side:柴崎鱗
みすずさんの遺体──だと思っていたものは回収され、解析にかけられた。今俺の手元にある一枚の紙には、彼女の
手足、胴体などの全体的な肉体部分は、市販の(とはいっても相当高価できめ細やかな)高度圧縮魔力体。
頭髪にはワイヤ型のソーラー充電器。
その下にはロボットなどに使われる「CIU」と呼ばれる機械端末が収納されており、それには目と舌、喉などのいくつかの
その下。胴体の内側には人間の腸を模した部品。吸魔石で出来ており、解剖班の見立てではエネルギー生成炉のようなものだろう、とのことだった。
つまりはロボット、というよりもはやキメラという言葉が近いのだと。
そしてだ。もう一つ別の視点からの話として、茂田俊丞に
それについては、彼の家から出てきたものに答えが載っていた。
「名前のない手記」と「生活幇助用ロボット作成理論」。あとは「みすず観察日記」。この三つを元に現状を改めて見てみると、面白いほどに謎が解けていくのだ。
使われていた肉体は、茂田俊丞自身のものだった。
彼はみすずさん──みすずというロボットを、昨年の夏ごろから、およそ半年かけて作り上げていたようだ。
大元にあるのは小博色香、すなわち
その再現に苦心し、一度は諦めかけた。しかし彼は、自身の得意分野である「合成魔法」によって、形は違えど目的を成し遂げたのだ。
隣にいてくれる誰かを作ることを。
それについて。鱗は目の前にいる
「結果から見れば、殆どの部分にあんたが関わっていますね。質の悪いマッチポンプだ。何かの魔法の実験をしているんですか? 小博教授」
問いかけられても、彼女は微動だにしなかった。
というよりかは、茂田俊丞の家から出てきた押収物を夢中になって読み込んでいる。言ってしまえば今回の事件のきっかけである彼女の、しかしそれを一切意に介さない態度に鱗は深いため息をついた。
───今回の件。失踪中の茂田俊丞は、魔法濫用諮問法への疑いで指名手配をされる形となった。魔法濫用諮問法とは、現行法では裁けないが社会への影響が大きいと思われる魔法研究に対して、その是非や処遇を専門家に諮問することで判断する法である。
事件規模により特例で諮問機関が設置されることもあれば、一人の権威ある研究者を国選魔法学者として扱うこともある。その規模は主に鑑みられる社会への悪影響によって設定され、そして今回は一人の専門家が選任されるのみだった。
彼の行いは既存の犯罪の括りには収まらないものの、蓋を開けてみればそれは最終的に福祉目的の個人研究に過ぎなかったからだろう。
そしその国選魔法学者に選ばれたのが、何を隠そう目の前の
国選魔法学者には主に、起こった犯罪に近い魔法領域に見識の深いものが選ばれる。
茂田俊丞は小博教授の魔法理論をもとに研究を始めているのだからと、今回は彼女が選ばれる運びとなった。
俺からすればなんとも疑わしい話だ。小博教授が持ってきた依頼を必死になって紐解いてみれば、その発端は彼女の出した魔法理論が元だという。ただでさえタロット魔法だの星占魔法だのといった胡散臭い魔法ばかり見せられているのだ。疑っても仕方のない話だろう。
そんな推定詐欺師は、「茂田俊丞の手記」を読むことに一段落がついたのか、ぱたん、とそれを閉じて優雅に紅茶を啜った。
茶請けの菓子をさくりとかじり、偉そうに息を吐くと、その口を開いた。
「いやぁー。実に読み応えのある話だった」
「開口一番がそれですか」
嫌味たっぷりで言ってみれば、彼女はなんともげんなりとした表情を浮かべた。
「なんだ、とげとげしい奴だな……鱗坊はこの面白さが分からないのか?」
「面白い、面白くないではありません。 俺も読みましたが、事の発端は貴女じゃないですか」
「発端と言われてもなぁ。
「無責任ですね。貴女の国選、取消すよう上司に掛け合ったっていいんですよ」
「それはズルいだろ!」
あまりにもふてぶてしい態度を見兼ねてちょいと脅してみると、彼女は珍しく本当に焦ったようだった。
慌てて机の上に放ったままになっていた依頼書───形式的に国選魔法学者に渡す承諾書のようなもの───に手を伸ばすと、それを背後に隠した。
くしゃり。紙にしわがはいる音がする。
「冗談ですよ。依頼書に皺をつけないでください」
「ちっ。【時間遡行】………おら、新品だぞ。今回の件は絶対に関わってやるからな」
「分かってますって。なら早くサインしてくださいよ」
こちらを睨みつける彼女は、視線はそのままに器用にペンを動かした。
そして書き終わるとすぐに叩き返される依頼書。これを上にあげれば、彼女はみすずと失踪した茂田俊丞に関しての捜査に限り、その指揮をとれるようになる。
本当に大丈夫なのだろうか。
ともあれ、そこは一局員に過ぎない俺がどうこう言えることではない。問題はまだ終わっていないのだから、であれば小博教授という爆弾さえ使いこなして見せるまでだ。
覚悟を新たに大人しく依頼書を鞄に仕舞い、自分のオフィスに戻ろうと腰を持ち上げた。
すると小博教授にそれを手で制される。
「まぁ、待て」
言いながら、もう片方の手で彼女は冷えた紅茶を啜った。今更ながら言っておくと、ここは司法局本部にある来客用の応接間である。くつろいで貰うのは結構だが、次に使用する局員がそろそろ準備に訪れる時間なのだ。
ということを伝えると、彼女はむしろそれでいい、とばかりに鷹揚に頷いた。
「いいじゃないか。私も場所を変えたいと思っていたところだ。端的に言おう──」
「なんです?」
「──まずはみすずに会わせてもらおうか。あれだ、被害者への事情聴取というやつだよ」
☆
みすず。正確にはそれに埋め込まれた「CIU」は現在稼働停止状態になっている。理由は簡単で、みすずを
みすずの躯体は機械部分、生体部品、魔力圧縮体、エンジン炉の全てが合成魔法によって緻密に組み合わさっている。極まった合成魔法による接着は、その断面部分が分子レベルで混ざり合う。本来であれば工業部品の開発などに使われる、少々ニッチな魔法になるのだ。
司法局には各分野のエリートが在籍しているとはいえ、合成魔法を同じ精度で行使できるものはいない。つまりそれは一度バラしてしまえば、原状復帰が二度と出来なくなるということを示している。
不謹慎な言い方になるが、これが遺体であれば解剖することが出来た。しかしこれは茂田俊丞の創り出したもので、事件資料という扱いにある。
本人が行方不明であり、その罪科が魔法濫用諮問法に問われている以上、判断材料となるみすずの損壊は許されない。というような事情から現状は手つかずのままになっていた。
そんな代物を、小博色香は不躾に触れ始める。
「へぇ……」
上がったのは、彼女には珍しく感嘆を帯びた声だった。合成魔法が使われている、と思われるところに対して、観察用の魔法を行使しながらその状態を確認している。
ほう、うむ、などと芸術品を干渉するかのごとく難しい顔をして触れ回ったのち、彼女は顔を上げた。
「茂田俊丞は陶芸でも嗜んでいたのか?」
独白のような一言。
最初はそれが、自分に対して向けられた言葉だとは思わなかった。しかしこちらに向けられた視線で、問いかけられたのだと気づいて、その意味を測り兼ねながら懐に持っていた資料を開いた。
彼の経歴は既にある程度洗えている。しかしその中に芸術分野に関する経歴はなく、家宅捜索でもそういった趣味がある様子はなかった。
可能性があるとしても、大学の授業で触れた経験がある程度だろう。
それを伝えてみれば、彼女は小さく笑った。
「どうかしました?」
「いや、なに。素人が作った人形にしては上出来だな、と感じただけだよ。さっき読んだ手記には確かに自分で制作したように書かれてはいたが、もう少し粗末なものだと想像していた」
「ああ、なるほど。それは確かに俺も思いました。初めて
「だろうな……執念か、あるいは本人さえも気づいていなかった才能か。どちらにしろ、人形師なんかにでもなれば、教師なんか続けるより何倍も稼げそうだがなぁ」
「まぁ……どうですかね。安定感はないんじゃないでしょうか」
「そうか。ところで、もう起動はしてみたのかね? 市販の魔力ポーションで動かせるそうだが」
「いえ。その権限はこちらにはありません。やるなら貴女の許可の元、国へ申請も通してからになりますね」
「七面倒な話だ」
などと。小博教授が作業を進める傍ら問いかけてくるので、それに手元の資料を見つついくつか答えていると、程なくして彼女は手を止めた。分析は終了したようだった。
国選魔法学者が任命されてしまった以上、これからの捜査に関しては、彼女が旗頭として進んでいくことになる。
元々彼女からの依頼が発端だ。実態にはあまり大きな違いはないだろうが──未だにマッチポンプではないかと考えている部分もある──断ろうと思えば断れた依頼も、正式な命令になる。
胃がきりりと痛むのを感じつつ彼女の表情を伺う。すると何を考えたのか、彼女はしゃがみこんで己の影に手を当てた。
ずず、と。影が突然大きく広がり、彼女の手がそれにのめり込む。
「………何をやっているんです?」
「いや何。こんなこともあろうかと、ポーションを持ってきておいたのだよ」
ガサゴソと何かを探している様子だった手が止まり、影からするりと引き抜かれた。そこには彼女の言葉通り未開封の
猛烈に嫌な予感がした。
「本来これはある特異属性の研究──ああ、今回の件で茂田俊丞に近づくきっかけになってくれた少女の──に使う予定だったものにはなるがね」
「小博教授……冗談ですよね? 申請が必要って先程お伝えしたはずですが」
「事前申請が必要、とは言ってなかっただろう。事後報告で十分だ」
意地の悪い笑顔を浮かべる彼女。その手は止まることなく、ポーションのラベルを素早く剥がした。
早速暴走が始まった。いっそのこと力尽くで止めてやろうか。何らかの魔法で返り討ちにされそうだけど。
しかし確かに彼女の言う通り、必ずしも事前申請でなければいけない、というわけではない。
やむを得ない状況というのはある。それを想定した制度の抜け道はあるにはあるが───かといって、これが
とは思えども。実際いつかはやることではある。茂田俊丞が失踪しており、その足跡を迅速に追う必要がある以上行動は早い方がいい。
ならばいっそのこと、小博教授の暴走だという風に伝えてしまえば───と考えている間に、彼女はポーションを飲ませ始めてしまった。
慌てて、一応持ってきていた録画用の端末を起動する。提出する必要があるのだ。
「飲ませ辛いな……」
みすずの喉の仕組みは大分人に似ているようで、小博教授は嚥下させることに苦戦していた。
口元からかなりの量が溢れるが──それでも僅かに喉を通ったのだろう。ややあって、ゆっくりとみすずの目が開いた。
「─────…………貴女、方は」
みすずとの、初めての対話が始まる。
【新暦68年6月24日(金)】ログ➀
《録画が始まる。画面には「みすず」(以下、対象)と小博色香(以下、実行人)が映っている》
『……、は』
『おはよう、でいいのかな。一応時間は正午を過ぎたあたりになるが』
《対象が目覚める》
《対象が困惑した表情を作る》
《対象の目は腐り始めていて白く濁っており、周りを視認できていない》
《体を起こそうとして、四肢がないため起き上がれずに失敗する》
『すまないね。君の体を元に戻してはいないんだ』
『…………』
『警戒しているのか。ああ、自己紹介がまだだったか。私の名前は───』
『───小博色香教授、ですよね。それについては理解しています。そちらの動画を撮影している方は存じ上げませんが』
『───おお。魔法も使えるのか』
《対象が何らかの感知魔法を使う》
《対象の顔が実行人へ向いた後、
『それはどこで学んだんだ?』
『………ハイエンド限定ですが、「Mr.AI」にデフォルトでプログラムされている魔法になります』
『なるほど。コンピュータ内でプログラムの実行という形で使用しているのだね? だから無詠唱で使うこともできる』
『はい。その通りです。犯罪使用防止の観点から、非常時以外には実行できないセーフティ付きの機能にはなりますが』
『詳しい説明ご苦労。だが機能とか言われると、君のロボット味が増して見えるなぁ。みすずくん』
『!』
《実行人が対象の名前を呼んだ》
《対象がそれに反応し、体が僅かに硬直する》
《流暢だった会話が5秒程途切れる》
『どうかしたかな?』
『………貴女方は、何をどこまでご存じなのでしょうか。逆に私は、私自身が今どういう状況に置かれているのかさえ分かりかねています』
『そうか………逆に私が気になっているのはね、例えば君と「茂田俊丞」が、最後にした会話というのはどんなものなのだろう、ということなのだよ』
『………………』
『君の。君たちの現状について、まずは端的に言おうか。今、君の製作者たる茂田俊丞は罪に問われている。罪状は主に不承認魔法研究。
『…………』
『そして件の彼は現在失踪していてね。君はその足跡を追うための、貴重な貴重な
『…………………そう、なのですか…………』
《対象が黙り込んだ》
『そうだ。で、どうなんだい? 一通りのことは手記やら観察日記で読んではいるんだが』
『…………』
『君は機械のくせに人のように振る舞い、人のように栄養を経口摂取し、そして何より、人として扱われながら生活をした』
『……………………』
『君は自分をどう定義するんだい? 私としてはそこが非っ常〜に気になっていてね! 是非君の口から語って欲しいんだが!』
『…………………………………』
『………………………私、は──』
『うんうん!……………あれ?』
《対象の頭部が熱を持ち始めた》
《頭を揺らし、苦しんでいるような表情を見せる》
『おいッ、大丈夫か?』
《実行人が対象へ冷却魔法を行使する》
《対象の頭部温度が徐々に低下する》
《対象の苦しんでいる表情は和らがない》
『なんだ。君の中で何が起こっているんだ?』
『…………け……すけ』
『おお?』
『俊丞っ』
《対象は、譫言のように「俊丞」という言葉を繰り返した》
《実行人が冷却魔法をかけ続け、頭部の温度は室温と同じになった》
《対象の魘されたような様子は変わらない》
『俊丞は……俊丞がいない………』
《魘される様子が続く》
『目が見えない……足が……腕も……』
《漏れ出る言葉の種類に変化が起こる》
『何故……』
《段々とその姿は鎮まっていく》
《動きが停止した》
『………おーい………大丈ぶ───』
『─────原因不明のエラーが継続的に発生しました。デバッグ機能が作動します』
『うお!?』
《対象の声色が変わる》
《機械的な音声の後、対象が完全に静止する》
《実行人が恐る恐る触れ、声をかける》
《繰り返すも対象の反応はなかった》
『………チッ。おい、
《実行人が近づいてきてこちらに手を伸ばす》
《画角が大きくぶれる》
『………最後のところは提出前に消しとけよ?』
《実行人の声が入った》
《録画終了ボタンが乱雑に押される》
《ログ➀はここで終了している》