【新暦67年8月18日(水)】side:小田原遥
久しぶりに会った茂田先生は、めちゃめちゃイメチェンしていた。
「随分さっぱりしましたね」
「そうだね、シャンプーするのが楽になったよ」
皆が部室に集まるのを待つ間、なにかの準備を続ける先生になんとなく話しかける。
あはは、と笑う先生は、でもその笑顔がどこかぎこちなかった。なんでだろう。
手伝いが必要か聞いてみても、大丈夫だよって言われたので、なんとはなしにぼーっと先生を眺めてみる。
髪は切った。絶対に切ったなぁ。あコンタクトにも変えてるか。ていうかちょっと痩せたような気もするかもしれない。
てかファッションがまずオシャレかもしれない。私もそこら辺はよく分かってないんだけど。
お母さんが言ってたなぁ、男子3日会わざればー⋯⋯なんだっけ。びっくりするみたいな。
茂田先生は男子って歳じゃないけど、それでもびっくりだ。
「⋯⋯もしかして暇? なんか凄い観察されてる気がするんだけど」
「あ、いや別に!? 今日は何をするのかな〜って」
先生は背中に目があるんだろうか。突然声をかけられたせいで、答える声が上擦った。
やばい、恥ずかしい。が、ここは平静を装う。
私が咄嗟にかけた言葉が質問だったからだろう。先生は作業を中断してこちらを振り返った。
「今日はね、魔力の知覚体験をやるよ」
「知覚? 操作じゃなくてですか?」
「うん。知覚は操作よりも初歩の初歩の段階。3年になったら新しく始まる魔法実技でやることだけど、まぁ先取りしといて悪いことはないからね」
「おお⋯⋯!!」
魔力の知覚。知覚かぁ。
確かに自分の中の魔力とか、健康診断で毎年存在だけ言われるけど感じたことはない。
気になる。自分の魔力を前にしたら失礼だけど先生のイメチェンとかめっちゃ些細なことに感じる⋯⋯!
「唸れ!! 俺の魔力!!」
「⋯⋯⋯ん? なんかのアニメとかの真似?」
「そうです! 因みに私の魔力唸ってますか!?」
「え⋯⋯うーん。5月の海って感じ?」
「どういう意味ですか!」
なんか詩的だな!? けど多分なにも起こってないって意味なのは分かるぞ!?
先生を問い詰めようとしたところで、丁度他の部員が部室の扉を開け放った。
「おあざーす」
「ざまー」
「あーす」
そんな、気の抜けた挨拶とともに。ぞろぞろと、残りの部員がやってきた。
やってきたのは4人。うちの部活は3年の先輩が抜けたから、私を入れたこの5人で全員が揃ったことになる。
「お、時間ぴったりだね」
そんな先生の出迎えの言葉に時計を見てみると、時刻は丁度11時。
今から3時間。久しぶりの部活が始まる。
「さ。準備も丁度終わった! 今日は久々に楽しい実験するから期待してて!」
☆
ずらり。私達の前に実験道具が並べられた。
「小田原さんには言ったんだけど、今日は皆に自分の中にある魔力を感じてもらおうと思うんだ」
おおー。と、私以外の部員が良い反応をする。
それを尻目に、私は目の前の実験道具を眺めていた。
⋯⋯なんだろうこれは。地球儀のような形だ。
でも手のひらサイズにミニチュアで、真ん中にあるのは黒いつやつやの玉。
これ触っていいのかな。でもなんか怖いな。
「はいそこ。一旦説明するから今は触るのストップね」
「おわっ!?」
先生の言葉に、伸ばしてた手を引っ込める。
顔を上げると、困ったような表情の茂田先生と目があった。
「すいません⋯⋯」
「大丈夫だよ。でもちょっと触るのは待ってね、一気に説明しちゃうから」
「これはね、吸魔石っていうんだ」
「吸収の吸に魔力の魔で吸魔。名前の通り魔力に反応して、それを吸い込む性質を持っている」
ここで一度区切って、茂田先生はその吸魔石に指を触れさせる。
そしたら、吸魔石がゆっくりと緑色に輝き始めた。
「わぁ⋯⋯!」
「綺麗でしょ。詳しく話すと長くなるから省略するけど、魔力を吸い込むとそれを光として発散するんだ。で、吸い込んだ魔力を使い切ると光るのをやめる」
先生が手を離す。
すると5秒くらいそのまま光り続けた後、また真っ黒な状態に戻った。
「で、だ。人間の魔力って基本は体内に偏在していて、使おうとしないと動かない。でもこの吸魔石によって吸収されると、自分の意志に関係なく魔力が動く」
「ざわざわって、体の中の何かが無くなるような感覚があると思う。そのなくなっちゃうのが魔力で、知覚っていうのはその吸われる感覚を体験してみよう、ってことだよ」
「ちなみに吸魔石は魔力の結合によって光色を変えるんだ。僕はさっきやった通り淡い緑。君たちはどんな色になるかな?」
おおー。と、今度は私を含めた皆が声を揃えた。
その後、先生は質問を募集したけど、誰もなんにも聞かなかった。
皆ごたごた考えるよりやってみたかったんだ。
⋯⋯私の魔力。一体どんな色をしているんだろう。赤なら主人公っぽいし、青でもクールキャラっぽくていいな。金色とか黒もグッドだ。
「それじゃあやってみようか。やり方は簡単で、掌、というか体の一部を吸魔石に触れさせればいい」
先生の言葉に倣って、私は吸魔石に指を伸ばした。
すると一瞬ピリッとした刺激が人差し指に走った。
そして少しあいて、指の表面から皮一枚内側のところがぞわぞわとほんのりくすぐったくなったかと思うと、そこから、何かが溶けて流れていくような感覚が始まった。
「わぁ……」
不思議だ。
見た目では何ともないのに、人差し指の先っぽに、ゆっくりと穴が広がっていくように感じる。
そして、それと同時に、その穴を埋めようと、体全体から何かが自然と動いて集まっていくのも分かった。
これが魔力。今まで意識したことなかったのに、動いたってわかった瞬間、体中に確かにあるっていうのが理解できた。
ふとみんなのことが気になって周りを見てみる。
みんな夢中だ。それをニコニコしながら眺めている先生と目が合って、なんか気まずくなって目を吸魔石に戻した。
「わ、光った」
吸魔石に手を伸ばしてから20秒ほどだろうか。そのくらいで、隣に座っていた高橋君が声を上げた。
吸魔石が光を放ち始めたんだ。高橋君の魔力は、淡い水色の光だった。
「おー」
「光った!」
「なんか地味だ」
高橋君をきっかけに、みんなの吸魔石が堰を切ったように光を放ちだす。
先生と似ている緑色、紫、茶色。
そして少し遅れて、私の吸魔石も光り出した。
「わぁ……?」
私の光は少し変だった。
基本はオレンジ色なんだけど、色が安定していない。赤みがかったり、黄色っぽくなったり、なんかふらついた感じ。
光の出方もみんなに比べて不安定で、光が強まったり、弱まったりを繰り返している。
「せ、せんせ? なんか光り方が変なんですけど?」
不安になって先生を呼んでみると、先生も目を見開いて驚いている。
やっぱり変なんだ。
私が涙目になると、先生ははっとした顔をした後、こっちに走り寄ってきた。
「せんせっ、私はなにかの病気ですかっ」
「いや、いや! 違うよごめんね!? でも珍しい現象だからびっくりしちゃって!」
私たちの取り乱しように、なんだなんだ、と他の子たちもこっちに寄ってきた。
それを見た先生は、こほん、と一つ咳をすると、みんなに向かって説明を始めた。
「みんな驚かせちゃってごめんね。小田原さんもみんなと違うから怖くなったかもしれないけど大丈夫。これはね、『魔力光の揺籃』っていう希少な現象なんだ」
「揺籃っていうのはゆりかごって意味で、そこから転じて物事の起こりはじめなんて意味を持つ言葉なんだけど、小田原さんみたいに魔力光がゆらぐ、色がぶれたり、あとは明滅したりするのも総括してそう呼ばれている」
「明確な原因はまだ特定されていないんだけど、主に遺伝に依るものとされている。両親の魔力的な相性が特別に良かったり、悪かったりすると起こりやすい傾向があるかな。かといって、両親の魔力的な相性が悪いからどう、ってのはないよ」
「で、端的に言うと。このゆらぎのある魔力光の持ち主ってのはえてして特異属性を持っている。どんな属性かっていうのは魔力光を見ただけじゃわからないけど、特異属性ってだけで十万人に一人のレアケースだ。つまり小田原さんは病気どころか、とんでもない才能の持ち主かもよってのが発覚したんだよ。僕はそれに驚いたんだ」
先生の話に、みんなは吸魔石が光ったときの何倍も沸き立った。
それは勿論私もだ。私が? 特異属性? なんてことだ。
運動も勉強もあんまりできなくて、顔も可愛くなくて、劣等感を覚えることの多い人生だった。
でも嬉しい。私にこんな才能があったなんて。
「先生っ、属性ってどうやって調べるの!? 知りたい知りたい知りたい知りたい!!」
「あはは、そうだね。小田原さんの属性が何かは僕も気になるから、そしたら次の部活では属性検査を行おうか。まぁ今すぐやらなくても3年の健康診断からしらべることにはなるんだけどね」
「待てない! する! するする!!」
高揚感っていうんだろうか。心が浮足立ってたまらないや。
それからの私は、次の部活が待ちどおしくて仕方のない夏休みを過ごすことになる。
【新暦67年8月18日(水)】side:茂田俊丞
生徒たちがいなくなり、一気に閑散とした部屋で片づけを行う。
吸魔石を土台から外し、専用のケースに詰めていく。
自分のも合わせ、6つの吸魔石が整然とケースの中に収められたのを確認して一息つく。
「ふぅ」
びっくりしたな、というのが素直な感想だ。
まさか自分が受け持っている生徒に特異属性を持っている子がいるなんて。
しかもそれを初めて知る機会を作ってあげられたのが俺だなんて。
なんか嬉しいな。小田原さんも目がキラキラしていた。
自分が特別だって事実は、その詳細が分かんなかったとしても嬉しいよなぁ。
彼女は一体どんな特異属性なんだろう。既存のもので言えば、魔力光的に『炎』とか『光』とかっぽいけど、特異属性ってあんま被りがないから新規の属性の可能性も高い。
そうなったら来年の健康診断以降、国の特異属性調査に参加することになるんだろうなぁ。
まるで主人公みたいな展開だ。そうなると小田原さん、繊細そうだし大変だろうなぁ。
ああ。
「⋯⋯羨ましいな」
呟いたのは無意識だった。
でもその言葉は胸にすっと落ちてきて、ぴったりとハマった。
そうだな。羨ましいんだ。
ずっと何かが羨ましい。目につく全てが羨ましい。
俺の人生はそういう人生だ。
見た目でチヤホヤされている奴が羨ましかった。運動神経で頼りにされている奴が羨ましかった。成績で一目置かれてる奴に勝ちたかった。特殊な才能を持っている奴になりたかった。好きになった誰かの、特別な存在に選ばれたかった。
そんな、俺の心の中で勝手に始まっていた勝負みたいなものに、勝手に負け続けてきた人生だった。
その度に挫折を味わって、その度に少しずつ心が歪んでいた。
そしてその歪み自体が、理想の自分から外れているから、それに気づく度にもっと惨めな気持ちになっていた。
納得した。疑問だったんだよな。日記にも書いたっけ? この前の研修のときのやつ。
なんであそこまでイライラしたんだろうなって、後から疑問に感じていたんだよな。
花田(いじってきた奴)の態度がここまで心に刺さってしまったのも、生き様の裏返しなんだろうな。
なんていうかな。勝って笑って生きてられる奴が、負けて笑って生きてられない奴で笑うなよ、みたいな。
俺を馬鹿にしなくたってお前は笑ってられるのに、なんでわざわざ俺で笑うの、みたいな。
そういう感情だ。
「はぁーあ」
息を吐きだして、適当な席にどかりと座り込んだ。
なんかもう嫌になっちゃうな。嫌になっちゃうよ。
楽しくないよ人生が。ずーーーっと。
いいよな。俺も中学で特異属性発覚して人とは違うカリキュラムで生きてみたかったよ。ホントはさ。
「やってらんねーなぁ⋯⋯」
時計を見る。
時刻は14時半。
今日はこの後、本当は二学期の授業準備を進める予定だった。
でもそれは別に急ぎの仕事じゃない。
なら、いいか。今日は半休使って休んじゃおう。
多分だけどさ、俺はもう少し、今を楽しむべきなんじゃないだろうか。
『四番ホームに電車が参ります。黄色い線の内側までお下がりください』
帰りの電車は酷く空いていた。そりゃ平日のこんな時間は、夏休みだとしても空いてるか。
人の疎らな席。その端っこに腰を下ろし、携帯を手に取る。
なんとなく。調べるのは特異属性のこと。
『魔力光の揺籃 特異属性 傾向』とか『吸魔石 特異属性 反応』とか、ニュアンスで検索をかける。
そうしてヒットした、いくつかのサイトに目を通した結果、やはり小田原さんは、特異属性で間違いないだろうと思う。
魔力光の揺籃ってのは、要するに吸魔石の反応異常だ。起こるのは大体50万人に1人の確率。
特異属性が10万人に1人くらいの確率であることから考えると、やっぱり相当レアな事象であることは間違いない。
これは魔力の結合状態に起因するもので、ある一定の規則性から逸脱している魔力ほど反応しやすい。
だから結合状態によっては特異属性の人でも魔力光の揺籃が起きないことはままある。が逆に魔力光の揺籃が起きるならそれは確実に特異属性である。
とのこと。
「そうかぁ」
ぼそりと呟く。
魔力。結合状態。もう意味分かんなくなってくるよな。
でも魔力、ないし魔素は確かに存在している実体で、10万倍くらいのズーム倍率が出せる顕微鏡であれば、それを視認することもできる。
魔素。実体がある。人間。生命とは。
「なんか⋯⋯」
なんか出そうだ。多分。
⋯⋯なんていうかな。今、創造魔法による生命創造が行き詰まっているのは、人間を完全に再現しようとしてるからで。
でも俺が求めているのは、決してそれではないのだ。
手段の目的化ってやつが起こってるんじゃないか?
結局のところ、こちらからの言葉や動作に対してリアクションができて、最低限人間の見た目をしている──厳密に言えば、俺が恋愛対象として思える形をしていればそれで問題ないわけで。
その内側がどんな形、どんな構成だろうと別にどうでも良いわけだ。
要するに。要するに。
「⋯⋯新しい生命のカタチ。それを作ってしまえれば⋯⋯」