もしもシャーレにヒモを養う適性の有る娘が応募してきたら   作:一ノ瀬 崇

57 / 67
四十七話目

 どれほどの距離を走ってきたのか。

 気付けば、豪華なステンドグラスがいくつも置かれた広い空間に辿り着いた。

 

 

「ここが……バシリカの至聖所……」

 

 

 ヒヨリちゃんの声に頷いて奥の一角を指差す。

 その先には先程ホログラムで見た通りの、柱に磔にされたアツコちゃんの姿がある。

 ぐったりとしていて動かない。

 堪らず、サオリちゃんが声を上げた。

 

 

「姫……!!」

「……気を失ってるだけみたい」

「分かるの?」

「ちょっとだけ胸元が動いてる……呼吸してるよ」

「は、早く姫ちゃんを……」

「お待ちしておりました、先生。──私の敵対者よ」

 

 

 浮き足立つみんなの元へ届く肉声。

 どこからか足音を響かせて、気付けばベアトリーチェが不敵な笑みを浮かべながらこちらへ歩いてきていた。

 いったいどこから。

 全く気配を感じられなかったし、歩いてきた方向には誰も居なかったはず。

 

 

 “ベアトリーチェ……!!”

「ふふっ……。ですが、遅かったですね。儀式は既に進行しています。ロイヤルブラッドの神秘を搾取し、キヴォトス外から到来する力を借りて……私は自分の存在をより高位のものへと昇華しています」

 

 

 自慢するように悦に浸るベアトリーチェ。

 傍目にはホログラムの時と変わらないように見えるけど……本当に高位のものへ?

 元があのビジュアルなせいでイマイチ説得力には欠ける気もするけど、中身というか存在の階位が変化しているなら厄介だ。

 私たちの攻撃が通るかどうか、それすら危ういかもしれない。

 

 

「さあ、先生。──不可解な大人、私の敵対者よ。あなたは、もしかしたら私を誤解しているのかもしれませんね。私たちはこの世界を通じて各自が望むことを追求しています。あなただって、同じ。何に成る事もできるし、全てを識ることができます。より高位の存在になること──それを通じて全てを救うことが大人の義務なのです。ええ、この儀式はキヴォトス外の力を利用し、私がより高位の存在になるために用意されたのです」

 

 

 誰が聞いた訳でもないのに、高らかに語り出すベアトリーチェ。

 どこか陶酔した口調で自身の目的を話し大人というものを嘯いてみせる。

 気付いていないのだろうか。

 ベアトリーチェが言葉を繰り出すのに連れて、先生から温度というものが徐々に失われている事に。

 

 

「そうして高みに登り、この世界を救う──それこそ大人が到達すべき境地! その過程での小さな犠牲は、仕方のないことです。そう……この犠牲は必要な事。これこそが《崇高》へと至る道。あなたなら、この価値を理解しているでしょう? すべての生徒を審判することも、救うこともできる絶対的な力を有すあなたなら……!!」

 “それは違うよ”

 

 

 静かに、氷のように冷え切った声が遮る。

 思わず全身が震えた。

 誰よりも愛しく想っている人から放たれる怒りと哀しみ。

 これほどに深い拒絶の意志を、私はどの媒体でも見た記憶が無い。

 ベアトリーチェが口にした敵対者という立場に先生を当てはめてしまう事がどれほどの愚行なのか。

 この場にいる全員がその意味を識る事となる。

 

 

 “私を誤解している。私は大した存在じゃない”

「なに……?」

 “私は審判者ではない。誰かを審判する権利は、私にない。私は救済者ではない。この世界の苦痛を消し去ることはできない。私は絶対者ではない。この世界の罪悪をなくすことはできない。私はそんな存在ではないよ”

 

 

 一字一句が染み込んでくる。

 どこまでも客観的に、自分に特別な力など無いと口にする先生。

 無力を嘆きながらそれでもと前を向こうとする、どこにでも居る一介の人間。

 等身大の大人でしかないと、先生は言う。

 そんな先生の言葉に納得がいかないのか、ベアトリーチェは問い掛ける。

 

 

「では……あなたは一体何だと言うのですか!! あなたの能力は、存在価値は何だというのですか!」

 

 

 その問い掛けに先生は淡々と答える。

 最初からそうであった、と。

 

 

 “生徒たちのための先生だよ”

 

 

 ベアトリーチェは信じられない、と扇子を取り落としそうになる。

 キヴォトスの外から来た大人で、生徒たちを自由に操れるだけの素質が有り、それを実行するだけの力が有り、キヴォトスという世界を俯瞰する視点が有り、それらを纏め上げるだけの知性が有る。

 望めば望むだけ力を揮う事が出来るのに、先生はそれを否定する。

 生徒たちのため。

 そんなあやふやで感傷的な理由で。

 

 

 “忘れられ、苦しむ生徒に寄り添いたいだけ”

「ならば、それを証明してみせなさい……!!」

 

 

 嗜虐的を超えて苛虐的な笑みへと口元を変化させたベアトリーチェが、吠えるように声を上げる。

 直後その赤い肌が引き攣るように歪み、異形の色を頭から全身へと広げていく。

 未開の地の植物でさえ、もう少し慎みや気品が有ると断言出来る。

 悍ましい、醜悪な、けばけばしい……おおよそ肯定的な言葉では飾れなさそうな姿へと変貌していく。

 その姿にスクワッドのみんなは衝撃を受けている。

 けれど、先生はどこまでも冷徹にその姿を眺めていた。

 

 

「さあ、その目にしかと映しなさい! これが私……高位の存在となった姿です! これこそが本来の姿──偉大なる大人の姿なのです……!!」

 “それが正体なんだね、ベアトリーチェ”

「あれが……本物のマダム……」

「ただの怪物にしか見えませんが……」

「そう……私たちはあんなものに、ずっと……」

 “──サオリ、ヒヨリ、ミサキ”

「……ああ」

「……はい!」

「……うん」

 “怖がらないで……私がついてるから。一緒に頑張ろう”

「……ああ」

「うん──あの怪物を倒そう」

「はい!! 姫ちゃんを救うのです……!!」

 “フミ”

「はいさー♡」

 “任せても良いかい?”

「もちろん♡ 怪物退治は英雄譚の基本だよね♡」

 “頼りにしてるよ、相棒。さあ、行こう!!!”

 

 

 開いた花のような顔を向けて、どこから音を出しているのかも分からないベアトリーチェが嘲笑う。

 足元は真っ赤な根のように広がり、胴体は節くれ立った枯れ木のように伸び、花弁のように開いた羽一つ一つから無機質な目が覗く。

 周囲に複製を侍らせてこちらを迎え撃つようだ。

 

 

 “ヒヨリ、ミサキ! 周囲の複製から片付けよう! フミは援護とサオリの護衛! サオリは隙間からベアトリーチェを狙って!”

 

 

 先生の指示が飛ぶ。

 シッテムの箱のサポートを受けた私の視界に、まるでゲームみたいなエフェクトが浮かぶ。

 攻撃態勢に入っている複製の頭上には赤の逆三角、遮蔽に隠れている複製の頭上には黄色の逆三角、無防備に隙を晒している複製の頭上には水色の逆三角のマークが浮かぶ。

 自分たちだけじゃなく相手の残弾も表示されていて、情報量で圧倒的なアドバンテージを得ている。

 流石はアロナちゃんサポート。

 射線や弾道予測も表示されているので、狙う腕さえあれば中学生でも戦えるほどだ。

 

 

「私に刃向かう事がどういう意味か、身をもって知りなさい!」

「サオリちゃん、下がって♡」

 

 

 前に出てシールドを構える。

 それと同時にベアトリーチェの顔の中心から光線が飛んできた。

 もはや大怪獣♡

 シールドに光線が触れた瞬間、重い衝撃が伝わる。

 

 

「集光に物理的な衝撃が来るのは聴いてないっ♡」

 “でも防げるのなら怖くないよ! ミサキ、ミサイルで援護を! ヒヨリは撃ち終わりを狙って! サオリ、人外の骨格でも動こうとすれば必ず支点が生まれる! そこを狙って!”

「簡単に言ってくれる……!」

「えへへ……任せてください!」

「支点……そうか、腰元か!」

 

 

 光線を防ぎ切った所へ三人の射撃が集中する。

 気のせいか、射撃の威力が上がっている。

 小耳に挟んだ《神秘の出力》というやつだろうか。

 原理さえ分かってしまえば使い道もあるんだけど、今はなんかよく分からないバフ効果とだけ覚えておこう。

 ベアトリーチェに効果的だし文句は無い。

 合間合間にリボルバーを放ち複製の動きを阻害していく。

 血のような光弾や迸る光線を受け止めながら攻撃を重ねていくと、次第にベアトリーチェの動きが鈍ってくる。

 

 

「ぐっ、ああ……なりません……!! 私の権能が……!! なりません……まだ儀式が完遂していなかったのでしょうか……? まだ力が……ああ……たかが……たかが貴様ら如きに……!! バルバラ……いえ、バシリカに存在するすべての兵力をここに……!! こちらに戻ってきなさい!」

 

 

 ベアトリーチェの声に呼応し、新たな複製が数体現れる。

 今はまだなんとかなっているけど、ここにバルバラまで来たら流石にちょっと戦線が崩れる。

 

 

「ま、まだ来るんですか……? うわぁ……」

 

 

 辟易した声を上げつつヒヨリちゃんは手際よく複製を撃ち抜いて霧に還していく。

 意外にタフだねヒヨリちゃん。

 その横でミサキちゃんは熱が篭もったランチャーに顔をしかめている。

 排熱口からは蒸気が溢れ続けていて、まるで蒸気機関車みたいだった。

 

 

「くっ……これ以上は……」

「しっかりしろ! まだ終わりじゃない!! 支援が来る前に、早く……!!」

「──バシリカの兵よ、私を保護なさい!!」

 

 

 声が響き渡った。

 油断なく銃を構え、念の為に勘の範囲を先生に広げておくけども、返るのは静寂だけ。

 緊張が高まっていく中、誰よりも動揺していたのはベアトリーチェだった。

 

 

「……? ……何故、来ないのですか……?」

「見捨てられたんなら分かりやすいんだけどね♡ ……せんせ?」

 “うん、多分……”

「バルバラは? 何故まだ誰も……」

 

 

 困惑するベアトリーチェの耳へ、音が届く。

 それは私たちの所へも届き、一瞬戦いの事を忘れて聞き惚れてしまった。

 きれいな、歌声。

 

 

「この歌は……」

「これは……kyrie eleison……?」

 “ミカ……!”

 

 

 歌声の主に思い当たり、僅かに顔を綻ばせる先生。

 だけどその表情をすぐにベアトリーチェの声が強張らせた。

 

 

「なりません!!! なりません! 私の領地で慈悲を語る歌を響かせるなど! 一体どのような手段を……? 楽器も蓄音機もすべて破壊したというのに! ──奇跡が起きたとでも? なりません!! 生徒は憎悪を軽蔑を……呪いを謳わなければなりません! お互いを騙し傷つけ合う地獄の中で、私たちに搾取される存在であるべきなのです!」

 

 

 瞬間、全身の血液が凍り付いたかと思った。

 目の前の敵を意識から完全に外して振り返る。

 まっすぐにベアトリーチェを見遣る先生。

 一度も見たことのない、怖い顔をしていた。

 

 

 “黙れ”

「……なに!?」

 “私の大切な生徒に話しかけるな”

 

 

 初めて明確に向けられた先生からの拒絶。

 先生の中で、今、ベアトリーチェが排除すべき敵へと変わった。

 

 

 “あなたは偽りの教えで子供たちを奈落へ落とした。あなたを絶対に許せない”

「よ、よくも私にそのような……言葉をぉおおお──!!」

 

 

 憤怒の形相を浮かべ、再びベアトリーチェの姿がめきめきと音を立てて変化していく。

 もはや人の姿をしていた時の面影は無い。

 

 

「ま、また変わり始めましたよ……!?」

「ああ、そうだサオリ──貴様を新しい生贄と捧げましょう! 貴様が私の計画を台無しにしたのですから、その代償を支払うのです!!」

「──いくらでもどうぞ、マダム」

「り、リーダー!?」

「……何をバカな事言ってるの!?」

「私にまだ払える代償があるのなら……むしろ感謝したいくらいだ。さあ、マダム。私はここにいる!! 持っていくがいい!!」

 

 

 両手を広げてベアトリーチェへ不敵な笑みを向けて見せるサオリちゃん。

 一本の枝に似た腕を伸ばしてサオリちゃんを貫こうとするけど──当然、通す訳が無い。

 

 

「!? 小娘がぁ……!!」

「その矮小な小娘一人突破出来ないのが、あなたの言う《崇高》とやら? 本当に高位の存在なの? アツコちゃんの神秘の欠片を得たって言ってたけど……神秘そのものを取り込む事も出来ずになんとか手に入れた欠片でキャッキャして、その挙句この程度の力しか持てない♡ 初めてのホームページ作成で喜んでる子供より子供っぽいけど大人として大丈夫そ?」

 

 

 先程とは切り口を変えて口撃を仕掛ける。

 子供の言う事だと切り捨てて気にしないのであれば、大人子供関係なく指摘出来る事実ベースのおちょくりでヘイトが稼げるはず。

 

 

「そもそもサオリちゃんが計画を台無しにした、って言うけどさ♡ たかが子供一人が思い通りに動かなかった程度で破綻するような計画しか練れないのが悪いんじゃないの? アリウス自治区を掌握してた癖に、やる事はみみっちいし計画は穴だらけだし、何より費用対効果が見合ってないよね。せっかくのロイヤルブラッドを使ってこの程度? もともとベアトリーチェ、あなたが化物な姿とキヴォトス基準で他より強い力を持ってただけで、研究とか儀式とか……中途半端だよね? 小学生の自由研究ならギリ褒められるくらいじゃない?」

「黙りなさい……!」

「向いてないでしょ、研究職♡」

「黙れぇぇぇええええ!!!」

 

 

 ふぃーっしゅ♡

 食い付いたベアトリーチェはサオリちゃんから攻撃対象を私に変えて矢継ぎ早に攻撃を仕掛けてくる。

 腕を鞭のようにしならせての殴打、血のような光線による圧撃、頭上に光弾を集めて破裂させる爆撃。

 そのどれをも、シールドが弾いてくれる。

 流石はエンジニア部謹製。

 終わったら焼肉奢っちゃおう。

 防御メインに立ち回っていると余裕を取り戻したのか、ベアトリーチェは不敵に笑い出した。

 

 

「ふ、ふふふ……多少口は回ってもこの程度! 私に反撃する事も出来ない哀れな子供よ!」

「あら、反撃をお望み♡」

「事前にデータは収集しています。お前は防御や妨害には長けていても、直接的な火力は出せない! 他のものが居なければ単身で何かを成し遂げる事も出来ない──」

 

 

 ベアトリーチェのセリフを圧縮されて引き千切られた空気が遮る。

 突然の衝撃が周囲に待っていた砂塵を吹き飛ばし、ベアトリーチェの身体を縦に裂くように空いた四つの穴を、薄明かりがぼんやりと照らしていた。

 

 

「……は?」

「その情報は生徒向け♡ あなたみたいな化物相手には30mmの特製弾をプレゼントしちゃう♡ あ、ついでにこれもサプライズ♡」

 

 

 一番下に空いた穴に腰元の《ヘイローを破壊する爆弾》を投げ入れアロナちゃんに合図。

 思いの外爆風は小さかったけど、爆発の瞬間に広がった悍ましさは本物だった。

 ようやく神経が激痛を訴え始めたらしく、ベアトリーチェは身をよじりながら悶える。

 

 

「グアアアアアアッ!! 何故、どうして……!! 私は、私の……!! 私の計画が……私の領地が……私の意識が……わたくしの……ワタクシ、ノ……グッ……アア……アァ……」

「これだからオバサンは。辞世の句はもっとコンパクトに纏めるものだよ♡」

 

 

 ロックを外して冗談みたいな大きさの薬莢を外し捨てる。

 落ちた薬莢がゴンとかガンとか、普通の薬莢ではなかなか聞けない音を出して転がっていく。

 抜き撃ち四連射はだいぶキツかった。

 狙いは外さなかった代わりに右手の手首は完全に逝ってしまった感がある。

 これは帰ったらセリナさんのお説教コースだねぇ。

 ハナエちゃんチェーンソーコースは是非とも勘弁していただきたいところさん。

 足でも胸でも頬でも舐めるので。

 ……いやむしろご褒美だな?

 

 

「終わったのか……?」

「あ、ひ、姫ちゃんは!!」

「あ、アツコ……!!」

「まだあそこに!」

 

 

 サオリちゃんたちが一斉にアツコちゃんの元へ向かう。

 向こうは任せておいても大丈夫だね。

 それよか自分の手当をしないと。

 

 

 “フミ、手伝うよ”

「ありがとせんせ♡」

 

 

 先生にテープを巻いてもらい出来るだけ手首が真っ直ぐになるように固定してもらう。

 じんじんと痛む。

 まぁサオリちゃんたちを手助け出来たのなら軽いもんだよね。

 何か言いたそうにしてた先生の唇へ左手の人差し指を押し当てて微笑む。

 

 

「いつもせんせーが言ってる事だよ? 生徒の為ならなんでもする、命だって惜しくはない、って♡ 私がそれを見習って多少無茶しちゃうのは当然でしょー♡」

 “それでも、出来る限り無理はしないで欲しいんだけどね”

「それこそお互い様♡ せんせーが体を張る事で生徒を救えるなら、迷う事なんか無いでしょ?」

 “うん、もちろん。……あー、うん。そうかぁ……”

「納得してもらえたみたいで何より♡」

 “お互い、無理はしないように気を付けようね……!”

「にしし、はぁーい♡」

 

 

 よし、取り敢えず動かす分には問題ない。

 流石にリボルバーは持てないから帰り道は先生の盾くらいにしかなれないけども。

 浮いた脂汗を袖で拭い視線を向けると、目を覚ましたアツコちゃんをサオリちゃんが抱き締めて、更にヒヨリちゃんとミサキちゃんがサオリちゃんごと抱き着いていた。

 うむうむ、よきかな♡

 と、ベアトリーチェのうめき声が耳に届く。

 戦う力は無くなったようで、惨めに這いつくばっている。

 

 

「く、ぐぅっ……」

 “終わりだよ、ベアトリーチェ”

「よくも……わ、私はまだ……まだ! たかだか儀式を妨害した程度で図に乗らないでください! まだ私にはバルバラもアリウスの兵力も無傷で残っている! 複製能力だって保持しているのです!! 一度の勝利ごときで、終わりになど──」

「いいえ、このお話はこれで終わりです」

 

 

 割り込んできた、知らない声。

 こつこつと音を鳴らして現れたのは、ベアトリーチェとはまた違った異形の人だった。

 暗い色のトレンチコートを着込んだ紳士然とした、右手で杖をつく男性。

 しかしその頭部があるべき場所は空気に溶け消えかろうじて首元に黒いもやのようなものが固まっている。

 左手には黒い帽子とスーツ姿の、後ろ姿の男性の額縁に入った写真を抱えている。

 

 

「ゴルコンダ……!!」

 

 

 ベアトリーチェがそう呼ぶ。

 その名前は以前古書館で見付けたものだ。

 と言うことは、彼もまたゲマトリアの一員なのだろう。

 穏やかな声はどうやら写真から発せられているようだ。

 

 

「ああ、落ち着いてください。驚かせたなら申し訳ありません。私は《ゲマトリア》のゴルコンダ……。──挨拶は省略するとしましょう。もしかしたら私たちは、以前お会いしたかもしれませんから。私は戦いに来たのではありません。マダムを連れ戻しに来たのです」

「私を……!?」

「それに、戦闘で勝てる自信もありません。《ゲマトリア》が皆マダムのように怪物に変われるわけではないですからね」

 

 

 さらっと怪物扱いされてて草。

 先生は鋭い視線を向けているけど、私はなんでだろう、そこまで悪印象も警戒心も抱けない。

 会った事は無いはずなのにどこか親近感というか……同族の気配というか。

 なんだろう、とても不思議な感覚。

 頭を悩ませている私の耳が、ゴルコンダさんの言葉を拾い上げる。

 

 

「元々この物語の結末はこうではなかったはずなのです。友情で苦難を乗り越え、努力で打ち勝つ物語……? 私が望んでいたテクストはもっと文学的なものだったはずなのですが……」

「……分かりやすい筋書き、と言うのはそれだけ大勢の支持と理解を得ます」

 

 

 気付けば、勝手に口が開いていた。

 おや、とゴルコンダさんの意識が私に向いた。

 

 

「それはつまり、より多くの観測結果が得られると言うこと。言うまでもなく、文学的という要素は物語に於いて必須のファクターではありません。書き上げられた結末までを追い、それらを満足と共に振り返り……自分の中で咀嚼して初めて顔を出す要素です。一目見て文学的だ、と拍手を送るのは勘違いした文化人気取りか言葉を弄する道化くらいのものです。なればこそ、ありふれた結末を通して全体を俯瞰し、一握の砂が如き僅かなテクストの連なりを見付けて《文学的》な要素を探り当てる」

「しかしそれでは迂遠に過ぎるのでは? 陳腐な筋書きが齎すのは家族向けの柔らかな教訓と爽快感であって、文学的表現が有するカタルシスへの期待は望み薄です」

「一般的な文体であればそうでしょう。しかし、此度の物語は紙の上ではなく現実で語られる一大叙事詩。三次元だからこそ可能な視点の切り替えで、華やかな活躍の裏で進行していた小さな悲劇や、決してただのハッピーエンドでは終わらない未回収の伏線を見付ける事も出来るでしょう」

「ほう……筆者としてだけでなく、物語の片隅で行く末を眺める何某かになる事で新たな視点から物語を追う、と」

「その為の分かりやすい物語です。中心の幹が太く安定するほど、枝葉は自由に伸びる事が出来る。大筋は決まりながらも細部はアドリブで進むからこそ、キャンペーンは面白いのです」

 

 

 そこまで喋って、むせる。

 吐きはしなかったけど、粘っこい何かが喉からせり上がって来ていた。

 ──いま、私は何を?

 私が私では無いような喋り方。

 自意識は確かに有ったけども、発想の源が私のものではなかった。

 気付けば、ゴルコンダさんはベアトリーチェを連れて消えていた。

 後に残るのは血錆びた味。

 心配そうに背中を擦ってくれる先生に笑顔を返してサオリちゃんたちの所へ向かう。

 アツコちゃんも衰弱はしているけど、意識はハッキリしているみたいだ。

 

 

 “みんな、大丈夫?”

「うん……辛うじて」

「ああ……」

「も、もう本当に終わりなんですよね……?」

「ベアトリーチェは……」

 “逃げたよ”

「逃げた……?」

 “でも、もう二度とみんなを苦しめる事はないと思う”

「またやってきたらフミちゃんパンチでぽこぽこのぽこにしちゃうから大丈夫♡」

「……そうか。ふっ、そうだな……」

 

 

 サオリちゃんが小さく笑う。

 それを見て興味深そうに覗き込むミサキちゃん。

 ヒヨリちゃんはつられてにへらぁ、と笑みを浮かべる。

 と、起き上がったアツコちゃんが歩み寄ってきた。

 

 

「先生、私たちを助けてくれてありがとう。そっちの子も、みんながお世話になったみたいで」

「どういたしまして♡」

 “マスクはもう付けなくてもいいの?”

「……うん、大丈夫」

 

 

 そっとその場を離れてコートの下から四角いトランシーバーに似た機械を取り出す。

 これまでの位置情報を元に自動でマッピングしてくれるお助けアイテムだ。

 データはナギサさんにでも投げ付けてアリウスの後処理に使ってもらうつもりだ。

 流石にこれをミレニアムに持って帰るのはちょっと政治的にアレだからね。

 浮かび上がるホログラム映像で道順を確認。

 戦闘しながらだから結構距離があった気がしていたけど、存外離れてはいなかった。

 先生たちの方も話は纏ったらしい。

 右肩のアタッチメントでシールドを取り付けた私を見て目をぱちくりさせている先生にウィンクを返し、左手でリボルバーをくるくる回す。

 

 

 “じゃあ、ここでお別れだよ”

「なっ……!? 急に、待ってくれ先生!?」

 “まだ助けが必要な生徒がいるんだ”

「ま、待ってくれ……!! 私は……私たちは……いや、そうか。それを見付けるのが私の……」

 “大人の私が保証するよ──その答えは、必ず見つけられる”

「あっ、ヒヨリちゃん! 後で諸々についてモモトーク送るからWi-Fiの繋がる場所探しておいてね♡ 見付からなかったらシャーレに直接来ても良いから♡」

「へっ?」

「じゃ、行ってきまーす♡」

 

 

 

 

 足早に回廊を駆け抜けると、銃声が途切れ途切れに聞こえてきた。

 ベアトリーチェの呼び掛けに応える複製が居なかった事。

 あれはつまり、全員が別の場所で足止めをされていたという事に他ならない。

 どこで?

 もちろん、決まっている。

 

 

「ごめんね、先生……私はここまでかな……先生と一緒に、帰りたかったのに……」

 

 

 視線の先、観念したように目を瞑るミカさん。

 対峙するバルバラがミニガンを構える。

 スピンアップされたバレルから青白い弾丸が飛び出したのを、跳び込んだ私のシールドが弾き返す。

 

 

「諦めるのはまだ早い♡」

「なっ」

 “ミカ!!”

「せ、せ……先生!?」

 “遅くなってごめんね、ミカ”

 

 

 私も居るのになー、と唇を尖らせて弾幕を防ぎ切る。

 右手は左腰のマウントを掴んでシールドがぶれないように固定。

 衝撃が響くけどぷらぷらさせて置くよりずっと良い。

 空いた左手でリボルバーを回し、周囲の複製の銃を使えなくしていく。

 

 

「片手リロードがめんどい♡」

 

 

 薬莢を捨ててから上に軽く投げて、その間にマグチェンジャーを引っ張り出し、落ちてきたリボルバーを捕まえて弾を押し込んでリロード。

 ジャグリングの要領で行けるとは言え、これじゃ曲芸師だよ。

 

 

 “ミカのピンチには、当然駆け付けるよ”

「そ、そんな……わ、私は……悪い子で……先生が救う価値のある存在じゃないのに……。そ、それに……せ、先生とこの子の二人で、あの聖徒会をどうやって相手にするの……? アレは次元が違うよ、先生……わ、私も結構強いけど……アレは反則みたいなものだよ!?」

 

 

 確かにあれだけの強さを誇るミカさんがここまでボロボロにされていると言うのは驚きだ。

 おまけにリポップ有りの取り巻きもいる。

 クソゲーかな?

 

 

「先生、お願いだからやめて! 私はそんな価値のある存在じゃないよ……今からでも逃げて……!!」

 “ミカは問題児だよ。でも、問題だらけの不良生徒だとしても……。危険に晒されてる生徒に背を向ける先生なんて、どこにもいない!”

 

 

 先生が啖呵を切って、懐からカードを取り出す。

 大人のカード。

 使えば代償を支払う代わりに奇跡を起こせるという。

 躊躇いなくそれを使おうとする先生はステキだけども、私が許すはずもない。

 

 

「ちょっと失礼♡」

「え、きゃっ!?」

 “え、わっ!? フミ!?”

 

 

 左手で投げ渡したミカさんをお姫様抱っこでなんとか受け止める先生。

 その状態なら両手が塞がっててカード使えないでしょ♡

 

 

「大丈夫、カードなんて使わなくても私たちには心強い味方が居るから♡」

 “味方……?”

「噂をすれば……ほら♡」

「きぇやぁぁぁぁあああああっ!!!」

 

 

 バルバラの左手のステンドグラスを突き破って、黒い影が戦場に乗り込んできた。

 聞き慣れた奇声と共に両手のショットガンを撃ち放ち、近場の複製を吹き飛ばしていくのは我らが正義実現委員会委員長。

 

 

「待たせたな……!」

「きゃーツルギさんかっこいいー♡」

「ちょっとフミ、ミカ様は無事なの!?」

「大丈夫、まだピンピンしてる♡」

 

 

 後方から手榴弾で癒しの光をバラ撒きながらやってきたのはコハル裁判長。

 アズサちゃんとヒフミン、ハスミさんを伴っての出陣だ。

 その時スマホを通して通信が入る。

 相手はハナコちゃんだ。

 

 

『フミちゃん、救護騎士団の皆さんは旧校舎入り口で簡易拠点を設けて野戦病院を築いています。こちら側までミカさんを連れてきてください』

「おっけー♡ 待ってて、みんなと蹴散らしちゃうから♡」

「フミちゃん!」

「フミ、加勢に来た!」

「待ってた♡ 愛しのワイフたち♡」

「相変わらず不健全な交友関係ですね……ツルギ、援護します!」

「せんせー、戦術指揮お願い♡」

 “あ、うん!”

 

 

 気を取り直した先生がミカさんを下ろしてシッテムの箱を取り出す。

 いかにバルバラが強敵でも正義実現委員会のツートップが相手なら今までみたいに自由には動けない。

 周りの複製は補習授業部にお任せ。

 隙を見て投げ込まれるコハルちゃんの手榴弾のお陰で右手の痛みも引いた。

 これで思う存分リボルバーを回せるね。

 跳弾を駆使して銃を使えなくした所へアズサちゃんとヒフミンの銃撃が突き刺さる。

 アズサちゃんは分かるけどヒフミンも射撃の精度良いな?

 ファウストとして妙な経験値を得ていたらしい。

 

 

「きぇえええええ!!」

 “ツルギ、後三発撃ったら右にステップ! 空いた所へハスミお願い!”

「分かりました! ……今!」

「私も援護しまーす♡ 全弾持ってけ♡」

 

 

 両手でリボルバー全弾を全力で撃ち出す。

 コンディションが万全じゃなかったからか銃声がズレて二発分になってたのが悔しい。

 ともあれ左右六発ずつを両手の甲に受けたバルバラは衝撃でミニガンを取り落とした。

 

 

「フミ、今のは!? どうやったんだ!?」

「後でこっそり教えてあげる♡」

「アズサちゃんはまだ知らなかったんでしたっけ? フミちゃんの怪しい一発芸シリーズの一つですよ」

「ヒフミン後で逆エビ♡」

「じゃあ救護騎士団の詰所に逃げ込みますね♪」

「卑怯だぞ!」

「遊んでないでちゃんと戦いなさいよ! それとフミ、検診受けないとダメだからね!」

「はぁーい♡」

 

 

 わいわい盛り上がりながら銃撃戦を楽しむ。

 これこそキヴォトスの華だよねぇ。

 流れる水のような動きで接近したツルギさんがバルバラの右手を打ち払う。

 対応するバルバラの膝蹴りを軽く躱して左手に持ったショットガンで喉元へ弾丸を放つ。

 堪らず仰け反った所へ掬い上げるような軌道で踵の蹴り上げ。

 それ以上後方に衝撃を逃す事が出来ない体勢で顎をカチ上げられたバルバラが動きを止めて固まる。

 一拍置いて、その姿が掻き消えていった。

 

 

「目標撃破! さっすがツルギさん♡」

『フミちゃん、現在正義実現委員会の皆さんが各入り口からカタコンベを突破しアリウス自治区の制圧に向かっています。後は皆さんに任せて、フミちゃんと先生はミカさんを連れて戻ってきてください』

「りょー♡ 先生とミカさんもそれで良い?」

 “うん、ここは任せて戻ろうか。さ、お手を、お姫様”

「……わーお☆」

 

 

 あっ、先生がまた悪い癖出してる!

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。