創造魔法による生命創造のレポート   作:Belf

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邂逅

 

 

【新暦68年6月6日(月)】side:柴崎鱗

 

 

 かちり。かちり。

 

 マウスをクリックする音が繰り返される。昼過ぎの少し薄暗い部屋に、モニターの灯りがぼんやりと輝く。

 

 かちり。かちり。

 

 静寂に響くクリック音の正体は、動画の再生と、一時停止を切り替える作業である。

 人混みが動き、停まる。動き、停まる。

 それを繰り返して、ふと、目当ての二人が画面から消える。

 すると視線は隣のモニターに移って───また、かちり。かちり。と同じ作業が始まる。

 

 

『⋯⋯⋯⋯⋯⋯』

 

 

 柴崎隊の四名が───死んだような眼で───行っているのは、『監視カメラ映像の確認』である。

 捜査を開始した翌日。MIKOTOでの聞き込みを行った広尾遥輝・目黒来未両名は、施設責任者とのアポ取りに成功し、5月7日の監視カメラ映像の保存依頼を出した。

 その時点で既に一週間が経過していた都合、全ての映像が残存している訳ではなかったが、それでも当該者らが買い物をしている様子は無事確認することができた。

 

 のだが。にしても。

 

 

 

 

「〜〜〜〜〜〜あぁっ!!」

 

 

 一番最初に限界を迎えた来未が、机に両手を叩きつけて立ち上がった。

 

 

「こいっ───こいつらァ!! どんだけ買い物デート楽しんでんのよッ!!!」

 

 

 

 そして、絶叫。

 しかしその言葉は誰にも届かず。来未の癇癪に慣れている他三名は、一瞥もせずに作業を続ける。

 天を仰いだ彼女は、暫くそのままの体制を続けた後、一度激しく頭を掻きむしると、また元の作業に戻る。

 

 

 

 監視カメラの映像が届いてから二週間。その確認作業は殊の外難しいものとなった。

 なにせ届いたカメラの映像は、店内・駐車場を合わせて485台にも及ぶ。そして厄介なのが、そのほとんど全てに当該者らの姿があったのだ。

 魔法やAIを活用して、欠落部分の補完や並列処理を行ったとしても、動線による整理、現地での確認などは人間の手で行う必要が出てくる。

 それだけのことを、たった四人の部隊で、他にも案件を抱えながらこなしたとあれば寧ろ優秀な部類で──その原因に対して、来未が大声を出すのも致し方ない状況なのであった。

 

 

 それからも、来未が定期的に癇癪を起こしながら粛々と作業が進められる。

 たまに誰かがトイレに抜け、音もなく戻り。昼食は、買い出し役として駆り出された新参者──那珂愛幸が、コンビニから調達してきたものを各々口にした。

 

 そして。空は赤く染まり、日も暮れようかという頃。

 

 

 

「────皆。見えた」

 

 

 鱗が呟いた。

 モニターに向きあっていた三人の視線が彼のもとに集まる。

 鱗も顔を上げ、手招きをして、彼らに自身のモニターを見せた。

 

 

「『わ』ナンバー」

 

 

 女性陣の後ろから、背伸びをして覗きこむ遥輝が呟いた。

 映っていたのは、駐車場の出口付近にあった監視カメラの映像。当該者らが乗っていたと思われる車が、駐車場を抜けていくところが一時停止され映っている。

 複数の電子的・魔法的な処理を施され、欠落のあった部分を補完されたことで、漸くナンバープレートを確認できるようになっていた。

 

 そして『わ』から始まるナンバーは、レンタカー───つまり、自動車貸渡業者の所有する車両であることの証明。

 ということは。

 

 

 

「⋯⋯⋯つまり、レンタカー屋に照会かければ身元を特定できる!⋯⋯ってことですよね?」

「あら。しっかり勉強してるじゃない」

「当然っすよ!」

 

 

 

 来未に褒められた愛幸は、得意げな表情を浮かべて胸を張った。

 ピリついていた空気が緩み、それを見ていた三人の口元にも笑みが浮かぶ。

 しかし鱗は、すぐに表情を元に戻すと、徐ろに机に向き合い、マウスを動かしはじめる。

 

 

「あれ隊長? どうしたんですか」

「いや、何。忘れていたんだが、そういえばもう一つ手がかりを見つけていてな」

「えっそうなんですか」

 

 

 言葉の後、すぐにモニターの映像が切り替えられた。

 駐車場の一角を、斜め上から見下ろしたような画角のその中では、当該者の女性が、少女と何やら会話をしている様子が映っている。

 

 

「これは⋯⋯?」

「先程のものからほんの数分前の映像だ。どうやら彼らはMIKOTOを出発する寸前に、この少女と何やら会話をしていた」

 

 

 そのシーンが早送りで流される。

 当該者と少女が曲がり角でぶつかり、そのまま立ち話をしていると、遅れて重要参考人の男性(柴崎斑ではAと呼称されている)がやってくる。

 少女らはその後も何やら会話を続け、最終的にはAが少女の携帯で当該者と少女の写真を撮影し、別れた。

 そしてナンバープレートの映像に繋がる。

 

 一連の流れを見て、怪訝な表情を浮かべたのは来未だった。

 

 

「⋯⋯⋯なんかちょっとおかしくない?」

「え? 何がですか?」

 

「いや。駐車場でぶつかっただけなのにわざわざツーショットで写真なんか撮る? この感じだと女の子の方からせがんだっぽいけど」

「あー⋯⋯あーでも女子高生ならあり得るんじゃないですか? ほら、若い女ってノリが軽いじゃないですか」

「何?それは私がもう若くないって言ってるの!?」

「言ってなあだだだ隊長助けてっ!」

 

「やめろ。二人とも」

 

 

 俗にいう梅干しをされて、愛幸は涙目になって助けを求めた。

 しかし鱗はそれには目もくれず、彼女らのやりとりについて考えていた。

 

 

「だが⋯⋯二人の言い分は正しいような気もする」

「えっ⋯⋯⋯それは私がもう若くないって」

「違うに決まってるだろっ、この少女が写真をせがんだ動機の話だっ」

 

 

 鱗が正しいと言ったのは、当該者とA、それとこの少女の「距離感」の話。

 肩がぶつかっただけ、にしては距離感が近すぎる。少女が仮にケタ外れて外向的だったとして、全くの他人と接するにしては気安すぎるのだ。

 

 であれば。そうした違和感の先には、まだ見えていない、何かしらの『要因』があると考えて間違いないだろう。

 

 この場合の違和感は、少女と二人の間にある距離感に対するものなのだから、例えば────。

 

 

「少女と───そうだな、この場合はAの方か。が知り合いだったと考えてみるのはどうだ」

「知り合いっつーのは例えば?」

「遠縁の親戚とか、近所に住んでいて顔見知りとか。関係性自体はそこまで重要じゃない」

「ほう⋯⋯あ、でもそしたら、ここで一度Aの方に詰め寄ってるのも自然に見える、と」

「独身だと思い込んでいた冴えない男が、駐車場で偶然出会った美人のツレで驚いた。とかな」

「それありそう! 隊長今日も冴えてる!」

 

 

 推理を言い合う鱗と遥輝、主に鱗をよいしょする来未の、古参三人の間で話に花が咲いた。蚊帳の外にされた愛幸はそれに頬を膨らませて、恨めしそうな目を向ける。

 それに気づいた来未が愛幸の頬を摘まんで押し込むと、ぷひゅ、と間抜けな音が漏れた。愛幸は頬を赤くして、また三人の笑い声が響く。

 

 その後。

 少しの話し合いを経て、捜査自体は『レンタカー』に関する照会を軸に行っていくことが決まった。『少女』については、現状身元を追えるほどの情報が拾えていないが、当該者と写真を撮っているという点から、そもそもの発端である色香に報告のみ行うという形になった。

 

 

 

 

 それから一時間。色香への報告資料の作成と、車両登録情報の照会が終わったところで、鱗は部下三名に解散の号令をかけた。

 彼らを見送ったあと、鱗もそう間をおかず職場を後にし、その足で色香の研究室へと向かった。

 

 

「やぁ。そろそろ何かしらの報告がある頃だとは思っていたよ」

 

 

 鱗を出迎えた色香は、目の下にほんのり隈を作っていた。

 しかし彼女が不健康にしているなんてのは、昔から知っている鱗にしてみればいつものこと。

 なのでそれには触れず、早速出来たてほやほやの資料を鞄から取り出した。

 

 

「わざわざ資料まで作ったのか。電話で伝えてくれればいいのに」

「それがだめなのは知っているでしょう。旧暦から変わらない情報マナーですよ」

「ああ知っているとも。知った上で言っているのだよ」

 

 

 そう言うと、色香は鱗の手元から資料をひったくり、それを読む。

 左から右に、セワシなく動く視線。あっという間に一枚、二枚、三枚、とページが捲られていく。

 

 そして鱗が懐から珈琲を取り出し、一口啜る間に、彼女は資料を読み終え、それを鱗へと突き返した。

 

 

「早」

「いや。寧ろ遅いくらいだ⋯⋯だが要件は理解したよ。少し待っていたまえ、準備をする」

 

 

 そう言うと色香は指を鳴らした。

 途端、部屋中を色香の魔力が走り、散らかった紙や用途の分からない実験器具が独りでに動き出した。

 

 それらは全て、色香により魔法が行使された結果である。

 「片付け魔法」と雑に名付けられたそれは、物の位置を時間を逆行して参照し、始点として設定されている場所に自動で戻すという効果をもつ。

 言わずもがな高難度の魔法で有ることに間違いはなく。

 司法局員としてある程度魔法に精通している鱗も、内心で舌を巻いた。

 

 

「ああいや⋯⋯普段はこれを使わないといけないレベルまで汚さないんだがね⋯⋯つい最近面白い『特異属性』と知り合ったんだよ、本当に」

「別に何も言っていませんが」

 

 

 何を勘違いしたのか、見当違いな言い訳をする色香と、冷めた目で見る鱗。

 そんな二人を余所に様々な物が部屋を飛び交い───最終的には、二人が向かい合って座る机の上に、硬質なカバーがついた本が運ばれてきた。

 

 

「それを使うのですか」

「ああ」

 

 

 色香がそれを手に取り、開くと、中からカードの束が現れた。

 全部で二十二枚。特徴的な絵がそれぞれ描かれ、0から21までの数字が刻まれているそれらは、タロットの、『大アルカナ』と呼ばれるカード群であった。

 

 

「今回は少し趣向を変えてみようと思ってね。『タロット魔法』ってやつだ」

「なるほど⋯⋯⋯因みにホラリーとは何が違うのですか?」

「ホラリーが星に尋ねるなら、タロットではカードを通して己自身に尋ねるという感じかな。スピリチュアルな素養が無いお前に伝わるとは思わないけど」

「そうですね。天才ってやつは説明が下手くそなものですから」

「鱗坊は秀才止まりだからな。やっぱ伝わらないよな」

 

 

 腐れ縁同士の皮肉の応酬が行われる下で、タロットカードがバラバラと独りでに散らばった。

 その後二人の髪が浮き上がるほどの速度で旋回した後、ひとまとまりになって色香の前に集まる。

 色香は少し悩むような様子を見せて、それを指で弾いた。

 

 

「ここはスリーカードだな」

「ほう」

「意味はそれぞれ、現状・障害・結果。確定後に一枚、アドバイスとして引くことで完成させる」

「ん⋯⋯? それは4枚というか。フォーカードってやつでは?」

「⋯⋯知るか。生憎タロットは最近嗜み始めたばかりなんだ。少し黙れ」

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」

 

 

 ピリつく二人の空気を余所に、色香の目の前にカードが引かれた。

 左、中央、右。そのうち、一番左のものに色香が手を添える。

 

 

「まず初めに。今回占うのは、『私がその少女と出会おうと動く、その結果』だ。そしてアドバイスの一枚は出会うための方法⋯⋯というよりも、心構えを示す」

「貴女が少女に出会うのですか?」

「そうとも。折角だからね。作ったばかりだが、この魔法には自信があるのだ」

 

 

 ここで色香は一度言葉を切り、鱗に視線を向けた。

 

 

「ちなみに⋯⋯先に言っておくが、これは因果という目に見えないものに、タロットという手法を使って触れるという試みなのだよ。私はこの魔法の先に、『第六感の理論化』を目標として置いている」

 

「その第一歩に立ち会えるなど、秀才止まりの鱗坊からすれば望外の幸運だということは認識しておきたまえ」

 

 

 

 色香はそう言うと、目を閉じて自身の内側に意識を向けた。

 彼女の魔力が高まる。この『タロット魔法』において最も重要なのは、結果がカード言う形で目に映り、初めて観測される瞬間。すなわち、一枚目のカードを開く今この瞬間である。

 彼女は───このまま行けば知り合うことは無いはずの、何の縁もない少女との間に縁を生み出そうとしている。

 正確には、見えない縁を辿ろうとしているのだ。

 

 その魔法理論は、常人の感覚では全容を理解することさえ能わず。

 鱗はただ、緻密な魔力操作と、複雑怪奇に変化する色香の魔力に、鳥肌を立たせることしかできなかった。

 

 そして色香が、カードを捲る。

 

 

 

「愚者。それも正位置と来たか」

 

 

 開かれたのは『THE FOOL』と銘打たれたカードだった。

 すなわち愚者。軽装の旅人が、切り立った崖の上に立っている。眼下では荒波が飛沫を上げているのに、旅人の顔は至って晴れやかだ。

 それは、見えていないがゆえの気軽さ、楽観的な心境を表している。

 

 

 

「⋯⋯⋯どういう意味なんです?」

「うーむ。そうだな。いや、一度深く考える前に次を見る。こういうのはカード一枚一枚というより、スプレッド全体を通すことで意味がはっきりしてくるものなのだよ」

 

 

 そういうと、色香は残った二枚のカードを捲った。

 

 

「教皇。逆位置か」

 

 

 その次に出たのは『THE HIEROPHANT』。

 法衣に身を包んだ老人が椅子に腰かけている。手には特徴的な杖を持ち、その表情は厳かだ。

 それが逆位置で出た。

 

 

「ラスト……運命の輪!」

 

 

 そのまま捲った三枚目は『WHEEL OF FORTUNE』。

 空に浮かんだ輪の周りを、天使をはじめとした空想の生き物が囲っている。

 それがまた、逆位置で出た。

 

 

「………」

 

 

 3枚のカードを前に、色香は腕を組んで黙り込んだ。

 鱗はそれを刺激しないように、しかしカードをよく確認するために、ほんの少しだけ腰を浮かせ、机を覗き込んだ。

 

 とは言っても。タロットだの、占星術だのといったスピリチュアルな事柄は、鱗にとっては専門外もいいところで、机上のカードの意味はてんで分からなかった。

 だから、眉を顰めて考え込んでいる色香の表情を伺った。

 それを汲み取った色香が口を開く。

 

 

「説明してやろうか?」

「はい。是非」

 

「そうだな。まずは改めて整理するが、行使したのは『タロット魔法』だ。魔法効果は『因果をつなぐ』こと」

 

「で、今回繋いだのは私と、この少女の間にある因果。もっと噛み砕いて言うと、本来であれば⋯⋯あー、私が私らしく生きていれば出会うわけのないこの少女と、出会おうとした場合の現在の距離感と出会い方ってことになる」

 

「そして引いた三枚のカードは、それぞれ現状、障害、結果を示している。現状が愚者、障害が教皇、結果が運命の輪だ」

 

「これらのカードはそれぞれが固有の意味を持つ。それについては長くなるから省略するが⋯⋯全体的に見ると⋯⋯⋯⋯難しいが。『この少女は思ったよりも近いところにいる、がこのままだと出会えない』といったところだろう」

 

「えっ出会えないんですか」

 

「このままだとな。肝要なのはここからだ。この三枚はあくまで現状の可視化に過ぎず、次の一枚で因果の操作を行う」

 

 

 そう言うと、色香は残ったデッキから一枚カードを引いた。

 

 

「このカードが示すのはアドバイス。実際のタロット占いでも展開したスプレッドに対して、追加で一枚引いて意味をはっきりさせる、みたいなことはよくあるが⋯⋯そこを拡大解釈することで、『アドバイス通りに動くことで因果に干渉する』という手法を取ってみた」

「えらく簡単に言いますね⋯⋯」

「実際簡単だよ。因果だとか運命だとかに触れることさえできればな」

 

 

 こともなげに言ってのける色香。だが鱗にその感覚は分からない。

 鱗にとって───というよりも、この世界を生きる人々にとって、魔法はあくまで『魔素が起こす物理法則を体系化したもの』であり、現状の魔法教育はそれが前提として成り立っている。

 色香の『魔法で物理の外に干渉する』という発想は、それそのものが異端でありイレギュラー。

 そしてそれこそが、彼女が天才と呼ばれる理由の一端でもあった。

 

 

 引かれた最後の一枚が表になる。

 

 

「ほう。女教皇。正位置か」

「それがアドバイス⋯⋯何か分かりましたか?」

 

「いいや。まだ分からんよ。だが因果は確かに操作した。後はこのカードが示すように⋯⋯もっといえば、私がそうすべきと思ったように行動すれば、私はこの少女へと辿り着けるはずだ」

「そんな⋯⋯」

 

 

 曖昧な、と色香の姿勢を咎めようとして、鱗は口を噤んだ。

 こと魔法に関していえば、彼女がそうといえばそうなのだ。彼女の実績が何よりもの証明なのである。

 だから鱗は、この少女についてのことは、一切を色香へと任せることに決めた。

 自分がやるべきことはもう決まっている。「車のナンバー」からAを特定し、その身柄を確保するということ、それだけ。

 

 

 女教皇──「THE HIGHPRIESTESS」のカード。

 机に置かれたそれを、鱗はぼんやり眺める。

 

 そして、ふと思いついたことを口にした。

 

 

 

 

 

「⋯⋯⋯この魔法で、直接Aに出会う方法を占えばよいのでは?」

「⋯⋯⋯それもそうだな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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