願いの物語シリーズ【藤崎綾乃】 作:とーふ@毎日なんか書いてる
静香ちゃんのお姉さんに協力して貰いながら、私と静香ちゃんは料理の勉強を始めた。
「人が生きる以上、ご飯を食べないと生きていくことが出来ないというのは常識であるが、さて、君たちに質問だ。人は一生にどれくらいご飯を食べるだろうか?」
「え? えっと。一日三回で一年が365日だから……それで」
「まってあやのん。おやつ食べる時もあるし。日曜日とかは朝起きる気力なくて二食になっちゃう時もあるよ」
「確かに。そうだね」
「ちょいちょいお二人さん。そんな細かい設定の話は気にしなくて良いから。そもそもおやつだって毎日食べる訳じゃないでしょ? そしたら二食の日で相殺できるって考えて、一日三食を365日、それをまぁ百年で考えれば良いんだよ。簡単でしょう?」
「あー。静香ちゃん。紙ある?」
「待ってて。部屋から持ってくるから」
「分かった。お姉ちゃんが悪かったから。そのまま聞いて。人は一生の間に十万とんで九千五百回食事をするんだよ。まぁ、食べられない時を除いても十万食は食べるんだ。例えば結婚を20歳でして、それから旦那さんの食事を全て作ったと仮定。七十年間作り続ければ七万六千六百五十回君たちのご飯を食べるんだ。ここから考えても分かる様に。ご飯が美味しいというのは彼女にしたい。結婚したいと思う理由として十分に成り立つ。料理の重要性は分かったかな?」
私は大きすぎる数値に頭が追いつかなかったけど、食事が人生でかなり大きな物だという事が理解出来た。
そしてそれは静香ちゃんも同じなのだろう。二人で顔を見合わせながら真剣な表情で頷く。
「よろしい。では美味しいご飯を作る基本のきを教えましょう。それは! ちゃんとレシピ通りに作る事です! 良いですか?」
「お姉ちゃんの作ってるレシピ?」
「いや。あれは難しいから使うなら市販のレシピ本でやろう」
「えー。でもそれじゃ他の人と同じになっちゃうよ」
「最初はそれで良いんです。いきなり上級編を始めようなんて甘いよ!」
「……」
「ま、まぁまぁ。静香ちゃん。最初は簡単なのから始めてみようよ。私、そんなに器用じゃ無いし。出来れば簡単な方が助かるかな」
「あやのんがそう言うなら……分かった」
無言のままジッと風香さんを睨みつける静香ちゃんを何とかなだめて私たちは料理の練習を始めた。
まずは簡単な物と言いながらも、料理が未経験の私たちには難しいものばかりで、見本として見せてもらった風香さんの様に上手くは出来ないのだった。
でも、出来ないからと言って諦めるのは嫌で、私たちは何度も挑戦し、とりあえずお弁当箱に詰める事は出来たのである。
しかし、味は何とも言えない物であった。
当然このまま古谷君や立花さんに渡す事なんて出来ないからこれはそれぞれ自分で消化する事になった。
風香さんは最初にしては上手いと褒めていたけど、後から静香ちゃんにお姉ちゃんは最初からビックリするくらい美味しかったと言われ、微妙に落ち込んでしまうのだった。
そして河合さんの家を出て、家に向かう途中、私は何となく家にお弁当箱を持ち帰って両親に色々聞かれるのが嫌で、公園に寄ってそれを食べてしまおうとした。
でも、箸で食べてみた卵焼きは焦げた味がしていて、風香さんが作ったお弁当みたいに美味しくはなかった。
それをよくよく味わっていると、このまま食べ続けるのも嫌だなと感じて私はそれをいっそ捨ててしまおうかと考えてしまった。
だって、あれだけ頑張って作ったというのに、全然美味しくないのだ。
私は料理の才能も無いのかもしれない。
そんな風に考えていると何だか悲しくなってきてしまった。
「ねぇ。君、大丈夫?」
「……っ!? ふ、古谷君!?」
「うん。藤崎さん。だよね?」
「う、うん。藤崎、綾乃……です」
古谷君が私の名前を呼んでくれたという事に驚き、嬉しくなり、私は思わず恥ずかしくなって俯いてしまった。
顔が熱を持ったみたいに熱い。
「横。座っても良いかな」
「う、うん」
私はベンチの中央から端にズレて、何度も古谷君に頷いた。
「ありがとう。じゃあ、失礼します、と」
古谷君はそう言いながら私の横に座り、帽子を脱いでふぅと息を吐く。
多分練習の帰りなのだろう。野球のユニフォームが土汚れで黒くなっていた。
もうすっかり日は落ちているというのに、今の今まで練習していたであろう古谷君を見て、たった一日料理の練習をしただけで、落ち込んでいる自分が馬鹿らしくなってしまった。
古谷君は毎日野球が上手くなるように頑張っているのだ。
そんな古谷君を好きになった私が、たった一日で諦めてしまうなんて、古谷君に対しても失礼だ。
私は落ち込んで沈んでいった気持ちを燃え上がらせて、手元にあったお弁当を一気に食べる。
とは言っても、口もお腹も小さな私にはお弁当一つを食べるのも大変なのだが、それでも美味しくないご飯をお腹に詰め込みながら涙を流して、それらを飲み込んだ。
そして、私はお弁当の箱を持ったままベンチから立ち上がった。
「古谷君!」
「うん」
「私! 今、お料理の勉強してるの!」
「そうなんだ」
「そう。それで、それでね! あの、良かったら。いやなら全然良いんだけど。その、もしよければ……私が作ったお弁当、食べてくれませんか?」
「俺で良ければ」
「えっ!? 良いの!?」
「うん。俺も練習でお腹減ってるし。助かるよ」
「でも! でも!美味しくないかもしれないよ!?」
「まぁ、練習してるんだし。そういう事もあるよね。でも良いよ。俺は全然気にしない」
「そ、そう……なんだ」
「うん。楽しみにしてるよ」
そう言って、古谷君は私に笑いかけた。
その表情は、いつかの日に私を助けてくれた時と同じもので。
私は、古谷君の笑顔に特大の勇気を貰うのだった。
そして、この日から私は学校が終わる度に家に急いで帰って、お弁当を慎重に作り、それを練習している古谷君の所へ届けるのだった。
自分でも味見をしているから、少しずつ美味くなっているのは分かるけど、それでもまだ全然美味しくない私のお弁当を古谷君は美味しい美味しいと食べてくれる。
それが嬉しくなりつつも、こんな物が私の実力だと思われることが恥ずかしくなり、私はより一層料理が美味くなる様にと練習し続けるのだった。
「どうかな」
「うん。凄く美味しくなってきたね」
「うんうん。何か好みとかある?」
「うーん。強いて言うなら、もう少し辛い方が好きかな」
「そうなんだ。じゃあもう少し調整するね」
「それは、嬉しいけど……いいの?」
「え?」
「だって。俺が言ってるのって、あくまで俺の好みだから、その通りに作っちゃったら俺の好きな味になっちゃうよ?」
「……」
いや、古谷君の好みにする方が、古谷君に気に入ってもらえるし、私的には最高なんだけど、そのまま言う訳にもいかない。
なんて言おうか今までにないほどに頭を全力で回転させて、私は急ぎ口を開く。
「ま、まぁ誰かの好みに寄せた方が上手くなるのが早いって言うからさ。今は古谷君にだけお願いしてるし、このまま一度古谷君の好みに寄せながら完成させた方が料理が上達するのも早いんだよ!」
「そうなんだ」
「だからもうバンバン好みを言ってもらえる方が嬉しいかな! なんて」
勢いのまま余計な事まで言ったような気もするが、ここまで来たら止まる事なんて出来ない。
進み続けるだけだ。
そう覚悟して私は決意のままに突貫するのだった。
そして、その結果は……!
「分かったよ。じゃあこれからはもっと細かく好みを言っていくね」
「うん!」
完全勝利! である。
神は居た。間違いなく。
こうして私はより古谷君の好みに寄せながら、実質彼女みたいな顔して弁当を届けるのだった。