戦い抜いてください、先生と迎えに行きますから!」

「……早く行きなよ」

 

 

 発砲音が響く。

 始まった戦闘を置き去りにしてみんなで来た道を戻っていく。

 廊下を曲がっていく最中ミサキちゃんがぽつりと零した。

 

 

「……自分勝手な女」

「……急ごう」

 

 

 サオリちゃんは答えず、ただ足を進める。

 あのベアトリーチェの様子からも時間はそう残されてはいない。

 進むにつれて増え始める複製を蹴散らしながら、私たちは奥へ奥へと進んでいった。

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