創造魔法による生命創造のレポート   作:Belf

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シュンスケの知らない世界/もぬけの殻

 

 

【side:茂田俊丞】

 

 

「────起きろッ!」

「がぁ!?」

 

 頭に衝撃が走ったことで目が覚めた。言い方としては、目覚めされられたという方が正しいかもしれない。

 突然のことに意識が追いつかなかった。暗い、見たことない壁、天井。後頭部がじんじんと痛みを訴えていることから、どうやら自分は今寝転がっているらしい、ということが分かった。

 

 ぐらつく視界、動かない体。本能的に頭部へと手を伸ばそうとして、それができないことに気づく。

 二の腕のあたりに締め付けるような感触がある。どうやら縄かなにかで縛られているようだった。

 

 なんとか目を開けてそちらに視線を向けると、麻か何かでできた太い縄が、剥き出しの両腕に食い込んでいるのが見て取れた。

 想像した通りの光景だ。なんなら、長時間食い込んでいたのか、縄の下の皮膚に赤紫が滲んでさえいる。

 

 痛い。立てない。痛い。これは何だろう。夢か?

 状況への理解が進まない。ただ一つ分かるのは目が覚める寸前のこと。

 俺は自転車で家に帰っている途中だった。後方の車に嫌な予感がして、速度を上げて離れようとしていた。

 その時だ。なんだ。何があった。

 

 

「お、流石に目ェ覚めたみてーだな。俺ァてっきり轢き殺しちまったんじゃないかと」

 

 

 状況が呑み込めないでいるところに、視界の外側から声がかけられた。

 自由が利かない体をよじりなんとかその声の方へ首を向けると、そこには男が一人。若く、異国情緒溢れる端正な顔立ち。口元には紙煙草が咥えられている。

 

 その顔には既視感があった。勿論今の言葉や、なんとなくの状況把握から、彼が自分を轢いた男だとは理解している。

 だが。いや。どこかで……?

 

 

「まぁ、そんな顔にもなるよなァ。訳わかんないだろ?」

「……あの………一体、これは………」

「くくっ。顔も声も震えてるぜ……簡単に言うならよ、アンタをクソほど憎んでるヤツに、殺してくれって頼まれたんだよな」

 

 

 

 

 

「だから最終的にアンタは死ぬ。死ぬんだけどよぉ────なァ…………女殺して、その死体をどっかに隠してんだろ? 死ぬ前にその行方を教えてくれると助かるんだが、どうだろう?」

 

 

「………何を……言ってっ!?」

 

 

 投げかけられたのは全く知らない、意図を測りかねる問いかけだった。しかしそれに対して疑問を口にする前に、その男は俺の肩口に、鈍色に光る()を突き刺した。

 

 

「────ッあ」

 

 

 熱が走った。生肉を包丁で切断するときのような、ぶつり、ぶつりと柔い繊維質を断つ感触が、右肩から()()()()()()

 最早声は出なかった。意識も飛んだと思う。こらえる必要もないのに俺の体は一瞬呼吸をすることを忘れた。しかしすぐに、神経そのものをやすりで削られているような苦痛がやってきて、俺には気絶することさえできなかった。

 

 痛い。痛い。さっき感じた痛み───恐らく、追突されたことによる怪我───なんて目じゃない鋭さ、深さ、激しさ。脂汗が瞬く間に湧き出る。それが首を伝って傷口に垂れることで、きゅう、と引き攣るように染みた。

 

 痛みに呻きながら、それをやった男に視線を向ける。こんなイカれたことをしでかしておきながら、そいつの目には何の感情も宿っていなかった。

 どちらかというと同情心や、憐みのようなものさえ感じる。

 

 それに理解が追いつかない。俺は何をされているんだ? この人は誰で、俺は誰かに恨みを持たれている?

 俺が人を殺したって? そんな訳ないじゃないか。何を、何を言ってるんだ。

 

 

 そんなのは知らないと叫びたかった。だが痛みが、肩に突き刺さった何かのせいで、俺は叫ぶことさえできない。

 呼吸が整わない。汗が、涙が、止まらない。

 

 

 そうやって俺が暫く苦しんでいると、男が大きな溜息を吐いた。

 かつ、かつ。と歩く音が聞こえ、俺のそばで止まった。

 筋肉質で長い二本の足。スラッとしたジーンズに包まれたそれが折りたたまれた。しゃがんだ男の顔が視界にはいる。

 

 日本人離れして堀の深い、しかし軽薄さが滲む顔、表情。色の薄いサングラス越しに目が合った。

 

 

 

「息をするのも辛いだろ? 今あんたにぶち込んだのは、触れたヤツの魔力活性を阻害する拘束具だ。女殺して埋めてるサイコだとしてもつけられんのは初めてかな、流石に」

 

「なんだ、それッ」

 

「知らねぇか……()()の脱走防止によく使われる魔道具だ。『銀の杭』とか呼ばれてるかな。正式名称は俺も知らねぇ」

 

「なん…………商、品…………?」

 

 

「なんとなく想像つくだろ。()()()()()()()()()()()。まぁお前はそれ以下だが」

 

 

 そう言うと男は、今し方突き刺した杭を握り強く押し込んだ。

 ぞり。文字通り肉を、体内を直接撫でられる感覚は、最早熱に近い。

 焼けるようだ。今度は叫び声が出た。まるで、それがスイッチであるかのように、勝手に。

 それしかできない。抵抗する意志も、現状への疑問を深める余裕もなく、ただ叫び、その痛みの直撃に身体を震わせた。

 

 

「おお。うわ、すげぇな。マジで血が出ない。俺初めて使ったんだよこれ」

「うっぁ、あ」

 

「仕組みは分かんねぇんだけどよ、これ微量の回復魔法が組み込まれてるんだと。だから突き刺したと同時に組織を修復して癒着する。傷跡もなくキレーに杭が体の一部になるらしいぜ?」

「あぁ、あ」

「それを逆手に取っちまえば、新鮮な痛みを与え続ける拷問器具にもなるんだって、怖ェ。俺にゃ分かる。こいつを生み出した発明家は悪魔の血を引いてるね」

 

「ず、いッ」

 

「なぁ。お前もそう思うだろ……モダ・シュンスケ?」

 

 

 ぐい。ぐり、ぐり。

 ゆっくりと。掻き混ぜるのだ。手遊びのように。しかしその顔には憐憫があった。

 

 

「ひっ………う」

 

「ああ。ごめんな、自己紹介を忘れてた……俺はジョイ・ラッド。()()()()()()()()()()()()()()、よろしく頼むよ」

 

 

 

 そう言って、男は───ジョイ・ラッドは朗らかに笑った。

 俺にはその笑顔こそが、悪魔そのもののように見えた。

 

 

 

 

 

【新暦68年6月22日(水)】side:柴崎鱗

 

 

 

「茂田さーん。いらっしゃいませんかー?」

 

 

 愛幸が強くドアをノックした。しかし返答はなく、静寂が広がる。

 彼女のこめかみに怒筋が走った。なぜならこれがもう、都合五度目のノックになるからだ。

 

 小博色香からの情報提供はとても唐突だった。珍しく頬を上気させ、司法局本部の入り口をけ破って鱗達のもとにやってきた彼女は、開口一番に『タロット魔法』の成功を告げた。

 

 隊の皆が疑問符を浮かべる中、鱗だけがその真意に辿り着く。つまるところ、彼女は一足先に当該者の正体に辿り着いたのだ。茂田俊丞という、都内で中学校教諭を勤めている中年の男性だった。

 

 鱗は複雑な気分だった。そのとき、柴崎隊は丁度レンタカー屋からの情報提供を待っているところだったのだ。

 こちらから魔法での捜索を依頼しておいてなんだが早すぎる。俺達を使う必要ありますか? と胡乱な目で聞いてみれば───。

 

 

国家公務員(お前らみたいなの)をちょろっと噛ませとけば、とりあえずは合法だからな。なにやっても」

 

 

 ───などとなんとも自信満々の得意げな顔で言われたことで、鱗はいつかこいつに煮え湯を飲ましてやろう、と小さく決意した。

 

 

 それはさておき。

 実際彼女の『占い』は実績として、複数の未解決事件を解決に導いてはいる訳だが。

 一方でそれは証拠にはならない。どんなに黒が疑われる状況だとしても、例えば死体だとか、目撃情報だといった確たる証拠がない以上、茂田俊丞の日常を軽々と壊すことは許可されていないのだ。

 だからこそ。

 当該者本人の世間体を考慮し、優しく呼びかけてやってるってのに───愛幸は、デケェ声で『早く出ろや司法局だぞ!』と脅かしてやろうかな、などと考えた。

 

 小心者である彼女は、それを実際に行動に移すことはしない。が、柴崎鱗(隊長)の個人的な付き合いに振り回されている現状から、苛立ちを込めて隣の鱗を睨みつけた。見つからないように、うつむきがちに。

 

 

「なんだその眼は」

 

 

「こっわ。何で見てねぇのに分かるんすか」

「お前は感情が魔力に乗りやすいから良く分かる」

「キモ(へーそうなんすねぇ)」

 

 がつん。愛幸の脳天に鋭い一撃が振り落とされた。鱗による拳骨である。

 ぬおお、と頭を抱えてうずくまる彼女に吐き捨てるように溜息をついた。

 

 生意気な新人のことは横に置いたとして、鱗の心内にも焦りの暗雲が立ち込めていた。それは彼が先程受けた報告に起因する。

 

 柴崎隊のうち、二手に分かれて学校(勤務先)に向かった春樹と来未。その二人は茂田の同僚と接触し、彼がみすずさんとの生活を自慢していたのを聞いたようだった。

 それによれば、

 

 ・みすずさんは茂田の姪であり、今年から居候を始めた。 

 ・国際結婚した両親が海外にいて、みすずさんは現在、日本の大学に通っている学生である。

 

 ということが分かった。そこまでは良かった。

 しかしだ。問題はその後にある。

 

 茂田は先週からぎっくり腰で長期休養をとっていて、そして()()()()()()()()()()()()()そうなのだ。

 

 

 非常に嫌な予感がする。そもそもわざわざ二手に別れたのも、自宅と職場の両方を抑えて確実に茂田茂田のと接触することが目的だったのだ。

 現状、恐らくはそのどちらもがスカだろう。今はガスメーターが動いているのを確認できたために、居留守の可能性も考慮してノックを続けさせていたが。ここら辺が潮時か。

 

 

「茂田っさぁーーん??」

「那珂、もういい。それよりも一度大家に連絡を取って、()()()()()()()()()()という報告を行ってくれ。司法局権限だ」

「はぁー!? 人遣いが荒い! ってかなら私も御供しますけど! 流石に! それか二人と合流してからにしましょうよ突撃は!」

「いや……少し嫌な予感がする。経験則からして、こういう状況では拙速だとしても早く動くべきだ。複数の犯罪が関わっている可能性がある」

「ええ!?」

 

 

「お前は大家に連絡を取った後、二人と合流して現状共有。先導してここへ連れてきてくれ」

「新人遣いが荒いなぁ! 知りませんからね!」

「大丈夫だ」

 

「分かりましたよ! 行ってきます!」

 

 

 うがー!と叫びながら飛び出していく那珂。それを一度だけ見て視線を切った。

 そしてすぐに、鱗の魔力が廻り始める。

 

 その流れは淀みなく。見るものが見れば目を奪われて仕方のない技量だった。

 瞬きの間に魔力が鱗の右手に集まった。それを彼は、ドアノブに添えて口を開く。

 

 

 

 

 

 

 

「【解錠】」

 

 

 

 たったの一言で魔法が発動し、錠がひとりでに回った。ノブに手をかけて魔法が問題無く発動したことを確認し、鱗はドアを少しだけ開け、そこに指先を差し込んだ。

 

 

「【探知】」

 

 

 差し込まれた指先を起点に、鱗の魔力が物体に反射しながら放射状に広がっていく。それを元に空間の状態を探知する魔法だ。

 

 

「【防護】」

 

 

 最後に行った詠唱で、鱗の輪郭を薄い魔力の層が覆った。簡易的な防護魔法だ。不意の銃弾や、匂いや見た目では認識できない毒ガス、催眠魔法などに対する防御手段となる。

 

 そして最後に、腰に下げていたホルスターからMD───Magic Deviceの意。鱗が取り出したのは、所持者の魔力を弾丸として飛ばす機能を持った拳銃型のMDである───を左手に握った。

 

 広がった魔力の反応から、罠や待ち伏せといった可能性はないと判断し、鱗はドアノブに手をかけて茂田俊丞宅への侵入を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 茂田俊丞の自宅は、都内の、ここら辺の地域にはありがちのシンプルな構造をしていた。

 玄関があり廊下があって、その先にリビングがある。廊下には二つ扉が存在しており、恐らくトイレや風呂といった場所に続いているのだろう。

 

 玄関には男物に紛れて、それらよりも一回り小さい靴が三足あった。いかにも女性が好みそうなスニーカー、サンダル、そしてブーツ。見たままに受け取るならば、それらがみすずさんのもの。

 溢れる生活感に一瞬の躊躇を覚えるも、鱗は土足で廊下に踏み入る。

 

 

「【探知】」

 

 

 もう一度、エコーロケーションのように鱗の魔力が広がる。彼の使用する『自衛隊式SAM』───極端に短縮された詠唱での発動が可能な変化段階魔法群───の【探知】は、波状に変化させた魔力を空間に広げることで、空間そのものに対しての接触感知を行う。

 その後使用者の脳内には、魔力が探知した情報を基に簡易的な3Dマップが作成される。目視での確認と併せて二重の観察を行う設計となっているのだ。

 その物体がなんなのか、までを詳細に確認することはできないが、それでも使用難易度の低さと汎用性の高さから、司法局員に好んで使われる魔法だった。

 

 

 とはいっても。

 魔法の返りに特段の異常はなかった。それは目視での確認や、【防護】の反応を顧みても同じ。なんらかの罠が仕掛けられている可能性はないと判断し、鱗は次に扉を開けることにした。

 

 一つ目の扉の先には、風呂とトイレが続いていた。写真立てに、桜の中で笑みを浮かべるみすずさんの写真が飾られている。

 もう一つの扉を開ける。そこには八畳ほどの部屋が広がっていた。タンスや執務机、何らかの作業用のパソコンなんかが置かれてはいるが、怪しい、と断言できるものはなかった。

 

 しかしパソコンの電源ランプがゆっくりと点滅しているのが目に入り、鱗は慎重にマウスを動かしてみた。

 画面がぱっと点灯する。スリープされていただけで、電源が切られていたわけではないようだった。

 突発的な夜逃げなどではままあることだ。逆に、家族は置いていってもパソコンだけは復元不可能な状態で破壊していく奴も多いが。

 

 ユーザーネームはshunsukemodaだ。言わずもがな茂田俊丞のものだろう。パスワードの入力が必要な関係上、今その中身を窺い知ることはできない。

 パソコンから目を離し、探索を続けた。

 

 しかし。

 この部屋には何か特筆すべきものはなかった。普通の部屋だ。普通過ぎる。

 鱗にとってはそれこそが一番の違和感だった。普通な人間性が滲み出ている。その日常が突然ぶつ切りに終わっているのだ。

 

 

「……夜逃げ、か?」

 

 

 鱗は呟いた。

 だがそれに、彼自身がしっくりきていない。これが人殺しの部屋? 荒れているわけでもなく、サイコパスによくある神経質さも感じられない。

 考えられる線では、みすずさんがいないという状態を誤魔化しきれなくなったとか、もしくは殺す際に何らかの犯罪組織の手を借りてその因縁を発端に攫われたとか、茂田俊丞自身もまた殺された、とか。

 それとも───いや。まだ途中だ。かぶりを振って、部屋を出て廊下に戻る。

 

 残ったのは廊下の先にあったリビングだ。ドアで仕切られていて中の様子は伺えないが、探知魔法を飛ばすだけの隙間がある。

 そこからもう一度【探知】を飛ばす。すると今度はそれに、いくつかの返りがあった。

 

 

「………これ、は?」

 

 

 机、だろう。その上に、何かがある。

 なだらかな曲線で構成された物体で、いうなれば───人間の体のような。頭部と思わしき部分と、首と思われる細く凹んだ部分。その先に体。二つある盛り上がりは胸部だろう。

 

 

 

 

 

 しかし脳内に反映されたマップには、()()()()()が写っていなかった。

 

 

 

 

 鱗の背筋を、ぞわりと悪寒が駆け上がった。

 

 

「っ!」

 

 

 迅速に、【探知】をもう一度行う。観測された室内の状態に変化はなく、そこには誰もいないことが分かった。

 中に隠れて【探知】を逃れられるような大きな物体の影もない。そこまで確認した上でなお、鱗は細心の注意を払って、【防護】まで掛けなおして部屋へと続く扉を開いた。

 そこにあったのは────。

 

 

 

 

 

 

 

「……………何だ………これは」

 

 

 

 ────広がっていたのは普通のリビングだった。食卓があって、テレビがあり、それに向きあうようにソファが置かれている。

 ただ一つ異質なのが、リビングの一角を押しのけるようにして、大きな銀色の台が置いてあることだ。鱗の記憶の中では、()()()が一番似ていた。

 

 

 

 の上に。

 

 

 

 目を閉じた、四肢のない女性が横たわっていた。その横には腕と足が整えて安置されており、魔法的処置を施しているのか、それらにはつるりとした断面と、血色のよい肌艶が残っている。

 

 

 

 近づき、その顔を見下ろした。なんとも安らかに、安心した表情で眠っている。まるで今、肩でも揺すってみれば起き出してきそうなほどだ。

 

 写真との外見の一致から、これがみすずさんであると鱗は判断した。その首元に指をあててみれば、脈もなく、もうこと切れていることも分かった。

 

 MDをホルスターに戻し、携帯端末で那珂の番号を呼び出す。

 

「隊長!! 大丈夫っすか!?」

 

「ああ、問題ない……みすずさんは見つかったよ。茂田俊丞はいなかったけどな」

 

「……そうですか」

 

 状況を伝える中で、つぶさにみすずさんの遺体を観察する。

 と、胸部に所謂先端がないことに気が付いた。

 それだけではない。髪の毛も、触れてみてその質感が普通のものではなく、例えるなら、ガラスやプラスチックに近い、つるつるとした感触を返すのだ。

 

 しかし。

 

 瞳孔の状態を確認するため、閉じている瞼を開くと、そこには確かに人間の()があった。

 状態としてはかなり混濁が進んでおり、干乾び初めているような。肉体からは感じなかった、死体特有の腐臭さえも感じた。

 

 だが、おかしい。小博教授の魔法や目撃情報が正しいのであれば、彼女は死んでからかなりの時間が経過しているはず。

 魔法的な処置を施して腐敗を遅らせていた? 何のために。

 茂田俊丞の行動は、鱗が今まで経験対峙してきた、どの犯罪者とも異なるパターンをとっている。そういった人間には、えてして独自の行動指針というものが存在する。

 自分一人の常識に捉われた思考回路では、それには到達できないだろう、と考え、鱗は隊員の到着を待つことに決めた。

 

 

 

 

「那珂。もう二人とは?」

 

「合流してますよ。後三分くらいで着きます」

 

「そうか。なら不可侵結界(キープアウト)はこちらで貼っておく。解除キーはいつもと同じだ。急げ」

 

「うす! まぁもう急いでますけどね!」

 

 

 皆さんもっと急げですって! などと少々嫌味な言い方で、その場にいる二人に内容の共有を始める那珂。それを聞き流して端末の電源を切る。

 そのままずっと継続していた【防護】の効果を切ると、鱗は懐より筒状のMDを取り出した。魔法的な結界を張り、解除キーを持たないものの侵入を拒むことの出来るものである。

 

 鱗が魔力を込めると筒の表面をそれが光となって迸る。その後篭められた魔法が室内に広がり、出入り口などの仕切られていない空間に、透明な壁を作り出した。

 部屋の間取りを縁とした結界の完成である。

 

 

 

 

 張られた結界の影響で、結界内には外からの音が入りにくくなる。

 しん、と静けさが増した内側で、鱗はみすずの体を改め始めた。その心の内側に、言いようのない気味悪さ覚えながら。

 

 

 

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