side:茂田俊丞
人生を振り返って思うのは、自分がどれだけ過保護に育てられてきたのだろうか、ということだった。
親から教育の一環として暴力を振るわれたことなど一回もない。喧嘩だって、そりゃあ些細な言い争いまで含めれば少しはあるが、取っ組み合いになるなんてことは人生で一回もなかった。
怪我をした記憶でいうなら、最近やったぎっくり腰が一番痛かった思い出だ。二番目は中学時代の体育でやったバスケットボールでの突き指とか、その程度のもの。
それさえも俺は、泣きそうなのをこらえて保健室にいったっけな。
そんな記憶が今はもう、他の誰かのもののように感じる。
どれほどの時間が経ったのだろうか。
もう何日も過ぎているような気もするし、まだほんの、数時間しか経っていないような気もしている。
時計も窓もないこの部屋では、時間の流れなどというものは、とっくの昔に遠ざかってしまったのだ。
「おぇ」
ぼたた、と。口から血が溢れた。出来たての傷痕に熱が走る。
呼吸ができなくなって、喉につっかえた何かを無理矢理吐き出した。
床に転がったのは、先程飲み込まされた
元々ついていた足先を見れば、切断面は早くも薄皮に覆われている。首元に刺さる杭の効力なのだろう。
現状を端的に表すと、俺はどうやら拷問を受けているみたいだ。みたい、なんて他人事のような受け取り方をしているのは、そこにあまりにも現実感がないから。
慣れることのない痛みと、心をへし折るような、この短時間で幾重にも積み重なった屈辱、羞恥、絶望といったものの残り香だけが、それらが現実だったことを保証している。
肉を削がれ、苦痛を与えられる中で、俺は繰り返し『遺体の隠し場所』について尋ねられた。勿論そんなものは知らない。だが知らないと何度叫んだところで、そんなのは何の意味もなかった。
俺は「死んだら死んだでいい」存在で、かつ「なるべく苦しめて殺す」ように願われているらしく。悲鳴を上げれば上げるほど、もっとそうなるようにと痛みは激しさを増したのだ。
今はそんな地獄の、束の間の休息だった。
この場にジョイ・ラッドはいない。拷問の様子を撮影したハンディカメラを、『第一弾』として依頼人のもとへ持っていっている。
それにどれだけの時間がかかるのかは分からない。だが、彼はいつか戻ってくる。そしてまた始まる。
分かっている。
逃げよう。逃げたい。逃げなくては。
そう思っても体が言うことを聞かない。こんな痛みがあるなんて知らなかった。息をすることすら辛いなんて。
「うっ……うう」
なんで、なんで俺がこんな目にあわなきゃいけないんだ。人なんて殺してない。殺せるわけないだろう。
みすずを作ったことが悪いのか? 身勝手に幸せを求めたバチが当たったのか。
でも、だって、そうしないと幸せになれないと思っていたから。自分で自分を救わなきゃ、あのまま腐って死んでいくだけだと思ったからなのに。
じわりと、目の奥が濡れた。子供じみた癇癪だ。胸中にあるのは悔しさ。
だがそれは後悔ではない。理不尽に対するやるせなさと、強い拒絶反応が綯い交ぜになったものだった。
この期に及んで腹が立ってきた。ジョイ・ラッドに対して、顔も知らない依頼人に対して。そしてこの世界に対して。
許せない。許さない。
────絶対に帰ってやる。みすずのもとに。
「あの……子はッ」
あの子は、俺が帰らないともう目を覚ますことが出来ないんだ。
俺を信じて目を瞑ったんだ。それを裏切れるかよ。こんくらいで、負けるかよ。これしきのことで!
「─────ッ」
肩に突き刺さっている、銀の杭に手を伸ばす。
深く突き刺さっている。しかし鎖骨と肩甲骨に阻まれて、その奥の重要な組織にはギリギリ届いてはいない。
まずはこれを引き抜く。
指先がいくつか削り取られている手で、何とか杭を握りしめた。
「ぐ、うぁああ、あッ! ああッ」
ぶちり、ぶちり。癒着した筋組織を、張ったばかりの薄皮を引きちぎっていく。
痛い。痛みで肩に力が入り、それが更なる痛みを呼ぶ。
痛い。痛い。でも関係ない、さっきまでのに比べればっ─────!
「───ぉおおおおおッあああッ!!」
覚悟を持って、一際強く力んだ。冷たくて熱い、氷柱のような杭。
それがするりと抜ける。つっかえていた何かが破け、込めていた力の分まで一気に抜け出た。
「───っ、あ、あぁあっ!!!」
抜いた! 抜いてやったッ!!
傷跡に空気が触れる。鮮烈な痛みと共に血が噴き出すが、それ以上に阻害されていた魔力が体を廻り始める感覚に、喜びすら覚えた。
肩で大きく息をしながら、止血を最優先に回復魔法を自分にかける。血を大量に失っている体では、それだけで眩暈に襲われるが──まだだ。倒れてたまるか。
「………はぁ………ッ、ドア」
眼前にある、鉄のドアを見る。
窓一つないこの部屋では、そこが唯一の脱出口だ。鍵は外から掛けられているが、決して複雑な形のものではなさそうだ。
ふらつき、よろめきながらそこへ向かう。鍵の開け方。スパイドラマで出てくるような、都合の良い解錠魔法は知らないが、それでも幾つかやりようはある。
例えば【熱刃】という魔法。本来は解剖用に使うものだが、温度を高めれば鉄を焼き切るくらいはできるかもしれない。
掠れた声で呪文を唱える。指先が欠損しているせいで、魔法の構築に違和感がある。
でもできた。なら急がなければ。
時間は待ってくれない。いつジョイ・ラッドが戻ってくるか分からないのだ。
ドアとドア枠の隙間に、加熱した指先をねじ込んだ。じんわりと熱が広がっていく。しかしまだ熱量が足りていないため、切断や変形には至らない。
火力を上げる。鉄の融点は1500℃とかそのくらいだったはずだから、そこまで。推奨温度範囲を大幅に超過した魔力は魔法に設定されたセーフティを超過し、その影響で指先に痛みが走る。
そんなの知ったことか。さらに火力を上げる。指先に纏った魔力が
「!」
変化はゆっくりと訪れた。少しずつだが、指先でデッドボルトが
熱量はそのままに、指を押し付けて体重をかけていく。
もどかしい。でも確実に進んでいる。さらに火力を上げる。どろりと表面を滑るように指が深く食い込んだ。あと少し───!!
「───うがっ」
指先のつっかえが消えた。デッドボルトが焼き切れたのだ。
危うく、所々白くなるほどに熱された切断面に向けて転びそうになった。それを体をひねって避けた。お陰でドアに鼻からぶつかったが、そんな痛みは些細なものだった。
成功した。こんなもの実際はまだ序章で、言葉にしてみれば小さな抵抗。だが、理不尽に襲ってきた悪夢に対して一矢報いてやった、というカタルシスがあった。
ふ、と息を短く吐き、気合を入れなおす。
抜けだせるとなったことで、どう逃げるか、ということに頭を回す余裕が出てきた。
まずもって、ここはいったいどこなのだろう。後ろから追突されて以降の記憶はないが、流石に海を跨いだ別の国とかであるとかは勘弁してほしい。
何はともあれ外に出るべきか。標識や道路標示から場所を特定して、逃げるか、何らかの手段でまずは警察にコンタクトを取るべきか。
というかそもそも、ここから無事に脱出しなくてはならないのだ。このドアの向こうはどうなっている?人の声とかは聞こえないが、監視カメラなどはあるのだろうか。
いや。違う。時間がないんだ。
悪魔がいつ帰ってくるか分からない。兎も角逃げなくては。
意を決してドアノブに手をかけた。それを押し開けて─────!?
体がドア枠を超えた瞬間、全身に鋭い衝撃が走った。
体が動かない。そのまま地面に崩れ落ちる。体が勝手に引き攣り、息をすることができない。
全身が細かく痙攣している。浅い息の中で、漠然と
そこにまた、悪魔の影が伸びる。
「あのさぁ……」
髪の毛を乱雑に掴まれ、持ち上げられた。青筋を立てたジョイ・ラッドと目が合う。
間に合わなかった。向けられた視線に籠る怒気に身が竦んだ。
「別に逃げようとすんのはいいよ、無理だから! ケドさァ、アジト壊すのはやめてくんない? 修繕費申請しなきゃいけねーんだけど!?」
「なぁ!? みっともなく足掻いてんじゃねーよ!!」
ジョイ・ラッドが腕を振りかぶった。筋力強化でも使っているのか、俺の身体はいとも簡単に、ボールのように投げ飛ばされた。
握られていた髪が千切れるように抜けた。壁に叩きつけられる。それをした本人は、鬱陶しそうに手に残った髪を払った。
何だったんだ今のは。
この部屋と廊下、その境界線を踏み越えた瞬間に襲った、体の芯を貫くような熱。
逃走対策で設定された魔法、とかなのだろうか。悔しいが有り得る話だ。なにせ俺はこの部屋の中で、足枷一つつけられていなかったのだから。
その事実自体が、逃げられないということへの自信だったのかもしれない。
まあ、そのくらいは当たり前か。
「おーい! 聞こえてる? シュンスケ・モダ! 無視すんなよ!」
耳を掴まれ、体を持ち上げられた。
先程の拷問で《切れ込み》が入っていたせいで、そこがミリ、と嫌な音を立てた。脳に響く。
「…………」
「舐めてんのか? 無視すんなっつってんだろ?」
ぐい。耳が思い切り捻りあげられた。切れ込みが広がる。流石に、痛みに呻き声が漏れた。
ジョイ・ラッドはそれに気分を良くして、手を放す。地面に落ちる。それに対しては、声の一つも漏らしてやらない。ささやかな反抗のつもりだ。
ところでこいつは先ほどから、俺を軽々と持ち上げたり投げ飛ばしたりしているわけだが、筋力どうなっているんだろうか?
そこまで鍛えているようには見えないんだが。
嗜虐的な笑みを浮かべる彼を見る。するとてんで気が付かなかったが、その手には新たに金色のリングが握られている。
薄暗い部屋の灯りを僅かに反射して、硬質な光沢を返すそれは、少なくともこの場では「首輪」のように使うのだろう、というのがよく分かった。
視線に気づいたのか、ジョイ・ラッドはそれを俺の目の前に差し出した。銀の杭と似た嫌な感覚を覚えた。
「これ何だと思うよ?」
「………」
「知るわけねぇよなァ。お前に言った通り、さっきまで依頼人の坊ちゃんに会ってたんだけどな? そいつがそりゃあもう金持ちでよ。使えって渡してきたんだ」
「銀の杭と同じ素材でできたリングだ。ただあれとは刻まれた魔法が違って、本来は動物やら魚の鮮度を維持したまま加工するのに使われるんだと」
どうやらそれが、ここからの拷問内容らしい。
大体想像はつく。なにせもう既に、俺の指は半分くらいしか残っていないのだから。
程なくしてリングが首元に嵌められた。サイズを変化する魔法も付属していたようで、頭の方からするりと通され、首元で縮まる。
動きに無駄やひっかかりのない、なんとも綺麗な魔法構成だった。技術の無駄遣いだろ。
───くそったれ。
「何だよその眼は」
無意識のうちに睨みつけていたのか、頬を思い切り叩かれた。
視線が強制的にズラされる。でも参ったな、こんくらいじゃ最早痛いとも感じない。
「………反骨心ってやつか? さっきはピーピー鳴いてた癖にエラくいい顔するようになったじゃねぇか」
「そうかよ。ならそいつを丁寧にへし折ってやるとするか。えーっと………ああ」
ジョイ・ラッドが皺だらけの紙を見ながら呟く。説明書のようだった。
『applicable』───首元のリングが首に食い込む。決して息ができない程苦しくはないが、まさしく
『magic activation』───リングから何らかの魔法が発動された。首元を起点に、何かがじわじわと浸透してくる。
違和感はあれど、意外なことに不快感はなかった。やがてそれは全身に満ちる。
「説明書の通りなら」
ジョイ・ラッドが説明書を折り畳んだ。それを懐に仕舞うと、代わりに黒い何かを取り出す。
拳銃だった。無論本物なのだろう。
悪魔が
「これでお前は
二発。サイレンサーと呼べばいいのだろうか。なんとも呆気ない音と共に銃弾が発射された。
瞬く間にそれが突き刺さると、心臓周辺に熱と衝撃が走る。
出掛かった悲鳴を喉で無理矢理堪える。代わりに口の端から血が漏れ出た。
「叫ぶ元気もねぇか?………でもな、さっきのビデオを見た依頼人は
「……………」
「
「………ッ」
「『知らない』『殺してない』以外の言葉を吐くなら今が最後だぜ?」
そう言うと、ジョイ・ラッドは近づいてきて喉元に銃口を押し当てた。
表情は相変わらず、こちらを憐れむようなもののままだ。
───死んで、たまるか。
「……っ、と、がはっ」
「ん?なンだよ」
「……本当にッ、あなたが何を言っているのかがわからない。探している人がいるなら、探すのに協力したっていい、だけどッ……誓ったっていい。俺は誰かを殺したことなんてないんだッ」
真っ直ぐ、薄い色のサングラス越しの目を見つめ返して言った。これがどう伝わるのかは分からない。
それでも俺は家に帰って、みすずを起こしてやらなきゃいけないのだ。彼女を起こして、そしてちゃんと世の中に居場所を作ってあげたいのだ。
そのためなら受けた痛みだって、屈辱だって飲み込んでやる。だから───!
───その返答は、喉をかき混ぜる銃弾の衝撃だった。
「あァわりィ。まだなんか言いたいことあったか?」
「でももういいよ、お前。生き延びようとすんなって」
「死体探しか………面倒臭ぇなあ………あァ、もう喋れないだろうけど先に言っとく。これからお前のことをバラバラにしていくから。なんでかわかんねーけど依頼人はな、お前が女をバラバラにして埋めたって言ってる」
「同じ目に合わせてやれ、だとよ。流石に気が乗らねーんだが、こんだけ金払いがいいとなァ……」
「はぁ……しばらく肉食えねぇよ……ユッケとか……」
体が、動かない。どうやら首を撃ち抜かれたときに脊髄にも損傷が起こったらしい。
息が苦しい。風穴があいた喉から、かひゅ、と空気が漏れる。
動くのは口と目だけ。でも声が出ない。明らかに今までよりも死に近い致命傷の痛み。でも死ねない。痛みだけがある。
その奥で。反らすことすら億劫な視線の先で、ジョイ・ラッドが鉈を持ち出したのが見えた。片手にビデオを回している。
「はーい。じゃあ残ってる足の指から行きまーす」
鉈が振り下ろされる。呆気なく右足の親指が飛んだ。悲鳴が声にならず、喉の風穴から漏れ出る。次は人差し指、中指。
左足に移った。また始まる。
痛みに体をよじることすらできない、絶望の中で。
───死んでっ、たまるか……!。
なぜか俺の心の中には、強い決意の火が灯っていた。
【新暦68年6月25日(土)】ログ②
《録画が始まる。画面には「みすず」(以下、対象)と小博色香(以下、実行人)が映っている》
《対象は昨日の様子と比較して落ち着いている》
《実行人が声をかけた》
『おはよう。気分はどうかな?』
『おはようございます、小博教授。昨日は取り乱してしまい、大変申し訳ございませんでした』
《対象が身をよじり、お辞儀のように頭を下げた》
『全然大丈夫だよ。でも昨日と比べると随分落ち着いたね? 心境の変化でもあったのかな?』
『はい。心境の変化という言葉に当て嵌まるかは分かりませんが、フェイルセーフが働いた影響でメモリの大幅な書き換えが起こりました』
『フェイルセーフ! そういう感じね』
《実行人が記録用のレポート紙に書き込む》
《対象は顔を実行人に向けた。前回と同じ感知魔法を行使している》
『ちなみに書き換えの内訳を聞いても?』
『………はい。主に環境情報の更新になっております。電源オフ時に設定された「次回起動時に想定された環境情報」と、実際のそれに大きな差異が発生したため、前回の起動時に取得した情報を基に再設定を行いました』
『へー。それは「Mr.AI」なら全てに設定されているものなのかい?』
『いいえ。新暦六八年現在では、ハイエンドモデルのみの搭載になります。本来であれば盗難され、犯罪使用等が見込まれる際に自己破壊を行う設定をするための機能ですので』
『なるほどね。えー……「Mr.AI」。生存本能が設定できる人工知能……面白い発想だとは思うけど、フラグメント社? は
『いいえ。勿論将来的にはそういった可能性も考慮されていましたが、
《以降、対象に関することを含めた「Mr.AI」に関しての質問が複数回行われた》
《対象は恙なく質問に答えたが、設計や詳細など、いくつかの質問には「機密情報に当たるため答えられない」という回答が行われた》
《次に、行方不明となっている茂田俊丞に関する質問を行う》
『貴重なお話をありがとう。………さて、ではそろそろ本題に入ろうか』
『はい………俊丞のことですね』
『そうだとも。そこの木偶と比べて察しがよくて助かるよ』
《カメラが僅かに揺れる》
《実行人が茂田俊丞についてまとめられた、調査書類を取り出す》
『とはいっても、今回行うのは現状共有だ。君のその感知魔法、紙に記された文字を読むことはできるか?』
『いいえ。接触感知になりますので点字、もしくは魔力で具象化された文字にしか対応しておりません』
『だよな。まあ、なら口頭で説明しようか。まずは───』
《実行人が調査の現状についての共有を行う》
《対象は相槌を打ちながら静かに聴いていた》
《ところどころで顔を顰めたり、何かを言いたげな表情を浮かべるも、口を挟むことはなかった》
《情報の共有が終わる》
『……と。公開できる捜査情報はこのくらいかな。現状彼は行方不明であり、その行方に関する目ぼしい手掛かりも見つかっていない』
『…………』
『彼の行方の特定。あとは君という存在の解明。この二つが目下我々の抱えている課題というわけだ。何か質問は?』
『───いいえ。特には。情報共有をしていただきありがとうございます』
『そうか………ちなみに途中何か言いたげだったように見えたのだが、何か気に障るようなことを言ったかな?』
『いえ……………いや…………………』
《実行人が対象に質問を行う》
《対象は言葉に詰まり、言い淀む》
『…………決して、気に障ったということはありません。ただ………何でしょう………』
『言語化が難しいかな』
『…………はい。ただ、分かることもあります』
『それは私が、
『─────ほう。続けて』
『はい』
《対象が話し始める》
『短い期間ではありますが、私は彼という存在をよく見てきた』
『彼は善人です。そして、それ以上に不器用でした。だから「幸せ」になるために私を作った』
『私という存在は、彼にとって、世界に向けた小さな我儘だった』
『でも。そんな経緯で生まれた私を、彼は「個」として接し、尊重しました。もうご存知かもしれませんが、彼は最寄りの研究機関に掛け合い、後付けで認可を得る方法を模索していた』
『私のことを、正式に認められた存在にするために。大手を振って外を歩き、人と関われるように』
『その優しさが実らず、今、ここに……………』
『俊丞がいないことが、
《対象が話し終えた》
《軽度に腐敗した器官を酷使した影響で、発声がやや不安定》
《実行人が対象に近づき、肩に触れる》
『───そうだな。まずは、話してくれてありがとう』
『………はい』
『君の反応や言葉……それに日記の記述を顧みれば、茂田俊丞の人間性は伺い知れるさ』
『安心したまえ。確かに彼は無罪ではない。だが、彼の持つ技術の有用性は、他ならぬ君自身によって既に示されている』
『教師は続けられないだろうが、彼の技術を活かせる職の紹介くらいはしてやれる』
『私の助手として雇ったっていい。良いよな?』
《実行人がこちらを向く》
《それに合わせて、対象もカメラを見た》
《少しの間があった後、カメラが小さく揺れる》
《二人は視線を戻す》
『─────ありがとう、ございます……!』
《対象は、深く頭を下げた》
《対象の顔に笑顔が浮かぶ》
『いいとも。……なら、ログの撮影はここまでにしておこうか』
『おい、鱗坊。お前
『……了解しました』
《撮影者の声が入る》
《録画終了ボタンが押される》
《ログ➁はここで終了している》