もしもシャーレにヒモを養う適性の有る娘が応募してきたら   作:一ノ瀬 崇

66 / 67
五十四話目

『とりあえず近くの建物に逃げたけど……』

 “みんな大丈夫? 怪我は無いかい?”

「私たちは大丈夫!」

「でも、ネル先輩が……」

 

 

 先生の問い掛けにモモイちゃんとミドリちゃんが答える。

 みんなの心配は激戦を繰り広げていたネル先輩へと向かっていた。

 さっきの激戦で消耗した体力を回復させるべく、大の字で寝転がりながらアカネさんの応急手当を受けている。

 

 

「……あー? こんなんかすり傷だ、問題ねぇよ」

「リーダー、無理しちゃダメ!」

「今はまだ身体を休めて。後で頑張ってもらう予定だから」

「はい、くまさんの絆創膏貼りますね♪」

「だぁッ!? おこちゃま扱いすんな!! あとアカネの消毒液は無駄に染みるからよせ!」

「効き目が良い証拠です♪」

 

 

 あちこちに切り傷や擦り傷を作って派手に出血しているように見えるけど、アカネさん曰く表面の血管が切れてるだけで見た目ほど重傷ではないとの事。

 あんまり見てなかったけどネルさんをここまで追い込めるほどの強敵だとは思ってなかった。

 それにアビ・エシュフの演算能力も侮っていたのは失敗だった。

 

 

「ごめんなさいネルさん。私の見立てが甘かったです」

「ハッ、一丁前に責任感じてんじゃねぇ。多少の効果は有ったし、これで万策尽きたって訳じゃないんだよな? お前の目はまだ諦めちゃいねぇって言ってんぞ?」

「……アスナさん、ネルさん持って帰って良いですか♡」

「あははっ、ダメ〜♪ 代わりにフミちゃんがC&Cにおいでよ!」

 “ダメ”

「……先生?」

「あらあら♪」

「じゃあ暇な時にシャーレに遊びに来てください♡ それで戦闘の様子の映像を先生のタブレット経由で録画したものを見てたんですけど……ここ♡」

 

 

 シッテムの箱に映像を流してもらい、ビルの外壁を駆け下りながら戦うネルさんとトキさんの動きをみんなで確認。

 いやスゴい動きしてる♡

 実は先生に映像見せてもらうまでどんな戦いしてたか見てなかったのはナイショにしとこう。

 

 

「これは……ちょうど私が援護射撃でトキの足場に使いそうな窓枠を破壊した所か」

「この戦闘の中でもしっかり狙えるカリンさんステキ♡ 見てほしいのはこの直後です♡」

「瓦礫が散らされてますね」

「思いの外大きく壊れたな。一角が丸々剥がれるとは思わなかったけど」

「んー……? トキちゃんの反応、ちょっと鈍い?」

「そうです♡ この後、トキさんはこれらの大きな瓦礫を突き飛ばしたり銃撃したりして吹き飛ばしました。()()()()()()()()()()()()()()()()

「動くのに邪魔だったのかな?」

「それも有ると思うけど、多分……遮られてるのが不都合なんだと思う♡」

「不都合?」

「ただ邪魔くさいだけなら、反応が鈍くなるはずがない。トキさんの反応速度をアビ・エシュフが補佐しているのなら、それが鈍るのはアビ・エシュフの演算に負荷が掛かっていたからなんじゃないかな♡」

『…………もしかして。逆だった?』

 

 

 チヒロさんが真っ先に気付いた。

 流石は私たちの頼れる参謀♡

 みんなの疑問を代弁して先生が問い掛ける。

 

 

 “逆って?”

『私たちは多分、こう思ってた。処理落ちさせるなら大量の情報を広大な空間にバラ撒けば良い、って』

「確かに、部室の掃除ならまだしも体育館の大掃除って言われたらやる気も無くなるもんね!」

「それなら部室の掃除も普段からしてね♡」

「ウッ……前向きに検討します」

『……まぁ、イメージはそんな感じ。あっちこっち手を伸ばして処理する分、とても煩雑な処理になる。そう考えて戦場をビルからの落下中に設定したんだけど……こっちでの解析でも、瓦礫に背面と足元の側を塞がれた瞬間が一番動きが鈍っていた。予測でしかないけど、アビ・エシュフは恐らく《密閉された狭い空間》での戦闘の方が不得手なんだと思う』

「なにそれ!? まるっきり逆じゃん!?」

「そ、そんな場所あるかな……?」

『問題は、まさにそこなんだよね。都合の良い戦場を見付けないといけないし……よしんば見付けられたとしても、今の戦力で戦い抜けるかは……』

 

 

 これまでの戦いで選んだ場所はどれも広い空間があった。

 落下中ですら、手を伸ばせば空が届く。

 補助ブースターを吹かせば一瞬浮き上がれる分だけ、圧倒的に向こうが有利な戦場だった。

 相手の機動力を制限し演算能力を封じる事が出来るなら、そこへ誘い込んで戦うのが一番良い。

 けれどそんな場所はどこに。

 通りは十分な広さがありビルのフロアも広く天井も高い。

 逃げ込んだここでさえ楽しく球技を楽しめる程度には広々としている。

 良い場所があるのか、ちょっと私も思い付かない。

 

 

「なにか、なにか手は無いのかな……?」

「ここまで来たのに、諦めるなんて出来ないよ……!」

「でも、うぅ……どうしたら」

「……勝手に下向いてんじゃねぇ!!」

「うわああっ!?」

「わわっ、リーダー!?」

 

 

 突然、ぴょんとネルさんが立ち上がった。

 その勢いでびっくりしたモモイちゃんが後ろに倒れ、気を抜いていた私ごと背中から倒れる。

 

 

「ぐえー♡」

「あ、フミごめん!」

「だいじょぶ♡ ついでにむぎゅむぎゅさせてね♡」

「ええ!? そ、それは別に良いけど」

「で、どうしましたネルさん♡」

 “ネル、もう起き上がって大丈夫なの?”

「ぐっ……問題ねぇよ。一番効いたのは着地の衝撃だからな」

「ネルさんの形に地面に穴空いてましたね……♡」

「あたしゃ漫画の住人か! そっちはどうでも良いんだよ! それよりチビどもだ!」

 

 

 ネルさんの言葉に三人がびくっと肩を震わせる。

 心なしかミドリちゃんとユズちゃんが私にくっつきに来てるの可愛くて良き♡

 でもまぁ、怒られると言うよりは発破かけられると思うからしっかり聞いてね♡

 三人が聴く態勢に入ったのを見て、ネルさんはゆっくりと喋り出す。

 

 

「てめぇらの想いは、所詮その程度だったのか?」

「しょ、所詮って……そんな言い方ないじゃん!」

「まぁ……落下の衝撃で未だに膝下は痺れっぱなしだし、全身バチクソに痛ぇけどよ……」

「思ったより重傷だった!?」

「へっ、寝てりゃ治るのは全部軽傷っつーんだよ。一度目はコケにされて、二度目は逃げられ、三度目はこっちが逃げ出す羽目になった。だがなぁ、たった三度あしらわれた程度で諦めるほど、あたしの背負ったダブルオーの名は軽くねぇんだよ。てめぇらの決心もそうじゃねぇのかよ?」

「そ、それはもちろん……」

「ならブレるな。せっかく、アリスを救うためにここまで来たんだろ? じゃあ最後まで諦めずに押し通せっての。わかったか?」

「わ、私たちだって諦めたくないよ! で、でもあんなチートキャラ相手に……私じゃ勝てないよ……」

「……確かに、無策で挑める相手じゃねぇな。チッ、せめてさっき言ってた都合の良い戦場でもあればな」

「…………あるかも、戦場。それと、対抗策も」

 

 

 ぽつり、と声が溢れた。

 ユズちゃんが何かを考え込むように手を顎に当てている。

 呟いた言葉が空気に溶けた頃、私たちは一斉に驚きの声を上げた。

 

 

 

 

 

 

 “ネル、頼んだよ!”

「任せろ!」

 

 

 先生の号令に合わせ、ネルさんが飛び出す。

 新たな作戦を携えて再度決戦に挑む。

 タワーの前に進んだ私たちを待っていたのは先程と変わらない姿のトキさん。

 バイザーにレオタードぴっちりスーツってやはり激えちでは?

 

 

「……どのような攻撃であろうと、何度挑んで来ようと、私の武装には通じません。そんな手負いの状態で、これ以上の抵抗は無意味です!」

「……はっ。んなの、知るかよ。あたしはもう決めたんだ。ここで、てめぇを倒して──チビを連れ戻しに行くってなぁ! おら、後輩ども! あたしらのリベンジマッチだ! アスナ!!」

「はーい! あははっ! 突撃〜〜!」

 

 

 ネルさんの声に呼応してアスナさんが回り込むように走り抜けながらアサルトライフルを構える。

 的確な射撃を左足のブースターによるクイックターンで躱し、左腕のガトリング砲を向ける。

 バラ撒かれた弾丸がアスナさんに向かうも、立ち止まってからの側宙返りで全て回避された。

 

 

「……!? 全部、避けた……!?」

「うん! 野生の勘? ってやつ?」

「カリン」

 

 

 間髪入れず一発の銃弾が飛来する。

 音よりも早く着弾するも、その弾が捕らえたのは地面だった。

 見てからでは反応出来ないはずの狙撃すら回避可能にさせる演算能力の高さに改めて驚かされる。

 

 

「視野外からの……狙撃! ですがその程度でやられる訳──」

 

 

 さらなる狙撃を回避する為に下がった所へネルさんが突っ込む。

 うわぁ良い笑顔してる♡

 サブマシンガンの射撃を回避しながらなおも下がるトキさんを見て、ネルさんは声を張り上げた。

 

 

「……アカネ! このまま押し込むぞ! ぶっ壊しちまえ!」

「はい! 部長!」

 

 

 C&Cで一番イカれている疑惑のあるアカネさんが大量の手榴弾と携行式ミサイルポッドを放つ。

 次々と爆発がエリア一帯を襲い、タワー前広場にあったモニュメントや雨天時に展開するルーフが片っ端から瓦礫へと変わっていく。

 あっ、小さなアバンギャルド君像も吹き飛んだ。

 待ってその場所まだ爆撃されてなかったはず。

 もしかしてさっきの戦闘の間にこっそり仕掛けてた?

 思わず視線をアカネさんに向けると、ニッコリとした笑顔が帰ってきた。

 ひぇっ♡

 爆発の余波でタワーのドアも吹き飛ばされ、トキさんを押し込んでいく。

 押せ押せムードに乗って私とネルさんもタワーの中へ。

 

 

『ドアを壊してタワー内部に侵入を……? 一体、どうやって……?』

 

 

 通信越しにリオさんの不思議そうな声がする。

 どうやらこちらの作戦にはまだ気付いてない様子。

 左右にフェイントを挟みながら圧を掛けていくネルさん。

 その背中を追って私も前に出る。

 

 

「フミさん、貴女も来ましたか」

「やぁやぁトキさん♡ いざ尋常に勝負ー♡」

「クッキーは美味しかったですが、手加減はしません……!」

 

 

 努めて明るくトキさんと向き合う。

 ユズちゃんの予想通りなら私が最初に牙城へヒビを入れる一矢になるらしいけど。

 そこまでの大役を任せられてしまってはウキウキで挑み掛かるしかない。

 両手にリボルバーを構えてトキさんを見据える。

 右手は直撃、左手は跳弾でそれぞれ左右のブースターや関節部、操縦桿を狙っていく。

 それに対応してトキさんが動いてガトリングの銃口を持ち上げた瞬間、勘が()()()()()

 

 

「ヴォエッ゙ッ゙ッ゙!?」

 

 

 耐えきれないほどの目眩と吐き気に襲われた。

 待って聞いてない。

 崩れ落ちるように転がって柱の陰に身を隠してコートの裏から空になったクッキーの袋を取り出して口を添える。

 一切の支障も無く逆流してきた胃液と消化物によるゲロゲロシンフォニーが吐き出された。

 

 

「オヴゥエ゙ッッ゙ッ゙!? えれえれえれえれ」

「うおぉっ!? 大丈夫かよ!?」

「えれれれれれ」

「──ぐうっ!? あ、あたまが……!?」

 

 

 なんとか吐き切って袋の口を縛って密封式携帯ゴミ箱に袋を放り込んでから、背中を柱に預ける。

 まだ目眩がスゴい。

 視界は歪んで全てが二重三重にズレて見える。

 傷口の洗浄用の水を取り出して口を注ぎ、空いた袋に吐き出してまたゴミ箱に詰める。

 頭がガンガン痛む。

 私の様子を見たのかインカムを通じて慌てた様子の先生とユズちゃんの声が届いた。

 

 

 “フミ!? 大丈夫!?”

『ふ、フミちゃん!?』

「あー……うん、いきてる」

『あ、あわわわ……!?』

「ユズちゃん、帰ったら足つぼ♤」

『ひぇぇっ!?』

 

 

 怯えるユズちゃんに八つ当たりしつつ、しかし有効性には舌を巻かざるを得ない。

 私の勘による危険察知とアビ・エシュフの演算能力による未来予知。

 その両方がぶつかり合う事で次々に予測が変化して一時的にアビ・エシュフの演算能力に強い負荷を掛けられると思う。

 そうユズちゃんは言った。

 結果として、ネルさんの攻撃を捌いていくトキさんの動きは精彩を欠いている。

 頭痛に耐えるように歯を食いしばっているけど、流石に攻撃に回す余裕は無いのか回避一辺倒になっていた。

 それ自体は良い事なんだけど、私の側へのフィードバッグがキツすぎる。

 トリニティでミサイル撃ち込まれた時もここまでツラくなかった。

 死にはしないけど死んだ方がマシと思える激痛とウワサの尿路結石とどっちがキツイかは議論の余地がある。

 それくらい目眩と頭痛と吐き気がヤバ味だった。

 

 

「あいつの犠牲を無駄にすんな! 攻め立てろお前ら!!」

「りょーかい! フミちゃんの弔い合戦だ〜!」

「フミさんの分まで頑張りますね……!」

『……いや、まだ生きてるからな?』

「うぅっ、カリンさんやさしい……♡」

 

 

 勝手に葬られてたのは一旦置いといて、私の犠牲は戦場を大きく動かしていた。

 回避に専念しているとは言え四対一で絶えず攻撃に晒されているトキさんは徐々にその立ち位置を奥へをずらされていく。

 目的とする場所はもう目前だった。

 だけどリオさんたちもやられるままではない。

 

 

『トキ! 主砲の使用を許可するわ!』

「イエス、マム……!」

「まず……せんせ! タワー正面から離れて!」

『中央タワーに電力が集まってる! みんな、気をつけ──』

「使え!!」

 

 

 直後、光の奔流が背後を通り抜けていった。

 アリスちゃんの光の剣を彷彿とさせる大火力の砲撃。

 多彩な武器が付いてるのに主砲まであるとか本当最終兵器として運用する為の武装だったんだねアレ。

 

 

 “今のは……レーザー!? あんな装備をまだ隠していたなんて……!”

「アニメなら大興奮だけど、実物相手はちょっと厳しいねぇ♡ ……ネルさんたちは大丈夫そ?」

 “そうだ、みんな!!”

 

 

 落ち着いてきた目眩を捻じ伏せながら立ち上がる。

 柱の側にアスナさんとアカネさんが重なるように倒れていた。

 二人とも大きな怪我は無い。

 その理由はヒビ割れて中央から斜めにパキリと割れたシールドの残骸。

 作戦前に私がネルさんに渡していたものだ。

 いざという時の一押しに使えるようにと無理矢理持たせた相棒。

 それがこうして使われているという事は。

 

 

「ネルさん!」

 

 

 呼び掛けた先、ゆっくりとネルさんが仰向けに倒れた。

 咄嗟にアスナさんがアカネさんを庇い、そこへネルさんがシールドを展開させて守ったのだろう。

 

 

「リーダー!?」

「部長!?」

 

 

 二人の声にピクリと指が動く。

 ヘイローもまだ点灯している辺り、意識もしっかりありそうだ。

 カッコいいが過ぎる。

 

 

 “……リオ……”

『ここまでよ、先生。武装を通じて確定した結果──データで算出された未来は、誰も覆すことなどできない。シャーレの先生……貴方なら武装に敗れた時点で分かっていたはずよ。私たちに勝てる確率なんて、ゼロだということを。それなのに、何故私たちに挑んできたのか……理解ができないわ。僅かな勝機というものをどこかに見出していたのであれば、そんなものは無意味で、非合理きわまりない行動よ。もし、そんな些細な錯覚を理由に、満身創痍の生徒にこんな事をさせたのであれば……心底、失望するわ』

 

 

 先生に厳しい言葉を突き付けるリオさん。

 向こうにしてみたら絶対に無理なのに何度も挑んできて馴染みの生徒を使い潰すようにしか見えないからね。

 非合理的とか無意味とか言ってるけど、愛情の深さがチラ見えしてる。

 ……最初に名もなき神々の王女とその軍勢の存在に気付いた時は絶望感凄かったんだろうなぁ。

 とは言え、それはあくまでリオさんから見た話。

 世界の危機だなんだを放り投げて、ただ友達の為に戦うこっちにしてみればそんなの些事だからね。

 

 

「先生は、そのような指揮をしておりません」

 

 

 だからこそ、こうして声が上がる。

 

 

『アカネ?』

「いえ、そもそもその認識を最初から訂正する必要がありますね。私たちは別に、勝率やデータを信じて戦ったわけではありません」

『……なんて?』

「──大切な友人を救いたい……ええ、ただそれだけです。あ、そう言えばリオ会長。まさか忘れていませんよね? ──ネル先輩のもう一つの名前。コールサイン・ダブルオー。私たちミレニアムの《約束された勝利の象徴》ということを」

 

 

 その時、飛び起きたネルさんがトキさんに組み付いた。

 完全に意識外の行動。

 主砲の直撃を受けてこんなに早く動けるはずが、例え動けたとしても立ち上がるどころか身体を起こすのでもやっとのはず。

 その思い込みの間隙を突いた。

 

 

「とらえた」

 

 

 ニヤリと笑う。

 アレもう半分ホラーだよね。

 リトルタイラントは伊達じゃなかった♡

 

 

『主砲を正面から浴びたのに動けるだなんて……!?』

「あいにく、この間も似たようなのを食らったばっかでな!」

「慣れないで♡」

 

 

 ポーン、とこの場に似つかわしくない音が鳴る。

 出処はトキさんの背後、中央タワーの貨物エレベーターからだ。

 扉を開いたそれなりに広い──しかし戦闘を行うには狭すぎる空間がぽっかりとその口を開いている。

 

 

『中央タワーの貨物エレベーターをハッキングできた!』

 “ネル!! 今だよ!!”

「おうよ!!」

 

 

 ネルさんがトキさんの身体を押し込んでいく。

 アビ・エシュフも合わせて三倍以上はありそうなその質量をものともせず、二人の身体は貨物エレベーター内に収まった。

 隔離された狭い空間。

 ネルさんのレンジであり、逃げ場の無い決戦用の特設フィールド。

 全ての要素を満たす戦場に、今二人が入った。

 

 

『トキ! 早くそこから出て!! あの子たちは……! エレベーターで武装の回避システムを麻痺させるつもりよ!!』

 

 

 リオさんが回線越しに声を上げるも、一手遅い。

 閉じたエレベーターはチヒロさんの手でロックされ、文字通りどちらかが倒れるまで出られない闘技場と化した。

 

 

 

『いや、遅ぇ』

 

 

 インカムを通してネルさんの声が響く。

 すっごく楽しそうな声色なのが余計に怖い。

 

 

『あたし、前に言ったことあったよな? あたしの間合いに入って勝てるヤツなんか、このキヴォトスのどこにもいないって。あ……てめぇには言ってなかったか? まぁ、どっちでもいいんだけど』

『加速させて! 重力加速度を十倍に!!』

 

 

 駆動音を響かせてエレベーターが上昇していく。

 通常の動作では出ないはずの速度にモーターが甲高い嬌声を上げてギアをすり減らしていく。

 戦いの様子は見えないけれど、予想は付く。

 どんなデータを持ち出したとしても覆らないであろう結末。

 

 

『さて、と。これでチートは使えねぇ。正々堂々戦うとしようぜ、後輩?』

 

 

 わぁ、おっかない♡

 ボコボコにされるであろうトキさんをなむなむ拝んでいると、壁側のエレベーターも起動した。

 これで屋上まで追いかけろという事だろう。

 一仕事終えた満足感を抱えて、みんなでエレベーターを目指す。

 

 

 “……フミ? そんなすみっこに行かなくても全員乗れるよ?”

「ちょ、先生!」

「あ、あの、流石にそれは……」

「もう、デリカシーがないよ!」

 “え、な、何か悪いこと言っちゃった……?”

「ほら、私げーげー吐いちゃったので♡」

 “フミのなら飲めるよ!”

「いやダメでしょ!?」

「先生!?」

「その選択肢ではないと思います……」

「やめてね♡」

「あははっ、ご主人様きもちわるーい!」

「……くっ、ご主人様の性癖に合わせてこそメイドです……!」

『流石にどうかと思うぞ先生』

『……聴かなかった事にするね』

 “ヴッ”

 

 

 何とも締まらない。

 けど、これくらい緩い方が私たちらしくて良い。

 ちょぉーっと先生の愛の深さが深海レベルなのは対外的にマズイかもしれないけど。

 二人っきりなら、まぁ、良いけど♡

 ともあれ屋上に到着。

 勇んでエレベーターから飛び出していく。

 

 

「あっ! あそこ! 見て!」

『……本当に倒すなんて』

「ネル先輩すごい!」

「ユズちゃんもすごかった! 全部、ユズちゃんの作戦のおかげだからね!」

「わ、わたしは……と、特に何か、したわけじゃ、ないから……」

 

 

 きゃっきゃっと盛り上がるモモイちゃん、すごいすごいと称えるミドリちゃん、てれてれと両手で顔を隠しちゃうユズちゃん。

 うむうむ、ゲーム開発部はこうでなくちゃ。

 

 

「おう、勝ったぞ」

「リーダー、すごい!」

「部長、お疲れ様でした♪」

『流石だ、ネル先輩』

「ってか気持ち悪ぃ話してんじゃねぇ! インカムで全部聴こえてんだよ!!」

「ごめんて♡」

 “申し訳ない……”

「ったく。あー、肩貸せお前」

「おっとと♡」

 

 

 ぐいっと引き寄せられる。

 肩を貸すのは良いんだけどげーげー吐いてた私よりもアスナさんとかのが柔らかくて良くないかな?

 そんな事を考えてたらネルさんが小さく口を開けた。

 

 

「吐け」

「えっ♡ ネルさんそっちの趣味が♡」

「ちげぇよバカ!!」

 

 

 小声で怒鳴られてしまった。

 てへぺろ♡

 

 

「ビルの外壁でやってた最中、なんかやってただろ。悪だくみしてるなら今吐け」

「んんんバレてた♡」

「安心しろ、他のやつらには黙っといてやる。だけどあたしには全部言え。何か有った時の初動に関わる」

「……ますます惚れ直しちゃう♡ ネルさんカッコよくて好き♡」

「いいから言えつってんだよ」

「はぁーい♡ 多分この騒動の後、リオさんは行方をくらますと思うんです」

「あぁ?」

「これだけの騒動になって自分の覚悟を否定されて、開き直って居座るタイプでは無いですよね? 素直にごめんなさいして粛々とセミナー業務に戻るタイプでもない」

「……確かにな。昔から変な所で意地っ張りだ」

「なので私の方で隠れ家を用意していざと言う時のホットラインを繋いでおきたいんです。実際に名もなき神々の王女に連なる軍勢は出て来ましたし、キヴォトスにはそれ以外の脅威もあります」

「トリニティでのアレか」

「さすがエージェント、話が早い♡ トリニティでアリウスを支配していた外から来た大人ベアトリーチェのような相手が他にも居ないとは限りませんし、また違う第三の勢力が出てくるかもしれません。そんな時に単身でこれだけの備えをした叡智の結晶を遊ばせていく訳にもいきませんから」

「……理屈は、分かる。けどチビどもが納得するか?」

「アリスちゃん次第なところはありますけど、私が説得に回ります。正直、使える手段は出来るだけ揃えておきたいんです。一歩間違えば、あの時に先生は死んでいました。私はそんな絶望の未来なんか御免です。既に起きたことは変えられない。だからこそ私は最良の未来を目指して足掻き続けます。その為なら……いいえ、その為にも」

 

 

 まつげが触れ合うほどの距離で互いの瞳を覗き合う。

 一欠片の誤魔化しも偽りも無い。

 瞬きすら忘れて見つめ合っていると、不意にネルさんがニヤリと口の端を吊り上げた。

 

 

「あたしの分もあいつに拳骨落とせ。それが条件だ」

「にしし、はぁーい♡ ……それはそうとネルさん♡」

「ん?」

「ちゅーして良いですか♡」

「は?」

「あまりにもカッコよくて好きが溢れて来まして♡」

「バッ、やめろバカ!」

「いたぁい!?」

 

 

 ダブルオー頭突きを食らった。

 ひぃん、くらくらするよぉ♡

 ふと顔を上げると、アスナさんがニッコリ笑って、アカネさんが自慢げに微笑んでいた。

 その笑顔が雄弁に語っている。

 うちの部長はカッコいいでしょう、と。

 うむむ、これは心を奪われてしまいますにゃー♡

 ウタハさんといいネルさんといい、ミレニアムにはカッコいいおねーさんが多い♡

 

 

「ったく……おい、チビども」

「あ、ネル先輩! あんまりフミを誑かしたらダメだよ!」

「ハッ、そんな軽口が叩けるんなら大丈夫だな。……アカネやアスナ、カリンと……あたしらがここまで繋いできた。あとはもう一つだけだろ。そいつ、ぜってぇ連れ戻せよ」

 

 

 ニヤリと笑うネルさんへ、三人が力強く頷きを返した。

 

 

「うん!」

「必ず、アリスちゃんを連れ戻します!」

「ありがとうございます……!」

 “ありがとう、ネル……みんな、行こう!”

「それじゃ、行ってきます♡」

 

 

 ネルさんをアスナさんに預けて、先生の元へ。

 さぁ、いよいよ本丸だね。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。