願いの物語シリーズ【藤崎綾乃】 作:とーふ@毎日なんか書いてる
私が順調に古谷君と接しながら料理スキルを磨いている間、静香ちゃんは風香さんと共にひたすら修行を続けていたらしい。
その成果は間違いなく出ていて、静香ちゃんの料理は私よりも遥かに上達しており、味見をさせて貰った時にはそのあまりの美味しさに目を見開いてしまったほどだ。
「凄いね! 静香ちゃん!」
「頑張ったよ。私」
「流石静香だね。うんうん」
「まぁ、こんなんでもお姉ちゃんの妹だからね」
「私の妹とか関係ないでしょ。これだけ上手くなったのは静香の頑張りだよ」
風香さんに聞いた話では、静香ちゃんはそれこそ寝る時間すら惜しんで、日々ひたすらに努力し続けていたというのだ。
そのお陰で、たった半年という時間で十分美味しいと言えるご飯を作れる様になった。
才能という言葉で片付けるのは失礼だ。
これも全て静香ちゃんの努力の成果だろう。
しかし、それだけの結果を出したとしても、まだ大きな壁が残っている。
「さて、これで後の問題は」
「立花さんに実際に渡す、こと」
緊張した面持ちで静香ちゃんはゴクリと唾を飲み込んだ。
私は半年前に約束した時のことを思い出して、風香さんに視線を向けた。
風香さんは私の視線に少し後ろに逃げながら冷や汗を流していたが、そのすぐ後に静香ちゃんへ視線を向け、覚悟を決めたような顔になった。
「静香がこんなに頑張ったんだもんね。それがこのまま終わりなんて駄目だ。うん。私も協力するよ。立花君を、呼び出してみせるよ!」
「いや、良いよ。お姉ちゃん」
「え? 良いよ。って静香?」
「だって、お姉ちゃんにはずっと協力して貰ってたんだもん。最後までおんぶに抱っこじゃ格好付かないよ。これは私が自分で渡す」
「静香……!」
「静香ちゃん!」
「やってやる」
静香ちゃんは気合いっぱいという様な姿で拳を握りしめた。
そして翌日。
早朝から準備をしていたという静香ちゃんは鞄に立花さんに渡すべく用意したお弁当箱を入れて、学校に来ていた。
寝不足でフラフラしてるが、気合で持たせている様だった。
「それで。いつ渡す? 私も協力するよ」
「ありがとう。お姉ちゃんに聞いた話だと、今日はお昼前に移動教室があって、教室に帰る時に、ちょうどこの教室の前を通るんだって。だからその時に渡す。だから、なんか邪魔があったら、助けて欲しい。あ、でも、無理はしないでね。多分危険だから」
「わ、分かった」
私は緊張しながら頷いた。
そして私と意思疎通が出来た事を確認し、静香ちゃんは鞄からお弁当を出して机の上に置いた。
綺麗な布に包まれており、どれだけ丁寧に用意してきたかが分かる。
私は自分の事でも無いのに、ドキドキと高鳴る心臓をそのままに廊下を見つめた。
立花さんが今にも来るかもしれないと私はジッと廊下を見ていたのだが、何だか教室がざわざわと騒ぎ始めた事で、私はなんだろうと視線を正面に戻したのだが、そこで驚きの光景を見てしまった。
なんと、教室にいた数名の女子が静香ちゃんのお弁当を掴んで笑っていたのだ。
「な、なにしてるの?」
私の声に気づいたのか、静香ちゃんも自分の机を見て、そこに置いてあったお弁当が無い事に気づいて、すぐ上を見上げた。
そして焦った様にお弁当を取り返そうとしたが、それはさらに遠くへと移動されてしまい、手は空振ってしまった。
「アンタたち。もしかして立花先輩にコレ。渡すつもりじゃないでしょうね?」
「だったら何よ」
「うーわ。生意気。身の程って奴知ってる?」
「ホントホント。私なら恥ずかしくて死んじゃうわー」
「てか手作り弁当って。笑える。こんなの食べさせるつもりー?」
彼女たちは酷い言葉を吐きながら、静香ちゃんのお弁当を掲げる。
それを見て、私はかつて自分がされたことも思い出し、湧き上がる様な怒りを感じながら席から立ち上がった。
そしてどこか焦った様な顔をする彼女たちの所へ向かい、お弁当を取り返そうとした。
胸倉に掴みかかり、殴りかかる様な勢いでお弁当に手を伸ばす。
「返せ!!」
「ちょっ、やめろ! 離せよ! 気持ち悪いな! 何必死になってんだよ!」
「ゆーこ!」
「分かった!」
「返せ!」
「んもう! しつこい!! こうしてやる!」
女は静香ちゃんのお弁当を近くにあったゴミ箱に入れてしまった。
そしてケラケラと笑う。
こいつらは本当に人間なのか?
怒りすら通り越して、冷たい感覚が背中に走った。
私はどうしようもない状況に立ち尽くしてしまったが、静香ちゃんはフラフラと立ち上がると、ゴミ箱の前に立ち尽くし、中に入っているお弁当を見ながら沈痛な表情を浮かべた後、そのまま涙を流してしまった。
今日まで頑張っていた時間が、立花さんとは全く関係ない所で崩れてしまったのだ。
その内心を察すると、私も心が痛くなってしまう。
でも、私もまた何かをする事は出来なかった。
しかし、そんな私たちの硬直を溶かす様な出来事がすぐ背後で起こった。
「失礼するよ」
「……っ!? ふ、風香さん!?」
教室の扉を勢いよく開いた風香さんはそのまま中に入ってくると、静香ちゃんの見つめているゴミ箱の中を見て、舌打ちをした。
「クズ共が……」
風香さんは見た事がないほどに怒りを滲ませた顔で振り返り、教室の中央を見た。
静香ちゃんのお弁当を捨てた女たちを見据えて、歯を食いしばる。
そのまま怒りのままに行くのかと思って、私は風香さんの乱闘を止めようとしたのだが、風香さんは溜息を吐くと、舌打ちをしてすぐ静香ちゃんのお弁当をゴミ箱から拾った。
そして表面を叩いて、綺麗にするとそれを持って外に出て行こうとする。
「……お姉ちゃん?」
「どうしたん? 静香」
「いや、それ、どうするの?」
「どうするって、立花君に自慢しながら食べるんだよ。二つか三つは食べさせてくる」
「止めてよ! 汚いよ!」
「大丈夫だよ。表面だけが少し汚れただけだし。中身は大丈夫。それに、さ。あんなに頑張ったのに、これで終わり。なんて私が嫌なの」
「でも」
「悪いけど。静香は関係ないから。これは私の勝手なの」
風香さんの腕を掴んで、涙を流しながら首を振る静香ちゃんとあくまで意固地な風香さんは静かに見つめ合っていたが、その均衡は新たな人が教室に入ってきたことで破られた。
「何騒いでるんだ?」
「古谷君、それが」
「どしたん?」
「何かトラブルみたい」
「ん? 二人とも。どうしたの?」
「あー。立花先輩。何かトラブルがあったみたいで」
「それなら手伝おうか」
教室の外から古谷君が入ってきて、古谷君と話をしながら鈴木君や立花さんが入ってきた。
そして、三人は今まさに見つめ合っている二人を一度見た後、事情を聴きたいとばかりに私へと視線を移した。
私はどこまで話せばいいのかと風香さんと静香ちゃんを見たのだけれど、静香ちゃんがまだ泣き止んでいない顔で首を振った為、なんでも無いと言おうとした。
しかし、それよりも早く風香さんが立花さんへと目線を移して口を開いた。
「立花君。君の為に私の可愛い妹が早朝から頑張って作ったお弁当なんだけど、食べてくれる? お弁当箱ごとゴミ箱にインしちゃったんだけど」
「あぁ。貰おうか」
「ちょっ!? 立花先輩!? 今ゴミ箱って言ってましたけど!?」
「まぁ、そうだね。でも、別に中身は関係ないみたいだし。何より河合さんの妹さんが作ってくれたんだ。食べないと失礼だろう?」
「それは、そうかもしれないですけど」
「鈴木君。河合さんの妹さんが作ってくれた物だよ? 問題なんて何もないよ」
「別に河合静香は立花先輩の妹さんじゃないですけどね」
「まぁ、そうだけどね。それでも、妹の為に必死な河合さんの気持ちが分かるってだけだよ。じゃ、貰っていくね。ありがとう。河合さん。それに河合さんの妹さん」
立花さんは爽やかに笑いながら静香ちゃんのお弁当を持って去っていった。
静香ちゃんは呆然としながらも、ただ静かに頭を下げた。