創造魔法による生命創造のレポート   作:Belf

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みすず観察日記(一部抜粋)(5)/恩師との

 

 

【新暦68年6月15日(水)】side:茂田俊丞

 

 やってしまった。

 ぎっくり腰になってしまった。昨日の雨で体を冷やしてしまったのが原因なのだろうか。

 詳しくは分からないが、今朝何気なくした()()()()が決定打となり、久し振りに有給消化をすることに相成った。

 

 脂汗を滝のように流しながら思い出したのは、幼い頃の父親のこと。

 同じように()()()()をして、それが原因でぎっくり腰をやっていたような気がする。

 懐かしさを感じると同時に凄い心に刺さったなぁ。こう。老けたという事実が。

 当たり前だけど、あのときの父親と同い年なんだよもう。

 俺は結婚もしてないし、できる気もしないよ。

 切ないね。本当に。

 

 まぁ不幸中の幸いというべきか、お陰でみすずを実際に『生活幇助用ロボット』として使う際のシュミレーションができたのは僥倖だった。

 食事・トイレといった日常の補助、近所のスーパーでの買い物、掃除、などなど。

 いや普段からやってもらってることが大半ではあるんだけどね? 介助も熟せそうだ、ってことが分かったから、もしかしたらそういう未来もあるかもなぁ、と。

 

 

 一家に一台みすずとか……いや。もしそういう世界になっても、普及させるのはみすずじゃないデザインのものにしよう。

 みすずはあくまで俺の家族。誰彼構わず寄り添っているのは嫌だ。

 それに身も蓋もない言い方をすれば試作品(プロトタイプ)に過ぎないからなぁ。

 きっとその道の専門家に見せれば、特に内燃機関についてはいくらでも改良の余地があるだろうしね。

 

 で、そんなことはたらればの更にその先にある話だ。

 今はとりあえず完成させなくては。行動は早い方がいいんだし。

 特に最近は、職場で凄いみすずについて聞かれるようになってきているのだ。

 

 ミスったよなぁ。今更ちゃんと発表しても生徒達から引かれるのは確定だよなぁ。

 まあでも()()()()()()はつけてない……ああいや。そもそも見た目をここまで人に寄せて造形している時点で何の説得力もないか。

 

 

 なのでまぁ、あまり褒められた行為ではないが、回復魔法も使っての早期回復を試みている。

 回復魔法ってのは魔法医学の領域に属する高難度魔法の一種だ。

 生体魔法学と魔法医学。近いようで遠い領域。

 学生時代に触れた記憶を思い出しつつ、腰のあたりに炎症緩和魔法をかけ続けた。

 

 しかしまぁ。みすずの見立てでは回復に一週間程度はかかるだろう、とのこと。

 でも論文作成を停滞させるのは嫌だったから、もう文章の入力とかまで手伝ってもらう形で今日も作業を進めた。

 ありがとうありがとう。

 

 

 これが終わったらなぁ。なんかみすずにプレゼントでもしようかな。

 何が欲しいかな。なんなら全身の徹底的なメンテナンスとかでもいいかもしれない。

 

 

【新暦68年6月17日(金)】

 

 

 ぎっくり腰から2日。結局今週はしっかり仕事を休んでしまった。

 かけている迷惑と、休み明けに溜まっているであろう仕事を想像して気が落ち込む。しかし回復魔法のおかげもあってか、若干痛みは引いてきた。

 

 そして何より作業の進みが段違いに早い。みすずが作業の主軸を担うようになって、正直もう完成仕掛けている。

 それも至極当たり前の話ではあるんだけど。

 

 なにせみすずはAI───つまりはコンピュータサイエンスという、旧暦から続く老舗の学問を元に構成された情報処理機能が頭脳を担っている。

 そんなものの中でも、みすずに搭載しているのは一般に購入できる範囲でのハイエンドモデル。

 排熱の問題さえ解決してしまえば、その作業効率は人間が敵うものではないのだ。

 

 

 今もみすずは冷えピタをおでこに貼りながら、文章作成を代行してくれている。

 キーボードを打つ手は淀みなく。誤字脱字も後で確認はするがほぼ無いだろう。

 

 

 あ。ちなみに冷えピタは頭部の機械部分冷却用だ。本人が貼りたいと強請ったのだ。

 正直あんまり意味はないんだけどね。と言ったら、人間だって大して意味ないのにしますよね? と言われた。

 言うようになったじゃないの。

 

 でまぁ。そんな感じなので俺は大まかな指示とたまの確認だけして、後はみすずになされるがままに過ごしている。

 

 

 ……ぼーっとする時間が増えた。

 そうすると俺みたいな、無駄な方にばかり頭が回る人間は、色々と考え始めてしまうのだ。

 

 

 目下のテーマは、『俺のやったことは善なのか? 悪なのか?』 ということである。

 

 あの日みすずに言われたことが心に刺さっている。

 

 魔法というのは扱い方によって、多くの人を救いもすれば、容易く命を奪うこともあるものだ。

 だからこそ個人での魔法研究には法的制約がある。

 

 そんな中で俺は『人間そのものをつくること』を目標に研究を始めた。それは間違いなく黒。でもできなかった。

 

 では、挫折の果てに生まれた存在であるみすずは? 人工知能を基幹に、生体の部品を持ち、魔力で動く彼女は法的にどう置かれるのか?

 それをいつも考えてしまっている。

 

 まず前提として、彼女を産んだこと自体は決して善でも悪でもない。彼女は存在していてよい。そこにいるだけでいい。

 だが、その起点となった俺の行動は、あまり褒められた動機ではなかった。と思う。

 

 

 世界が俺になにをしてくれた?

 法律なんて破っていいから、寂しくなくなりたい。

 

 

 そんな感情が始まりだった。危険な思考回路だ。

 でもあの頃の俺をそう客観視できるようになったのは、みすずと生活を共にするようになってから漸くだ。

 

 嫌な確信があるのだ。

 ここにたどり着けなかった自分は、きっともっと良くないことをしていただろう、と。

 

 町田先生に執着していたかもしれない。

 金で女を買うことに手を染め、それに溺れていたかもしれない。

 鬱憤を子供達にぶつけていたかもしれない。

 

 もしくは町中で突然刃物を振り回すような。そんな存在になっていたかもしれない。しれないのだ。

 

 

 善か、悪か。

 

 この問いに答えが出ることなどない。だからこそ、俺はこれを考え続ける必要があるのだ。

 他ならぬ俺自身が落とし所を見出すために。

 

 

 そしていつも辿り着く結論は、間違っても『生まれたなきゃよかった』なんて思わせないように、彼女と暮らし、彼女と向き合うことが大切だ、というもの。

 

 普通の親と同じように、彼女の未来に責任を持つ。

 経緯や始まりはどうであれ、それが彼女をこの世に産んだ者として持つべき感情なんじゃないか。そう思うのだ。

 

 

 最も今は迷惑をかけっぱなしなのだが。明日にはせめて、日常動作くらいは一人でできるようになりたいな。

 うん。

 

 

 

 

 

【新暦68年6月18日(土)】

 

 

 温かい夢をみた。

 内容は覚えていないが、どこか安心する夢だった。

 

 今朝目を覚ますと、ベッドにみすずが寄りかかって寝ていた。腰もすっかり楽になっている。みすずの手には魔力ポーションの空き瓶が握られていた。

 

 起こして話を聞いてみたところ、夜通し看病……というよりは回復魔法をかけてくれていたのだそう。

 全然気が付かなかった。だからぐっすり眠れたのだろうか? 全く彼女に対しては感謝してもしきれないなぁ。

 

 

 そういう経緯もあり何とか動けるようになったので、今日一日は簡単なリハビリをしていた。ぎっくり腰は動かさないのも逆に良くないからね。

 勿論みすずにも補助に入ってもらった。そしたら日が暮れるころには、ほとんど普通に動けるようになった。

 まだ突っ張る感じというか、無理をしたら痛みそうな危うい感触はあるけども、まずまずの回復速度ではないだろうか。

 

 

 しかし。逆にみすずの方に、今度は体調不良の傾向が見られた。

 熱がでた。正確に言うと近日の長時間使用に対し、冷却魔法が追いつかなくなっているようだった。

 みすずは大丈夫と言っている。実際、恐らく魔法行使の構成比を、今までより少し冷却魔法に割けば通常稼働が可能ではあるようだ。

 

 しかし。そんなのは許さない。

 俺の体調もぼちぼち戻ってきたことだし、今日明日とみすずの稼働時間を短縮することにした。

 怒っていたけどね。まだできますって。

 

 

 でもそういう問題ではないのだ。

 俺が嫌だからしない。なんだろうな。なんていうか。

 みすずはみすずとしてそこにいて欲しい。

 

 

 ………そうだな。言葉にするのが難しいけれど。

 みすずがどんな存在なのか、という問いの答えは、ここにある気がするのだ。

 俺やこれから彼女と関わる人々が、彼女を何として接するか。そこから彼女というのは構成されていくと思うのだ。

 

 だから人として接すれば、彼女は人になっていくと思うし、機械として接すれば、彼女は機械になっていくと思う。

 俺は彼女に幸せでいてほしい。そして機械は幸せとか、そういう感情を覚えるものではない。

 だから俺は彼女に人でいて欲しい。そのために俺は人として接するべきだと思ったのだ。

 

 ……我ながら。相変わらず文章が下手くそだ。だが言いたいのは、みすずに対して見せたいのはそういう姿勢なんだと思う。

 一方では生活幇助用ロボットの試作品として扱っているのにね。

 矛盾だなぁ。でもそれこそが肝要だともいえる。

 

 

 と。

 そんなこんなな葛藤もありながら、だ。今日も一日中論文作成作業を進め、つい先程漸く書き終えることができた。

 後は参考文献と、全体の見直し、校正なんかをすれば終わりかな。

 想定していたよりもかなりのハイペースだ。みすずに手伝ってもらったのが効いたなぁ。

 

 

 この調子なら来週末あたりには全ての準備が整うだろうな。

 なら早めに持ち込みに行っちゃいたいな。

 改めて連絡しなきゃ。

 

 

 

 

 

 

【新暦68年6月19日(日)】 side:茂田俊丞

 

 

 

 

 

『はーいもしもし?』

 

 

 電話越しの声は、相変わらず穏やかで優しいものだった。

 

 

「お世話になっております。茂田です」

『はーい宮永ですー。って茂田君! この前ぶりだねぇ』

 

 

 かけたのは大学生時代の恩師、宮永教授だ。大学院時代にプライベートな部分も含めて大変お世話になった人。

 また、生体魔法学の分野では知らない人間などいない権威でもある。

 

 宮永さんは本当に凄い人だ。生体魔法学について、世界でも有数と言ってよい見識を持ちながらも、それを決してひけらかしたりしない。

 それどころかどんな人間にも優しく、教えることを諦めないで接してくれる。

 そういうところに惚れ込んで、院で宮永さんの研究室に入って。その末席で学んでいた。

 

 先月末くらいの日記に書いた、論文の持ち込み先とは、何を隠そう宮永さんの研究室なのだ。

 

 そして俺がこれから論文を見てもらおうと───つまりみすずのことを真っ先に伝えようとしているのも、宮永さん。

 

 それだけの信頼を置いている。

 

 

 

 

 

「ですね。すいません、何度も連絡してしまって」

『いいんだよ! 寧ろ気分転換になるよ。顕微鏡ばっかり覗いてると疲れ目が酷くてね』

「そう言っていただけると安心です……まぁ、かくいう自分も最近どんどん見えづらくなて来ているんですけど」

 

『うわー……そうか、もう茂田君43とかだよね。老眼かもよ? 教え子が老眼ってなると流石に時の流れを感じるね』

「やめてくださいよっ、まだ、まだそれはちょっと辛いです」

『あっはっは。()()()()にようこそ!』

 

 

 

 おどけた言葉に、電話越しに宮永さんと笑い合う。

 それだけでは終わらず、近況を話したり、最近の生体魔法学界隈の話を伺ったりと、所謂世間話に、文字通り花が咲く。

 そのまま暫く話し込んで───すっかり出来上がったのだろうか、昼食を作ってくれていたみすずが部屋に呼びに来てくれたことで、俺は漸く本題を思い出した。

 

 みすずがジト目でこちらを見つめている。参ったな。こりゃ俺が話に夢中になっていたのもバレてそうな感じだ。

 

 口パクでごめん、と伝えて、みすずから目を逸らした。

 すると電話越しの宮永さんも、なんとなくこちらの空気を察してくれたようだった。

 

 

 

『………ふふ。ごめんね、すっかり長話になってしまった。何か用事があったんだよね? どうしたんだい?』

 

「あ、はい。それがですね……生活幇助用ロボットについての論文を書いて持ち込みますって話をしてたじゃないですか」 

『うんうん。あれだよね、7月末くらいにーって言ってた』

「はい。それなんですけど、思ったより早く出来上がったので、近々お見せしにいけないかと思いまして」

『ええっ!? そうなの!?』

 

 

 恐る恐る聞いてみれば、宮永さんはかなり驚いた様子だった。

 それもそのはず。学生時代……というか今もだが、俺は基本的に作業が遅い。文を書くにも、書類を纏めるにも〆切ギリギリになることが多いのだ。

 論文〆切一週間前から、研究室に寝泊まりしてなんとか書き上げる。宮永さんにはそんな姿を幾度も見せた。

 

 とはいえここまで直球に驚かれると、何とも言えない気持ちにもなるなぁ。

 

 それが伝わってしまったのか、あるいは俺の人柄から想定したのか。宮永さんは朗らかに笑った。

 

 

『はははっ。茂田君は意外と、結構負けず嫌いな所があるよねぇ』

「そんなことは──はい。ありますね」

『でしょ?』

 

『えー……でもびっくりだなぁ。なんならこの前聞いた概要では専門外の領域にも多分に触れる感じだったから、2、3カ月は遅れるかなーって思っていたのに』

「あー…いや、実は研究、というかロボットの作成自体は1年前くらいからちまちま進めて、既に形になっていて。だからっていうのはあります」

 

 

 

『そうだったんだ!……あれ。でも、じゃあなんでわざわざうちから公表したいの? てっきりロボット作成にうちの施設やら伝手を使いたいんだとばかり……。そこまで出来上がっているなら直接コンペ応募しちゃえばいいのに』

「ああいや……それがですね……」

 

 

『…………もしかして。役所に申請していない感じ?』

「っ……はい……」

 

 

 痛い所をつかれ、言葉に窮する。宮永さんの声がわずかに硬くなったのがわかった。

 

 そう。それこそが、俺がわざわざ信頼できる研究機関を通してみすずを世の中に出そうとしている理由だ。

 俺が破ってしまったルール。その根幹。

 

 

 

 『魔法の研究は、その目的や内容に関わらず、公的に認可を受けた研究機関、または教育機関によるものを除いて、事前の申請と許可が必要となる』

 

 

 

 これは、『魔法濫用諮問法』という法令に記載されている一文だ。

 分かりやすくいってしまえば、届出のない個人研究の一切を禁止するという条文。勿論届出を出し、研究内容・方法の審査を受けて、許可が下りれば何の問題もないのだが。

 

 しかし。

 みすずの作成過程において、俺は届出を出していない。

 なぜか。俺はもともと人間を作ろうとしていたから。いかに小博教授の先行研究があったとして、そんなの許可が下りるわけがないから。

 

 

 言わなきゃいけない。恩師に。犯罪の片棒を担いではくれないか、と。

 その為に連絡したのだ。利用するために。

 みすずと共に生きたいから。

 

 

 沈黙が続く。言いだそうと口を開くも、言葉が出てこない。

 なんて言えばいい。何をどこまでいえばいいのだ。どう言い訳するのだ。先生は教え子の非行をどう受け止めたのだ。

 

 考えて、考えに考えて。

 魔法の練習のつもりが、誤ってロボットの作成をさせてしまった。なんて明け透けな、薄っぺらい嘘をつこうとしたところで、耳元に添えていた手から携帯が奪われる。

 

 

 みすずだった。

 

 

 

 

「すいません。突然失礼いたします」

『───? 誰かな、君は』

 

「はい。私はみすずと申します。先日より、俊丞からお話をさせていただいておりました『生活幇助用ロボット』、そのプロトタイプ、一号機に当たるものです」

『ロボット。でも随分と流暢に話すね。まるで人間みたいだ』

 

「はい。私は高性能人工知能──『Mr.AI』のver.2.01を知能のベースとしてもち、また俊丞から複製された舌、喉をはじめとする発声器官をこの身に搭載しています。よってこのような即時の意思疎通と滑らかな発声が可能となっています」

 

『ふぅん。「Mr.AI」には人の物まねの仕方もデータとしてインプットされているんだね』

 

「いえ。元々のデータとしては持っていません。しかし『Mr.AI』には環境から学習し、より適応するための自己改稿機能が備わっています。多くは、俊丞自身から学びました」

 

『へぇ……』

 

 

 

 みすずと宮永さんの問題が続く。

 何を話しているのか。宮永さんの声が俺には聞こえない都合、俺はそれをみすずの言葉から推し量るしかない。

 恐らくはみすず自身の話。体組成、搭載された魔法構成、自己改稿の頻度。語る内容はどんどん深い部分まで掘り下げられていく。

 

 そしてみすずはそれに淀みなく答える。口を挟む隙すらなく、俺はただそれを見ているだけだった。

 

 

 話し続けること何分か。みすずがちらりとこちらを見た後、携帯が俺の手に戻ってきた。

 恐る恐る耳元にそれを寄せる。電話口の宮永さんは、どこか疲れたような様子だった。

 

 

「えーと……もしもし……?」

『……茂田君。君は随分と面白いことをしているみたいだね……』

 

 

 面白いこと。言われて己の行動を振り返る。

 まぁ。こんな言い方をしたくはないが、お人形さんごっこみたいなものだからなぁ。滑稽なことには間違いないだろう。

 宮永さんにそういうことを言われると少し凹む。だが、言われるのも覚悟の上だ。

 そういう感情もこめて返事はせず黙っていると、宮永さんはまた、先程まで同じように朗らかに笑った。

 

 

『いや、ごめん言葉が足りなかったかな。決して君の行動を批判したり、揶揄するようなニュアンスで面白いといったわけじゃないよ』

「そうですか?」

『うん。詳しくは……そうだな。みすずさんと直接会って、色々と見させてほしいな』

 

「じゃあ………!」

 

 

 

 

『ふふ。うん。片棒を担いであげようじゃないか。勿論内容を精査して良ければだけどね?日程の感じは上手く誤魔化して書いちゃおう』

「はい………ありがとうございます………!」

 

 

 電話越しに。相手に見えないとは分かっていても頭をペコペコと下げる。

 そうだ。どれだけ体裁を保とうとしたところで、俺がやったのは法律違反の個人研究。でも、だからこそ今、信頼している第三者に話しておくことが大切なのだ。そしてみすずの出自を公表出来るものにしておくことが、彼女の幸せのために重要なことなのだ。

 そのための具体的な道筋が、ちゃんと見えた。よかった。

 

 

 

 それから、宮永さんと日取りについて改めての確認と調整を行った。宮永さんは勿論のこと、俺自身も現状療養中で仕事が溜まっていることも踏まえ、みすずと、論文を見せに行くのは『6月22日の夜』ということになった。

 

 忙しい中で、無理やり時間をこじ開けてもらった形だ。申し訳なく感じる一方で、それを逃せば次は2週間後とかになりそうだったため、その時間にさせてもらった。

 

 

「本当に申し訳ございません……! ありがとうございます」

『いいんだよ~。じゃ、あとは当日のお楽しみってことにしとこうかな? また何かあれば連絡ちょうだいね?』

「はい、勿論です……!」

 

『うんうん! それじゃ失礼しますー。また水曜日ねぇ~』

「はいっ、失礼いたします」

 

 

 はーい、という声が遠ざかるのを最後に電話が切れた。

 どっと溜息を吐き、イスに体を預けて脱力する。

 

 なんとなく額に手を当ててみれば、気づかぬ間に汗をかいていたようで手の甲がしっとりと濡れた。

 そりゃあ緊張するか。宮永さんのことは信頼しているが、それ以上に尊敬もしている。そんな相手に半ば犯罪の告白のようなことをしたんだ。しかもその片棒を担がせようとしている。汗くらいかくだろう。

 

 そこにそっとハンカチが差し出された。みすずである。

 気づかぬうちに彼女は近くまで来て話を聞いていたようで、一緒になって安堵の表情を浮かべている。

 

 

 

「無事早めに提出できそうですね」

「うん、そうだね……もしかして不安だった?」

「いえ……不安というよりは……ここ最近の俊丞にはずっと緊張感がありましたから。それが早く終わるのが、その目途がついたというのが嬉しいというだけです」

 

「そっか………ありがとう」

 

 

 感謝の意を伝えると、みすずは柔らかく微笑んだ。

 それを見て、俺の腹がぐぅぅ、と情けない声で鳴く。

 

 聞いてみれば、今日の晩御飯は麻婆豆腐らしい。確かにリビングからは、食欲をそそる香りがしてくる。肉の脂と、香辛料の刺激的な匂いだ。

 

 席を立ち、部屋を後にする。まだまだこれからだが、一方で肩の荷が下りたようで、俺の足取りは軽かった。

 

 

 

 ───余談だが。ここで晩御飯を食べすぎて胃に血が集中し、頭がぼーっとしたことでお風呂場で滑って転び、腰の容態が悪化したのは内緒だ。 

 

 

 

 

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